2010年2月25日木曜日

憂鬱な採点

この時期は,卒業論文,修士論文,
その他に数々の報告書ということで,
ずいぶん忙しいのだけれど,
講義の期末試験の採点も
かなり気が重い.

もちろん,学生のみなさんが
良い点を取ってくれるのであれば,
心も軽く採点できるであろうが,
現実はあまりにも非情だ.
単位を落とす学生のみなさんも
そうかもしれないが,
採点をするこちらの心身も
ボロボロとなるのだ.
悲しすぎる...
私の半年の講義の成果が
この有様なんて...と
思う講義もしばしばあるのである.

最近は年々学力が下がっているのは
残念ながら確実のようだけれど,
(こんなこと言ってごめんなさい)
今年の受講者の特に目立ったのは
計算ミスが多いということである.

試験では電卓の持ち込みを不可としている.
したがって,手計算で問題を解かなければ
ならないが,そこは問題を作るコチラの方も
工夫して,小数点が難しくならないよう,
あるいは平方根がちゃんと開けるような
値に設定してある.

しかし,しかしである.
本当に簡単な計算も間違っているのである.
例えば,
32/ (200)^2という計算.
32÷40000 = 8.0 x 10^-4
とすぐに解けそうなものだけれど,
これが解けない学生が複数人
(決して少なくない人数)いた.

あるいは,cos x = 0.8の場合の
sin x の値の計算.
こんなの高校生時代から目にしているだろうけど,
答えは sin x = sqrt(1- (cos x)^2 ) = 0.6である.
計算するまでもない.
しかし,これも解けないという学生が複数いた.

基本的な計算が出来ないというのは
知識以前の問題である.
彼らは手を動かして勉強をしていないのだろう.
本当に悲しくなる.

基本知識である回路理論でさえも
理解出来ていない学生が多い.
この電気系でこの先,どうする気なのだろう?

今年は点数をつけるときにほとほと困った.
合格者の割合が...

とにかく,原因は私の講義の能力・努力不足なのだろう.
また来年度は工夫をしなければ...
しかし,大学生なんだから,中高生みたいに
手取り足取り教える必要はないと思うんだけれどなぁ.
教員は塾同様にそうして教えてくれるのが当たり前だと
思っている学生が多くて本当に困るのである.

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