2009年9月30日水曜日

JCO臨界事故に思うこと(1)

先週土曜日の夜に帰国した.
いろいろと忙しく,ブログを書く余裕がなかった.
サンノゼの交通事情や,往復の飛行機の中で観た
映画の話など,いろいろ記録にとどめておきたいことも
あるけれど,今日は別の話.
10年前のことだけれど,記憶が残っているうちに,
少しずつこの話を書き留めておこうと思う.

10年前の今日,東海村の株式会社JCOの
核燃料加工施設において臨界事故が発生した.
いま,この事故について学生に聞いても知っている人は稀である.
しかし,私はそのとき,JCOの隣の建物にいた.
(隣といっても何kmも離れていたのだけれど)

その日のことはよく覚えている.
当時私は,日本原子力研究所 那珂研究所に
勤務していた.
職場のテレビは昼休み,
いつも13:00のNHKのニュースを
見てから消されることになっていた.
そのニュースで,茨城県の東海村のJCOという
会社の核燃料施設で事故が発生し,
作業員が病院に運ばれたとの情報が流れた.
その作業員は「青い光を見た」といったという.

私はこのニュースを聴いて,上司に
「青い光って,まさかチェレンコフ光じゃぁ,ないでしょうね.
けど,青色が出る炎色反応って,なんなんでしょう?」
と言ったことを今でも忘れない.
事実は,本当に臨界反応が起きて,
チェレンコフ光が発生したのであった.

しかし,私はこれが大きな事件になることなど,
予想もせず,まずはJCOという会社がどこにあるのか,
ネットで調べた.
そしてなんと,JCOは隣の敷地に建っているということが
明らかになったのである.

事故発生は11:00頃.
12:30には東海村が避難の案内を始めていたというから,
私は全然知らずにいたことになる.
またJCOと研究所の間にはグラウンドがあって,
多くの職員がサッカーなどを楽しんでいた.
彼らもまったくその事実を知らなかった.

しかし,私がいた職場も一種の原子力施設である.
核融合の研究所だったので,放射能レベルは大変低く,
日頃は実験装置の内部に入ろうとしない限り
放射能の危険など考えもしないようなレベルであったけれど,
それでも万が一のことを考えて,放射能のセンサは
研究所の敷地に設置してあり,高いレベルの放射能が
検出された場合には警報が発せられるはずである.
それが鳴っていない.
実際は,私たちの研究所においては,
放射能のレベルとしては低いものだったのである.
(もちろん,事故現場にいた方々は多大な被ばくを
されたわけだが)

だから私は安心して,そのまま仕事を続けた.
ただつけっぱなしにされたテレビからは
ショッキングなニュースが次々と流されていた.
そのうち,JCOの設備の建屋の屋根が爆発で
吹き飛んだ,などという情報もテレビで流された.
それを聞いて私などは,JCOの建屋を見に
廊下に出て行ったものである.
実際にはそんな事実は全くなかった.

当日は木曜日だったと思うのだけれど,
そのまま水戸に合気道の稽古に行ったことも覚えている.
テレビで流される情報と現場との
あまりの違いの大きさにあきれていた.
そしてメディアのいいかげんさと横暴ぶりにも.

このときのメディアの対応については,
いろいろ腹の立つことも多く,考えることもある.
それも近いうちにまとめたい.
とにかく,それ以降,ますます私は
テレビや新聞を疑うようになってしまった.
その後起こった風評被害を起こした犯人のひとりは
間違いなくメディアなのだと私は思っている.
そうした話はまた機会をあらためて.

今日はこのくらいにしておきます.



2009年9月25日金曜日

サンノゼにおける蹉跌

本日,国際会議ECCE2009における
私の発表があった.
Oralだったので,英語で
20分間の発表と5分間の質疑応答を行う.

昨年は発表に失敗した(と思っている)ので,
今年こそと心に決めていたのだけれど,
結果は今年もあんまりぱっとしない感じ.
コメントが2件あったのはいいのだけれど,
あまり技術的なことは尋ねられなかった.
もっと発表を工夫した方が良かったか?
それとも英語能力が足りないのか?
たぶんどちらもそのとおりなのだろう.

確かにスラスラと英語が出てくるという
能力があったら大変素晴らしいと思うけれど,
研究発表は,発表の流暢さよりも
その中身だと思っている.
基本的には,発表のロジックさえちゃんとしていれば,
理解してもらえるはずである.
たとえそれが中学生英語で話されていたとしても.
(もちろんそんな英語を話していると恥ずかしいけど)

そのロジックの組み立て方に,
研究者としてのセンスが表れるのだと思う.
私にはそのセンスが足りないのだろうか.
なんかすごく傷ついた.
帰国したら反省会をひとり開こう.
次のステップを踏み出すには,
まず現状の問題の把握である.
ハァ...(ため息)
昨年は"オイストラフの哲学"とか言っていたけれど,
今年はもうちょっと自分に対する分析をしてみよう.
まずは休息が必要だけれど.

#ECCE2009で,東京工業大学名誉教授の
深尾正先生の,"IEEE William E. Newell Power
Electronics Award"の授賞式が行われた.
私が学生だったころ,先生には電気機器を教わった.
まぁ,博士論文の審査も行っていただいたけれど,
卒業してからも,いろいろな機会にためになるお話を
聞かせていただいている.
深尾先生は,研究にはストーリーが必要だと
おっしゃっている.
その教えは,今もずっと大切にしている(つもりです).

2009年9月23日水曜日

ANGUS THIRD POUNDER

サンノゼに到着したその夕方には,
国際会議ECCE2009のReceptionがあった.
一応顔を出す.
といっても,One Drinkのチケットしかないので,
ビールを一本飲んで,いくつかのつまみと
プリッツを食べて退散する.

因みにビールはSamuel Adams.
村上春樹の「やがて悲しき哀しき外国語」だったろうか.
アメリカでバドワイザーとかを飲むと,
ちょっと格下に見られるというような話が出ていて,
(プリンストンでのスノッビズムの話題だったと思う)
いつか飲んでみたかったのである.
味は...バドワイザーよりは味が濃いというくらいにしか
違いがわからなかったけど.

さて,会場をあとにすると急激にお腹がすいてきた.
やはりビールは食欲を刺激するらしい.
会場のつまみくらいでは空腹を満たせない.
なにかガッツリと肉系が食べたくなって,
近くのマクドナルドへ出かける.
日本のマクドナルドでは,確か現在,
日本でしか食べられらないメニューがCMで
盛んに宣伝されていたと思うのだけれど,
アメリカでしか食べられないメニューを
お目当てに行ったのである.

そこで見つけたのが
"Angus Third Pounder."

Angusというのは,あとで調べてみると
牛の種類らしい.
Third Pounderという位なので,
やはり大きい.
それを見て満足して,ベーコンが挟まっている
種類を選ぶ.
そのほかには,デラックスという野菜一杯のものや
スイスチーズが挟まったものがあった.
7ドルくらいで持ち帰る.
もちろん飲み物は,日本で言うところの
ラージサイズである.
ポテトにケチャップもつけてもらった.

ホテルの部屋でゆっくりと食べる.
正直,とびきりうまいという印象はなかったが
(まぁ,所詮はマクドナルドなので)
ボリューム的には十分満足のいくものであった.
しかし,アメリカ人は本当にこんなものを
普通の人が食べることができるのかと思う.
やはり量が違う.
食べるにも体力だ.
日本人はやはりアメリカ人に体力負けしてしまいそう.
こうした食文化の違いから,いろんなところで
差がつくのだろうと,なにかしみじみ実感した.

このときはさすがにビールは控えた.
フライトで睡眠不足だったのである.
(機内では4時間くらいは寝たのだけれど)
腹の皮つっぱれば,まぶたが重くなる,
の言葉の通り,シャワーのあとに
ベッドにもぐりこんで,ゆっくり9時間は寝たのである.

サンフランシスコからサンノゼへ

9月20日に関西国際空港を出発して,
9月20日にサンノゼに到着した.
もちろん,日付変更線を越えたから
同じ日付に到着することができたのだけれど,
まぁ,この1日の得は帰国時に使うことになるのだ.
その上,サマータイムもあって結局
時刻が日本とどれだけ違うのか良くわからない.

フライトはユナイテッドの
関空-サンフランシスコ直行便.
どうもサンノゼへの直行便はないらしい.
またサンフランシスコへの直行便も
ユナイテッドだけのようである.

関西国際空港は17:10発で,
サンフランシスコ空港には10:50に着いた.
9時間40分の飛行時間だった.
結局サンフランシスコと日本とでは,
16時間の時差があるということらしい.

サンフランシスコからは,交通代を節約するために
陸路で行くことにした.それも鉄道を使った.
空港のインフォメーションのおじさんには,
Door-To-Door Vanを使った方がよいと進められたけど,
結構な値段がするので,鉄道にしたのである.

鉄道では,BARTからCALTRAINに乗り換える必要がある.
まずサンフランシスコ空港からMillbraeまで
BARTという鉄道で行かなければならない.
空港のインフォメーションのおじさんは,
まずSan Brunoまで行って,同じプラットホームに
到着する反対方向行きの鉄道に乗り換えろ,
と言われたのだけれど,これがいい加減な情報で,
それはWeekdayの道順らしい.
当日は日曜日だったから,Millbraeまで
直通便がちゃんと出ていた.
それに気づいて間違わずに乗車する.
たった一駅,5分ほどの乗車だったけれど,
チケットは4ドルもした.
かなり高い.

Millbrae駅でのCALTRAINの乗り換えは
非常に便利が良く,ただプラットホームを
移るだけである.
ただ4番と5番のCALTRAINのホームのうち,
どちらがSan Jose行きなのか理解するのに
時間がかかってしまった.
とはいえ,1時間に1本くらいの運行なので,
時間は十分にあったけれど.
結局5番がSan Jose行きだった.
ホームで,M工大学長のM先生とK先生にお会いする.
同じ会議で同じホテルということで
同行させていただく.

CALTRAINのSANTA CLARA駅までは6ドル.
(料金はゾーン制で,Millbrae駅のあるゾーン2から
SANTA CLARA駅のあるゾーン6までの料金)
約50分の道のりである.
これが2階建てのディーゼル車で,
思わず「でかい」とつぶやくほどの汽車であり,
その割りに車内は非常に狭い.
通路はスーツケースがやっと通れるほどの広さである.
途中,コワモテの乗車員がチケットを確認に来る.
チケットには乗ったゾーンと降りるゾーン,
そしてチケット有効時間(購入時から4時間)が
大きく書かれていて,それをちらりと見せるだけでよい.
同じ車両の2階に座っていた女の子がチケットを
持っていなくて(別の時間に購入したチケットを
持っていたけど),駅員に怒られていた.
無賃乗車はいけないよなぁ...

SANTA CLARAの駅に降りると,
とにかく陽射しが暑いのに気づく.
日なたに5分もスーツケースを置いておくと,
手も当てられないくらいに熱くなる.
湿度が低いので,体感は爽やかだけれど,
これは日焼けしてしまうから注意が必要かも.

SANTA CLARAからはVTAのバス#10に乗れば,
サンノゼ国際空港までは無料で行ける.
私の目的地のDouble Tree Hotelの近くにも
この#10のバスは巡回してくれるので,
無料でホテルまで辿り着くことができる.
結局サンフランシスコ空港から2時間位は
かかったけれど,10ドルで済んだ.
スムースに移動が済んで,ホッとする.
(VTAの通常の料金は1.75ドルだが,
10月1日から2ドルに値上がり予定とのこと)

途中の車窓から見た街並みは
高級住宅街という雰囲気.
汽車には学生が多く乗車していたけれど,
スタンフォード大学を始めとして,
多くの大学があるのだろう.
住みやすそうな街である.
一年を通じて天候もいいし(晴天日が300日!),
夏は涼しく,冬は暖かい気候だという.
まぁ,家賃は高いのだろうけど...

空港近くはビジネス街で,Deliショップは
土日はほとんど休み.
なんとかガススタンドのショップを見つけて
ミネラルウォーターと翌日の朝食のパンを購入.

そんなこんなで,ホテルの部屋にようやく到着.
初日は会議のReception Partyに一応顔を出す.

その後の話は,また別に.

2009年9月22日火曜日

ECCE2009, San Jose

アメリカ,サンノゼ(San Jose)に来ている.
パワーエレクトロニクスに関する国際会議
参加するためである.

これは昨年まで,IEEEのPESCと
IASのAnnual Meetingとして別々に開かれていた
国際会議をMergeして開催するものになったものである.
だから今年が第1回目.
どのような会議になるのか興味津々である.

今回は会議の登録者が760人程度,
展示は25件とのことである.
意外に少ないような気がする.
もっと参加者が1000人を越えるような
大きな会議になるかと思っていたのだけれど.
まぁ,以前の会議が大きくなりすぎたので,
このくらいの参加者に抑えようという意図が
あるのかもしれない.

このブログを書いている時点で,
まだ初めのPlenary Sessionが終了したところである.
最初の講演者はTesla Motors
創始者Martin Eberhard氏であった.
電気自動車が抱える問題と将来のヴィジョンを
非常に楽しく紹介する講演で,
会場からは笑いが何度もこぼれていた.

「電気自動車にはイメージが必要だ」
(プリウスもいいけれど,やはり私たちは
ポルシェも欲しい."Porshius"(画面では
プリウスの前半分とポルシェの後半分をくっつけた
車の合成写真)みたいな自動車はできないものか.
ポルシェの写真には水着の女性が車に付き添って,
プリウスの写真にはダサい男性が写っていた.
確かに,そんなイメージかも.
プリウスのウリは,
"I am a better person than you!"
というイメージだそうだ...(笑))

「車のクラッシュは,ソフトウェアの
クラッシュとは大きく違う」
(シリコンバレーの開発の事例を挙げて,
自動車もスマートに行きたいが,自動車と
ソフトウェアでは大きく違うのだという話.
車のクラッシュでは人が死ぬが,
ソフトウェアのクラッシュでは人は死なない)

その他,「バッテリに関わる課題」など,
技術的な話もあったのだけれど,
政治的な背景もあっていろいろ話題も豊富で,
会場からも多くの質問が出た.

「なぜテスラの自動車は永久磁石式モータではなく
誘導電動機を使用しているのか」という質問には,
「確かに永久磁石式は定格出力時の効率も良いし,
制御も簡単だけれど,誘導機は広いレンジでそこそこの
効率が出せる.そして何よりも永久磁石の材料の
ネオジウムは中国が主要な産出国であり,彼らに
永久磁石の市場を握られていてはだめだと思うので
永久磁石は使用したくない」と答えていた.
思わず会場の一部から拍手が出る.
しかし今回の会議では,中国の研究者も大変多く
参加しているので会場は微妙な雰囲気に...
やはり私たちは政治や経済から離れては
研究できないということを改めて感じた.

二人目のPlenary Sessionの講演者は
Daniel M. Kammen教授.
低炭素社会の実現に関する講演.
彼はカリフォルニア大学バークレーの教授であるとともに,
ノーベル賞を受賞したIPCCのChairでもあったそうである.
今はDiscovery Channelのホストも務めているのだとか.
彼の講演は,日本ではおなじみのCO2削減は急務であると
いう話だったけれど,アメリカでの取り組みの紹介において
オバマ大統領の政策により,今後CO2排出量が激減する
予想図が示されたが,あまりの変わりように驚いた.
とにかく,これからしばらくはアメリカと中国の動向が
CO2問題についてはキーとなると何度も繰り返していた.

電気自動車と低炭素社会.
この二つは互いに強く関連しあっていて,
今後のパワーエレクトロニクス分野にとって,
ずっと重要なトピックになっていくのだろう.
だからこそ,この第1回目のECCEのPlenary Sessionに
選ばれたのである.
何年か後になっても,このPleanry Sessionは
話題になっているかもしれない.

2009年9月19日土曜日

P. マーロウ,工藤俊作,濱マイク,そして仮面ライダーWへと続く系譜

うぅっ,今日も朝から仕事に来ている.
明日からはアメリカに出張である.
さすがに家族に後ろめたい気がする.
本当にごめんなさいと思う.
いつか償いはしたいと思う.
(と,いつも思うのだけれど,
その暇さえないが)

出張前ということで,少しお気楽な話を.
最近,新しい仮面ライダーシリーズを見ている.
仮面ライダーW.
Double というところがミソで
性格や才能が異なる二人の男が
一人の仮面ライダーに変身するのである.
今回のガジェットはUSBメモリのような
ガイアスティック.
これを二つベルトにさして変身する.
ここらへんは,おもちゃとして売れるかどうかは
微妙なところだと思う.
(単純にベルトの風車が光って回る方が
かっこいい気がする)

さて,今回の仮面ライダーのどこが
気になっているかというと,
主人公が探偵だということである.
ハードボイルドを目指したハーフボイルドという
ことなのだけれど,その舞台設定は
ちゃんと探偵である.

探偵事務所はどうもビリヤード場の
2階にあるらしく,
少し雑多ではあるが,自分の個性に
染め上げられた部屋の机に
主人公は座っているのである.

アメリカンな着こなしと帽子.
そして雑然とした部屋.
なんというか,松田優作主演の
「探偵物語」の工藤俊作を思い出させる.

今回の主人公もはっきりとハードボイルドに
憧れていると言っていて,
部屋の本棚には,村上春樹訳の
ペーパーバックの「Long Goodbye」がおいてあった.

この「Long Goodbye」というのが,
私も大好きで,読み終わるのが惜しいと
最後の方はゆっくり,ゆっくり読み進めていたくらいの
面白い作品なのだが,
この素晴らしい大人の男のおとぎ話については
また機会をあらためて書きたい.
しかし,フィリップ・マーロウがやはり原点なのだと
思い起こさせられる.

2階が探偵事務所といえば,永瀬正敏主演の
「濱マイクシリーズ」をすぐに思い出す.
今は無き横浜日劇の2階に居を構えていた.
あれ,これは映画版だけだっけ?
映画が3本製作され(監督:林海象.彼はまた
探偵事務所5シリーズも撮っている),
すべて渋谷のパルコかなんかで見たような覚えがある.
研究室の女の子はわざわざ横浜日劇まで
観に行ったって言っていたっけ.
テレビシリーズも少し大人になったマイクが描かれていて
それはそれで大変面白かったのだけれど,
映画はまだませたガキという感じがして,
これがまた今回の仮面ライダーの主人公を思わせる.

一体全体,私はこの系譜につながる
探偵という職業がどうも好きらしい.
それもハードボイルドな.
彼らの少し皮肉めいたセリフが
私のこのひねくれた性格に良く合うらしいのである.
ただ私のセリフは単なる皮肉にしか聞こえず,
彼らハードボイルド探偵のセリフは
洒落た大人の会話に聞こえるのはいったい
どういうことだろう.
いつか,詳しく考えてみたい.

ということで,これからしばらくは新しい仮面ライダーに
注目していく.
探偵として愛する街を守るというのも,
これまたハードボイルドの設定なのだけれど,
このまちは「風都」という,
いたるところに風車が回っている
架空の都市なのである.
またそれが,私のパワエレ心をくすぐるのである.

2009年9月18日金曜日

新宿という街

昨日は,早稲田大学で開かれていた
電力技術・電力システム技術合同研究会に
参加してきた.
研究会は火曜日から開催されていたけれど,
残念ながら私は昨日だけの参加となった.

私が参加したのはパワーエレクトロニクスのセッション.
分散電源の大量導入などを間近に控えて,
パワーエレクトロニクス技術への期待は
ますます高まっているけれど,残念ながら
セッションへの参加人数はそれほど多くはなかった.
(もちろん,参加した方々は積極的に議論に
加わっていただいて,それはそれで良かったのだけれど)

最近,電気学会の電力・エネルギー部門大会や
全国大会でもFACTSと呼ばれる送配電システムへの
パワーエレクトロニクス応用のセッションへの
参加者がちょっと減っているような気がしていた.
太陽光発電や風力発電の発表は盛況なので,
そちらにパワーエレクトロニクスの技術者が
移行しているのだろうか.
いずれにしろ,どちらの応用についても今後も
ずっと注目が集まるのだから,私としても
どちらの分野もWatchしていきたい.

さて,早稲田ということで,前日の夜は新宿に宿泊した.
本当に久しぶりの新宿であった.
少なくとも6,7年ぶりである(ひょっとすると10年以上ぶりかも).

実は学生で東京に住んでいた頃から,
新宿という町はどうも好きになれなかった.
その頃はいまよりもずっとゴチャゴチャしていたし,
街は汚く臭かったし,そして危険も多かったから.

今回,西口周辺を歩いてみたけれど,
どうも昔よりもきれいになっているみたいだった.
相変わらずいろんな人がいろんな恰好をして街を歩いている.
活気は十分に感じられた.

今回新宿で特に気になったこと.

ひとつは噂に違わずラーメン激戦区であったこと.
ホテルに行く途中,道に面して3軒ラーメン屋が
隣り合って並んでいた.
よくつぶれないものである.
そこから10mを行かないところには,有名な「武蔵」などが
あるのだから,これで店がつぶれないというのであれば,
どれだけの人が東京ではラーメンを食べるのか,と
首をかしげたくなる.
また,東京はつけ麺屋が多い.
関西はそういえばつけ麺屋が少ないような気がする.
今回の出張でも,研究会終了後学生と
高田馬場周辺のつけ麺屋で昼食をとった.
とにかく大盛であったけれど,ひさしぶりに
魚介系のダシのたれの味と
ちぢれ太麺ののどごしを堪能し,
十分満足した.

気になったことふたつめは,
不思議系な人の存在である.
新宿西口の駅の柱の下に,若い女性が首から
紙の看板を下げてじっと立っている.
肩まで伸びた黒い髪.
歳の頃は20代半ばか前半か.
いや,見た目よりも歳は上かもしれない...
その人の目線はずっと斜め下から動かない.
服装は,清潔そうな白いブラウスにグレイのスカート.
それだけみれば,一見目立たない女性なのである.
不思議に思って首から下げた看板を見てみると
「私の志集 三〇〇円」と書いてある.
彼女は自分の詩集を売っているようなのである.
ピクリとも動かないその女性が
どんな詩を書いているのか,大変興味深かったのだけれど,
そのときは大きな荷物を抱えて急いでいたために,
購入の機会を逃してしまった.
しかし,いまだに少し気になる.
彼女はその「志集」を売ってどうしようというのだろう.
その理由も気になる.

こうした人はときどき街で見かけるけれど,
話しかけてみたいような,それが少し怖いような,
微妙なところではある.
ストリートミュージシャンも含めて
街にはいろんな人がいていいと思う.
そしてそういう人が多く集まる新宿は
それだけでも魅力があると思った.
まぁ,少し新宿も今回のことで見直したなぁ.
機会があれば,ゆっくりと街をぶらついてみたいものである.

2009年9月16日水曜日

雑務は掃除とおなじ

少し,ヘタっている.
なかなかにして忙しい.
先週の金曜日から,いろいろミーティングや,
複数の大学による合同ゼミなどがあって,
火曜日から机に戻ってきたけれど,
仕事が山積であった.

少しずつ処理してはいるのだけれど,
今日はこれから東京へ行かなければならない.
今週末からはアメリカ出張である.
準備は全然できていない.
時間はなかなかとれないものである.

今朝出勤時にふと思いついた.
仕事の雑務は,家事の掃除と一緒なのだと.

掃除は一回やったら終わりというものではない.
日々家は汚れていき,
それに対処していかなければ,
家の中はたいへんなことになってしまう.
毎日いつかは汚れると分かっていても,
やらなければならない仕事である.

一方,雑務もなくなることなんてありえない.
すべてが片付いて,さぁ,100%研究しよう!と
いうことはあり得ないのである.
そして毎日雑務は増えていく.
雑務を行って評価されることはないが,
それを行わなければたいへんなことになってしまう.
対策はただ一つ,毎日少しずつ行うことである.
掃除と一緒である.

ただし,掃除にも短時間で終えることのできる
「やり方」があるように,
雑務の処理にも「やり方」があるはずである.
これについては十分に考えることが必要である.
その後の仕事環境を変えることが
できるはずだからである.

以前に,お掃除を1日30分で終わらす方法,と
いうようなタイトルの本を読んだ(まだ一人暮らしだったし).
その方法は,

・曜日ごとに掃除をする場所を計画しておく
・掃除する場所の優先度を決めておく
・手が抜けるところは手を抜く
・時間を要する掃除は1週間に1回集中して行う
・掃除する前に段取りを考えておく

などである.
なぁんだ,こうしてリストにしてみれば,
書いてあることは,掃除に限らない,
仕事だって全く同様のTipsで行える.
結局のところ,そういうことなのだ.

雑務は掃除と同じである.
それは日々継続しなければならない戦いなのである.
私たちは自分の時間を確保するために,
戦い続けていかなければならない.

最近はこの戦いに敗れてばかりいるような気がするが,
今日思いついた「雑務は掃除と同じ」という認識のもと,
効率的に雑務はこなしていきたいものである.

2009年9月10日木曜日

紀伊水道直流連系設備を見る(伊瀬研見学ツアー2009)

今日は例年開催されている
伊瀬研見学ツアーがあった.
今年の見学場所は,関西電力
「紀伊水道直流連系設備 紀北変換所」である.
研究室のスタッフと学生の合計24名で
バスに乗り込み,片道2.5時間の道のりを行った.

この直流連系設備は,
関西電力管内の和歌山県の紀北変換所と
四国電力管内の徳島県の阿南変換所を
250万ボルトの双極(2極)の直流(定格2.8 kA)で
結ぶものである.
紀北変換所から由良開閉所までは50.9 kmの
架空線で,そして由良開閉所から阿南変換所までの
48.9km(うち海底46.5km)は地中線で接続されている.

徳島の橘湾石炭火力発電所(合計280万kW)で
発電された電力を関西電力エリアに融通しようという
目的で建設されている.
もちろん,交流で連系することも考えられるが,

(1)四国と本州は香川県の讃岐と岡山県の
東岡山において既に交流連系されており,
阿南と紀北を交流でまた連系すれば,
電力系統にループが構成されてしまい,
制御が難しくなること予想されたこと,

(2)建設コストが直流の方が安くなること,

などから直流連系で実現されたものである.

交流から直流に変換するためには,
半導体変換器を用いる.
このような大容量変換器(140万kW出力)に
おいては,コストなどの面からサイリスタが
スイッチング素子として採用されることが多い.
この変換器には,日本で最大級の6インチサイズの
8 kV, 3.5 kAの光トリガサイリスタが使用されている.
この設備の運転開始は2000年6月だったというから,
当時は世界最大のデバイスであっただろうと思われる.
この変換所のために,開発されたのだ.
これを40個直列にすることによって,
25万ボルトの電圧に耐えるのである.

変換器は6ないし7個のサイリスタを直列に接続した
スタック(スナバ,アノードリアクトル,冷却装置含む)を
1モジュールとして,これを6個直列接続して1アームを
構成する.これを3相分揃え,
また1極について移相した2つの変換器があるから,2倍.
そして2極分でさらに倍.
約1000個のサイリスタが使用されていることになる.
このサイリスタ,1個で自動車が優に1台購入できる価格と
いうから,たいへんなものである.

組みあがったサイリスタバルブは,
下から見上げるほどの偉容を誇っており,
アノードリアクトルが奏でるノイズは
説明が聞こえないほどうるさかったけれど,
とにかく大きくて大変印象深かった.

学生たちも積極的に質問してくれて,
本当に素晴らしかったし,うれしかった.
変換器だけでなく,その制御方式や直流遮断器,
事故検出など,なかなか伺うことができないお話を
たくさん教えていただいた.
こうして現場で聞いた学問は,
すぐに身について,忘れにくいものである.
見学という勉強の素晴らしさである.

変換器は,紀北は日立,三菱,阿南は東芝が
製作しているという.
光トリガサイリスタ(LTT)は実は日本が世界に先駆けて開発し,
誇るべきデバイスだったのだけれど,
現在,日本のメーカは市場の小ささを理由に
生産を行っていない.
海外メーカが大容量LTTを生産しているのである.
本当にさびしい話である.

技術的な話は山ほど書きたいことがあるけれど,
このブログでは,ここまでにしておこう.

今日はこうした施設を見て,
かっこいいといっている学生が多かった.
そうした感覚は普通ではないけれど(笑),
大変頼もしく思う.
いいぞ,電力工学的人生!

#メモ
無効電力補償99万kVAR
DCインダクタ1H (両変換所それぞれ),
送電線インダクタンス110mH,
DCフィルタ720Hz,
ACフィルタ780 & 660Hz,
変換器用変圧器,一次側中性点5 ohm 抵抗接地,
阿南側は塩害対策ですべて密閉式,
直流遮断器はLC共振方式,遮断は10ms程度か,
現在は25万Vなので2線,
50万Vの場合は4線とする(コロナ対策)

2009年9月9日水曜日

忍者はどこにいった

三重県津で開催された電気学会
産業応用部門大会の懇親会は,
9月1日火曜日に開催された.

こうして地方で開かれる学会の懇親会では,
その土地ならではの出し物があることが多い.
例えば,徳島で開かれれば阿波踊り,
福井だったら,あわら風の盆など,
実はそれが結構楽しみだったりする.
(これは国際学会でも同様なのだけれど)

今回三重大学のものはなんと忍者ショーだった.
伊賀の国に因んでのものである.
(私はこのとき初めて伊賀市というのが
三重県にあることを知ったのだけれど...)

伊賀流忍法の紹介ということで,
刀法や補縄術,鉄輪,手甲鉤,十手に鎖鎌と
種々の武器を用いた殺陣が披露され,大変面白かった.
(と,どれだけの人がこれらの武器を
判別できていたか,怪しいけれど...
まぁ,私も良くわからない部分もあったけど.
それはショーということも関係していたかも)

女忍者(くのいち)が大活躍ということで,
(これが非常にアニメのような声の女性でびっくり)
会場も盛り上がっていた(かな?).

そこで近くで飲んでいた学生たちにひとつ尋ねてみる.

私:「やっぱり伊賀といえば忍者だよね.
どんな忍者が好き?」

学生:「...」

私:「あれ,伊賀忍者とか知らない?百地三太夫とか...」

学生:「全然わかりません」

私:「(汗) 霧隠才蔵とか,猿飛佐助とか」

学生:「名前くらいは聞いたことがあります.
あっ,服部半蔵なら知っています!」
(ちなみに服部半蔵は忍者の頭領ということだけれど,
忍者ではなく普通の武士だったはずである)

そういえば最近は忍者というのが
全然話題にのぼらないなぁと気付く.
確かに千葉真一の「影の軍団」なんて遠い昔だし,
ショー・コスギの映画なんてのもずいぶん古い.
まして,児雷也なんていっても...
そう,学生たちが一番なじみのある忍者は,アニメのNarutoらしい.
私は全然見たことがないけど.

私は結構忍者が好きである.
忍者の武術は非常に巧妙で面白い.
そして大変実用的のように思える.

手裏剣だって,十字手裏剣なんて使わない.
上遠野流とか根岸流とかでは,
もっぱら棒手裏剣で直打である.
針などを投げて相手の目や手元を狙ったそうである.
(その他手裏剣で有名なのは,
芦原空手の芦原英幸氏であった)

忍者の武術では,身の回りにあるあらゆる道具を使って,
もっとも効果的に相手を倒す術を
とっさに出せなければならない.
柔軟な頭と身体が必要なのである.

忍術といえば,戸隠流の初見良昭氏が有名で,
初見氏の演武をみると,恐ろしくなるほど実戦的である.
(世界から軍隊や警察が習いに来ているとの話も納得できる.
アメリカでは忍術はひとつの武術として認められているようだ)

印を結ぶ術だって,心理学的には非常に合理的なのである.
(強い暗示のトリガと考えられる)
九字を切ったり印を結ぶのは,
別に煙を出してドロンと消えるためではないのである.
(児雷也みたいに,巻物を口にくわえて印を結べば
巨大なカエルが本当に出てきたら,それはそれで凄いけれど)

しかし,日本での忍術の注目度が低くなっているのは大変悲しい.
もっと子供たちに夢を与えるような番組はないものかと思う.
(前述の初見氏は,「ジライヤ」という特撮番組に忍術の先生として
出演されていたのが思い出される)

今年は映画「カムイ外伝」が公開される.
白土三平の「サスケ」とか横山光輝の「伊賀の影丸」とか
そんな忍者ブームがまた来ないものかと思う.
子供たちが忍者の格好をして,
壁伝いにタタタと走っていくような光景が懐かしい.
私もプラスチックのおもちゃの刀を背中に差していたっけ.

2009年9月8日火曜日

津にてウナギを食す

どうも腰を痛めたらしい.
なかなか歩くにも難儀をしている.
これも身体の歪みのせいか.
まずは静養することである.

さて,時間もあいてしまったけれど,
せっかくなので先週出張した津の話題でも.

津というのは三重の県庁所在地で,
(私は地理が本当に苦手なので,
わざわざ書いているけど)
人口およそ30万弱とのことである.
2006年に近傍の市町村と合併する前は,
16~17万人程度の小さな市であったという.
(産業応用部門大会の懇親会の際に,
三重大学 工学部長の方のお話による)

確かに,こじんまりとした地方都市という印象がある.
JRと近鉄の駅が一緒になっているのだけれど,
駅から出てみても,駅前にありがちな
大きなショッピングモールがあるというわけでもない.
6日日曜日の夕方に津駅に降り立って,
まず夕食をどこで食べることができるのかと
心配したくらいである.

駅近くのホテルに到着.
余談ではあるけれど,私はホテルにつくと,
まずテレビ,シャワー,トイレをチェックする.
日本のホテルではまずないが,ヨーロッパでは
どれかが動かないなんてことも良くあるのである.
そして次に部屋の装飾を見る.
特に壁に飾ってある額に注目する.
別にホテルの装飾の趣味を批評するわけではない.
絵はどうでもよく,額のウラを見るのである.
ここに「お札」などが貼ってあったりすると...って,
そんな経験は幸いにしてまだないのだけれど,
やっぱり気になる.
今回は,額は飾っていなかった.

さて,ホテルでインターネットを接続し,
メールが読めることを確認すると,
ホテル近くで夕食を食べられるところがないかを
検索する.
そこで初めて知ったのだけれど,
津というのは,人口一人当たりのウナギ消費量が
なんと全国一位とのことなのである.
あの浜松とかよりも多いのである.
これはウナギ好きの私としては見逃せない.
ぜひ本場のウナギを食したい,ということで
近くのウナギ屋を訪れる.

「大観亭」という名前であった.
ウナギ屋にありがちな高級感はあまりない.
津ではウナギは大衆食だとWikiに書いてあったけれど,
確かにそんな印象である.

うな丼特上で約1500円.
そこそこ安い.
さてお味は,というと...
それは各々好みというものもあるので,一概には言えない.

ウナギの焼き方には,関東風,関西風というものがある.
関東風は,ウナギを背から割いて身を蒸すことが特徴で,
一方,関西風は腹を割いて,そのまま焼くということになっている.
私は関東風をずっと食べ慣れてきているので,
そちらの方がどちらかといえば好みだけれど,
関西風もやっぱり美味しい.

このお店の特徴は,ウナギをかなり焼くことである.
おかげで皮がパリパリとした感触になっている.
しかし,またその分香ばしさが増していて美味なのである.
あっという間にうな丼を平らげてしまう.
丸く膨らんだ腹をなでる幸せ.
大満足であった.

そして学会後の帰る日,
また夕食を食べにウナギ屋を訪れた.
日曜日に入ったウナギ屋の焼き方がどうなのかと思って,
同じ「大観亭」ではあるが,別の支店に入ってみる.
そして同じものを注文.
やはり焼き方は変わらない.
すくなくともこの店の暖簾をもつところでは,
こうした焼き方が伝授されているのだろう.
また外側が少しパリパリとした食感を味わって完食.
すっかりと満足して帰阪の途に就いたのである.

関東風が好きとはいえ,
関西風もウナギに脂が乗っていて
それはそれで美味しいのである.
またまた余談ではあるけれど
この脂は相当なものらしい.

私が茨城県に住んでいた頃は,
「ぬりや」という店に良く通っていた.
そこのうな重が大好物だったのである.
ひたちなか店によく通っていたのだけれど,
水戸の本店にもしばしば訪れていた.
関西に移ってきてしばらくしたころ,
その水戸のぬりやが火事で燃えてしまったという
ニュース記事を読んだ.
原因は,なんとウナギの脂に引火したのだという.
ウナギの脂はあなどれないのである...

2009年9月7日月曜日

風邪で倒れる

先週は津への出張の話をしたいと
思っていたのだけれど,
恥ずかしながら,金曜日は風邪でダウンしてしまった.
悪寒がひどいので,これは例のインフルエンザかと
恐れたのだけれど,幸い医師の診断は風邪.
(鼻腔の奥にコヨリみたいなものをギュッと押し込む
検査をして10分程度で感染が判明する)
少しほっとした.

やはり学会のような多人数が集まるところに
出かけた後はちょっと気になる.
今回は,熱はそう上がらずに微熱がずっと続いた.
抗生物質を飲み続けて3日.
ようやく今朝には平熱に戻った.
体力も復活してきた.
やれやれ,という感じである.

しかし,今回のことでずいぶんと反省した.
確かこの前もこんな風に風邪で倒れた.
なにか生活にひずんだところがあるに違いない.
生活を改めることにした.

また心も入れ替えることにした.
考えてみれば,反省すべき点が山ほどあり,
それを改めるのに良い時期だと思う.

野口整体によれば,風邪は身体の歪みを
直すためにひくものらしい(「経過」と呼ぶ).
実は心の歪みも風邪の原因なのではないかと思う.
身体や心の歪みも,電圧・電圧波形のように
THD(総合ひずみ率)で表わせたらいいのに.
その指標を見ながら,歪みを直していける.

病床では,少し読書をした.
久しぶりに,勝海舟「氷川清話」を読んだ.
少し元気がでてくる.
勝海舟は天下の一大事に誠心誠意で臨んだ.
自分も仕事に対して「誠」の心で臨みたいと思う.
いや,生活万般に対してそう臨みたいものである.


2009年9月3日木曜日

明知大学ジョイントワークショップと電気学会産業応用部門大会

先週の金曜日からは,
ブログ更新の時間がとれなかった.

8月28日金曜日.
韓国の明知大学(Myonji Univ.)との
ジョイントワークショップに参加.
これは明知大学 Han教授と伊瀬研究室との間で
毎年1回開催されているもので,
今年で3回目となる.

一昨年と今年は,大阪大学で開催されている.
明知大学からは,Han先生の他に,
4名の大学院の学生が参加して,発表を行った.
そのうちの2名は女の子だったのだけれど,
残り2名の男子学生は兵役を終えているので
ずいぶんと落ち着いて見えたためか,
女子学生は若く見えた.
(オジサンの目はあてにならないが)

両大学からは,直流マイクログリッドや瞬低補償装置,
風力発電用変換器制御などに関する研究成果が
発表され,活発な質疑応答が行われた.
近い領域の研究なので,こうした研究交流によって,
研究課題,研究手法,そしてなによりモチベーションを
共有できるということが大変有意義である.
海外でも同じような課題に取り組み,苦労している
研究者,学生がいるということを知ることで,
ずいぶんと勇気づけられたのではないだろうか.

私も就職して,初めてヨーロッパの研究所をいくつか
訪問した出張では,
「結局,世界の研究所も変わらないのだ」と
妙に安心した思い出がある.
だからこそ,負けられないと思うようになったわけで,
あの出張は今でも強く印象に残っている.

研究室の学生たちも,明知大学のみなさんとは
ずいぶんと仲良くなったようである.
日韓の間はいろいろとあるけれど,
結局顔を合わせて話し合えば,
ずいぶんと印象が違うのではないだろうか.
また来年が楽しみである.
(とはいえ,来年は韓国開催で,昨年私が行ったので,
今度は行かないだろうけど...)

さて,8月31日月曜日から9月2日水曜日までは,
三重大学で開催された電気学会 産業応用部門大会に
参加してきた.
不況やインフルエンザの影響で参加人数の減少が
懸念されていたけれど,ふたを開けてみれば
例年並みに1000人を越える参加者があったとのこと.
この分野の注目度がよくわかる.

この産業応用部門は,パワーエレクトロニクスの他に,
ロボットや回転機(モータ等),信号処理,制御,
交通(電気自動車,鉄道等)など関連分野は多岐に
わたっており,いろいろな興味深いセッションが多い.
また,非接触給電など,新しいセッションも設けられて,
時代の流れとともに,ずいぶんと発展している部門であると
あらためて感心した.
確かに,新エネルギー,電気自動車,新鉄道,エコと,
すべてがこの部門に関連している.
人が集まるのも納得できるのである.

その中でパワエレは既に古くからある分野として
確固たる地位を築いているのだけれど,
新鮮味が少し足りなくなってきているかもしれないと
印象を受けた.
技術が成熟しつつあるということなのかもしれないが,
(また,十分に研究者も多いし活気もあるのだけれど)
新しいトピックというものが不足しているような気がする.
他分野からの研究者が入りにくくなっているのではないか,
そんな風に思えるのである.
今後は,パワエレ分野に新風を吹き込むような話題を
見つけていきたいものである.

今回の学会では3泊,津に滞在した.
津という町は,少し地味な印象であった.
それでもいくつか思うところがあったので,
それらについては,明日以降のブログで.