2010年1月27日水曜日

INPUTの積み重ねが

昨日は,電気学会の「新しい電力・エネルギーシステムの
要素技術協同研究委員会」
に参加するため,
午後から大阪工業大学 大宮キャンパスに行く.
正午まで,講義などがあったのだけれど,
ギリギリ開始時刻の2時に間に合った.
梅田駅から大阪工大まではバスで30分なのだけれど,
大阪大学の研究室から北千里駅まで20分,
北千里から梅田まで35分,
待ち合わせ時間を入れると1時間半は少なくともかかってしまう.
とにかく,阪大吹田キャンパスは遠いのだ.

この協同委員会は第7回目なのだけれど,
出席したのは今回が3回目.
なぜか学校の講義や用事と開催日が重なって,
参加出来ないことが多かった.
前回の出席は,昨年3月に電気学会全国大会とあわせて
北海道大学で開催されたときだから,およそ10ヶ月ぶりとなる.
本当に申し訳なく感じる.

今回は,私からも直流遮断器について発表し,
少しは貢献できたので,ちょっとだけほっとする.
他にも,マイクログリッドや回路シュミレータの開発に関する報告を
聞くことができて,大変興味深かった.
議論の時間が大いに取れて,それなりの収穫もあった.
やはり,なるべく出席したいのだけれど...

そのあとの懇親会においても,いろいろな話を
研究者,技術者のみなさんとすることができて,
大いに参考になったし,刺激になった.
こうして得られた情報は,
すぐに役立つというわけではないかもしれないけれど,
いつかなにかのタネに育つかもしれない.

まずは,こうした機会を大いに利用して,
多くのINPUTを積み重ねることtが大切だ.
それがいつか(1~2年後かもしれないし,あるいは10年後
かもしれないけれど)なにかしらの果実を実らせることが
できるかもしれない.


NO INPUT, NO OUTPUT.

である.
あとはアイデアが成熟するのを待つ.
いやそうではない.
それが成熟するように養分をどんどん与える努力が必要だ.

2010年1月22日金曜日

「Love Letter」を観て,思う

昨日はちょっと忙しくて,帰るのが遅くなった.
帰宅してテレビをつけてみると
(これは昭和生まれの人間の習慣か)
中山美穂と豊川悦司の姿が画面に大きく映しだされた.
すぐに,映画「Love Letter」だとわかる.
たぶん最近,中山美穂主演の映画「サヨナライツカ」が
封切りされる(た?)から,そのキャンペーンの一環なのだろう.

この映画を観たのはいったい何年前になるのだろう.
確か私が博士課程の学生の頃で,
シネスイッチ銀座で観た記憶がある.
男独りで観にいっていて,周りのカップルに
気を使ったような覚えが...(悲)

小樽と神戸で撮影されたこの美しい映画は
岩井俊二監督の第一作目で,確か中山美穂をして,
「この映画に出会うためにこれまでがあった」と
言わしめた佳品である.
そして中山美穂は,この作品でその年の
数々の主演女優賞を獲得したはずである.

懐かしいなぁ.
まずそう思った.
これも映画の魅力である.
映画を見ていた頃の自分に一瞬フラッシュバックする.
(そしてすぐ現実の自分に戻るけど)

しかし,ひと目でこの映画だとわかったというのは,
一体どうしたわけだろう.
いくつかの映画なんて,途中まで観て
なにか先が読めるような気がして,
終り頃にようやく,この映画を以前に観たことを
思い出すくらいだというのに.
この2種類の映画の差はなんなのだろうかと不思議に思う.

この「Love Letter」は,90年代独特の雰囲気が
よく反映されていて,そして中山美穂の少し
わざとらしい演技が大変に印象的であるから,
すぐにわかったのかもしれない.

まぁ,でもこの映画の出演者はみなそれぞれに
美しく余韻をもって印象的だから,
どの場面をみてもわかるのだろうとも思う.
(酒井美紀,柏原崇,篠原勝之,加賀まりこなど
だれもがみな素敵だ)

このように考えると,映画の良さというのは,
どれだけみんなの記憶に残るか,ということで
測ることができるのかもしれない.
「Love Letter」は,そのストーリーは
他愛もない恋愛ものだけど,
このように映画そのものの魅力は
十二分ににあるといえるのではないだろうか.

考えてみるとこうした映画というのは
数えるほどしかないかな.
やっぱり映像芸術というものには,
特別な才能が必要なのだろうと思う.

2010年1月20日水曜日

京都タワーを見上げて

今日は,「地球環境問題に対応する最新のパワー半導体スイッチング回路技術調査専門委員会」に出席するために午後から京都へ行く.
いろいろ締切の仕事を抱えているというのに,予定は多い.
明日くらいにはかなり必死に仕事をこなさないといけないだろう.
脳は,ポジティブな言葉が好きらしいから,この状況を楽しむようなセリフを言おう.

ゾクゾクするね」 (by フィリップ@仮面ライダーW)

さて,委員会を終わって京都駅に向かうと,照明に飾られた京都タワーが目に入る.
美しいなぁ.とりあえず,最近新調したデジカメCannon S90で撮影.
(このブログで初めての写真のアップロード.うまくできるかな...)

京都タワーには登ったことがない.
そういえば,東京タワーにも登ったことがない.
(芝ボウルならば何度かいったけれど.蝋人形館もないなぁ.
あそこには確か,ビートルズの「サージェント・ペッパー...」のジャケットに使用されたメンバーの蝋人形が何体か飾られているはずなのに.)
横浜のマリンタワーも.
大阪の通天閣も.
故郷の新潟のレインボータワーにさえ登ったことがない.

いや,登ったことがあるタワーの方を数えた方が早い.
登ったことがあるのは,福岡のマリンタワー,名古屋のテレビ塔ぐらいか.
なんか悲しい.
これだけあちらこちらでタワーをみているのに...

タワーに登るには,高い入場料がネックとなる.
もしもそのお金を払うならば,その土地土地の美味しい料理を楽しんだ方がいい,とついつい思ってしまうのだ.
なんという貧乏人根性...

これからは,心を入れ替えていろいろなタワーに登ってみよう.
とりあえずは,東京タワーと東京都庁かな.

2010年1月19日火曜日

東側の音楽家たち

1月8日に指揮者のオトマール・スウィトナー氏が
亡くなったとの記事を新聞で読んだ.
N響の名誉指揮者だというけれど,
残念ながら実演に触れたこともないし,
TVでその演奏会も見たこともない.

しかし,彼の残したブラームスの交響曲の
なぜか2,3,4番(シュターツカペレ・ベルリン,
確かドイツ・シャルプラッテン?)の録音だけを持っていて,
(1番はなぜ買わなかったのだろう?)
一時期,良く聴き込んでいたので,
このニュースを聴いて悲しくなった.

東ドイツで活躍したということで,彼は
ザンデルリングと同様に渋いドイツ音楽を聴かせてくれる.
しかし,スウィトナー氏のブラームスは渋いながらも
音が柔らかく感じられるのだ.
優しいブラームス.
それが一時期の私の心情にあっていたのか,
2番,4番を良く聴いた覚えがある.

旧東ドイツと言うのは,ずいぶんとひどい社会だったというけれど,
(密告社会とか)
芸術という面では,実は大変に素晴らしかったのではないかと
彼の指揮による演奏を聴くと思うのである.

というか,そうした芸術くらいしか東ドイツの国民の心を
癒すものがなかったから,
オーケストラの団員たちも,その自分たちの役割を
十分に理解して,大変な努力をしていたのかもしれない.

ソビエトにおけるショスタコーヴィチのように,
皮肉と鎮魂によって政府に対抗した人もいるけれど,
(もちろん表向きはちがった)
暗い世の中だからこそ純粋に音楽に打ち込んだ人も
いるのではないかと思うのである.
(もちろんショスタコーヴィチも純粋に
音楽にうち込んだわけではあるけれど)

開放以前のソビエトや東ドイツ,
東欧の国々の音楽家による
素晴らしい演奏の過去の録音を耳にするたびに,
なにか複雑な気持ちがしてしまう.
なにが芸術にとって良いのか.
そうした音楽は幸せなのか.
素直に音楽の美しさに甘えられないのである.

しかし,そうした東側の芸術家たちも
今では数少なくなってしまった.
なにか違うものが彼らにはあるのだろうけれど,
それらは失われゆく運命にある.

2010年1月18日月曜日

3Dテレビの問題点とは

今,テレビの技術革新は3Dらしい.
映画などのコンテンツも3Dで制作されていくとすれば,
今後家庭においても3Dの需要は高くなっていくのは,
間違いない.

アメリカでは3Dのテレビ放映も始まったというから,
日本だけでなく世界でブレイクするのも
そう遠くないのかもしれない.

実は先日,大阪 梅田のソニースタイルで,
3Dテレビ(ただし参考展示)を見る機会があった.
黒いブースに50インチ以上はあると思われる
フラットテレビが設置されていた.

近づいてみると説明員の女性が,いかがですか?と
3D試聴用のグレーのメガネを勧めてくれる.
私は,こうした新しい家電に目がないので,
言われるままにうなづいた.

まず,説明員の方がメガネのフレームについている
ダイヤルを回して何かを調整してくれた.
(それが何を調整したのか,とうとうわからずじまいだった)
そして,メガネを受け取って画面をみると...

メガネなしでは,2重にぼやけて見えていた画像が,
はっきりと像を結び,確かに浮き上がって見える.
流れていた画像は,海外のサッカーの試合だった.
(トロフィーをもって走り回っている選手が写されていたから,
どこかの大会の決勝戦なのかな?)
立体的に大映しになる選手の顔や,
あるいはゴール裏からボールがネットを揺らす映像には
確かに3Dならではの臨場感があり,
ほほぅと唸ることも多かった.

しかし,見ているうちに3Dテレビの決定的な欠点というのも
明らかになってきた.

そのうちのひとつは,視覚に問題がある方への
対応である.
3Dの視聴は,たぶんテレビから視差のある映像を交互に流し,
(だから2重に画像がぼやける)
それに同期してメガネのレンズのシャッターのようなもの
(たぶん液晶シャッターかあるいは偏光グラス?)を
左右交互に開け閉めすることで,実現されているのではないだろうか?

ならば,両眼視ができない人は3Dの視聴はできないことになる.
たとえば片目が不自由な人や,あるいは乱視などで
両眼視がうまくできない人は,3D映像を見ることができない.
それならば通常の2D画面を見れば良いのだけれど,
テレビの画面はひとつだから,結局3Dを見ることができなくとも
メガネをかけなければならないことになる.
テレビ放映が始まる場合には,放送局はどのような対応を
迫られるのだろうか.

次に気づいた欠点は,3Dテレビの決定的なものであると思う.
それは,テレビで見える画像が3Dで臨場感があるばかりに,
逆に不自然に見えることである.
たとえば,見ていたサッカーの試合,選手たちは
ボールを追い求めてコートを走り回る.
しかし,選手たちは3Dなので,小さな箱庭のようなコートで
小人たちが走り回っているように見えてしまうのである.
3Dだからこそ,画面の中で動いている人物が
リアルな小人の人形にしか見えないのだ.
それはある意味,気持ち悪い映像である.
人間のミニチュアが動き回るのである.

私が視聴したのは,家庭ではあまり設置することが
少ないであろうと思われる,大きなサイズのテレビだった.
しかし,それでも不自然さを感じてしまう.
映画館のような大きな画面でなければ,
この問題は解決できないのではないだろうか.
それはだいぶ難しい話ではないだろうか?

2Dの画面は,紙に書かれた絵から,紙芝居,
そしてアニメと,私たちがそれを認識出来るように
発展してきている.
3Dはどうだろうか.
いつか私たちの認識がそれに追いつくときが
くるのだろうか.
技術の進展に,私たちの脳が追いつくときが.

この問題はまだ話題になっていないようだけれども,
いずれみんなが気づくに違いない.
(いや,もう話題になっているのかも)
それは3Dテレビの普及を妨げるものにならないのだろうか.

2010年1月15日金曜日

1995年春の神戸

1995年の春,プラズマ・核融合学会年会は
福岡工業大学で行われた.
私はその学会に参加したのだけれど,
福岡までの移動には鉄道を使った.
それは阪神大震災の被災地を一度目にしたかったからである.

学会は3月末の開催で,当時は新幹線で
新大阪から姫路まで(だったと思う)はまだ不通だったから,
まず東京から新大阪まで行き,
新大阪から普通電車に乗り換えて住吉まで行った.
そしてそこからバスで灘まで行き,
それからまたJRに乗り換えて姫路まで.
そこから新幹線で福岡まで行ったように思う.

途中,バスの車窓から見た神戸の風景は
本当に忘れられない.
長田だったと思うのだけれど,ずっと更地がつづいていて
(ところどころにコンクリートのようなものが残っていたけれど)
そこにあった街が人ごとごっそり無くなってしまった,ということが
信じられない思いをしたことを覚えている.

崩落して脚だけが残された高架橋も見た.
あのような光景を前にすると,胸が痛くなって,
言葉がなくなる.
そうした体験をあのとき私は,した.

あの春,神戸の姿を直にこの目で見ておいて
よかったと思う.
人間の生活と言うものが,あっという間に
震災によって崩れ去りうるということを
以来,心のどこかでずっと思い続けている.

私が見た光景は,震災から2ヶ月以上も経ったものであった.
実際に震災を経験し,すべてを目にした人たちのことを思うと,
なんといったらよいか分からない.

あれから15年が経つ.
1月17日にはいろいろと思うことがある.

2010年1月14日木曜日

現代に弓道の名人はいるのだろうか

先日,弓道をやっている学生と話していて
驚いたのだけれど,彼も「日本の弓術」という
岩波文庫を知らなかった.
(以前も弓道修行者に尋ねたら,
知らないと言われた...)

「日本の弓術」といえば,日本武道の奥深さを
西洋に紹介した名著なのだと思っていたのだけれど...

著者はドイツ人,オイゲン・ヘリゲル.
東北大学の哲学の講師であった彼は,
1920年代に来日し,日本文化を学ぶため,
弓道を始める.
弓聖とよばれた阿波研造師範に師事.
以降,6年間の稽古を経て5段を認可されて帰国.
この際の経験をもとに,ドイツで講演を行い,
その後,「日本の弓術」としてまとめて出版されるにいたる.
その和訳が岩波文庫となって入手可能となっているのである.

今回の学生との会話を機会にもう一度読み返してみた.
ガチガチの合理主義者(ドイツ人らしいのかな)である筆者が,
阿波師範の諭す教えにずいぶんと戸惑い,悩み,
しかしそれでも惑いを乗り越えて精進を重ねるという話.
内容については,ずいぶん脚色が入っていると
いわれているけれど,阿波研造師範の了解も得たという
内容なのだから,ある程度の真実が書かれているのだと思う.

先生が,「矢を離そうと思って離してはいけない」とか,
「離れるときは自然にわかる」などと教えると,
「離そうとしないのに,どうやって離すことが出来るのか,
そのときがいつだとわかるのか」などと悩んだ経験が
書かれている.
そしてついには,先生が神業的な腕前を見せることによって,
その形而上学的な教えを身を持って教えるのだけれど,
これについては以前にも書いたので,今回は書かない.

しかし,読んでみて思ったのは,阿波研造師範の
心の広さである.
現代でも,上記のような質問を先生にしたら,
あっという間に破門になりかねない.
それをあの封建的な時代に,
じっと耐えて優しく諭している.
素晴らしい先生だったのだと想像する.

阿波研造師範も若い頃は強い弓を引いて,
技術の向上に邁進したそうである。
それが,このヘリゲル氏に教える頃には,
技術に走る弓を全く捨て,精神的な教えに
全面的に変更していたらしい.
弓をもって聖人にいたる道を弓道とし,
その境地を「一射絶命」などと呼んだ.

私は学生時代この本を読んで,
武道というものにたいそう憧れることになった.
そうなのだ.
弓道こそ数ある日本武道の中でも最も崇高なもので
あるにちがいないのだ.

なぜならば,和弓など現代には全く無用の長物である.
柔道,空手道,合氣道などはまだ学んだ技術の
使い道があるかもしれないが,弓道にいたっては
呼吸法などはまだしも,その弓を引く技術など
使い道がないのである.

なのに,なぜこれほどまでに人を惹きつけるのか.
それは阿波研造師範も示したその精神性にあることは
間違いない.
(いや,昔は「アイコ16歳」や「時をかける少女」を観て
憧れたという人もいたかもしれないが)

弓道には敵がない.
単に的を向かうだけのものである.
もちろんそれは自分に相対するものなのだけれど,
相手がいないということは,完全に自分のペースで
物事を進めることができるのである.
そんな武道,なかなか無い.

なのに,なのにである.
現在の弓道は(特に学生弓道は),聞くところによれば,
的に当てる,当てないの技術の向上に終始していることが
多いのだという.
そうであったら,本当に悲しい.
しかし確かに,学生弓道の「矢声」などを聞くと,そんな気がする.
私はあの声が大嫌いで,あれを聞く度に弓道に失望している.
弓道こそ神具であり(魔除けに鳴絃などする),
最も形而上学的な武道なのではないか.
その本義を忘れてはいないのだろうか.

単に技術の向上だけというのであれば,
役にもたたぬ技術を磨いてなんの意味があるのだろう.
やはりそこには精神性がなければならぬ.

ヘリゲル氏は的に対して矢を放つ稽古をするまでに
数年の月日を要したという.
(それまではただ弓を引いて離すだけ)
あくまでも精神だけが目的なのだ.
(そんな稽古をしたら,弓道修行者はぐっと減るのだろうけれど...)

武術は使えなければ無意味.という意見もよく分かる.
私もそう思う.
しかし,弓道においてはその技術そのものが
現代においては意味がないのではないだろうか.
単に人を射るだけであれば,ライフルさえあればいい.
またアーチェリーの方が容易に命中度をあげることができるだろう.

坂本龍馬の伝説にこういったものがある.
はじめ,龍馬にあったときには,
長い刀は実戦では使いにくいといって
龍馬は短い刀を見せびらかし,
次にあったときには,
これからはこれぜよ,といって
拳銃を見せびらかし,
そして最後にあったときは,
この前にはどうにもならんぜよ,といって
法科書を見せたという.
つまりは,目的が人を制圧するだけであれば,
龍馬のように自由に振舞えば良いのである.
命中率を上げるのが最終目標ならば,
どんなことをしてもよいのではないだろうか.

もちろん弓道はそんなことが目的ではない,と
多くの人が言うだろう.
しかし,では誰が現代にその形而上学的な
弓を引いているのだろうか?
誰が弓道の最終目的を体現出来ているのだろうか.
「その結果として」百発百中,矢が外れることが
無い境地の人がいるならばいい.
もしかして,そうした人が現在弓道界に
いないのではないだろうか.
(別に人格者である必要はないのだ.
人格者であるから名人というわけではない)

精神性こそがその武道の目的であるならば,
それを体現する名人の不在はまさに悲劇である.
(他の武術はまだ戦うという術の向上によって,
その存在意義があるだろうが)
私の憧れの武道である弓道がそうでないことを
祈るばかりである.

(弓道関係者で気分を害される方がいらっしゃったら
申し訳ございません.あくまでも「日本の弓術」に
憧れている一素人の考えです)

2010年1月13日水曜日

氷点下の中,池に入ったこと

寒い.
西日本はかなり冷え込んでいる.
手袋をしないで外を歩いていると,
手がかじかんでいくのがよく分かる.
よく手のひらが開かなくなってしまうのだ.

武道においては,寒中稽古がたびたび
開催される.
私が稽古している合氣道も例外ではないが,
以前は1月3日の早朝に「洗心の行」と称して,
栃木の本部道場で池の中に入るという行事があった.

私が大学1,2年生の頃は鬼怒川に飛び込むという
行事だったのだけれど,私が参加した頃には,
本部道場にある池に入るというものになっていた.

本部道場は栃木にあるので,朝の冷え込みは
大変に厳しい.
私が参加した年は,外気温が氷点下7度であった.
-7度ですよ!
この中に水着(さすがに,フンドシではない)を来て,
池の水の中に入るのである.
ただし,水の中は零度以上.
前日以前から池に水を入れておくと,
凍って入れなくなるので,前日の夜から
水を入れるという準備の良さ.
水着の上に道着を着て集合.
軽くランニングをしたあとに,師範の氣祓いと掛け声に
したがって水の中に突入していくのである.

寒いというよりは痛いという感じ.
ちょっと気を抜くと,意識を失ってしまいそうなくらい冷たい.
声を出しながらしばし水の中にたたずんで,
一斉に池の外に出る.
もうもうと白い湯気がみんなの身体から立ち上る.

手はかじかんでいるから道着を着ることができない.
足の指もかじかんでいるから草履を履いている感覚がない.
とにかく水を身体から拭きとって,道場へと向かう.
そこには,ぬる~い甘酒が用意してある.
これを飲む時が一番寒さを実感するのであった(笑).

このときに,感得したのは,
寒さの感覚も心でコントロールできる,ということ.
気を抜かない限りは,身体が大きく震えることはない.
一度,気を緩めてしまうと,身体がガタガタと大きく震えだし,
止まることができない.
そうした姿の何人かの参加者も見た.
一方,心を静めている限りはとりあえず普通に
動くことができるということを実感することができた.
心が身体を動かしているのだ.

その日は,その後初稽古を行って行事は終了する.
池の寒さに比べれば,大きな道場であっても全然寒くない.
身体を動かせばすぐに暖が戻ってくる.
また一年稽古に精進しようと決意するのである.

この行に参加したのはたった一度であったけれども,
今思えば,大変に役に立っているのだと感じる.
人間やればできるものだし,
心によって身体はコントロールできるのだと体得している.
(完璧ではないけれど)
若い頃にはなんでも経験すべきなのである.
(もう経験しなくてもいいかな,と思うけれど)

2010年1月12日火曜日

モータが小型化すると...

今朝は,「電気機器」の講義で誘導機について話した.
最近は永久磁石を用いた同期電動機も増えてきているが,
まだまだ誘導電動機が多くを占めているので,
その内容を理解しておくことは大変重要である.
また日本の発電電力の約50%は電動機で消費されている
というから,その特性の理解は電力供給側にとっても
必要不可欠と言えるだろう.

しかし,近年,永久磁石を用いた同期電動機(PMSM)の用途が,
高磁束密度の磁石の開発や
パワーエレクトロニクス技術の発展とともに広がってきており,
今後ますます重要になっていくことは間違いない.
こちらもしっかりと理解しておかなければなるまい.

たとえばハイブリッド自動車への応用が思い浮かぶ.
以前は誘導機を使うメーカもあったけれど,
最近はやはりPMSMが多い.
(アメリカのテスラ・モーターズは未だ誘導機らしいけれど)
それは,初期トルクが大きいこと,出力密度が高くなること,
損失が少ないことなどのいくつかの特長があるからである.
しかし,結局のところ,PMSMを用いれば小型化が実現できると
いうところにメリットは集約されるのだ.

この小型化というところが大事で,
たとえばエレベータなどは,その恩恵を受けて
ずいぶんとデザインが変わっている.

以前は,マンションなどのエレベータといえば,
屋上にエレベータのための機械室があって,
屋上はフラットではなく,立方体の部屋が飛び出す構造が
多かったけれど,現在ではエレベータ用のモータ自体の大きさが
厚さ数十センチにも小型化されたため,エレベーターのカゴと
壁の間に設置されるようになり,屋上の機械室が不要となった.
だから最近のマンションでは屋上に
突起物のないデザインが増えてきている.
(デザイナーに受けがいいらしい)

あるいは,最近鉄道の駅のバリアフリー化の一環として,
ホームへのエレベータがよく設置されるようになってきている.
以前からそんなエレベータなど早く取り付ければ
良かったではないかと思ってしまうけれど,
あとづけで取り付けようとすると,
なかなかそのスペースが確保できなかったらしい.
そこで,やはりモータの小型化が進んだ結果,ホームの真ん中に
出入口を設けたエレベータの設置が可能になってきたのである.

小型化したモータがどれだけ新しい市場を創造するか,
こうした例を考えれば,今後の技術動向にも注目すべきことは
明らかである.
最新の新幹線では,誘導機の代わりにPMSMを使っているというのだから,
技術はどんどんと進展していることを実感する.
一昔前は不可能だったことが,今では可能となっている.
その辺の面白さに,私たちの研究のやりがいがあるのだろう.

2010年1月11日月曜日

週末の読書の記録.カーヴァー,ラヒリ,上遠野,マルケス.

この週末は忙しさの反動か,
本を数冊読んで過ごした.
今日は休日ということもあり,
それらの本の感想をまとめておく.
このブログが読書メモになることには
少し気が引けるけれど.

1.「大聖堂」   レイモンド・カーヴァー

ようやくこの短編集の最後の掌編,
「大聖堂」を読み終えることができた.
盲人である妻の友人に対する
夫の気持ちが変わっていくところが面白い.
とはいえ,正直に言うと私もこの主人公に
似ている気がして,なかなかつらかった.
もちろん,素晴らしい短編であることには
疑問を挟む余地はないけれど.
この短編集で私が好きなのは,
羽根」,「ささやかだけれど役に立つこと」,
僕が電話をかけている場所」あたりかな.
シェフの家」も捨てがたい.

何度も言うけれど,私はこのレイモンド・カーヴァーに
ぞっこんなのである.
「カーファーズ・ダズン」の序文に紹介されている
カーヴァーの言葉,

「僕には幾つかのオブセッションがあって,
僕はそいつに「ヴォイス」を与えようとしているんだ.
たとえば男と女の関係,
どうして僕らは往々にして自分たちがいちばん価値を
置いているものを手放す羽目になるのかということ,
自分たちの中にある力や資質をうまく扱えないこと.
僕はまた生き延びるということにも関心がある.
どん底にまで落ちたときに,人はどのようにすれば
浮かび上がれるものかということにね」

に代表されるように,彼は損なわれてしまうものに
大変興味があるようだ.
人生は輝かしいものばかりで構成されているわけではない.
私もこの歳になって,そこらへんのことがようやく
理解できるようになってきたようだ.

この「大聖堂」と「」という二つの短編集は
特に40歳を越えた男性方に
ぜひお薦めしたい佳品である.

2.「停電の夜に」   ジュンパ・ラヒリ

私と同い年.
しかし,三十代前半に書いた短編の数編が
「ニューヨーカー」に掲載され,なんとピューリッツァー賞まで
受賞するという才女.
(ついでにいうと,素晴らしい美貌の持ち主でもある)
話題にはなっていたけれど,どうもその作品に触れる機会が
最近まで無かった.
停電の夜に」という短編集を読んでみた.
これが面白い.
まずは,インド系のアメリカ人の視点から見たアメリカという
文化の特殊さ,しかしそれでもその文化に尊敬を持って
物語が作られていることに特徴がある.
この少しずれた視点からアメリカ文化を眺めると,
そこに本質的にアメリカという国が持っている美点と
欠点がおのずと表れてくるという趣向なのである.

また結婚というものがたびたびテーマに表れてくるのも面白い.
たぶんこれも異文化の接触ということを表すのだろうけれど,
停電の夜に」という短編のストーリーのひねり方は,
大変印象に残った.ひねってはあるけれど,
ハッピーエンドでは終わらないこの結末こそ,
最も納得できるものである.

私が最も印象を強く受けたのは,
三度目の最後の大陸」.
非常に前向きなストーリーで,ハッピーエンドである.
爽やかな読後感に包まれる秀作であると思う.
彼女の別の作品集もぜひ読んでみたいと思わされた.

これは新潟で購入して,大阪に帰るまでの車中で読んだものである.

3.「沈黙ピラミッド」   上遠野浩平

ブギーポップの最新作.
(といっても出版は一昨年だが)
久しぶりに,多くの異なる視点からストーリーが
描かれていく構成となっており,面白く読めた.
私がこのシリーズに惹かれるようになったのは,
同様に複数の人の異なる視点から物語が語られることによって,
読者は全体像をつかむことができるという組み立てとなっていた
第一作「ブギーポップは笑わない」を読んでからである.
こうした凝った構成が,物語を複雑にするとともに,
パズルを解くような面白さを読者に与える.
ライトノベルと軽く見てはいけないのである.
最近の作品は残念ながら少し浅いような感じがしていたのだけれど,
この作品では,面白さが復活.
今後に期待がつながるものとなった.

これは金曜日,京橋で打ち合わせがあった際に,
北千里駅から京橋まで,そして京橋から自宅までの
移動の時間内で読み終えた.
読みやすいし,面白い.
中高生にはたまらない話だろうと思う.

4.「わが悲しき娼婦たちの思い出」   G.ガルシア・マルケス

これは中高生にはわからないだろうという小説.

「満九十歳の誕生日に,うら若い処女を狂ったように愛して,
自分の誕生祝いにしようと考えた」

というセンセーショナルな一文から始まる物語である.
とはいえ,全くエロティックな小説ではない.
(少なくとも村上春樹の小説よりは)
九十歳を迎えた文筆家である主人公の
14歳の女の子に対する,悲しくも滑稽なほど純情な
恋愛物語である.
訳者のあとがきにもあるが,この主人公は過去に
後ろ髪ひかれることもなく,あくまでも前向きに生きていく.
自らは自分の人生を情けないものとしているが,
彼の行動は読むものの心を暖め,勇気付けるものである.
私も思わず笑みを浮かべながらあっという間に最後まで
読んでしまった.とにかく面白いのである.

以前に読んだ同じ筆者による作品
予告された殺人の記録」では,その舞台となっている街の
閉塞感,因習に縛られて生きる人間たちの絶望感などで
ずいぶん心が重くなったのであるが,この作品で
ガルシア・マルケスの印象がかなり変わったといえるだろう.
この作品を彼は2004年,つまり77歳で書いている.
その活力にまず脱帽せねばならないだろう.
77歳で,14歳の女の子への純情恋愛物語が書けるだろうか?
いや,だからこそ滑稽で美しい作品になっているのだけれど.
この作品は意外に短い.
ぜひぜひお薦めしたい一品となった.
(誰に推薦してあげようか...)

話は変わるけれど,この作品にはクラシック音楽のツウ処の
曲がいくつか出てくる.

カザルス演奏のバッハの無伴奏チェロ組曲,
アシュケナーゼ(アシュケナージとは違うピアニストらしい)演奏の
ショパンの24のプレリュード,
チボー・コルトーのフランクのバイオリン・ソナタの演奏会,
ワグナー(実は偽作)のクラリネットと弦楽のためのアダージョ,
ドビュッシーのサキソフォンのための狂詩曲,
ブルックナーの弦楽五重奏などなど.

私も未聴の曲も多い.
こうした曲をいつか聴こうと思うのもまた楽しみのひとつである.

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その他,「天才アラーキー 写真ノ時間」なんて本も読んだけれど,
ちょっとわからなかった...私はやっぱり芸術家ではないらしい.

ということで,読書三昧に十分満足の週末だった.
また新しい週に向けて活力が湧いてくる.
...いや,もちろん,いろいろな論文も読んでおります,ハイ.
あくまでも仕事の反動ということで...

2010年1月8日金曜日

老化防止のために新しいソフトウェアを

自分のスキルを磨くというのは,
どの自己啓発書を見ても載っていることで,
将来を思って現在そのために努力することは
大切なことである.
(たとえば,「刃を研ぐ」などと表現する)

またある本には,頭脳の老化を防ぐために,
新しいソフトウェアの使い方を覚えるのが良いと
書いてあった.

ということで,今年は新しいソフトウェアの導入,
新しいガジェットの導入を,ひとつ目標にしてみたい.

ひとつは,Evernoteというメモの管理ソフト.
どんなメモも一元的に使用できるらしい.
使用している人の話は,たまに聞くのだけれど,
これまでは最初のハードルが高そうで手を出さなかった.
今年はまずこれにチャレンジしてみたい.

次は,Easy Step.
これはマインドマップをWeb上で書くソフトらしい.
マインドマップ的なメモは良く書いているので,
それらを残し,管理できるならば良いのではないかと思う.

最後は,昨年末に購入したデジカメ S90を
もう少し使いこなしてみたい.
いつもAutoで撮影していて,
それでも十分満足できる写りなのだけれど,
使用していない機能は山ほどある.
それらを使ってみて,ちょっと写真を美しくとることに
挑戦してみよう.
(いつもは実験装置の回路やモータしか撮影していないけれど)
このブログにも写真をUPしていこうと思う.
flickerというのも気になる.
(決して蛍光灯のちらつきなどの障害を
言っているわけではありません)

まぁ,このようなソフトウェアを使いこなすように努力して,
なんとか老化を防ぎ,スキルを磨くことにしよう.

2010年1月7日木曜日

スキーツアーの思い出

昨日は,岐阜の核融合科学研究所に出張.
年末から年始にかけて蓄積された仕事の処理で,
年明けからなかなかに忙しい.

元日に立てた目標もすでに風前のともし火である(笑).
今年は修行のやり直しをするのだ.
まだまだメゲないゾ.

さて昨日,伊瀬先生ともお話していたのだけれど,
昔(私たちが学生だった頃)は,正月といえば,
研究室で学生たちはスキーに出かけたものだった.

私の居た研究室では,研究室の始まりは,
1月5日くらいに野沢温泉のある民宿に現地集合というのが
恒例だった(というほどでもないけれど).
研究室の多くの学生がこのツアーに参加するのである.

私は新潟出身だけれども,新潟市内に引越してからは
大学までほとんどスキーをしたことがなかった.
(唯一,高校のスキー合宿に参加しただけ)
それが大学に入ってからスキーセットも購入し,
そろそろと始めたのである.
まぁ,新潟に引っ越す前は長岡市に住んでいたので
それなりに学校でスキーは習ってはいたのだけれど,
この運動音痴ではウェーデルンなど到底できない腕前だった.
(小学校でも中学年からはノルディックばかりやらされる)

当時,「私をスキーにつれてって」という映画が大流行して,
スキー人口はたぶんピークを迎えていたのではないかと思う.
どのスキー場も混んでいた.
今では信じられないくらいである.

研究室では,バイスでスキーを固定して
エッジを砥ぎ,ワックスをかけて,ツアーに備えたものである.
エッジシャープナー,ワックスアイロン,スクレイパーなどは,
この私でさえ所有していたし,ワックスだって当日の雪の
状態を見て決めたりするのが当たり前だった.

修士の学生だった頃がピークだったろうか.
ひとシーズンに滑走日数は20日は優に越えていたように思う.
あのころはスキーに燃えていたなぁ.
(結局腕前は上達しなかったけれど)

博士課程の学生になる頃には,
スキーは,朝の雪の状態が良いときだけ滑って,
あとはゲレンデのカフェでビールを飲むのが常だった.
そのころから私は堕落してしまったのだろう...

就職してからは,すっかりスキーに行く機会も減って,
20万円以上もかけて揃えたスキーセットも十分に使わず,
結局捨ててしまった.
もう20年近くスキーに出かけていない.
しかし,学生の頃のスキーツアーの楽しさは
今でも良く覚えている.いい思い出だなぁ.
今の学生もスキーくらいでかければいいのに...

ただ現在では大学も1月6日には講義が始まるし,
学会の申込み締切りもあったりして,
1月も忙しいのは確かである.
かわいそうなくらいである.
どうしてこんなに余裕が無くなってきてしまったのだろう...
(教員もだけれど)

今年は子どもたちをスキー場に連れて行ってあげたい.
もちろんソリ遊びだろうけれど,
いつかスキーをしてみたいと思うような
楽しい思い出を作ってあげたいな.

2010年1月5日火曜日

今年の目標

新年明けましておめでとうございます.
今年もどうぞよろしくお願いいたします.

新年は昨年の悪いこと,良いこと,
どちらも忘れて新しい気持ちで決意を述べる,
という話も昨年も書いた.
今年もそのつもりで...

今年は,

「修行のやり直し」

ということが目標である.
別に合氣道だけではない.
修行というのは生活全般にわたるものである.
覇気をもってこの修行に精進していきたいと思う.

具体的には,やはり武道的なことになるけれど,
五感を研ぎ澄ますことをまずは心がける.
身体も動かす.
そうすることによって,仕事ももちろん,
日常の一挙手一投足すべてが修行となる.
結果はあとでついてくるだろう.
心に遣い方を変えるのが,
今年の目標である.