2009年11月30日月曜日

無刀流「無敵」ということ

山岡鉄舟という人が幕末から明治の時代にいた.
意外に知名度は低いけれど.
私も学生時代,江戸城無血開城に活躍した人くらいに
しか知らなかったけれど,実は一刀流の正統伝承者であって,
無刀流の創始者でもあった.
彼はその時代に有数の武道家であったのである.
(有名な書家でもあり,政治家でもあった)

彼が残した文章は少ないらしいけれど,
武道や修養に関するものがいくつかあって,
それらは非常に平易に書かれていて読みやすいが,
しかし,考えさせられることは多いものになっている.

たとえば彼は「無敵」ということについて,
それは,「優劣がない」こととしている.
自分より優れているものと立ち合えば,
心が自在に働かなくなり,手足が縮んで動けなくなるが,
自分より劣っているものと立ち合えば,
心はのびのびとして,自分の力を発揮できる,
というのでは,「無敵」ではないというのである.
優劣に関係なく,スルスルとただ行けばよいというのだ.

これは仕事の進め方にもいえる.
仕事の重さ,軽さによって,私の心の状態は変わり,
それによって,発揮できる能力は制限されてしまっている.
その内容に関わらず,スラスラと進めることができれば
どれだけ素晴らしいことか.

これは山岡鉄舟が言ったわけではないけれど,
昔からよく言われる例えに,
畳の上に敷いた一尺幅の板の上を歩くことは容易だが,
千尋の谷に渡された一尺幅の橋を進むことは難しい,
というものがある.
どちらも同じ一尺幅の上を歩けばよいのだけれど,
その歩みの重さは違うのである.
しかし,どちらも同じ幅の板の上を歩くことには変わりがないと
見切ることができたならば,スラスラと歩み進むことはできるだろう.

これは自分の心の状態が,武道でいえば敵を作り,
仕事でいえば障碍を作っているということである.
このことをのり越えることができたならば,
修行もずいぶんと進むことであろう.

無刀流ではその極意を「心外無刀」と称する.
心の外に刀は無いのである.
そうしたことに気づくまでに,私はずいぶんと時間がかかってしまった.
(もちろん会得したわけではないが)

もう少し山岡鉄舟について記事をみようかと思っている.

2009年11月27日金曜日

ブラームス,バイオリン協奏曲:カミーラ/あなたといた夏

最近は音楽の話題が多いような気がするけれど,
今日もまたやっぱり音楽の話.
忙しい毎日には,清涼剤が必要なのだ.

今朝通勤中に聴いてきたのは,

ブラームス
バイオリン協奏曲
(ハイフェッツ,ライナー,シカゴ響)

このブラームスのバイオリン協奏曲は,
いわゆる3大バイオリン協奏曲に含まれる(?)名曲で,
私も大好きな一曲である.
(ちなみに,その他の2曲はメンデルスゾーン,ベートーベン.
あれ?チャイコフスキー,シベリウスは含まれないんだっけ?)

第1楽章からたっぷりとバイオリンがメロディーを
聴かせてくれる.
第2楽章の緩徐楽章はうっとりとする美しさ.
そして第3楽章の力強さに盛り上がって終了する.
どの楽章も素晴らしくてため息が出る.

この曲を聴くと,私は
ブリジット・フォンダとジェシカ・タンディ主演による
「カミーラあなたといた夏」という映画を思い出す.

学生時代,月に2本は映画を見ていた頃,
どこかの名画座で観た,派手さはないが
じっくりと心温まるような映画である.

生活に行き詰っているブリジッド・フォンダが
過去に有名なバイオリニストだったジェシカ・タンディと
ともに家出をして,いろいろな事件があって,
最後に自分の居場所を見つけていく,
あるいは過去の後悔を清算する,という
ある意味ロードムービー的なハートウォームフルなお話.

ジェシカ・タンディは,この時すでにずいぶんな老齢で
病をわずらっており,たしかこの映画が
最後の出演作ではなかったかな.

映画を観たのはもうずいぶんと昔のことなので,
詳細はすっかり忘れてしまったのだけれど,
ところどころでこのバイオリン協奏曲が聞こえてくる.
ジェシカ・タンディは若いころ,この曲の名演奏家だったと
いう設定になっているのだ.
特に第2楽章がしみじみとしたシーンで効果的に使われていた.
(ときに,くどいように感じられるほど)
だから,この曲を聴くと,
老婆と美しい女性が夕映えに並んでいる姿が
目に浮かんでしまうのである...

映画の内容は覚えていないけれど,
音楽だけはしっかりと心に残っている.
映画音楽というジャンルがあるけれど,
大変に重要であるということがよくわかる.
そして,その映画の内容が曲のイメージを
作ってしまうのだ.

私はときどき思う.
今,この瞬間が映画として映されるならば,
どんな音楽がバックに流れているのだろうかと.
本当に聞こえたらいいのに.

#聴いてきたCDのカップリングは
チャイコフスキーのバイオリン協奏曲である.
これも名曲中の名曲.
おススメの一曲である.

2009年11月26日木曜日

天使のささやきはマーフィーを殺す

天使のささやき,という言葉がある.
心のどこかで,「~をしないと」とか,
「~は大丈夫?」と心配をしてくれる声がする.
これをAngel Whisper,天使のささやきと呼ぶらしい.

学生時代,私の友達に本当に天使の声が
聞こえると言っていた女の子がいたけれど,
俗に言う「天使のささやき」というのは,
自分の心の中の声を指す.

すなわち,無意識かなにかわからないけれど,
自分の意識下において,「危機」を感じたときに
(身の危険というだけではなく,このままいくと
仕事で問題が生じるとか,そうしてものも含めた危機)
顕在意識にアラームが上がってくるのであろう.
無意識では,ちゃんといろいろなことについて
心配をしてくれているらしい.
(ときどき,すっかり忘れてしまっていることがあり,
その場合は残念ながら天使のささやきは働かないようだ)

物事を進める際には,
予期しないことが起こる場合もある.
あるいは心配されていたことがやっぱり起こることがある.
つまりは,マーフィーの法則がはたらくのである.

「失敗する可能性のあるものはいずれ失敗する」

この失敗の可能性を小さくしてくれるものが
天使のささやきなのである.

マーフィーの法則に沿って物事が失敗するとき,
「マーフィーが現れた」などという.
私たちは,このマーフィーの出現をできる限り
防がなければならない.
すなわち,天使がささやく心配事はできるかぎり,
解決しておかなければならない.
そうして初めてマーフィーを殺すことができ,
物事はうまく進むのである.

2009年11月25日水曜日

ラノベと侮るなかれ

先週末は風邪で布団の中で過ごしていたので,
本を数冊読んでいた.
そのひとつが,

「オルフェの方舟 ブギーポップ・イントレランス」
(上遠野浩平)

である.ブギーポップ・シリーズの14作目である.

ブギーポップというのは,
その人が一番美しいときに,
これ以上醜くならないように殺しに来るという
都市伝説の死神なのだけれど,
その実は,世界を破滅に導く「世界の敵」が現れた時に
それを倒す目的である女子高生の身体を借りて
存在する「なにか」である.
彼の周囲の少年や少女たちのお話なのである.
切ない物語が多い.

1998年に第1作目の「ブギーポップは笑わない」から
もう10年以上も続くシリーズになっている.
映画化もされたし,アニメ化もされている.
俗にいう,ラノベ(ライトノベル)で,私も当初
甘く見ていたのだけれど,意外や意外,
当時たいへん面白く,この第1作目を読み,
続いて,2,3作目と読み進めたものである.
今回もあっという間に読み終わってしまった.
ラノベと馬鹿にしてはいけない.

ラノベは何が普通の小説と違うのか?

ラノベの特徴は,まずキャラクター設定が
はっきりしていることがあげられるだろう.
だからアニメ化されやすいのだと思う.
(「涼宮ハルヒ」,「灼眼のシャナ」,「スレイヤーズ」,
「マリア様がみてる」など.残念ながら読んだことはないが)
対象は,少年少女なのだろう.
これが二つ目の特徴である.

私が中学生の頃は,ジュブナイル小説と呼ばれる分野が
あって,特にSFシリーズの「時をかける少女」,
「夕ばえ作戦」,「時間砲計画」,「七瀬ふたたび」,
「ねらわれた学園」あたりなどは,勉強もしないで
読んでいたような気がする.
(NHKの少年ドラマシリーズも印象的だけれど)

その辺の読者が,ラノベに移ったということなのだろうか.
時代とともに,ある部分では物語も深刻になったり,
ある部分では軽くなったりと,私が少年時代とはずいぶんと
変わってはいるけれど.

確かに「重さ」は足りないような気がするけれど,
ラノベ出身の実力作家も多いことだから,
決して侮ることはできない.
ということで,今後もいろいろと手を広げて
読んでいきたいと思う.

#ブギーポップも最新刊は未読であるし.




2009年11月24日火曜日

世界が輝きだす音楽 ~ ブルックナー 交響曲第3番第4楽章 ~

風邪がぶりかえしたのか,
日,月と,布団の中にいる時間が多かった.
昨日はずっと頭痛がして,もうぐったり.
歳のせいか,病からの回復も遅くなっているらしい.

それでも昨日は息子を車で送迎しなければ
ならない用があって,しぶしぶ運転をして出かけた.
仕方がないので,元気が出る曲を選んで
カーオーディオで流す.

ブルックナー交響曲第3番.

昨日は,カラヤンとベルリンフィルの録音を聴く,
第一楽章の最初から盛り上がっていく.

この曲は,実はあまり一般的には人気が無いのだけれど,
私のお気に入りは疾走する第4楽章である.
思わず車のアクセルを踏み込んで行きたくなるような
加速感・高揚感が得られる.
このカラヤンの録音は特に快速に感じられるとともに,
金管の音が輝かしい.
パーっと周りが輝き始めるような感じがする.

初めてこの第4楽章を聴いたのは,
フジテレビの深夜番組「マエストロ」の中でだった.
「マエストロ」は,西村雅彦さん演じるわがままで孤独な
指揮者マエストロと,小木茂光さん演じるコンマスとが
毎週ひとり取り上げられる作曲者をテーマに織りなす,
コメディドラマである.
もう10年以上は前の放映だろうか.
(誰が覚えているだろう...)

夜中にその番組を見ていた私は,
テレビからなりだしたこの音楽に惹きつけられたのである.
急にテレビが光りだしたような気がした.
(モノラルの14インチのテレビだったけど)
それほど真夜中の私の脳に刺激を与えてくれた.
画面には,このカラヤンのCDのジャケットが映し出されていた.
(鳥の翼のレリーフのブルックナーシリーズのもの...って
誰がわかるだろう...)

私もクラシックを聴き始めた頃で,
ブルックナーというのはまだとっつきにくかったけれど,
とりあえずCDを購入して聴くようになった.
そして,就職して車を運転するようになって,
この曲が異常に私を興奮させてくれる音楽であることを
はっきりと認識するようになった.

ブルックナーの交響曲では,5,7,8,9番をよく聴く
私だけれど,たまにこの3番が無性に聴きたくなることがある.
爽快感を求めて,プレーヤに載せるのである.
そしてまた輝きだす世界...
(一種の麻薬か?)

ベーム,ヨッフム,シューリヒト,ショルティなどの録音も
所有していたと思うけれど,このカラヤン&BPOは弦楽も
金管もキラキラしていて大好きである.

私の車に乗っていて,この曲がかかったら
ちょっと危ないのかもしれない(笑).

2009年11月21日土曜日

パワーエレクトロニクス学会,第24回専門講習会

今日は,パワーエレクトロニクス学会主催の
専門講習会
があった.
テーマは「低炭素社会に貢献する
パワーエレクトロニクス技術」.
スマートグリッドなどの旬な話題も交えて,
大変バラエティに富んだ興味深い専門講習会だった.
(企画された方々,有難うございました)

おかげさまで,100名近い参加者を得て,
大盛況のうちに終了することができた.
みなさまに心より感謝いたします.

パワエレ学会の良さは,
こうした講習会に企業の方々が中心となって
参加して下さるということである.
昨今の社会状況を考えると,これはたいそう有難い.
それだけ専門講習会が,現場の方々にとって
魅力的であるということであれば本当にうれしい.

学会の庶務幹事である私は,
もう来年のことを考えている.
どなたに企画をお願いしようか...
悩ましい限りである.

2009年11月19日木曜日

常に動ける状態が

風邪を全く引いてしまった.
昨晩は,鼻水とくしゃみがひどかった.
幸いにして熱はないので,こうして大学に来て
仕事もできるが,早く体調を戻さねば,
山積している課題を解決できない.

風邪は身体や精神状態に歪みがある場合に,
それを回復するために「経過」するものである,
というのが野口整体の考え方らしいが,
やっぱり気が抜けた時にひいてしまうのは,
身体の免疫力というのは精神状態に
その強さが依存するのだとつくづく思う.
すなわち「病は気から」である.

以前に中村玉緒さんが,風邪をひかないコツを
尋ねられたところ,

「借金をすることです」

とお答になっていた.すなわち,借金を返すのに
必死になっていれば,風邪なんかになっている
暇はないと.
みんなこの話を聞いて笑っていたけれど,
実際必死になっているときには,
風邪はひかないのではないだろうか.

先週末ようやく訪れた休日に
気を緩めてしまったことが
風邪をひいた原因である.
気を緩めるということは,
身体の状態がスキだらけになるということだ.
これは実感できる.

スキの無い状態.
これはすべてが緊張しまくっているという
状態では決してない.
むしろリラックスしている状態に近い.
しかし身体の内部感覚からいうと,
どこかで筋肉(内臓の周り?)が
ゆるんでいる感じがする.

ゆるんでいるとき,

・姿勢が崩れる
・口が開いている
・視線を高く保てない
・内臓周りの下腹の筋肉がゆるむ
・括約筋がゆるむ

などの身体的症状が現れる.
その結果,精神は緩み,身体の抵抗力は
低減し,ますます身体が緩むという
負のスパイラルに陥るような気がする.
思いのほか,心と身体は密接に関係しているのだ.

そうはならないよう,精神を鍛錬するのが,
武道の本質なのだと考えている.
常に緊張するのではない.
常に動ける心身の状態を維持する.
それが修行である.

とはいうものの,鼻水どめの薬を飲んだら,
まるで後頭部を殴られたように
強烈な眠気に襲われた.
こうした睡魔に襲われた状態で,
いかに覚醒して仕事ができるか.
今日の修行ポイントはこれにしよう.

2009年11月18日水曜日

「電氣」が「ファンタジー」だったころ

技術がある程度普及してしまうと,
世の中の注目は薄らぎ,
学生たちのその分野に対する人気は
あっという間に下がってしまうらしい.

携帯電話がその一例である.
携帯電話が華々しく登場してきたとき,
学生の通信工学への人気は
大変高かった.
しかし,携帯電話なんて0円で購入できる
現在,通信工学の人気はずいぶんと
下がってしまった.
10年ひと昔である.

電気工学だって同様である.
現在では,どの家庭においても
コンセントにプラグをつなげば
電気は当たり前のように使えるから,
当然,電気への関心は薄く,
電気工学の人気は低いままである.
しかし,電気工学が世の華だった時代も
確かにあったのである.

「電気ブラン」というお酒をご存じだろうか.
不思議な味のするリキュールである.
(カクテルなのだろうけれど,
その処方はいまだ秘伝らしい)

名前が名前だけに,関東にいた頃は,
私も面白がって飲んでいた.
茨城県の牛久に牛久シャトーという
ワイナリーなのか,ビール醸造所なのか,
そうした城(笑)があって,
そこで売られていたので,遊びに行くたびに
(屋外でジンギスカンが楽しめる)
何本か(おみやげも含めて)購入していたものである.
(結構安かった気がする)

アルコール度数は30度と40度のものがあり,
かなり強いお酒である.
口当たりは甘めだけれど,飲んだ後に
鼻腔にアルコール独特の香りが広がる.
このお酒は明治の頃から売られているとのことだけれど,
当時は舌がしびれるから,「電氣」と名がついたなどと
まことしやかに噂されたらしい.

実際は,「電氣」というのは,その当時の流行りに
したがって名がついたもので,強いて言うならば
「ファンタジー」という意味とのことらしい.
「電気」といえば,その当時は「夢の」という
意味があったらしいのである.
電気工学が花形だった時代なのだろう.
そんなときもあったのである.

私が電気ブランを初めて飲んだのは,
大学1年か2年の暑い夏.
隅田川花火大会の日だった.
(もう20年以上も前の話か...)

女子も含めたグループで花火見物を
するということになって,
男子は隅田川付近で朝から場所取りをしていた.
陽射しがずいぶん強かったのを覚えている.

途中,交代ということで,私とN山君は
休憩をすることになった.
そこで,N山君は,「神谷バーに行こう」と言い出した.
私は全くそれがどんなバーなのか知らなかったが,
彼の説明によれば,明治時代からある
日本でも最古のバーのひとつであり,
(といってもレストランみたい)
落語にも出てくる有名店らしい.
(どの落語か未確認)
住所も,浅草1-1-1.
いかにも由緒ただしそうである.

昼間っからバーというのも洒落ていると思い,
連れだって入店する.
名物は「電気ブラン」だというので迷わず注文した.
冷え切ったグラスに冷たい電気ブランが入って
出されてきた.
氷水がチェイサーとしてついてくる.
一口飲んで,正直美味しいとは思わなかった.
どこか薬臭いし,なによりもアルコールが強すぎる.
しかし,N山君の手前,まずいとも言えないから,
チェイサーの助けを借りてぐっと飲み干した.
あとはあんまり覚えていない.

その後,また直射日光の下,場所取りをしていた
はずなのだけれど,半分脱水状態だったのではないだろうか.
記憶ははっきりとしない.
ただ,ずいぶんと身体がしんどかったのはよく覚えている.
まぁ,その辛さも,夕方になって駆け付けた
浴衣姿の女子たちとお手製のお弁当によって
あっという間に吹き飛んだのだけれど(笑)

「電気ブラン」と聞くと,この花火大会の真夏の日が思い出される.
その甘い思い出を味わうために,
私は何度も電気ブランを買い求めているのかもしれない.
私にとっては今も「電氣」は「ファンタジー」なのである(笑).

#ちなみに,前の職場につとめていた頃,
電気ブランを研修に来た何人かの学生に
飲ませましたが,一様に不評でした.
しかし,電気工学を志す学生のみなさんには
ぜひトライしてみていただきたい一品です.

2009年11月17日火曜日

インフルエンザ接種を受けたい

寒いなぁ.
今日は,本当に寒い.今も寒い.
風邪は治らないし,つらいなぁ.

のどの痛みはずいぶん治まったけれど,
くしゃみが出始めた.
まだまだ風邪は続くのだろうか.

昨日,大学の保健センターの前に
学生のみなさんが集まっているのを見て,
今年はインフルエンザの予防接種を受けるのを
忘れていたことを思い出した.

まぁ,新型インフルエンザの予防接種は
できないだろうけれど,季節性のものについては,
接種を受けたいものだなぁ.
その季節性の予防接種でさえ数が少なくて,
どうなることかわからないらしいから,
私も受けられるかどうか.

5~6年前にインフルエンザがひどくて,
歩くこともやっとになったことがあった.
うちの奥さんにようやく病院まで連れて行ってもらって,
さんざん待たされてぐったりとしたところで,
ようやく診察.
インフルエンザであると診断された.
そこで処方されたのがタミフル.
帰宅して早速飲んで寝たのだけれど,
数時間後に起き上った時には
劇的に,本当に劇的に身体が楽になっていた.
自分でもかなり驚いた.
熱が下がるまでには時間が少しかかったけれど,
即効的につらい状態をやり過ごせるらしい.
タミフルというのは,本当に効くのだと実感.

それから1~2年して,タミフルを処方された
若い人たちの異常行動が問題になったときも
(実際,タミフルが原因かどうか,よくわからないけれど)

「あれだけ劇的に効くのだから,
身体に少しぐらいはショックがあるかも」

と思ったくらいである.

インフルエンザになればタミフルを飲めばいい,
と思っていたけれど,最近はタミフルも効かないものも
出てきたらしい.
怖いなぁ.
もうあんなつらい目には遭いたくない.

まずは,季節性のインフルエンザの予防接種を
してもらえる病院か保健所を探さなければ...
そして,身体を健康に保ち,
予防力をつけなければ,この忙しい怒涛の年末を
乗り越えることはできないだろう...

2009年11月16日月曜日

ロックと弦楽四重奏,ブラック・エンジェルズ

呼吸法が健康にいいなんていっておきながら,
週末に寝だめしようなんて了見が不届きだったのか,
うっかり風邪をひいてしまった.
熱は全然無いのだけれど,のどが痛く,身体が重い.
休みだと思って気をぬくとろくなことがない.

今朝は事故で渋滞だった.
追突のようで,それほどひどくなさそうだったから,
たぶん運転手も大丈夫だろう.
しかし,大渋滞は発生する.

そんな中,車内ではFMから流れる
クラシックを楽しんでいた.
渋滞に腹をたてても仕方がないし.

キングクリムゾンの曲が
弦楽四重奏版で流れてきた.
おや,と思うが,面白い編曲で聴き入ってしまう.
モルゴーア・カルテットという日本の四重奏団の
演奏だった(初めて知りました).

弦楽四重奏曲というのは,オーケストラとはまた別の
ひとつの究極の形だと思われ,
私は,まだその高みを目指してもいないのだけれど,
(もちろん聴く方です)
いつか,いつかは,と思い続けている.

まぁ,ベートーベンの弦楽四重奏曲ならば後期のものを
しばらく聞いていたことがあるけれど,
これが非常に重い,というか,深い.
ハイドンやモーツァルトの作品と違って,
まるで人生を語るかのような内容の濃さである.
とても気軽には聴き通せない.
だから本格的に取り組んで聴こうというのは,
いまだに先延ばしなのである.

また,古典派だからといって,
その内容は形式通りなものではない.
たとえば「大フーガ」.
まるで現代曲のような強いリズムと不協和音に驚く.
以前にも書いたかもしれないけれど,
現代曲の演奏で有名なアルディッティ四重奏団も
この「大フーガ」だけは演奏するという.
弦楽四重奏曲は昔から実験的な試みが多くされる分野
なのかもしれない.

そして20年くらい前に,クロノス・ショックというものがあった.
クロノス・カルテットという四重奏団が,
現代音楽をクールに演奏して,
非常に人気になったのである.
そのひとつの象徴が,彼らが演奏する
ジミー・ヘンドリックスの「Purple Haze」である.
クラシックのカルテットが,ジミヘンを演奏したのである.
これは衝撃的なことだったらしい.
(私は当時まだクラシックに手を出していなかった)
彼らからしてみれば,優れた曲であれば,古典,現代,ロックを
問わず,演奏することは自然なことだということらしい.

実際私もCDを購入して聴いてみた.
正直,ジミヘンの曲はあまりピンとこなかったのだけれど,
一緒に録音されている種々の現代音楽には
ずいぶんと心を動かされた.
自分が持っていたクラシックのイメージが
がらりと変わる体験となったのである.

その後も,クロノス・カルテットのCDは数枚入手し,
現在は4枚ほど手元にあるはずである.
実は今朝,車に持ち込んだCDはたまたま
クロノス・カルテットの「ブラック・エンジェルズ」
だったのである(決してマンガではありません...).

この曲は冒頭からすごい音が鳴る.
弦楽器の音は,ピックアップマイクで拾われ,
アンプを通されて増幅されている.
人工的な音ではあるが美しい...
いや,人工的な美であるからこそ,
この曲の素晴らしさがあるのか.

たしかこの曲を聴いて感動したヴァイオリニストが,
この曲を演奏するためにクロノスカルテットを創設したと
ライナーノーツに書いてあったような気がする.
それだけの価値がある曲だと思う.
そして,今朝はそれが聴きたくなって
CDを車に持ち込んだのである.

ロックと弦楽四重奏曲.
意外に近い関係なのだとあらためて思う.
だが二つとも既にクラシックと呼ばれているのだ.

#クロノスの,他のCDには,
「狂った果実」という曲がある.
これがまた秀逸.
太田裕美のナレーションが入って,
かなり怪しい世界がそこに広がる.
おススメです.

2009年11月13日金曜日

睡眠不足に呼吸法が効く

今朝は,起床して大学に行く準備をしている
夢を見ていた.
あまりにリアリティがある夢だったので,
目を覚ましたあとも,なぜ自分が布団の中に
いるのか,理解できなかったくらいである.

昼休みに少しうとうとしたら,
今度は自分が寝ている夢を見た.
ちょっとの居眠りのつもりが,いつのまにか
ぐっすりと眠り込んでしまい,
寝過してしまうという夢である.
はっとして,目を開けた.

どうも睡眠不足らしい.

確かに,先週末も学会で寝だめできなかったし,
このところずっと一日4時間程度の睡眠時間である.
我ながらよくやっているとは思うけれど,
思考力は低下しているような気がする.
その証拠にキーボードのミスタッチが多い.
ミスタッチは,脳が疲れていることの良い指標である.
最近は,キーボードの入力のスピードが落ちてきている.
これは悪い兆候である.

こんな状況でも何とかやっているのは,
呼吸法のおかげかと思う.
私が学んでいる合氣道では,呼吸法を重視している
けれど,最近また少し思うことがあり,
その工夫に専念している.
なかなか具合がいい.
呼吸法をすればするほど楽になり,落ち着く.
こうした進展があるから稽古をやめることができない.
またいつか具体的な方法を紹介する機会があればと思う.

しかし,この週末はゆっくりと寝だめをしたいものである.

2009年11月12日木曜日

携帯電話の必要性

実は,関西支部連合大会が開かれていた11月8日(日),
私は携帯電話を紛失していた.
昼過ぎにポケットに携帯電話が無いことに気付いて,
自分のその日の経路を辿ったのだけれど,
見つけることができなかったのである.

学会の会場は,体育館とホールと会議室が3つ+大会本部.
このいずれかで落としたのではないかと思い,
すべての会場の床を見回ったのだけれど,
とうとう見つけることができなかった.

そのうち,携帯電話を持って自宅から出かけたという
ことさえ,あやふやに感じられてきて,
家に電話をかけてその有無を確認し,
通勤時に自動車の中で落としたのではないかと
車中をさがしにいき,
自分の記憶が全く信用できなくなって,
自己嫌悪のままその日は終わってしまった.

翌日,うちの奥さんからのメールで,
携帯電話の紛失時のサービスがあることを知る.
残念ながら,私の携帯電話にはGPS機能はついていないので,
数mの誤差で位置を検出することはできないが,
それでも,携帯電話が自宅にあるのか,
車にあるのか,それともやはり会場で落としたのかが
わかるので,早速電話をしてみた.

「吹田市藤代台2丁目のポイントから700m以内にあります」

との回答.

「藤代台2丁目のアンテナはどこにあるのでしょうか?」

と尋ねると,

「それはわかりかねます」

と言われてしまった.半径700m以内ということは,
直径1.4kmの円の中のどこかにあるということである.
それを探すというのだから,ほとんど不可能に近い.

この位置検出サービスを使うと,自動的に通信サービスが
緊急停止させられてしまうし,
その上,電池も切れてしまったら,着信音を鳴らして
さがすなんてことはほとんど無理である.

とはいいながら,Google Mapで確認すると,
やはり学会会場であったコンベンションセンターと体育館が
その範囲に含まれていた.
やはりそこだということで,関係者の皆様にご迷惑を
おかけしながら,さがしていただき,ようやく昨日,
ホールの椅子に挟まっていた携帯電話を見つけて
いただくことができた(電池はもちろん切れていた).
本当に,有難うございました.

しかし,携帯電話がなかった3日半の間,
1件だけ親からのメールを受信できなかっただけで,
その他,私は全く不自由を感じなかった.
いかに私の携帯電話依存率が低いか,ということが
よくわかった(まぁ,友達がいないということだけ
なのかもしれないが).
うちの奥さんからも解約したら,といわれる始末である.

携帯電話で世の中が変わったなどという記事
書いている割には,自分はほとんどその便利な機能を
使っていないことに気づく.
携帯電話リテラシーが低いのだ.

以前,私はPDAを使用していた.
もしも,もう少し携帯電話がPDAに近づいたら,
また変わった状況になるのだろう.
(iphoneなどは,だから大変魅力的なのだが)

携帯電話に依存しない.
こう書くと,自分が世の中から隔離しているような気がする.
やれやれ,時代遅れのオジサンということか.

2009年11月11日水曜日

鷲田総長のお話

11月7日(土)には,関西支部連合大会において,
大阪大学の鷲田清一総長の講演会があった.

鷲田清一総長の講演でのお話を
ここに備忘のためにまとめておく.
(すみません,今回は箇条書きだけです)

■教養とは

・教育のために与える質問は,
「孤立した問い」ではなく,「生きた問い」で
あるべきである

・「教養」とは,生きるときに力になる知恵や技術である

・「実学」とは「すぐに役立つ学問」を意味するのではなく,
「時代の問題と切り結ぶための知恵」である

・「道徳」は「実学」である

・教育とは,以下の4つを見極めることができる技術を
身につけることである.
  - なくてはならないもの
  - あってもよいがなくてもよいもの
  - なくてもよいもの,なくしてもよいもの
  - 絶対にあってはならないもの

・上記4つを身につけることは,「価値の遠近法」を
身につけることである.

■世の中には正解のない問題が多い

・政治において,AとBの施策があり,どちらを行うか,
あるいはどちらを先に行うか,ということには,
正解は無い.こうした正解の無い問題に決断できるには,
政治的センスが必要である

・正解の無い問題というのは,介護,介助の場合にもある.
介護をうけるものとその家族においても,全く異なる考えで
あることが多い.解は複数あり,正解はやはり無い

・芸術の世界でも同様.「わからないものをわからないままに
正確に表現する,対処する」というのも芸術である

・対立する解が両立することもある

・「生きる意味は何か」という問いも正解が無い代表的な
ものであるが,これは死ぬまで問い続けることに意味がある
という問いである

■大学における「学び」の意味

・「わからない」という状態に耐えることができる
体力(知的体力)を身につけるためである.
それは潜水という苦しい状態に耐えるために
肺活量を大きくすることに似ている

・ひとつの問題に対し,自分とは関係の無いところから
補助線を引くことができることが必要である

・他の視点をいつでも持てることが大切である

・一方で教育の極端な細分化を危惧している

・教養なしには工学は勉強できない

・大学院の学生にこそ,上位の学生になればなるほど
教養教育が必要である

■大阪について

・大阪大学は民衆の力によって設立されたというユニークな
特徴を持つ

・懐徳堂 (1724年創基)は5人の商人が拠出金を負担してできた
- 上下関係なし
 - 基礎学問(天文学,物理,倫理)を重視した
 - 基金の運用で運営されていた
 - 授業料は自分が出せるだけ

・日本で初めてシェークスピアが上演されたのは,
大阪における人形浄瑠璃であり,
「この世の沙汰は金次第」(ヴェニスの商人)だった

・京都や大阪(上方)の学問の伝統として,
キーワードは「おもろい」である
もうひとつのキーワードは「リベラルティ」であり,
市民の自治という特徴である

・寄付文化も特徴

・大阪のマーク「澪つくし」は,もともと
川に立っている標識であり,船が通ることができるのに
十分な深さがあるということを示すものだった
「身を尽くし」にもひっかけている


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以上,簡単にまとめておく.
なかなか興味深いお話で,いろいろ印象に残った.

ところで,鷲田総長はファッション論もご専門で,
たしか着用されているスーツはヨージ・ヤマモトでは
なかったかな.
講演当日もかっこいい服装だった.
まぁ,執筆時はパンツ一丁で酒を飲み飲み
ペンを走らすといううわさもあるけれど...

またいつか,総長のお話をお聞きしたいものである.

2009年11月10日火曜日

電気関係学会関西支部連合大会が終わった

怒涛の一週間の記録,第3弾.

11月6日(金),7日(土),8日(日).
東京から帰ってきて,山積する仕事にため息をついた.
実は,7日,8日は,大阪大学 吹田キャンパスにおいて
電気関係学会関西支部連合大会が開催され,
その開催校として大阪大学は大きな役割を果たしているのだ.

電気関係学会というのは,電気学会,電子情報通信学会,
照明学会,音響学会,映像・マルチメディア学会,
電気設備学会の6学会である.
これらの関西支部が合同して学会を開催するのである.

おかげさまで,無事に終えることができた.
今回は,すべての講演をポスター発表にするという
試みがあった.
概ね成功だったと思えるけれど,ポスターとなると
学生が中心となってしまって,企業の方の発表が
少ないような気がする.
今後の課題なのだろう.

9日.梅田にて電気学会の調査専門委員会.
太陽光発電の現状と,種々の電気回路に関する報告を聞く.
こちらの方もそろそろ技術報告書が話題になってきた.
昨日,委員の方々と話していると,
急に年末が身近に感じられるようになってきた.
もう臨戦態勢である.

今後は,パワーエレクトロニクス学会の専門講習会が
11月21日に,大阪科学技術センターで,
同じくパワーエレクトロニクス学会の若手研究発表会が
12月19日に大阪大学銀杏会館にて開催されるので,
その準備に追われそうである.

とにかく,すべての行事が無事に終わることを祈るばかりである.

2009年11月9日月曜日

「新耳袋」で納得がいかないこと

「新耳袋」全10冊,1000話の怪談を
読み終えたわけなのだけれど,
納得のいかないことが二つある.

ひとつは,「新耳袋」に収録されていると
思っていた話が1000話の中に見つからなかったのである.
私が記憶している話のおおよそは次の通りである.

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あるCMディレクターか関係者の話で,
ある女優を用いたCMを撮影したのだけれど,
そのフィルムは採用されなかった.
理由は,その女優の耳が
なぜか映っていなかったからだという.

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このように単純な話だけれど,
あまりに奇怪なエピソードなので,
記憶にずっと残っているのである.

この話は,雰囲気からして「新耳袋」に
収録されているものだとてっきり思っていたのだけれど,
違ったようである.
詳細を確認できるかと思い,巻を追うごとに
ワクワクしていたのだけれど,10巻(第10夜)まで読み終えて
結局見つからなく,がっかりしてしまった.
この何年間も続くモヤモヤした気持ちは
どこへ行けば良いのだろうか?
どなたか,この怪談の出典をご存知の方は
いらっしゃらないだろうか.
これからもずっとはっきりしない気持ちを
引きずっていかなければならないのか...

もうひとつ,納得がいかないのは,
「警備会社」のエピソードを2度読んだ気がすることである.

この「警備会社」の話は,9巻(第9夜)の最後に
シリーズとしてまとめられている中のひとつで,
この警備会社の渋谷事務所に女の幽霊がでることにより
引越しをやむなくされたというものである.
警備会社なので,幽霊に遭遇した警備員と本部との
電話の会話の記録が残っているところがミソで,
女の声がちょうど警備員の会話に合いの手を入れるように
録音されていて,それがリアリティを生んで
面白さを増している.

この話を読んでいるときに,あれ?これは2回目だと思った.
話のオチまではっきりと覚えているので,
どこかで読んだことは間違いないのだけれど,
どこで読んだのか,記憶がはっきりとしない.
第9巻を読むのはこれがはじめてのはずなのだが...
この話が2回収録されているのかとも思ったが,
そうでもないようだ.
以前に読んだことがあるのならば,前後のシリーズの
話も覚えていてもよさそうであるのだが,
この話しか覚えが無い.
う~ん,これはかなり納得がいかない.
これもずっとすっきりしないままなのだろうか...

この先,もう次の「新耳袋」を読めないということが,
最も残念である.
最初は,1998年,最終巻は2005年の発表である.
最初の頃のエピソードでは,ポケベルに
関わる話があったりしたのに,
最後の方は携帯電話に関わる話が多くなっていて,
時代の流れも感じさせる.
これから何を楽しみにすればよいのか.
誰かの書いた怪談小説などは,結局作り物という気がして,
怖さに奥深さが足りないような気がする.
不可解な怪異が不可解のまま残される,
この「新耳袋」の面白さは他には見られないものである.
はぁ,次のシリーズは出ていないものなのだろうか.

#「警備会社」の収録巻が間違っていました.
第9巻に修正(11/10)

2009年11月8日日曜日

スマートグリッドは日本で実現するか

怒涛の一週間の記録,第2弾.

11月5日(木).
日経BP他主催の「スマートエネルギー」に
関するシンポジウムに参加する.
米国オバマ大統領が,グリーンニューディール政策に
言及して以来,「スマートグリッド」はやりである.
学会でも「スマートグリッド」に関わるセッションを
開けば,多人数が集まる状況である.
今夏の電気学会 電力・エネルギー部門大会においても
「スマートグリッド」に関するシンポジウムを開いたところ,
予想以上の参加者があって,当日急遽広い会場に変更したと
聞いている(私は残念ながら参加できなかったが).
ICT技術とエネルギーをうまく組み合わせることにより,
一層の省エネ,新しいサービスの提供が可能となる
ということが,「スマートグリッド」の
大まかな趣旨なのであるが,
その具体的な概念がいまだ不確かなため,
それが一体どんなものかということを知りたくて
多くの研究者が集まっているというのが,実情ではないだろうか.
サンノゼで開かれたECCE2009においても,
「スマートグリッド」に関するラップセッションが
開かれたが,人は集まったものの,結局議論は
概念的なものに終始し,満足のいかないものであった.

今回のセミナーは目黒の雅叙園で開催された.
会場に到着してみると,オバサマ方の集団の数の多さに
圧倒される.観光バスも何台も乗り付けている.
もしやここまでスマートグリッドは
一般化しているのか?とも思ったが,
残念ながらそうではなく,その集団はフラワーアーティスト
假屋崎省吾さんの展示会を見に来た方々だった...

しかし,セミナーも盛況で350名以上は参加者がいたと
思われる.あちらこちらから聞こえてくる会話から判断すると
どうも電気関係の人たちだけではないようである.
スマートグリッドに期待する業種の多さを実感する.

セミナーの最初には,民主党の福山外務副大臣からの
挨拶があった.15分程度のお話だったが,その中で,
鳩山首相の25%CO2削減の宣言実現に,
政府は本気で取り組むつもりであることを明言されていて,
確かにそのためには国民はある程度の負担をしなければならないが,
それは負担ではなく,投資と考えて日本のシステムを変革する
よいチャンスと考えて欲しいとおっしゃられていた.
会場の参加者の中にも,その言葉に勇気付けられた
人たちが多かったようだ.

講師は,米国のSilver Spring Networks,Intelからの他,
東京ガス,大和ハウス,日本ガイシ,三洋電機,日産自動車からの方々で,
それぞれの取り組みについて紹介されていた.
スマートグリッドとは直接関係ないが,個人的には
日産の方がプレゼンされた電気自動車に
ぜひ乗ってみたいと思った.
私の通勤の足にぴったりである.
静粛性は,カーステレオで聴くクラシック音楽にぴったりだし.
ランニングコストは低いが,なにせイニシャルコストが高い.
なんとか安くならないものか(特に電池...)

全体的にも良くまとめられたセミナーであったと思う.
今後も各企業がどのような取り組みをしているのか,
互いに紹介しあうこうした機会を設けなければならないと思う.
なんといってもスマートグリッドは,各社バラバラで
研究開発できるものではないからである.
日本としても米国,欧州に対抗していくために,
一致団結して進めていかなければならないだろうし.
ただ日本では各電力会社の協力がうまくいくのかどうかという
心配はある.
そもそも電力会社の間には,日本の電力系統には
スマートグリッドは不要である,との意見もあるくらいなのである.
しかし,それではまた日本はまた世界の流れから取り残され,
規格競争に敗れ,市場を得ることができない.
世界の市場のためにも,日本はやはりスマートグリッドを
やらなければならないのではないかと思う.

11月6日以降は第3弾につづく.

焼きそば(11/3)とパワエレ調査専門委員会(11/4, 東京)

怒涛の一週間であった.
記録の意味も含めてエントリー.
(駄ネタですみません.いつもそうだけど)

11月3日(火) 文化の日.
朝から焼きそばを焼いていた.
私が住んでいる町の祭りが開催された.
そこで,息子がお世話になっている
地域の団体も焼きそばのテントを出展したので,
お手伝いをしたのである.
正確に言うと,鉄板でそばを焼いていたのではない.
鉄板の後ろで,そばやキャベツ,豚肉の準備,
ソースの計量をしていただけなのであるが...
実は昨年も同じお手伝いをさせていただいた.
こうした機会は,つねづね息子がお世話になっている
ことへの恩返しということで,有り難い.
なかなかこのようなチャンスがなければ,
感謝をお伝えできることができないからである.
当日は,かなり冷えたので祭りへの人出も
いくぶん昨年より少なく,苦戦はしたけれど,
焼きそばは700食完売.十分な利潤を上げることができた.
夜はぐっすりと眠りにつく.

11月4日(水).
電気学会の配電系統関連のパワーエレクトロニクス技術に
関する調査専門委員会が東京で開かれる.
これから技術報告書作成を行うということで,
内容について議論をする.
こうした電気学会の調査専門委員会がまとめる技術報告書は
なかなか資料価値が高い.
ボランタリで委員の方々にはご参加いただいているのだが,
直接参加いただいている委員の方々にとっても,
学会員にとっても有意義な会であると思う.
今回の報告書は,配電系統のコンポーネントとなる
パワエレ機器だけでなく,それが適用されたマイクログリッド,
新エネルギーシステムなどについても最新の結果が
網羅される予定である.
また,船舶,航空機などの移動体における
配電システムについても紹介する予定である.
実は私も今回の委員会で初めて知ったのだけれど,
船舶などは船そのものが動くマイクログリッドであるので,
古くから先進的な電力マネージメント制御を適用している.
(停電は,船の危険に直結する非常事態である)
電気学会の会員の方々に,こうした情報をご紹介できるのは,
珍しいことになるのではないだろうか.
前委員会の報告書の売り上げは非常に良かったということで
昨年は学会から賞をいただいている.
今回も好評を得られるよう,努力をしたいものである.

夜は懇親会.
やはり同じバックグラウンドを持つ人たちと
話すことは楽しい.
もうこの調査専門委員会も終わりかと思うと
さびしいと感じる...

長くなってきたので,以降は別エントリーにて.

2009年11月2日月曜日

この世は不可思議であふれている

少しずつ読み進めていた「新耳袋」を
とうとう10冊,完読した.
もっと教科書なんて役に立つものを
読めばいいのに,と言われなくもないが,
生活に潤いを求めて(笑),
こうした本もやはり読むのである.

「新耳袋」というのは,二人の編者が蒐集した
怪談を1冊に100話ずつまとめたシリーズである.
全十冊でシリーズ終了.
私もこれで1000話読んだことになる.

「新耳袋」を知っている人は,あれ?と
思ったかもしれない.
1冊あたり収録されているのは
99話とされているからである.

1冊に100話を収録するのは,もともと
「百物語」の慣習に従ったものである.
「百物語」というのは,人々が夜分に集まって,
100本のろうそくを灯し,怪談を1話終えるごとに,
1本ずつろうそくを消していく,という趣向の
催しである.
100本のすべてのろうそくが消し終わった時,
真っ暗になった部屋,あるいは帰り道で
怪異現象が起こると伝えられているのである.

当初,この「新耳袋」は100話収録して
出版されていたが,一晩で1冊読み終わった人から,
怪異現象が起きたと苦情(?)が多かったため,
出版社を変えて復刊されたときには,
収録話数を99話としたのだと本に書かれている.

しかし,読んだ人ならばすぐにわかる通り,
99話であるのは,番号付きの話だけで,
実際には番号なしの話が1話あって,
結局100話だったのである.

ということで,10冊読み終えた私は,
1000話の怪談を読んだことになる.

読み終えて思ったことは,
私たちの身近なところでも
怪異があちらこちらにあるということである.
それが本当に超常現象的なものなのか,
それとも単なる錯覚や心理的な原因による
ものなのか分からないが,
とにかく事象として認知されることは
間違いなのだろう,ということだ.

私たちはそれを目や耳にしながら,
それに気付かない,あるいは(無意識的に)
無視しているのだろうと思うのである.
なぜならば,この世にはちょっとした理論では
説明できないことに満ち溢れている.
私たちが目にしているすべてについて
その合理的な原因を説明できるわけではない.

身体的あるいは心理的な状態が
ある条件下にあるとき(たぶんそれはネガティブな状態),
そうした現象を知覚するしきい値が下がり,
不可思議な現象として認知されるのではなないだろうか.
通常,私たちは気づかないだけで,
不可思議な現象は身の回りにあふれているのだ.

まぁ,その他にも怪談を読むことによって,
日本人の文化というものにも少し目がいくようになったし,
久しぶりに柳田国男などの著作にも興味が出てきた.
いいなぁ,怪談って.

「新耳袋」については,まだ思うことがあるので,
それは明日か,また近いうちに.