2010年12月28日火曜日

静かなレクイエムが似合う小説:「虐殺器官」(伊藤計劃)

年末はずっと忙しい状態が続いた
(いや,まだ続いている)のだけど,
そんな私をずいぶん悩ませ続けたことがある.

それは,この

「虐殺器官」(伊藤計劃 著,早川文庫)

という一冊が面白すぎたこと.
仕事が忙しくても,合間を見つけては
読み続けてしまった.
就寝前,入浴中,通勤電車の中,
とにかくページを開くのが待ち遠しかった.
それほど面白かったのである.

個人的には,「リング」以来のヒット作.
久しぶりに面白いSFを読んだと
しみじみ思わせてくれた.

ポスト9.11の世界.
世界は情報技術の進展によって,
異常なほど管理されたものになっている.
それはテロ対策でもあった.
また医療の世界も,ナノマシンによる治療技術,
脳機能を直接制御することによる感情支配,
そんなことが当然に行われるものになっていた.

主人公はアメリカ軍の若い兵士.
彼も感情をコントロールし,暗殺部隊として
最適化されて,日々任務をこなしている.
テロは激減したが,その代わり
世界では虐殺が頻繁に発生していた.
主人公はその虐殺の首謀者を暗殺して回る.
だが,共通する虐殺の陰に
ひとりのアメリカ人の存在が浮かび上がってきて...

と,少しだけあらすじを紹介したけれど,
あらすじだけでは全然面白くない.
近未来を彩る種々のテクノロジーの描写が
非常にリアルで,それを読まなければ
この小説の面白さは伝わってこない.
まさに,神は細部に宿る,のである.

こうしたディテールの上に構築された
この物語は,SFでなければ描けない問題,
しかし現在の私たちの世界から地続きである
世界の問題を取り扱っている.
この着想といい,ディテールを支える博識といい,
そしてそれを描ききった筆力すべてが,
著者の並外れた実力を示している.

タイトルの通り,描かれる情景は,
もちろん虐殺の現場で,凄惨極まりないのだけれど,
その描写はなぜか詩情にあふれ,時には美しさまでも
感じてしまうほどなのである.
事実,この小説を読んでいるときに私が聞きたくなったのは,
フォーレのレクイエムと,バッハのミサ曲ロ短調,
ブルックナー交響曲第9番なのである.
これが作者の狙いだとしたら,
私はこの著者の感性と筆力に全くもって
(しかし喜んで)敗北するのである.

SFがSFである必要性を感じるのは,
このようにSFでなければ描くことのできない,
世界とその問題を取り扱う場合のみである.
そしてそれが達成できたときに,
その作品は名作と呼ばれるのである.

実は,この作品はいくつかの賞を受賞していて,
ゼロ年代1位とまでいわれているのである.
私がこんな風に言わなくとも,
世間的にはすでに名作なのだ.

「伊藤計劃」という名前も何度も目にしていたけれど,
あまりに絶賛されているので,
敬遠していたところがある.
こればかりは自分の不明を恥じる.

しかし,ご存じのとおり著者は1年ほど前に
すでに亡くなっている.
残した長編は、この虐殺器官を含め
わずか3作しかない.

私は残されたあと2作を,
愛おしく読むことだろう.

そして彼の短編やブログを含めた
他の著作をまた探すことになるのだろう.
「伊藤計劃」は,それほど私にとって
大きな鉱脈なのである.

#今年中にこの記事が書けて良かった...

2010年12月27日月曜日

「打ち合わせ会」に研究室のあるべき姿を見た

先週の金曜日は,研究室の忘年会で,
とりあえず一年の締め.
夜は梅田で楽しく過ごした.

忘年会は金曜日だったけれど,先週は
月曜日からは「打ち合わせ会」と呼ばれる,
学生からの進捗状況報告会が続いたのだった.

一人一人,10~15分程度自分の研究の
進捗状況を報告し,その内容について
15分程度議論するのだけど,
これが修士論文,卒業論文を見越したもので
なければならないから,当然議論(というか,教員からの質問)は
厳しいものになるわけで,学生たちは戦々恐々として準備する.

一ヶ月くらい前からは,研究室の雰囲気も
ずいぶん盛り上がってきて,あぁ,卒業が
近づいているのだなぁと,この時期になると実感する.

総発表人数は,なんと31名.
平均30分としても,15時間以上,
学生の皆さんの報告を聞くことになる.
実際には4日間に分けて聞いたのだけど,
やっぱりそれなりに疲労する.
学生の皆さんも大変だけれど,
教員だって大変なんだってば,と言いたい.

しかし,感激したのは,この打ち合わせ会が終わってからも,
学生の皆さんが各自,同僚や先輩,後輩と
個別に議論していること.
みな自分の研究を少しでも良くしようと
真剣なのである.

...素晴らしいよ.
これこそが研究室のあるべき姿なのだと,
私はヨヨと涙したくらいである(涙はウソ).
いいなぁ,本当に感激しました.

しかし,これが正月を過ぎると,
またなにかが落ちてしまうんだよなぁ.
(というか,ネジがゆるむというか)

まぁ,私も正月,脳みそが奈良漬け状態になるだろうから,
人のこといえないのだけれど,
新しい年は,研究意欲に満ちあふれた状態で
ぜひ迎えていただきたいなぁ,と思うのである.

2010年12月22日水曜日

ひとりで過ごす時間を持とう

明日が休みだったなんて!
夕方,打ち合わせの途中であらためて認識した.
もちろん,23日が休みであることは
前々から承知していたけれど,
それが明日だったとは!
なんどもメモ帳を見ているはずなのに,
恥ずかしい...
つまりは,心に余裕が無いのだ.

しかし,明日が休みだと大変困る(参った...)
やろうと思っていた仕事が
全然終わらない.
年内に今年やろうと思っていた仕事は
終了するのだろうか.
本当に心配になってきた.
明日は家で仕事をしよう...

しかし,家にいるときくらいは
子供と遊んだり,音楽を聴いたり,
本を読んだりしたいんだよなぁ.
もちろんそしてゆっくりと酒を飲む.
そうして過ごす休日ほど,今は
うれしいことはない.

学生の頃,休日になると
ひとりで過ごすのが大好きで,
下宿近くの駒沢公園で芝生に寝っ転がって
本を読んでいたり,
部屋に戻って,ワインを片手に
フライドチキンと食パンを食べたり,
なんと贅沢な時間を過ごしていたのだろうと思う.

五島美術館にも出かけたし,
神田で書店巡りも大好きだった.
もちろん映画も何本も観た.

すべて「ひとり」というところがミソで,
(別に恋人がいなかった,ということではなくて)
誰にも気を遣わずに過ごす時間が
本当に大切だった.


誰ともしゃべらないで済むならば,
一週間くらい全然しゃべらないでもいられた.
(まぁ,銭湯のおじさんに挨拶くらいはしたけれど)



私が一番長くひとりでいた時間,
それは学生の頃,3週間くらいアメリカを旅していたときかな.
ひとりで移動し,次の町でホテルをとって,
ひとりで泊まった.
途中友達にあったり,ユースホステルに
泊まったりしたけれど,基本的に独りで過ごした.
その時間がなんとノビノビできていたことか!
人のしがらみから遠く離れていた.
(旅のはじめと終わりは国際学会に参加したのだけれど)


ダライ・ラマも一日のうち,ひとりで過ごす時間を
持ちなさい,と言っているが,
現在となってはそれが大変贅沢な望みで
あることを思い知る.
家庭を持てば仕方ないとは思うけれど,
それでもひとりの時間は必要だ.
私などは毎日の通勤時間,車中で
独りでいられるけれど,うちの奥さんなどは
本当に気の毒だと思う...

学生の中には,ひとりで時間を過ごす,ということを
恥ずかしく思う人も多くいるようだけれど,
そんなことは全然無い.
むしろ若いときほど,ひとりで過ごす時間を
多くもった方が良いと心から思う.
年をとってからでは,遅すぎる.

#山に籠もることが若い頃からの夢なんだけれどなぁ.
でもシャワートイレが無いといやなんだよなぁ.

2010年12月21日火曜日

「グレート・ギャツビー」(S. フィッツジェラルド)

大学に来て,予想と違っていたことに,
読書の時間がなかなかとれないということがある.
もっと毎晩ゆっくりと本を開いて...というのが
あまり実現できていない.
今年も20冊くらいしか読めていないのではないか.

そんな数少ない本の中でも,いくつか印象に
残ったものがある.
そのひとつが,

「グレート・ギャツビー」(S. フィッツジェラルド,村上春樹訳)

であった.
実は大学時代に,野崎孝訳を読んでいるのだが,
村上春樹の新訳と聞いて,購入して読んだのである.
とはいうものの,野崎孝訳の描写など覚えているはずもなく,
(最後の一文は覚えているけれど)
あらすじはわかっているものの,
初めて読むような感覚で,ページを繰ることができた.

年を取ったからかもしれないが,
かげりゆく青春のきらめき,という感じで,
かなり切ない気持ちになった.
登場人物たちはまだ二十代か三十代前半で,
行動もそれにふさわしく若々しいのだ.
まずそれを感じた.
今の私には到底できないような行動をするのだ.
逆にそれがうらやましい.
若さゆえの行動が,悲劇につながっていくのだけれど,
もうギャツビーの哀れさにぐっときてしまう.
しかし,それがうらやましくもある.
私には,そうした若さは二度と戻ってこないのだと,
再確認しながら読むことになった.

華麗なるギャツビー」はロバート・レッドフォードが
ギャツビーを演じて既に映画化されている.
確かビデオで観たはずなのだけれど,
レッドフォードのかっこよさだけが記憶にあって,
その他のことを覚えていない.
しかし,レッドフォードははまり役だったのは確かだ.

それが,レオナルド・ディカプリオ主演で
リメイクされることになっているらしい.
語りのニックは,トビー・マグアイア,
そしてデイジーが,キャリー・マリガンという
配役とのこと.
う~ん,ディカプリオのギャツビーは気になるなぁ...

結局,物語の最後,ギャツビーには悲劇は訪れ,
彼に見向きをする人は誰もいなくなる.

物語,最後の一文は,

So we beat on, boats against the current,
borne back ceaselessly into the past.


(そう,私たちは,絶えず過去へと押し戻されながらも
流れに逆らってボートをこぎ続ける)

今読んでも切ない終わり方である.

2010年12月17日金曜日

表紙に惹かれて本を買う:「グレン・グールドは語る」

CDのジャケットの写真に惹かれて
CDを購入することをよく「ジャケ買い」などというけれど,
今回は,「表紙買い」.
表紙の写真に惹かれて,本を購入してしまった.

「グレン・グールドは語る」
(グレン・グールド,ジョナサン・コット,
ちくま学芸文庫)

表紙には赤いセーターを着た若い頃の
グールドの写真.
目が繊細でなにか惹きつけられる.
ついつい手に取ってしまったのである.
(本の中に,日本での訳者がわざわざ
この写真を選んだという話が載っている.
まんまと制作者側の策略に載ってしまったわけだ)

薄い本で,内容は主に2つのグールドへの
電話インタビューをまとめたもので,
その他,コットによるグールドとのインタビューの
経緯が紹介されている.

以前にも書いたように,私は(も)グールドが大好きで,
彼の難解な著作も少しだけ読んだりする.
(内容はわからないけれど)
もちろん評伝なども読んだりする.
変人,かつ天才と言われた人物像は
やはり魅力的なのだ.

今回もさまざまな事柄に関する彼の意見が
述べられていて面白いのだけれど,
グールドの伝説として有名な
指揮者ジョージ・セルとのエピソードの
真相が述べられていて大変興味深かった.

セルがコンサートのリハーサル中に,
グールドが彼特有の低い椅子の足の高さを
長時間かけて調節していたら,
セルが「君のおしりをスライスすればいいのに」と
いって怒ってしまい,以来共演はしなかった.
しかし,その後もセルは彼をセルの手兵である
クリーブランド交響楽団には客演として
呼び続けたのだという.
そして,グールドの演奏を聴いてセルが,
「彼は変人だが,天才だ」
という有名な言葉を残した,という話である.

まぁ,話に尾ひれがついて広がっていく顛末は
本を読んでいただくことにして,
こうした芸術家らしいエピソードが
語られていた時代がうらやましい,とつくづく思う.
最近の演奏家たちは皆スマートで,
こうした話をあまり聞かなくなったような気がする.
(単に私が,レコ芸とか音友とか読まなくなった
だけかも...)
でも,こうした話は芸術家の人となりがわかって,
面白いんだよなぁ...

人にもぜひおすすめしたい本なのだけれど,
欠点がひとつ.
大変薄い本であるにもかかわらず,
価格は1100円.
レジで値段を聞いて驚いた.
なんとかなりませんか,出版社様...

2010年12月16日木曜日

パワーエレクトロニクス学会第186回定例研究会:若手研究者のための発表会@立命館大学,12/11

先週の土曜日は,パワーエレクトロニクス学会
第186回定例研究会であった.
立命館大学で開催されたので,
少々参加人数を心配したのだけれど,
終わってみれば159名という大盛会.
本当に嬉しいことである.

さて,何度かこのブログでも話題にしているけれど,
この研究会は若手研究者が中心となって,
企画・運営を行っている.
(大学,高専の学生と企業の若手研究者)
学会の幹事団とはほとんど独立して
業務が進められている.
本当に素晴らしい.
今年は,学会庶務幹事である私も
ほとんど何も仕事をしなくて済んだ.
それでも緻密に練り上げられたプランに沿って,
会は無事成功裏に終わったのである.
幹事の皆様,そして担当評議員の方々,
本当に有難うございました.

講演の企画,講演のやり方,会場の手配と設営,
会計管理から講師の対応,懇親会まで,
すべてがうまく行っていた.
若手幹事の皆さんの実力をあらためて思い知る.
毎年,この会のあとには,若手幹事の能力,
畏るべし,と思わずにはいられないのだけれど,
今年は例年にまして特にきっちりと
運営がされており,
いくつかの問題も発生したけれど,それらを
乗り越えて成功に導かれている.
私たちも見習わなければと思う.

さて,当日は特別講演として,
JAXAの西山先生より小惑星探査機「はやぶさ」に
関するお話をしていただいた.
やっぱり宇宙は大変なのである.
そして,その技術はすごいのである.
日常生活からは想像ができない過酷な条件で
動くことが機器や回路に求められる.
ひとつの電気機器の究極の環境といえるだろう.
会場の学生たちも強く興味を持ったのではないかな.

その後はポスター発表が42件.
パワーエレクトロニクス学会の特徴として,
とにかく議論が深い.
発表者が学生だからといって,だれも手加減しない.
細かいところまで,あるいは全体のコンセプトを
しっかりと尋ねられる.
発表者は,1時間半,ずっと対応しっぱなしである.
良い刺激になったのではないだろうか.
質問もだいたいは,建設的なものが多いから,
今後の研究にも参考になったことでしょう.

私は懇親会は失礼したのだけれど,
100名程度の参加者を得て,大変盛況だったと
聞いている.

いいなぁ.
活気がある研究会が開かれるうちは,
パワーエレクトロニクス学会も安泰だろう.
課題は,このクオリティを維持,向上させていく
ことかと思う.
規模が大きくなるとそれが難しくなる.
この規模で開催し続けるのであれば,
応募の時点で,発表を断る必要が出てくる.
それはそれで大変である...
まぁ,こうした問題もある意味幸せな悩みである.
来年からも会の発展を期待したいと思う.

#今回は,かたい話ですみません.

2010年12月15日水曜日

四十九日法要

またまた更新が休止しておりました.
すみません.
(と,誰に謝っているのか...)

先週の土曜日は,パワーエレクトロニクス学会の
定例研究会で立命館大学へ.
(この話はまた別途)
その懇親会を失礼して,そのままバスで新潟に帰省.
父の四十九日法要に参加する.

父が亡くなってあっという間に6週間が
経ったことになる.
本当に時間が過ぎ去るのは速い.
父のことは亡くなってからこそ,
よく思うようになった.
やっぱり,なぜ生きているうちに
そうしなかったのか,悔やむことになっている.

うちは浄土真宗なので,法要のあとに
住職のお説教がある.
四十九日の意味についてのもので,
まずは一般的なお話であった.
(その他の話がそのあとに続く)

すなわち,人は死んでから7日ごとに
閻魔大王の裁きを受けることになる.
閻魔大王の鏡に生前の行い,
身口意の三業について質され,
(つまりは,五悪をしていないか.
五悪とは,殺生,偸盗,邪淫,妄語,飲酒のこと)
それにもとづいて裁きが下る.
そして49日目に次に生まれ変わる世界が
決定するというのである.

それは別にパラレルワールドではなくて,
六道輪廻の話で,
地獄,餓鬼,畜生,修羅,人間,天上,の6つ.
あるいは,仏の世界である極楽.
どれかに生まれ変わることが決定するのである.

少しでも亡き人が良い世界に生まれ変わることが
できるようにするのが追善供養.
四十九日法要も,そのひとつにあたる.

しかし,実際には,その日にまた家族・親戚が
集まって,故人を偲び,思い出を語らうことが
重要なのだと私は思う.
故人を思い,悔やむこと,反省すべきことを知り,
明日からの生活に活かす.
それこそが故人の導きなのだろう.

仏教でいうところのお布施とは,故人から受けた恩を
誰かに返すことだと思う.
私は父から受けた恩を,また誰かに施したいと思う.
そういう,少しは殊勝な気持ちになれたのも
四十九日法要のおかげなのだろう.
まずは父に感謝である.

2010年12月10日金曜日

瞬低で停まった工場のUPSは,どこのメーカの製品か?

すみません.
ちょっと時間がとれず,ブログ更新が
できませんでした.

昨日も東京で,電気学会の産業応用フォーラムで
お話しさせていただく.
なんとか自分の役割を果たせたと思う...
ブログに書けなかった出来事については,
来週以降,おいおいと書くことにいたします.

さて,本日,研究室の学生たちが何かしら
ワイワイと話していた.
尋ねてみると,瞬時電圧低下のニュースに
ついての話題.

新聞によれば,12/8未明に中部電力管内で
発電所附設の変電所の開閉設備の不具合のために,
瞬時電圧低下瞬低と呼ばれる)が発生し,
その影響で東芝の半導体工場の操業が停止したとのこと.
来年度の1~2ヶ月間の半導体の出荷が最大2割程度
減少するとの見通しらしい...

私も昨晩の帰りの新幹線の中で,このニュースを見た.
瞬低が話題になるなんて珍しい,と思ったのだけれど,
(落雷等でそれなりの頻度で発生しているので)
学生たちは別の話題で盛り上がっていた.

すなわち,東芝の工場に設置されている
無停電電源装置(UPS)は,どのメーカのものなのだろう,
ということである.

半導体工場のような,瞬低や停電に弱い設備では,
通常,UPSが設置される.
電力系統で今回のように事故があった場合に,
電池やコンデンサに貯めておいた電力を用いて
電圧の不足分を補う装置である.
このUPSがあれば,なにか系統事故があっても,
工場の機械から見れば,瞬低や停電は無かったように
運転を継続できるのである.


新聞記事によれば,原因となった瞬低は,
電圧低下率50%, 瞬低継続時間70ms程度の
決して珍しくはないものだったという.

今回がシビアな事故だったらわかるけれど,
50%,70msの瞬低は,結構頻繁にあり得るもので,
当然UPSは補償しなければならないレベルのものである.
それが,カバーできなかったのだから,
UPSメーカに対して工場は損害賠償を請求するのでは
ないか,と学生たちは話していた.
そして,それがA社なのか,B社なのか,
いや,B社ブランドだけれど中身はA社のものではないか,
などという話題で盛り上がっているのである.

私は少しうれしい.
一般の人だったら,当然中部電力だけが悪いと考えるだろう.
(確かに,人為的な事故であったのであれば,
当然追及されるべきものである)
しかし,研究室の学生は,(一応(笑))勉強しているだけあって,
UPSのメーカにまで考えが広がる.
それがうれしいのである.

まぁ,学生にとってみれば,
自分たちもそういうメーカに就職するわけだから,
恐怖におののいている訳なのだけれど...

しかし,近辺では操業がストップした工場がいくつかあったという.
どの工場もUPSが設置されていたとしたら,
今回は,ちょっと普通ではない
UPSが動作しにくい瞬低だった可能性もあり得る.
続報を待ちたいと思う.

(とはいえ,新聞には載らないだろうから,
知り合いに後で顛末を尋ねてみよう...)

2010年12月6日月曜日

出る前に負けること考えるバカいるかよ!

先日,ある学習塾の前を通りかかったら,

「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」

という言葉が今月の標語(?)として
張り出されていた.
思わずニヤリとする.

これはもちろん,アントニオ猪木の言葉である.

ある大会で「もし負けた場合はどうしますか」と
アナウンサーに聞かれて答えた言葉.
そしてこのアナウンサーはビンタを食らったのである.
(これが猪木のビンタの始まりとされている)

これは一部の人には有名な話なのだが,
これが学習塾に貼られているとは...

確かに最近の若い人の中には(また出ましたこのフレーズ),
やる前から,これがダメだったらどうしようと,
グダグダと考えて一歩を踏み出せない人が,
見受けられる.
たぶん失敗や間違いの無い人生を歩んできたんでしょう.

私なんて,人生過ちだらけだから,
少しぐらい失敗したって,そんなものだと思っている.
失敗や間違いを恐れたって,なにも手に入れられない.
知識・経験は身銭を切って得る必要があるのだ.

それよりも一歩を踏み出す勇気を持とう.
やるだけやって,それでダメだったら,
それから負けることを考えてもいいではないだろうか.
私の合氣道の先生もそのように教えておられた.
やる前に負けることを考えていては,
勝てるものも勝てなくなってしまうのだ.

アントニオ猪木はこうも言っている.


「この道を行けばどうなるものか,危ぶむなかれ.
危ぶめば道はなし.
踏み出せばその一足が道となり,その一足が道となる.
迷わず行けよ.行けばわかるさ」

いいなぁ,アントン.

睡眠時間を十分にとる

今日は少し暖かいからだろうか,
強烈に眠い.
週末はそれなりに寝たのに,
まだ眠い.
心身ともに疲れているのだろうか.

睡眠時間はとれているからか,
頭のクロックは高く動いているように思える.
判断が速い.

こうして考えると,日頃の睡眠時間の
短さ(4.5時間程度)はまずいなぁと思う.
睡眠時間を削って,なにかをすることは,
結局その行動の効率を下げている
可能性があるのかもしれないのだ.

睡眠時間もとれて,仕事も短時間で終わる.
そんなハッピーな生活は成立するのだろうか.
少し,そんな生活を目指してみようか.
一年が終わろうとしているこの季節,
いろいろと反省するのにふさわしい.

2010年12月3日金曜日

「はやぶさ」の話が聞きたい

今年の流行語大賞は,
「ゲゲゲの~」
だったとのことだけれど,
科学技術系の私としては,
「はやぶさ」
と言いたいところである.

7年間の旅を,遠隔操作で無事に終えるという,
工学的に見ると本当に素晴らしい快挙である.
数々のトラブルを乗り越えて帰還し,
小惑星の微粒子を持ち帰ったというのだから,
本当に関わった研究者,技術者の方々は
感無量であろうと思う.
工学者として,もしも自分がその立場だったら,と
思うと胸が熱くなる.
(たぶん,その前は胃が痛くなって
眠れない日々が続いただろうけれど)

そもそも7年間,メンテナンス無しで運転するのである.
自動車のエンジンだったらあり得ない.
イオンエンジンだからこそできたのだろうか.
(停止してしまったけれど)
それも7年前の技術なのである.
(この7年間にどれだけ技術の進歩があったか
考えてみると,ずいぶん前のことであることがわかる)

センシングもままならず,コマンドも時間遅れでしか送れない.
それでも地球にたどり着いたのである.
電子回路だって,真空,高温,低温,その温度差,
宇宙線による劣化,とにかく厳しい条件で
動作しつづけなければならないのに,である.
(まぁ,トラブルがあってもそれなりに検討する時間が
あったということが幸いなのだろう)

今年は,「はやぶさ」のニュースで夏は持ちきりだった.
(そのうち酷暑の話題に打ち消され気味だったけれど)
カプセルが公開されたときには,多くの人が見学に行った.
しかし,今はちょっと話題から遠ざかりつつある気がする.

これではいけない.
私たち,科学技術に心をときめかす人間は,
もっと人々に興味を持ってもらえるよう努力しよう!
理工学系の学生であれば,ますます興味を持って欲しい.

ということで,宣伝です(笑).

ローム記念館で,パワーエレクトロニクス学会主催の
ポスター発表(42件)の研究会が開かれます.
学生や企業の若手研究者による発表です.
(そしてこの研究会の運営も,
学会の若手幹事(学生,企業の若手)によってされています)

毎年,この研究会では特別講演が行われます.
今年のテーマは,なんと,「はやぶさ」です.

「はやぶさ」のイオンエンジンの開発に携われた
JAXA 西山和孝先生に,下記の要領でご講演いただく予定です.

【特別講演】 12:10~13:35 ローム記念館 5階大会議室
テーマ: 「小惑星探査機「はやぶさ」 
~システムとミッションの全貌~」

講師: 独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)
    宇宙科学研究所(ISAS)
    宇宙輸送工学研究系
    准教授 西山和孝 先生

(1) 講演前半「プロジェクトの概要」
(5分間休憩)
(2) 講演後半「システム構成・イオンエンジンの仕組みと制御」
(3) 質疑応答(15分間)

どーです!?
関西の学生・研究者・技術者のみなさんには,
ぜひこの機会に研究会に足を運んでいただきたく存じます.
そして,若手研究者の発表にも耳を傾けてください.
参加費は無料です(懇親会は有料ですが).

詳細は以下のURLをご覧ください.
(他のプログラム他,交通アクセスについても掲載されています)
皆様のご参加,お待ちしております.

パワーエレクトロニクス学会
 「第186回 定例研究会 ~若手のための研究会~」 


2010年12月2日木曜日

甘いものでも食べずにやってられるか!

全然仕事が終わらない...
身体を動かす時間が無い.
そして,ストレスがたまる.
すると,

「甘いものでも食べずに,やっていけるか!」

ということになり,
チョコレートやビスケットなどを
仕事の間にほおばることになる.

砂糖というのは怖いもので,
食べたあとに満足感をすぐに得ることができる.
しかし,それが中毒になり,
なにかストレスがたまるたびに,
すぐに甘いものが欲しくなる.
禁断症状が生じる.

白砂糖を摂ることをやめた人が
よく言うことは,白砂糖を摂ることによって,
身体の調子がよくなり,
逆にストレスを感じなくて済むようになる,
というものである.
身体の新陳代謝も高くなり,
すぐにキレなくなるという.

あぁ,私はやっぱり砂糖中毒なのだろう.
身体の調子も悪いし,
(特に太ってきたし(笑))
短気であることきわまりない.
そしてまたストレスがたまるのである.

この負のスパイラルをなんとか
断ち切らねば...

まずは運動をして,耐ストレス性を
高めていこう.
明日は稽古に行こう...

2010年12月1日水曜日

新しい手帳に予定を書き込むことは,未来をけずること

新しい手帳を使い始めた.
この5年程度,「ほぼ日手帳」を使っていたのだけれど,
今年は「ほぼ日手帳2011 Weeks」に変更.
最近は,ほぼ日手帳のように1日1ページの
分量を書き込むということが無くなって,
スケジュールの確認だけになってしまったので,
「Weeks」で十分なのである.

この「Weeks」は今年発売になったものなので,
使い勝手がどのようになるのか,
未知数なところがあるけれど,
とりあえず,クリーム色の紙がいい感じ.
ほぼ日手帳シリーズは紙が薄いし,
書きやすいし,それがこのWeeksでも踏襲されている.
ここがまず気に入っている.
またレビューも書く機会がいつかあるかも.

しかし,新しい手帳は気持ちがいい.
自分の未来が白紙であるかの
錯覚を起こさせてくれるからだろう.

養老孟司氏が,予定が書き込まれた未来は,
もはや未来ではない,と言っていたそうだけれど,
全くその通り.
すでに,12月,1月,2月...と次々と
月間スケジュール表にイベントが書き込まれて,
その多さにうんざりとする.
私に空白の未来は,すでに無いのだ.

予定を書き込んでいくたびに,
自分の未来を削り込んでいく.
悲しくなってくる.

ハッピーなイベントは見当たらない.
あぁ,来年も暗い一年になりそうだなぁ.

2010年11月30日火曜日

陳腐な歌詞に辟易とする

実は先週金曜日は,茨城県那珂市の
核融合研究所に行ったのだけれど,
その話はまた次の機会に.

そして昨日は研究室のイベントで,
嵐山に紅葉狩りにいったのだけれど,
これもまた次の機会に.
写真をUPできたら,記事書きます.

そして,仕事が遅れております.
ご迷惑をおかけしている皆様には,
もうしばらくお待ちをお願いいたします.



ということで,今日は他愛の無い話を.


最近,本当にヒット曲というものを聴かなくなった.
中高生の頃は,洋楽邦楽を問わず,
いろんな音楽を聴いていた.
松田聖子も,菊池桃子も,
ボンジョビも,バンヘーレンも,
そして,マイケルジャクソンも.

しかし,今はほとんど聴かない.
もちろん,良い音楽ならば聴きたいと思う.
けれども,現在は聴いた後に
時間の無駄だったとがっかりする音楽が
多すぎる.
これは,私の感性が時代から取り残されている
ばかりとはかぎるまい.

ちょっと前までは,車を運転するときには
FM局をよくつけていた.
最近のヒット曲がヘビロテで流れる.
それで良いときもあった.
しかし,今ではせっかくの時間なのだから,
良い音楽を聴きたいと思う.

そこで失敗が少ないのが,
まず,クラシック音楽.
これはいい.外れが少ない.
自然,聴く頻度が高くなる.

次に聴くのが,クラシックなロックやポップス.
70年代,80年代,90年代と
生き残ってきた音楽はやはりいい.
私が良く聴くFM局は,FM Cocoro.
45歳以上のリスナーを対象とした音楽局と
いうだけあって,古いヒット曲,名曲が多い.
しかし,古いと言っても,80,90年代の曲は
やっぱり良いし,ロックがロックらしかった時代の
曲は,安心する(笑)

あとは,私が好きなアーティストの曲.
佐野元春とか,スガシカオとか.
聴いていて,良い曲だと思う.
セールスが悪くても,彼らしか作れない曲を,
歌えない曲を,歌っている.
それがいい.

最近の曲でまずダメだと思うのは,
ポップスやロックであっても,
歌詞がまるで演歌のようだということ.
プロの作詞家の作品は,さすがに
そういうことは少ないのだけれど,
バンドとか,適当なシンガーソングライターだと,
陳腐な言葉の羅列に辟易とする.

例えば,
「夢」,「希望」,「愛」などの言葉に,
「永遠」,「はかない」,「明日」などの
お決まりのワードが続く.
これを,思い入れたっぷりに歌うのだから,
気持ち悪くなる.
なんて単純な言葉の羅列.

宇多田ヒカルもそうした歌詞が嫌いだと言っていた.
佐野元春も,スガシカオも.

もちろん,それが狙いの歌もあるだろう.
ウルフルズとか.

そして,昔で言えば,森高千里のセンス.
筋肉少女隊の大槻ケンヂが絶賛していたけれど,
なんというか,普通の言葉なのだけれど,
使い方が一風変わっていた.
そうした曲ならばいいと思う.

もしもこの記事を読んでいただいた人が
いたならば,少し注意して聴いて欲しいと思う.
なんと世の中に陳腐な歌詞があふれていることか,と
呆れることだろう.

陳腐な文章にも吐き気がするが,
陳腐な歌にも吐き気がする.
メロディーや編曲までも浅い曲なぞ
もうぐったりする.

と,いろいろ書いてきたけれど,
結局のところ,個人の趣味次第なのだから,
ご容赦を...
たぶん私がオジサンになったということで.

2010年11月25日木曜日

簡単にモノを捨て,簡単に伝統を断ち切る若者たち

久しぶりに,最近の若者たちを見て思うこと.
シリーズ第3弾である.

(3) 自分の尺度で,容易にモノを捨て,
伝統を断ち切る

モノを捨てることが悪いのではない.
ただ熟慮無く,自分に不必要になったモノを
ポンポンと捨てる人が多い.

たとえば,家具など.
まだ使えるモノでも,自分が使わなければ
すぐに捨てる.
まぁ,それを薦める本もあるくらいだから,
良いといえば,良いのだけれど,
あまりにももったいなくはないか.

たとえば,研究室にある回路も
まだ部品を取り外せば使えるけれど,
それが面倒くさくて,捨ててしまう.
短い配線などもジャンパ線として便利なのに,
躊躇無く捨てる.
もう少し考えて欲しいと思う.

同様に,過去から続いている行事などを
面倒くさいからということで,
つまりは自分の尺度で,やめてしまう.
過去に続けてきた人たちの苦労など
あまり考えもしない.

ずいぶん前の話になるのだけれど
(最近の若者ではないか...)
大学の合氣道部で伝統的に続いている
「追い出し会」という荒稽古がある.
卒業予定の部員が,45分間,
OBも含めた部員全員から
攻撃を受け,それをさばき続ける稽古である.
受ける方は当然かなりしんどく,
かなりのダメージを受ける.
(稽古後はふらふらである)

しかし,それが(その時点で)20年以上
続いてきたのはそれなりの理由がある.
また,継続してきた過去の先輩方の
努力も考えなければならない.

しかし,その年の幹部は,
これを危険だからという理由で
安易にやめようとしたのである.
これを聞いて,当然師範やOBは激怒した.
やめようというのであれば,
幹部は過去のOBの皆さんに許可を
もらってこい,と言った.
伝統とはそれだけの重みがあるのである.
それが,その年の幹部の一存だけで
中断を決められるものではないのである.

これは過去の話だけれど,
現在の学生たちを見ても,
面倒くさいから,という理由で
すぐにやめようとする.
そういう安易さが,腹を立てさせるのである.

もちろん,過去から続く悪しき伝統もあるだろう.
それらは速やかに断ち切らねばならない.
しかし,伝統という慣性は,悪しきものでも
働いているのである.
その慣性を考えて対処しなければ,
あちらこちらで問題の原因となってしまう.

もしも私が会社の上司だったら,
そうした若者を採用したくない.
なぜならば,会社では過去からの継続に
よって業務が行われているのであり,
それを配属された一社員の所存で,
やめたり,書類を捨てたりされては困るからである.
職というものをよく考えれば,
適切に行動できるはずである.

つまりは,現在の若者は,
モノにあふれた時代に育ち,
面倒くさい他人からの押しつけが
いやでいやでたまらないということなのだろう.
でも社会はそんなことでは動いていないのである.

次回は,こうした若者たちの根底にある,
「自分の気持ち第一主義」について
考えて(愚痴をこぼして)みたいと思う.

シリーズ:「最近の若者たちは...」

(1) 将来に大きな希望を持っていない若者たち
(2) 最適解・最短距離を求める若者たち

2010年11月24日水曜日

薄型テレビ購入狂騒曲

エコポイントが半減するということで,
にわかに電気店が人出で一杯になっている.
特に薄型テレビは,例年の6倍売れているというから,
半年分の売り上げがこの11月までに
さばけるということか.

昨日のニュースを見ていると,
テレビ購入の受付だけで,200人待ちと
言われた人などもいて
(大阪のヨドバシらしいけれど)
結局,テレビは購入できない状況もある.
まさに狂騒曲といった感じである.

実は,私もテレビ購入を画策していたひとりで,
(なぜならいくら家電量販店でもなかなか
エコポイントの17000円や23000円などは
値引きしないから)
忙しい中にも夕方遅くに電気店に行ったりして,
状況を調べていた.

日曜日に,近くの量販店に行ってみると,
欲しいと思っていた37,40,42インチのテレビは
軒並み納期が12月下旬から来年1月だという.

政府は,補助の財源があと半年継続できる程度だとの
見通しで動いているようだが,
テレビが通常の6倍売れている状況を見ると,
とても来年2月,3月までは補助が続くまいと思う.
そう思うと,1月でも補助が打ち切られてしまう可能性が高い.
12月下旬も怪しいか...
(結局エコポイントは,申し込んだ順なのだし)

と思うと,その危険性を犯してまで
テレビを購入する必要は無いように思っていた.
(ブラウン管テレビはまだまだ映っているし).

しかし,昨日ある別のスーパーの中に出店している
量販店を訪れてみると,なんといろいろとまだ製品が
残っているのだという.
ちゃんと値引きもされている.
聞いてみれば,納期も明日から可能ですという.
ということで,一度はあきらめたテレビでしたが,
昨日購入してしまいました.
納期は週末.
申請を即座にしなければ...

電機メーカ,家電量販店などは
これから年末にかけてずいぶんと
売り上げが伸びているのだろうなぁ.
うらやましい.
(エアコンだって相当品薄である)

ただこうした政策は,
補助が切れたときの反動が大きく,
経済学的には,長期の視点で見て
マイナスなことが多いという.
たぶんテレビも来年になるとぐっと
価格が下がるだろうし...
(今は価格的には高い)
家電市場が来年冷え込まなければ良いのだけれど.

2010年11月20日土曜日

パワーエレクトロニクス学会第25回専門講習会: モータの最先端

今日は,パワーエレクトロニクス学会第25回専門講習会
開催された.

テーマはモータ.
最近,レアアースをはじめとして,
話題となっている.

HEV,EVで求められるモータの性能とはなにか?
(HEV:ハイブリッド電気自動車,EV:電気自動車)

レアアースで何が中国の独占で問題となっているか,
(ネオジウムではない,ジスプロシウム)

近年家電で進むモータの技術革新とはなにか?

油圧機械でのハイブリッドとは?

などの基礎から最先端までの話を聞くことができた.
勉強になったことはもちろんだが,
なにかモータが身近になったような気がする.

モータは,1888年,かのニコラ・テスラが
二相交流発電機で特許を取って以来,
120年の歴史がある.
しかし,古くて新しい.
そのことにあらためて目を見開かされた
今日の講演だった.
講師の方々に深謝.

80名を越える参加者を得て,
講習会は盛況だった.
とりあえず,安心.

来年のテーマは何になるか,
今から楽しみ....

2010年11月19日金曜日

エントリーシートの陳腐な表現に吐きたくなった

研究室に転がっていた
就活の本を手に取ってみた.
「エントリーシートの書き方」に関わる本で,
中身をみると,これでもかというくらいの文例が
ぎっしりと挙げられている.

その内容を見ていて,
だんだん吐き気がするほど腹が立ってきた.
結局,こんな本をみてエントリーシートを書いて,
なにがわかるというのか.

エントリーシートの本質的な議論は
また別の機会に譲ることにして
(別の機会って一体いつだ?)
今回呆れたのは,その文例でしばしば
見受けられる「陳腐な表現」である.

本に出ていた具体的な例を挙げるのは
ここでは避けるけれど,
「陳腐な表現」というのは,ときどき
目にする,こういった表現である.

「衝撃が走った」
「心の琴線に触れた」
「一気呵成にたたみ込む」

こうした表現は,自分で書くと
たいへんな違和感を感じるので,
私はたぶん使わない.
(「たぶん」というのは,どこかで
使っている可能性もあるから)
なにか嫌な感じがする.

なぜ嫌なのか,と考えてみると,
こうした表現はあまりにも定型化しているからこそ
その裏側にある心理状態を表していないと
感じるからだと思う.
そうした定型表現を使うことによって,
使った人は安心できるのだろう.
また,素直にそれらの表現を受け入れることができる
読者もいるのだろう.
でも,私は違うのである.

とはいえ,私ももう悲しくなるくらい嫌になる文章を
書くことがある.
たとえば,学会誌に載るような国際会議や
見学会の報告記事.

「活発な議論が交わされた」
「会場の熱気が伝わる」

などの陳腐な表現に頼らざるをえないのである.
他に言葉が見つからない...
まぁ,こうした記事で大切なのは,
場所,日時,人数などの情報であって,
上記のようなどうでもよい表現は,
読者には実際問題,無視されるのだけれど,
それでも書いていて悲しくなった.
もっとまともな文章を書きたい...

エントリーシートを何枚も読まなければならない
企業の人事には決してなりたくない.
私だったら,腹を立てて一日で倒れてしまうだろう.

そして一方で,陳腐な表現から離れた
文章を書きたい.
「筆舌に尽くせない」事柄を
平易な表現で書きたい.
いつかそんな文章が書けるようになれるだろうか.

2010年11月18日木曜日

学会に参加してみよう

イェーイ,全然仕事が終わらないぜ!
もう慢性的だから,張り切って行こう!

本日は,電気学会 「マトリックスコンバータの
普及に向けた技術課題と導入効果調査専門委員会」の
皆様が伊瀬研究室を見学にいらした.
実はトラブルもあって,見学は
満足していただけたかどうか不安である...

こうした調査専門委員会の活動は,
電気学会の場合,技術報告書という形でまとめられる.
これが,その時期,その時期のトレンドを
うまくとらえているから,参考資料としては
大変に役に立つ.

特に,注目すべき論文や報告などが
リストとしてまとめられることになるから,
参考文献リストとしても,非常に重宝する.

しかし,こうした活動はほとんどはボランタリーで
行われているのである.
交通費はもちろん手弁当であるし,
原稿の執筆についても全く報酬は無い.
あくまでも学会活動を通した分野への
無償の貢献という形で行われるのである.
(会場費などは学会から補助がでるけど)
まぁ,学会の存在理由からして,
それで構わないのだけれど,
こうしたボランティアによって
学会の活動が維持され,ある分野の
技術や研究が盛んになる.
そしてひいては社会の貢献しているのである.

もちろん,企業の方には,参加することによって,
情報を収集できるというメリットがあるだろう.
(もちろん,私たち学校関係者もそうだが)
しかし,遠くを見れば,ちゃんと社会に
貢献している事実があるからこそ,
ここまで学会は存続しているのである.
(電気学会は創設120年以上)
これまでのそうした貢献を思うと,
大変に有り難く,そして現在の私たちの
責任の大きさを思う...

学会は誰にでも門戸を開いている.
ぜひ学生の皆さんも,この活動に
参加してみませんか?

2010年11月17日水曜日

老人らしい老人になる

う~ん,忙しい.
どーなっているんだか.
神様は私に試練をお与えになっている.

さて,先日ある方と話していたのだけれど,
最近は,お年寄りらしいお年寄りを
見かけない,ということが話題になった.

一昔前は,老人といえば,
腰が曲がって,みるからにお年寄りと
いった風だったけれど,
このごろは,元気そうな方ばかりで,
年齢がどのくらいなのか,
ちょっと見,よくわからない人が増えてきている.

体力的に若さを保つことは素晴らしく,
いつまでも長生きして欲しいとは思うのだけれど,
私は,老人らしい老人になりたいと思う.

この話は,小林秀雄の講演集を収めたCD
(確か第4巻の「現代思想について」,新潮社)に
含まれていたと思うのだけれど,
歳をとっても若者に媚びたような,
そんな考えをしている老人にはならず,
歳をとったら歳をとったなりの考え方の違いを
身につけた老人にならなければならない,と
私も思うのである.

小林秀雄の講演では,ユングがアフリカで出会った
老人の話が紹介されている.
ユングは,見るからに老人らしい老人に
遭遇したらしい.
老人は,智恵と思慮の象徴である.
ユングが感心したくらいだから,
たぶんそんな雰囲気に溢れていたのだろう.

小林秀雄は一方で,「隠居」の話を出す.
これは英語には無い言葉で,
田舎ではなく,
(Country Gentlemanではない)
市井の中に身を沈め,
隠居として,長屋の人たちにバカにされ,
あるときは尊敬されて生きていく.
これを陸沈というらしい.
私もそうした生き方に憧れる.

芸術家の横尾忠則も「隠居宣言」という本
(平凡社新書)を書いている.
彼も小林秀雄のこの講演の録音を聞いて,
隠居しようと思い立ったそうである.
彼の最近の行動を見ると,思うがまま,
自由自在であり,私はうらやましくてしょうがない.

老人らしい老人になるのはよいが,
今はまだ早い.
亡くなった父は私に,よく,

「枯れるな」

と言っていた.
枯淡の境地は,80歳を越えてからでよい.

以前,薬師寺の安田前管主のご講演で,
人生は120年で考えるのがよい,という話を聞いた.
30歳までが春,60歳までは働き盛りの夏,
そして90歳までは人生の収穫時期の秋,
120歳までは静かに過ごす冬.
そのような考え方でいけば,60歳を過ぎて,
人生の収穫時期をいかに迎えるか.
そのための準備をそれまでに十分できているか.
そんなことを考えながら,
立派な老人への道を歩んでいきたいと思う.

目標は,池波正太郎の「剣客商売」
秋山小兵衛かな.
まずはとりあえず,「立派なオジサン」になることが
近々の目標なのだけれど.

2010年11月15日月曜日

ミステリーとは:「葉桜の季節に君を想うということ」

小説を読むようになって,
やっぱり当たり外れが怖いので,
どうしても名作と呼ばれるものを読むことが多い.
自然,古典作品が多くなる.

それはそれでいいのだけれど,
最近のものはどうなっているのか,
ちょっと気になることもある.
またジャンルもいろいろ
手を広げてみたい気もしたりする.

そこで最近読んだのは,
ミステリーと呼ばれる分野で一冊.

「葉桜の季節に君を想うということ」(歌野晶午)

これは,ある新潟の地方局のFM番組で
紹介されていて,それで興味を持って
手に取ってみたものである.

(ちなみに,FM局はport FM,
番組名は「Night i」(日曜夜9:00~11:00).
DJは,松本愛という方で,
これが一度聴いたら忘れられない
すてきな番組であった.
いつかこの話もあらためてしたい)

それで早速読んでみた.
確かに,テンポよく書かれていて,
あっという間に読み終えてしまった.

2004年度のミステリの賞を総なめしたという
だけあって,私のようなミステリ初心者は,
作者に全くもってだまされた.

「なるほど!あれはそうことだったのか」

と思わされる作品になっている.
それなりに,事件の謎解きがいくつか
ちりばめられて,良くできた推理モノであるとも
いえるだろう.

しかし,しかし,なのである.
正直,私にとってはいまひとつ物足りなかった.
ミステリとしての内容については,
全く申し分ない.
しかし,人物の心情の掘り下げが
足りない気がする.
せつなさや,やるせなさがもっと欲しい.
読み終えた後に,ずいぶん感心はしたのだけれど,
感動は少なかった.
これがミステリというものなのか...

現在はミステリというジャンルが非常に人気がある.
(個人的には「ミステリ」という定義も
よく理解できていないのだけれど)
多くの人が,このような謎解きや,
どんでん返しを期待して読んでいるのだろうか.
私はもう少し,人間の心情のドロドロとした小説が
読みたいな.
でも,「ルームメイト」(今邑彩)という作品も
紹介されていたから,
もしも時間があれば試してみようかな,と思っている.


#全然話が変わるけれど,私のもっている手帳
「ほぼ日手帳ウィークス」によれば,
1867年の今日(11/15)に,坂本竜馬と中岡慎太郎が
暗殺されたことになっている.
昨日のNHKテレビでは「あと3ヶ月のことじゃった」と
言っていたのだけれど...
彼らは私が生まれるちょうど100年前に殺されている.

2010年11月12日金曜日

AKB48を覚えられない

先日の深夜,NHKテレビを見ると,
AKB48の特集番組が放送されていた.
昨今たいへん話題のアイドルグループというので,
どんなものだろうとしばらく見てみた.

そのうち目が回り始めた.
大勢の女子アイドルたちが
舞台をところ狭しと踊りまくっていて,
ゆっくりと見ているどころではないのだ.

少しは顔と名前が一致するよう,
なんとか判別しようとするのだけれど,
これが全く要領を得ない.
全然覚えられないし,区別もつかない.

私が高校生時代,おニャン子クラブという
グループがあって,それはそれは大変人気があった.
(AKBと同様,全盛期は40名を越えていたのではないか)
可愛さでいうと,今のアイドルに比べると
いまひとつな感は否めないが,
庶民派ということで,親しみやすかった.
そして歌も踊りも大変下手で,
よくもあれで人気があったのだと今は思う.

そのおニャン子では,各人の立ち位置というのは
決まっていて,歌っている場所を一致させれば,
だいたい名前と顔を覚えることができた.
(そのうえ各女の子には会員番号なる番号が
つけられていて覚えやすかった)
それがこのAKB48は,次から次へと
歌う位置が変わるだけでなく,メインも
変わっていく.
...もう,全くわからない状態になる.

考えてみれば,現在,私はほとんど若い女の子の
区別がつかなくなってきている.
学生の名前と顔も怪しいくらいである.
これはオヤジの証拠というべきか,
それとも単なる老化というべきか.
それがAKB48の女の子たちを判別しようとするのが
そもそもの間違いなのだろう.

(昔,サンデーズの石川ひとみと倉田まり子の区別が
つかないといっていたオジサンを笑ったことがあるが,
今の私は佐々木希と北川景子の区別もつかない...)

AKB48のプロデューサーは,秋元康氏だという.
おニャン子クラブと同じである.
彼に相変わらず翻弄され続けている自分は
やはり成長していないということなのだろう.

夜中に電話のベルが鳴る

現在,夜中の0:00前だというのに,
突然机の上の電話が鳴った.

あわてて受話器をとると,
切れていた...
怖い.

まさか,先日見たビデオが
呪いのビデオとか....

「リング」(鈴木光司著)という小説を読んだときのことを
思い出した.
とにかく怖いという噂を聞いて,
早速購入して読んだのだった.

怖い,ということはなかったけれど,
確かに面白かった.
結構,厚い小説だったけれど,
2日くらいで読んだっけ.

前の職場に居た頃で,
寮の隣の同僚にその話をしたら,
本の虫であるその友人は
やはりすぐに購入して読んだのだという.
それも一晩で.

あれほど面白いホラー小説には
あれからお目にかかっていないなぁ.
映画やテレビにもなったけれど,
小説には小説の面白さがある.
まだ読んでいないという人には
ぜひおすすめの小説なのである.

2010年11月10日水曜日

考える内臓

お腹を壊した.
今朝,4時に目が覚めて,
1時間くらいトイレに出たり入ったり.

仕事が山積みのこの状態で,
腹に力が入らないのは本当につらい.

しかし,内臓というのは
人間の身体に大きな影響を与えるということを
ほとほと思い知らされる.

健康なとき,内臓は
身体の中に存在していることさえ
忘れてしまう.

しかし,一度このように痛み出すと,
常にその存在を気にせずにはいられない.
まるで「幸せ」のようだと誰かが言っていた.
失ったときに初めてその有り難さがわかるということか.

人は内臓で考える,とも聞いたことがある.
私たちが思うより,私たちは
内臓に支配されているのだろう.
内臓の具合次第で,思考も変わるし,
ホルモンの分泌状態も変わる.
心身の能力に大きく影響を与えているはずだ.
身近なところでは腹が減ると,
怒りやすくなるとか.

まずはこの腹を治さない限りは,
仕事が思うように捗らない.
第二の脳である内臓がうまく働かなければ,
きっと良い考えも思い浮かばないに違いない.

2010年11月9日火曜日

「ノルウェイの森」を読んだ頃

父が倒れたのは,4年半前にさかのぼる.
(というか,ずっと前から身体は悪かったのだが)
緊急手術を行って,術後はずっと父は
ICU(集中治療室)にいた.
そして私たち家族はずっとICUの近くの控え室にいた.
10日くらいそこにいただろうか.

ICUだから,次々と緊急を要する患者が運ばれてくる.
病院の前に救急車が着くたびに,
ストレッチャーが救急医療センターに入ってくる.
患者は手術室に慌ただしく運ばれ,
その家族はうなだれて私たちのいる控え室にやってきた.
もちろんそうした家族の表情はみな固く,
声をあげて涙を流している人を何人も見た.

ICUから出て行くには二通りある.
少し回復して一般病棟に移る場合と,
エレベータから遺体搬送車へ運び込まれる場合とである.

後者の場合である患者の家族を
私はいくつもその控え室で見た.
なんと世の中は無常なのかと思った.
そして自分の家族がいつかそのような状況になるかも
しれないと恐れた.
それほど,その場所は生と死が隣接していた.

4年半前は,父は生還した.
リハビリを経て,自宅に戻って外出も
できるほどになった.
(ずいぶん身体は不自由になったけれども)

しかし今回は,父は戻らない人となった.
ほんのちょっとの分かれ道なのだと思う.

4年半前,控え室でなにもしないで
待っているのがつらくて,小説を読むようになった.
そのときに初めて村上春樹の作品を手にした.
「ノルウェイの森」もそのときに初めて読んだ.

「死は生の対極にあるのではなく,
我々の生のうちに潜んでいるのだ」


という言葉がひどく身にしみたことを
今でも良く覚えている.

2010年11月8日月曜日

人の不在の悲しみが心を侵食していく

全くの私事なのだけれど,父が先日亡くなった.
以前から体調はひどく悪かったのだけれど,
また手術が必要となって,その後の回復までの
体力がなかった.

結局忌引きを含めて10日間くらいお休みをいただいた.
関係各位には本当にご迷惑をおかけいたしました.

お陰様で,父の最期を看取ることができた.
眼前において人が息を引き取るところを見たのは
今回が初めてである.
人の最期というものは,本当に突然に,
そしてあっけなく訪れるのだということを,
思い知ることになった.

人の存在がこの世から無くなる瞬間は,
なにも特別なものではなかった.
ただそのときはどこからかやってきて,
その存在を引き連れてどこかに去ってしまうのだ.
本当に自然に.

そしてそれは毎日のいつのときでも
存在している瞬間なのだ.
こうしているときも,どこかで誰かが
この世を去っている.

もちろん私たちの心には記憶という「慣性」があって,
すくなくとも私がこの世に存在している間は,
父は,記憶の中に存在する情報として存在し続ける.
しかし,それも数十年のうちに風化していくのだろう.

しばらくは,それらの生々しい記憶のおかげで,
父の不在を実感することはできないだろう.
しかし,心の中に染みのような小さな黒い穴が
開いたのは確かで,
それが時間とともにじわじわと
広がっていくことを私は恐れている.
私の心も悲しみに侵食されていくのだろうか.

2010年10月25日月曜日

安藤忠雄氏特別講義 「夢に向かって走り続ける」

金曜日は,安藤忠雄氏の特別講義が大阪大学
吹田キャンパスで開催され,学生だけでなく教員にも
公開されるということだったので,喜び勇んで出かけた.
安藤氏は,雑誌などにも露出が多いけれど,
昭和時代の頑固オヤジという感じがして(失礼),
なかなかに面白いのである.

もう少し早く会場に着けるかと思っていたのだけれど,
出かける寸前に学生から質問を受けて,
もう開演時刻17:00のギリギリの到着となってしまった.

会場の大阪大学コンベンションセンター MOホールは,
収容人数は500人だというのに,立ち見が出ていて,
映像だけ中継される別のセミナー室に移される.
こちらは収容人数120人.こちらもほぼ一杯.
なんとか一席確保して座る.
後で知ったのだけれど,廊下を挟んだセミナー室も
使用されていて,これも一杯.
たぶん当日の聴衆は700人を越えたのではないか.

もちろんその多くは学生だったけれども,
教職員の姿もずいぶん多かった.
それより,なにより驚いたのは女子学生の数が多いこと.
吹田キャンパスにこんなに女子学生がいるなんて!
工学部,それも電気系建物付近をうろついているだけでは,
決してお目にかかれない光景である.

さて,安藤忠雄氏の講演.
タイトルは,「夢に向かって走り続ける」.
実は安藤氏は昨年も大阪大学(ただし豊中キャンパス)で
特別講義をされていて,そのときのタイトルが,
「夢に向かって走る」.
このセンスがいいなぁ...(笑)

内容は...やっぱり面白い.
バッサリと世の中の物事,人物を切っていく.
もう少し若い頃に彼の講演を聴いたら,
たぶん「ヤ」のつく業界の人かな,と思っていただろう.

いろいろな話題が出たのだけれど,
それらはこの記事の最後に適当にまとめておく.

中でも,東大の入学式で,3000人の入学生に対し,
6000人の親が来たことに苦言を呈したことが
昔新聞記事になっていたけれど,
本当は,親たちに会場を出て行ってくれ,と
言うつもりだったけれど,東大側から止められた,
などという裏話は面白かった.

まずは安藤氏は学生たちに自立を求めていた.
そして,社会のことを考えろ,と言っていた.
最後に,実行力.
安藤氏の実行力は,本当に突き抜けている.
もうマンガの世界のような話を現実にして,
いくつかのプロジェクトを実現しているらしい.
そうした実行力.
これについて,私は特に深く印象に残った.
(「生きるためのしたたかさ」についても言及されていた.
中国の人たちのしたたかさに比べ,日本の若者は
どうしたものか,という.私も激しく同意する)

安藤氏には,「自分で仕事をする」という夢があった,
そうである.
現在の若者たちはどんな夢を持っているのだろうか.
そして,中年の私もそうである.
どんな夢をこれから持つべきなのか.

ずば抜けた行動力を示す安藤氏の講演には
いろいろと考えさせられるところがあった.
また機会があったら,と思う.

#しかし,話術がうまいなぁ.
寝ている学生がほとんどいなかったものなぁ.


<以下,講演のメモ.興味のある人だけどうぞ>

・日本はお先真っ暗.いま聞いている学生の10人のうち
2,3人は目覚めて欲しい

・私は,「80年以降に生まれた人たちはみな,
海に捨てろ」と言っている.
豊かな日本が続くという幻想のもと,親たちが
子供を甘やかしている.
甘やかされた子供たちは本当にひどい.
「聞いている君たちのことだ」(会場,笑)

・1969年に経済大国日本と呼ばれるように
なったときからダメになった

・本田宗一郎,盛田昭夫など昔は素晴らしいリーダがいた
今はリーダになる必要はない.
個々人がそれぞれの責任を果たせばよい

・学生たちは「基礎学力」を身につけろ

・教養は広く,専門は狭く高く.
とにかく本を読め

・「知的体力をつけろ」

・「地球とともに生きている」

・「建築とは人が集まる場所を作る仕事」

・「自分の能力をかけて,人生を計画して欲しい」

・「大阪が好き.しかし,現在の大阪は...」

・「子供を可愛がりすぎて,自分の考えを押し通す
ばかりになってしまった」
->この話題についてはまた記事を書きたいと思う

・「好奇心が大事.昔の人たちの好奇心が今の日本を作った.
映画,美術館,博物館などにも足を運ぼう」

・「境界を越えて」

・「自立した個人」

・「大学は人生のスタートライン」
大学に入ったということは自分に責任を持つこと.
徹底して基礎学力を身につけろ

・「専門職を持って社会に貢献,それがアイデンティティー」

・「リーダーは勇気・決断力」

・「困難に立ち向かう力を」

・「独創力を高める.審美眼,鑑識眼,本物を見抜く力」

・「資源は無くなっている.頭脳だけが残る」

2010年10月21日木曜日

やっぱりモータが熱い (パワーエレクトロニクス学会 専門講習会「次世代モータ技術とそのドライブシステムの最新動向」(セミナ)

モータの研究開発分野は,現在も依然として
ホットでありつづけている.

日本の電力の半分以上は,モータによって
消費されているし,希土類磁石,すなわち
レアアースを使用した高性能磁石によって,
その高出力化,小型化,高効率化などが推し進められ,
私たちの生活も大きくその恩恵を受けている.

以前に小型化したモータによって,
鉄道の駅などにバリアフリーのための
エレベータが設置されるようになった,
あるいは機械室が無いエレベータが
マンションに設置されるようになったという
記事を書いたけれど,電気自動車,
ハイブリッド自動車がこれだけ話題になっている
今,どれだけ私たちの身の回りにモータが
あふれているか,ちょっと考えればわかることである.

そんな中,私が庶務幹事を務めている
パワーエレクトロニクス学会では,毎年開催している
専門講習会のテーマを今年は「モータ」とした.
(学会の企画担当の方々,どうも有難うございます!)

中国のニュースで話題になっているレアアースを
使わないモータの研究や,計算機を用いた
仮想モータによる設計法など,第一線で活躍されている
研究者,技術者の方々に講師となっていただいている.
企業の初級からベテランまでの技術者,研究者のみならず
企業の企画担当の方々,
大学,高専の学生も含め,幅広い層の方々に
有益となるセミナになると確信しております!
ご興味のある方は,この記事の最後をご覧ください.
(宣伝です(笑))

そういえば,電気自動車のスポーツカーで話題の
テスラ・モータースのモータは誘導機であるという.
すなわちレアアースを用いた永久磁石型同期モータでは
ないのだというのだ.
これは昨年のパワーエレクトロニクスに関する国際会議
ECCE2009において,プレナリーセッションで話題となったのだが,
その理由を聞かれて,テスラモータースの創立者は,

「中国が市場を握っている材料は
使用したくない」

という趣旨の回答を行っていたのを思い出す.
現在の状況を予想していたのかな?
まぁ,アメリカもレアアースを多く生産するようになったら,
テスラモータースの自動車も永久磁石モータを
採用するようになるのかもしれないけれど.

日本もこうした研究開発分野に対しては,
国としての方針をはっきりと打ち出すべきなのかもしれない.
そうすれば,不安定で変わり続けるこの世界の状況に
研究者,技術者,そして経営者が右往左往することもなくなるだろう.

***********************

パワーエレクトロニクス学会
第25回 専門講習会
「次世代モータ技術とそのドライブシステムの最新動向」


***********************

平成22年11月20日(土) 10:00~16:55
大阪科学技術センター 中ホール

■プログラム内容

1. モータ技術の最新動向と将来展望
森本茂雄(大阪府立大学)     

2. マルチレベル電力変換器の新しいアプローチ
野口敏彦(静岡大学)

3. レアアースフリーモータ -SMCコアを利用した誘導電動機-
森本雅之(東海大学)

4. バーチャルモータによるモータドライブシステムの評価手法
尾崎順彦(ディエスピーテクノロジ)

5. 洗濯乾燥機用可変磁力モータドライブ
新田 勇(東芝)

6. ハイブリッド&電気自動車向け巻線切替方式モータドライブシステム
前村明彦(安川電機)

7. 油圧機器におけるモータドライブ最新動向
仲田哲雄(ダイキン工業)

■参加費:

正会員 :5,000円
学生 :3,000円
非会員 :10,000円

テキストのみ購入:5,000円
(パワーエレクトロニクス学会会員特別価格2,500円)


詳細とお申し込みはこちらから

2010年10月20日水曜日

KSTARのニュースに思う

このブログのアクセス数がこの2-3日,
急激に伸びていたので,
不思議に思って少し調べてみると,
韓国の核融合装置 KSTARが,核融合反応に
成功したというプレスリリースがあって,
それで私が過去に書いた記事が検索に引っからしい.
(過去の記事: 「KSTARのFirst Plasmaに想う」)

私はそのニュースを全然知らなかった.
いや,不勉強である...反省.
でも,KSTARが中性子の発生を確認したということで,
まずはそれは良かったと思う.

KSTARは,当初韓国には核融合について
ほとんど経験が無かったので,
いろいろと他国に技術的な指導を受けて,
立ち上がった装置である.
ずいぶんな苦労があったと聞いている.

技術的にもいろいろ問題があったようで,
(私も前の職場にいたときは,いろいろな話を
聞いたけれど)
10年以上もかかってようやくファーストプラズマの
点火にこぎ着け,2年後の今年中性子を確認したと
いうことなのである.
なにもないところから研究を立ち上げ,
そして数々の困難があっても途中でプロジェクトを断念せず,
継続してきた韓国の研究者,技術者のみなさんには頭が下がる.


韓国の研究者,技術者が頻繁に日本の
核融合研究所やJAEAを訪れ,
いろいろと情報収集をしていたことを思い出す.
国際学会においてもKSTARチームは発表の歯切れが悪く,
いろいろ発表できない話があるのだろうなぁ,と
当時,彼らの立場を思うと,気の毒になるほどであった.



KSTARは強制冷却型の超伝導導体を用いた超伝導コイルを
用いた中型装置であることが特徴である.
結局,これまでで超伝導コイルは定格性能を出せたのだろうか.
核反応を起こすと,コイルの冷媒温度があがるだろうけれど,
高出力,長時間でもコイルの運転は大丈夫なのだろうか.
その辺の話が聞けるようになると面白いかと思う.
(それは,かなりプラズマの性能が上がってからの話だろうけど)

まあ,今回の結果は,プラズマの性能的には
やはり,まだまだなのであり,
また中性子が検出されたといっても
(詳細はわからないが)
重水素プラズマ実験を行えば発生するものだから,
特に重要ではないと思われる.
よって,今後の成果に期待するわけで,
韓国の技術者,研究者のみなさんの努力は
まだまだ続くのだろう.


ただ,長時間放電だったら,日本の九州大学のTRIAMの
5時間以上の記録があるし,
高性能プラズマだったら,JT-60UがITER相当の性能で
28秒間も維持しているし,定常運転で必要な自発電流が
多く流れる状態も8秒間維持できている.
KSTARはトリチウムプラズマ試験はできないし
(ヨーロッパのJET,アメリカのTFTRは経験があるけど),
そのうちにITERの実験が始まるだろうから,
一体,KSTARは何を特徴とする装置として運転していこうと
しているのか,その辺をこれからはっきりする必要があるだろう.


日本では,ITERの幅広いアプローチの一環の
サテライト装置として,ヨーロッパと共同で
JT-60SAという超伝導試験装置が建設中である.
計画では,平成28年に運転開始の予定である.
KSTARがJT-60SAの良きライバルとなるように,
成功を祈っております.





2010年10月19日火曜日

鳴弦

いつだったか,NHK FMの番組で,
武満徹作曲の大河ドラマ「源義経」の
テーマ曲が流れていた.

その曲では,和弓の弦を鳴らす音が
オーケストラの奥に含まれているのだという.
どこかの弓道部の人たちに頼んで,
録音したのだとか.
しかし,ラジオから流れる曲からは,
その弦の音を確認することは困難だった.

このエピソードを聞いて
「鳴弦」ということを思い出した.
これは,弓に矢をつがえずに,
弦をはじいて音を出し,
邪気を祓うというものである.
あの太い音を魔が嫌うというのだろうか.
いまでも皇室では行われることがあるとかきく.

こうした退魔の儀式においては,
しばしば音が重要な役割を果たす.
古来,剣がフッとなる音も魔除けになると
言われている.
古事記に出てくる経津主神(ふつぬしのかみ)も
剣の神様で,剣でなにかを断ち切る音から
その名前が生まれたと言うことである.

しかし,フッと鳴るのは何かを切ったときではなく,
剣を振ったときである.
古代,神事に用いた剣には穴が空いているものもある.
これは,剣を振ることによってより大きな音が
発せられる工夫なのだという学説もある.
「フッ」と鳴ることによって邪気を祓うのである.

そう思うと,現在でも邪気や悪い考えを祓うのに,
口から少し強く息を吐き出すことによって,
「フッ」という音を立てるというお呪いがある.
もしかすると源は一緒なのかも知れない.

現在にも,音によって邪気を祓うという
考えは確かに受け継がれているということなのだろう.

2010年10月18日月曜日

大乗

私はこれまでずいぶんと人に
ひどいことを言ってきたようだ.
それについては,申し訳ないと思う.

しかし,私は心にもないことを言うことが嫌いだし,
周りくどいことも大嫌いである.
だから会話でも,最初から結論を言う.
良いなら,良い.
ダメなら,ダメ.
直截的に言ってしまう.
そのほうが効率的だし,感情よりも事実が大切,
それで良いと思っていた.

しかし,先日も母にそのことをたしなめられた.
おまえはキチキチしすぎる.
確かに言うことは正しいかもしれないが,
それでは傷つく人がいるかもしれない,と.

私はこれまで,世界の事実は事実として受け止め,
逆にいうと,自分も含めて感情というものに
左右されない世界を求めていた.
良いも悪いも自分で決め,自分で責任をもつ世界.
それで良いと思っていた.

母に言われて,そればかりではない人もいることに
思いがようやくいたるようになった.
そうした人たちにとっては,世界の事実が
必ずしも重要なのではない.
それよりも感情が大切だと思うのだろう.
(そうとばかりが良いとは,私はまだまだ思っていないのだが)

仏教で言えば,今までの私は「小乗」であった.
自力本願がすべてである.
しかし,そうではなく,「大乗」であることも
重要なのかもしれない,とも思うようになってきた.

厳しい修行を誰もができるわけではない.
「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで
救われるべき人たちもいるのだ.
そして,私もその中に入る時が来るのかもしれない.
他力本願でもいいではないかと,少し思い始めてきた.
そこには,そこでなにか別の心境があるような気がする.

ちょっと私も変わるのかな,と思う.
まぁ,今まで「自力本願」できたわけでもないのだが...

2010年10月13日水曜日

最適解・最短距離を求める若者たち

最近の若者を見て思うこと,第2弾.

(2)「すぐに最適解・最短距離を求める」


最近の学生は,なにか行動を起こす前に,
最適解・最短距離を求めることが多いような
気がする.

「最適解・最短距離」と書くと,
なにか良いことのようだが,実際は,
「安易で楽な方法を選ぶ」ということである.

なにかを実現するために,
そのプロセスは問題にしない.
結果が得られるかどうかだけが大切で,
その結果もなるべく労少なくして
得ることを望む.

工学者としては,この考え方は
確かに理にかなっているのだけれど,
これが学習や研究など,
人間の成長に関わってくることになると
いささか問題を生じる.

最初から得られる結果が見えていなければ
努力もしないのだ.
だから,「やってみなければわからない」という
課題については,非常にやる気をなくすのである.

研究なんて,解が初めから求まっているわけが
ないのだから,彼らのモチベーションは全く上がらない.
やればできることしか行わない.
なんと貧しい人生...

解決しない問題を,なんとかして
乗り越えていこうという努力,工夫こそが
研究,いや人生全般の醍醐味ではないのか.
それを放棄しているのだ.
なんと悲しい人生...

たぶん子供の頃から,
与えられた問題をいかに早く正確に解くかだけを
練習させられてきたのではないだろうか.
テストを与えられた時間内にすべて解くためには,
迷っている暇はないのである.

(最近の私立中学,高校等の入試問題をみると,
本当に呆れてしまう.
問題量がすこぶる多い.
あれを時間内に解くためには,
寄り道をしている暇など無いのだ.
さらに付け加えると,算数の応用問題などをみると
それで何をはかろうとしているのか
疑問に思うようなものが多い.
そこまで緻密で高級な論理展開を
小学校6年生に求めるのか?と
首をかしげるような問題も多いのである.
正直,小学校6年でそんな問題が解けるような
子供には「のびしろ」を感じることが少ない.
そうした子供は一体,将来なにになるというのか???)

だから彼らは問題を解くための「やり方」を重視する.
私の子供も,そうしたことを口にする.

「この問題のやり方は...」

私はこうした言葉を聞くと,
すぐに怒ってしまうのだけれど,
学校や塾でそうやって習っているのだから,
彼にとっても仕方がないのである.
問題の意味なんて関係ない.
とにかく,「やり方」を適用して
最短距離で解に達することだけが重要なのだ.

本当に,かわいそうに...
そして,彼らは「僕たちがこうなったのは
大人せいだ,社会のせいだ」というのだろう.
そういうことによって,なにかが解決されると
思っているのだろうか.

研究などの楽しみは,寄り道にある.
言ってしまえば,失敗にこそその意味がある.
失敗無しで成功を安易に求める学生たちは
この先,どうするというのだろうか,
本当に心配である.

しかし,大学に入ってからそうした学生を
こうした道に導くのはなかなか難しい.
そのような若者たちは,
大学に入るまでにすでに
すっかりスポイルされているのだから.

第1弾 「将来に大きな希望を持っていない若者たち」はこちら

2010年10月12日火曜日

脳の限界を超えることができるか

昔,「ケイゾク」という後味のすこぶる悪い,
刑事ドラマがあって,しかしそのくせ,
心のどこかをひっかくような感覚がやみつきになって,
毎週欠かさずにみていた.

主演は,中谷美紀と渡部篤郎.
なによりも野口五郎が良い役で,
もう大ファンになったし...
(西尾まりも良かったなぁ)

その設定を一部引き継いで,
新しいドラマが始まった.
SPEC」.
主演は戸田恵梨香と加瀬亮.
実は,最初の20分程度しか見ていない.
演出は,「ケイゾク」と同じ堤幸彦ということで
(「トリック」なども同じ)
あちらこちらに笑いのツボを押さえたもので
あったのは確認したのだけれど.

加瀬亮はいいなぁ.
最近,実力派として定評あるのもわかる.
存在感があるもの.
一方,戸田恵梨香はちょっと力入りすぎかな.
中谷美紀のイメージにつぶされないで
頑張って欲しい...

と,雑談はここまでにして,
(といいつつ,これからも雑談だけれど)
ドラマの中で,戸田恵梨香演じる主人公が,

「人間の脳はその10%しか使っておらず,
残りの90%はどのように働いているか,
いまだ不明である」

というような内容をセリフで言っていた.
しかし,いまだにそんな話があるのかと
私は思った.
たしか最近の脳研究の成果によれば,
確かにその詳細の機能はわからないけれど
脳はやはりその大部分を思考に使っている,と
いうことになっているのではなかったっけ?
すなわち10%しか使っていないというのは,
あまりにも過小評価なのではないだろうか.

ケイゾクよりも以前,
Night Head」という深夜ドラマがあった.
武田真治,豊川悦司が超能力をもつ
兄弟役で,大変に人気が出たドラマである.
(ちなみに映画も公開されて,
学生時代,初日に渋谷の映画館に観に行ったら
(舞台挨拶があったので)
その周辺の路地という路地が女の子で
埋め尽くされていて,とても映画館まで
たどり着けなかった記憶がある)
このドラマでいうところのNight Headとは,
たしか使っていない70%の脳の能力だったと思う.
すなわち使っているのは30%.
それだって,ずいぶん少ない.

脳というのは未だに不明な機能がたくさん
あるから,こんな話がいろいろと出てくるのだろう.

人体の筋肉については,やはりその70%~80%くらい
しか使えないと言われている.
(「北斗の拳」じゃないよ)
それは,限界まで使用すれば,
筋肉が破壊されてしまうからである.
そのため,精神的限界が肉体的限界よりも
前に存在し,身体を壊さないようにしている.

これを越えるときに出てくる力が,
いわゆる「火事場の馬鹿力」である.
また武道は気合や自己暗示などで
その領域の能力を使用しようとする修練を積む.
それは昔からよく知られたことだったのである.

そこで私は考える.
脳の能力についても,実は精神的限界が
存在しているのではないかと.
「SPEC」の中でも紹介されていたが,
映画「レインマン」の中でダスティン・ホフマン演じる
自閉症の兄が見せる驚異的な記憶力は,
サバン症候群などの人に「希に」見られる
特殊能力なのだろうけれど,
それらは,日常生活の中でいつのまにか,
心理的に形作られてしまった精神的な限界が
外れてしまったために,発露したものなのかもしれない.

脳の能力の限界を超えたところに
そうした異常な能力が発揮される領域があるのかもしれない.
そう,思うのである.

しかし,肉体的限界を超えれば,当然筋肉等は
破壊される.
では,脳において,その限界を超えたとき,
どんな副作用が現れるのだろうか.
怖い話である.

しかし,過去よりそうした限界を超えるような
修行というものは確かに存在しているような気がする.
たとえば,宗教的なもの(滝行,護摩など),
武道的なもの,催眠的なもの,気功などである.
これらを日常生活に破綻をきたさず,
うまく使う術が,それぞれの修法に
伝えられているのだろうと思う.

脳の限界を超える.
確かに魅力的ではあるけれど,
廃人への道かも知れない.
本当に怖いなぁ...


2010年10月8日金曜日

Tarzanを読む人

「Tarzan」という雑誌がある.
おしゃれに,フィットネスを楽しもう,
という感覚の雑誌で,
創刊してからたぶん20年くらいは
経っているであろう,
いまや老舗のひとつとなっている.

私が学生の頃,
脳みそまで筋肉で出来ている
と言われるくらいだったから,
この雑誌が大好きで,
本当に貪るように読んでいた.

だって,どう考えても
「ボディビルんディング」という雑誌を
読むよりも「Tarzan」を
読んでいる方がおしゃれになった
気持ちになれるのだもの.

しかし,大学院生くらいになってから
いつのまにか読まなくなって,
(トレーニング自体をやめた)
ときどき立ち読みでタイトルを見る
くらいになっていた.

それが最近,一冊購入したのである.

「ランニングがカラダに効く5つの理由。」と
書かれている表紙に惹かれたのだ.
ずばりご想像通り,ダイエットをしなければならない,
と考えていたからである.

ページを開いてみると,
相変わらずの「おしゃれ感」がある.
そして,なぜランニングをするといいのかという,
理由が科学的に,これでもか,これでもか,というくらいに,
書かれている.

最初の方は読んだいたのだけれど,
途中から,もういいよ,と飽きてしまった.
私はそんなに運動生理学に詳しくならなくていいよ.
もうホルモンやら,酸素やら,能書きはどうでもいい.
とにかく,ある速度以上でランニングを続ければ,
カラダに効果があることがわかればいいのだ.

結局,「Tarzan」で一番役に立ったのは,
ウェアやシューズ,すなわちファッションである.
もちろん,それらを購入するわけではない.
しかし,それらを着ることが出来るまで,
走りこんでカッコよくなろうかな,という
モチベーションが高くなるのである.
これ,大事.
まずは走ろうとするモチベーションである.
それが不純であってもいい.
とにかく,走ることが大切なのだ.

結局,カッコから入るのが私に一番向いているらしい.
そんなダメダメな自分が結構好きだったりする.
だって,「Tarzan」の内容を理解して運動している人って,
どうも苦手な感じがするもの.
(ということは,学生時代の自分はずいぶん
暑苦しいヤツだったのだなぁ,と今になって思う)

2010年10月6日水曜日

ヒガンバナ

ヒガンバナには,なぜか昔から
オドロオドロしいイメージを持っていて,
それを見てとても感傷的な気分にはなれなかった.

どこかで読んだ話に,
ヒガンバナは血の赤だ,などという
文章があって,それがいまだに
心に残っているからなのかもしれない.

しかし,昨日キャンパス内を歩いていて,
街路樹の下に輝くような美しい
オレンジ色を見つけてハッとした.
ヒガンバナであった.

気をつけてみると,2~3mの距離をとって
植えられている街路樹の下に
点々とオレンジ色が続いている.
誰かがそのように植えたのだろう.

ヒガンバナの色は,全く血の色などではなくて,
鮮やかなオレンジ色であった.
それが茎の黄緑色に映えて,
すがすがしい印象さえ与える.

花の姿も華奢かと思いきや,
生命力にあふれた華やかさがあり,
思わず足をとめて見とれてしまったくらいである.

なんという健康的な明るさ.
もっとジメジメした花という印象は,
間違いであったことを思い知った.

今年は酷暑でヒガンバナの開花も遅れたという.
ご先祖様を迎える彼岸には間に合わなかった
ことだろう.
でも確かに,祖霊を迎える道しるべに
この花はふさわしい気がする.
それは決して陰湿なイメージではなく.

目がさめるようなオレンジ色である

2010年10月5日火曜日

将来に大きな希望を持っていない若者たち

ゆとり世代の学生に失望した,などという
企業の人事の方が書いた記事を見かけた.
最近そうした記事を目にする機会が多くなった
ような気がする.
ゆとり教育の原因は彼らにあるわけではないのに,
責められるのもかわいそうな気がする.

しかし,最近の学生に触れてみて,
いくつか特徴的に思うことがある.
今日はその中からひとつあげてみる.

1)「将来に大きな希望を持っていない」

大学生になって,将来プロ野球選手や,
芸能人になりたい,という学生の数は
多くないとは思うけれど,
彼らの夢を訊いても,あまりぱっとしない
答えが多くなっている.

まずは,具体的な職業があげられない.
もちろん企業名もあげられない.

彼らの典型的な答えは,
「将来が安定的な企業に入って,
そこそこ働いて,そこそこの給料をもらって,
あとは適当に楽しく暮らす」という感じのもの.

ハードに働くことは嫌で,
給料もそんなに多くもらわなくても良く,
仕事に見合った毎日生活に困らない程度に
もらって過ごしていければよい.
また,仕事はそこそこ楽しければ良く,
その他,趣味で楽しいことを続けて
いければ良いと思っている人が多いのだ.

これは,これからの社会に
若い人たちが希望が持てていないからだと推測する.
(まぁ,よく言われていることなのだけれど)

昔の労働者のように,馬車馬のように
働けばそれなりの幸せがつかめる,という
幻想は今は無い.
そんな先の見えない社会のために
なにを身を粉にして働く必要があるのか.
そう思うのもわかるような気がする.

しかし,国際学会や研究の交流の場で会う
海外の学生はそんな考えは持っていないようだ.
自分の能力を十二分に発揮することが
もっとも幸せへの近道である,という感じで
勉強をしている.
彼らと話していても,物怖じせず,
自信を持っていることが感じられる.

海外の学生,日本の学生,
どちらが正しいのか,という問題ではないのだけれど,
どちらの心構えでいる方が,
幸せになれるか,能力を磨けるか,ということは
はっきりとしているのではないか.
それを心配してしまうのである.

まぁ,仕事偏重主義も良し悪しがあって,
仕事がダメになったとき,自殺までいってしまう
若者が多いのも日本の特徴らしい.
仕事がだめなら人格が否定されたと考えてしまう,
どこか真面目すぎて,臆病な傾向を
持っているように思われる.

こうなったのは,社会が悪い,というのは
簡単だけれど,いずれにしろ,
自分自身が努力しなければ局面は
打開できないことははっきりとしている.
残念ながら,手をさしのべてくれる人は少ない.
それを考えて,行動して欲しい.
(研究・勉強してほしい)

もちろん,上に挙げたような人とは
異なる学生も多くいることも承知している.
しかし,実感として確かに上記の傾向の
若者は増えているのだ.
それを肌で感じている身として,
少しは何とかしたいと思っているのだけれど...

項目(2)以降は,また別の機会に.
(もうないかもしれないけれど)

2010年10月4日月曜日

研究や勉強を強制する必要はないはず

大学,合氣道部の主将時代,
(主将はくじ引きで選んだと覚えているが)
部員の出席管理なんてほとんどしていなかった.
合氣道なんてものは団体競技でもないし,
そもそも競技でもないので,
誰が来ようが,来まいが,
その活動に関係がなかったからである.

しかし,稽古には部員は大勢参加した.
強制はしていなくとも,みな強くなりたくて
練習をしに道場にやってくるのだ.
これは町道場と同じ感覚である.

その稽古も適当にやるというのではなく,
1時間半の稽古時間が終わっても,
さらにもう1時間半,自主練習にあてる
後輩が多くて,正直閉口していたくらいである.
こちら(上級生)は早く飲みに行きたいのに,
夜の8時になってもまだ技の練習をしようとする.
こちらもある程度つきあう訳なのだけれど,
そのうち,もうやめてくれ,と頼んで
引き上げさせてもらうこともしばしばだった.
とにかく,練習の虫が多かったのである.

なぜこんなことを思い出したのかというと,
大学の研究や講義もこうあるべきなのではないか,
と思ったからである.

そもそも大学に入学した時点で,
本来,勉強をすることが目的のはずである.
その目的にしたがって,各自強制されなくても,
自主的に勉強を進めるのが自然ではないのか.
講義の出席点なんてものもおかしい.
試験で理解さえしていればいいのだから.

しかし,現在の学生は勉強することが
大学に入る目的ではないらしい.
大学を卒業することが目的であって,
単位を取ることが目の前の目標となる.
したがって,勉強をすることが目的ではなく,
「ズル」をしてでも単位を最短距離で取得することが
大切となっている.

勉強をなんのためにするのか,と問われたら,
「大学を卒業するため」と答えるのだろう.

しかし,勉強は本来自分の能力を向上させるために
行うものである.
そして,その効果はすぐに現れるわけではない.

大学の講義をほったらかして,
就職活動をする学生を見て,
その理由を大学の講義に魅力がないからだ,と
言う人を多く見かける.
確かにそうかもしれないけれど,
就職と大学の講義を天秤にかけたら,
それは就職の方を選ぶだろう.
まして,現在の状況では就職を失敗すれば,
将来がずいぶん危ういと言われているのだから.

大学における教育が本当に不要だと思っているのであれば,
高卒で優秀な人をどんどん採用すればいいのに,と思う.
大学での4年間ないし6年間が無駄になるのであれば,
その時点で,ある大学に入るだけの能力があった,という
証明書となる合格通知さえ持っていれば良いではないか.
それで企業は採用すればいい.

大学で教える内容は,昔から変わっていない.
即戦力の知識などがメインではない.
あくまでも基礎学力が重要である.
それで私は良いと思う.

それなのに,企業からは大学の知識は使えないとか,
即戦力の知識を身につけろ,という声が
学生の耳に聞こえてくる.
(一部,基礎学力が大切だ,とはっきり言っている
理工系企業もありますが)
そうした状況の中で,学生はどう考えるだろうか.
ますます大学における勉強を軽んじていくだろう.
本当にそれでいいと思っているのだろうか...

勉強の効果は,すぐには出にくい.
そしてそれを実感するにしても事後的である.
勉強しているときには,それを感じることができない.
だからこそ,大学における時間は貴重なのである.
実効性を実感できなくても,学問に集中できる時間なのだ.

その意味さえ理解してもらえれば,
誰に強制されるでもなく,学生たちは勉強し,
企業もその貴重な時間を就活に浪費させないよう,
学校のスケジュールを配慮するだろう.
また新卒にこだわらない採用をしてくれるだろう.

なんのために勉強しているのか.
それを誤っていては,今の状況は変わらない.

2010年10月1日金曜日

アメリカ出張の機内で映画を観た

ECCE参加でアトランタに行く途中の
飛行機の中で,映画を観た.
いつもならば,ほとんど機内上映される映画を
観るのだけれど,今回は体調もかなり悪く,
帰りも寝てしまったので,観た映画本数は
かなり少ない.

それもまたまたB767の狭い機体内で,
観光バスのテレビと同様の状態で観たので,
非常につらかった...
(なんとかなりませんかデルタ航空さん...)

でも,恒例によって感想を.

"Prince of Persia"
これがディズニー映画とは驚き.
ファンタジーはファンタジーだけれども,
ほとんどが戦いシーンで明け暮れる
アクション映画である.

時間を止める魔法の砂と短剣を巡って,
心優しく,強き王子様が
綺麗な隣国の王女と繰り広げる冒険物語.

アクションシーンは格闘技というよりも
パルクールである.
パルクールとは,街中の建物や壁などを
障害物として,ひらりひらりと飛び越えたりする
かっこいいけれど非常に危険な技術である.
あるいはフリーランニングとも呼ばれる.
Youtubeとかで動画を探してもらえばわかるのだけれど,
都会の忍者という印象である.
私も練習してみようか,と言ったら,
大けがするからやめろとうちの奥さんに言われた.
実際,大けがする人が多いらしい.

話の内容は薄いので,
このアクションを楽しむしかない.
しかし,見た画面は通常のCRTである...
残念.

採点は星2つ(5つが満点)★★☆☆☆

"A-Team"
言わずと知れた特攻野郎Aチームの映画化.
とはいえ,私はTVシリーズを見ていなかったので,
それほど思い入れもない.
昔は,モヒカンの黒人を,Mr. Tが演じていたような
気がする.

いかにもアメリカのTVドラマのノリであり,
気楽にみれる映画である.
アクションはほとんどマンガで,
笑って楽しむことができる.
とはいえ,もう一度みたいとは思わない.

採点は星2つ(5つが満点)★★☆☆☆

"Karate Kid"
これは観たかった映画.
しかし,アメリカ国内線で観たので英語.
そして,時々出てくる中国語には,
英語の字幕がでるのだけれど,
画面が小さくて読み取れない.
なにかいいこと言っているようなのだけれど,
全然理解できなかった.

しかし,ストーリーは至極単純だから,
ほとんど会話が聞き取れなくても楽しめる.

主演のウィル・スミスの息子もまぁまぁ
良かったけれど,カッコよすぎ.
昔のカラテキッドのラルフ・マッチオの
あのダメダメ感に不足している.
初代のカラテキッドにおける主人公は,
低所得者の母子家庭の高校生で,
なにも取り柄が無く,
女の子にももてそうもない,
本当に鬱屈した男の子だった.
そこに,あの時代のアメリカの事情が
反映されていたように思う.
学校とは違う別のことに価値観を見つけて,
また新たに生活を始めていこうという
ストーリーだった.

しかし,今回も同様の家族構成という
感じではあるけれど,
そうした暗さ,ジメジメ感が最初から無い.
主人公はいじめられてもクールなのである.
仲良くなる女の子もなんでもできる優等生だし.
汚い側面がすべて無くなっている映画である.

唯一の救いがジャッキー・チェン.
情けない中年男を演じている.
すごい演技というわけではないけれど,
彼がいなければこの映画の価値は
ますます下がっていたことだろう.

採点は星3つ(5つが満点)★★★☆☆

その他は,眠ってしまって観なかった.
Xファイルのディビッド・ドゥカブニーと
デミ・ムーアが出演していた"The Joneses"が
少し面白そうだった.

眠ってしまい,途中から観たのが,

"Quantum of Solace"(007 慰めの報酬)
たぶん半分くらいは観たと思う.
とにかくダニエル・クレイグの魅力たっぷりである.
ハードボイルドで,鍛え抜かれた身体を持ち,
それでいて,悲しさが漂っている.
歴代のボンドの俳優の中でも,私は
一番好きかも知れない.

ダニエル・クレイグに主演が変わってから,
映画は2本.どちらも悲しみと切なさで
あふれている.
昔のように,気楽に観れる感じではなくなった.

今回は悪役のインパクトが弱すぎる.
小物すぎるのだ.
その他のエピソードも悲しいけれど,
深みが足りなかったような気がする.
(前半を観ればもっと違う印象かも知れないが)

ダニエル・クレイグの魅力で持っている映画.
彼に憧れるなぁ...
(学年で言うと同い歳なのだ)

採点は星3つ(5つが満点)★★★☆☆

番外編として,滞在中TVの映画チャンネルで,

"The Boume Ultimatum"
"The Thomas Crown Affair"

の2作を観た.
ボーンの方は,もう何度も観ているのだけれど,
やっぱりかっこいいなぁ.
最近では,このシリーズがアクション映画としては
最高峰だと思う.

トーマスの方は,ボンドを演じたこともある
ピアース・ブロスナンのアマ~い魅力たっぷりな映画.
(それとルネ・ロッソのお色気)
なかなか洒落ていて面白かったなぁ.
英語が難しくてわからなかったけれど(笑).

ということで,今回は残念無念.
あまりいい映画に当たらなかった.
また映画を観る機会があるのは,いつのことか...

2010年9月30日木曜日

電気工学者がやらなければならない仕事は山ほどある

昨日は,広島大学で開催された
電気学会 電力技術・電力システム技術合同研究会に参加する.

3日間開催されているのだけれど,
残念ながら都合により,中日だけの参加.
申し訳ない.

今回は分散電源(太陽光発電とか風力とか)の
セッションと研究室の学生が発表した
系統安定化制御のセッションに参加したのだけれど,
どちらも結局分散電源の話である.
日本の電力系統が直面している問題は,
将来予想される分散電源の大量導入に対して,
どう立ち向かうかということにある.

たとえば各家庭に太陽光発電が設置されたとすると,
基本的にその発電電力は電力会社は制御できない.
電力会社の重要な仕事のひとつは,
発電電力を負荷電力に一致させるように
制御することだから,それができなくなることになる.

そのような場合,発電電力が負荷電力を上回り,
余るような状態になると,周波数が上昇してしまう.
60Hzが60.2Hzとか60.3Hzとかになってしまう.
もちろん,逆に不足する場合は周波数が下がって,
59.8Hzとか59.7Hzとかになってしまう.

誤差が0.2Hzを越えたぐらいから,
あちらこちらの工場で問題が起こるといわれているから,
電力会社が困ったことになる.
電力会社は周波数を見ながら,その発電電力を
調整するのだけれど,電力はすぐに調整できるとは
限らない.ある程度の時間遅れがあるのである.

一方,たとえば風力発電の大規模なファームが
あって,通常,原発の1/2基分くらいの発電量が
あったとする.
しかし,それが急に風が止んで
発電量がゼロになったらどうだろう.
系統からみたら,原発の半分が急にダウンしたような
状況になる.
制御が追いつかない...
ようやく発電電力が増え始めたと思ったら,
急に風が吹いたりなんかして,電力がすごく
余るようなことになってしまう.

ちょっと考えただけでも大変なのである.
(その他,配電線の電圧が上昇してしまう問題とか,
雷などで電圧が少しの間小さくなるだけで,
大量の太陽光発電や風力発電がストップしてしまう問題とか,
事故が起こっても電力を送り続けてしまう問題とか,
とにかく一杯課題があるのだ)

そうした課題を解決していくのが,
私たち電気工学者のつとめなのだ.

ひとつの解決策としては,電力を充電したり,放電したりできる
二次電池を用いて,余ったり不足したりする電力を
補うという方法が考えられるのだけれど,
みなさん,ご存じの通りリチウムイオン電池など
性能の良い電池は非常に高い.
その上,今話題のレアアースときてる.
それが簡単に解決できる問題でないことはすぐわかる.

将来,プラグイン電気自動車が普及するならば,
それらの電池を使えないか,というアイデアも検討され始めている.
今回の研究会でもそうした検討の報告があった.
V2Gと呼ばれる(ビーグル・トゥ・グリッドの意味).
私個人的には,なかなか難しいと思うけれど,
魅力的なアイデアではある.

こうした需給調整をうまく行うためには
結局,各分散電源や車などと通信を行って,
充電状態や発電状態などの情報を
やりとりしなければならなくなる.
これがスマートグリッドの正体である.

とにかく,アトランタで開かれたECCEも
サスティナブルということが中心で,
分散電源,スマートグリッドがトレンドだった.
そして日本ももちろん主たる課題なのだ.
(日本とアメリカ,欧州ではそれぞれ
スマートグリッドの性格は異なるのだけれど)

私たち電気工学者がやらなければならない仕事は
山ほどある.

あぁ,素晴らしき哉,電気工学的人生!


広島大学は西条駅経由で行く.西条は日本酒で有名な町だ.

2010年9月28日火曜日

マトリックスコンバータの行く末は

昨日は,九州の安川電機の工場に
電気学会の調査専門委員会の見学会に
参加させていただいて,
お邪魔させていただいた.

安川電機といえば,汎用インバータで
世界第1位を占める大手メーカであるけれど,
マトリックスコンバータを世に先駆けて
製品化した企業としても知られる.
今回の見学会は主にマトリックスコンバータに
関するものであった.
(上記調査専門委員会がマトリックスコンバータの
調査を目的としたものなのだ.
実は私は委員ではないけれど,今回は
参加させていただいたのである)

素晴らしい製品の数々を見学させていただき,
そこに集積された技術の深さを思った.
大変勉強になった.

マトリックスコンバータは,1980年代初頭に
明確な形で示されて以来,
世界中で研究が進められているのだけれど,
今ひとつ市民権を得ていない.
昨日の見学会や打ち合わせでは,
このマトリックスコンバータをさらに普及するには
どうしたらよいのかという議論になった.
(これがそもそもの調査専門委員会のテーマらしい)

そこで話題になったのが,
マトリックスコンバータには教科書が無く,
それを議論する研究者,技術者に共通の基盤が無い,
というものである.

つまりは,マトリックスコンバータは確かに
交流/交流直接変換を行うので,
メリットがありそうだけれども,
それがいまひとつはっきりしない.
また,制御方法が複雑で理解しにくい.
などの理由がその普及を妨げているのだ.

ユーザとしては,やはり使用している装置を
理解したいと思うのは当然である.
しかし,マトリックスコンバータは
まだカーテンの向こうにあるのだ.
制御法もいくつも提案されているが,
回転や振動する空間ベクトルをもとに
出力を制御するために,やはり複雑になってしまうのは
仕方がない.
しかし,そこがわからないとなにかしら不安で,
ユーザは導入をためらってしまうのだ.

安心できない,というべきか,
「腑に落ちない」というべきか.
通常のインバータならば,どうやって動作するかは
パワエレの技術者であれば理解しているので,
ある程度安心して装置の導入が可能となる.
しかしカーテンの向こうにあるマトリックスコンバータは
どこか腑に落ちないところがある(と思われる).
どれだけメリットが明らかになっていたとしても,
釈然としないということがネックとなる.
技術者は結局「身体的に」理解している知識・智恵に
頼るのだ.
「腹でわかる」という感覚なのだろう.
マトリックスコンバータをそのレベルまで
落とし込むということが,これから必要とされていることなのだ.

もちろん,これらの議論はマトリックスコンバータだけに
かぎらず,技術全般に通じる話である.
ユーザが安心を感じるためには,
ある程度,知識が共通化しなければならないのである.
ブラックボックスでは困るのである.

マトリックスコンバータにかかわる研究者,技術者は
そこら辺の事情を理解して,活動をしていかなければ,
マトリックスコンバータの行く末が難しいものになるのだろう.

2010年9月24日金曜日

男ならば...~「銀河鉄道999」にみる「男の美学」

少し前の話になるけれど,
私が23時すぎに帰宅しても,
我が家の子供達が起きていて,
熱心にテレビを見ていた.

NHKの衛星テレビで
「銀河鉄道999」の過去のTV放送分を
まとめて4日間20時から24時まで
放送していたらしい.
子供たちは首ったけで観ていた.

私ももちろんこのアニメは大好きで,
もともと大学時代には,文庫版を
全巻持っていたし,ハーロックも
エメラルダスも,千年女王も好きだった.
松本零士が好きなのだ.

彼が描く物語には,今ではすっかり
忘れ去られてしまった昭和時代の
男の美学がある.
(そして女はどこまでも愛情深く優しい)

例えば,銀河鉄道999の「時間城」に
関わるエピソード.

酒場の男たちが,時間城に出かけていった
鉄郎の噂をしている.
(詳細はうろ覚えです)

「あいつはどうしているのかな」
「もう伯爵に殺られてしまっているかもしれないぜ」

そこで後ろの壁に向かって酒を飲んでいる
いわく有りげなマントの男がつぶやく.

「いや,あいつは死なない.
なぜならば,あいつは男だからだ」

???
鉄郎が死んでいない理由は,
「男だから」なのである.
全く理解出来ない(笑).
(ちなみにマントの男は,もちろんハーロック)

また「男おいどん」を思わせる
パンツを押入れに山積みしている
漫画家志望の男(さすがにサルマタケは生えていなかったが)の
エピソードでも,鉄郎が涙を流すと,

「男がこんなことで泣くな」

と言われる.
「男」であることが,行動の規範となり,
評価の基準だったのである.

現在のアニメや漫画ではとんと見かけない.
はっきり言って,いまでは「流行らない」のである.
それどころか,今そんなことを言っていたら,
女性から嫌われるかも.

しかし,私はこの昭和時代の「男の美学」が好きなのである.
それは「強さ」であり,「優しさ」であり,
そして「やせがまん」なのである.
見た目は関係ない(ここに強く惹かれているのかも(笑)).
その象徴が,「鉄郎」であり,「トチロー」であるのだ.
(そして女の優しさの象徴が「メーテル」)

松本零士の美学は,「コクピットシリーズ」などの
戦場もので,とくに明確に現れている.

今では全く流行らないこの美学を
子供たちと一緒になってアニメを観ていて
思い出したのである.

あぁ,私も今からそれを取り戻すことが出来るだろうか.
誰にも見向きをされなくてもいい.
自己満足と言われていもいいから,
あの「男の美学」を.


video

「いま,万感の想いをこめて汽笛がなる...」

2010年9月22日水曜日

アメリカ・ホテル空調事情

アトランタでは,昼間は気温が30度を
越えるので,ホテルの部屋では冷房を
使用する.

ECCEの会議の各部屋は,
異常に冷房が効いていて,
半袖でいるとブルブルと震えが
来るほどであった.

過剰な冷房の中,
電力の変換効率の向上の技術について
議論しているのだから,
ずいぶんとヘンだ,などという話が,
会議場のあちらこちらで聞こえたものである.

私の泊まったホテルは,会場でもあるHiltonで,
もちろん部屋には空調が装備されている.
しかし,アメリカも少しは変わったな,と
思わされたのが,空調のスイッチ部に
サーモスタットを用いたコントローラが付いていた
ことである.

別に複雑な制御をしているわけではない.
ある希望温度を設定し,それより十分に
部屋の温度が低くなった場合,
空調の電源を切り,その温度を越えた場合
空調の電源を入れるというものである.
すなわち,単純なオンオフ制御.

しかし,これだけでも昔はなかった.
少しはホテルも省エネをしはじめたということか.

ただし,空調はあくまでもオンオフ制御なので,
たぶん100%出力運転か,運転停止かの
二つの状態しかできない.
これは温度の細やかな制御を行うという点からは,
あまり良いものではなく,一般に温度制御に対して
効率は悪いといわれている.

日本では,ホテルもずいぶんインバータ制御方式の
空調に切り替えられていて,ずいぶんと省エネが
進んでいる.
インバータ制御方式だと,設定温度に対して,
室温が離れていれば,出力を大きくして
急速に冷房が効くようにし,反対に
室温が設定温度にちかづいてくれば,
出力を低くして室温を一定に保とうとする制御が
可能となる.

日本での家庭用エアコンはインバータ制御方式が,
ほとんど100%に近い割合で採用されているが,
アメリカでは,その多くがインバータ制御方式では
無いらしい.
強烈に冷房を効かしていても,おかしいと思わないのも
無理はない.
しかし,いつかきっと省エネのために
日本のようなインバータ制御方式のエアコンに
置き換わっていくに違いないのである.

さて,ホテルの部屋では,空調の音がうるさいので,
また夜はそれなりに涼しいので,私の部屋は,
空調のスイッチは切っておいた.

しかし,ホテルの各部屋で空調のオンオフ制御が
行われているとすると,空調がオンされた瞬間,
定常運転時の電流の3~6倍程度の突入電流が
ホテルのあちこちで流れていることになる.
日の出のときなど,ホテルの部屋の温度が一斉に
上がり始めるから,たぶんホテルのあちこちで
大電流が流れて,配電電圧はずいぶん下がったり
するのではないかな,などと,
時差ぼけで寝付きが悪いベッドの中で
考えていたりしたのである.

2010年9月21日火曜日

荷物は届かなかったばかりか,破損したらしい

昨日,とうとう荷物は届かなかった.
結局,私が帰国するときに乗ってきたフライトで
荷物は関西空港に夕方着いたのだろう.
だから,今日午後に自宅に届いているはずである.

実は,月曜日にデルタ航空から電話があった.

「荷物は届きました.しかし...
スーツケースのキャスターがひとつ壊れています」

そして,

「大変申し訳ないのですが,スーツケースの外部にある
キャスター,ハンドル等は補償範囲外になっております.
お客様,旅行保険などには加入されておりませんでしたか?
そちらにご相談ください」

との話.
なんと,ひどい.
確かに空港でバッグを渡すときには,
キャスターは全く問題なかった.
なのに,どこで壊れたというのだ!
(もちろん,荷物を運ぶ人が乱暴に荷物を投げつけて
壊したか,あるいは運搬機械のどこかで壊れたのだろうけれど)

ここまではっきりしていて,
航空会社は補償しないということを
今回初めて知った.
そういう条項があるらしい.
(というか,キャスターは「消耗」として
扱われるらしい.ひどい!)

以前,アリタリア航空でキャスターを壊されたときは,
もっとひどい対応だったけれど,
デルタ航空もこうしたときにはひどい.
自分たちで壊しておいて,自分たちでは補償しない
ことになっているなんて...
それでいて破損の証明書はデルタ航空は
ちゃんと発行するのだという.
なんか,釈然としない.
壊した人が弁償するのが当たり前のような気がするが...

とにかくまだ破損の状況を確認していないので
なんともいえないが,
海外保険会社に相談することになるだろう.

バッゲイジロストに加え,破損とは...
運が悪いなぁ.
日頃の行いの悪さが原因だろうか...

2010年9月19日日曜日

帰国.しかし荷物は...

ようやく家に辿り着いた.
ノックスビルのホテルを出発してから
およそ28時間かけて帰宅したことになる.
アトランタやノックスビルと日本との
時差は13時間.
つまり経度でいうとおよそ地球の
反対側から戻ってきたということだ.

飛行機は次々と遅れ,
それでも関西空港には予定よりは1時間程度の
遅れで済んで到着して,
今回はなにもトラブルが起こらず,
やれやれ,と思っていたのだけれど,
Baggage Claimで,一緒に出張した
K先生と待っていると,ホールに
私とK先生の名前を呼ぶアナウンスが流れた.

やっぱり...
荷物が届いていなかった.
今回のフライトの乗り継ぎは,

ノックスビル -> アトランタ
アトランタ -> シアトル
シアトル -> 関西空港

ということで,アトランタ-シアトル便が
1時間遅れたのだけれど,
なんとその機体をそのまま
シアトル-大阪便に使われているということで,
乗り遅れの心配はなかった.
(もちろん,出発は1時間くらい遅れたけれど.
しかし,B767のその機体は5時間飛んで,
1時間休んで,12時間程度また飛んだことになる.
世の中の飛行機はこんな使われ方をしているかと
思うと,少し乗るのが怖くなる...)

したがって,荷物ももしもシアトルまで
運ばれていたら,問題はなかったはずである.
つまり,アトランタでシアトル便に
乗り換えるときに,荷物が間に合わなかったと
いうことになる.
関空で確かめてみるとやはりその通りだった.

まぁ,実はこれは出張に行く前から
想定していたことで,
なぜならば,アトランタでの乗り換え時間は
40分そこそこだったのである.
人自体が乗り換えられるかどうかも
少し怪しい(アトランタはターミナル間の移動が
楽なので,実際は楽々だったのだけれど).

40分で,乗ってきた機体から荷物を運びだして,
2つとなりのターミナルの機体へ運び入れるのは,
人よりも難しいとは想像に難くないのである.

しかし,今回はシアトル行きの便の出発が
1時間程度,エンジントラブル(?)のために
遅れたので,荷物も大丈夫かな,
と思っていたのだけれど,やっぱり難しかったのだろう.

荷物は来ないといっても,結局帰国の後だし,
あらかじめ予想していたから,必要なものは,
スーツケースの中には入れていないし,
空港での荷物の宅配サービスだと思って,
全然気にしていない.
むしろ有難いくらいである.

ただ,おみやげを楽しみにしていた
子供たちは少しがっかりしたようである.
まぁ,明日宅配されるのを待つことにしよう.
明日は休日でよかった...

2010年9月18日土曜日

国際線の移動は苦行なり

現在の時刻は朝の4:50.
ノックスビルの空港にいる.

昨日,ECCE2010が開かれた
アトランタから午前中のうちに
このノックスビルにやってきて,
テネシー大学のTolbert教授の研究室を
訪問させていただいた.

といっても私が段取りしたわけではなく,
助教のK先生が訪問するということで,
ちゃっかり便乗させていただいたのである.

見学内容については,いつかブログに
記事を書くことがあるかもしれないけれど,
今日は,これから始まる帰国の旅程について.

ノックスビル空港を6:35発のデルタ航空で,
まずはアトランタまで1時間のフライト.
Transitが40分程度で,シアトル行に乗り換えて
5時間のフライト.
そしてシアトルから関西空港行で,
約12時間のフライトである.

帰国した日本では,19日日曜日の
16:00頃となる予定である.
う~ん,日本は遠いなぁ.

とにかく寝ること.
そして映画を観ること.
そうやって時間を過ごしていきたい.
航空機による移動は,
まるで苦行のようである(笑).

日本の学生が危ない

ECCE2010に参加して改めて危機感を感じた.
パワーエレクトロニクスの主要な
国際会議ということで,
世界各国の研究者が成果を報告するのだけれど,
発表者には,学生も少なくない.
世界各国の(まぁ,アメリカの大学が中心だけれど)
博士課程の学生が自信を持って発表しているのだ.

彼らを見て思った.
一体,日本の学生は彼らに太刀打ちできるのかと.

正直,残念ながら彼らには見劣りがする
学生が多い.
もともとの貪欲さが違う.
彼らは自分のスキルアップ,キャリアアップに
とにかく熱心である.

彼らはなんのために研究しているのか.
それはもちろん,世界のためでもあるけれど,
自分の能力の向上,経歴の積み重ねのためでもある.
だから彼らは研究に貪欲なのだ.

翻って,日本の学生は何のために
研究(卒業研究,修士論文の研究)をしているのか.
それは,卒業するためである.
大学を卒業したという称号,学士,修士を
得るためである.

だから,研究に最短の道を求める.
はっきりと言えば,研究成果がどうなろうと
関係がないのである.
楽して卒業ができるのであれば,
それが一番有難いと考えている学生が
多いような気がする.
簡単に卒業できるテーマが
一番彼らが欲しいものなのである.

しかし,こうした国際会議の場に来てみると,
そんなのは,全くのアマちゃんの考えだとわかる.
日本の狭い国内だけで,自分の保身が図れる
なんてことはこれからの将来,
とても甘い考えだとわからないのだろうか.

海外から採用をする企業が増えているのも
仕方がない.
海外の学生の方が優秀なのだから.

同じ仕事であれば,安くて優秀な労働力,
すなわち,アジアを中心とした新興国に
仕事が流れていくに決まっているのだ.
まして単調な仕事,誰にでも出来る仕事など,
日本から無くなってしまうに決まっているのだ.

では,そうではない仕事.
クリエイティブで,複雑な仕事.
それらを任せられるだけの実力を
日本の学生が身につけているだろうか.
そうした不確定な将来を認識して,
危機感を持って,学業を行っているだろうか.
残念ながら,とてもそんなふうには思えない.

もちろん,社会のせいもある.
今の異常な就職活動の状況では,
自分の能力をしっかりと伸ばしていこうという
学生がバカをみるようなことになってしまう.
なんという日本の損失...

日本では新卒の学生しか受け入れられず,
海外では優秀な人材(学生に限らない)を
積極的に採用している企業にも
責任はあるだろう.

しかし,国際会議に来て,改めて凹んだ.
海外の優秀な学生に対抗できる人材を
育てていけるだろうか.
社会状況は厳しい.
でも,なんとか,そうした教育をしていきたい.

たまにはそんな殊勝なことも思ったのである.

2010年9月17日金曜日

Atlantaという街

Atlantaに着いて3日が過ぎた.
会議でほとんどホテルにカンヅメだから,
どこを見たというわけでもないけれど,
Atlantaという街についての印象をまとめておく.

まずAtlantaは日本人率が低いように思う.
というより,まずは黒人率が非常に高い.
そして,ウェイトレス,ホテルマン,
小物売りの店員,そうした職業の人は,
ほとんど黒人の人である.

アジア系も少ない.
シアトルやバンクーバーに比べると,
本当に少ない.
会議の参加者以外にまだ日本人に会ったこともない.

ファストフードやショップに行くと,
どこから来た?と良く聞かれる.

Koreaか?Chinaか?それともTaiwan?

Japanという言葉が出てこない.
(しかし,これは単に私の外見の問題かもしれないが)

"Japan"と答えると,開いては本当にびっくりする.
Atlantaに来る日本人は少ないのだろうか.

ではAtlantaは何が有名かと言われても,
やっぱりいまひとつピンと来ない.
もちろんオリンピックの開催地ではあるけれど,
記念の公園がダウンタウンにあるだけで,
あとはそれを思わせるようなものは無い(ようだ).

(ちなみにこの公園では,噴水が有名で
音楽とともに噴水ショーを毎日見ることができる.
噴水ショーが開かれないときには,
子供たちが水着を着て,水遊びに呆けている.
私はそれほど感動しなかったのだけれど...)

他に有名なものは,コカコーラ,CNN等の
本社があること.
コカコーラの博物館がある.
またその近くの水族館も有名らしい.
CNNは,見学ツアーがあるという.
まぁ,来ら来たで楽しむことができると思うけれど,
それらを見るために,わざわざアトランタまで
来る人も少ないだろう.

料理も別に有名でもないし...
おかげで会議のバンケットの料理も簡素なもので
終わったし,出し物もゴスペルのコーラスがあっただけだった.
本当にビジネスの街なのだ.

映画ファンならば,マーガレット・ミッチェルの
「風と共に去りぬ」ということで興味があるかもしれない.
私は残念ながら,この映画を見たこともないし,
力強い女性の生き方にも興味がない.
だから記念館にも行く気になれない...

それよりはキング牧師の方が興味がある.
とはいえ,どこにも行かないけれど...

あるいはスポーツに興味があるならば,
野球のブレーブスとか,フットボールのブルドッグス(?)の
試合を観戦するのもいいのかもしれない.
確かに川上憲伸のサインボールはどこかに飾ってあった.
ただ,私はあまり興味がない.

とにかく,アトランタという街は
ビジネスのためにあるのかもしれない.
日本から来た客にはあまり興味が持てるものではないようだ.

来年のECCEはアリゾナのフェニックスで開かれるそうだ.
アトランタよりも何もなさそう...
やれやれ,である.

2010年9月16日木曜日

100%再生可能エネルギーは可能か

アトランタの街は,
昼は暑く,朝夕は涼しい.
気温は昼間は30度を越えるが,
朝晩は20度位になって肌寒くなる.
半袖では寒いくらいである.
(とはいえ,会場のホテルの部屋は
どこも冷房が効きすぎていて,
半袖では寒いのだけれど)

今朝始めのセッションで
無事発表も終え,ひとまずほっとした.
しかし,英語の発表はやはり難しい.
発表自体も難しいけれど,
質疑応答が一番ドキドキする.
何はともあれ,会場からの質問を
聞き取れるかどうかが問題なのだ.
国際会議ということで,もちろん
いろいろな国からの参加者がいて,
全員が大統領のようなアメリカ式英語を
話すとは限らない.
スペインの人とか,ロシアの人とか,
オランダの人とか,それぞれに
お国訛りがあって,質問が即座に
理解出来ないのである.
(例えば,オランダ人は
ヴォルテージ(電圧)を
フォルテージとよく発音する.
それに気づくのにしばらくかかったことがある)

今回は幸いにして,会場からの3つの質問は
どれも聞き取れ,また簡単に回答できるもの
であったので,助かった.
講演が終わったあとも,5~6人の人たちと
議論することもできたし,
まぁ今回は合格点だったことにしよう.
(発表自体はもっと練習すべきだったが)

夜はRAP Sessionが2つ開かれ,私は,
"Update on Wind Energy Systems"に参加した.
(もうひとつは,"Electrical Systems for
Future Transportation")
参加者はアルコールを片手に(サービスされる)
議論をすることになる.

そこで,出された話題が

"100% 再生可能エネルギーとなることは可能か?"

というもの.
風力発電や太陽光発電などだけで
私たちは必要な電力をすべて得ることが可能か,
ということである.

それにはどれだけの電力貯蔵装置が必要なのだろう?
現在,風力の発電単価が6セント/kWhである
とのことだったが,今後はその導入に必要な
(出力変動を補償することができるだけの)
電力貯蔵装置のコストもそこに加算して
評価すべきなのではないだろうか.

もちろん,現実的には
100%再生可能エネルギーは有り得ず,
他の発電方式とうまく組み合わせて,
私たちは電力を使っていかなければならない.
(もちろんできるだけ効率よく)
どのような状態が最適なのか?
「最適」とは何が最適化されるべきなのか.
このような問題への解を求めることは
とても複雑で,その解自体も時間と共に
変わっていくだろう.

しかし,そうとわかっていても
私たちは考え続けていかなければならない.

2010年9月15日水曜日

電気工学に追風が吹いている~ECCE2010 Plenary Session

ECCE2010のオープニングの
プレナリーセッションは,
CO2削減,エネルギー消費低減,
機器の効率アップ,という話ばかりだった.
(シュナイダー・エレクトリックや
イートンによるスマートグリッドを絡めた
機器の話が中心だった)

昨年の,テスラ・モーターズや
IPCCによる温暖化の話とは
少し話題が変わりつつある.
やはりオバマ政策のせいか,
この分野に追い風が吹き始めていることは
確かなようだ.

イートンの副社長がこう言っていた.

「あなた達の中に電気工学者はいますか?」


(もちろん会場のみんなは挙手)


「それは素晴らしい.
あなた達は世界を変える機会がある」

そのとおり.
電気工学者はこれから世界を変えなければならない.
持続可能な社会へと変化するための
テクノロジーを開発し続けなければならないのである.
特にそのキーであるパワーエレクトロニクスの
研究者は中心となって活躍しなければならない.

各プレゼンタの講演内容は新味の
あまりないものだったけれど,
世の中がその方向で動き始めているということが,
このプレナリセッションでよく実感することができた.

アトランタへ.ECCE2010

ECCE2010に参加するために,
現在アトランタに来ている.
サンノゼでECCE2009に参加してから
はや一年が過ぎたことになる.
本当にあっという間である.
(これじゃ,年をとるのも
速いわけだ...)

とにかくアトランタは遠かった.
自宅を出てから,ホテルに着くまで
たぶん24時間かかったのではないだろうか.
昼に家を出て,関西空港17:45発の
デルタ航空でシアトルへ.

7月にバンクーバーのマイクログリッド
シンポジウムに参加した際も同じフライトである.
まぁ,便利だから仕方が無いけれど,
狭い767の機体で,9時間以上のフライトは
ずいぶんときつい.

さらに今回はかなり体調が悪くて,
(電気学会電力・エネルギー部門大会に
参加した時からずっとお腹をこわしていた)
風邪もひいたようだったので,
薬を飲み飲み搭乗し,かなりつらかった.

シアトルでまた2時間以上の待ち時間ののち,
アトランタへは5時間のフライト.
その上,飛行機は出発が40分も遅れたので,
アトランタ空港に降り立ったのは,
夜の10時半過ぎだった.

そこから地下鉄でダウンタウンへ.
安全とは聞いていたけれど,
11:00を過ぎてから乗るのは少し不安だった.
周りは身体が大きな黒人の人ばかりだし...
(白人の人は少なかった.まして
アジア系なんて,一人くらいしか見かけなかった)

ダウンタウンまでは20分弱.
降りて,会場のヒルトンホテルに着いたのは,
夜中の12時10分前.
翌日の8:00から,セッションが始まるので,
本当にヘトヘトだった...

なんとか翌朝起きて,
セッションには朝から参加できたけれど,
今回は本当に疲れた.
歳のせいかも,と最近いつも思うようになったなぁ.

ということで,またいろいろと頑張ろう...

2010年9月9日木曜日

Ustreamを見て,思う.

最近はUstreamなるものがあって,
かなり小規模のライブネット放送が行われることがある.
音声だけではなくて,TV放送と同様,
ライブ動画配信である.
私のネットラジオなど大好きだから,
どんなものかとUstreamを見てみることがある.

どれくらい小規模かというと,
画面の下に「OOO人視聴中」などと表示されるのだけれど,
350人などという人数となっている.
これが日本全国で,という数である.

しかし,たぶんその経費はTVなどに比べて
ずっと低いだろうから,個人でも実現可能なレベルの
動画配信なのだ.

これがこの先注目を集めることは間違いないだろう.
どんなことだって,動画配信できるようになるのだから.
TVなどの「検閲された」「編集された」情報とは違って,
全く質の異なる情報を発信することが出来る.

これまでもTVなどでは配信されにくい
電波の利権の問題や政治問題,検察の問題などで
ソフトバンクの孫氏やホリエモンなどが対談した番組などは
ずいぶんと多人数の視聴者がいたようである.
今後もこうした情報発信は,必要とされるし,
私も視聴したいと思う.

しかし,視聴者が先に述べたように
現状かなり少ないことが問題である.
一般の人が,こうした動画発信に触れる機会は
ほとんどないだろう.
現在は,俗に言うアーリーアダプターだけが
視聴している状態である.
これをいかに一般化していくかが課題である.
そうした動画発信のビジネスモデルが確立されるまで,
Ustreamのような新しい芽が枯れない,あるいは
摘み取られないようにしていかなければならない.
(こうしたものはすぐに既得権のあるメディアに
つぶされてしまいそうだと心配している)

私たちは,こうした新しいものに飛びつく必要はないが,
将来有望だと思われる技術には注意を払い,
うまく育てていかなければならないのだ.
いままでは無責任だった視聴者も
変わり始める必要があるのだと感じ始めている.

2010年9月8日水曜日

電気自動車は,F1の夢を見るか

先週の電気学会電力・エネルギー部門大会では,
種々の企業からの展示もされていて,
それはそれで大変参考になるのだけれど,
今回は九州電力が出展していた電気自動車iMiEVに
試乗する機会があった.

実はPure EV (Electric Vehicle)に乗るのは
初めてである.
残念ながら運転席ではなくて助手席.
そして乗っている時間もおよそ5分.
学会会場を出て,少し走って戻ってくるだけ.
それでも電気自動車の新しい感覚を堪能することが出来た.
九州電力展示のiMiEV
まずスイッチを入れるとエアコンの音しかしない.
エアコンを切ると音がほとんどしないことがすごい.
これは,車内でクラシック音楽を聴くのに
とてもいい環境だ,と思いきや,
走り出すとタイヤのノイズが思いの外,気になる.
たぶん通常のガソリン車ではそれほど
意識には上らなかった音が聞こえてくるということなのだろう.
もちろんエアコンの音も大きく感じる.
意外に音楽を聴くには不適かも...
まぁ,こうしたノイズならばアクティブフィルタを用いて,
スピーカで打ち消すこともできるだろうし,
やっぱりガソリン車に比べれば静かなことは間違いない.
電気自動車の時代はカーステレオの時代なのだ.
コクピット
次に加速が全く違う.アクセルを踏み込んだらトルクが,ほぼ遅れなくかかり,
グーンと加速していく.
これはいい.
こうでなければモータ駆動の車とはいえまい.
このリニアリティ.
そして,どのような速度においても
大きな加速トルクを発生することが出来る制御性.
どれもガソリン車には無いものである.
シフトレバー
アクセルから足を離せば,
回生ブレーキがきいてくる.
強めのエンジンブレーキという感じ.
インパネの指示がChargeに触れる.
おお,運動エネルギーを電気エネルギーとして
電池に回収しているのだ.
これこそ電気自動車の電気自動車らしいところ.

誰かが「これからどれだけガソリン車に近づけることが
できるかが課題だ」などとどこかで書いていたけれど,
それは全く違う.
そんなことをすれば折角の電気自動車の特質が
失われてしまう.
むしろ私たちが慣れるべきなのである.

現在のところ,たぶんトルクの増加率や
ブレーキの効き方などは,ガソリン車に近い
感覚になるように制御されているのだろう.
しかし,潜在的な能力があるのであれば,
それらを最大限発揮すべきである.
全く新しい運転感覚を体験できることこそ,
電気自動車の醍醐味となるのである.

F1が電気自動車で走るようになれば,
ガソリン車はとても敵わないだろう.
燃費,加速,制御性,
どれも電気自動車は勝るはずである.

問題はやはり電池と充電インフラである.
電池は今後高機能で安価なものが
開発されることが期待できるけれど,
充電インフラばかりは,誰かが旗を振って,
導入を進めていかなければならない.
それが電力会社なのか,自動車会社なのか,
それとも政府なのか,それが問題なのだろう.
急速充電スタンド(フェリカのようなもので認証する)

残念ながら,電気自動車の価格は
まだまだ高く,とても一般庶民の手には届かない.
しかし,私たちの身の回りで走り始めるのは,
確かに近い未来のことである.
おじいさんになったら,ピンクのキャデラックに
乗る夢はやめて,電気自動車でブイブイいわせることを,
今後の夢としようか.

2010年9月7日火曜日

シャープ歴史・技術ホール,平城宮跡(研究室旅行H22)

今日は毎年恒例の研究室旅行.
今回の行き先は,(株)シャープ殿の「歴史・技術ホール」(+etc.)と
1300年平城京遷都の「平城宮跡会場」の二つ.
30名弱の人数でバスで乗り込んで出発.

シャープ殿の「歴史・技術ホール」は,
家電マニアにはたまらない展示が並んでいる.
まずシャープ創業者の早川氏は,
「ベルトのバックル」(穴を開けずにベルト長を調節できるもの,
現在も使われている)を発明したのだそうである.
それもわずか18歳で!
おそるべき少年だったに違いない.
そして,その後,現在の社名のもととなった,
「シャープペンシル」(当時の名称は,
Ever Ready Sharp Pencilだとか)を発明する.
シャープペンシルがずらり
それら初期のシャープペンシルがずらりと並んでいる.
しかし当時はあまり売れなかったらしい...
そのうちに関東大震災ですべてを無くし,借金のために
シャープペンシルの特許も譲渡することになってしまった.
そのために関西に来たのだという.

しかし,その後も「目の付け所がシャープだね」の宣伝の通り,
ユニークなアイデアが生かされた製品が目白押しなのである.
鉱石ラジオ,三球ラジオ,五球スーパーラジオから,
トランジスタのポータブルラジオまで.
当時話題だったスプートニク風デザインのラジオや,
なんとソーラー電池式ラジオなんてものまであった.
歴史的なラジオもずらり
個性的なラジオたち(右下はソーラー電池式)
その他,冷風機や魚用グリル,折りたたみ式アイロン,
電子レンジ(チンとなるように初めてした),
ポータブルテレビなどに製品は広がり,
IEEEマイルストーンを受賞した電卓へと続く.
あとは液晶テレビ,プラズマイオンクラスタなど,
現在もおなじみの製品となるわけだが,
どちらかというと家電が好きな私としては,
あっという間に時間が過ぎてしまった感がある.
興奮して写真を撮りまくった.

こうしてみるとあらためてシャープの製品の
ユニークさに感心する.
さすがにすべてヒット商品とはいかないけれど,
そのユニークさは現在の製品にもずっと受け継がれている.
いいなぁ,シャープ.
これからも応援していこう(笑).

シャープ見学のあとは,奈良の田舎風のお弁当で昼食.
その後,平城宮跡会場へ.
するとポツポツと雨が降ってきて,
会場の駐車場に降りると豪雨が降り注いだ.
これは見学もままならないと思ったけれど,
しばらくすると雨が上がった.
そして,ちょうど良い曇り空に.
昨日から,猛暑の中の見学に熱中症にならないかと
戦々恐々としていたのだけれど,
なんというタイミングの良さ.
直射日光が無いおかげで,それほど暑くないし,
(湿気はひどかったけれど)
雨のおかげで観光客も少ないしと,
絶好の観光の機会となった.
これを神の恩寵といわずして,なんといおう.

おかげさまで,「平城京歴史館」に並ぶことなく
入館することが出来たし,「大極殿」も
すらすらと見学できた(「朱雀門」から遠かったけれど).
最後には,「せんとくん」と一緒に研究室の
集合写真を撮って終了.
平城宮跡会場では2時間程度の滞在で,
まだまだ全体を見きれなかったけれど,
十分満足.

しかし,昨日までの天気の中で,
観光客の行列がひどい中,
並ばなければならなかったとしたら,
確実に生死の境をさまよったに違いない.
あぁ,神に感謝いたします...

ということで,今年の研究室旅行も
大満足という結果に終わった.
よかった,よかった.

シャープのテレビ,奈良のお弁当,朱雀門(左下),大極殿(右下)

2010年9月6日月曜日

電気学会電力・エネルギー部門大会(九州大学)

先週はバタバタしていて,バタバタしていて,
バタバタしていたので,ブログの更新を
滞らせてしまった.反省.

先週9月1日より3日まで,九州大学で開催された
電気学会電力・エネルギー部門大会に参加していた.
私も学生も発表はなかったのだけれど,
情報収集のために参加した.
学会は,最近の研究開発のトレンドを知るのに
もってこいの機会である.

9月1日は,8:00伊丹空港発のフライトで
9:15には福岡空港に降り立っていた.
しかし,そこからが遠い.
九州大学は伊都キャンパスということで,
福岡空港から電車とバスを乗り継いで,
およそ1時間かかるところにある.
キャンパスは素晴らしかったけれど,
学生の皆さんはたいへんかも.
(いや,学生の多くは近くのアパートに
住んでいるのか)

午前中に開催されていた座談会
「新しい電力・エネルギーシステムの要素技術」の
途中から参加する.
実はこの座談会を主催した協同研究委員会の
メンバーなのだけれど,十数回開かれた
委員会のうち,たった3回ほどしか参加できていない.
本当に申し訳ないのに,今回も途中参加.
申し訳ない気持ちでいっぱいであった.
しかし,内容は面白かった.
電力・エネルギー部門だと,どちらかというと
システムよりの話ばかりで,変換器などの
具体的なコンポーネントは少ないのだけれど
(いや,ケーブル,遮断器などはあるのだけど)
この座談会では,直流配電や非接触給電,
熱電併給のシステム,電力系統解析ツールなどの
個々の技術に話が及んでいて,興味深かった.
こうした具体的な技術の進展が,逆に
電力系統の展開に影響を及ぼすということも
ありうるのだろう.
またこうした話こそ,大学で研究するのに
適したテーマなのかもしれないと思う.

さて,その後は各セッションを渡り歩いた.
今回の部門大会で最も目立つのは,
「太陽光発電」である.5つもセッションがあった.
現在の電力業界のトレンドなのだと,
あらためて実感する.
産業応用部門ではないので,変換器の話ではなく,
発電電力の予測や,それにかかわる電力貯蔵装置の
設計論,あるいは変動電力を考慮した系統制御など,
そうしたものが中心である.
正直,ちょっと飽き飽きしてしまった.
予測の精度が上がれば,電力貯蔵装置の容量が
低減できるのは当たり前なのだけれど,
予測精度向上なんて,現在の限られた入手情報からは,
たかが知れているのである.
また逆潮流による配電線の電圧分布の
適正値逸脱などの話は,使えるツールは
もはや出そろっていて,それを使うかどうかは,
結局のところ電力会社がどれだけの資本をそこに
使用するかで決定してしまうのである.
確かにそうした技術の適用以前に,
その効果を事前評価することは大切だけれど,
そればかりでは面白くないなぁ,と
個人的には思ったのである.

もう一つ,セッション数が多かったのは,
「マイクログリッド」.
最近,スマートグリッドに押されて,
発表件数が少なくなってきたと思っていたのだけれど,
意外に3セッションも開かれて,人の入りも盛況だった.
九州電力が離島にマイクログリッドを導入することを
進めているために,発表件数が多かったのだろうと
思うのだけれど,本格的稼働はまだなので,
少し物足りない感じがした.
一方,ラオスに小型水力を主として太陽光発電を
導入した小規模系統の話は,具体性があって
興味を惹かれた.
結局,どれだけの電力貯蔵装置が必要となるのか,
ということなのだけれど,やはり実際に稼働し始めた
システムに発生する問題は何なのか,
予想外のことはなかったのか,
そうした話が面白い.

シンポジウムは,電気自動車の話.
トヨタ,日産,三菱と,各メーカの車の話と
スマートグリッドとの関係の話がメインで,
会場は盛況だった.
ただ各講演者が一生懸命話すものだから,
当初予定されていた議論の時間はほとんどなし.
最後に話された九州大学の合田先生が,
日本のスマートグリッドに関する規格の話が
あまり進展できていないことにいらだちを
感じていらっしゃることを話され,
印象深かった.

スマートグリッドに関して,
日本が規格の決定に対し主導的な役割を
果たすことの重要性は誰もが思っているのだけれど,
日本の電力会社がそれに対して,
積極的ではないために,結局スマートグリッドも
ガラパゴス化するのではないかという危惧は
誰もが持っている.
それを代弁されたのだけれど,
だからといって,誰かが動くわけでもない.
NEDOがアメリカに対してはいろいろ行っているけれど,
欧州についてはどうなのだろう.
結局,日本の電力会社が海外でビジネスを展開する気が
ないのだから,うまくいかないのであろう.
この部門大会は電力会社の方々が多いから,
自然,みな口が重くなる.
う~ん,なんとかならないかなぁ...

その他の話題としては,珍しいものを含め
50種類の焼酎が集められた懇親会,
iMievの試乗会等があったのだけれど,
それはまた次の機会に.
取り急ぎ,覚え書き程度で.