2008年9月30日火曜日

百聞は一見に如かず (伊瀬研見学ツアー)

昨日は研究室全員でバスに乗り,
ふたつの施設の見学に行った.
ひとつはJHFC(大阪ガス)の水素ステーション,
もうひとつは関西電力のSVGである.
研究室では毎年このように全員で,
施設の見学に出かけるのが恒例なのである.
(昨年は,京都の仮想マイクログリッドを見学に
一昨年は,大阪ガスのガス博物館に行った)

さて,まず見学させていただいたのが,
水素ステーション.
これは,現在のガソリン車の代わりに
将来燃料電池車や水素エンジン車が
走るようになったときに,
現在のガソリンスタンドの代わりとなるものである.
全国で現在12か所設置されているとの話だけれど,
このステーションは街中(大阪城の近く.府警の隣)に
建設されているところが特徴である.

各水素ステーションでは,異なる水素製造法
(あるいは運搬法)などが試されているとのことだが,
この水素ステーションは,ステーション内で
都市ガスから水素を製造している.
製造能力は1時間に30立方メートル(ノルマル).
ディスペンサと呼ばれるガソリンスタンドの注油機と
同様の機会を用いて,燃料電池車に注ガス(?)する.
昨日は,わざわざ大阪府所有の燃料電池車に
ガスを充填するところも見せていただいた.
ガスの注入口は,家庭用ガスの口とおなじで,
カチッと音がするまで差し込めばそれでOK.
あとは,スイッチを入れるだけで350気圧まで
圧力を高めて水素ガスを充填してくれる.
思いのほか,簡単である.
コストや規制をはじめとして,まだいろいろな問題が
あるのだけれど,技術的には実証レベルにあることを
実感した.

将来,水素燃料電池車が街中を多数走る前には,
(現在は60台程度しか全国で走っていないらしいけど)
こうした水素ステーションがあちらこちらに
建設されていなければならないのである.
そうした時期は,一体いつになるのだろうと思う.

続いて,バスで向かったのが,
尼崎近くにある関西電力の変電所.
ここには,世界最大級(80MVA),
最先端の半導体素子による
無効電力補償装置(SVG,STATCOM)がある.
無効電力やSVGの話はちょっと専門的になるので
ここでは割愛するけれど,
要は,電力系統の電圧が不安定になるのを
防いでくれるありがたい装置なのである.
従来,火力発電所が近傍にあって,
その役目を果たしていたのだけれど,
老朽化に伴い閉鎖されたために,
(環境問題等,古い発電所は大変だ)
この装置が導入されたのである.

すでに稼働して4年近く.
当時最先端の大容量半導体GCTを用いて,
3レベルのインバータを,
さらに3重に多重化している.
...オッと,少し専門的になってきたので,
装置の話はこれくらいに.

しかし,付近の住宅の皆さんは,
このような装置が近くにあるなんて
思いもしないのだろうなぁと思った.
私たちは,電力会社は電気を売っていること
ばかりを思うのだけれど,
実はその電気を安定に供給するために,
送電・配電線網をはじめとして,
こうした巨大な設備も管理しているのである.
縁の下の力持ちと言われるゆえんである.
日本の電気料金は高い,高いと言われるけれど,
おかげで設備や技術は,世界一流のものをもっている.
日本の電力の品質は世界最高レベルである.

今回の見学で,学生の皆さんも
初めて見るものも多く,いろいろなことを
感じていたようだ.
まさに百聞は一見に如かず.
教科書の文字ばかりでは理解できないことが,
この見学で実感できたと思う.

伊瀬先生がこうした見学会を継続している意味をあらためて思う.

2008年9月29日月曜日

負ける覚悟

筋肉痛で足腰が痛い.
先週の土曜日は息子の運動会だった.
保護者参加の綱引き競技が原因らしい.

小学校の運動会も私が子供のころと,
ずいぶん様変わりしている.
噂では,徒競争で順番がつかないように
手をつないで走るとか,
人に声をかけることができない子供のために
借り物競争をやめるとか,
あるいは食べ物を大事にするということで
パン食い競争とか飴探し競争とかをやめるとか,
そうしたことを聞いていたので,
一体,どうしたものかと思っていたのだけれど,
息子の学校はまだ昔ながらの運動会という感じで,
少しほっとした.
それでも個人の徒競争は無くて,
グループに分かれてリレー競技しかなかった.
騎馬戦があったのはほっとしたけれど.

だいたいにして,
徒競争で手をつないで走るということなど,
私としては気持ち悪くて仕方がない.
そんなものは運動会とは呼べないのではないかと思う.
運動会はお遊戯大会ではないのだ.

私は子供のころからとにかく運動音痴で,
走るのはクラスで1番か2番に遅かった.
だから運動会は本当に嫌だった.
体育で運動会の練習が始まると,
学校に行くのも足取りが重かったことを覚えている.

もちろん,そのころの運動会は
競争がメインだから,徒競争の他にも,
いろいろな競技に参加した.
徒競争はまだいい.
自分がビリになれば済むことだから.
しかし,グループになって勝敗を競うとなると,
同じチームの仲間に申し訳なくて,申し訳なくて,
それが本当に嫌だったのである.

それでも運動会の日はやってくる.
結局のところ私が運動会で得たものは,
「負ける覚悟」というものではなかったろうかと思う.
勝つ可能性はほとんどなくても,
とにかく一生懸命やる.
負けるとわかっていても,
その覚悟を決めて必死にやる.
小中学校の運動会では良い思い出などほとんどないが,
スタート待ちの行列で胃が痛くなったあと,
覚悟を決めて走っていたことはよく覚えている.

こう考えると息子の小学校のリレー競技は
ある意味,残酷である.
私が参加するのだったら,やっぱり嫌だろうなぁと思う.
(私の頃は,リレーというのは花形競技で,
選手に選ばれるのは栄誉なことだったから,
私なんて,とてもとても...)
それでも子供たちは走っている.
その中で,私と同じ「負ける覚悟」を決めて
走っている子供たちがいることを思うと,
やっぱり胸が少し痛くなるのである.

2008年9月26日金曜日

「のだめ」とベト7

この1,2年,最も耳にしている交響曲は,
ベートーベンの7番(通称ベト7)ではないかと思う.
耳にするというのは,
私の場合それはほとんどがテレビであるけれど,
(今もウィンナのCMに使われている)
演奏会に取り上げられた回数もたぶん
ずばぬけて多いのではないだろうか.
たぶんそれは「のだめ」効果である.

1,2年ほど前に「のだめカンタービレ」という
テレビドラマが放映されていて,
これは私も観ていたのだけれど,
ずいぶんと良くできたコメディだった.
登場人物を演じている俳優の皆さんもずいぶんと
演奏を練習されたようで,演奏シーンも迫力があり,
全体としてたいへんクオリティの高い
音楽ドラマとなっていた.
そのテレビドラマのテーマ曲がベト7だったのである.

この曲は,クラシック愛好家にはもちろん有名なのだけど,
一般的には少し認知度が低かったから,
この人気は「のだめ」のおかげである.

ベト7だけではなく,ドラマでは
エンディングテーマのガーシュウィンの
ラプソディーインブルーの他にも,
ドラマ内で演奏された曲として,
モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ,
オーボエ協奏曲,ストラヴィンスキーの
ペトルーシュカなどがあり,
ずいぶんと楽しく観ることができた.
このドラマでクラシックファンになった人も
多いのではないかと思う.

実際,クラシックのコンサートで,
若い人たちが増えたとの話もでていた.
(マナーが悪い人が多いということでも
評判になっていたけど.というか,
ロックコンサートのノリできていたんではなかろうか.
あるいはドラマのように,みんな身体を揺らして聴くとか(笑))
こうしてクラシック愛好者の人口が増えることは
私は大大大歓迎なのである.
なぜって,いろいろなクラシックの録音が
発売されることになるし,
(現在はクラシックのCDの売り上げはずいぶんと
厳しく,発売される種類も少なくなってしまった)
演奏会も数多く開かれることになるからである.
(あるオケが府からの助成金を減らされるという話も
なくなるだろう)
東京で毎年開催されているラ・フォルネ・ジュルネも
のべ100万人という人が参加したという.
CDの売り上げは相変わらず低いらしいけど,
このようにクラシックに興味を持つ人は
決して少なくないのだ.

そういった意味で,こうしたファンを掘り起こした
「のだめカンタービレ」は本当に素晴らしい.
実は私,恥ずかしながら今頃になって
原作のマンガの1~3巻を読む機会があったのである.
いやぁ,面白い.
夜中にひとりこっそりと読んでいたけれど,
笑い声を押し殺すのが大変だった.
そして驚いたのは,あのテレビドラマが,
原作の世界を大変よく再現できていたことである.
ところどころ設定は変わっているのだけれど,
伝えたいところはバッチリ伝わるものとなっている.
いやぁ,またドラマを観たくなってしまった.
そして原作の方もこの先,21巻まで読むのが楽しみである.

まだ「のだめ」を知らない人は
ぜひご一読をお勧めいたします.
(と今いっている私が,2年遅れという感じ.
でも,もちろん,放映当時もそれはそれで
盛り上がっていましたよ.
私を含めた周囲のオジサンにも
ファンが多かったようですし)

2008年9月25日木曜日

グレン・グールドの誕生日に

今日9月25日は,グレン・グールドの
誕生日なのだそうである.
昨晩,ラジオを聞いて知った.
と言っても彼はすでにこの世になく,
もう亡くなってから25年以上過ぎている.

しかし,どうだろう.
彼の評価と人気は彼が死んだ後も
ますます高くなっているような気がする.
その証拠に,毎年発売される
グールドの録音.
もちろん再発売が多いのだけれど,
リマスタリングをしたり,
ジャケットを当時のものにするなどの
ちょっとした工夫がされて,
またCDショップの棚に並ぶのである.

私は別にグールドの収集家でもなく,
したがって,彼の録音を沢山所有している
わけでもないのだけれど,それでも,
グールドの棚(多くのCDショップに
彼のコーナーが設けられている)には,
ついつい手を伸ばしてしまうのである.

20年くらい前,そうして私が手を伸ばしたCDが
彼の2度目の録音の「ゴルドベルク変奏曲」だった.

学生時代流行した
「ゲーデル・エッシャー・バッハ」を
(一部だけだけど)読んで,バッハのカノンに
興味をもった私は,とりあえずCDショップの
クラシックコーナーに足を運んだのだった.
どの曲が良いかなんて全くわからないから,
ほとんど「ジャケ買い」である.
それで,なぜかけだるそうに椅子に腰かけている
ひとりのオヤジ(それが彼だったのだけれど),
その姿に心惹かれて,
さんざん悩んだ末にそのCDを購入したのだった.

初めてプレーヤ(その頃はCDラジカセ)で聴いた時は
本当に感動したなぁ.
非常にゆっくりなテンポで開始されるアリア.
その変奏が繰り返されていくうちに,
いつのまにか曲に引き込まれてしまう.
途中の変奏曲でテンポが急に速くなって,
そこからはあっという間に時間が過ぎていく.
ピアノ曲にこんなに集中できるなんて,
自分でも驚いたくらい.

それに,彼の歌い声.
スピーカから彼の鼻歌が聞こえてきた時は,
霊の声でも録音されていたのかと思った.
でも,それもいつしか大事なこの録音の要素となった.

とにかく,このCDがクラシックを聴くきっかけの
ひとつになったことは間違いない.
そして,このCDを初めに手に取ったことの幸運を
心から喜びたいのである.
(やっぱり聴いていて退屈な録音もあるし,
そうしたCDを買っていたら,今ここまで
クラシック音楽に興味は湧かなかったかもしれない)

そして今年.
カラヤンとのベートーベン・ピアノ協奏曲3番の
録音が初めて正規に発売された.
(海賊版はあったらしい)
やっぱり,ついつい(笑)購入してしまった.
ジャケットにはハンサムなカラヤンとともに,
美少年という言葉が全くふさわしいグールド
(彼は若い頃は天使と形容されるほど
美しい外見だったのだ.
いつのまにか頭も薄くなり,
見た目は怪しいオヤジになったのだけれど)
の写真が載っている(相変わらずジャケ買い?).

なぜいままで発売されなかったのだろう,と
思うくらいに素敵な演奏だった.
グールドのベートーベンというと,
普通と違う,少しおかしな演奏が多いのだけれど,
(テンポなど自由に弾くので,奇妙に思うのだけれど,
それはそれなりに聴かせる演奏ではあります)
このピアノ協奏曲は正統派で,
美しく,若々しい.そして知的だ.
録音はモノラルだけれど,そんなことは問題にならない.
彼の若いころの録音だけれど,
彼の才能は十分に感じることができると思う.
これは今年,一番聴いたCDになりそうである.

学生時代,彼に興味を持った私は,
カナダ大使館で開催された
グールド展を見に東京赤坂まで出かけていった.
しかし,なにを私は勘違いしていたのか,
展覧会は前日で終了していた.
それを尋ねた私の顔があまりに
がっかりしていたのか,
見かねた大使館の人が,
展覧会のパンフレットを私にくれた.
それは,いまでも私の宝物となっている.

しかし,そのときに見損ねた
彼のあの有名な演奏会用の椅子,
そして夏でもつけていたという
マフラーと手袋,
そうしたものをテレビや雑誌で目にするたびに,
あのとき,一日を間違ったことを
今でも残念に思うのである.

いつか,いつかカナダにいったときに,
ぜひ彼の所有していた品々を見てみたい.
そして彼が身にまとっていた空気を
感じてみたいと思っているのである.

2008年9月24日水曜日

時間割をつくる

小学,中学,高校と,
学校で過ごす時間は「時間割」というものに
縛られていた.
この時間割というものが,私は案外に好きだった.

もちろん,次の日の時間割を見ながら,
カバンに教科書を入れるとき,
憂鬱な気分になることもあったし,
土曜日の時間割(今はないのかな)を見て,
半ドン(死語)にわくわくしたこともあった.
しかし,基本的には,時間割に決められた通りに
教科を変えて授業をうけることは,
集中力を維持するという点でも良いものだと思う.
子供のころ,毎日過ぎていく時間が
今よりもずっと長く感じたのも
こうした時間の使い方が
関係しているのかなと思う.
今は,ぼやっとしているとあっという間に
一日が過ぎてしまうのだけれど.

私は最近,この時間割を見直している.
大人になって,時間がある程度自由に
使えるようになると,ついつい
好きなことに集中したり,
あるいは重要な事柄に時間を費やすことを
忘れてしまったりする.

もしも毎朝,自分の一日の時間割を作成し,
それにしたがって有効に時間を使うことができたら
どんなに素晴らしいだろう.
朝に,全体的な視点から仕事と時間の割り振りをする.
重要な仕事,緊急の仕事に時間を割り振るとともに,
将来のための時間も自分のために用意する.
これが大切である.
目の前のことだけにとらわれない時間を確保する,
ということが時間割を作ることによって
できそうな気がする.
あとはそれに従って実行あるのみである.
これは先日に述べた「段取り」をするということに他ならない.

また子供時代に後戻り,と思うことなかれ.
あのころの時間の流れ方を取り戻すためにも,
まずはこのLife Hackを試してみたいと思う.

2008年9月22日月曜日

パワエレ学会若手幹事会

先週の土曜日は,
パワーエレクトロニクス(パワエレ)学会
若手幹事会に参加した.

パワエレ学会の若手幹事会は,
各大学の学生と企業の若手から構成され,
毎年12月に開かれる若手研究会を,
みずから企画,実行する会である.
(今年は12月20日(土)に神戸高専にて開催予定)

若手研究会では,若手研究者による
ポスターセッションの他に,
講演者を招いての特別講演会や,
研究会のあとの懇親会も企画しなければならない.
これを学生や企業若手だけで行おうというのだから,
なかなか大変なことである.
(もちろん,企業や大学も協力するけど)

そしてこの活動は学生たちのボランティアなのである.
まぁ,彼らは懇親会は招待されるけれど,
忙しくてほとんど食事にありつけることもない.
裏方に徹して,ご褒美と言えば,
毎年発行される学会誌にその名前が載るだけである.

いや,他大学の学生たちとの人脈ができる.
これが意外に大きい成果なのではないかと思う.
それほどに彼らは一年間一緒に活動すると
仲良くなっている.

今回,この幹事会も3回目ということで,
リーダーを中心にまとまった議論が行われていた.
この会に参加するたびに,こうした
若手研究者たちのポテンシャルに感心する.
各大学の学生たちの個性も強く,
議論もなかなかに面白い.
学校の研究室にいる限りはそんな風に見えないのに,
主導権を彼らの手に渡したとたん,
彼らは生き生きと議論し,自らの手で決断をしていく.
私たち教員として足りないことは,
こうして彼らを信用して
自主性に任せることなのかもしれないとも思う.
(研究となるとそうもいかないのだけれど)

彼らの多くはこれから就職活動だという.
もしも私が企業側であったら,彼らのような
学生たちをぜひ採用したいと思う.
企業のみなさん,
もしも優秀な生徒が欲しいというのであれば,
来年3月発行のパワエレ学会誌をご覧ください.
彼らの名前が載っています.

2008年9月19日金曜日

「段取り八分」

「段取り八分」とは,私が稽古している合氣道でも
よくご指導いただく事柄である.
すなわち,段取りがうまくいけば,
仕事の8割が決まるということである.
本番前にいかに準備を進めておくのか,
ということが,仕事の速さ,量,質を決定するのである.
(私が稽古している合氣道では,こうした
非常に日常のプラクティカルなことについても
多くの教えがある)

多くの仕事術の本も「段取り」が大切であると
説いている.

例えば,ひとつの大きな目標があるとする.
しかし,その目標を達成するには,
多くのことをやり遂げねばならず,
そのことを思うとモチベーションが上がらない.
そんなことがよくある.

こうした場合にも「段取り」が有効である.
まず大きな目標を達成するために必要な
種々の小さな事柄を整理する.
そしてそれぞれを小さな目標として,
ことにあたるのである.
もちろん,緊急性の高いものから
手をつけるのだが,その他にも,
実現可能性が高いことから(身近なことから)
行っていけば比較的心理的なハードルは低くなる.

大きな目標を小さな目標の積み重ねに変換し,
目の前のことだけに集中することが,
この方法のキモである.
また小さな目標の優先順位を考えることが,
自分の仕事を系統的に分析することにもつながる.
分析後には,断固実行していけばよい.

この分析こそが「段取り」なのである.
その後の仕事において,
目の前のことに集中できるかどうかが
この「段取り」にかかっている.

今年,生誕100年の指揮者カラヤンも,
最も耐えられないことは,十分な準備をしないで
演奏会に臨むことだと言っている.
彼はリハーサルに非常に長い時間を費やしていたという.
(そのわがままが通るところが
彼が帝王たる所以なのだけれど)

仕事に取り掛かる前に,「段取り」を行う.
あせっているとついつい
すぐに仕事に手をつけてしまうけれど,
まずは深呼吸をして「段取り」を
うまくするよう心がけたいものである.

2008年9月18日木曜日

プラグイン自動車は間近に

先月の高知で開かれた
電気学会産業応用部門大会では,
電気自動車が10種類程度展示されていた.
(一部は試乗もできた)

実用に近そうに見えたのが
三菱自動車と電力会社数社によって
開発されているプラグイン電気自動車
「i MiEV」である.
現在しきりにTVコマーシャルも流れている.

プラグイン電気自動車というのは,
ガソリンなどを使用しない純粋な電気自動車であり,
電池に充電した電気で走る.
充電は,家庭用の単相100V,200Vや業務用の三相200Vの配線に
コンセントをつなぐことによって行う.
燃料電池車なども純粋な電気自動車に数えられるが,
これは内部に発電機関をもつのではなく,
電池に蓄えた電気で走るのである.

電池は最新式のリチウムイオン電池である.
現在,自動車に通常使われている鉛バッテリでは,
とても充電量が持たない.
ハザードランプを一晩中つけっぱなしにして,
バッテリが上がってしまい,
翌朝エンジンをかけることができない,なんて
話はよく聞く.
電気自動車は照明ではなく,
本当に電力を走行に使用するのだから
大変な充電量を必要とする.

i MiEVの仕様を見ると,
一回の充電で160km走ることができるのだという.
(ただし10・15モード)
実際にはその7割しか走らないにしても,
1日に100km程度しか車に乗らないのであれば,
十分と言えるレベルである.
最高速度も130km/hということだから,
こちらも街乗りであれば問題ない.

街乗りということであれば,
電気自動車は減速する際にモータを
発電機代わりに使用して,
電力を電池に戻す(回生)から,
ガソリン車よりも燃費は良いだろう.

そして,モータを使用するのだから,
低速でもトルクは大きいし,加速もいい.
騒音も少ないし(これはちょっと注意を要するが),
もちろん走行中に排気ガスは出ない.
本当に街乗りに適した車である.

ただ,心配なのが充電である.
充電には時間がかかるのである.
一晩,プラグをさしておく必要があるだろう.
i MiEVでは総充電量が160kWhとある.
また,充電については100V,15Aで
14時間必要と書いてある.
したがって,100*15*14 = 21kWhとなり,
総充電量の21kWh/160kWh *100% = 13%しか
使用していないことになる.

しかし,14時間は長い.
なので,200Vに接続して
7時間で充電を行うのが一般的になるだろう.
深夜に電力を使うことは電力会社にとっても
発電電力量の日較差を小さくすることになるし,
ユーザ側も安価な深夜電力を使用できることになり,
どちらも助かることになる.
21kWhといえば,昼間電力で470円程度
(1kWhあたり22円位),夜間電力で150円程度
(1kWhあたり7円位)である.
ガソリンが1リットル170円程度であることを考えると,
ランニングコストはずいぶん安くなりそうだ.
あとはイニシャルコストということになるわけだけれど,
これはまだまだ高そうである(たぶん電池が高そう).
最初の導入はたぶん業務用なのだろう.
家庭に導入されるのはまだまだ先かな...

でも,プラグインハイブリッド自動車という手がある.
これは,近距離だけだったら電気だけで走行し,
長距離になるとガソリンも使って走るもので,
電気はやはりプラグインなのだ.
アメリカ,EPRIの発表によれば,2050年で新車の60%を
プラグインが占めるようになっても,
その使用電力量は総発電量の7~8%にしかならず,
そのほとんどが夜間のオフピークに充電可能という.
これが普及するだけでも温室効果ガス削減に
非常に効果があるということである.

私たちの家庭には
たぶん,まずプラグインハイブリッド自動車が
やってくるのだろう.
そしてそれは,随分近い未来のことのように感じられる.
電池と半導体変換器が自動車の性能を決める時代が,
すぐそこにまでやってきているのである.

2008年9月17日水曜日

マクドナルドあれこれ

またまた韓国へ行った時のお話.

本当にちょっとした話なのだけれど,
韓国に行った時に,案内をしてくれた学生たちが
ハンバーガーショップのMcDonald'sを
「マクドナルド」と発音していて驚いた.

アメリカ式の発音だったら,
「マクダァナルズ」みたいに聞こえると
思うのだけれど,
彼らは日本と同じく「マクドナルド」と
母音がはっきりと聞こえるように発音していた.

「マクドナルド」の発音は,
確か日本マクドナルドの創始者が,
日本人向けに苦心して考え出したのだったと思う.
(プロジェクトXかなにかで
そのエピソードの紹介を見た覚えがある)

それが韓国でも通用するとは少し驚いた.
まぁ,今回はそれだけの話なのだけれど.
(もしかして,日本人の私たち向けに,
そのように韓国の学生が
話してくれていたのかもしれないけれど...)

ついでに書いておくと,
日本ではドナルドの愛称で知られるキャラクターも
アメリカではロナルドである.
これもアメリカに行って気づいた.

関西に来てずいぶん経つけれど,
私はいまだにマクドナルドを,
「マック」と呼んでいる.
関西では「マクド」が普通らしい.

2008年9月16日火曜日

稚内メガソーラ

先週末は,稚内にNEDOのメガソーラプロジェクトの
サイトの見学に行った.
稚内はすでに肌寒いと聞いていたのだけれど,
意外に暖かく,半そでシャツで十分だった.

このプロジェクトは,NEDOから稚内市と北海道電力が
受託して2006年度から始まった.
およそ14haの広大な敷地に(東京ドーム3個分),
5MWの太陽光発電パネルを敷き詰める予定である.
現在は,2MW分まで設置され,
残りの箇所はまだ整地作業が行われていた.

まずは敷き詰められたパネルの広さに驚く.
単結晶や多結晶,アモルファスにCISなど,
多種の太陽光パネルが試験的に使用されているため,
場所ごとに,光の反射具合が違う.
また各電池の効率の大きさによって,
同じ発電量でも必要なパネルの面積が異なる.
住宅と異なって,こうした広大な面積を必要とする
サイトでは,ちょっとした効率の違いが,
結局大きな面積の差を生むことになる.
やはり,効率向上が第一なのだ.

次にパネルを設置するための架台のごつさが印象的.
というのも,やはり稚内は積雪地.
建築基準法によれば,
稚内では1.3mの積雪による荷重に
耐えうる強度が架台に求められるのだという.
また冬季に雪が積もってパネル上に残っても困る.
そこで架台の高さも2m程度が必要とされる.
昨今の鉄材の価格高騰もあって,
架台は重要な課題の一つである.
私は,電気屋なのでだいたい回路のことだけしか
あまり考えないが,実際の設置・運用には,
こうしたプラクティカルな問題が大きいのだと
あらためて実感する.
結局,太陽光発電用インバータなどは
全体から見るとコスト的にはずいぶんと
小さな割合となるのだ.
もちろん,必須な装置で,
その効率の向上も,発電性能に大きく
影響することとはなるのだけれど.

稚内プロジェクトの良いところは,
受託者に電力会社が含まれていることである.
電力系統に分散電源を接続しようとすると,
その変動する発電電力が系統に悪影響を
与えることが懸念される.
通常は,発電設備を設置する側で
その対策をしなければならないのだが,
どうしてもそれはコスト高になってしまう.
本サイトでも変動電力補償のために
電力の充放電ができる二次電池の
NAS電池が設置されているが,
これがずいぶんと高価なのである.
もしも電力会社とうまく連携できれば,
こうした負担を軽減することが
可能となるかもしれない.

これまでの運転によって,
NAS電池を使用することにより,
この太陽光発電所から計画的な発電電力を
得ることをすでに実証しているけれど,
(たとえば500kW一定出力とか)
そこまでリジッドに制御しなくても
系統に余裕がある場合は,
系統側で吸収すればよいのではないだろうか.
今後,分散電源の導入は必須なので,
皆がハッピーになる道を
探っていくべきだと私は思う.

北海道は風力発電が盛んだけれど,
今後は太陽光発電も導入していってほしい.
稚内の日年間射量は,東京に比べて
ほんの4%としか少なくないのだという.
北海道は新エネルギーの拠点として
世界に強くアピールしていくのはどうだろう.
洞爺湖サミットも開かれたことだし.
その実現のキーとなるのは
結局のところ,電力会社の対応なのだろう.

2008年9月10日水曜日

Sample and Hold

いまは,頭の中で
The style councilの
"Shout to the Top"が鳴り続けている.
今朝は,"Gonna Fly Now"だったというのに.

カーラジオで"Shout to the Top"が
流れているのを聴いてから,
ずっと頭の中でローテーションされている.

私の頭の中には
特殊なサンプル・アンド・ホールド回路が
あるようだ.
なにか関心があったときに,
サンプル回路が動作する.
すなわち,"Shout to the Top"が
ラジオで流れているなぁ,と耳を澄ましたとき,
それが動作する.

そして,次の瞬間,
ホールド回路が動作する.
これでずっと私の脳内の
クローズド・ループの中でその旋律は
グルグルと廻り続ける.
それはたぶん,次の関心がトリガとなって,
またサンプル動作が作動するまで.
私の脳内メモリのレジスタが
ガチャンといっせいに変わるまで.

誰が設計したのか,
私の脳内にはよくできた
サンプル・アンド・ホールド回路が
備え付けられている.

#明日から出張です.
たぶん次の更新は火曜日になります.

ロッキー

フィラデルフィア美術館前庭の階段が
世界でもっとも有名な階段のひとつであることは
間違いないだろう.

この「ロッキーステップ」とも言われる階段は,
今はすでにロッキーの像は移動されているらしいけど,
映画「ロッキー」シリーズで有名になった,
今ではフィラデルフィアの観光名所のひとつである.

残念ながら私はまだそこに訪れたことはないのだけれど,
いつか,出張中のスーツ姿でもいいから,
その階段を駆け上がり,
両手をあげて跳ね続けてみたいと思っている.
やっぱり男としての憧れなんだなぁと思う.
単純極まりないんだけど.

実は昨晩夜遅くに「Rocky Balboa」のDVDを観てしまった.
シリーズのファイナルと銘打ったこの映画は,
当初,またスタローンの駄作のひとつになるのだろう,と
予想されていたけれど,封切されてびっくり,
意外に良い出来で話題になったという作品である.

これまでのロッキー映画とは異なり,
それほどロッキーのヒーロー性は強調されていない.
60歳前の男が持つ悲哀が当たり前のように描かれている.
(とはいえ,単純なストーリーは変わらない)
ただ,それがスタローン自身の人生と重なって,
観るものにリアルさを感じさせるのだ.

一度ヒーローとなった男が歳老いていく中で,
ただ消え去っていくのではなく最後に燃え尽きようとする.
そのために努力をし,試合での勝利ではなく,
自分の人生に勝利するというストーリー.
ちょうど第1作のロッキーの繰り返しのように感じた.
だから試合後の彼の笑顔は本当にすがすがしいものとして
描かれている.
やることをやりつくした男の姿.
こうしたストーリーに私は感動してしまうんだなぁ.
私も単純なだけに.
(昔は,脳も筋肉でできていると言われていたくらいだし)

そして今朝の目覚めは良かった.
これはロッキーのおかげに違いない.
頭の中には,あの「Gonna Fly Now」が流れている.
あらためて,自分は単純なんだなぁと思ったけれど,
元気が出ることはいいことには違いない.
これからもがんばっていこう!

映画「ロッキー」シリーズは,こうして世界の生産性に
少なからず影響を与えているに違いない(笑).

#実は,5作目は見ていないのだけれど

2008年9月9日火曜日

韓国あれこれ

韓国で驚いたのは,
高層マンションの多さである.
なんといったって,マンションばかり.
それも同じような形をしたものが
固まって背比べするように連立している.

今回の訪問ではソウルは,
大学から空港までの帰り道に
少し寄ってもらったくらいなのだけれど,
車で道を走っていくと,
道路の両側に屹立する高層マンションに
圧倒される.
車に同乗していた日本からの学生たちも
目を丸くしている.
とにかくソウルには高層ビルが多い.

ガイドブックによれば,韓国の国土は
日本のおよそ4分の1.
人口はおよそ2分の1で,5000万人程度だという.
そして,そのうちの1/4がソウルに
居住しているのだという.
その人口密度の高さにぞっとする.
ソウルでは一軒家を持つという夢を
叶えることが難しそうである.

それでもみなソウルに夢を抱いて
地方から出てくるのだろう.
ちょうど東京のように.

話は住宅状況から変わって労働状況の話.
明知大学でお会いしたある准教授は,
最近まで韓国の某有名車メーカに
務めていらした.
その当時は,毎日朝8時に出勤して,
夜10時まで働いていたのだという.
彼も,ちょっとそれはおかしいと言っていた.
韓国の平均労働時間は,
アメリカのそれの1.5倍だといっていた.
また,アルコールの一人あたりの消費量も
非常に高く,それはストレスのせいではないか,
といっていた.
日本の酒は明るいが,
韓国の酒はつらいものになるのだとも.
(彼は日本の温泉でリラックスしたいと言っていた)

オリンピックのメダルの数を見るまでもなく,
韓国はまぎれもなく素晴らしい国のひとつとなっている.
しかし,やはりその陰には大変な努力と,
過酷な労働状況,厳しい住宅状況などがあることを知る.
日本も韓国に負けじと努力しなければとは思うけれど,
ちょっとそこまではやりたくない,というのも本音である.

さて,韓国ではいつまでこの状況が続くのだろうか?

2008年9月8日月曜日

韓国の学生たちの英語能力に驚く

遠くて近い国,とよく言われるのが韓国である.
先週の木曜日から土曜日まで,
その韓国に出張してきた.
明知大学のHan教授の研究室との
合同セミナーが目的である.

私と一緒に3人の学生も行った.
セミナーは当然英語で行われる.
彼らにとっては,かなりの
プレッシャーであったろうと思う.
それでもなんとかこなしていた.
彼らもポテンシャルはあるなぁ,と
ずいぶん感心した.

とはいえ,韓国の人達の
能力の高さにもずいぶん刺激を受けた.
今回の出張で感じたことは
これからおいおい書いていくことにして,
今日は彼らの英語能力についての話.

韓国の学生は,英語がそれなりにうまい人が多い.
たずねてみると,アメリカやオーストラリアなど,
いずれの国かに長期間ステイしていたという人が多い.

どうも韓国では,キャリアとして
海外留学はすでに普通のものになっているらしい.
特に就職時に,英語の能力は重要視されるからだという.
TOEFLなどの点数を上げることも大切だし,
留学の経験を履歴書に書くことも大切なのだという.

となると,日本へ留学などするよりも,
やはりアメリカやオーストラリアなどに
学生がいきたがるのも仕方がないことなのだろうと思う.
確かに英語の能力は大切で,
これからの国際社会には不可欠なのだから.
このシビアさは,当然のことなのかもしれない.

そうだとすると,今の日本の学生の将来を
少し不安に思う.
英語は苦手だ,といってそれで済ましている.

個人的には,韓国のように
そこまでやる必要があるかな,とも思うのだけれど,
その熱心さを目の当たりにすると,
このままでは日本は危ないかなとも,やはり思う.

自分もとても英語が得意とは言えないけれど,
なんとか努力はしているつもりである.
英語の大切さは,口を酸っぱくして学生たちに言うのだけれど,
いまひとつピンとこないようだ.

しかし,今回同行した学生たちは,
みな私と同じ危機感を持ったようだ.
シビアな韓国の状況に驚いていた.
こうしたショックもたまにはいい.
あとは,このモチベーションをいつまで
維持できるか,ということかな.

2008年9月3日水曜日

電車の運転

滋味あふれる文章とは,
決して凝った修飾を必要とするものではない.
そのことをあらためて感じた本を
紹介したい.

「電車の運転 ~運転手が語る鉄道のしくみ~」
(中公新書,宇田賢吉)

著者は,国鉄からJRへと運転手として
勤め上げた方らしい.
内容は,運転手の視点から
電車の運行の仕組みを淡々と
説明するものである.

このように書くと,
無味乾燥な解説本のような感じがするが,
実際は,ところどころに
運転手としての誇りや気概,
そしてなによりも鉄道への
愛情を感じさせる文章となっている.

なにも大げさにそれらを
書いているわけではない.
運転室でふと実感したこと,
あるいは長年のキャリアを振り返っての述懐,
そうしたことが,章の端々に
ちりばめられていて,
それが単なる鉄道解説本と一線を画させている.

もちろん,鉄道のしくみ自体も,
非常にわかりやすく説明されている.
私もこの本を読んでいろいろなことを知った.
ノッチとは単なるアクセルではないこと,
閉塞運転の意味,信号の意味,
そして,運転手の心構え.

著者の意図どおり,
私も鉄道にのるときには,
運転手がなにを考えて運転操作をしているか,
そんなことに思いをはせるようになった.
「安全・高速・快適」
をモットーにどれだけの,
技術的,人的努力がなされているか...

これは,鉄道ファン,パワーエレクトロニクス,
電気工学などの関連者だけでなく,
ぜひ多くの人におススメしたい良書だと思う.

#千里中央の田村書店に,
著者直筆の色紙がありました.

#著者のホームページがあるようです.
http://homepage3.nifty.com/c6217/

#明日から出張で不在です.
次回更新は月曜日となりそうです.

2008年9月2日火曜日

どんぐり

もう随分と昔になるが,私の母が「団栗」という随筆について
私に尋ねたことがあった.
どうも聴いていたラジオで紹介されていたらしい.
私はすぐにそれが寺田寅彦のものだとわかったのだけれど,
母からそんな話を聞くなんて思いもしなかったので,
今でもとても印象に残っている.

寺田寅彦は,生涯に3回結婚していて,
最初の二人の妻には先立たれている.
「団栗」というのは,たぶん最初の妻の思い出がもとに
なっていたはずである.
実は,この作品を読んだのは随分と昔,
大学生の頃だったので詳細は忘れてしまった.
しかし,最後に小さな遺児がでたらめな唄を歌いながら,
亡き母同様,団栗集めに夢中になっている姿を見て,
そっくりだと思うところはよく覚えている.
そして,母のような悲しい運命は似ないでくれと
しみじみ思うところも.

先日訪れた高知は寺田寅彦の出身地で,
高知城の近くに再建された彼の生家がある.
実は学会の合間にそこを訪れたのだけれど,
目の前には川があり,その向こうは城の石垣.
そして庭には彼の作品に出てくる種々の草花が
植えられている.
彼は19歳までこの家で育ち,
その後熊本の高等学校に入学し,
そこで人生の師となる夏目漱石に出会う.
そして東京大学の物理学の教授となるのだが,
もちろん彼は何度も帰省し,ここを訪れている.
彼が少年時代を過ごした環境の素晴らしさが
少しうらやましく思えた.

高知城の近くに,県立文学館があり,
彼に関わるものが多く陳列されている.
彼の物理学者としての功績も素晴らしいものなのだろうけど,
私がもっとも強い印象を受けたものは,
夏目漱石からの手紙である.
寺田寅彦の作品についての批評が素晴らしい.
厳しいが師弟愛に満ち溢れている.
あんな手紙を先生からもらったら,
それは弟子は離れられなくなるだろうな,と思う.
それほど素敵な手紙の数々であった.

学会に参加していた学生に
寺田寅彦の話をしてみた.
しかし,彼らは寺田寅彦を知らなかった.
少し落胆したけれど,言われてみれば私も
最近彼の作品を読んでいない.
急に読みたくなってきた.
とりあえず,「団栗」から読み直してみよう.

2008年9月1日月曜日

高知のにおい

先週の後半は,電気学会 産業応用部門大会と
いうことで,高知に行っていた.
この分野の学会としては,たぶん最大のものの
ひとつなのだろう,参加者は1100人を
越えたのだという.
電気が産業に貢献する度合は,
これからもどんどん大きくなっていくのだろう.
そしてそれに伴い,参加者も増えていくのだろう.

今回は,私の所属する研究室からも
二人の学生が発表した.
発表自体は,まぁ合格点かな,
というところだけれど,
彼らにとっては良い経験になったでしょう.
これからの奮起に期待いたします.

さて,地方での学会の楽しみと言えば,
夕方の食事と散策である.

私は,高知を訪れたのは初めてなので,
見るものすべてがみな珍しいのだけれど,
その一方で,不思議と懐かしさも感じた.
一種独特の地方性というか,地域性というか.
むしろ,土着性とか風土とか呼んだ方が
近いかもしれない,そうしたものを感じた.

商店街を歩いていても,
街ゆく人にその雰囲気を感じる.
街のすぐ近くに緑が生い茂っていて,
雨が降った直後は緑が暗い.
そんなところにも強く,それを感じる.
なにかきれいごとではない,
オリのようなものだろうか.
人々の生活に染みついている.

それは,東京や大阪のような大きな街では,
圧倒的な人の波に希釈されてしまっていて,
感じることが難しいものである.

一方で,故郷の新潟には,
それがまだ少しあるような気がする.
高知には,そうした匂いが懐かしく感じられた.
四国には,まだそうした匂いが
色濃く残っている気がする.
(まだ愛媛県に足を踏み入れたことはないけど)

と,こんなことを言ってみても,
まぁ,今回の高知の学会で一番感じた匂いは,
カツオのたたきなどで
多くの参加者が食したと思われる
にんにくのにおいだったのだけれど...