2008年7月9日水曜日

小林秀雄を聴く

最近,オーディオブックで
小林秀雄の講演を聞いた.
これがすこぶる面白い.

少し前から,ネット上では一部
話題になっていたが,
その評判どおりに面白い.

新潮社のCDブックでは
小林秀雄の講演集は全部で7巻.
それを猪名川町立図書館に
希望を出して購入していただいた.
本当にありがたい.

話題の発端は,どうも
茂木健一郎氏の著書にあるらしい.
小林秀雄の講演は,
まるで志ん生の落語を聴いているように
話術に優れていると紹介されている.

以来注目が集まって,
あちらこちらのブログでも
取り上げられている.

ネットの検索では,
小林秀雄の講演集というキーワードで,
公立図書館の予約状況なども,
引っ掛かったりするのだけれど,
そこでも予約待ちの状態が多い.
(猪名川図書館でもたぶん,
そのうちにそうなるはずです.
猪名川図書館さん,買って損は
なかったと思います!)

ということで,特に最近,
注目の講演だったりする.

まず,第1巻「文学の雑感」を
聴き終えた.

聴いてみて,まず小林秀雄の甲高い声に驚く.
もっと重厚な声を想像していた.
その予想は裏切られ,
彼は高い声で,リズムよく言葉を区切って,
話していく.
口調も幾分早口で,
ちょっと短気そうな,
それでいて物分かりの良さそうな
お爺さんという印象である.

しかし,話は明快に進められ,
すごくわかりやすい.
私が高校生の頃は,
大学入試に出題される文章のトップ3に
いつも小林秀雄の作品があった.
彼の文章は難解で,
かつ彼が言わんとしていることも
形而上学的な思索の結果であることが多く,
私は正直苦手としていた.
最近,「モオツァルト,無常ということ」を
読みなおし,ようやく少し理解できる,
という程度である.
(まぁ,最近になって富岡鉄斎などの作品も
知ったくらいなので仕方がないかも)

一方,講演での彼の論は,
私たちの日常生活の実感から
容易に(そうでもない?)理解できるものであって,
耳からすいすいと彼の言わんとしていることが
頭の中に入ってくる.
このように著作も書いていてくれればよかったのに,
と思ってしまう.

それでいて,もちろん鋭く印象深い言葉も
数多く出てくる.

「常に時代を風靡しているのは迷信です.
僕らも迷信の中にいるのです」

この言葉などは,現在世の中を風靡している
「科学」という方法論について述べたものである.
彼は「科学」とは哲学や思想ではなく,
方法論であると喝破している.
科学は大切ではあるが,
私たちの生・経験を説明できるものではない,というのが
彼の考え方だったようだ.
...いろいろ考えさせられる.

第2巻ではユリ・ゲラーの話が出てきて,
これまた本当に面白い.
小林秀雄もユリ・ゲラーのテレビ番組を
仲間たちと見ていて,彼自身が持っていた
壊れた腕時計が動き始めた,という話をしている.
(ついでに一緒に見ていた人の壊れた腕時計も
一緒に動き出し,またスプーンも曲がったとか)

こうした問題に対し
つい私たちは,科学的思考によって,
それが本当か,嘘か,との単純な問題に
すり替えてしまいがちだけど,
それでは私たちの直観的な経験は説明できない,と
述べている.

この講演当時の社会における,
この念力に関する批評についても,
嘲笑するか,あるいはまるでスポーツ観戦のように
取り上げるかの2種類しかない,と
その浅薄さを嘆いている.

私たちが生きている現在の状況も
全く変わっていないことに気づく.
彼はその変わらない本質をついている.
彼の論説の価値はいまだ変わらず高いのである.

この講演のCD,
私のように小林秀雄の著作を苦手に思う人にも
ぜひ一聴をおススメする.
もっともっと多くのことに気づき,
いろいろなことを考えることの良いきっかけになる.
そして,小林秀雄の存在が
ぐっと身近に感じられるはずである.





(ついでの話1)
この講演は,まず小林秀雄を司会が紹介し,
次に聴衆に対して司会が「起立,礼,着席!」と
号令をかけることから始まる.
こんな光景,今じゃありえない.

(ついでの話2)
小林秀雄の聴衆への語り口も面白い.

「君たちは~を知らんだろう」
「諸君,これがどういうことだかわかるか?」

などと現在では考えられない言葉づかいである.
今では学生たちに対してもこんな言葉は使わない.
昔は講演者が偉かったのだなぁと思う.
(もちろん,小林の語り口はこうしたものであっても,
非常に親近感が持てる,暖かいものなのだけれど)

0 件のコメント:

コメントを投稿

桜を見ると思い出す

桜が満開である。 研究室でも花見BBQが行われ、まさに「花より団子」 、学生はだれも桜など見ずにひたすら食べることに集中していたけれど、食べづかれた私は桜をぼんやりと見ていた。 学生の一人が 「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」と梶井基次郎の文章 について話していたので、そうい...