2009年10月30日金曜日

シューベルトのピアノソナタに惹かれる

最近は,シューベルトのピアノソナタばかりを聴いている.
きっと疲れているせいだ.

元気のあるうちは,オーケストラ曲を聴いていた.
ベルリオーズの「幻想交響曲」とか,
ベートーベンの「英雄」とか.

しかし,だんだんそうしたハイカロリーな曲が
つらくなってきて,いつのまにか
シベリウスの交響曲に.
それも重くなってきて,ボーン・ウィリアムスの
交響曲になった.
徐々に静かで抑揚のない曲調のものを
好むようになっていた.

そのうち,音色のボリュームに参って
しまうようになって,器楽曲へ移行した.
私はつねづねバッハを愛聴しているので,
こうした機会こそ別なものを聴きたくなって,
まずはベートーベンのピアノソナタを聴く.
けれど,「ディアベリ変奏曲」で挫折.
フォーレの「レクイエム」のピアノ演奏版も試したけど,
つらくなってきた.

そんなときに,ふとシューベルトのCDを手に取ってみた.
ずいぶんと久しぶりに聴く.

そのときに聴いたのは,ブレンデルのライブ盤.
ピアノソナタ第20番 D.959だった.
自分の状態がちょうど同期していたのか,
最初のフレーズからなにか心に染み入るように感じた.
長い曲なのだけれど,じっと耳を澄まして集中できる.
やさしい歌が聞こえているようだ.

そして第4楽章.
ここでは,素朴といっていいくらいに平明なメロディが出てくる.
本当に口で歌っているような,単純なメロディ.
こちらもついつい口ずさみたくなる.
長い曲の終りに,このメロディである.
思わずホッとしてしまう.
緊張が解けていく.

この曲ですっかり私はシューベルトのピアノに
まいってしまった.
このCD2枚組にはその他にも,D. 960, 894, 840, 784が
収録されていて(いずれもライブ録音),
以来,それらを聴きこんでいる.

残念ながら,私は所有しているシューベルトの
ピアノソナタのCDは,ほんの数枚である.
内田光子の即興曲集とか.
(これはこれですごい演奏なのだけれど)
今後,適当なCDを買おうかと思っている.

ただ内田光子がたしかどこかのインタビューで,
シューベルトには死のにおいがする,
と話していたように思う.
死ぬ時にはシューベルトを弾いていたい,とも.

シューベルトに強く惹かれるようになった
私の心の状態はずいぶんと危ないのかもしれない...

2009年10月29日木曜日

ヌンチャクでタンコブ

アイドルのしょこたんが
武道館のコンサートでヌンチャクの技を
披露したそうである.
いまだにヌンチャクなんてものに
興味を持つ人がいるのかと驚いた.

ヌンチャクは,ブルース・リーが
映画の中でつかったので
大変有名になったけれど,
いまどき,どの映画でも使っていない.
まして女の子が振るなんて,と
めずらしく思ったのである.

ブルース・リーが使ったということで,
ヌンチャクは中国拳法の武器だと思われがちだけど,
たぶん沖縄の武器である.
中国拳法だったら双節棍と呼ばれるだろう.
(ちなみに,私は双節棍を使用している
中国拳法を知らない...あるのかな?
三節棍ならば,映画「少林寺三十六房」で
有名になっているし,実際に武術家が
演武している映像も見たことがあるけど)

実は,私も高校の空手道部時代,
部費でヌンチャクを購入し,練習したことがある.
しかし届いたヌンチャクは,棍の部分が
赤樫でできており,かなり重かった.
とてもブルース・リーのようなスピードでは
振り回すことができない代物なのである.
沖縄に伝わる技法においても,
ブルース・リーのようにあのスピードで
振り回すことはないらしい.
(Youtubeなどで沖縄の技法については
見ることができる(良い時代になった...))

それでももちろんブルース・リーの真似をしてみた.
棍を自分の脇の下を通して,
肩の上でキャッチするという,
あの有名な技である.
ゆっくりと,ゆっくりと重たい棍を振り回す.
キャッチするときも気をつけなければ
突き指しそうである.
少し慣れてきて,スピードをあげてみた.
途端,重たくて堅い赤樫の棍が
右の額に直撃.
痛さにうずくまったことを覚えている.
そして鏡を見ているとみるみるうちに
膨れ上がり,見事なたんこぶになったのである.
(以来,ヌンチャクを振り回すのはあきらめ,
もっぱら武田鉄也ばりのハンガーヌンチャクの
アクションに移行した)

ブルース・リーの技術は,
フィリピン武術をもとにして独自に
(映画用に)編み出したものらしく,
ヌンチャクというよりは,フィリピン武器に近く
「タバク・トヨク」とか「オリシ・トヨク」とか
呼ぶのがふさわしいらしい.
(確か,JKDインストラクターの中村頼永氏が
どこかの記事で書いていた.福昌堂だったから
「月刊 空手道」?)

実際映画の中で使われたものも,
プラスチックやゴムでできたヌンチャクであり
あくまでもアクションのためだったとのことである.

でも,私もいつかその軽いヌンチャクを
振り回してみたい.
ヌンチャクというとあの重い赤樫のものでの
失敗がトラウマのようになっている私だが,
アイドルにできて私にできないわけがない(はず).
どこかにアクション用のヌンチャク,
売っていないのだろうか?
そして,あの黄色いスーツを着て
怪鳥音とともに振り回すのである.アチョー!

ただ,あの黄色いスーツだと
お腹のまわりがデブっとなるのは
避けられないだろうなぁ...
まずはダイエットを始めねば...

2009年10月28日水曜日

携帯電話が普及して失ったもの

携帯電話が普及することによって,
私たちの生活は大きく変わった.

例えば,待ち合わせ.
映画「バブルへGo!! ~タイムマシンはドラム式~」の
シーンでもあったが,まず待ち合わせの打合せが
アバウトになった.
時間,場所等を詳しく指定しない.

「6時に渋谷駅で」

で済んでしまう.私が学生のときは,

「6時に渋谷駅のハチ公の右前足の近くで」

などと細かく指定したものだけれど.
合コンなどの待ち合わせになると
さらに目立つように「赤いバラを持つ」なんてこともあった.
(私はさすが持ったことはありませんが)

携帯電話があれば,

「もしもし,ちょうど駅に着いたところ.
いま,どこにいる?」

とお互い尋ねればよいので,問題はないのである.

例えば,スキー場に向かう車の中.
多人数で複数台の車に分かれてスキー場に向かっていると,
どこかのレストランで昼食を食べよう,ということになる.
今だったら,別の車に乗車している誰かの携帯電話に
すぐに電話をすれば済むことだけれど,
昔は情報が届かない.
したがって,一度車を止めて相談することになる.
車を止めるというのも一苦労で,
車が直列に並んだところで,ハザードランプを点灯し,
止まるよ,という合図をするか,
あるいはコンビニの前からかなり速度を落として,
これからコンビニの駐車場に入りますよ,と
意思をはっきりと伝えてから止まるのである.
(それだって,ときどきうまくいかなくて,
大変なことになったものだ)
映画「私をスキーに連れてって」では,
車載の無線機やゲレンデで使うトランシーバが大活躍しており,
それに憧れて,多くの人がアマチュア無線の免許
(当時は,電信級,電話級なんて名称だった)の
取得を目指したものである.

そして,例えば女の子の家に電話をかけること.
いまだったら,女の子の携帯電話に直接
電話をかけることができるから,ずいぶん気は楽な
ものである.
(それなりにドキドキすることもあるのかもしれないが)
私が学生の頃は,もちろん一家に一台しか
電話がないのが普通だったから,相手の
家族の人が出る可能性が非常に高かった.
電話をかけるときなんて,相手のお父さんとか出てきたら
どうしようなんて,本当に心配したものである.
そして,お父さんが怒って電話を娘さんに
つながなかったらどうしようなんて,どこかの
テレビドラマみたいなシーンを想像して,
電話をかける前に,失礼のないよう
セリフの練習をしたものである(ほんとに(笑)).
それが別にデートに誘うのでもなく,
事務連絡であってもである.

携帯電話が普及して,
こうした情報のやりとりの不都合に関わる
心配事は多くの場合解消された.
現在の若者は,より積極的に青春を
謳歌しているのであろう.
しかし,オジサンとしては,
以前のあのドキドキ感は,青春の大きな
一要素であったと思うのである.
だからそれを失った現在の若者が
少しかわいそうに思ったりもするのである.

2009年10月27日火曜日

マツタケごはんに目が覚める

今朝は寝坊してしまった.
朝一限から講義があると言うのに.
といっても,もちろん十分に間に合ったのだけれど,
新聞を読む暇がなかった.

寝ぼけた頭で食卓に着くと,
見慣れないキノコを見せてもらった.
しばらくぼーっと見ていて,やっと気付く.
マツタケである.

どうもご近所からいただいたとのことである.
もちろんウチでそんなもの買う余裕はない.
(いただいた○○様,本当に感謝いたします)

ということで,今日の朝食は,
焼きマツタケとマツタケご飯.
やはり香りがたまらない.
食べ物の美味しさに,香りが占める割合は
どれほどだろう?
「においマツタケ,味シメジ」
などと言われるけれど,この香りだけで,
よだれが出てくる.
そしてやっぱり美味しい.
すばらしいよ,マツタケ!

お味噌汁とともに堪能した後は,
なぜかマスクメロン山盛りのタルトケーキの
デザート(ミャムミャム).
いったいどうなってるんだ,今日の朝食は!!!
でも,舌でとろけるマスクメロンに
うっとりとする...

寝ぼけた頭が,完全に目覚めた!
寝坊しただけに,朝食にゆっくりと時間を
かけられなかったことが心残り...
(そして,朝からビールというわけにも)

脳というのは,実に本能に正直なものだと
あらためて思う.
あんなに眠たかった頭がすっきりとして,
幸せ気分で出勤である.
こんな劇的な変化が起こせるのならば,
もっと他のことに応用はできないのだろうか.

本能直結ですべてがうまくいけばいいのに...
(論語にいう従心の境地までいかないと
だめなのかな.そこまでいくのに,
孔子でさえ70歳までかかったというのに)


2009年10月26日月曜日

成長のチャンスを逃さない

先週の土曜日は,パワーエレクトロニクス学会
若手幹事会に参加.
若手というのは,別に私のことを言っているのではなくて,
学会の12月の研究会を企画担当している学生と,
企業の若手のみなさんを指している.

このブログでも何度か話を取り上げているけれど,
パワーエレクトロニクス学会では,若手が
1年に1回,定例研究会を企画するのだ.
ポスターセッションの企画から,特別講演の
テーマの選定,その他のスタッフについてまで
担当することになっている.

12月19日が定例研究会なので,
そろそろ企画も固まりつつある.
それなりに各大学から選抜された20名程度の
スタッフは自分の責任を認識し,
分担して,なんとか会を成功に導こうとしている.
見ていて頼もしい.

幹事会の後は,梅田で,
他に出席された学会側の委員の方々と
酒席をご一緒させていただいた.

このようにして,いろいろな話をする機会が
持てることも,この学会の良さである.
企業人だけでなく,大学・高専の教員も含め,
厳しい話から,くだらない話まで,
さまざまなことを酒の肴にする.
特に,人材の育成という点について,
話題になることが多い.

そこでも若手幹事会のスタッフについては
大変に好意的な意見がきかれた.
もちろん私もそう思うのだが,
彼らはどのようにして,
その能力を磨いてきたのか,
ということを考えてしまう.

すなわち,彼らは若手幹事会に参加したから,
そのような能力が自己発動したのであって,
もしも大学で単に研究室と下宿を往復する生活を
続けていたならば,こうはならなかったのではないか,
と思うのである.

人を育てるのは,環境である,と
あらためて思う.
ただその環境を得ることができるチャンスを
みずからつかまなければ自分の成長は望めない.
そこには,それ相応の努力,犠牲は必要だけれど.

いやがおうにも,そうした環境に
向き合わなければならなかった
幕末の若者たちと違って,
現代の学生は,自らその環境を追い求める
努力が必要なのである.

誰かの言葉を思い出す.

「若者は安全株を買ってはいけない」

つまりは,若者には
チャンスを逃さずにつかむ努力と,
不安の中に飛び込む勇気が必要なのである.

2009年10月23日金曜日

タイム・リープかエイリアン・アブダクションか

いつのまにか,どうも私は超能力を身につけてしまったらしい.

タイム・リープ(時間跳躍)

筒井康隆の「時をかける少女」の主人公が
身に付けたそれである.
そうでなければ,今日が金曜日であることの
説明がつかない.
あっという間に一週間が過ぎてしまったのである.
その間の出来事の記憶も曖昧模糊としている.
これは時間跳躍の能力を身に付けたとしか考えられない.

いや,待て.
もしかすると私は異星人に誘拐されたのかもしれない.

エイリアン・アブダクション(異星人誘拐)

Xファイル」にもこのエピソードがあった.
いつかどこかで私はUFOに遭遇したのだろうか.
しかし,そんな覚えは,ない.
その記憶も操作されてしまったのだろうか.
この一週間は,Missing Timeとなってしまった.
自分の失われた時間を取り戻すために,
催眠術でも受けてみようか.
いや,体内になにか変なものをインプラントされていないか
外科医に診てもらった方がいいかもしれない.

---

とにかく今日は金曜日なのである.
たぶん最近の忙しさと,寝不足と,健忘症が
この現象を引き起こしているのであろう.

「光陰矢のごとし」

時間は高速で過ぎ去っていく.
そしてその速度は加速度的に増加している.
毎週金曜日になると,その速度を実感せずにはいられない.
そしてたぶん年末には,1年の過ぎ去る速度を
またため息とともに実感するのであろう.

2009年10月21日水曜日

Don't think. Feel!

最近,ユニコーンが復活したとのことで,
彼らの新曲がよくラジオで流れている.
(通勤の車中,ラジオを聴いているので,
意外に私も最新の音楽事情に詳しかったりする)

私が学生時代,彼らはすごい人気で,
深夜番組(とは言っても12時前か)の
「夢で逢えたら」のテーマだった「働く男」などは
私もよく耳にした.
(とはいえ,アルバムなどは買ったことがない)
奥田民生というひとの才能の大きさは
それでも十分に分かるけれど.

新曲は「半世紀少年」というタイトルらしい.
完全に人を食っている.
映画「20世紀少年」のパロディである.
曲調はなんとテクノで,
初めて聞いた時は電気グルーブの曲かと
思ったくらいである.

この曲の中で何度も,

"Don't think! Fee~l."

と繰り返されているのだけれど,
このパロディが分かる人は
どれだけいるのだろうか,と思う.
(とはいえ,非常に有名なセリフなので
多くの人が知っていると言えば知っているのだけれど)

これは,ブルース・リー主演の映画
「ENTER THE DRAGON (燃えよドラゴン)」の最初の方のシーンで,
少年に蹴りを指導するときに,リーが言う言葉である.
適当な蹴りを出す少年にリーは,もっと集中しろ,という.
もう一度蹴りを練習すると,「そうだ,何か感じたか?」と
リーがふたたび尋ねる.「えっと...」と少年が首をひねって
何か考えようとすると,リーは少年の頭をたたき,

「Don't think. Feel! 考えるな.感じるんだ」

と言うのである.そして,その後,「指月の指」の例えを出して,
武道の奥義を伝えようとする場面である.

リーはこの映画を作るときに,
自分の思想を反映したシーンを入れようとして,
この場面を勝手に撮ったそうである.

彼は,ワシントン大学で哲学を専攻していたためか,
こうした思想に非常に詳しかった.
彼が残したノートにも,多くの道教や,
彼が傾倒していたというクリシュナムルティの言葉が
数多く残されている.
(彼のノートは本の中で紹介されている.
ちなみに彼は絵も非常に巧く,
いろいろな技のデッサンをみるだけでも,
大変面白い資料となっている)

このセリフは,ブルース・リーファンならば,
ほとんどの人が知っていると思うけれど
(有名中の有名なセリフなので),
ユニコーンファンとなるとどれだけ知っているか...
しかし,オジサンの心は確かにくすぐる.
きっと,すでに中年となったユニコーンのメンバーの誰かも
ブルース・リーのファンなのだろう.

ユニコーンと中年オジサン共通の文化背景があって
少しうれしかったりする.

#言葉の意味については,
私にはあまり語る資格はないなぁ.



2009年10月20日火曜日

酒を飲むには体力が要る

昨晩は,私が所属する部門の2年生歓迎会があった.
昨日のブログ記事は,最初の一段落を除いて,
全部酔っ払って書いた.
思い向くままに書いているので,文章が支離滅裂である.
恥ずかしいけれど,直すのも面倒くさい.
こうやってこのブログはますます乱れていくのだ...

しかし,本当にお酒に弱くなった.
お酒の強さは結局のところ体力である.
翌日に踏ん張れるスタミナがあるかないか,
そこで決まる.

昨晩はそれほど飲みすぎたという感じはないけれど
(ビンビール4本程度,缶チュウハイ1本)
今朝は少し気分が悪かった.
腹に力が入らない(べつに壊していなかったけれど)

確かに私は一族の中でも最も酒に弱い一人である.
父親もおじさんもいとこも,一晩で平気で
ウィスキーのボトルが開けられる人たちだった.
私がそんなことをしたら,翌日は地獄となる...

それでも学生の頃は,酒を飲みにいけば,
まず,大ジョッキ生ビールを3杯は飲んでから,
焼酎やウィスキーにうつるという風だったから,
今よりはずっと強かった.
ビールの後の焼酎は,大ジョッキに入れて飲むのである.
焼酎は翌日残らないなんて誰がいっているのだろう?
ずいぶんひどい二日酔いになるのが普通だった.

あるときなんて(といってももう20年以上も前の話だが),
いつもどおりビール大ジョッキ3杯のあと,
合氣道の師範が,焼酎をボトルで飲もうとおっしゃった.
たいてい「いいちこ」とか「蕪村」とか「田園」という安価な焼酎を
飲むのが普通だったので,760 mlのビンを
思い浮かべていると,なんと一升瓶が目の前に.
これを飲むのかと驚いた.
そう,焼酎を大ジョッキでお湯割りにして飲むのである.

その時に師範に教わったのは,当時赤坂の料亭などで
始まったばかりの焼酎の飲み方ということで,
まず,きゅうりをどっさりと千切りにする(量は決してケチらない).
それをおもむろにジョッキの中へ,やはりどっさりと入れる.
(通常は,普通のコップで構いません)
そして熱いお湯をいれてから,焼酎を1:1の割合で注ぐのである.

あたりに広がり始める芳香.
安っぽいキュウリの匂いなどはしないのである.
ひとくち,口をつけてみるとなんと驚き.
高級メロンのようなさわやかさが口の中に広がって,
とても上品な味わい.
あまりのさわやかさに,グビグビとジョッキで飲んでも
酔った気がしない.
すぐに次が飲みたくなる.

ただアルコールの量は決して減っていない.
翌日本当にひどい二日酔いになったことを
いまでも覚えている...

しかし,まだ経験されたことのない方はぜひお試しあれ.
ポイントは,山盛りのキュウリと熱いお湯である.
そして,最後は大量に焼酎を飲んでも
へこたれない体力が必要.
こればっかりは,もう二度と手に入れられないのかもしれない...


2009年10月19日月曜日

音楽はサウンドか,小説か

今年の吉田秀和賞の受賞作である
「音楽の聴き方-聴く型と趣味を語る言葉-」
(岡田暁生,中公新書)を読了.

音楽には,サウンドと音楽の2種があり,
単に聞き流すことができるサウンドに対して,
音楽とは,誰かが誰かに向けて発信したものであり,
それを理解するためには,ある程度の型を知らなければ
ならない,という著者の主張をもっともだと思うとともに,
サウンドとしてクラシック音楽を消費しがちな自分の
音楽生活を反省することになった.

音楽とは誰かに向けて書かれたものである以上,
そこには文法があり,地方性が存在する.
ドイツ語の発音・話法にドイツ音楽の基盤があり,
フランス語にはフランス音楽のそれがある.
書内に紹介されているドイツ音楽の大家R. シュトラウスが
フランスのドビュッシーの音楽を理解できなかったエピソードは,
超一流の音楽家であってもその文法を理解せずには,
なにがその曲に書かれているのか理解できないという
衝撃的な事実を明らかにしている.」

私が以前,シベリウスの音楽を聴いて,
音楽は小説と同じだと突然感じたのも
決して偶然ではないのかもしれない.

今朝はNHK FMでシューベルトの歌曲が流れていた.
(「冬の旅」から「おやすみ」と「辻音楽師」)
その休止の取り方,抑揚はやはりドイツ語に依存しているのだろう.
日本語歌曲だってそのなのだから.
外国人歌手が日本語歌曲をどれだけ正確な発音で歌っても
どこかでしらじらしく聞こえてしまうのは,やはり何かが
欠けているのに違いないと思うのである.

日本歌曲的には,やはりその呼吸というものがある.
それを破るとどうも不自然に聞こえるのである.
ずいぶん前の話だけれど,「題名のない音楽会」で
作曲家の黛敏郎が,ドリカムの「ひらり」という曲
(NHKの朝の連続テレビ小説「ひらり」のテーマ曲)
について,日本歌曲のルールを全く無視したような
曲展開に非常に腹を立てていたのを覚えている.
確かにひどい語句の不連続があるのだけれど.
日本歌曲を誇りをもって作曲している人には,
ドリカムの曲の跳躍が許せなかったのだろう.
(黛敏郎は「ぞうさん」の作曲者でもある)

同じ理由で,アメリカのロックに日本語が
うまく乗るか,という問題が以前から話題になっている.
「はっぴいえんど」などはその問題をどうにか
解決しようとしたバンドとして今も名を残している.
私はそのひとつの解を示したのが,
佐野元春であると思っているのだけれど,
いまだにロックに日本語はどうかと思ってしまうのだから,
これはまだ解決していない問題なのだろう.

ただ,この本の作者は,最終的にそうした文化相対主義に陥らない
普遍主義的な音楽の聴き方があるはずだとの主張に
辿りついているのだけれど,本当にそうなのだろうか.

以前に観た小澤征爾の若いころの映像でも,
「東洋人がクラシック音楽を本当に理解できるのか」
という問いに対して非常にナーバスな反応を示し,
撮影を断るシーンがあったのを覚えている.

また,アルバンベルクカルテットの第一バイオリンのピヒラーは
東洋人には結局理解できないと明言したと最近報道があった.
実際西欧人から見るとそういう考えがあるのも否定できない.
(だって,日本人だって西欧人が尺八の音色を理解できるとは
思わないもんなぁ)

ヨーヨーマなんかもこの話題に対しては非常にセンシティブで,
この議論になると,ずいぶんと時間を費やしていたという話がある.
(現在では,マは,西欧音楽を知らない東洋人には,
知らないというだけのアドバンテイジがあるという主張をしているけど)

確かにどこかで,西欧音楽とアジア音楽との間には
深淵が横たわっているとは思うのだけれど,
その一方で,東洋人も十分にクラシック音楽を楽しむ
能力を持っていると思う.

音楽の普遍化は,音楽がサウンドになりさがる可能性をもち,
一方で音楽の囲い込みは普及を拒否して,そうした音楽の
存続を危うくする.
結局,音楽はサウンド化,すなわち「音楽に国境はない」という
方向に進むしかないとは思うが,失われるものの大きさも
覚悟しなければならない.
それが音楽にとって本当に幸せなことなのか...
う~ん,難しい.

いろいろなことを考えて音楽を聴かずにはいられない.
考えて聴く.
それが音楽の楽しみを増すことに他ならない.
あぁ,わたしにとって音楽はサウンドなのか,語りなのか.
これからもずっと悩み続けるのだろう.

2009年10月16日金曜日

IEEE Milestoneについてもっと知ってほしい

先日10月13日,IEEEよりIEEE Milestone
東工大とTDKに贈られた.
あまり話題になっていないので,
少しご紹介する.

IEEE Milestone Programとは,
世界最大の電気関係の学会のひとつである
IEEEが主催するIEEE History Centerにおいて,
電気分野で歴史的に顕著な貢献があった
発明,実績に対して顕彰されるものである.

これまでに数十の顕彰がされているようである.
そのリストについては,IEEEのWeb上で
見ることができる.

日本からの受賞としては,シャープの電子卓上計算機や
ビクターのVHSビデオ,富士山頂レーダ,セイコークォーツ,
ワープロ,依佐美送信所(最初の日欧の長波通信)
その他にも八木アンテナや新幹線などがある.
これらの受賞は非常に栄誉あることだと思うのだけれど,
全然話題になっていない.
電気関係のものとしては,残念至極である.

シャープの電卓が受賞した時には,
記念に金色の電卓が3000台発売されたのだけれど,
これもほとんど話題にならなかった.
(私はかなり欲しかったのだけれど...)
電気に関心をもつ人がもっと増えてくれればいいのに,
とつくづく思う.

さて,今回の東工大とTDKの受賞は,フェライト磁性材料の
発明とその工業化についてのものである.
東工大は,あまり知られていないけれどフェライトが発明された
大学である.
発明は加藤博士と武井博士によるもので,
その後TDKによって工業製品化されている.
1930~1945のことという.
以来,多くのモータ,リアクトルなどに使用されている.

確かに大学には,フェライト発明記念のコーナーが
あったような気がする.
東工大でさえ知らない学生も多いことだろうから,
こうした受賞を機に,大学や日本の電気工学に誇りをもつのも
良いことではないだろうか.

東工大の話ばかりをして,大阪大学はどうか,
と言われるかもしれない.
大阪大学もちゃんと受賞している.

2007年11月に,鉄道自動改札システムの開発に対して,
まず大阪大学と近鉄の研究に,
そしてオムロン,近鉄,阪急によるシステムの改善と実現に,
IEEE Milestoneが贈られている.
大阪大学については,白川功名誉教授の
研究業績によるものである.

そう,実は自動改札システムが初めて導入されたのは,
阪大生がよく利用している阪急北千里線なのである.
それは万博に向けて準備が進められていた1967年のことだという.
(私が生まれた年だから,41年も前のことだ)
このことを知らない阪大生も多いので,
ここで声を大にして言っておきたい.
阪急北千里駅の構内(改札を通って左側のところ)には,
ちゃんとマイルストーンの記念碑が置いてあるのである.

IMG_0612
こうした名誉ある受賞については,
もっともっと宣伝をすべきではないだろうか.
そうすれば電気工学に興味をもつ若者がもっと増えるかもしれない.
日本には世界に誇るべき技術が
たくさんあったことを知ってほしいのである.
(もちろん,今後もあり続けるように努力したい)

#日本の電気学会でも「でんきの礎」という顕彰を始めている.
こちらについてもいつかご紹介したいと思う.

2009年10月15日木曜日

すべてを開く鍵は見つかるか

ある講習会で伺った話.

最近の若い人は,ひとつの究極の原理さえ知れば,
すべてが理解できると考えている人が多い.
それを教えてくれという.

とのことである.
日々,若い人と触れ合う機会が多い私にとっても,
思い当たる節は多々ある.

やっぱり受験勉強のせいなのかな...
答えが予めあって,それに向かって
最短距離で進むことばかり練習していると,
そのような価値観が生まれるのかもしれない.

もしも,「この世の中は単純な原理で支配されている」
とするならば,なんてこの世界は理想的なのだろうと私も思う.
そうだったらいいのに,と思うこともある.
究極の原理さえあれば,この世の中のすべてが理解できるし,
そして絶え間なく私たちを苛む不安からも
解放されることができる.

でも実際はどうなのだろう?

もちろん,ある面からみれば,この世界はやはり単純な原理によって
支配されていると考えることができる.
物体は運動法則に支配され,電磁界はマクスウェルのたった4つの
方程式で記述されるのだ.
そうした考え方もひとつである.
究極の原理があるとしたら(アインシュタインも追い求めた),
物理学者が心に描く美しき世界に
それは存在するだろう.

しかし,それだって,
マクスウェルの4つの微分(あるいは積分)方程式だけでは,
やっぱりこの世の中は全然解けないのである.
複雑な境界条件が存在し,それがカオスを生み出す.
決して簡単に世界は私たちの前に姿を現さないのである.

当然,物理学の世界から離れたこの実世界では,
そんな究極の原理なんてあるわけがない.
しかし,まるでそれがあるように単純に信じることによって,
平安を求めようとする人が多くなっているような気がする.
それではうまくいかないことはわかりきっているのに.

そろそろそうしたことに目をそむけるのはやめて,
覚悟を決めたらどうかと思う.
複雑な世の中だと割り切ってしまえば,
それはそれで面白いと私は思っているのだけれど.

"すべてを開く鍵がみつかる
そんな日をさがしていたけど
なんて単純で馬鹿な俺”

(強い気持ち,強い愛 by 小沢健二)

2009年10月14日水曜日

パワエレ学会第180回定例研究会

今日は,パワーエレクトロニクス学会の
第180回定例研究会が開催された.
通例では,土曜日の開催なのだけれど,
今回は,関西電力殿の研究所で見学会も
あわせて開催するために,平日の開催となった.

しかし,参加者は50名以上と大変盛況であった.
関西電力の皆様のご尽力に心より感謝いたします.

さて,平日の開催ということもあって,
学会の参加者は企業の方が多かった.
やはり大学関係は,平日は講義などがあって,
都合が悪いということだろう.

しかし,この企業の参加が多いというところが,
パワーエレクトロニクス学会の特徴である.
関西はもともとパワーエレクトロニクス
技術関連の企業が強い.
そうした企業の情報交換の場として,
パワーエレクトロニクス学会は役割を
果たしているのだと思われる.
これは大変頼もしい.
ヨーロッパのように産学連携の場となる
学会に発展してくれればよいと心より願う.

そうした魅力ある学会となっていると思えばこそ,
私の苦労も少しは報われるのである...

2009年10月13日火曜日

17歳のモーツァルトは何を考えていたか

連休はまるまる家族とともに過ごし,
全く仕事をしなかった.かなりピンチな状況である.
また,メールも全然見なかったため,
今朝,メールソフトを開くのに心が重かった.
やっぱり休みでも少しの努力は必要である.
反省.

さて,今朝は渋滞の中,NHK FMを聴きながら
車を運転していた.
番組から流れてきたのはモーツァルト.
ブルーな気持ちの朝に光が与えられたようである.
少し気分が明るくなる.

まず,牛牛(ニュウニュウ)のピアノで,
「ママ,聴いてちょうだい」のテーマによる変奏曲.
曲は「キラキラ星変奏曲」として有名だけれど,
一応正しくは,上記の題名らしい.
これは「のだめ」のTV放送でも流れたので有名.
(というか,主題そのものが有名なのだけれど)
最近,これのオルガン演奏版を耳にする機会が
あって,それはまたそれで楽しい曲になっていた.
また,牛牛といえば,今(一部で)話題の子供の
ピアニストである.キーシンを上回る低年齢(現在12歳)で,
あちらこちらの大ホールで客演している.
今日聞いたこの曲の演奏の感想は...
正直よくわかりませんでした.
また聴く機会があれば,書きたいと思います.

続いて,「ピアノ協奏曲20番」.
名曲中の名曲なのだけれど,
途中のあの美しい緩徐楽章において,耳を澄ましていると
突然ラジオから,ドスンドスンというドラムと
ドリカムの歌が流れてきた.
隣をみると,大きなトラックが横付けに.
たぶんこのトラックの運転手がトランスミッタを使って,
FMラジオに別のプレーヤの音楽を流しているのだろう.
折角の聴きどころだったのに,もうがっかりする.
トランスミッタをいくら聴かないからといって,
NHK-FMの周波数に合わせなくたっていいのに!
渋滞なので,全然モーツァルトの音楽が流れてこない.
ようやく流れてきた頃には3楽章が始まるころだった.
電波公害,音公害というべきか.
なんとかならないものかな,と思う.

そして,次に流れてきたのは,「交響曲第25番」.
有名な話だけれど,モーツァルトは生涯に
短調の交響曲を2曲しか作曲していない.
(生涯,全部で41曲作曲している)
そのひとつがこの25番で,
もうひとつがあの「疾走する悲しみ」で有名な
(ちなみに小林秀雄の言葉と思っていたけれど,
別の人が先にこの言葉を使っていたよう)40番である.
どちらもト短調なので,25番は小ト短調交響曲などと
呼ばれる.
この曲は映画「アマデウス」の冒頭やCMに
使用されていたので,耳にしたことがある人も
多いだろうと思う.
(そういえばピアノ協奏曲20番第2楽章も使用されていた)
高音と低音が繰り返され,まるでなにかに急かされるように,
曲が次々と展開していく.
今日,曲の解説を聴いて驚いたのは,この曲は
なんとモーツァルト17歳のときに書かれたものだということ.
信じられない.まさに天才である.
(メンデルスゾーンも若書きだけれど)
なにを考えて生きていたんだか...
17歳の若者が書いた音楽に,41歳のオジサンが
心をここまで動かされてしまうのである.
はぁ,自分が17歳の時を思うと,なんとなにもないガキだったか.
まぁ,比べる相手が違うか...

と,25番をちょうど聴き終わったところで学校に到着.
なんとかブルーな気持ちも復活し,
1限の講義に向かったのである.

#「疾走する悲しみ」のところで小林秀雄の前に
先に言葉を使った人がいることで修正

2009年10月9日金曜日

カイロス神の歩みが早まる

あっという間に時間が過ぎていく.
今週も忙しかったせいか,時間の感覚がおかしい.
今日が金曜日であることが信じられない.
まるで坂道を転げ落ちるように,なにもかもが
加速しているような感じである.

大人になると時間が子供の頃よりも
速く過ぎる気がするのは,老化のせいなのかもしれない.
福岡伸一さんが,テレビで次のようなことを話されていた.

私たちは歳をとるにつれ,新陳代謝等の速度が
落ちていく.この新陳代謝の速度は自分の中の
内部時間の進み方である.
したがって,内部時間の進み方が遅くなっていけば,
現実の時間の進み方は相対的に
どんどん速く感じられるようになっていくのである.

この興味深い説によれば,
時間の進み方の加速度的な増加は,
自分の老化の度合いに反比例することになる.

もちろん,精神状態によっても時間の過ぎ方は
ずいぶんと変わるから(集中していると時間は速く過ぎる),
老化のせいばかりとは言えないけれど,
この福岡さんの説は腑に落ちるものなのである.

外部の時間をクロノス時間,
内部の時間をカイロス時間などと呼ぶ.
カイロスの神は,我々の老化にしたがって,
その歩みを早めるものらしい.

2009年10月7日水曜日

台風,瞬低,地下ケーブル

猛烈な台風が近づいており,
関西は戦々恐々としている.

不謹慎なことではあるけれど,
台風が近づくと多くの人がハイになるようだ.
現に,この研究室の学生も少しハイになっている.
「台風クラブ」ではないけれど,
台風がなにかのきっかけになることを
心のどこかで願っているからかもしれない.

しかし,現実には台風はいろいろな被害を及ぼす.
電気の観点からいえば,停電,瞬低がそれである.
(瞬低:瞬時電圧低下,短時間電圧が何割か低くなる)
伊瀬研究室では,電力品質のデータ収集の観点から
瞬低を測定している.
具体的には瞬低が発生した時刻の
電圧波形を測定するのである.
(イベントトリガーを用いる)

2004年は台風の当たり年だった.
測定データでも圧倒的に秋の瞬低の発生件数が多い.
私はその頃,茨木市に住んでいたが,
台風23号だったろうか,その台風が上陸したとき,
市街は本当に暴風で大変なことになっていた.
商店街では割れているショーウィンドウもあった.
何人かで何かが飛んで行こうとするのを
抑えている現場も見えた.
いろいろなものが飛んでいた.
映画「ツイスター」に似ていると思ったことを覚えている.
とはいえ,私は車のハンドルを風にとられないように
ヒヤヒヤしながら運転していたのだけれど.

瞬低は風でも発生するけれど,
圧倒的に雷が原因であることが多いようである.
それらを回避するためには,架空線をやめて
地下ケーブルを用いればよい.
そうすれば街の景色は一変するだろう.
事実,ヨーロッパではそのようにしているところが多い.

日本ではどうだろう.
やはりコストが高すぎて実現は遠いのだろうか.
これから電力品質がますます重要になるのであれば,
地下ケーブルの適用も真面目に考えてもよいのではないか.

2009年10月6日火曜日

運動会と中秋の名月

現在,私の腕は茶と白にくっきりと
色分けされている.
土曜日の運動会のためである.

金曜日の夜までずいぶんと雨がふったけれど,
土曜日の朝になるとぴたりとやんでいた.
運動会が開催されるかされないかの連絡は
6:30にあるということだったけど,
それではグラウンドの場所取りが間に合わないので,
6:00から学校の門に並ぶ.
当初の予定では7:00開門だから
1時間前ということになる.
グラウンドをみると水溜りだらけ.
とても開催できる状態ではなさそうだったけれど,
私の前にはすでに2名のお父さんが並んでいた.
お互い,「ご苦労様です」とあいさつする.
本当にご苦労様である.

6:30過ぎ,運動会は1時間遅れで10:00から
開催されるとの連絡があった.
7:00開門.
泥だらけのグラウンドを走って,なんとか場所をとる.
テーブルと椅子を広げる.
ようやく私の役割は済んだ.
一度家に帰り,9:30頃に学校に行くと,
グラウンドの水はけは思いのほか早く,
(先生方も砂をまいたりしたようだけれど)
運動会はやはり予定通り開かれたのだった.

私はビデオを片手に会場をあちらこちらと渡り歩く.
カメラをもつ右手がどんどん疲れていく.
しかし,子供たちの活躍を取り損ねては,
いったいどうなることかと恐れて
一生懸命に撮り続けた.

まぁ,子供たちの話は親バカになるのでやめにして,
今年は子供たちのダンスでマイケル・ジャクソンの
曲を使った出し物があった.
スリラーの曲に合わせてゾンビダンスをしている
5年生の子供たちを見ていて,
私の高校時代を思い出した.
あの頃やっぱりスリラーが大流行していて,
高校の体育祭(青陵祭という)でどこかの連合(グループ)が
踊っていたのだ.
私だって,授業の合間にはずかしながら
ムーンウォークの練習をしたものである.
(いまだにうまくできないけれど)

手を左右に振るダンスを見て,
あぁ,おんなじだ.と不思議な感慨を覚える.
20年以上たっても,あまり変わっていない.
高校時代から世の中はずいぶん様変わりしたけれど,
こんなところは一緒である.
なにかしら安心する.

運動会で一番のお楽しみ,お弁当を食べ,
(残念ながらビールはNG)
最後まで結局観戦していた.
陽射しは強く,腕はひりひりとしていた.
また疲労も重なりぐったりと家に帰った.

その夜は中秋の名月だった.
近年まれにみる美しい月の姿を楽しむことができた.
一日の疲れも吹き飛ぶ.
夜はビールとそばで舌鼓.
布団にとても幸せな気持ちでもぐりこんだのである.

2009年10月5日月曜日

直立する牛,くだん

座敷わらしで有名な旅館が全焼してしまったとの
ニュースを読んだ.
座敷わらしは出て行ってしまったのか.
伝説によれば,座敷わらしの去ったあとの家は,
だいたいさびれていってしまうことになっている.
その旅館の方々はそうでないことを祈ります.

さて,こうした座敷わらしの伝説というのは
全国あちらこちらにあるようで,
有名なのは,柳田国男が遠野物語で
紹介したものであるけれど,
私もこのブログで何度も言及している
怪談蒐集本「新耳袋」でも同様の話がいくつか
収録されている.

座敷わらしは,家にいるときはよいけれど,
いなくなったときのことを考えると,
むしろ最初からいない方がよいような気もする.
いや,やっぱりいた方がいいか...

最近読んだ「新耳袋」第9集で特に印象に残ったのは,
阪神大震災後に,六甲山麓の高速道路他で
出没情報が複数寄せられたという,
「赤い着物を着た直立した牛の群れ」の話である.
震災後に応援で送られた警備会社の警備員たちの
報告書の中に20件ほど含まれていたのだという.
六甲の山側で,高速道路などに霧がでて,
その霧の中に二本足で直立して,赤い着物を着た牛の群れ,
あるいは単体が目撃され,報告されている.

この「牛」というところがミソなのだ.
神戸近辺には,「くだん」と呼ばれる妖怪の話が伝わっている.
これが「件」すなわち,人と牛の妖怪とのことで,
その出現は,不吉なことがある前ぶれなどと言われている.
いかにも新耳袋の話に関係ありそうなのである.

ただ,新耳袋の作家二人はもちろんその道のプロだから,
そうした背景は重々承知で,この話を載せているのだろうけれど...
「神戸」と「くだん」.
この二つはずっと気になっている.

2009年10月2日金曜日

サンノゼ交通事情

少しずつ山積みの仕事を処理している.
私のレスポンスが遅いとお怒りの皆様,
もう少しお待ちください.徐々に動き出しております.

さて,もう帰国して一週間になろうとしているが,
サンノゼの出張について,覚書をもう少し.

サンノゼの街は,いわゆるシリコンバレーの一部である.
(というか中心である)
だからIntelやYahoo, Apple, Adobeなどの本社があり,
これまでのICT分野の中心であったことが実感される.
さらにスタンフォード大学などもあって,
この地域の研究熱,技術開発熱というものは
一時期すごいものであったろうと,容易に想像できる.
さすがに,最近はその勢いもずいぶん無くなったらしく,
あちらこちらに空き事務所,貸しビルの看板を見かけた.

こうしたHigh Educationalな環境においては,
自然,環境問題に住民の関心が高まるのも良く分かる.
またサンノゼはカリフォルニア州にあるので,
環境への政策も多く施行されているのだろう.

まずサンノゼで驚いたのは
(サンフランシスコでもそうなのだろうが),
自転車が非常に優遇されているということである.
サンフランシスコ国際空港から鉄道の乗り換えに使用した
BARTと呼ばれる鉄道には,自転車をそのまま持ち込む
ことができるように広いスペースがとってあり,
車両の壁には立て掛けるためのバーがあった.
ちゃんと,自転車優先スペースと書いてある.

次にサンノゼに行くために乗り換えたCALTRAINでは,
自転車用車両というものがあって,
自転車のホルダ(自転車をそのまま立ててフックできる)の
スペースがあった.
本当に乗客はヘルメットをつけたまま,
プラットホームから自転車をそのまま持ち込んで,
そのホルダにフックしている.
途中,あまりの自転車の多さにホルダは一杯になってしまったが,
その場合は,折りたたみ自転車の人は自転車を折りたたんで,
バッゲージスペースに置くようにしていた.
(折りたたみ自転車も本当に数多く見かけた)

サンノゼ市街のバスでも自転車を乗せることができる.
運転席の前方,バスの正面に(もちろんバスの外側)
自転車を取り付けることができるホルダがあって,
そこに設置して移動する.
そうした状態で走っているバスを見かけた.

とにかく自転車が市民の有力な移動手段のひとつとなっている.
もともとカリフォルニアの健康志向が強い環境もあるだろうし,
雨が少ない天候も自転車がもてはやされる理由のひとつであるだろう.
(移動中の機内でみた"The Soloist"の主人公,L. A. タイムスの
記者も,ロスで自転車に乗っていて,交通事故に遭うところから
話が始まっている)
日本においても,ツーキニストなどといわれ,
近年自転車が広く普及しているが,社会インフラの整備がそれに
追いついていない.
自転車が多い大阪市などは,視察団をサンノゼに送り,
そうした自転車を優遇するインフラの導入を検討してはどうかと思う.

その他,サンノゼの交通事情としては,
日本車をとにかく多く見かけたことが印象に残っている.
トヨタ,ホンダ,三菱など,まるで日本の光景と言われても
そう思ってしまうように,日本車がホテルの駐車場に並んでいた.
価格はそれほど安くないけれど,リセール率も高いらしく,
やはり故障が少なく,燃費のよい日本車の人気が高いのだという.

そういえば,ホテルの近くの十字路で,
テスラモーター社のロードスターを見かけた.
私の脇を走り過ぎていったのだけれど,
確かに静かで,キーンというインバータと思われる音を残していった.
さすがサンノゼ.
日本とは違う.また,ロードスターが街によく似合う.

サンノゼという街はシリコンバレーにあって,
ひとつのシンボル的な役割を果たしているように見える.
我々の未来はこうあるべきだ,ということを示す役割を.

日本でこのような都市が生まれるだろうか?

#ちなみにCALTRAINはやっぱり時刻表通りに走っていなかった.
10分くらいの遅れでは,乗客は怒りもしない.


2009年10月1日木曜日

サンノゼ出張の機内で映画を8本観た

映画を観るのは大好きなのだけれど,
最近はめっきり映画館に足を運ぶことが
少なくなった私.
DVDを借りてきて観る時間もなく,
学生時代は月に1~2本は観ていた
映画も今では一年に5本程度.
それも映画館ではなく,
ほとんどが海外出張の飛行機の中である.

先週のアメリカ,サンノゼへの出張の
往復の機内でも,映画を何本か観た.
昨年のギリシャ出張の際に利用したエミレーツ航空では,
オンデマンドで目の前のディスプレイで映画を観ることが
できたのだけれど,今回のユナイテッド航空では,
昔ながらのブロードキャスト式.
すなわちディスプレイに放映される映画を,
こちらが時間をあわせてみなければならなかった.
(ファーストクラスやビジネスクラスなどでは
オンデマンドで観れたかもしれないが)

往きの機内では眠たさもあって,
観た映画3本すべてが中途半端,すなわち
最初の方を少し見逃してしまった.
とりあえず観たのは,次の通り.

"TERMINATOR SALVATION"(ターミネーター4)
これこそ半分くらいからしか観ていない.
最後の種明かしに至る伏線を全然理解していないので,
面白さ激減だった.しかし,もうネタばれしたので,
もう一度観る機会はないだろうなぁ,と思う.
ということで評価不可.

"Angels & Demons"(ダヴィンチコード2)
9割方は観ることができた.
しかし1作目も観ていないので,内容にいまいち興味がわかない.
映画としても,人物の掘り下げが浅く,結局イマイチな印象.

"The Proposal"
サンドラ・ブロック主演のラブコメディー.
就労ビザのために部下と偽装結婚をするはめになった
やり手の女性編集者.
しかし,いろいろな出来事を乗り越えていくたびに,
二人は本物の恋人同士になっていくという
アメリカにありがちなハッピーな物語.
しかし,3割程度しか観ていない.
しかし,これが一番面白そうだった.
残念ながらアメリカに到着してしまい,見逃すことに.
これを一番初めに観ればよかった...

一方,復路は往路の失敗を繰り返さないよう,
11時間40分の飛行時間を一睡もせずずっと映画を観ていた.
結局5回観た.最後の方は,頭痛がひどくなった.

"STAR TREK"
これが一番面白かった.
実は,最初に一回見て,最後にもう一回見直した.
それほど良かった.疲れていた頭に最高の映画である.
科学考証的には突っ込みどころ満載なのだけれど,
とにかくエンターテイメントに徹していたし,
コバヤシマルテストなど,トレッカーにも十分楽しめる
エピソードもちりばめられている.
まずはカークを演じる俳優が大変魅力的.
スポックやマッコイ,スコットなどの俳優も非常に素敵で,
その後を演じた俳優と比較しても見劣りがしない.
スールーを演じたのは,韓国の俳優で,
確かアメリカのTVドラマか映画で主演をしていた人だったと思う.
なかなか東洋人のおかしみを出していてよかった.
しかし,この映画は若き日のカークやスポックの姿を
描いているのだけれど,基本的にはその後に続く
ストーリーとは異世界,パラレルワールドの話になっている.
今後,スタートレックの映画が作られる時には,
一体どちらのストーリーに準拠していくのだろうと
ちょっと考えてしまう.
採点は星4つ(5つが最高点).

"The Soloist"(路上のソリスト)
これは結構重い映画だった.
ジュリアード音楽院にまで入学した
才能に恵まれた黒人チェリスト.
いまではその精神的な問題なために,
路上生活を強いられている.
その彼は,たまたまロスアンジェルスタイムスの記者と
知り合いになって,コラムで紹介される.
その記事は大変な話題を呼び,
彼は本物のチェロを手にし,再び音楽を奏で始める.
記事は多くの市民の心を動かし,市長は路上生活者の
救済策を提案する.
そしてその記者は賞まで受賞し,
路上のチェリストを救おうとするのだが...
***
観ようによっては,路上で生活する不遇な音楽家の
また新たな生活の始まりを描いた映画ともいえるけれど,
私にとっては,その記者の行動(時に自己満足的で,
功利的で,感情的となる)に感情移入してしまい,
ひどく疲れる映画だった.
記者の嫌な性格に自分が投影されているようで,
楽しんで観ることなどできなかったのである.
ベートーベンの音楽があちらこちらで流れるのだけれど,
それらも全然楽しめなかった.
かなりへヴィな映画だった.
採点は星3つ.
映画としては良くできていると思うけれど.


"The Hungover"
とにかく笑えるコメディー.
友人の結婚前のバチェラーパーティーのために
4人の仲間がラスベガスに旅行する.
最高級ホテルのスイーツに部屋をとった4人は
街に繰り出した.
しかし,翌朝起きてみると,結婚前の友人の姿は見えず,
スイーツの中はグチャグチャ.
ニワトリが歩き回っているし,浴場にいけば
なんと本物のトラがいる.
友人を探しに街へ出かけようとすると,
乗ってきたベンツはいつのまにかパトカーにかわっている.
しかし,残された3人はひどい二日酔いで,
昨晩になにか起こったのか全く覚えていないのである.
残された手がかりをもとに,
消えた花婿をさがしにいくというストーリー.
***
アメリカでも興行収入1位になっただけのことはある
とにかくバカバカしくて笑える映画.
飛行機では,女性がとなりの席に座っていたのだけれど
私は笑いをこらえることのできず,
身体をひくひくさせていたので,
ずいぶんと気味悪がったに違いない....
バカバカしさの中に男の友情も感じられて,
これは間違いなく人におススメできる映画である.
採点は星4.5つ.
スタートレックよりも高い得点だけれど,
2度観ようとはあまり思わなかったので...

"Imagine That"
エディ・マーフィー主演のハートウォーミングな映画.
金融コンサルタントのエディ演ずる主人公は,
家庭よりもなによりも仕事を優先するエリート.
7歳になる娘と過ごす時間もほとんどない.
しかし,エディはライバルに敗れ,仕事に失敗してしまい,
自信を喪失するのだけれど,娘の想像する
ファンタジーの世界から思わぬヒントを受けることになり,
仕事はまた成功の一途へ.
娘との信頼関係も築かれようとしていたのだけれど...
***
仕事優先のパパというありがちな設定だけれど,
今の私には耳が痛いストーリーだった.
結局,家族を優先することになるのだけれど,
私だったら子供との信頼関係を取り戻すことができるだろうか?
そんなことを考えていたので,あまり笑うこともなく,
観終えてしまった.
分かり切った結末だけれど,それでも
最後は胸が熱くなる,そんな家族向けの良い映画だった.
採点は星3つ.
日本では公開しないのかな.
最近日本ではエディ・マーフィーの映画って
公開されていなような気がする.
サンノゼでもテレビでエディが主演している
知らない映画を放送していた.
エディそっくりのロボット(実は宇宙船?)の中に,人間そっくりの
小人宇宙人が乗っていて,それが街にやってきて,
いろいろな騒動を起こすというもの.
"Meet Dave"というタイトルだったかな.
少なくとも日本では話題にならなかったような気がする.
私はこのテレビ放送を見なかったけれど...
(テレビといえば,以前NHKで放映されていた
「チャームド魔女3姉妹」(だったかな?)が毎朝2話ほど
放送されていて,それはサンノゼのホテルで観ていた)

以上,機内で観た映画の感想のまとめである.
これだけ観ると日本についたときはさすがにフラフラだった.
しかし,次に映画を観ることができる機会はいつになるかわからない.
そう思うと,今回の9hr 40min + 11hr 40min = 21hrs 20minの
フライトもそれほど苦にならないものである.