2008年8月26日火曜日

カップ焼きそばの罪悪感

ときどき無性に食べたくなるものって,
誰にだって,いくつかある.
私の場合,そのうちのひとつが,
カップめんの焼きそばである.

空腹時に,突然あのソースの匂いに
わけもなく焦がれるようになる.
いてもたってもいられなくなって,
近くのコンビニに出かけていき,
ついついカップ麺の棚に手を伸ばしてしまう.
それが周期的に繰り返されている.

カップめんの焼きそばというのは,
本当の焼きそばとはずいぶん違う.
もちろん,そばを全然炒めていないわけだし,
キャベツもお湯でふやかしただけのものである.
単にゆでたような麺に
ソースをからめて食べるだけである.

しかし,この非常にB級的な味が癖になるのだ.
適度な辛さに調整されたソース,
ふりかけのスパイシーな香りも
食欲をそそる.
そして,あのゴムのような麺.
食べたあとにたっぷりと
満足感を味わえる.

これを発明したのは,
いったいどんな人なのだろう.
焼きそばではない,焼きそば.
このソース麺を開発し,
このような中毒性を持たせた人は
悪魔的にすばらしい.

しかし,このカップ焼きそばの欠点は,
なぜか食べたあとに後悔感を
もつことなのである.
なにも悪いことなどはない.
しかし,なぜか食べたあとに,
"これでよかったのか"とか,
"食べなきゃよかったかな"などと
思ってしまうのである.
これは私だけの感想なのだろうか.

なぜこのようなネガティブな
気持ちが起こるのだろう.
あのソース麺で腹が膨れることに,
罪悪感を感じるのだろうか.
それとも,いかにも身体に悪そうだから,
後悔してしまうのだろうか.
いずれにしろ,ソース麺を食べたあとに
爽快な幸福感を味わったことは
ないような気がする.

そもそもカップ焼きそばを食べる場所といえば,
大学時代,それは雀荘だった.
たばこの煙の中で食べる.
あまりいい思い出ではない.
あるいは下宿でテレビを見ながら
口に頬張る.
これもなんか嫌なイメージだ.

なのに,ときどきそれが無性に食べたくなってしまう.
そして食べたあと,また罪悪感に悩まされるのである.
それを懲りもせず繰り返している.
私はあのソースに麻薬性の成分が
含まれているのではないかと疑っている(ウソ).

とにかく,あのカップ焼きそばを開発した人には
最大の敬意を表したい.
こんなくだらないことを,即席めん誕生50周年の昨日,
誕生の地である池田市の周辺を車で走りながら
思っていたのである.

#明日から出張で不在です.
たぶん,次の更新は月曜日です.

2008年8月25日月曜日

スポーツ観戦の面白さは

朝の涼しさにめっきり
秋の気配を感じるようになった.

"あれがあなたの好きな場所~♪"

(とか言っても,誰もわからないか)

夏の終わりも近付いて(ここでは唄わない),
オリンピックも昨日で閉幕した.
昔に比べすっかり興奮の度合いが
少なくなってしまったように思う.
私自身がスポーツにあまり興味が
ないからなのだろう.
世間はそれなりに盛り上がったのだろうか.

しかし,よく考えてみると
スポーツ観戦で興奮するというのは
不思議な気がする.
他人がスポーツをするのをみて
どうして面白いと感じるのだろう.

自分がスポーツをするのであれば,
確かに面白い.
しかし,スポーツをしているのは
あくまでも他人なのである.

自分も同じスポーツをするのであれば,
プロと呼ばれる人たちのプレーを見て,
自分の技術の向上を図ろう,などという
考えもあるだろうから,
面白くもあるだろう.

一方で,勝敗を争うスポーツ,
例えば,野球,サッカー,テニスなどは,
それなりに私たちの闘争本能を
満足させてくれるから,
面白いと感じるのかもしれない.

また,美しさを争うスポーツは,
その美を見たいがために,
やはり競技を観てしまう.
たとえば,体操,シンクロ,新体操など.

しかし,そうでなくても
面白いと感じるスポーツがあるのも
事実である.
射撃とか,水泳とか陸上競技とか.

こうしたスポーツは,
人間が到達しうる能力の限界を示してくれる.
それを見たくて,私たちは
競技を観てしまうのだろうか.

結局誰が一番早く走ることができるのか,
あるいは高く飛ぶことができるのか,
そんな単純な疑問は誰でも興味をもつもの
なのかもしれない.
その回答を求めて,
私たちはオリンピックを見るのだろうか.

いや,オリンピックでなくても,
草野球でさえ,面白いものは面白い.
スポーツ観戦というものの魅力は,
よく考えてみると不思議なものである.

2008年8月22日金曜日

同じ時代の音楽を共有するという経験

昨日で大学院の入試が終了した.
ということで研究室で院試の打ち上げを昨晩行った.
今朝も少し二日酔いであった.
本当に体力の低下を感じる.

昨日打ち上げに行く間に
私よりずっと若いK先生と話していて
気づいたのだけれど,
現在の学生たちは,私と
全く違う音楽を聴いて育ってきたのだ.

K先生とはロック談義をしていたのだけれど,
現在の学生たちは,あの80年代の
輝かしいロックを知らないのだ.
そう思い至ったときに,
可哀そうに,という思いと,
私と感覚が違うのも仕方がない,
という考えが浮かんだ.
彼らは,Van Halenの"Jump"も,
Princeの"Purple Rain"も,
Bon Joviの"Living on a Prayer"も
知らないのだ.
(いや,リアルタイムで聴いていないのだ)

ちょっと信じられないような気持になる.
私が高校生の頃はみな,こうしたロックに
夢中だった.
私は洋楽ファンというわけではなかったけれど,
やはり"Best Hit USA"を毎週見て,
MTVで流れる最新のVideoに興奮していた.

ロックだけではない.
Popsの80年代のあの突き抜けた明るさが
懐かしく感じる.
Michael Jacksonの"Beat it"
Madonnaの"Like a virgin"
そして大好きだったDaryl Hall & John Oates.
"Maneater"のイントロが流れると
今もワクワクしてしまう.

イギリスだってそうである.
カルチャークラブ,デュラン・デュラン,
カジャグーグーにワム!
あの時代を共有できていない人とは,
やはりなにかが違って,
どこかが分かり合えない気がしてしまう.
こうしてジェネレーション・ギャップというものが
出来ていくのだろうと思う.

しかし,現在の若い学生たちも,
ColdPlayやBlurを聴かない私たちとは,
またなにかを共有できないと思っているのだろう.

こうして同じ時代の音楽を共有するという経験は,
得難い仲間意識をもたらしてくれるが,
ジェネレーションの隔絶も引き起こしている.
ただ,混沌とした現代では,
皆が同じ音楽を夢中になって聴くということは
ずいぶんと少なくなったような気がする.
今の若者たちは私たちの年齢になったときに,
どういった昔話に盛り上がるのだろう?


(それでもFGTHなどを知らないというのが
まだ信じられない)

2008年8月21日木曜日

「幼年期の終わり」

アーサー・C・クラークが亡くなったのは
今年の3月のこと.
SFに詳しくない私でも
彼の名前は知っていたし,
究極の科学は魔法のように感じられる,
という彼の言葉もこのブログで紹介した.

実は彼の作品はこれまで読んだことが
なかったのだけれど,
先日の帰省の際に,電車の中で1冊
読了した.

「幼年期の終わり」

これが光文社の古典新訳文庫から出ており,
「カラマーゾフの兄弟」とともに
並んでいるのだから,このクラークの作品は
すでに古典と認識されているのだろう.
実際には,この作品は1953年にまとめられているので,
ちょっと古典としては若いような気もする.

しかし,この光文社の新訳は,
クラークが発表から36年も経って
書き直した部分(第1章)について邦訳されているから,
昔の訳(ハヤカワ文庫)になじんだ方にも
新しく読めることになっているのだろう.
(私は昔の訳は読んでいない)

実際,この新訳は非常に読みやすく,
物語の面白さもあって,私は
あっという間に最後まで読み進んでしまった.
これが50年以上の前の作品とは思えない.

確かに,テレタイプだとかFAXによる新聞配信など,
現在だったら,インターネットと携帯電話で
済まされるような古めかしいワードも見られるのだけれど,
みなが情報を即時共有する,というその概念については
全く先取りしているのだから,本当に驚いてしまう.

有名な作品らしいので(「古典」ですから)
内容については紹介を略すけれど,
これは一度読むに値する小説だと,
人におススメできる本だと自信を持って言える.

ただ,私にとって一番おもしろかったのは,
作品本文ではなく,クラークの手による序文である.
彼はこの作品を書いた頃には,
人間の精神の進化への憧れがあって,
(これは後の「2001年宇宙の旅」などの
作品にも継承されているのだろうけど)
その進化の過程で人間のまだ明らかになっていない
潜在意識の能力に多分に期待していたらしい.
(テレパシーとか念力とか)

この序文においても,最初はユリ・ゲラーを
一部信奉していたフシが読み取れる.
しかし,彼はその後の検証を行い,
オカルティックな事象の99.9%は本当ではないと
はっきり言っている.
(すべてのそうした事柄が意味がないとは
言いきれないともいっており,それが0.1%らしい)

人間の偉大なる意識の潜在能力への憧れは,
現在でもある.
それが今の「脳」ブームの一因に
なっているのだろうと思う.
しかし,潜在能力を開発することによって
お手軽に天才になる方法など存在しないことも
もうはっきりしているのではないか.
(いくら脳力トレーニングだけやっても
創造力が強くなるとは思えない.
一方で,認識力の低下は防げると思うけれど)
結局,都合のいい魔法はないのである.

クラークの作品においては,人間の意識の進化は,
異星人によって手助けされるのだけれど,
現状,私たちはそれを望むべくもない.
結局,私たちは,私たちの努力によってしか,
変わることができないのだろう.

2008年8月20日水曜日

音楽が立ち上げるモード

私はやっぱり朝はギリギリまで
寝ていたいと思うタイプなので,
出勤前の朝の時間に余裕はなく,
それなりに忙しい.

とはいえ,身だしなみをことさらに注意する,
というほどでもないし,
女性のように化粧をする必要もない.
その時間は,ただ,服を着替えて
家事を少々するだけである.

しかし,そんな5分から10分程度の
短い間であっても,できるだけ
自分の部屋のステレオで音楽を
かけるようにしている.
音楽を聴きながら準備をする.

今朝のCDは,Fazil Sayの
"Fazil Say plays Bach."
イタリア協奏曲がスピーカから
流れてくると,なぜかほっとする.

ほんのちょっと聴くだけでも,
頭の中に,なにか新しいモードが立ち上がってくる.
それは,ずいぶん脳に快いものらしく,
出勤前の緊張を和らげてくれる.

出勤の車に乗り込めば,
そのモードはすぐに他の考えの雑音の中に
埋もれてしまうのだけれど,実は一日中,
ずっと通奏低音のように維持され続けている.
このモードがあるとないとでは,
仕事への取り組み方も大きく違うような気がする.
朝にほんの少し音楽をインプットしてやるだけで,
一日の過ごし方が変わってしまうというのだ.
一体,どういうことなのだろうと思う.

音楽の力の素晴らしさは言うまでもないけれど,
たとえ数分間音楽を聴くことだけでも,
頭の中の状態は少し変化し,
それが一日のパフォーマンスに影響してしまう,
ということなのだろうと思う.
人間の心,いや脳というべきか,
そうしたものの複雑さ,繊細さを
あらためて考えてしまう.

とにもかくにも,まずはこれを習慣づけて,
続けていこうと思っている.
しかし,意外に選曲は難しく,
それはそれで困ってしまう.
一度,オネゲルの交響曲を朝に聴いたのだけれど,
どうも調子が出なかった.
やはり朝はバロックかシンプルな器楽曲が
向いているらしい.

2008年8月19日火曜日

心に寄り添うかたちで

昨日は,遠方より友人のTさんが来た.
いくつかのHappy Newsもあって,
昨晩はずいぶんと楽しく飲んだ.
ただ,少しばかり飲み過ぎたようである.
今日の朝は,少し身体がきつかった.
こんなときにも自分の歳を感じる.

さて,昨晩は,酔った勢いでいろいろと
楽しくおしゃべりをしていたのだけれど,
ドーキンスの著書 "The God Delusion"の
話題がでた.

まさに題名どおり,「神は幻想である」,
との話らしいのだけれど,
私はまだ読んでいない.
Tさんはすでに読んでいて,中身を少し紹介してくれた.
アメリカではベストセラーになったらしいし,
大学の生協にも和訳本が並んでいたのは
見て知っていたのだけれど.

ドーキンスは進化論の信奉者ということで,
真っ向から宗教を否定しているらしい.
そんな話で,また小林秀雄の講演を思い出した.

小林秀雄が紹介したのは,ある部族の話.
ある部族の3人の姉妹が川に行って,
真ん中の娘だけがワニに
食べられてしまったのだという.
(もとはユングの文献にある話らしい)

現代の私たちはこれを説明するときに,
「偶然」という言葉を用いる.
たまたま真ん中の娘が食べられたのは
「偶然」なのだと.

しかし,それを聞いて部族の人々は納得できるだろうか.
いや,それはできない.
部族の人々にとっては,
川の神が娘を召したのだと考えるのが
一番納得できるのである.
そうでなければ,他の娘が食べられなかったことが
説明できないではないか...

というようなことが紹介されていた.
そして,私は先日の落雷事故の話を思い出した.

ある工場で40人位で休憩時間を過ごし,
そのあと仕事場へと向かうところで,
雷が鳴り始めた.
そして,そのうちの3人が歩いているところに
雷が落ちたのだという.
ひとりの方が命を落とされ,
あとの二人は無事だったとのこと.

私はこのニュースを聞いて,
なんとその方は運が悪いことなのだろう,と思った.
3人並んで歩いていて,ひとりだけが亡くなり,
二人は生き残った.
この不条理どう考えたらよいのだろう.
そんなことを思った.
そして遺族の方々のことを思った.

遺族の方は,これは「偶然」だったのだと
あきらめることができたのだろうか.
やはり,そうは思えない.
天の神が彼を召したことの理由を
求めてしまうのではないだろうか.
そうとでも考えなければ,
遺族の方はどう納得できるというのだろうか.
「偶然」というだけでは
割り切ることはできないのだと思う.
ある未開の部族だから,
「偶然」では片付けられないのではない.
現代の私たちだって,
たぶん割り切ることができないのである.

こうした考えが世にはびこる
オカルト,エセ科学の温床になることは
十分に承知している.
けれども,すべてを「偶然」だと
片付けられるほど,
私たちは大人ではないのではないか.
(「偶然」で済ますことが大人であるとも
思えないけれど)

残された人々の心に寄り添う形で,
物事は説明されなければならない.
そこに私たちは物語を必要としているのである.
おそらく物語がなければ,
私たちは心の拠り所を失ってしまうのであろう.

2008年8月12日火曜日

若手の実力に期待する

本日は,パワーエレクトロニクス学会の
若手幹事会に参加した.
パワエレ学会では,12月に若手を中心とした
研究会を開催するが,それらは
各大学から集まった若手幹事と呼ばれる
学生たちによって企画・運営されている.
う~ん,みんなしっかりしている.
意外にやるものだと,感心させられた.
彼らのようなやる気ある学生たちが
パワエレ界を引っ張るとすると
そんなに悲観する必要もないかもしれない,
と思った.

先日のオープンキャンパスのときも
思ったけれど,
やはり若者は誘導次第でどうにでもなる.
あとは私たちがどう動機付けをすべきか,
ということ.
すなわち,宣伝をうまくすることだと思う.
この点をよく私たちは考えなければならない.

ただ,学力の低下だけはどうしようもない.
動機付けは中学生くらいから,
うまく行わないといけない.
大学生から,というのは
今の状況ではちょっとつらいかもしれない,
と,少し弱気なことも言ってしまう.


#しばらくお盆休みいたします.

2008年8月11日月曜日

学問は最も面白い道楽

また,小林秀雄の講演の中から.

彼が伊藤仁斎の私塾に関する話を紹介している.
仁斎は,本居宣長のように医者を家業として
お金を稼いでいたわけではなかった.
仁斎は私塾「古義堂」を開き,そこに集まる弟子たちの
月謝によって生活していたのだという.
(かなり赤貧だったとの話も残っているが)

私塾には,多くの階級にわたって,
宮廷の公家や武士,豪商,
そして百姓まで通っていたのだという.

そして,私塾に集まった豪商たちは,
こういったのだという.

「これまで,酒や女などのいろんな道楽をしてきましたが,
学問ほど面白いものはない」

だから,彼らはお金を払って学問をしにきていたのである.

百姓たちもそうである.
少ない稼ぎの中から月謝を払って,
遠い山奥からわざわざ京都まで出てきて学問をする.
これもまた学問が面白くて仕方がなかったからである.

なぜ学問をそこまで面白いと考えたのか.
それは,学問が人生について
教えていたからなのだそうである.
学べば学ぶほど,正しい生き方というものがわかる.
生きていく意味がわかる.
そう思ったからこそ,月謝を払ってでも
学問をしようと考えたのだという.

この大学に初めて来たとき,
ある学生が,学費を支払っているのだから,
学位をもらって当たり前だなどと話しているのを聞いて,
本当に怒り心頭に発する思いをしたことがある.
一体,これはどういう違いなのだろう.

学問とは,面白くて仕方がない.
そしてそれは人生の深遠に通じるものであるべきである.
学問は,自発的に行うのが本来である.
そんな当たり前のことを,
小林秀雄の講演を聴いて,
あらためて思い出したのである.



ただ,そうした人生に深遠に通じるような
講義を私が行えているかと思うと,
それも全く自信がないのも事実なのだけど.

2008年8月8日金曜日

オープンキャンパス,模擬授業

今日は工学部のオープンキャンパスであった.
高校生のみなさん向けに,大学や研究室の紹介を
するのである.

今年は,私が高校生相手に模擬授業というものを
することになった.
通信のU先生と一緒に,高校生向けに
電気のトピックスのお話をした.

U先生は,スプライトとよばれる
宇宙への放電現象(雷)をモニタするという
壮大なプロジェクトについてお話しされた.
私も聴いていて,大変面白かった.
いいなぁ.本当に夢がある.

一方,私はと言えば,電力とエネルギーの話をした.
具体的には,パワーエレクトロニクス(パワエレ)と
核融合の話である.

パワエレは,家電やハイブリッド自動車,
電車など身の回りにあふれているのに,
それを一般のみなさんに知ってもらう機会が少ない.
そこで,ひとつパワエレについて,
その概念と応用例についてお話したのである.

これはパワエレ学会でも話題になったことなのだけれど,
若い人たちに理解してもらおうとする努力なしには,
その分野へとは人材は集まらない.
その一助になればと思う.

また,もう一つの話題の核融合.
これもまた随分と長いスパンの話で,
人材の継続した供給が問題となっている.
今日話を聞いてくれた高校生が
博士課程を修了するころにちょうど
国際熱核融合炉のITERがファーストプラズマを
達成することになっている.
彼らのうち,ひとりでも核融合研究者となってくれるといいなぁ.
大阪大学は,核融合研究においては
日本をリードする機関のひとつであることだし.

今日の講義はずいぶんと不出来であり,
自分としては反省することしきりであるけれど,
少しでもパワエレとITERというキーワードが
心に残ってくれればいいと思う.
今日の講義を聴いてくれた高校生たちが
どの道に進むのか,それはわからないけれど,
どんな職業についたとしても,
科学技術に対する興味は持ち続けてほしいと思う.

科学技術に対する理解なくしては,
科学離れ,理工系離れは解決できないだろう.

2008年8月7日木曜日

彼の将来を心配する

今日は健康診断だった.
そのため,私は朝から絶食していたし,
メタボではないとの診断結果に
気を良くしていたので,
昼は学食のあのハイカロリーな
カツカレーが食べたくなった.

私は大概,昼は弁当を買って
すましているのだけれど,
(学食はいつも学生で一杯だからである)
しかし,今は夏休み.
学食も少しは空いているであろうとの憶測もあった.

そして予想通り,学食は空いていた.
目についたのは,制服姿の高校生たち.
彼らは,工学部の各専攻が主宰する
夏休みの高校生向けのセミナーの参加者であろう.
理工系離れが深刻な現在,
彼らのような存在は貴重である.
これからもがんばってほしいなぁ.

さてカツカレー(約1000kcal!)を
持って席に着く.
見るととなりであごひげを生やした学生が食べていた.
しかし,食べるときに「くちゃ,くちゃ」と
音を立てている.
これがずいぶん気に障る.
本当に困ったものである.

私が注意するということも考えたが,
他人の食べるマナーを注意するのも
どうかと思いなおし,とどまった.
そして,カツカレーを食べながら,
彼がこれからの将来,この悪癖を直す機会は
あるのだろうかと考えた.
そして,以下の3つを考えた.

1) 家族が注意する
彼が家族と同居していたとしたら,
家族があらためて彼を注意して,
癖を直そうとすることはないだろうと思う.
そんなことならば,はじめから
そうしているはずだから.
しかし,彼が,一人暮らしのために
悪癖を身につけてしまったのであれば,
家族に注意されて直す可能性もある.

2) 恋人が注意する
う~ん,どうだろう.
この可能性も少ないような気がする.
なぜなら,注意してくれるような恋人は,
こうしたマナーを持つ人とは
つき合わないような気がするから(偏見です).

3) 就職後,上司が注意する
例えば,彼が就職後,
顧客との打ち合わせのランチなどに
出席したとする.
当然,音をくちゃくちゃと立てて
食べる彼に,顧客は不快な思いをするだろう.
そのとき,運よく良き上司に恵まれていたら,
彼の悪癖を注意してくれるだろう.
それを彼が素直にきいて直せばいい.
しかし,そうした注意をしてくれる上司が
どれだけいるのだろうか.
多くの上司は,彼を次の機会から,
顧客との食事に呼ばなくなるだけだろう.

ということで,大学生にもなって
音をたてて食べるような癖を
持っていると,それを直す機会が今後
訪れることはなかなかなさそうである.

しつけを幼いころから
家庭で行うことの大切さを痛感する.
子供のしつけはやはり親の責任なのである.

2008年8月6日水曜日

1%の可能性であっても

今朝,私の住んでいる地域で地震があった
(と思う.報道は見ていないけど).

寝床でドツンと衝撃が一回.
それで終わった.
一応,家族の様子をみて,
私はまた眠りに戻った.

しかし,目覚めてから考えてみた.
今回は,これで済んだからよかったものの,
もっとひどい地震が連続して
起こっていたらどうだったのか.
適切に対応できていたのだろうか,
油断していなかっただろうかと
反省したのである.

地震なんて頻繁に起こっているから,
ちょっと起こったくらいでは,
全然驚かない.
しかし,そのように繰り返しているうちに,
地震に慣れてしまって,
その対応に手を抜くようになってはいないだろうか.
災害を甘く見ていないだろうか.

昨日も集中豪雨のために,
命を落とされた人がいたらしい.
NHKラジオで,専門家の方がこうおっしゃっていた.

「100回豪雨があったとして,
99回は確かに大丈夫かもしれない.
しかし,あとの1回のために
十分な備えをすべきです」

そう,たった1回でもそうした状況に遭遇したら,
大切な命を失う危険があるのだ.
心に油断なく備える必要がある.
たとえ1%の可能性であってもおろそかにしてはいけない.

ただし,工学者として,
その費用対効果については
十分に考える必要があるけれども.

2008年8月5日火曜日

冬のコーラ,ラージサイズ

ついでに私の英語の失敗談を昨日に続けて.

繰り返すけれど,初めての海外出張は博士課程2年のときの
カナダとアメリカだった.
二つの国際学会に参加するためで,その間の
1ヵ月間くらいは向こうにいたのだけれど,
クレジットカードが向こうで使えなくなり,
(二つ分の学会参加費を引き落とされた)
少々の現金とトラベラーズチェックだけを頼りに
アメリカのいくつかの都市のユースホステルを
回っていた.

シカゴに着いた頃はもう10月だったので,
街の気温はずいぶん低かった.
ロスにいたころはTシャツで済んだのだけれど,
シカゴはコートが必要な寒さだった.
そこでシカゴのエドガーバウアーで
マウンテンパーカを購入した.

Sサイズだったのだけれど,
袖の長さは丈に比べて長く,
私の腕がずいぶんと短いように感じたのを
覚えている.
なんか,自分がアメリカに合っていないような感じ.


さて,あまりに身体が冷えたので,
マクドナルドに入ってホットココアを
頼むことに.

黒人の可愛い女の子の店員に向かって,

「ココア,プリーズ」

といってみた.果たして店員の女の子は,

"Ha?"

と,以前に聞いた笑い話通りの反応.

「ココア,ココア,プリーズ」

と繰り返すと,店員もようやく理解した様子で

"For Here or to Go?"

という.「ヒア」と答えると店員は店の奥へ.
これで,ストロベリーシェイクが2個出てきたら
ずいぶんと笑っちゃうよなぁ,なんて
思っていたら,なんと,彼女はコーラを持って出てきた.
それもラージサイズ(アメリカサイズでかなりでかい).

唖然として声も出なかったけれど,
代金はともかく払った.
しかし,本当にショックだったなぁ.
ラージサイズのコーラのカップには
クラッシュドアイスがすごく沢山詰め込んであって,
心も身体もずいぶんと冷え込んだ.

今となっては笑い話だけれど,
あのときは,絶対英語うまくなってやる,と
思ったなぁ.
いまだに上達していないけど.

結局,「ココア」は,
"Hot chocolate" と言えば通じるのだと,
ユースホステルの他の外国人に教わった.
その教えてくれた彼も大笑いしてたっけ.

その他,このときは,"Beverly Hills"も
通じなかったし,なんと"Salada"さえも通じなかった.
ホットサンドイッチの店で,後ろのおばあちゃんが,
「サラダ,って言ってんじゃないの?」
みたいなことを店員に言ってくれて初めて
ホットサラダサンドイッチが食べられた.

女の子の"Claire"の名前も聞き取れなかったし,
(「クラー」と聞こえる)
"Pen"も英国人が発音するとフライパンかと思った.

それでも行く先々で,ホテルに電話をかけまくって
安い宿泊場所をさがしていたのだから,
まぁ,若い時はなんでもできるということかなとも思う.
何日間かは,朝食はリンゴだけだったし.
ほんと,今思うと大変な旅だったなぁ.

今でも,英語が通じないことがしばしばある.
思わず苦笑する.
それでも,くじけないようになったのは,
あのはじめてのアメリカの旅のおかげかも,と
ちょっぴり思う.

2008年8月4日月曜日

ストロベリー・シェイク

文科省は,これから日本の大学の
留学生受入れを積極的に進める方針を
示している.

これにともない,英語教育等にも
もっと力を入れることになるらしい.
それはそれで結構なことであると思う.
私も英語を自由自在に話すことができたら,
どんなに素敵なことだろうと思う.

英語の小説を英辞書なくして
楽しむことができたら!

字幕なくして,
映画を楽しむことができたら!

国際学会のパーティーなどで
もっと気の利いたことを
言うことができたら!

などと,ワクワクすることは
山ほどある.
これからは英語がますます重要になることは
間違いないのだから,
学生のみなさんも,ここはひとつ腰を据えて,
みずからの英語能力の上達に
注力してみてはいかがだろうか.

とはいえ,「腰を据える」などというと,
またしかめっ面で単語帳をにらむ,などという
状況を想像して,それだけで心理的な
バリアが高くなってしまう.
もっと気楽に英語を勉強すれば
よいのではないか,と私は思う.
というか,そう自分に言い聞かせている.

私が初めて海外旅行をしたのは,
博士課程2年の夏である.
2つの国際学会に参加するために,
カナダとアメリカに1か月ほど滞在した.
(といってもほとんど放浪の旅のような
感じだったけれど)

行く前に,先輩から英語の発音が通じない,
ということで次の話を聞いた.

その先輩がアメリカのマクドナルドで,
トラベラーズチェックが使えるかどうかを
尋ねたそうである.

「トラベラーズチェック,オーケー?」

すると店員は,

"Ha?"

と全然理解してくれるような様子もない.
そこで先輩は,もう一度,

「トラベラーズチェック,オーケー?」

と声も大きめに繰り返したそう.
でも全然店員は理解してくれない.
そこで先輩はわかってもらおうと
必死に何度も繰り返したところ,
ようやく店員は合点がいったという顔をして
カウンターの後ろにいった.
そして戻ってきた彼女の手には,
二つのストロベリー・シェイクが
握られていたそうである.

先輩は,
「なぜ2個だったのか,いまだにわからないんだ」
と話していた.

そんな笑い話を聞いて,果たして
自分の英語もそうなのだろうかと
思ったのを覚えている.
そして,実際,私の英語もアメリカで
全然通じなかったのだが.

しかし,今となれば笑い話ですむのだから,
それはそれでよいではないかと思う.
特に学生の間は.

まずは,気楽に行こう,と
私は学生のみなさんに言いたい.
向こうの小さな子供たちだって
英語を話しているのだから.

子供たちなんか,三単現の"s"だって
あいまいである.
最初はそれでもOKじゃないか,と思う.
意志が通じれば.

先週で終わった国際交流のための
プログラムに参加した日本人学生の感想.

「まずは英語で話す度胸がつきました」

始めの一歩は,そうだと思う.

2008年8月1日金曜日

擬似海外留学の意義は意外に大きい

本日で大阪大学グローバルCOE
「次世代電子デバイス研究開発拠点」における
AMP(Academic Melting Pot)プログラム
終了した.

AMPプログラムというのは,
海外から20名程度の学生・若手研究者を
招待し,大阪大学の学生と一ヶ月間
一緒に研究,議論などを行いながら
過ごすことによって,
国際交流を図るとともに
英語によるコミュニケーション能力の向上,
研究への動機付けなどを行うものである.

基本的には英語しか用いず,
大阪大学にいながら擬似海外留学を
体験できるようにしようという目的がある.

彼らは最先端の技術のセミナーを受講しながら,
日本企業や原子力発電所,研究所なども
見学してきた.
もちろん,週末は日本観光もしながらである.
そして,その合間にそれなりに
研究等をまとめなければならないのだから,
この1ヶ月間は,彼らは本当に忙しかった
ことだろうと思う.

私たちの研究室からは
2名の日本人学生がプログラムに参加したほか,
タイからの1名の講師と1名の修士2年の学生の
ホストとなった.
プログラムに参加した学生に限らず,
研究室の学生はみな彼らと
コミュニケーションをとっていた.

いうまでもなく,みな英語は得意とは限らないが,
それでも一生懸命,意思が通じるように
努力していた.
そうした学生たちの姿を見ているだけで,
このプログラムが行われた十分意味があったと思う.

また海外からの学生も,
大阪大学の研究のポテンシャルの高さと,
企業等の技術のレベルの高さに
ずいぶん感心していたから,
彼らにも十分収穫があったに違いない.

さて,海外からの学生たちに
このプログラムの印象を尋ねてみると,
多くの人が日本の人たちの親切さを口にする.
そうした話は良く聞くのだけれど,
私は本当にそうだろうかと思う.
私たちが外国にでかけていっても,
多くの現地の人が
みな優しいのではないだろうか.
基本的に,ホストであれば,
ゲストを歓待するのは当然である.

しかし,それでも日本の人々が
特別に優しいのであれば,本当に嬉しい.
彼らのうち,ひとりでも多く,
日本に興味を持ってくれて,
日本に留学,あるいは日本のグループと
共同研究などをしてくれたら,
このAMPプログラムの大きな成果となるだろう.
そしてそうなる手ごたえを
少なからず感じるのである.

今日で,海外からの参加者は
それぞれの国に帰ってしまう.
それはずいぶんと寂しく感じる.
どの国であっても,若者はみな素敵だ.
彼らと議論するのは本当に楽しい.
また次の機会があることを
心より願っているのである.