2008年6月30日月曜日

遺伝子の呪縛

人類で最も忌むべき伝染病は
遺伝である,と聞いたことがある.
まさにそのとおりと
最近自分の息子の姿を見て,
しみじみ思う.

やはり自分の子供なのである.
どこかが似ている.
風貌だけでなく,
しぐさや癖までが似てくるようだ.
気質にも似た部分を見つけると,
近親憎悪的な感情を持つことさえある.
自分が他人にこう見られているのかと思うと
ぞっとする.
自分もそうであるのに,
息子を怒るのもどうかとも思う.

なぜこうも似てしまうのだろうか.
生活習慣が同じだからなのかもしれない.
毎日同じようなものを食べて,
一緒に暮らしていれば,
似てしまうのもむべなるかな,と思う.
夫婦がお互いに似てくるというもの良く聞く話だし.
(この話をすると,うちの奥さんは
嫌な顔をするのだけれど)

しかし,私はやっぱり
遺伝的な要素が大きいのではないかと思う.
それは最近車のCMで,
ショーン・レノン氏が出演しているのを見て,
強くそう思った.
一目で,ジョン・レノンの息子だろうと
わかったからである.
(まぁ,彼が子供のころもTVに出演していたのを
見ていたけれど)

どうして,あんな風に似ているのだろう.
ショーンが幼いころに
ジョンは死んでしまったはずなのに.
だから私は遺伝子の強さを思うのである.
ショーンの身体の中でその遺伝子が発現して,
あのような姿かたちを取らせるのだろう.
しぐさ,癖などは父親にそっくりなのか,
ぜひオノさんに訊いてみたいものである.

振り返って自分の息子の将来を思うと
かわいそうで仕方がない.
こんな私に似なければいいのにと心から思う.
私もずいぶん幸せな人生を送ってきたけれど,
息子には,もっと違うような人生を送って欲しい.
私という人間の影響を離れて,
自由に生きていって欲しい.

遺伝子の呪縛を離れることは
一体可能なのだろうか...





#とはいえ,もうひとりのレノン氏の息子,
ジュリアンはそれほど父親に似ていないように思う.
遺伝子を強く引き継ぐものとそうでないものが
あるようだ.

2008年6月27日金曜日

日本の核融合研究の誇りをもって

本日は,日本原子力研究開発機構(JAEA)の
"JT-60SA専門部会"に出席するため,
またまた東京に出張.
今週は3日不在だった.
ギリシャから帰国して少し落ち着かない.
(ブログは頑張って更新しています)

さて,JT-60SAというのは,
世界に誇る日本の核融合試験装置の
フラッグシップマシンJT-60の
後継試験装置である.

これまで稼働してきたJT-60は,
核融合の性能指標である核融合積においても
核融合炉を目指した高効率運転においても,
世界でトップクラスの性能を出し続けている.
燃料であるプラズマを加熱して達成した温度5.2億度は,
人類が作りだした最高温度として
ギネスブックに載っているほどの
日本が世界に誇る核融合試験装置なのである.
(そのわりに知名度が低いのが悲しい)

このJT-60が常伝導マシン
(すなわち銅のコイルを使用)
であったものを,
JT-60SAは,超伝導マシン
(-269度付近に液体ヘリウムで冷やすと
抵抗がゼロになる超伝導導体を用いた
コイルを使用)
に改造するものである.
これをSuper Advancedとして
SAと呼称することになっている.

これはITERの
幅広いアプローチ(Broad Approach)の一環として
行われるので,EU(ヨーロッパ)と
連携して設計・製作が進められる.

本日の会議の報告を聞いていると,
やはりこうした国際協力のプロジェクトの
難しさがあって,
EUとの意見の調整に時間がかかるようである.
仕様変更を繰り返し,
ぎりぎりのところで設計が成立するように
努力されている.
本当に少ない人数でEUとやりあっている
JAEAの皆さんの努力には本当に頭が下がる.
彼らのハードワークは,
日本の核融合に誇りを持つことによって
支えられているのだと実感した.
お身体にお気をつけて頑張ってください.

こうした現場では,有能な人材を求めているようだ.
この日本の核融合の誇りを継承してくれる
若い人をさがしている.
電気分野でも,機械分野でも.
経験があればいい.
もしも,自分がやってやろうという人がいたら,
手を挙げてほしい.

JT-60SAは,すでに部分的に材料等の調達が始まっている.
7年後には運転開始の予定である.
本日も委員の方が言っていたけれど,
10年後,20年後の日本の核融合研究を
背負うマシンなのである.
未来の研究者のために,
この装置はつくられなければならない.
今,この装置に携わっている方々は,
その責任を感じている.
このプロジェクトは必ず成功させなければならない.

2008年6月26日木曜日

日本の漫画とアニメは文化になったのか

最近,めっきり漫画を読まなくなった.
学生時代はずいぶん読んだものである.
週に10誌近くは読んでいたような...
月刊誌もあわせると,とにかく
相当数の雑誌を読んでいたはずである.

博士課程の学生の頃,研究室にある時期,
アメリカから留学生がやってきていて,
私たち学生が漫画に熱中しているのを見て,
彼が"Waste of Time!"と吐き捨てるように
言ったのを聞いて,
"漫画とアニメーションは日本の文化だ"と
とうとうと説明したのを覚えている.
(英語もずいぶんできなかっただろうけど)
実は彼は,かなりのエリートだったらしく,
漫画などは本当に読んだことがなかったらしい.

これには後日談があって,
もう15年以上も前になるだろうか,
シカゴに滞在したときに,その来日していた彼が
私を夕食に誘ってくれた.
かなりちゃんとしたレストランに,
彼は彼の彼女を連れ,
そして私のためにも彼女の友達の女の子を
連れてきてくれた.
そこで日本の文化の話になったときに,
彼は得意げに彼女に,
"Speed Racerって知ってる?"って尋ねて,
"あれはもともと日本のアニメーションなんだよ.
漫画というのは日本の文化なんだ"
などと話をし始めたのである.
目の前で,いつかの私の話を繰り返す彼に
笑いそうにもなったけれど,
これは実は私への心遣いなのかとも思ったりもした.
いまでも本当にどうだったのかはわからない.

先日,タイからの留学生から
また,韓国からの留学生からも,
中国の留学生からも
日本のアニメーションの話を聞いて,
本当にそれが日本の文化の一つに
なったのだなぁとしみじみ思った.
そして上記の話を思い出したのである.

2008年6月25日水曜日

腹が減って,腹が減って

ギリシャから帰ってきて,
困っていることが時差ボケの他に
もうひとつある.
(時差ボケはいい加減もう大丈夫だけど)

それは食欲が旺盛であるということ.
ギリシャでは,毎日食事の量が多かったせいか,
日本に帰ってきてからも,通常の量では
もの足りない気がしてしまう.

食べる量は何とか我慢するのだけれど,
食事前の空腹感は,ギリシャ旅行前に比べ,
つらくなっているような気がする.

胃が拡張したからか,
それとも内臓はいまだ向こう時間で動いているからなのか.
とにかくダイエットを心がけている身としては
つらいばかりである.

今日の昼食もちょっと多かったみたいである.
食べてから後悔する.
胃が小さくなるように,
内臓もトレーニングしなければ.

学会活動の意味

今日は,電気学会産業応用部門の
編修委員会で東京出張.
担当の仕事について報告する.

今日は,本年度の第1回目ということで
会議のあと懇親会が持たれた.
まぁ,私は兵庫の田舎住まいなので,
懇親会の最後までは参加できず,
失礼ながら中座させていただいたのだけれど,
懇親会は非常に楽しかった.

そもそもこの編修委員会などは,
全くのボランティア活動で成り立っている.
学会からは何の報酬も出ないどころか,
東京までの出張費も出ない.
全部自分の経費で来ている.
純粋に会員の(時に非会員もいるのだけれど)
奉仕によって成立しているのである.

そもそも学会活動はそのようにして
成り立っている.
学会は経費や報酬を出してくれないし,
だれも援助をしてくれない.
一部の会員の奉仕活動によって運営されている.
これがよいのかどうかは別として,
現実問題,このように運営されているのだ.

はっきり言って,こうした仕事は,
負担であり,特に在京でないものにとっては
交通費がかさむ活動でしかない.
それでも,参加しているのは,
やはりその学会における必要性を
認識しているからである.
つまりは,「誰かがやらねば...」という
考えに他ならない.

しかし,今日のように懇親会があると
それはそれで楽しいし,いろいろと有益である.
というのも,このような活動に企業から
参加させられるのは,
ほぼ私と同年代の人たちだからである.

そのような同世代の人たちの意見交換をするのは
やはり楽しい.
同じような重責を背負い,
同じような会社や大学での地位を持ち,
同じような家庭環境をもつ.
こうした人たちとの情報交換は,
非常に有益であるし,もちろん面白い.

今日は個人的な話というよりも,
日本のパワエレ業界の抱える問題点について
大いに盛り上がった.
詳細については,いろいろ問題があるので,
ここではつまびらかにできないが,
ふむふむと納得できること,
あるいは,ただ驚いて言葉も出ないことなど,
いろいろな話があった.
こうした情報交換こそ,
学会に対するボランティア活動に対する
報酬であり,こうした情報と人脈こそが
成果である.

こうした成果があるからこそ,
確かに面倒くさい運営活動も
何とか続けることができる.

学会の活動意義を考える場合に,
こうしたボランティア活動と
報酬について考えざるを得ない.
しかし,参加者に益があるからこそ,
こうした活動は続いているのであろう.
みなその利益を知っているのだ.
たとえその利益には,即効性はないにしても.

2008年6月23日月曜日

時差ボケ

無事帰国できた.
今日から通常通り出勤である.

ちょっと時差ボケが残っている.
最近は体力で時差ボケをねじふせることが
できなくなっている.
やはり歳かな,と思う.

ギリシャではほとんど時差ボケに
困ることがなかった.
自分でもびっくりするぐらい.

会場に到着して,
レセプションパーティーでお酒をのんで,
初日はゆっくり寝た.
翌日からは全然問題なかった.

だが,日本ではうまくいかない.
昨日は寝坊してしまった.
ギリシャは日本よりも6時間遅れている.
日本の朝6時は,ギリシャの真夜中零時である.
朝起きられないわけである.

今日も少し眠気が残っている.
それでもなんとか午前中に
たまっている電子メールを処理した.
いい滑り出しだ.
この調子で日本での生活を
ふたたび始めよう.

2008年6月21日土曜日

再びドバイ

再びドバイ空港にいる.
帰宅の途である.

6日ほど前にこのドバイでこうして
PCを打っていた.
もうずいぶん昔のような,
いや,つい昨日のような,
そんな不思議な気がする.

昨日でPESC08も終了.
夜は,先生方とメーカの方とご一緒に
ロードス島のOLD Townに繰り出す.

夕方の薄茶の石造りの町は
ヨーロッパ風の窓から漏れる
柔らかい光で照らされて,
雰囲気満点である.

町の観光化された中心地から
少し離れた路地を歩くことができた.
人の生活がそこにあった.
ところどころ半開きになっている
ドアの中を少しのぞくと,
よく手入れされた庭に
テーブルと椅子が置いてあり,
そこで過ごす時間は
さぞかし素晴らしいものだろうと
感じさせる.

こうした遺跡の中に生活がある.
なぜか清水寺の坂に立つ民家を
思い起こさせた.
周囲の素晴らしい環境と引き換えに
ある程度不便な生活をしているのだろう.
なにに価値観を置くかである.

さて,散歩のあと私たちは
ちょっと奥の広場の近くの
食事をする場所に席をとって,
ギリシャの肉料理を
(といってもファーストフードみたいなもの)
堪能した.
私はもう満腹でビールさえも飲めなくなった.
素敵な町の雰囲気と
美味しい料理.
もう十分に満足した.

そして今,ドバイ.
日本での生活にまた戻る.
すっかりと太くなってしまった
お腹周りがもとに戻るのは
いつになるのだろうか.

2008年6月19日木曜日

国際会議ならではの

昨晩のPESC08のバンケットは,
ホテルのプールサイドにテーブルを並べて,
700人以上の参加者を集めて開かれた.

私のテーブルは,私の出身研究室の
東京工業大学のみなさんの他に,
N大学のN教授,中国浙江大学のXu教授と学生,
アメリカのメーカの方々と
バラエティに富んでいた.

国籍で言えば,日本,中国,インドネシア,
ノルウェー,アメリカである.
こうした人たちとお話しするのは
本当に時間を忘れるほど楽しい.

国の文化の違いによるズレが
少しあって,それが逆に会話を弾ませる.
それでいて,アメリカン・ロックなどの
音楽の話になると,共通の話題で
盛り上がることができる.

日本人だけのテーブルもいいけれど,
こうしていろいろな国籍の人たちと,
わいわいやるのは,
国際会議ならではの機会であり,
大いに楽しみたい.

会議は本日で終了.
明日は帰国の予定である.
エーゲ海の青さに後ろ髪ひかれるけれど,
仕方がない.日本に帰ろう.

発表はそれなりに苦労があるけれど,
楽しみも多くある.
もちろん研究についても,
またいろいろと刺激を受けた.
帰国してからじっくりと
考えてみたいこともある.
国際会議はやはりよい経験なのである.
次の機会を目指してまた励みたい.

2008年6月18日水曜日

オイストラフの哲学に助けられて

本日,国際会議PESC08における
自分の発表を終えた.
今回はPoster発表だと
思っていたのだけれど,
Final Programを見ると
結局,Oral発表となっていた.

口頭発表で20分,
プラス5分の質疑応答である.
毎回国際会議の口頭発表では,
痛い目に遭っているので,
今回こそは,と思い,
昨日は外に飲みにも行かず,
部屋で発表練習をしておいた.
(まぁ,部屋でビールは飲んでいたけれど)

発表自体はそれなりに
終えることができる.
なぜならば,練習さえしておけば
(ジョークもできれば練習しておく.
しかし今回はジョークは無し)
本番でもそれを繰り返すだけだから.

問題は5分の質疑応答の時間である.
こればかりはどんな質問が来るか
わからないし,
質問者の英語,そして意図を
汲み取れるかわからない.
とにかく口頭発表では
質疑応答が一番のヤマなのである.

そんなに急いだつもりはないのだけれど,
本番は予定よりも発表が
早く終わってしまった.
ChairManの,

"質疑応答の時間はたっぷりある"

との言葉に"しまった!"と思っても
あとの祭り.
約10分の質問の嵐に
耐えなければならなくなった.
(練習で時間を計っておけばよかった)

でも,実は最近になって,
世界のいろいろな人たちと議論するのが,
楽しいと感じているのである.
なぜなら,自分の研究について
いろいろな研究者たちが
議論してくれるのだから.

ただ,楽しいのと
質問に回答できるかどうかは別問題.
一つ目,二つ目と質問に
なんとか答える.
そして三つ目の波が来た.
鋭い質問!
しかし,いつしかそれはコメントとなって,
最後は暖かいアドバイスに変化した.
(実は伊瀬先生のお知り合いで,
大変勇気づけられるコメントをいただいた)

加えてChairmanからも,ポジティブな意見が.
少しホッとしたところに,
別の質問が.
これが難しい質問だった.
答えているうちに,何が質問だったのかも
怪しくなってくる.
シドロモドロで結局時間切れ.
...ショック.

今回も敗れた.
しかし,今回はそれほど落ち込んでいない.
もちろん今回の失敗を反省し,
次回までにまた実力をつけなければならない.
それでも,いくつかの質問には
答えることができたではないかと思う.
一つの失敗でそれほど落ち込まずともいいだろう.
これこそ「オイストラフの哲学」である.

点数をつけるならば,
今回は合格点ギリギリの60点.
(自分に対しては採点が甘い?)
毎回そこらへんの得点しか取れない.
ちょっと恥ずかしい実力である...

しかし,国際会議は楽しむものであると
最近になって強く思う.
少しぐらいの失敗(少しでないかも...)で
その楽しさがなくなるわけではない.
今晩はバンケット.
世界各国の研究者たちと
大いに楽しむことができればと
思っているのである.

2008年6月17日火曜日

中国の躍進に不安を感じる

PESC08で配付された資料の中に
国別に参加者を集計したテーブルがあった.
それを見て,私は大変驚いた.

今回の発表件数は総数763件.
その国の内訳を下に抜粋する.

China: 225
USA: 152
Brazil: 85
Spain: 69
South Korea: 65
Canada: 64
France: 63
Germany: 61
Japan: 51
Italy: 48
Taiwan: 39
総数:763


日本は,9位.
非常に意外だった.
パワーエレクトロニクスといえば,
日本は得意分野で,
従来からずっと高順位だと思っていた.
それなのに,9位とは...

特筆すべきは中国とブラジルである.
1位の中国にいたっては,発表件数の1/3に
届こうという数である.
1セッションは4件の発表から構成されるが,
そのうちの1件は中国のものとなる.
世界の人口に占める中国人が
占める割合を考慮してみても
これは驚異的な数字である.
(実際は,中国で大学に進んでいる人の
割合は他の先進国よりもずっと少ないのだから
もっとすごい計算になる)

3位のブラジルだって,
こんなに多いとは思いもしなかった.
ブラジルの電気メーカなんて
ひとつも名前を思いつかないのに.

どうなっているのだろう,今の世界は.
気づかないうちに大変な状況に
なっているらしい.
今は有力な電気メーカは
日本や欧米,韓国,台湾などに
偏在しているけれど,
あと数年も経つと様相は
すっかり変わってしまうのかもしれない.

日本はどうやって生き残っていくのか.
以前であれば,

「どうやって世界をひっぱっていくのか」

という問いかけだったものが,今は

「どうやって生き残っていくのか」

となってしまった.
事態は深刻である.
数年後,どのような問いかけになるのか.

「日本が再興するにはどうすればよいのか」

というような問いにならないように
私たちは努力をしなければならない.

2008年6月16日月曜日

アテネからロードス島へ

なんとか無事にロードス島まで
辿り着き,会議にも出席できている.

アテネ空港でロードス島までの
乗換え時間が1時間20分だった.
予定通りにアテネに飛行機が着いて,
乗り換えは余裕だと思っていたが
これが大変甘かった.

入国審査でかなり時間がとられ,
空港の出口を出たときには,
あと50分くらいしか出発までに
残されていなかった.
搭乗客のほとんどがEU以外の国からの
観光客だったらしい.
どのパスポートコントロールの窓口にも
長い列ができ,それもあちらこちらで
侃侃諤諤の言い合いが始まっている.
これだからヨーロッパ人は...と
思ってしまう.

バッゲイジクレームで
幸い荷物はすぐに出てきた.
やった,珍しく(笑)ツイている!
スーツケースの取っ手をつかんで
あせって出国出口を飛び出した.
目指すエーゲ航空の
チェックインカウンターの所在を
職員に聞いて階をあがる.
(ギリシャの人は大抵親切だ)
チェックインカウンターの番号を
確かめると,なんと最も離れたところにある.
重たいスーツケースを引きながら
空港の中を走っていった.

チェックインカウンターに辿り着いて絶句.
またまた待っている客の列が長い!
そして5つあるどのカウンターも言い合いをしている.
出発まであと35分程度しか残っていなかった.
どうしよう.職員に話しかけようにも
言い合いに夢中の職員しかいない.
職員に話しかけるタイミングを
図りながらもどんどんと時間が過ぎていった.

そのうち,ひとりの女性の係員から
客が離れた.
いまだ!と思った瞬間,その係員が
なにかをギリシャ語で叫んだ.
そして続いて英語で,

"Passengers to Rhodos!?"

思わず手を上げる.アイコンタクトで
向こうが認識したことがわかった.
すると隣の列のおじさんが,
"Go, Go!"と私の顔を見て心配そうに
言ってくれる.
本当に親切だ.
おじさんに笑顔で"Thank you!"と応えて
長い列を横切って,そのカウンタに行く.

するとさっきの客がまた戻ってきて
まくしたて始めた.
あ~っと思っていると,その女性係員が
隣へ行けと指で合図をくれた.

そして隣の若い男の係員に.
彼はすぐに事情を察してくれて,
どこかに電話をかける.
しかし,どうもつながらないらしく,
彼も焦り始めている.
さっきの女性係員も心配している.

ようやく電話がつながって,
私のチェックインも完了.
出発まであと15分も無い.
スーツケースが飛行機にちゃんと
積まれるかどうかがすごく心配で,
係員に確認する.
"大丈夫だ"と笑って,
"とにかくお前が行け行け!"と言う.
"ありがとう"と応えて,
走ってゲートに向かう.

これで終了かと思いきや,
搭乗手続きの前の手荷物検査があった.
今回の出張では,
全然ひっかかっていないので
これは大丈夫.と安心していくと...
なんと前の客が手荷物にシャンプーの
容器を持っていたらしく,
そのことでもめている.
その間に私を進めてくれればいいのに,
私のバッグとノートPCは
検査機械の中で止まっている.
ここで費やすこと5分以上.
結局ノートPCをオープンするところまで
確認させられて解放される.

ゲートに走っていくと,
向こうの係員が早く,早くと
手招きをする.
汗もだくだくになりながら,
ようやくバスに乗り込む.
トイレにも寄りたかったのだけれど,
我慢することになってしまった.

1時間後,ロードス島の空港のトイレに
駆け込んで事なきを得る.
とにもかくにも今回は
ぎりぎりのところで助かっている.
心配していた荷物もちゃんと
手元に届いた.
(実は私のバッゲージロストの確率は
かなり高いのだ)
これは,私の日頃の行いが
良いためか,悪いためか...
(たぶん悪い方なのだろう)

ホテルの部屋は
オーシャンビューの8階に
用意してくれていた.
日本で予約したときは,
山側ということになっていたのに.
本当に青いエーゲ海を見て,
少し旅の疲れも癒された.

しかし,今回の教訓.
国内線の乗り換えであっても,
外国では余裕のスケジュールが必要.
そして日頃の善行を心がけよう(笑).

2008年6月15日日曜日

ドバイ空港にて

今,ドバイ空港でこの記事を書いている.
今回のギリシャ,ロードス島出張は,
ドバイーアテネ経由である.
調べてみると,この経路だと移動に
1日しか所要しないことになる.

中東経由なんて初めてだから,
ちょっと不安だったけど,
今回の出張は,隣の研究室のF教授と
ご一緒している.
たまたま同じ経路となったのだけれど,
F教授はこのブログに自分が載ることを
少し怖れていらっしゃった.
(すみません,もう書いてしまいました)
こちらとしては,旅慣れたF教授と
ご一緒させていただき,
ずいぶん安心しております.

航空会社はエミレーツ航空.
今回初めて利用したので,
ドキドキだったのだけれど,
エアバス社の機体で,
非常に設備が整っていた.
液晶テレビでオンデマンドで
いろいろな映画を見ることができる.
「National Treasure: Book of Secrets」
なんて見てしまいました.
ニコラス・ケイジって
実はシリアスな役だけじゃなくて,
こうしたお気楽モノも好きなんだよなぁ.
評価は低いだろうけど...

そのほかCD音源も聴くことができて,
長らく聴きたいと思っていた
マレイ・ペライアの
バッハ「ゴールドベルク変奏曲」を
経験することができた.
想像通りの重いバッハである.
そしてその演奏時間の長いこと!
全ての繰り返しを省略せずに
演奏しているのだろう.
80分以上の演奏時間ではないか.
私のCD棚にそろえるべきかどうか
迷ってしまう.
ただ,やっぱりこの曲は
眠りを誘うものではなく,
ついつい聴き入ってしまう曲なのだと実感.
飛行機中では,あまり寝ることができなかった.

そしてドバイ空港に着く.
現地で朝5:00前に到着したのだけれど,
人の多さにびっくり.
Duty Free Shopsもフル稼働である.
関西空港を23:15発だったのだけれど,
こちらの方はほとんどのサービスがしまっていて,
ちょっと苦労したのだけれど,
それに比べると大違いである.

そして空港が広くて,素晴らしい.
お金をかけているということが
すぐにわかる.

乗客も朝5:00にしてこの多さかと
思ったのだけれど
(あちらこちらの床に
死体のように転がって寝ている人が
多くて驚いた)
現在7:45.
人が多すぎて,通路をまともに
歩けないくらいである.
相変わらず床の上に人が寝ていたりして,
大変な状況である.

さて,これからアテネに向かう.
これからが不安である.
まずは無事にホテルに到着することを
祈るばかりである.

2008年6月14日土曜日

学会に出かける前にやらなければならないことの多さ,そしてギリシャとトルコ

ということで,明日,いや今日になってしまったけれど,
今日からギリシャに出張である.

やっと仕事が終了した.
といっても,会議の準備ではなくて,
一週間職場を空けるために,
前もって行わなければならない仕事の処理に
時間がかかったのである.

一週間の自分の仕事の量を考えると,
まぁ,それなりのことはやっておかないと,
とてもおさまらない(仕事が回らない)というのは
容易に想像がつくのだけれど,
それでもやっぱり大変である.

肝心の会議準備の方は
大体できたのだけれど,
発表で話す内容などの検討などが
残っている.
あとは空の上で行う予定である.

で,ギリシャなのだけれど,
全く準備ができていない.
スーツケースも出さなくちゃ.
そしてギリシャについての
知識も仕入れる時間がなかった.
まずは飛行機の中で「地球の歩き方」を読もう.

しかし,これから訪れるロードス島の
歴史くらいは知っておこうと,
実は,塩野七生の
「コンスタンチノープルの陥落」と
「ロードス島攻防記」の2冊の本を
前もって購入しておいたのである.

これらは,「レパントの海戦」と合わせて
3部作ということになっていて,
「ロードス島攻防記」を読む前に
「コンスタンチノープルの陥落」を読もうと
思って,とりあえず2冊を購入した.
しかし,とても読むヒマがなかった.

それでもなんとか
「コンスタンチノープルの陥落」だけは
読み終えた.
残りの「ロードス島」の方は
ドバイの空港で5時間待ちの間に
読もうという魂胆である.
ロードス島に着くころには,
歴史的ロマンで胸がいっぱい,
ということになる予定である.

しかし,ギリシャという国,
そしてトルコという国について,
私が全く知っていないということを
今回あらためて思い知らされた.

まぁ,私はもともと世界史は苦手で,
地理ができなくて文系から理系に
転向したくらいだから,
全然ヨーロッパのことがわからない.
それでも西欧のイギリス,フランス,
ドイツくらいのある程度の情報は知っている.
それにくらべて,ギリシャやトルコについての
情報はどれだけ貧困なことか.
それだけ両国は世界にとって重要ではないのか.
(あるいはただ私が薄学なだけなのか)
そんなことは決してない.

ギリシャには古代からのすぐれた文明があり,
その歴史の長さ,世界に与えた影響から
考えてももっと知られるべき国なのではないかと思う.

トルコも一時期の隆盛を考えると,
現在のこの国への注目の少なさは,
その歴史に釣り合わないのではないかと思う.

いずれもこの小説を読んで,思ったことである.
日本は,この地方への関心が
ちょっと低すぎるのではないかと思った.
そして自分の知識の薄さをうらめしく思った.
世界には,素晴らしい歴史,智慧,
そして多くの人々の生きざまが散らばっている.
なのに,私はそれを知ろうとする努力が
少なかった.
大いに反省する.
今回の出張は,
ちょっとは世界に目を向けるきっかけになりそうである.

ということで,このブログを読んでくださっている
仕事関係の皆様,これから一週間のアクティビティは
期待しないでください.
学会三昧の時間を過ごしてまいります.

2008年6月12日木曜日

メールで窒息する

実は今週末から1週間ほどギリシャに出張である.
PESC2008というパワエレの国際会議に
参加するためである.

ギリシャ,それもロードス島なので,
交通手段も非常に不安なのだけれど
(何度行っても海外旅行は不安だ)
数ある不安のひとつにホテルの部屋から
インターネットにつながるか,どうか,
ということがある.

会議が開催されるホテルは,
安い部屋はすでに予約で一杯だったので,
近くの別のホテルに宿をとった.
悪くなさそうなのだけれど,
どうもインターネットは通じなそうである.
リゾート用のビーチホテルなので,
そうした設備は不粋なのかもしれないけれど,
こちらとしては,その可否が大変重要だ.

私は多い方ではないけれど,
それでも毎日30通以上のメールを受け取っている.
(もちろんスパムはのぞいて)
1週間チェックしないということは
帰国してから200通以上のメールを処理しなければ
ならないということになる.
考えるだけで,ため息が出る.
毎日のメールの処理だけでも結構なロードであるのに.

特に回答や仕事の締め切りがあるメールは
大変に困る.
出先で気づけば,それなりに処理,
あるいはできないことを謝ることもできるのだけれど,
見ることができず多数の宿題がたまっていると
帰国してからしばらくは地獄となる.

だからなんとかホテルからインターネットが
使用できるようであって欲しい.

たぶん会議場でもある程度使えるようには
なっているかもしれないが,
NetCafe形式だったりすると
Webメールを見るのがせいぜいだろう.
無線LANでも備えてくれているとうれしいのだけれど,
多数が接続されて通信速度は大変遅くなる.

以前泊まったシアトルのホテルは,
ネット接続は有料だし,非常に遅かった.
上海もそうである.
その点,日本のビジネスホテルは素晴らしい.
宿泊料が安くて,部屋はせまくても,
インターネットは無料で使用できる所が多い.

とにかく,この1週間のメールが
たまる状況だけは避けたい.
メールから解放される,という
束の間の安らぎの代償は大きすぎる.
帰国後,メールで窒息するのである.

2008年6月11日水曜日

学会参加は明日への投資

今日は,「新しい配電システムを構築する
パワーエレクトロニクス技術調査専門委員会」の
第4回目ということで,東京に出張してきた.

航空機の電源システムなどの
興味深い報告を聞く.
まだまだ電化を進めていくべきところは
沢山ある.
パワーエレクトロニクスの活躍場所は,
これからどんどん広がり続けるだろう.

委員会では,最近若手(どこまでを若手と
呼ぶかも問題だけど)の学会に参加する意欲が
低いということが話題になった.
学会に参加するメリットが
低いということなのだろう.

確かに学会に参加してすぐに
アイデアが浮かぶということでもないし,
職場を2-3日空けるということの
デメリットは決して小さくない.

私も以前の職場に勤めていた頃は,
自分の業績のために学会で発表はするけれど,
自分の発表が終わったらすぐに
職場に戻るなんてこともしばしばだった.

今日の委員会の帰りに
N大学のI先生と
駅までご一緒した.
そのときにI先生が,

「学会はブレスト(ブレインストーミング)
なんですよね」

とおっしゃっていた.

言われてなるほどと思った.
確かにすぐに成果が出るわけでもない.
しかし,いろいろな刺激を受けることで,
次の発想が生まれる可能性が高まる.
明日への投資である.

創造性は記憶力と強い関連性があるという.
InputがなければOutputが生まれないのは
道理である.
そのInputを求めて学会に参加する.

若手のみなさんに興味を持ってもらえる
企画を提案できないかという話になった.
その企画こそブレストが必要なのだけど.

2008年6月10日火曜日

電気回路とシミュレーション

以前,私が大学生で研究室に配属されたばかりの
4年生のころ,そのころ役職につかれていた
深尾 正先生に呼ばれて,
「なぜ君は電気系の専攻を選んだのかな」
と尋ねられた.

ひとりひとり学生が呼ばれて
深尾先生に1対1でインタビューを受けるのだから
ずいぶんと緊張した覚えがある.

「高校時代に,電気回路の授業を受けたときに,
問題を洗練した数学のテクニックで
解くことができることができることに
感動したからです」

などと答えたような気がする.
今思うと,どうしてあんなインタビューを
されていたのか不思議に思う.
あの頃はバブルのころで,
電気系もまだまだ人気もあっただろうに...

さて,その時答えた考えは今も変わらない.
すなわち電気回路の良さは,
解析的におおむね結果が求められることであると思う.

これは私が前の職場で超伝導コイルの開発に
携わったときにも強く感じた.
コイルの設計においては,
電気回路的な振る舞いだけでなく,
電磁気,応力,熱などを複合的に
検討することが求められる.

この場合,応力解析などは
3Dの有限要素法(FEM)などのソフトウェアを用いて
行うのだけれど,
実験などを行ってみても,
どこまでその結果があっているのか,
疑問に思うことも多かった.

熱などの解析もFEMを用いて
苦労して行う割に,
ずいぶんと大雑把な予想しか
得ることができない.

機械系の解析というのは,
50%,100%違うのは当たり前などと聞くと,
それは大変と思ってしまう.
(と同時に研究開発の余地がまだまだあるなぁ,
と思うのだけれど)

では電気回路の世界はどうか,といわれると,
たぶん通常の回路では,シミュレーション結果と
実験結果の違いは10%以内ではないかと思う.
そこまで洗練された世界なのである.

だからアイデア勝負の世界となっている.
あるいは論文に回路方式と制御方式が掲載されれば,
だれでもすぐにその効果を確かめることができる.
そうした分野なのである.

これが実世界においては,
特殊な方に含まれるということが,
上述のとおり,いまでははっきりとわかる.
電気回路は予測可能な世界なのである.

もちろん,ミクロやナノの振る舞い,
あるいはアークやプラズマの振る舞いなどは,
いまだに解析が難しい分野である.
そこまで難しくなくとも,
熱と力と電磁界の連成解析とか,
渦電流と熱の連成解析とか,
そうしたところは現在ホットな話題となっている.
電気は簡単とひとくくりにはできないのは
承知の上である.

しかし,電気回路として描くことができるものは,
かなりの精度でシミュレーションによる
予測が可能なのである.
そうした洗練された世界に魅力を感じる.
それだけ競争が激しく大変なのだけれども.

電力はエネルギーの中でも最も洗練された形のひとつである.
その理由として,その変換の容易さ,
安全性などがあげられるけれども,
このようにシミュレーションによって
その振る舞いが予測可能であるということも,
大きな要因のひとつであると思う.

2008年6月9日月曜日

集中力は体力だ

最近めっきり体力の衰えを感じているけど,
それに比例して集中力も
ぐっとなくなってきているような気がする.

結局のところ,集中力は体力勝負だと思う.
集中を妨げる大きな要因のひとつは疲労である.
一つの物事にずっと関わっていると,
目が疲れたり,肩が凝ったり,腰が痛くなったりする.
これらは,日頃運動を十分に行い,
良い姿勢を保ち続けていれば
随分と緩和されるものである.

脳自身も疲れるのだろうけど,
それよりも早く身体が疲れてしまう.
それが仕事の質と量を劣化させてしまっている.
脳のパフォーマンスを活かせていない.

それで最近は少し運動の量を増やした.
身体の節々が痛い.
正直に言うと,疲労がたまっていて,
パフォーマンスは落ちているような気がする.
しかし,これを乗り越えれば(超回復が起これば),
また新しい段階に進むことができると信じて,
努力を続けている.

この状態を続けて,あらためて思ったのは
睡眠時間の大切さ.
やはり十分に睡眠をとることは,
身体の疲労の回復に大きな影響を及ぼす.
結局のところ,集中の継続にも不可欠である.

基本的に脳というものは仕事中毒だという.
なにかしら思考しようというベクトルが存在する.
それに身体がついていっていないのだと思う.
身体のレベルを向上させ,集中力を高めること.
それがこの夏の目標である.

2008年6月6日金曜日

歩く姿の美しさ

歩く姿には人の性格が表れると思う.
どんなにきれいに着飾っていても,
歩く姿がだらしなければ台無しである.
これは男性,女性に限らない.

特に武道を修行している人は,
その歩き方には注意しなければならない.
歪んだ姿勢のまま歩くようでは,
残念ながら武道を学んでいる
意味がないのではないだろうか.
日常生活でその術理を活かすことができなければ
武道の技そのものが不必要である現代において,
武道を学ぶ意味はどこにあるのだろうか.

街中を歩き,ショーウィンドウに映る
自分の姿をチェックする.
身体が左右に揺れていないか,
重心が後ろにいっていないか,
ガニ股で歩いていないか,
肩をいからせて歩いていないか,等々.

しかし,武道を学んでいるからといって,歩き方から
それがすぐにその他の人にわかってしまうようでは,
恥ずかしい.
武道を学んでいる人は,
万事においてKeep a low profileである.
理想的な歩き方をしていれば,
目立つことはないだろう.
(私は下手の横好きで稽古しているだけなので,
理想的な歩く姿とは相当距離があるのだけど)

もちろん,武道に話は限らない.
大学内を見ていても,だらしのない歩き方を
している学生が多い.
あるいは,意識的なのか無意識的なのか
ずいぶん礼を失した歩き方をしている人も
良く見かける.
人にぶつかりそうに歩く.
結局,人が避けてすれ違うようになる.
彼らはそれがうれしいのだろうか.

私は大学時代,部活でこうした歩き方を
している後輩には,新宿の歌舞伎町を
歩いてくるようにとよく言っていた.
すぐに優しいお兄さんが呼び止めてくれて,
歩き方が至らなかったことを
懇切丁寧に教えてくれるだろうから.

まぁ,これは冗談にしても
だれも歩き方にはもっと注意を
払うべきではないだろうか.
長年無理な歩き方をすれば,
身体も悪くするだろうし.
なによりも人としての魅力が半減してしまう.

2008年6月5日木曜日

大学教員のドレスコード

大学教員にふさわしい服装とはどういうものか.
と大上段に構えると,大そうな質問そうだけれど,
要は,毎日どういう服装を着てきたらよいか,
という話.

私の周りを見回してみると,
毎日スーツをビシッと着てこられる先生方が結構多い.
雰囲気もピリッとしていて,
やっぱりいいものである.
しかし,私はスーツは苦手なんだなぁ.

次に多いのは,ちょっとカジュアルな服装.
金曜日はカジュアルにしようとする職場も
多いと聞いているけど,そんな感じを
毎日続けている先生方も多い.
たとえば建築系だとタートルネックに
ジャケットを合わせるみたいな.
(ちょっとステレオタイプ?)
まぁ,強いて言うと
私はこの範疇に含まれるかな...
ネクタイはしないけど,
ジャケットは着るという風である.
スーツに比べずいぶん楽である.
クールビズのノーネクタイの風潮は
本当にありがたい.

そして実は私が憧れているのは
ジャケットなしで,
ポロシャツや半袖シャツだけで済ますスタイル.
最近はクールビズということで
半袖シャツだけという姿でも
結構許されるようになってきて
うれしい限りである.
ポロシャツは,私が着るとちょっと
カジュアル過ぎて職場で着る勇気が無い...

以前に勤めていた職場(研究所)では,
Tシャツにジーンズで通っていた.
研究者なんてそんなものである.
(さすがに管理職の人はスーツだったけど)

中学校などへ公開授業に出かけると,
学生たちは,研究所の人は,
みんな白衣を着ているようなイメージがあると話す.
だから私は研究所内の写真を持っていく.
だいたい研究者はみな
Tシャツかポロシャツに
ジーパン,サンダルである.
ときには半ズボンやジャージ,
そして片手にうちわというスタイルである.
その写真を見せるとみんな呆れる.
子供たちの研究者への憧れを,
壊してしまっていたかもしれない.

でも,IT系の技術者などは
ずいぶんとラフなスタイルだと聞く.
研究所あたりは外部の人と
そうそう会うわけでもないし,
それで十分なのだ.

Tシャツに短パン,その組み合わせが懐かしい.
大学教員はさすがに学生の手前,
その姿ははばかられる.
やっぱり大学では,
半袖シャツにノーネクタイが関の山か.

服装は,以前の職場の方が良かったなぁ.
何着て行っても文句は言われなかったし.
まぁ,以前の上司からは,
アロハシャツと下駄だけは
やめるようにとは言われていたけれど.

2008年6月4日水曜日

大学院教育の意味

昨日,博士前期課程(修士課程)の学生と話していて,
講義内容が格段に難しくなっているという話を聞いた.
私も,それはそうだよね,という相槌を打っておいた.
全くそうなのである.

学部時代の勉強とは異なり,
大学院になると,それまでの勉強内容を基礎とした
応用の段階に進む.
例えば,制御などの話になっても,
線形代数の知識はあるものとして進む.
大学1,2年の頃の知識を忘れていると
ついていくのに苦労する.

私にも経験がある.
やはり大学院の講義内容のギャップというのは
非常に大きい.

それでも,ようやく実学を学んでいるという
実感も湧いてくる.
私も研究室に配属され,研究をするようになって初めて,
いろいろなことを実用的に勉強するようになった.
「実用的に」というのは,自分の研究に実際使う,
ということである.

例えば学部時代に勉強したベクトル解析の知識が,
実際の電磁界の解析において役に立つ.
そこで初めて意味を実感できた.
核融合のトカマク装置では,軸対称の座標系が
扱われるが,これが円筒座標系でも球座標系でもなく,
擬トロイダル座標系というもので,
デカルト座標ではない系での微分や積分に
ずいぶん苦労した.
ヤコビアンや計量テンソルなどを勉強しなおしたのも
この頃である(いまだにあまり自信はないけど).

しかし,実際に必要となって勉強すると,
ずいぶんとその身に付き方が異なる.
これが大学院に入ってからの勉強の醍醐味である.

だからといって,自分の研究に関係ない分野は
研究しなくてもよいかというと決してそうではない.
幅広い分野の知識は将来の自分のスキルのための蓄えである.
たとえ,微分を計算する際に
イプシロン-デルタ法を使用しなくても,
その意味を理解しておくことが教養であり,
それが大学教育の意味であると思う.

工学者として恥ずかしくない教養を身につけることが
大学院教育の目的ではないかと思う.
大阪大学の修士の学生はたいへん苦労しているようだけれど,
いつかはきっと役に立つ(かもしれない)ので,
決して手を抜かずに,頑張ってほしいと思う.
(講義だけでなく研究も頑張ってほしいけど)

2008年6月3日火曜日

車のもつ有能感と匿名性について

私は毎朝自動車で通勤しているのだけれど,
他の車の運転のマナーの悪さに腹を立てることが多い.
今朝のように雨が降っていると,
みな先を急ごうとするからか,
特にマナーの悪い運転が多い.
私はずいぶん短気な性格なので,
いつか運転中に怒りで脳の血管が切れて,
死ぬのではないかと心配しているほどである.

列の割り込みなんてザラにある.
急な車線変更や無理なUターンなど,
ちょっと間違えば事故につながるような
悪質なものも多々見受けられる.
本当に腹が立つ.

車を運転していると
割り込みなどのマナーの悪い行動を起こす
しきい値が低くなるようである.

例えば車の運転中ではなくて,
どこかの商店で列を作って
並んで待っていることを考えてみよう.
そこに誰かが割り込んできたら注意をするし,
もしかするとケンカが起こるかもしれない.
マナーの悪さはそうした状況を引き起こす.

一方,車ではそうしたことが平気で行われる.
ケンカなどは起こりにくいことを
知っているからだろう.
どうした人間性の低さかと思う.

以前,あるプロレスラーが
無理な追い越しをしたトラックに腹を立て,
交差点で止まったトラックのドアに蹴りをぶち込み,
ドアをへこませたとか,
私が以前住んでいた茨城では,
割り込みに腹を立て,
車の運転手をナイフで刺したとか,
追い越しをした車を追いかけまわし,
交通事故を起こさせたとか,
そんな話はいくらでもある.
実は自動車に乗っていたからといって,
こうしたトラブルを引き起こさないとは限らないのだ.
それをわかっていない.

どうして車に乗るとマナーが悪くなるのか.
その原因を考えてみたい.
私が思うに,それは有能感と匿名性が理由だと思う.

有能感は,自分の能力が高いように感じることである.
例えばスポーツカーに乗っていると,
自分がすごく有能なように感じる.
あるいはベンツに乗っていると,
自分が偉くなったように感じる.
そうしたことである.

別に,高級車だけに限らない.
普通の車であっても歩行者や自転車に比べれば,
ぐっと能力は高くなることになる.
そのオゴリがマナーの悪い行動を容易に引き起こさせる.
まぁ,ジャイアンと同じである.
腕っ節の強さを頼みに悪さをするようなものである.

スポーツカータイプの車や大型トラックなどが
ひどい運転をしているのが多いのはこのためだろう.
しかし,車がすごいのであって,
その運転手がすごいわけではない.
(経済力はすごいかもしれないけど)
運転技術がすごいのであれば,
安全運転にその能力を使ってほしい.
あるいはサーキットに行って走ってほしい.
一般道で自分勝手に走るのはジャイアンと同じなのである.
(そもそも私は車に興味がないので,
よく見かけるチューンアップしたような
スポーツカーをみると,カッコ悪く,恥ずかしいヤツなどと
思ってしまうのだけど)

そして車の持つ匿名性も大きい.
車内は限られた空間である.
他人からそのプライベート空間を侵されることは少ない.
だから安心して悪さができる.
たばこのポイ捨てなども,
自分が誰からも,とがめられないから行っているに違いない.
もしもその行為を白日のもとにさらされて,
世間からひどいやつだと罵られることになるとしたら,
ほとんどの人はそうした行為に至らなくなるだろう.
結局,車の運転中は自分が誰であるかがわかりにくいことが
そうしたマナーの悪さを引き起こしている.

有能感と匿名性.
結局,人間性の問題といってしまえば
そうなのだけれど,
そうした負の感覚を引き起こす
車というのは本当に罪深いものだと思う.

とはいえ,この二つは車の運転に限らず,
日常生活の上でも,
ついつい足をとられるものである.
重々自戒したい.

2008年6月2日月曜日

字幕付きの映画が減っている

これはうちの奥さんから聞いた話なのだけれど,
最近字幕付きの映画が減っているらしい.
どうも字幕についていけない人が増えているから,
というのが理由らしい.

昔は洋画といえば字幕付きで見るのが普通だった.
よほどの子供向けのものでなければ,
吹き替え版などは用意されなかったと思う.
そうでなくても,吹き替え版を見るなどということは,
ちょっとカッコ悪いという風潮があった.

もちろん字幕付きの映画は,
(やろうと思えば)
外国語の勉強に役立つ.
残念ながら私の英語の能力では,
映画の登場人物たちがまくしたてる会話の内容に
ついていくことができない.
(アメリカ大統領の演説のように
話してくれる登場人物は少ない.
スラングも多いし)
そこに字幕があると,それとなく英会話の内容が
推測されるものである.

ただし,字幕というのは本当に意訳である.
英語のセリフを聞きながら字幕を見ると,
なるほど,こういう風に訳すのか,と感心させられる.
また,観客が目で字幕を追えるように,
文字数にもずいぶん制限があるらしい.
こうした制限の中で映画のストーリーが成立するように
字幕翻訳がなされている.
一種の職人芸なのだろう.
(まぁ,私でさえ気づく誤訳もときどきあったりして,
批判もずいぶん浴びているのだろうけど)

吹き替えが悪いというわけではないが,
例えばロッキーの声がシルベスター・スターローン自身の
声でなかったとしたら,彼の演技の何分の1かは,
私たちのところには届かないことになってしまう.
(その分,声優の方々の演技で補完されるのだけど)
それはもったいなくないだろうか.
字幕の文字を追うのがおっくうだからという理由だけで.

日本語はそもそもどちらかといえば
字幕に適している言語だと思う.
日本映画の英語の字幕などを見ると,
文章を追うのに大変である.
これは単に私の英語能力が低いからという理由ではなくて
日本語においては漢字の役割が大きいからだと思う.
漢字がアイキャッチャーとなって,
意味の理解が早いのではないのだろうか.
短時間で字幕の内容が把握できる.
英語だったら,どのアルファベットも
同等に目で追っていかなければならないのだ.

そうであっても字幕が面倒くさいという人が
増えているのは事実らしい.
なんかさびしいというばかりでだけでなく,
この先,日本人の国語力は大丈夫か,と
不安になってしまう.

以前,飛行機の中で"The sixth sense"を
観たのだけれど(ユナイテッド航空だったので
日本語字幕は無かった),私の英語能力不足で
主人公の少年が最後に母親に対して言った言葉が
理解できなかった.
この意味を知ることになったのは数年後の
テレビ放映のときである.
それまでずっと気になりつづけていた.
いつか映画を字幕なしで理解できるようになりたい.
それが一番の解決策である.