2009年11月2日月曜日

この世は不可思議であふれている

少しずつ読み進めていた「新耳袋」を
とうとう10冊,完読した.
もっと教科書なんて役に立つものを
読めばいいのに,と言われなくもないが,
生活に潤いを求めて(笑),
こうした本もやはり読むのである.

「新耳袋」というのは,二人の編者が蒐集した
怪談を1冊に100話ずつまとめたシリーズである.
全十冊でシリーズ終了.
私もこれで1000話読んだことになる.

「新耳袋」を知っている人は,あれ?と
思ったかもしれない.
1冊あたり収録されているのは
99話とされているからである.

1冊に100話を収録するのは,もともと
「百物語」の慣習に従ったものである.
「百物語」というのは,人々が夜分に集まって,
100本のろうそくを灯し,怪談を1話終えるごとに,
1本ずつろうそくを消していく,という趣向の
催しである.
100本のすべてのろうそくが消し終わった時,
真っ暗になった部屋,あるいは帰り道で
怪異現象が起こると伝えられているのである.

当初,この「新耳袋」は100話収録して
出版されていたが,一晩で1冊読み終わった人から,
怪異現象が起きたと苦情(?)が多かったため,
出版社を変えて復刊されたときには,
収録話数を99話としたのだと本に書かれている.

しかし,読んだ人ならばすぐにわかる通り,
99話であるのは,番号付きの話だけで,
実際には番号なしの話が1話あって,
結局100話だったのである.

ということで,10冊読み終えた私は,
1000話の怪談を読んだことになる.

読み終えて思ったことは,
私たちの身近なところでも
怪異があちらこちらにあるということである.
それが本当に超常現象的なものなのか,
それとも単なる錯覚や心理的な原因による
ものなのか分からないが,
とにかく事象として認知されることは
間違いなのだろう,ということだ.

私たちはそれを目や耳にしながら,
それに気付かない,あるいは(無意識的に)
無視しているのだろうと思うのである.
なぜならば,この世にはちょっとした理論では
説明できないことに満ち溢れている.
私たちが目にしているすべてについて
その合理的な原因を説明できるわけではない.

身体的あるいは心理的な状態が
ある条件下にあるとき(たぶんそれはネガティブな状態),
そうした現象を知覚するしきい値が下がり,
不可思議な現象として認知されるのではなないだろうか.
通常,私たちは気づかないだけで,
不可思議な現象は身の回りにあふれているのだ.

まぁ,その他にも怪談を読むことによって,
日本人の文化というものにも少し目がいくようになったし,
久しぶりに柳田国男などの著作にも興味が出てきた.
いいなぁ,怪談って.

「新耳袋」については,まだ思うことがあるので,
それは明日か,また近いうちに.

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