2008年12月31日水曜日

紅白歌合戦

この数年,紅白歌合戦を大晦日に見ることができている.
これはひとえに,この時期新潟に帰省しているからに過ぎない.

学生時代は,私は東京に住んでいて,
蕎麦屋の親戚のところに年末は泊り込みで
手伝いに行っていた.
もちろん年越しそばのためである.
だから紅白歌合戦は,
店の客席のテレビに流れているのを少し見るか,
近所に出前に行ったときに,
家の玄関から聞こえてくるのを少し聞くくらいであった.
私は9年も大学にいたから,その間ほとんど
紅白歌合戦は見ていなかったことになる.

では,どうしても見たかったかと思うと,
やっぱりそうでもない.
見たからといってどうにかなるわけでもないし,
見なかったからといって年明けから話題に
ついていけないわけでもない.
ようするに,テレビがついているから見ているだけである.

この数年も全くその通りだ.
でも,大晦日のテレビ番組が面白くないから,
という消極的理由も大きいとも思う.
各テレビ局は紅白の裏番組ということで手を抜いているのだろうか.
他局にも見たいと思うものが少ない.
だから仕方なく見ているという人が意外に多いのではないかと思う.

ただ,紅白歌合戦はテレビというものについて考えさせる.
インターネットが普及して,
誰もがオンデマンドで番組を見る時代になって,
テレビの存在意義はどんどんと薄れている.
おのおの好きな時間に,ひとりでPCの画面を見つめている.
そんな光景が普通になりつつある.

そこで失われていくものは,
「共通体験」ということではないかと思う.
多くの人たちが同じ時間,同じ番組を
じっと目を凝らして見るという体験.
それは意外に大切なものなのではないか.
「あのとき,あれを見てた?」
「そうそう,私もあれを見ていたよ」
そんな会話が,他人との共通のバックグラウンドを
確認するのに大事じゃないかと思うのだ.

ジャイアンツの槙原が阪神のクリーンアップに
3連続バックスクリーンにホームランを打ちこまれたときのこと.
サッカーワールドカップ予選のドーハの悲劇.
高橋尚子がトップでテープを切ったオリンピック.

私の世代であれば,こうしたスポーツの
名場面というのがそれにあたる.
私のより前の世代であれば,
国民的ドラマやバラエティ番組となるのだろう.
そのときに同じ画面を見つめていた.
その体験が人と人との距離をぐっと近くする.
そしてやはり同時性というものが大切なのではないかと思う.
人間は時間を共有するということに
思いのほか重きを置く.
そしてテレビはそうした体験を人々に供給する重要な装置であった.

テレビを見なくなった若者は,
将来こうした話をしないのだろうか.
ネットの動画を見て,それで話が盛り上がるのだろうか.
それとも彼らはもうそうした「共通体験」は必要ないのだろうか.

紅白歌合戦は,かろうじて今もそうした共通体験を
提供する数少ない番組のひとつである.
そう考えてみるとこうして紅白歌合戦を見ることも
それなりに意味があるのではないかと思うのである.

みなさん,良いお年を.

結婚のススメ

新潟に帰省する前に,
予定していた年賀状を
一応すべて書き上げた.
年賀状を年内に書き上げるなんて,
ここ2,3年なかった快挙である.
思わずバンザイと叫んでしまう.
まぁ,ひとえにうちの奥さんの
叱咤激励によるものだのだけれど.

年賀状を書いていて思ったのは,
私の周囲には結構独身者が多いということ.
年若いのならば心配はしないのだけれど,
30代後半の男性が多くて,
他人のプライベートとはいえ,
ついつい気になってしまう.

彼らの中には,結婚はしたいのだけれど,
生活を変えることに不安があって
踏み切れない人も多いのではないかと想像する.
(もちろん彼女が本当にいない,という人も
いるのだろうけど...)
少し前に「結婚できない男」という
テレビドラマの傑作があったけれど,
一人暮らしの悠々自適さからみれば,
結婚生活の不自由さに気が引けるのも
わからないわけでもない.
確かに高額の買い物もできなくなるし,
ひとりふらりと映画を観にいくなんて
こともできなくなる.
子供ができれば,ひとりの週末なんて
到底望むことができない贅沢となる.

それでも私は言いたい.
結婚はやはりすべきだと思う.

しかし,結婚に過度の期待を抱くのは間違いだ.
以前読んだ河合隼雄と村上春樹の対談に,

「結婚は苦労をするためにするものであって,
決して幸せになるためにするものではない」


という河合の言葉を見つけて,全くその通り!と
思わずうなづいてしまった.

幸せになるために,と思って結婚するから
あとあと大変になるのだ.
他人と一緒に暮らすことになるのだから,
苦労が増えるのは当然のことである.
その苦労をすることに価値があるから,
それが人間の成長に大いに役に立つから,
人はわざわざ結婚をするのである.

確かに,家族を持つということの素晴らしさはある.
しかし,その素晴らしさは苦労を乗り越えるから
得られるものであって,最初から無償で
享受できるものではないと思う.
(私も結婚してまだ10年しか経っておらず
大きなことは言えないけれど.
...でも,言ってる?)

この苦労の覚悟を決めることが,
結婚をするということである.
ただし,私は「結婚は人生の墓場である」とか,
「年貢の納め時」とかいう言葉には同意できない.
むしろ「人生の出発点」である,といいたい.
独身のみなさんには,チャンスがあるならば
ぜひこのスタートラインに立って欲しいと思う.

こうしたことを言うのは,決して独身のみなさんを
この人生の長く険しい旅路に引き込もうなどという
不埒な思いからではなく(笑),
本心から,結婚の素晴らしさを
思うからであります.はい.

2008年12月30日火曜日

SMOKE

私は煙草を全く吸わない.
生まれてこの方,火のついた煙草を
くわえたことは一度もない.
(これについてはヘビースモーカーだった父に
深く感謝している)

もちろん仕事やプライベートでの付き合いでは
煙草を吸う人がいるので,
別にそれが嫌だとは思わないのだけれど,
煙草を吸う人は何が楽しいのかと実は心の中では思っている.

お金をつぎ込んでは,それがまさに煙となって消えていく.
それで残るものは,次の煙草への中毒と
自分の肺を始めとする内臓への害毒と
そして周囲の人たちの健康への甚大な影響である.

しかし,煙をくゆらす姿はどこか素敵だ.
映画のシーンで見ると,実にうまそうに吸っている.
またあの火をつけて口にくわえるまでの間が
人になにかを思わせる.
ついつい私も一本吸いたくなってしまう,
最近もそう思わせる映画を観た.

"SMOKE" (1995,Wayne Wang,日,独,米)

以前にも紹介したけれど,
これはポール・オースター

"オーギー・レンのクリスマス・ストーリー"

という短編をもとにいろいろな話を合わせて,
一本の映画にしたものである(彼は脚本も書いている).
恵比寿ガーデンシネマではロングランを続けたというが,
さもありなん,名画座で人気が出そうな
渋く,心温まる物語である.
(恵比寿ガーデンシネマ1周年記念で製作されたという)

劇的な展開はないけれど,
丁寧に描かれたいくつかの小さなエピソードを
積み重ねていく手法で映画は微妙に歩を進め,
人々に少しだけ変化が起きていく.
涙が出るような感動はないけれど,
観終わったあとじっと自分の中に残る暖かさを
大切にしたいような映画である.

内容については触れないけれど,
ハーヴェイ・カイテル演じるタバコ屋のオヤジが
とにかく魅力的だ.
あの顔でニヤリとされるとこちらの口元も思わず上がる.
彼がいなければこの映画の魅力の
80%は失われてしまうだろう.

またウィリアム・ハートの小説家ポールも素敵だ.
ポール・オースターは大の野球ファンで知られるが,
映画の中でもテレビの野球中継をわざわざ野球帽をかぶって
観戦するシーンがある.
本人もそうなのかなと想像してしまうところである.
また,この人の笑顔がいい.

そのほかにも魅力的な登場人物満載なのだけれど,
実はというか,やはりというか,大きな役割を与えられているのが
煙草,葉巻,そしてそれらの煙である.
登場人物は実にうまそうに吸っている.
煙草の先から立つ煙のゆらめき・はかなさが,
この映画のストーリーを暗示しているように思える.
あんな風にカッコよく吸えるのならば,
煙草も悪くないと思ってしまった.

クリスマスにもこの話を紹介したけれど,
クリスマスの話は最後にしか出てこず,
季節に関わらず楽しめるハートウォーミングな佳作である.
おススメの一本である.

#原文は確か村上春樹と柴田元幸による
「翻訳夜話」の中に載っていたはず.
二人による翻訳比べがされています.

#本年はこれが最後の更新かもしれません.
次は1月5日の予定です.
(気が向いたらまた書くかもしれませんが)

2008年12月26日金曜日

今朝,今年初めての雪を見た.
朝起きてみると家族が,雪が降っている,と
はしゃいでいた.
仕事納めの日が雪か,と思う.
なぜかどことなくうれしい.

いつもより空いているような気がする
通勤電車の中で聴いていたのが
ブラームスの"ドイツ・レクイエム"
(カラヤン,ウィーンフィル).
やわらかな朝の陽射しの中に舞う雪を車窓からみて,
一年の終わりには少し「空白」が欲しいなと思った.

ただずっと雪が舞うのを見ているだけのような
静かな時間.
そんな時間がこの一年の最後には
ふさわしいような気がする.


2008年12月25日木曜日

打ち合わせ会,大掃除,そして忘年会.

メリークリスマス!

みなさん,いかがクリスマスをお過ごしですか?
といっても,あと数十分しかないのだけれど.

月曜日から今日まで,
研究室の各学生は自分の研究の進捗状況を
研究室のみんなに発表するという会が
ずっと開かれていた.
これに向けて,みな頑張っていた.
ほとんど寝ていない人もいたし,
頑張って回路を製作し実験まで漕ぎ着けた人もいた.
ボロボロになっていた人もいたけど,
とにかくみな無事に報告を終えた.
ご苦労様でした.
しかし,まだまだ山の途中だ.
頂上目指して頑張っていこう!

今日は打ち合わせ会は午前中で終了し,
全員で研究室の大掃除.
私も本棚などをずいぶん片付けた.
こんなときしか,きれいにする機会がないから,
せいぜい頑張ってみる.
周囲がきれいになると
頭の中までスッキリした気分になるから不思議だ.
(この理由は考えたことがあるのだけど,
それはまた次の機会に)

そして,夕方から忘年会.
Generation Gapを大いに楽しむ.
なにを聞いても若い人とずれている.
それが楽しいのだけれど,
若い人は,何が楽しくて大学に来ているのか
さっぱりわからなくなってしまった.
大学生活にイベントをつくろうというのが,
来年の私の目標.
学生はもっと生活を楽しむべきである.

ということで,今日で今年の研究室の公式行事は終了.
学生のみなさんとはまた来年ということになる.
ときにはゆっくりと休むことも必要だ.
年末年始は,自分を振り返る良い機会だ.
実はこうした時間を持つことが結構大事だったりする.
年をとればとるほど,そうした時間が持てなくなる.
ときには,自分がこの先どうあるべきか,
考えてみることも大切なのかなと思う.
この41歳の私にとってもそれは大事なことなのだから.

学生たちにはもっと生活を楽しんで,
それから研究を楽しんで欲しいと思う.
そうでなければ,大学時代がもったいない.
私は大学時代に戻りたいとは思わないけれど,
大学時代は本当に楽しかったと思う.
あぁ,みんなそんな学生時代を送って欲しいと思う.
私も少しその手伝いをしたいと思うのである.

2008年12月24日水曜日

クリスマス・キャロル

クリスマス・イブである.
でも,相変わらず夜になっても研究室にいる.
まぁ,そんなもんです.

私は,クリスチャンではないのだけれど,
このクリスマスというものが結構好きだったりする.
なぜならば,いつもより多くの人が
他の人の幸せについて考えているような
気がするので.

残念ながらサンタクロースはいないのだけれど,
彼に託した子供たちと大人たちの夢は,
大変素敵なものだと思う.
そうした人の良心というものについては
信じることができる.
それは宗教に関係なく.

ということで,昔からクリスマスは
いろいろと楽しく過ごしてきたのだけれど,
この時期,読み返すことが多いのが,

「クリスマス・キャロル」 (C. ディケンズ).

原作も素晴らしいのだけれど,今回は映画をご紹介.
名作だけに,これまでに何作も映画やテレビ番組が
製作されているらしい.
私が持っているクリスマスキャロルのビデオは,
1950年代の白黒のアメリカ映画だったりするのだけれど,
BBC製作の1970年代のドラマが結構素晴らしかった.
正統派の演出である.
亡霊が結構怖くて,ちょっとドキドキしたりする.

その他,ディズニーもあるし(確かドナルドがスクルージ),
まだまだテレビドラマもあるようだ.

でも,一番のおススメは1970年のイギリス映画,
"Scrooge"かな.
これはミュージカル仕立てで,大変楽しい.
Tiny Timの歌声("Beautiful Day")もけなげで美しいし,
もちろんスクルージも,本当に憎々しくて(笑)素敵だ.
フィナーレで"Thank you very much!"と
街中の人たちが踊りながら,スクルージと行進する
シーンは思い出すだけでワクワクする.
この映画は,家庭で一度是非観てほしいと思う.
(日本語版があるかどうかはわからないけど)

その他,若者向けとしては,
"Scrooged!"( 邦題「三人のゴースト」)
という1988年のアメリカ映画がおススメ.
主人公がTV局の冷酷な若社長という設定で,
これをビル・マーレーが演じている.
("ゴーストバスターズ"とかに出演している喜劇役者.
最近では,"ロスト・イン・トランスレーション"という
映画で日本にも来ていたかな.まだ観てませんが)
やはり3人のゴーストがやってきて,過去,現在,未来を
見せられて,やがて奇跡につながるという
すばらしいハッピーエンド.
いろいろな人がカメオ出演しているので,
それも楽しい.
これは恋人のふたり向けなのかな...

とにかくクリスマス・キャロルは,
普遍的な人間の善悪を描いた名作で,
子供だけでなく大人もぜひ読んで欲しいのだ.
そしてたまには映画で世界を楽しむ.
なんて素敵なクリスマスなんだろう!

みなさん,素敵なクリスマスイブを!




###(オマケ)

このブログの元ネタである

"It's a wonderful life!"(邦題「素晴らしき哉,人生!」)も,

クリスマスが舞台の心温まる名作でおススメ.
そして,これを皮肉としているのが,
"Exosist 3" (1990).
これもいい.後味が悪いこと,太鼓判.

実は,今晩は
"Smoke"(1995)
を観たいと思っている.
これはポール・オースター原作の
"オーギー・レンのクリスマス・ストーリー"に基づいた映画とのこと.
うちの奥さん,ちゃんと借りてきてくれたかな...





2008年12月22日月曜日

パワエレ学会,若手研究発表会

先週の土曜日は,パワーエレクトロニクス学会の
若手研究発表会が開催された.

このブログでも何度か話題にしてきたように,
この会の特長は,単に学生を中心とした
ポスターによる研究発表だけでなく,
特別講演を含めたすべての会の運営を
各大学・企業から集まった若手幹事と呼ばれる
若手研究者,学生たちが行うことにある.

夏くらいから企画,構成が若手幹事会で議論されてきて,
それがとうとう実現されたのである.

特別講演会のテーマは,新エネルギー,省エネ.
やはり夏のころは原油高の問題が
話題になっていたためか,
学生の間でも将来に対するエネルギー対策に
関する講演を聴きたいということになり,
当日は,NEDOの方に国策としての省エネについて
ご講演いただいた.
こうしたテーマの決定も幹事会任せである.

また,後半はパネルディスカッションということで,
太陽光,風力,波力の各発電分野の専門家を含めた
方々で,いろいろな話題について話し合う.
このコーディネータも学生幹事が行うので,
最初はどうなることかと思ったのだけれど,
なんとかまとまっていたように思います.

懇親会もずいぶんと盛り上がった.
結局参加者が130名弱もあって,
大盛況のうちに会を終えることができた.

若手幹事のみなさん,本当にご苦労さまでした.
帰宅途中,リーダの学生が会の出来を
100点満点で100点以下の点数をつけていたけれど,
私の感想では120点くらいの出来だったと思います.

確かに,会が始まったときには,
各幹事も落ち着いていなくて,
見ているこちらがドキドキしたけれど,
そのうち,ずいぶんと進行もこなれてきて,
最後の方はかなり安心してみておりました.

そして,あらためて思ったのは,
学生に舵を持たせると,それなりに各人の能力を発揮して,
責任をもって会が実現できるのだということ.
ついつい,私たち,おじさんたちは過保護で心配してしまい,
いろいろと口や手を出してしまいがちなのだけれど,
(実際,自分たちでやる方が楽だし)
こうやって,企画を通して成長していく
若手の皆さんを見ていると,
それはそれで,良い機会だなと思う.
また,こうした機会は学会活動などの名目がなければ
彼らにも与えられないわけで,
その意味でもこのパワーエレクトロニクス学会は
たいへんユニークな活動を行っているのではないかと思う.

今回も,過去に幹事会を経験した社会人の参加があった.
こうしたOBを集めた企画もぜひ行いたいと,
声があがっている.
今年は残念ながら実現しなかったけれど,
幹事のみなさんの交流,つながりを見ていると,
ぜひ実現させたいものである.

#ところで,私は当日,3時間のポスターセッションと
駅から45分も歩いたことで(終バスが出てしまっていた!)
腰がすっかり痛くなってしまった.
学生のみなさんの元気さがしみじみうらやましく思いました.

2008年12月19日金曜日

マタイ受難曲

1週間ほど前,ヘンデルのメサイアを聞いた後,
なぜかバッハのマタイ受難曲が聴きたくなった.
全曲を聴きとおすと3時間半くらいかかるので,
抜粋版を聴いている.
ここ数日間,車の中で聴き続けている.

そうしていると,身の回りになぜか
マタイ受難曲の話題があふれてくる.
(といっても,私の心理状態が情報にバイアスを
かけているだけなのだろうけど)

昨日送られてきた,あるメールマガジンに掲載されていた話.
日本の著名な作曲家であった武満徹が,
亡くなる前日に,FMラジオから流れる
マタイ受難曲を,病室でひとり聴いていたのだという.

彼は新しい作曲を始めるときに,
マタイ受難曲の中のコラールや最終曲を
ピアノで弾いてから行うというほど
この曲には思い入れがあった.
亡くなる前日には不思議と雪が降ったためか
訪問客もなく,奥様もお嬢様もその日に限って
見舞いに行かず,
ひとり静かに全曲を聴きとおすことができたという.
(そのことをご家族は残された日記で知ったらしい)
それは本当に神からの恩寵であったと,
奥様がのちにどこかで書いておられたとのこと.

人生の終焉にふさわしい,
マタイ受難曲は,そんな純粋な音楽であることは間違いない.

歌手の鮫島有美子さんも無人島に
1曲だけ持っていくとしたらマタイ受難曲と答えていた.
また,作家の柳田邦夫氏もこのマタイ受難曲によって
次男の方の死による悲しみを癒されたと述べられている.

私はキリスト者ではないけれど,
バッハがこの曲に込めた想いというものは,
感じることができるような気がする.
それは確かに雪の降る静かな日にふさわしい
静謐さと優しさ,そして想いのつよさがある.
そして最終曲によってもたらされる浄化は,
聴いたものにしかわからない.
とにかく聴いたものにしかわからない.
音楽とはこうしたものかと思う.

バッハの最高傑作と言われるこの作品の私の愛聴盤は,
全曲を聴くときはカール・リヒターの1958年の録音.
抜粋版では,レオンハルトかガーディナー.
たまに,メンゲルベルク版.
次に購入するとしたら,鈴木秀美か,ポール・マクリーシュかな.

また,「マタイ受難曲」(礒山 雅,東京書籍)という
名著も忘れてはならない.





2008年12月18日木曜日

職場にはユーモアを

昨日,気合は精神的限界を超えるための
ものだと書いたのだけれど,
では,職場で限界を超えるためには
何が必要かと考えてみた.

私はずばり「笑いとユーモア」だと思う.

職場も大変な状況が続くと
雰囲気も幾分暗くなったり,
ギスギスものになってくる.
そうなると職場にいくことに
少しずつ抵抗を覚えるようになる.

そこでちょっとしたユーモアを
職場に取り入れる.
欧米では,ユーモアを取り入れることを
会社としてやっているところも多いと聞く.
例えば,その月に誕生日がある人をバカバカしく祝うとか,
水鉄砲で撃ち合う日とか,冗談を言い合う日とか,
そんな感じである.

ちょっとした笑いが職場の雰囲気を変えてくれる.
私も深刻な雰囲気が苦手なタイプである.
周囲が暗くなったりまじめすぎるようになったりすると
つい,くだらない話をしてしまう.
(もちろん,それなりの気遣いは必要だけど(笑))
とりあえず苦笑でもいいから,
みなの口元が緩み,ほっとする時間が必要だ.

人間がパフォーマンスを十分に発揮するためには,
緊張だけではなく,リラックスが必要である.
またユーモアによって心理的なハードルを
下げていくことが必要である.
それによって,ストレスが軽減できる.
全体としては,パフォーマンスがあがり,
いつしか,以前の限界を超えることができると思う.

雰囲気が良い職場には
ユーモアと笑いがあふれているはずである.
楽しく仕事ができれば,
いつの間にか,新しいステージに進んでいることだろう.

私ももっとユーモアに磨きをかけなければ...


2008年12月17日水曜日

気合と号令

合氣道は基本的に無声である.
氣合は発しない.
氣払いなどにおいて
特別な時に発するだけである.

しかし,多くの武術・武道で気合は
多用されている.
なぜ気合は必要なのだろう.

その理由のひとつは,
自分の限界を超えることが
挙げられると思う.

人間の身体には,精神的限界と
肉体的限界がある.
基本的には精神的限界が
肉体的限界を下回る.
なぜならば肉体的限界を超えるということは,
身体が壊れることを意味するから.
だからその限界まである程度の余裕をもって
精神的限界が存在する.

しかし,勝負の場においては,
ほんの少しの差が死命を分かつ時がある.
だから少しでもいいから精神的限界を超えて
パフォーマンスを発揮したいのである.

気合を出す瞬間,
その限界を超えることができるのではないだろうか.
精神的な爆発を起こすことによって,
肉体がその限界を超えることができる.
そのことを経験によって先人たちは
理解していたのではないのかと思うのである.

もちろん精神的限界とは
身体に及ぼすものだけではない.
気合を発することによって,
恐怖感,ためらいを克服する.
そうしたことも重要な気合の意味であろう.

他人の気合に乗るということもある.
この意味で,号令というのは非常に大切である.
号令をかける人たちが,
そのパフォーマンスをのびのびと発揮できるように,
時には,彼らの限界を超えるように,
導かなければならない.
だからこそ号令者は上のが担当するのだ.

気合とは,声だけが目的ではない.
そのことにもっと意識を向けて,
行うようにしたい.

#とはいっても,合氣道では,
ほとんど用いないのだけれど...

2008年12月16日火曜日

境界線に立つ

先週の土曜日は,合氣道の講習会に参加することができた.
実は,毎月第3土曜日位に開かれているのだけれど,
どうもその土曜日は仕事などで予定がつまることがおおく,
出席できたのは今回が今年初めてである.
(お恥ずかしい)

講師は,私が学生時代から存じ上げている本部のK師範.
また広島からもH師範がいらっしゃって,
このふたりを少人数で独占できることの幸せを感じた.

講習内容は濃くて濃くて,
とても,ここには記すことができないけれど,
今後の私の稽古,生活に大きな影響を及ぼしていくことでしょう.

合氣道であれ,別のことであれ,
最先端の人に会うということは,
大いに刺激を受けて自分が変化する良い機会である.
どこかのインタビューでヨーヨーマが,
こうしたことをEdge Effectと呼んでいた.
境界線に立つことで,いろいろな変化を受ける.

まずは境界線に立つことが大切だ.
日常において,いかに最先端まで突き進むか.
あるいはいかに異界に向き合うか.
こうした状況実現を一番たやすく可能とするのが,
最先端,一流の方々と会うことであろう.
そうした機会は素直に大事にしたいものである.

ただ,一月の合氣道講習会,
もう予定がつまっていて参加できないのだなぁ..
なかなか希望どおりにはならないものです.


2008年12月15日月曜日

電力系統の心臓部

今日は,博士前期課程1年の講義・実習に
お邪魔して,関西電力の中央給電指令所を
見学させていただいた.

最新の技術が集約されたコントロールルームで,
信頼度の高さが,正面の大きなディスプレイから
感じられるようなデザインだった.

このコントロールルームが関西電力の系統全体
(ひいては,関西電力以西の60Hzの系統全体)の
電力の需要と供給を制御しているのである.

電力の問題は,貯蔵が困難であるということ.
大規模な電力貯蔵は,いまのところ
揚水発電所でしか実現できていない.
それだって,系統全体の消費電力から見れば
ずいぶんと少ないのである.

貯蔵ができないということは,
系統全体で発電所で発電する電力量と
負荷で消費する電力量を常にバランスさせなければ
ならないということになる.

では,アンバランスが生じるとどうなるのか.
発電量が消費量を上回れば,
系統全体の周波数は高くなり,
その逆であれば周波数は低くなる.

そうなると系統の周波数は59.9Hzとか,
60.1Hzとか,60Hzから外れた値に変動してしまう.
どうも+/-0.2Hzくらいを越えて外れると,
いろいろな工場から電力会社に苦情がくるらしい.
したがって,電力会社は,少なくとも59.8Hz~60.2Hzくらいの
間に周波数を制御しなければならないことになる.
(実際は+/-0.1Hz程度にほとんど収まっているとのこと)

電力会社は,系統の発電量はもちろん把握できる.
しかし,負荷電力がどのくらいなのか,
電力会社は測定できないのである.
各顧客の電力計のデータを実時間で集計する
わけにいかないから(送配電系統における損失もあるし).

ではどうするか.
実は周波数を見て発電量を調整するのである.
周波数が高くなれば発電量を減少させ,
低くなれば発電量を増加させる.
それが電力会社の仕事のひとつなのである.

もちろん,実際には本日見学させていただいた
高度なシステムが制御しており,
発電量を増加するにしても,
もっとも経済性が高い発電所を使用したり(ELD),
あるいは応答が速い発電所を使用したり(AFC),
はたまた調整力を残すようにしたり,と
非常に複雑な制御をコンピュータの力を借りながら
実現している.

しかし,時には人間の判断によって,
発電量を直接制御する場合もあるという.
急激な負荷の増加時など,
通常時の制御則では間に合わないときには,
人間が発電量をキーボードから打ち込む.
そうした緊急の場合には
結局は人間の判断なのだ.
これは,

「主権者とは例外状況について決定するものをいう」

というある政治学者の言葉を思い出させる.

働いている現場を見学させていただいたが,
少人数で,こうした大役についている方々の
重責を思うと,とても自分では務められないのではないかと思う.

事故時の復旧訓練のためのシミュレータも
見学させていただき,
まさにここは電力系統の心臓部との印象を持った.

今後の不透明な電力需給状況を思えば,
電力会社の方々のご苦労はさらに重くなると推測されるけれど,
その方々が私たちの生活を支えているのである.
あとは全てをお願いするしかない.

2008年12月12日金曜日

日本の弓術

「武道とは何か」を紹介する
良い文献というのは,なかなかお目にかかれない.

多くの書物が,その武道修行者が
その内部から武道を論じたものになっており,
外部の人にわかりやすく,
しかしその深奥なる核心を
説明できているものとなると,
私も不勉強のためか,数が少ないように感じる.
だからいまだに「猫の妙術」などが
もてはやされるのだろうと思う.

数少ない,そうした書物のひとつに
「日本の弓術」(オイゲン・ヘリゲル,岩波文庫)
挙げられると思う.
昨日,韓国のアーチェリーの名人が紹介された
テレビ番組を見て思い出した.

この本はドイツから来日したひとりの哲学者の視点から,
彼が学んだ日本の弓術についての経験談である.
彼は東北大学で講師として招かれたが,
日本の文化に触れるということで,
自分は弓術を,奥さんは生け花を学んだらしい.
西洋の哲学者らしく,
弓術を論理的に理解しようと努力するが,
弓術の師範からは納得できる説明が得られない.
彼はフラストレーションがたまっていく.
その頃の経験を書物に表しているのだけど,
西洋的な合理主義と東洋的な神秘主義が
ぶつかりあっていて,大変面白い.

彼が就いた弓術の師範は,
近代の弓聖と呼ばれた阿波研造という人である.
ヘリゲルが論理的な説明を求めるのに対し,
自分と的が一体になれば,的を狙わなくても矢が当たる,とか,
意識的に矢を放つのではなく,そのときは自然に訪れるとか,
そんな話を師範はする.
それが全然ヘリゲルは理解できない.

結局,ヘリゲルは行き詰って,もうどうにもならないと
師範に弱音を吐いた.
すると師範は悲しそうな顔をして,
晩に自宅の道場に来るように言う.
ヘリゲルが夜分に道場を訪れると,
真っ暗な道場において,
師範は的の前に蚊取線香をただひとつ点け,
それに向かって2本の矢を静かに放った.
ヘリゲルが的を確かめてみると,
最初の一本は確かに的の真ん中を射抜いており,
次の矢は一本目の筈にあたって,
矢を引き裂いていたのだという.

これを見たヘリゲルは深く感銘を受けて,
その後精進し,帰国する時には
五段を授かったというお話.
このエピソードは大変印象的で,
武道とはなんたるかの一面を表していると思う.

弓術というのは,相手がいなくて
自分自身と向き合うことができる
素晴らしい武術であると思う.
ただ,学生の弓道部などで,
いたずらに矢声を張り上げているのを見ると,
その素晴らしさが本当に伝わっているのか,
かなり不安になるのだけど.

#大変薄い本ですが,ご一読をお勧めします.

2008年12月11日木曜日

弓の名人

今日は,電気系の教職員の交流会である
懇和会の総会,パーティーであった.
同じ電気系に属しているとはいえ,
日頃はあまり話し合うことがない人たちと
種々な会話を楽しむことができ,
有意義であった.
お腹一杯食べたし,
それなりに飲んだことだし.
(今日は,結構ウィスキーのロックを飲んだ)

帰宅してテレビを珍しくつけてみると,
韓国のアーチェリーの名人が紹介されていた.
その名人は,的に既にささった一本の矢にむけて
新たに矢を放ち,それを寸分もたがわず
最初の矢尻に当てたのである.

その技量に感嘆したが,
この映像で2つの話を思い出した.

ひとつは,中島敦の「名人伝」,
もうひとつは,オリゲン・ヘイゲルの「日本の弓術」である.

「名人伝」に描かれる弓術の名人も
的に向かって次々と矢を放つと,
その矢が前に放たれた矢尻を捕らえるために,
全ての矢が地に着くことはないというほどの腕をもっていた.

しかし,それで主人公は満足することはなく,
さらなる仙人のような名人を師として,
ついには弓矢を持たずにモノを射る技術である,
「不射の射」を会得するのである.

しかし,名人となった主人公は,
弓術から離れて暮らすようになり,
最後には弓矢という道具を認識することが
できないほどの境地に達する.

これをHappy Endとすべきか,
(老荘思想における真人の境地と捉えれば)
皮肉な結果とすべきか,
(いくぶん滑稽な結末と捉えれば)
それを判断するのは読者に委ねられるのだけれど,
中島敦の簡潔な漢文風の名文によって綴られたこの物語は,
私の心に強い印象を残している.
本当の名人の境地とは一体どのようなものなのだろうか?

もうひとつ思い出した話である「日本の弓術」についても,
実は語りたいことはいくつかあるのだけれど,
それはまた稿を改めてお話したい.

中島敦で私の好きな作品は,実は孔子と子路の関係を描いた
「弟子」なのであるけれど,これもまたいつか機会を改めて.

#作品名「名人伝」を「名人記」と誤記していましたので,
修正しました.「山月記」と混同しました...

2008年12月10日水曜日

Youtubeで宣伝を

新聞社の経営がたいへんなことになっているらしい.
たぶんテレビ局もそうだろう.
広告による収入が減っているのだと聞く.

確かにそうだ.
周囲の学生に聞いても,
新聞は読んでいない,
テレビは見ていない,という人が多い.
そういう人たちはインターネットが
情報収集の手段となっている.

私も新聞は読むけれど,
ずいぶんとテレビは見なくなった.
広告というのも,自然印象が薄くなる.
テレビのCMでも印象に残っているものは少ない.
そもそも見る時間も少ないのだから仕方がない.
(NHKを見ることが多いし)

こうなると,企業の側もいままでのように
広告枠を購入するということはないだろう.
だって,CMを見ないのだから,
その効果は少ないのは明らかである.
この不況下においては,
ますます企業は広告について考えることになるだろう.

新聞だってそうである.
新聞記事は,だいたいインターネットで済む.
昔は信頼できる,系統だてられた情報源として
活用していたけれど,
最近は社説も怪しいことが書いてあるし,
新聞記事の情報源もインターネットだったりする.
(データの信頼性もネットですぐに調べられるようになった)
私が熱心に読むのは週末の本の批評記事なのだけど,
それだって,信頼できるブロガーの記事を読む方が,
ずっとましなことが書いてあったりする.
(もちろん,素晴らしい批評もあって,
それを参考に本を購入していることも多いのだけど)

新聞内の広告は,よほどのことがなければ目にとめない.
ただ電車通勤ではなくなったので,
紙面の下にある週刊誌の広告だけはよく読む.
(記事のタイトルを見ているだけで面白い)

でも新聞は,近所のスーパーのチラシをもらうために
とっているという家庭も多いのではないだろうか.
こうして考えてみると,新聞の広告の前途も怪しそうである.

結局,新聞やテレビの広告は,今の状況が続くと
この先,あまり明るい未来はなさそうである.

一方,インターネットの広告というのはどうなのだろう.
YoutubeにCMの動画をUPすることによって,
効果はあるのだろうか.
私は意外に大学の宣伝をYoutubeでしたら
効果が高いのではないかと思っている.
高校生向けに.そして中学生向けに.

現在でも公開授業の様子を動画で紹介している大学はある.
講師のいろいろな工夫が見えて,参考にもなる.
進路に迷っている高校生たちには
良い判断材料にはなるだろう.

大学だけに限らずYoutubeで
もっといろいろな宣伝を行ったらどうかと思う.
たとえば学会とか,地域とか.
宣伝だけでなく,レクチャーなんかもいい.
パワーエレクトロニクスなどのTopicsでうまいことはできないだろうか.
現在,Power Electronicsで検索すると
インドのどこかの大学のパワエレの講義が
UPされているのが見つかったが,
初心者向けの動画はなさそうである.
なんとかうまく利用できないだろうか.
なんといっても掲載料は無料だし.

ただ,大学の宣伝はYoutubeだけでは足りないと思う.
それでは学費を負担する受験生の親に情報を届けることができない.
それはそれで別の手段が必要である.
そうなると,やっぱり新聞とかに頼ることになるのかもしれない.


2008年12月9日火曜日

ジョンレノンと,バカボンのパパと

昨日というか,現地時間で今日というか,
とにかく12月8日はジョン・レノンの殺害された日だった.
(もちろん真珠湾攻撃の日でもあるけど)

それは1980年というから,私はまだ中学1年生で,
洋楽もほとんど聴かない頃だった.
しかし,ビートルズの名前くらいは知っていたから,
彼の射殺のニュースは確かに印象に残っている.

高校生になって,誰もがそうであるように,
通過儀礼のようにビートルズの洗礼を受け,
ジョン・レノンの作品にもふれるようになって,
あぁ,こういう人だったのだと,
ずいぶんあとになって
その人の大きさを知ったのだった.

ジョン・レノンの話で好きだったのは,
彼が音楽活動をしばらく休止していた時に,
息子のショーンが友達の家で
"イエロー・サブマリン"を見てきて,
ジョン・レノンに,
「パパは本当にビートルズだったの?」と
尋ねたというもの.
それをきっかけに音楽活動を再開した,
という話だったのだけれど,
残念ながらこれは本当ではないらしい.

でも,そんな話を信じてしまうような
ジョン・レノンの人柄だったのだろうと思う.
彼の残したメッセージは,
今も宝石のように光っている.

彼が殺されたのは40歳だった.
私は,最近誕生日を迎えて41歳となった.
彼に比べ,私はこれまで何をしてきたのだろう.
そう思ってしまう.

そして,41歳と言えば,バカボンのパパである.

「41歳の春だから~♪」

ついつい口ずさんでしまう(笑).
そしてバカボンのパパが叫ぶ.

「これでいいのだ!」

達観である.素晴らしい.
私はとてもこのような
言葉を語ることはできない.

こんな41歳の私は,今後何ができるのだろう.
やっぱり,この時期,少し焦りを感じるのである.

2008年12月8日月曜日

春風に吹かれたように

私の好きな偉人のひとりに
山岡鉄舟がいる.

合氣道をご指導いただいている先生方が
一九会にゆかりの深いこともあって,
学生の頃は伝記なども読んでみた.

その業績はもちろん素晴らしいものだけれど,
私がもっとも好きなエピソードは,
山岡鉄舟は近くにいるだけで
ずいぶんと気持ちが良くなってしまうという
魅力をもつ人だったという話である.

鉄舟はときに厳格で怖いところもあったらしいけど,
そんな厳しい話をしていても,
近くにいるだけで弟子たちは
まるで春風に吹かれたように気持ちが良くなって
しまったらしい.

ふと,先日の合氣道部40周年記念祝賀会に参加し,
師範や先輩にお会いしたときに,
そんなことを思い出した.

そんな魅力をもつ人は確かにいるのである.

2008年12月5日金曜日

雨の日と月曜日は

基本的に雨は好きである.
どうも私の性格は浮ついているので,
(躁病ではないかと言われるくらいに.
実際は普通です.性格です)
自然と落ち着くことができる
しっとりとした雨の日は,
自分自身もほっとすることができる.
そんな内省的な一日は貴重である.

The Carpentersの歌に,
"Rainy Days and Mondays"という歌があるけれど,
どちらも私は全然鬱になんてならない.
むしろ雨の日は,気分が良いくらいである.
もともとクライ性格なのだろうと自分では思っている.
(月曜日の方は確かにしんどいと思うときがあるけれど)

私は一日中おしゃべりをしているように
思われがちだけど,
実際は一人でいるのもずいぶん好きである.
学生時代は,人と会わなくていい週末などは,
まる2日くらいは誰とも話をせずにいた.
駒沢公園で寝転んで本を読んだり,
酒を飲みながらビデオを見たり,
そんな時間が今ではとても素敵に思える.
もっとも学生時代は山に数か月くらい
籠って修行するのが夢だったから(笑),
もっと一人の時間が欲しかったのだけれど.

今は家族もいるから,
一人で過ごす時間は少ない.
それでも,一日のうち少しでもいいから
ひとりの時間を持ちたいと思う.
空白の時間こそ,最も貴重なものである.
ダライラマも言っていたと思う.
一日に,ひとりでいる時間を作れと.

こうして考えると,うちの奥さんには
大変申し訳なく感じる.
週末くらい,子どもの面倒をみなければ.

#ただ雨の日の渋滞は本当に困る.
今日は通勤時間がいつもよりも40分以上も長かった.


2008年12月4日木曜日

クラシック音楽ファンですが...

先日,このブログを読んでいただいている方から,
「クラシック音楽がお好きなんですか」と
尋ねられ,素直に「そうです」,と
答えることができなかった.
どうも気恥かしい.

私は,どんな音楽でもこだわりなく聴くのだけれど,
確かに所有しているCDの数は,
クラシックが圧倒的に多い.
でも,なにか「クラシック」というと
難しくて,お上品ぶっている
印象が少なからずある.
そんな風に思われるのが,ちょっと嫌なのである.

でも,私は,楽器は全然できないし,
楽譜も読めない.
単純に,ただ聴くだけのファンである.
だから,高尚ということでは全くない.

確かにクラシックというのは,
複雑な作曲技法が使われており,
それらを理解して曲を聴くことができたら
どんなに素晴らしいだろうかと思う.
作曲者の意図がより深く理解できるだろうに.

例えば,バッハのマタイ受難曲.
楽譜を見ると,バッハを表すB, A, C, Hの
音がちょうど十字架の中に埋め込まれているのだ
そうである.
そんなの単に聴いているだけからは,
全く想像もできない.
しかし,バッハがその曲に託した思いは
そうした話を知ることによって,
さらに身近に感じることができる.
やはり,楽譜は読めた方がよいのである.

でも私は,今後も楽譜を勉強しようなどとは
あまり思っていない.
(実は昔,いくつかの音楽理論の本を
購入したのだけれど,まともに読んではいない)
まぁ,そんなことをしなくても十分に曲を
楽しんでいると思っているから.

昨晩,車の中で聴いたヘンデルのメサイア.
ピノックの手による上品で清潔なこの演奏に,
心も軽くなり,うっとりとした.
今のところはそれで十分なのである.
楽譜を勉強するのは,また時間ができてから
ということにしよう(一体いつだ!).

しかし,理解が浅いという後ろめたさは残る.
それが,素直にクラシックファンですと
答えることができない,
ひとつの理由になっているのは確かである.
しかし,作曲者たちはそこまで聴衆に
理解してくれることを期待していたのだろうか.

2008年12月3日水曜日

上野にて

先週の土曜日の話.
東工大に向かう前に,上野に寄った.
フェルメール展かレオナール・フジタ(藤田嗣治)展が
目当てだったのだけれど,
会期終了も近い週末,土曜日の昼ごろとあっては,
ひどい混雑で,どちらの展示会もあきらめることになった.
どこかの小説の主人公ではないけれど,
「やれやれ」と一言いう(笑).

仕方がないので,精養軒で昼食をとる.
ここで夏目漱石の「こころ」を読みながら
(残念ながら,現在読んでいるのは「三四郎」ではなかった)
ゆっくりと休もうか,と思ったのだけれど,
大変な混雑にうんざり.
文豪ゆかりの地というのでクラシックな雰囲気を
期待したのだけれど,
まぁ,昼時なので仕方がないという感じ.
今度,また空いているときにゆっくりしよう.

さて,ランチもそこそこに上野公園を歩くことにする.
精養軒前にある寛永寺の
大仏(といっても今は顔だけ)とパゴタに驚く.
遠くから見るとパゴタは,高圧トランスのように見える.
屋根の水煙みたいなものが,まるでブッシングだ.
中には,薬師如来,日光,月光菩薩が祭られているのだけど,
どこか電気的な感じ(笑).
ビリビリとご利益あるかも.

不忍池の周りを歩くと,いろいろなものがあって面白い.
実は結構な観光名所なのかもしれない.
今回は,東照宮を観た.
上野に東照宮があるなんて初めて知ったのだけれど,
日光と同様,左甚五郎作の竜の彫物があったり,
また建築時は極彩色であったろう装飾があったりして,
やはりそれは東照宮なのである.
もちろん,祭られているのは家康なのだけど,
その他に,吉宗,慶喜も祭られている.
本堂の内部も見ることができ,
獅子の壁画や鳳凰の彫刻などを見ているうちに
あっという間に時間が過ぎてしまった.
300年以上も前の建物なのだけど,
むしろ装飾はモダンな感じがした.

公園をまた駅の方に歩いていくと,
地方の物産展が開かれていた.
新潟の中越地方のものだった.
あの地震以来,暗いニュースばかりが続いていたのだけれど,
来年のNHKの大河ドラマが長岡市ゆかりの直江兼続が
主人公だということで,催されたらしい.

実は私は,長岡市に3歳から小学校4年生まで
暮らしていたので,ついつい懐かしくて
ふらふらと近づいていってしまった.
私の両親の出身も長岡市周辺の町だから,
寺泊,与板などのテントにも親近感を覚える.
地酒が売られていて,喉がゴクリとなったけれど,
じっと我慢.
あぁ,でも飲みたかったなぁ.

直江兼続はよく知らないけれど,
同じく紹介されていた河井継之助と小林虎三郎ならば
知っている.
長岡市では小学校3~4年生で
ふたりのことは郷里の偉人として良く学ぶのだ.

河井継之助といえば,司馬遼太郎の「峠」でも有名な,
幕末の越後長岡に軍事中立国家の建設を
夢見た男である.
この話をすると長くなるので,それはまた次の機会に.

小林虎三郎は,河井が破れて長岡が貧困に
あえいでいるときに,支家から送られた百表の米を,
建設していた学校のための教材購入などにあて,
長岡の復興の基礎を作った人である.
これは「米百俵」の話として知られる.

この二人の紹介パンフレットを読んで気づいたのは,
小林は51歳で,河合は42歳で亡くなっているということ.
若くして逝っているが,ふたりは自分の本分を全うしている.
振り返って自分を思う.
私は何をしてきたのだろうか.
いつもこの時期,それを思い,少し焦るのである.



2008年12月2日火曜日

懐かしいモードが

先週の土曜日は,東京工業大学を訪れた.
私が大学時代所属していた
合氣道部の40周年記念演武会が目的である.

18歳のときに合氣道に出会った.
高校時代は空手をやっていたので,
大学の空手道部を訪ねてみると,
すでに新入生説明は終了していて,
「空手道部はどこですか」,と尋ねた相手が
合氣道部の先輩だったのである.
「まぁ,まぁ」とうまく言いくるめられて,
食事をおごってもらったのが運のつき.
部の見学をすることになって,
道着を着せられて,
受け身などを習って...
そして,そのまま部員となった.

3年間の現役活動ののち,
6年間(!) OBとして足繁く稽古に通った.
(後輩のみなさん,ご迷惑をおかけしました)
就職してからも,水戸,栃木,吹田と
なんとか稽古を続ける環境に恵まれている.
もう23年近く稽古していることになる.

演武会は現役の部員のみなさんが,
元気溌剌とした技を披露されていた.
特に1年生の技量の高さに驚いた.
まだたかだか半年しか稽古していないはずなのに,
まずは技の格好がついている.
私の頃と違って,優秀な部員ばかりなのだろう.

3年生の落ち着いた演武のあとは,
私が入学以来,ご指導いただいていた
O先生の演武 杖投げ が披露された.
3年生の主将が受けということもあって,
100%の出力というわけではないと思われたけれど,
それでも見ているこちらの姿勢が正しくなるような,
素晴らしい演武だった.
久しぶりに身体がゾクゾク,ワクワクする経験だった.

演武会の後は,目黒の香港園に会場を移して,
記念祝賀会.
O先生も今年還暦をお迎えになったそうで
(全然,そんな風には見えないけれど)
併せてお祝いをする.

100名程度の参加があったという.
さすが40周年.伝統を感じる.
名札をみると,私は第20代であった.
ちょうど半分である.
20年も昔のことになる.
会では,過去の写真がデジタル化され,
プロジェクタで紹介された.
恥ずかしながら「青い」私の姿も映し出された.
一緒に,私が1年生だったときに主将だった
H先輩と見ていたら,学生時代のような錯覚をした.
お互い,少し白髪が増えてしまったけれど,
顔を見合わせれば20年前に戻る.
頭の中に,あの頃のモードが立ち上がる.
なにか身体の中も変わってしまったようだ.

帰りの新幹線の中もずっとその余韻があった.
この記事を書いている今でさえまだ残っている.
あのときにまた私も少し変ったのであろう.
懐かしいモードが立ち上がり,
新しい私がまた始まっている.
(まぁ,単に稽古がやりたくなった
というだけかもしれないけれど)

2008年12月1日月曜日

転地療法

先週の金曜日は,日本原子力研究開発機構
核融合研究所に行く.
退職してからというもの,足を踏み入れたことがなかった.
約4年半ぶりの訪問である.

久しぶりに訪れる研究所は,
見た目は変わっていないようでいて,
その実,ずいぶんと雰囲気が変わっているように感じた.
昔からある建物はそのままなのだけれど,
中に居る人が変わっている.
いや,人が変わったのではなく,
その人たちの外見が変わったということなのだろう.

自分の顔は毎日見ている.
だから変化に気付きにくい.
研究所の一部の方々とは,委員会などでお会いしている.
だから,そうした人たちから感じる違和感は少ない.
しかし,本当に4年半ぶりにお会いした人々というのは,
変わっていないようでいて,
どこか別の人のような印象を持ってしまう.
外見のせいかもしれないけれど,
どこか中身も変わっているような,そんな気がするのは,
私の退職してしまったという立場のせいだろうか.
(しかし,本当に変わらない人というのもいることはいる)

日本の核融合のフラッグシップマシンである
JT-60の制御棟では,現在改造に向けた準備が
着々と進められていた.
そうした雰囲気が,どの部屋からも漂っている.
今回は,JT-60の電源・制御グループ,
超伝導グループのみなさんにご対応いただいた.
また,ITERの超伝導磁石グループの方にも
見学等でお世話になった.
本当にありがとうございました.

所内を歩いていると
これまで空き地だった敷地に,
新しいコイルの巻線棟の建設準備が進められていたり,
直線600 mを越える超伝導コイル導体の製作ラインの
整備が進められていたりするのを
目にすることが出来て,
JT-60改造に向けた推進力を感じた.

もちろん,実際に携わっている方々のご苦労は
大変なものなのだろうと想像されるけど,
しかし,前進することが大切なのだ.
前進する以外になにがあるのだろうか.

あちらこちらで,プロジェクト以外の
なかなか興味深いお話も聞けて,
大変勉強になった.
その一方で,私も頑張ろうという思いを
強くもつことになった.
私はもはや外部者となってしまったけれど,
プロジェクトのご成功を心よりお祈りしております.

その日の夕方は,前職場の同期の友人と
水戸の居酒屋で食事を一緒にした.
いやぁ,楽しかったなぁ.
仕事の話はほとんどしなかった(笑).

彼のHappy Newsをネタに,
思春期における経験の忘却の意味,とか,
過去の経験のリフレーミングと他人とのその共有の意味,とか,
なんだかわけのわからないことをずっと話していた.
やはり年代が一緒というのは,
思春期や学生時代の共通の時代背景を持つだけに,
話が通じやすい.
同じ年代に,同じ事柄を,違う場所で経験している.
それは実は大事なことなのだとしみじみ思う.

ホテルに帰ってゆっくりと寝た.
気づいてみると,あれほど悩まされていた咳が
ずいぶんと出なくなっている.
「転地療法」というべきか.
日常を離れることによって,
知らず知らずのうちに影響を受けている
社会・周囲の重力から解放されるということらしい.
治癒力がアップするのだろう.

今回の出張は,仕事にも健康にも有用な
転地療法となったらしい.