2008年3月3日月曜日

かくしゃくとした人に会う

今日も東京出張.
本当は研究室に残って実験したいのだけれど,
仕方がない.
学生たちに任せて,会議に向かう.

新大阪に向かう電車の途中,
あるご老人に話しかけられた.
新大阪に向かわれるのだが.
どこで乗り換えたらよいのか,
よくわからないとのこと.
私も新大阪に向かうのです,と答えて,
ご一緒することになった.

聞くところに寄れば,
福岡のご自宅に帰る途中とのこと.
昨日,茨城の水戸まで行かれて,
ご友人のお葬式に出席されてきたのだという.

お歳は86歳.
海軍のパイロットだったが,
そのときの同僚が亡くなられたとのことだった.

軍隊経験者ということを納得する姿勢の良さで,
まだかくしゃくとされている.
途中,電車で席に座れないこともあったのだけれど,
つり革をもってスックと立たれていた.

その姿を見て,
こうした老人に私もなれるだろうか,と思った.
身体が大切なのではない.
要は,心の持ちようの問題である.
心の在り方が,身体に表れている.
歳をとれば,身体は不自由になり,
姿勢は悪くなってしまう.
しかし,心の在り方が静まっていれば,
自ずとたたずまいに表れるのだ.

最近,自分の生活態度が忙しさにかまけて
よろしくなくなっていると感じている.
多忙を理由に,自分に甘くなっている.
「しんどい」という言葉をよく口にしている.

...反省.

忙しくとも,心をゆたに.
今日出会ったご老人のように,
私も歳をとりたいものである.

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