2008年3月31日月曜日

日本のコンソーシアムはいつできるのか

ヨーロッパの人も同じ考えをもつ研究者なのだ,と
初めてヨーロッパの研究所を訪れ,
彼らと話したときに,そう思ったことを思い出した.

今日は,グローバルCOEの一環として,
世界最大のパワー半導体メーカのひとつである
Infineon Technology社のProf. Dr. Lorenz氏を
招いて,セミナーを開いた.

Lorenz氏は,ドイツのInfineon社のSiデバイスの
開発状況,そしてSiCなど次世代の素子に関する講演を
行ってくれた.

今後は,デバイスサイドとアプリケーションサイドの
人間がともに協力して,開発をしていかなければならない,と
力説されていた.

確かに,SiC素子などのスイッチング特性は優れているが,
非常に扱いづらそうである.
特に寄生容量の問題などが大きい.
こうした技術的問題は,データシートからだけだと読み取りにくい.
デバイスサイドからの助言が重要となることだろう.
う~ん,頭が痛い.
しかし,それが課題だ.

その他,中国やインドとの付き合い方についても
非常に興味深い話をうかがうことができた.
ヨーロッパも日本同様に悩んでいる.

そして,Lorenz氏はヨーロッパで進められている,
そうした企業の協力関係,コンソーシアムについて
言及されていた.

日本でもたびたびその必要性が議論されているが,
なかなか先に進まない.
ヨーロッパでは,すでにSimensなどの重電メーカ,
BMWなどの自動車メーカ,
そして大学と政府などが協力して,
パワーエレクトロニクスの未来を議論しているのだという.

その話を聞いて,誰がそれを始めたのかと尋ねてみた.
誰かが呼びかけなければ始まらないと思ったからである.
それが実はLorenz氏自身なのだという.
彼が4年ほど前から,その必要性を重電メーカに説き始め,
なんとか複数の重電メーカをまず同じテーブルに着かせることに
成功したとのこと.
メーカたちは,同じテーブルについてからも,
最初はお互い手探りの状態だったらしい.
3~5年後の戦略についてはやはり話にくいらしい.
しかし,10年,20年の展望となると,話は別.
ずいぶんと良い議論が行われており,
大学も加わってかなり良い成果が得られているようだ.

重電メーカの次には,自動車メーカを口説いたのだという.
やはり彼らは互いに厳しい競争をしているので,
説得は大変だったという.
しかし,今ではBMW,フォルクスワーゲン,メルセデスなど,
主要なドイツの自動車メーカが同じテーブルについているというのである.

そして,メーカの次は大学.
大学は比較的ネットワーク化されているので,
参画を呼びかけやすかったらしい.

そして最後に政府.
政府は,こうしたコンソーシアムは素晴らしいと,
すぐに予算をつけてくれたそうである.

しかし,ここまで来るのに4年かかったと話されていた.
そして今,家電メーカへの参画を呼びかけているという.
彼らも熾烈な競争の中にいるので,
なかなか説得が難しいらしい.

しかし,Lorenz氏はその必要性・重要性を信じていたのだからこそ,
長い年月をかけてコンソーシアムの実現にこぎつけたのだ.

...この話を聞いて,思ったことは,
日本がこのままでは危ない,ということである.
多くの人が,このままではいけない,
産学の共同体が必要だ,と思っている.
それは,よく学会の席でも話に出る.
しかし,まだだれもその一歩を踏み出せていない.

日本では,誰が,そしていつ,
動き始めることになるのか.
残念ながら,私では役不足である...

2008年3月28日金曜日

同年代の人の引退に思う

桑田投手引退のニュースがあった.
とうとうこのときが来たかと思う.

実は私は,桑田投手と同年齢,同じ学年にあたる.
(桑田投手は4月1日で40歳のはず}
私が高校生だった頃,すでに桑田投手は,
PL学園で清原選手ととともにヒーローであった.

同じ年齢なのに,こんなにも凄いやつがいる,と
テレビのニュースを見ながら思ったものである.

彼は,巨人軍入団の際にいろいろあって,
ずっとダーティなイメージに付きまとわれていた.
私は実は,その悪いイメージの彼が大好きで,
ずっとウォッチしてきたのだけれど,
この数年のメジャーリーグへの挑戦を機に,
手のひらを返したように世の中が
彼を称賛するようになった.
ずいぶんと時間がかかったものである.
本当は彼が努力家であることなんて,
ずっと前からみんなわかっていたことなのに.
(努力家であることと人柄とはまた別の話だけど)
彼の抜群の野球センスは彼が努力して磨いたものだと思う.

以前に巨人軍の名捕手であった山倉選手は,
あるインタビューでこう言っていた.
私が球を受けてきた中でもっともすごいと思ったのは,
江川ではなく桑田である,と.

彼がメジャーのマウンドに立った時,
「目標が達成されなくても、
努力している姿勢が好きなんで。(中略)
達成したから偉いわけでもなく、
できなかったからダメなわけでもない」
と述べているが,彼のそうした姿勢が好きである.

スポーツというのは残酷である.
歳をとれば,いつかは引退せざるを得ない.
一般社会では40歳といえば,働き盛り真っ只中である.
彼はこの先どのような人生を送るのか.
そこにこそ,彼の真価が試されるに違いない.

しかし,桑田引退のニュースは,
どこかで私の気持ちのハリをなくさせる.
日頃は気にはしていないけれど,
やはり近い年齢である人の引退というのは,
こちらに何かを考えさせる.
何なのか.
ぼんやりしているけれど,
重いものであることは間違いなさそうだ.

2008年3月27日木曜日

私は道標

卒業式も済んで,
研究室はすっかり静かになってしまった.
寂しいものである.

今年も10名の学生がここから巣立って行ってしまった.
春休みでもあるので,在学生の影もない.
がらんとした研究室でひとりPCに向かっている.

以前にも書いたけれど,
大学に来て,若い人と毎日のように
顔を合わせることになってから,
私はすっかりと老けたような気がする.
彼らの若さを前に,相対的に年齢を感じてしまうのだ.

数年前の研究室の集合写真を見た.
私はまだまだ若かった.
今年の集合写真は,どうなっていることやら.
どんどん老けこんでいるような気がする.

集合写真では,毎年周囲の学生の顔ぶれが変わっていく.
変わらないのは教員ばかりである.
毎年の集合写真は,教員に対する定点観測である.

研究室に配属され卒業していく学生たちにとっては,
私たち教員は,彼らの長い人生から見れば,
ほんの短い間だけ関わりをもった
人間でしかないのだろう.
しかし,それでも彼らの人生に少しは役に立ちたいと思う.

ちょうど道標のようなものかもしれない.
私たちは学生たちの行く手を指し示す.
そして私たちの前を多くの学生たちが通り過ぎていく.
だが,その道標がどのようなものだったかは,
覚えているものはいない.

それでいいと思う.
そうした道標でありたいと私は思う.

2008年3月26日水曜日

危機対処能力をつけるには

最近,物騒なニュースが多い.
茨城県土浦市の通り魔的な犯罪に始まり,
名古屋市の通り魔,
そして今日は岡山で駅のホームで
人を突き落とす事件があったという.

被害に遭われた方には,
心よりお悔やみ申し上げます.

こうしたニュースを聞いて思うのは,
自分がそうした現場にいたとしたら,
生き延びることができただろうか,
ということである.

以前に武道修行の目的のひとつは,
生き延びることであると書いたけれど,
伝えられるような事件の状況で,それが
自分に実現できるだろうかという疑問である.

例えば,私が稽古している合気道では,
ホームで後ろから人に押されたときの対処法も習う.
道場では,うまくできたとしても,
それが現実に起こった場合に,
身体が動くかどうかは実に怪しい.
もちろん,そうなることが稽古の目的なのだけれど,
全く自信が無い.

また,武道を稽古するにあたっては,
危険察知能力というものが非常に重要となる.
生き残ることが目的なのだから当然なのだけれど,
荒川沖駅で警官が刺されてしまったことを見ても,
危険を察知することがどれだけ難しいことなのか
思いやられる.
最近私は耳にイヤホンをつけて歩いていることが多いから,
ますますそうした危機を把握することは難しいだろう.
(歩くときくらいはイヤホンを外そうかと思っている)

考えてみると日本人は,
そうした危機対処能力というものが弱い気がする.
誰もがそう思っているのだろうけど,
それに対してなにかアクションを
とる必要はないのだろうか,と思う.

では,一体どんなアクションができるかと問われると,
また困ってしまうのだが,
そうした意識をもつことは大切なのだと思う.

危険を予見し,その対策を講じることぐらいは,
今すぐできるはずである.
そうした心がけから始めるしかないのかなと思う.

2008年3月25日火曜日

すでに父親の目で

今日は,大学院生の修了式.
昨日は,大学の卒業式だった.
昨年の大阪外語大学との統合を受けて,
今年から1日で学部の卒業式と大学院の修了式を
行うことができなくなったのだ.

キャンパスで着物姿の女子学生を見る.
いいものだなぁ,と改めて思う.
この歳になると,どの女子学生も
自分の娘などと同じ意味で
可愛く見える.
いわゆる父親目線で見てしまう.

これが男子学生ともなると全く違う.
どうも似合わないスーツ姿で,
群れて歩く姿には,
カッコよさなど全然感じず,
なによりも不自然さを感じてしまう.

このへんが,男子と女子との違いか.
あるいは私が男であるせいか.

とにもかくにも,着飾った女子学生の姿に
思わずほのぼのと微笑んでしまう.
私もすっかりオヤジであると認識する.

2008年3月24日月曜日

科学は魔法となりうるか

今日は,学部学生の卒業式である.
朝からどうもキャンパス内が浮き立っているのは,
そのせいか,と思う.

通勤時に,式が開かれる体育館の近くを通ったら,
吹田キャンパスでは珍しい
(いや,医学部,薬学部では珍しくない)
女子学生の着物姿を見かけて,
こうした行事もいいものだなぁと思った.

また並んで歩くご父母の方々と学生との顔を見比べて,
あぁ,やはり親子なのだなぁと実感する.
遺伝というのは,もっとも恐ろしい伝染病か(笑).

福岡の学会から帰ってきて,
少しは時間ができるかと思えば,
全くそんなことはなく,仕事が山積である.
いつになったら,一息つけるのか...

新聞で,アーサー・C・クラークの訃報を目にした.
私はSFファンというわけではないが,
彼の名前ぐらいはもちろん知っている.
このブログでも話題にした「2001年宇宙の旅」の原作者でもある.

私の記憶に残っている彼の言葉の一つに,
次のようなものがある.

"Any sufficiently advanced technology is
indistinguishable from magic. "


これは,クラークの三原則のうちの第3法則で,
(他に二原則あるらしい)
十分に進んだ科学技術は,魔法と区別がつかない,
というものである.

現代の技術もずいぶんとそのレベルに来ているのではないだろうか.
自動ドアなんて,知らない人がみたら魔法の扉にしか見えないだろう.

私たちが,ある技術が科学や工学の成果だと認識できるのは,
それに人工的なにおいを感じるからである.
なにか不自然なものを感じるからである.
もしもある科学技術が,極めて自然に存在し,
だれでも不自由なく使用できるようになったら,
それが科学技術だとは思えなくなるのではないだろうか.

義手や義足,人工的な耳や目でこうしたことが実現できたら,
どんなに素晴らしいことだろうかと思う.
装置のガジェットやギミックを意識しないで,
自由に使えるようになればいい.
科学技術が,自然の中に溶け込んでしまう時代,
そのとき,科学技術はやはり魔法と区別ができなくなるだろう.

工学部の卒業式は,午後からである.
何十年後かに,そうした魔法を実現する卒業生が
たぶん中にいるのだろう.
もちろん,私もそうしたものを目指していきたい.

アーサー・C・クラークは私たちに素敵な目標を残してくれた.

2008年3月22日土曜日

情報の密度

福岡から帰ってきた.
本日で電気学会全国大会も終了した.
今回の学会では,
私が大学の研究室にいた頃の先輩,後輩が
非常に頑張っている姿を拝見した.
何人の人に会っただろう.
私が学生だったころ,一緒に輪講をし,
一緒にテニスをし,一緒に酒を飲んだ仲間が,
いま学会でともに頑張っている.
それだけで嬉しい.
各企業,研究所においても,
彼らは40歳前後ということで,
こうしたところに顔を出す機会が
多くなっているということだろうか.
そうした背景はともかく,
とにかくそうした姿には,勇気付けられる.
こちらも負けて入られない.

そうしたことを思いながらも,
博多駅で家族のためのお土産を沢山購入し,
新幹線で帰途につく.
おなかがとにかく空いていたので,
お弁当に地鶏おにぎり,
そしてビールを,席に着いたらすぐに食べる.
なんとか一息つく.
どうも空腹時は機嫌が悪くなるらしい.

アルコールのせいもあって,
まぶたが重くなる.
そしてまた,デジタルオーディオプレーヤーを耳にする.
マイルス・デイビスの"Kind of Blue"の
"So What"が流れてくる.
本当に至福の時だ.

先日もブログに書いたけれど,
今回このCDは,通常に比べ圧縮比を下げて録音した.
(ATRAC Advanced Lossless)
その代わり,いつもの3~4倍のファイルサイズに
なるのだけれど,音の臨場感が全く違う.
そのことに感動した.
他の曲は,これまでどおりの圧縮比で録音されているのだけど,
もう聴けない,という感じである.
たぶんポップスやロックならば許せるけど,
ジャズやクラシックの曲だと一度その差を実感してしまうと,
もう二度と戻れない気がする.

人間の五感は,こうした情報の密度の差を
はっきりと認識できるらしい.
素晴らしい能力だ.
以前,CDが登場した当時は,
人間の可聴域は20kHz程度だから,
それ以上の周波数帯は切り捨てて録音するという技術だったらしい.
しかし,それでは音質がずいぶん悪いと評判になってしまった.
(今でも80年代のデジタル録音のCDはちょっぴり音質が悪い)
その後,オーバーサンプリングなどの技術が出てきて,
今の音質の改善に至っているのだけれど,
こうしたクオリティに対して,人間の耳は正直である.

これは音楽に限らないのだと思う.
日常において人と人とのコミュニケーションにおいても
情報の密度の高さ,低さは,
正直に相手に伝わるような気がする.
同じ事柄を伝えるにしても,
単にその用件を伝えるだけのものと,
相手に対する心遣いが感じられるものの言い方では,
相手が感じる印象は大きく異なる.
コミュニケーションのディテイルに,
そうした臨場感,心遣いが表れる.
そうした情報伝達,コミュニケーションを心がけたいと思う.

音質が段違いに良いのはわかった.
あとは2GBの容量の制約の中で,
どの曲を持ち歩くか,という問題になる.
これが録音時間の長さという問題と相まって,
なかなかに悩ましい.

2008年3月20日木曜日

懐かしい面々と

学会二日目.
今日の福岡は曇り.
しかしかなり肌寒い.

学会の会場にいくと,
大学時代にお世話になった先生,
一緒に研究室にいた面々,
そして前の職場でお世話になった方,
そうした人たちに次々とお会いした.

電気学会はやはり私のホームなのだと,
あらためて思う.

全国大会は一種のお祭りである.
みな研究を発表するのだけれど,
残念ながら短時間の発表&質疑応答しかない.
したがって,十分な議論というものは
残念ながら行われにくい.
しかし,その反面,
研究成果が百花繚乱といった感じで
次々と発表されることになる.
それはそれで魅力的である.

う~ん,唸ることしばし.
なんとか頑張らねばと思う.

今回が学会デビューの学生たちも居て,
彼らの発表の際にはこちらの胃が痛くなってしまうくらいだった.
しかし,みな素晴らしい発表でした.
よかった,よかった.

こうしてみんな経験を積んでいく.
人脈も作られていく.
そしていつか,
この学会に戻ってきたときに,
また懐かしい人たちに会うことになる.
これが学会なのだ.

こうして人の懐かしさと,
研究の新しさに刺激を受けて,
学会から帰っていく.
いつまでもこの興奮を忘れずに,
精進していきたい.

2008年3月19日水曜日

NO MUSIC, NO LIFE.

今日の福岡はまさに春の嵐.
風は冷たく,雨が横殴り.
傘もさしていられない.
この時期の福岡を甘く見ていた...

さて,今回の出張には,
デジタルオーディオプレイヤーを
持ってきた.
実は,故障していて,
出張前日,ギリギリに戻ってきたのだ.
(メーカのHPを見たら実はリコールされていたりした)

良かった...
これなしで2時間半も新幹線に乗るなんて,
ちょっと想像もできない.
もう今の私はいつでも音楽が聴ける状態でないと
我慢できなくなりつつある.

素晴らしい.
音楽がある生活って.

今回,故障修理から戻ってきたのを機会に,
圧縮率を変えてプレーヤーに
録音をすることを試みた.

今回は,ストラビンスキー「春の祭典」
(ブーレーズ,クリーブランド響)を含む
CD3枚を録音してみた.
これが全く違う次元の音がする.

確かに,今まではCD1枚で70MB程度だったものが,
今回は330MBを越える容量のファイルになっている.
4倍以上の情報量の差なのだから,
音質が違うといえば違うのは当たり前なのだけれど.

あらためてこのプレーヤーに惚れ直してしまった.
こんなに素晴らしい音がするなんて.
ただ,2GBのメモリにはCD6枚くらいを録音するのが
やっとである.
どうしても曲数が少なくなる.
これがどうしようもないのだけれど,残念至極である.

ブーレーズのハルサイを聴く.
頭の中に広がる音の臨場感に引き込まれる.
あぁ,これも至福の時間のひとつだ.

どこかの小説の死神ではないけれど,
ミュージックは最高だ.
人間の無意識に直接働きかけてくる.
プレーヤを持ち歩くようになって,
音楽中毒の症状が進行している.

NO MUSIC, NO LIFE.

いつもポケットには
音楽がある.

2008年3月18日火曜日

至福の時を,博多の街で

今日は,福岡に出張.
明日から電気学会 全国大会に参加するためである.
そして,今日は電気学会九州支部が主催した
マトリックスコンバータに関する講習会に参加.
九州の実力を感じる.
う~ん,関西も負けて入られない.

しかし,今回の出張はまるで生活から
逃げるようにやってきた.

先週までの1~2ヶ月,本当に忙しかった.
食事をとる時間もないほどである.
たぶん平日の昼食時間は5分程度,
夕食も10分をかけないで食べていたと思う.
週末,家族とゆっくりと食べることが
本当にうれしかった.
(とはいえ,土日もいずれか一日は
仕事をしていたのだけれど)

仕事の合間にトイレに行くのも
走っていく感じである.
弁当を買いに行くのも走っていく.
宅配便の配達の人と同じように,
学内を走っていた.
なんであんなに忙しかったのだろう.

しかし,金曜日にはなんとか報告書も仕上げ,
夕方からは合気道の稽古に出かけた.
もう1ヶ月以上ぶりの稽古である.
受身をとると目がまわる.
腹筋も痛くなる.
まったくもって運動不足である.
また,杖も遣ってみた.
もうヘロヘロの杖である.
自分で振っていて嫌になってしまうほどだった.
それでも気持ちよい疲労を感じて,
満足して帰宅.
身体を動かすことは大切だ.

土曜日には,東京から合気道のO先生が
いらっしゃって講習会.
O先生には,もう22年ご指導を受けている.
ただでさえ一向に技がうまくならないというのに,
稽古不足で,ヘロヘロの杖を遣うとは...
本当に申し訳ない気持ちで一杯になる.
もっと精進いたします.
心の中で,何度も頭を下げておりました.

日曜日はゆっくりと家族と過ごし,月曜日.
また忙しかった.
走るようにして仕事.

そして今日,火曜日.
逃げるように博多にやってきた.
学会での楽しみは,やはり旅先での食事である.

知らない街を歩き,
知らない店に入る.
それだけでなにか気分が違う.
見知らぬ街にいるだけで,
気分が特別なモードに入る.
身体の状態までも変わる.

こうした中で食べる食事の美味しさよ.
今日はなぜかとんかつが食べたくなって,
専門店に入る.
ビールと辛しレンコン.
そしてとびっきり柔らかい豚肉のカツ.
これをゆっくりと1時間くらいかけて食べた.
5分,10分の食事とは違う.
口の中にひろがる豚肉の脂のうまさに
思わず目が細くなる.
(もともと細いけど)
揚げたての辛しレンコンもサクサクとして,
辛しがツ~ンと鼻にくる.
たまらなくなって,ビールをゴクリとやる.
う~ん,最高.
やっぱりこうでなければ.
みんなで飲みに行くのも,もちろん楽しいけど,
一人でこうしてゆっくりと過ごすのも
至福の時間の過ごし方だ.

もう満足してホテルの部屋に戻ってくる.
そしてもうひとつ,至福の時が待っている.
ゆっくりと眠る.
これに勝る時間はない.
今日は早くベッドに入ろう.
明日はきっと素敵な目覚めが訪れるだろう.

2008年3月17日月曜日

聴衆を意識したプレゼンテーション

先週の金曜日は,朝からある提案のヒアリングがあった.
今年度の総括と,来年度に向けた活動の提案をする場であった.

はっきりいって,気を抜いていた.
ヒアリングが始まってすぐに,
このプレゼンに非常に具体的なことを
要求されていることに気づいた.

マズイ.
そんなことを考えず,ぼんやりとした話しか
提案書には書いていない...
これは全くの私のミスだった.

一般に,システムや回路の研究を行っている分野では,
数値目標というのは立てにくい.
逆に数値にキリキリと縛られて
仕事をするというのはタイプではない.

一方,ヒアリングの先生方はデバイス・物性系の人たちである.
無論,数値目標を重視する.
こうしたギャップを私はすっかり考慮していなかった.
私は,そうした向きのプレゼンを行うべきであったのだ.
また,このヒアリングが
それだけシリアスなものであることを
事前にリサーチし,対策しておくべきだったのだ.

ボスである伊瀬先生からは
本日やさしく諭していただいたが,
実際のところは,金曜日,そのヒアリングの終了直後から
ひとり反省会が心の中で始まっていたのだ.

このブログでも何度も言及しているけれど,
コミュニケーションというのは,
相手に伝わってこそ,成功なのである.
う~ん,まだまだ道は遠い.

今回の失敗もいろいろと考えることが多い.
どういう種類の聴衆で,
どういうプレゼンが求められているか,
それを理解せずして成功なし,ということである.

"彼を知りて己を知らば,百戦して殆うからず"

2008年3月13日木曜日

春の嵐とマスク

昨日は東京に出張.
九段下で開かれたSMESに関する報告会に参加.

朝,家を出てみると遠くの山がかすんで見えないことに気づく.
空気が白い.
花粉である.

私が花粉症になって,もうどれくらいになるだろう.
10年は過ぎているように思う.
以前の職場にいたころに花粉症が発症した.

最初の1,2年は本当にひどかった.
鼻はつまるし,目はかゆい.
目の玉を,鬼太郎のオヤジのように取り出して,
水洗いできたらどんなに楽だろう,
などと思っていたものである.

当時,住んでいたところは杉だらけだった.
車を止めておくと,
朝にはボディが花粉で黄色くなっている.
職場近くには,
「杉」という地名があったくらいである.

関西に引越してきて,実はずいぶんと楽になった.
今日のように特に花粉の飛散がひどいときには,
確かに鼻腔の奥がつ~んとして,
鼻水がでたり,目がかゆくなったりするのだけれど,
だいたいの日は,生活に支障を来たすほどではない.
これはずいぶんと嬉しい.

こう考えてみると,今の場所に移り住んでからは,
ずいぶんと体質が改善しているような気がする.
冬の手あれ,アカギレも良くなった.
春になると毎年,目にできものができたりしていたけれど,
こちらに来てからはそうしたことは一度も無い.

結局田舎で暮らすと良いということだろうか.
特に自宅は山の近くなので,
湿気があって,これがだいぶ良い影響を与えているものと思われる.
今の町に引っ越してきてから,
子供の喘息が治ったなどという話も聞く.

残念ながら,我が家の子供たちは花粉症になってしまった.
私にとっては良い環境も,
子供たちにとってはそうでもないらしい.
また花粉症は大人になってから発症するのだとばかり思っていたけれど,
幼稚園の頃からも悩まされるのを見ると,
単純には説明できないものらしい.
(もしかして遺伝もある?)

昨日の東京は気温が低かった.
そのためか,街でもマスクをしている人が少ない.
私もマスクは嫌いである.
欧米ではマスクをするというのは,
ちょっと危ない病気の人だと思われる.
私のように人相が悪いと,さらに怪しい人となる.

春になって暖かくなるのは嬉しいけれど,
花粉症は困る.
加えて黄砂も困る.
春の嵐というけれど,
決してロマンティックなものではないのである.

2008年3月12日水曜日

3/11, 3/12

すみません.
3月11日は時間が取れずブログ更新できませんでした.
3月12日は不在です.

2008年3月10日月曜日

音楽によってアクセスされるもの

時間が取れず金曜日の更新を休んでしまった.反省.

金曜日は,文科省プログラム
「魅力ある大学院教育」イニシアティブ
「先端通信エキスパート養成プログラム」の
シンポジウムが開かれた.

残念ながら,シンポジウムすべてには出席できなかったが,
昼に行われた学生たちの
提案型研究の発表会には参加できた.
この「提案型研究」というのはこのプログラムの
ひとつの柱である.
学生たちが自分たちでテーマを提案し,
予算を申請し,管理し,
研究を進めるというアドバンストなプログラム.
多くの募集の中から採択されたテーマだけに,
発表を聴いても,さすがによくこなれている.
学生たちの実力を感じた.

昼間だけ参加し,千里中央から大学にとんぼ返り.
また学生とともに実験に取り組む.
う~ん,うまくいかない.
しかし,これでくじけてはいけない.
いろいろな手段を試して,
できるだけのことをしなければ.
それが研究の勘所である.

とはいっても,シンポジウム夜の打ち上げ会には,
その学生と参加する.
彼もその提案型研究を頑張ったひとりなのだ.
せめて打ち上げには参加してもらって,
その労をねぎらいたい.
打ち上げ会は,専攻長をはじめとして,
大いに盛り上がった.
私は宴会だけに参加した格好となり,
ちょっと肩身が狭かったが.
(酔ってしまえばそんなことは関係ないのだけど)

土曜日は,午前中に家事を済まして,
午後からパワーエレクトロニクス学会の評議員会に出席.
17:00前には会議も終了.
他の皆さんとお酒を飲みに行きたいのはやまやまだったけれど
(ビールという単語に喉がゴクリと鳴った)
我慢して大学へと向かう.
締め切りをとうに過ぎていた
パワエレ学会のお仕事をなんとか仕上げる.
遅れてご迷惑をおかけした皆様,申し訳ございません.

家に帰るとKill Bill Vol.2が放映されていて,
ついつい見てしまう.
こうして疲れた頭には,タランティーノの映画は
実によくはまる.
西部劇風のBGMと,展開のばかばかしさにほっとする.
ここまでB級テイストいっぱいの映画を,
よく製作会社が作らせてくれたなぁと感心.
Death Proof in Grindhouseもぜひ見たい.
(家族の前では観れないだろうけど)

日曜日は,たまっていた家事を済ます.
医療費の還付に関わる確定申告書類を作成する.
ただひたすら医療の明細書を打ち込む.
医療機関の領収書をひたすら打ち込む.
打ち込む,打ちこむ,打ちこむ.
なんとか日が変わる前に申告書を印刷できた.
もうヘトヘト.
世の確定申告を行っている同志について
想いを馳せる.
「みんな,よくやっているよ!」

そんなこんなで疲れがたまっているのか,
今朝はぐったりと元気がない.
こんなことではいけないと思いつつも,
朝から肩が凝り,首は回らない.
顔もむくんでいる(誰も気づかないけど).
重たい身体を引きずって,
どうにか自動車で出勤.
カーラジオから流れてきたのは,
R. Straussの交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」.
美しい音の重なりに,知らず知らずのうちに緊張していた
身体がリラックスしていくのを感じる.

作品名のAlso sprach Zarathustraは,
「ツァラトゥストラはこう語った」と
訳されることが最近多いのだけれど,
ちょっと前は,「ツァラトゥストラはかく語りき」だった.
こっちの方がかっこいいと思うのだけれど,
なぜ変わってしまったのだろうか.
もちろん,ニーチェの著作にインスピレーションを
受けた作品なわけで,
そのニーチェの本も最近は,
「こう語った」などと訳されているのをみると,
ちょっと違和感を覚える.
岩波文庫では,「ツァラトゥストラはこう言った」などと
口語的に訳されていて,少し品が無くなったように感じるのは
私だけではないと思う.

この曲は特に,キューブリック監督の
「2001年宇宙の旅」で使用されたことから
導入部が非常に有名だけれど,
そのあとに続く曲の美しさを知っている人は少ない.
もったいないと思う.

最近では,ティム・バートン監督の
「チャーリーとチョコレート工場」の中で,
この「2001年宇宙の旅」のパロディのシーンで
やはりこの曲が流れていて,思わず笑ってしまった.
「チャーリー...」のエンドタイトルクレジットで,
使用されていた演奏が,カラヤンのデッカ盤らしいことが
わかってさらに感心.
「2001年宇宙の旅」と同じである.
凝った演出である(このデッカ盤についてはベーム盤との誤解の
話もあって,いろいろ面白いのだけれど,それはまた別の機会に).

そういえばプレスリーのコンサートのオープニングにも
使用されていたなぁとも思いだす.
その音楽の残響を聞くだけで,
どの会場で行われたプレスリーのコンサートがわかるマニアが
以前,「カルトQ」に出ていて感心した覚えがある...などなど

そのような他愛もない話を思い出しながら,
そのめくりめく旋律の美しさにうっとりとする.
(ちょっと運転が危なくなる...)

しかし,ずいぶんと気分は回復し,
大学に着くころにはすっかりと元気が戻っていた.
音楽というのは本当に素晴らしい力を持っている.

たぶんこうした気分というものは,
私の無意識の状態に依存するものだろうと思うのだが,
通常は無意識の状態をコントロールすることは難しい.
(武道ではここらへんを重視して,
呼吸や姿勢などのいろいろなテクニックで
それをコントロールすることこそ,
修行の目的のひとつとなるわけだけど)
しかし,音楽はいともたやすく無意識にアクセスしてしまう.
そしてその影響は逆にコントロールできないほど大きい.

私たちはもっと音楽の偉大さを
立ち止ってじっと考えるべきではないのだろうか.
いまは,音楽は消費されるだけのものになってしまう.
消費されてしまった音楽は,顧みられることはない.
時代を経て残ってきたクラシック音楽は,
消費をされずにギリギリに生き残ってきた音楽なのだろう.
なにが時代を越える音楽とそうでないものを分けるのだろうか.
そんなことを思う.

今日の録音は,1996年録音のブーレーズ・シカゴ響のものであった.
美しくて,ちょっと食指が動いた.
R.シュトラウスといえば昔はカラヤンで,
私もずいぶん愛聴してきたのだけれど.

2008年3月6日木曜日

にっこり笑って人を斬る

今日は一日大学にいた.
こうした日にできるだけ仕事を進めておかなければ.
ご迷惑をおかけしているみなさん,すみません.
なんとか仕事を仕上げます...

...しかし,そうもいかず,
結局PCの前にいることもできない.
全然仕事がはかどらなかった.
ようやく8時近くになって,机に座る.
いやいや,本当に忙しい.

当初予定していた仕事以外に,
あとからあとから問題が生まれてくる.
その処理だけに時間を費やされるのである.

明日は明日で,全然時間が取れない.
今日,どこまでやれるか.
毎日がギリギリである.

こうなってくるとついつい眉間にしわを寄せたくなる.
しかし,この歳になると,
それではパフォーマンスが落ちることを
重々認識している.

では,どうするか.

こうしたときこそ,笑うのだ.
笑うことは素晴らしい.
身体の緊張が抜けていく.
そして持続力が増す.

寝るときも笑うことが大切である.
明るい気持ちで眠ることができれば
短時間でも疲労の回復は早くなる.
Golden Slumberは重要なのだ.

笑うことによって心身共にリラックスし,
最高のパフォーマンスを発揮しやすくなる.

私が稽古している武道では,
「にっこり笑って人を斬る」などと
冗談めかしていう.
真剣の場においても,
それだけの状態で臨むことができれば,
生を得ることは多くなるだろう.

厳しい状況こそ笑うことが大切になる.
にっこり笑って仕事をする.
なかなかカッコがいい.

2008年3月5日水曜日

頑張っていきまっしょい

今日は核融合科学研究所で開かれた
超伝導コイル・導体に関わる研究成果報告会に
参加してきた.
とはいっても,私は発表はなかったのだけれど.

まず,私の先輩C先生にお会いした.
現在,核融合科学研究所で電源装置をご担当されている.
私が学部4年生以来のお付き合いだから,
もう22年ということになる.
お会いして話す内容はずいぶんと変わったけれど,
話す雰囲気は変わらない.
お互いずいぶん皺っぽくなり,白髪も増えたのだけど.
これからもよろしくご指導お願いいたします.

次に昼食時に,私が以前の職場
日本原子力研究所に勤めていた頃,
お世話になったOさんに,食堂でお会いした.
昨年,日光で超伝導磁気エネルギー貯蔵装置(SMES)見学の際に
お会いして以来のことである.
今日は,核融合科学研究所で装置の定期点検に
訪れていらっしゃるとのこと.
いや,縁があることです.
やはり同じような仕事をしていると,
このように交わる機会も多くなるのだなぁと,
改めて感じる.
こうしたことは,大変励みになるものである.
Oさんには,また近いうちにお会いできそうな気がします.

そして,昼食後には以前の職場の同僚のKさんが来た.
Kさんとは机を並べて超伝導コイルの仕事をしていたのである.
当時は,うちの奥さんと過ごす時間よりも,
Kさんと過ごす時間の方がずっと長かった.
彼は,JT-60SAの超伝導コイルの製作状況について報告した.
力強い発表だった.
導体はすでに発注され,コイルの製作についても
ずいぶんと検討が進んでいる状況だ.
私がいた頃とはずいぶん違う.
私は職を離れたけれど,皆さんは頑張ってこられたのだと
しみじみ実感する.
申し訳ないという気持ちと,
皆さんの素晴らしい仕事に嬉しさを感じた.
これからも頑張ってください.
導体の現地製作設備が整う頃,
那珂の研究所にぜひ見学に参ります.

ということで,本日の出張では,
久しぶりにお会いする方が多く,
大変うれしく,こちらも元気が出てきた.

皆さん,それぞれの場所で活躍されている.
それがこちらの励みになる.
それだけで今日の出張は得るものがあった.
よ~し,頑張っていきまっしょい!

2008年3月4日火曜日

お気楽にいきましょう

仕事が全然終わんない!
やってもやっても先が見えない.
締め切りを過ぎた仕事もいくつかある.
う~ん,どうしよう.

なのに昨日も明日も出張である.
どうしてこのような時期に重なるのかと思う.

考えてみれば,こうした状況は避けられたのかもしれない.
先に先にと仕事を終えていれば.

わかってはいるけれど,
毎日の仕事の許容量はある.
短期間ならばクリアできるかもしれないけれど,
長期間はやはり続けられない.

こうした状況でも平気で笑顔で
仕事を進める人になりたいと思う.
しんどいと思い始めたら,
ますます自分のパフォーマンスは劣化する.
いつものびのびと明るく.

言うは易し,行うは難し.
こうした危機的状況でも
お気楽にいきましょう.
(って,全然それじゃ追いつかないよ!)

2008年3月3日月曜日

かくしゃくとした人に会う

今日も東京出張.
本当は研究室に残って実験したいのだけれど,
仕方がない.
学生たちに任せて,会議に向かう.

新大阪に向かう電車の途中,
あるご老人に話しかけられた.
新大阪に向かわれるのだが.
どこで乗り換えたらよいのか,
よくわからないとのこと.
私も新大阪に向かうのです,と答えて,
ご一緒することになった.

聞くところに寄れば,
福岡のご自宅に帰る途中とのこと.
昨日,茨城の水戸まで行かれて,
ご友人のお葬式に出席されてきたのだという.

お歳は86歳.
海軍のパイロットだったが,
そのときの同僚が亡くなられたとのことだった.

軍隊経験者ということを納得する姿勢の良さで,
まだかくしゃくとされている.
途中,電車で席に座れないこともあったのだけれど,
つり革をもってスックと立たれていた.

その姿を見て,
こうした老人に私もなれるだろうか,と思った.
身体が大切なのではない.
要は,心の持ちようの問題である.
心の在り方が,身体に表れている.
歳をとれば,身体は不自由になり,
姿勢は悪くなってしまう.
しかし,心の在り方が静まっていれば,
自ずとたたずまいに表れるのだ.

最近,自分の生活態度が忙しさにかまけて
よろしくなくなっていると感じている.
多忙を理由に,自分に甘くなっている.
「しんどい」という言葉をよく口にしている.

...反省.

忙しくとも,心をゆたに.
今日出会ったご老人のように,
私も歳をとりたいものである.

2008年3月1日土曜日

12年後,どうしているのだろう

昨日は,卒業研究発表会だった.
発表の時間管理などの役をやっていたので,
時間がとれずブログの更新ができなかった.
ということで,今日更新.

研究発表会のあとは,
研究室の打ち上げ.
とにかくみんなホッとした顔つきだった.
よかった.

もうこれでしばらく会わない人もいるだろう.
次は3月末の卒業式のときかな.
やっぱり少し寂しい.

今年はなんと博士と修士と学部4年生+とび級3年生で
18名の論文発表がこの研究室からあった.
そのうち13名がこの研究室から去っていく.
また,韓国からの留学生も帰国する.
3月からは研究室もずいぶんと静かになるだろう.

私が研究室を卒業してから12年になる.
ずいぶんと遠くまで来たような気もするし,
いままた大学という職場にいることで,
戻ってきたような気もする.
あの頃,今の自分がこんな風になるなんて,
思いもしなかった.

卒業していく彼らも,この先どうなるかなんて
たぶんわからないだろう.
結局なるようにしかならないのだ.
ただ自分の力で泳ぎ続けることだけしか,
やりようがない.
それだけしかはっきりとしたことはない.