2010年3月31日水曜日

若者のクルマ離れ

最近の若い人は(定型句です),
あまり運転をしないという話を聞く.
私が学生だった頃は,車を所有するというのが
ひとつのステータスだった(それがたとえ中古でも).
そして,デートといえばドライブだった.
(私は当然車は所有していなかったので,
指をくわえてみているだけだったけど)

たしかにバブルの頃には,
女子大生がアウディを乗るような雰囲気もあって,
車をもっているからといって,
モテるということはなかった.
しかし,それだってスキーに行くには
車に乗り合っていったし,研究室の
テニス合宿やその他のイベントも,
ドライブがてらに出かけたものである.

しかし,現代は違うらしい.
車を持てば維持費がかかるし,
移動には電車の方が安くて速い.
そもそも車を運転するということにロマンが無いらしい.

実は今朝,うちの奥さんとそんな話をしたのだけれど,
フェラーリのスポーツカーを見ても,
それがなんの車なのかわからない若者も多いらしい.
(今の若者はスーパーカーブームを知らない.
それもクルマ離れの一因か?
「サーキットの狼」はいまいづこ?)

私が学生の頃は,自由が丘付近に住んでいたので,
街を普通にテスタロッサやカウンタックが走っていた.
時には,テスタロッサ2台のあとにカウンタックが
ついて走っているのも見たことがある.
ポルシェも911とか普通に「ポルポル」とか呼ばれていたし.
ベンツは普通で,BMWは「六本木カローラ」などと
差別的に呼ばれていた時代である.

私は個人的には,車は通勤と買い物の用を足せれば
十分と思っているのだけれど,それでも運転は楽しく感じる.
コーナリングなどで感じる加速度は適度に心を興奮させてくれる.
これが楽しめないというのは,やはりもったいないような気がする.

私が学生時代に思っていたのは,
日本で車を楽しむのであれば,
4リットル以上のアメ車がふさわしい,ということ.
すなわち,アウトバーンのような高速道路が無い日本では,
コーナリングか,加速感を楽しむしかない.
たとえば,信号待ちから制限速度50か60kmまでの加速を
楽しむとなると,すごい馬力をもつ車が必要となる.
だからアメ車なのだ.
マッドマックス」や「バニシング・ポイント」に出てくるような
モンスターマシーンがいい.
(ちなみに,「マッドマックス」は,V8インターセプター.
これは何かの改造車?
「バニシング・ポイント」では,1970ダッジチャレンジャー.
これは「デス・プルーフ in グラインドハウス」でも出てきた)
信号から信号までを超高加速度で運転する.
それならば楽しいだろう.
まぁ,ガソリンを垂れ流して走っているようなことになるけれど...

自動車の無い人生は,それはそれで何か足りない気がする.
自動車に郷愁を感じるようになったのは,
時代のせいか,それとも私が歳をとったからか.

#ところで電気自動車になればすごい
加速感が味わえるはずだなぁ...
日産のリーフは加速だけであれば,フーガに
引けを取らないという話だ.
さらに高速走行中でも同様の加速感が得られるのがすごい.

2010年3月30日火曜日

Blue Moon, 死と再生

夜の散歩から帰ってきた.
今日の夕食は食べ過ぎたようで,
仕事をしていると気持ちが悪くなってきたので,
外の空気を吸いに散歩に出たのである.

本来ならば,ダイエットのためもあり,
いや,そうでなくても散歩は脳と身体と心にいいので,
是非とも毎日にのように出かけて行きたかったのだが,
なにせ,ここずっと寒い日が続いていて,
(そして忙しかったために)
しばらくサボっていたのである.

とはいえ,今日も花冷えである.
歩き始めると冷たく吹き付ける風が,
頬の筋肉をこわばらせる.
それでもとにかくテクテクと歩く.
そのうち身体が暖まってくる.
こうなればしめたものである.
コートの前を開けて,身体の前面で風を受けたとしても
全然苦にならない.
やり始めてみれば意外と簡単.
散歩だけでなく,どの仕事もそんなものである.

大阪大学 吹田キャンパスは広いので,
一周りして歩いてくると結構な時間がかかる.
少しは運動になるのだろうか.
しかし,心も身体もすっきりとして戻ってくることができた.
やっぱり,散歩は行くべきである.

さて,今夜は月が大変綺麗であった.
今月二度目の満月なのだ.
ひと月の間に二度満月が訪れるとき,
この満月を"Blue Moon"と呼ぶのだという.
ロマンティックな話である.
(別にブルース・ウィリスを思い出す必要はない)
今年は1月と3月に二回もブルームーンを見ることができる
珍しい年なのらしい.
(まぁ,12ヶ月に勝手に区切っているのは人間なのだから,
29.5日の周期をもつ月にとっては関係ないことなのだろうけど)
このブルームーンを見ると幸運になるらしい.
しかし,全然月は青くなかった.
いったい私のところに幸せは来るのか?

ところで,昔から月というのは,「死」と「再生」のシンボルである.
確かに月の怜悧な美しさは,永遠の休息にふさわしい.
特に見ていて寒々とする三日月の姿は,まるで刃物のようである.
静かな冥き夜に煌々と輝く月の姿は神秘的で気高い.
太陽よりも月を好む人が多いのもうなづける.
そして新月が訪れ,また新しいサイクルが始まる.
まるで人生をやり直すように.
人間がそこになにかしらの意味を見出すようになったのも
自然なことのように思える.

月といえば,だいたい司るのは女神(たとえばアルテミスとか)と
言いたいところだけれど,日本では男神 月読命(ツクヨミ)である.
(女の子としているマンガもあるけど)
それも,古事記などの神話でもあまり活躍しない.
つまりマイナーな神様なのである.
なぜ日本では女神でなく,そして活躍もしないのだろう...
不思議だ.いつか調べてみよう(いつだ!?).

結局のところ,私は月が好きなのである.
月を眺めるために,散歩をしよう.
そう思ったのである.

月で思い出した,好きな詩を最後に紹介.



静夜思
       李白

  牀 前 看 月 光
  
  疑 是 地 上 霜
  
  挙 頭 望 山 月
  
  低 頭 思 故 郷





2010年3月29日月曜日

絵画の庭 ~ゼロ年代日本の地平から~

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現在,大阪中之島の国立国際美術館で開催されている
「絵画の庭 ~ゼロ年代日本の地平から~」に
足を運ぶ機会があった.

現代美術というのは,なにかしら私の心を惹くものがある.
もちろん,これまでの芸術も機会があれば鑑賞するのに
やぶさかではないのだけれど
(理解出来るかどうかは別にして),
現代美術という分野は,私も生活しているこの現代という
文脈の中で,芸術家が何を表現しようとしているのか,
そこに興味があるのである.
特に絵画では,すでに題材にやりつくされた感があるけれど,
それを打破するために,彼らはどのような挑戦をしているのか,
それを確かめてみたく思うのである.

展示は,草間彌生,小林孝亘,奈良美智などをはじめとする
28名の芸術家による作品が200点以上にも渡っている.
それらは,ひとりひとりの作家ごとに区分けされた
スペースに展示されており,鑑賞者はちょうど
それぞれの部屋を歩いて回るような感覚となる.
これは,単にいろいろな作家の作品が
横に並べて展示されているのとは異なり,
部屋ごとに独自の世界が展開されていて,
大変面白かった.
次の部屋に入ると雰囲気が変わるのが感じられて,
200点以上の作品を見ても飽きずに回ることができる.

先に挙げた草間,小林,奈良の3人の作品は
さすがに印象深いものだったけれど,
その他にも初めて知る作家の作品にも
いくつか心を動かされた.

たとえば,村瀬恭子の描く世界.
パステルな色使いの中に,少女の影が踊る.
言葉にできないけれど,そこにある
やさしさ,はかなさ,せつなさ,つらさ,
そうした少女的なもの(それも私たち大人が感じる
ファンタジーとしての少女的なもの)を感じる.

町田久美の線も印象的だ.
漫画的ではあるけれど,描かれたその線は,
この絵ではそうとしかありえない確かさをもって
引かれている.
美しさなどはあまり感じられず,
むしろ滑稽さ,不気味さを感じるのだが,
それらが私の心にひっかき傷をつけて,
深く記憶に残る.

また,坂本夏子の「Tiles」という作品.
歪んだシャワー室とそのタイル.
なにかが歪んでいる世界.
それは違和感を感じさせるものではなく,
むしろ私の心には親近感を感じさせる.
それが私のとっても真実の世界なのではないかと思わせる.

こうして挙げていくとキリがない.
しかし,ひとつひとつの作品は確かに私の心に
なにかを残した.
たぶんその多くの作品は忘れてしまうのだけれど,
なにかを感じたという記憶は残り,
それはまたいつか発火して蘇る.
それこそが芸術であることの意味なのだろう.

現代芸術は,誰かがいうように
もう行き詰まり,閉塞感に悩まされているわけではない.
なにかがまたその限界を越え始めているような気がする.
それをまた観に行きたいと思わせる.
そんな展示であった.

#4月4日まで開催.もう少しで終わってしまう...

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写真は,国際国立美術館と大阪市立科学館.
国際国立美術館はシーザー・ペリの建築.

2010年3月28日日曜日

演武の動画を撮る

先週の金曜日は,合氣道の稽古に参加することができた.
この1,2ヶ月は本当に参加することができず,
身体がウズウズとしていたのだが,
先々週の金曜日にようやく稽古することができ,
先週はそれから2回目の参加となった.
これは非常に恥ずかしいことである.
武道を志すもの,何があっても稽古は
休んではいけないものである.
(もちろん,稽古は道場だけで行うものではないのだが)

先週の金曜日は武器を稽古する日で,
剣と杖を遣った.
杖を握ったのはたぶん今年初めてではないのか.
本当に反省する...

さて,その稽古が終了したのち,私は
私が剣を遣うところの動画を,人に録ってもらった.
こうして自分の演武姿を録画することは,
私はほとんどしない.
たぶんこれで2度目であり,前回は
大学時代の演武会の録画の時であろうと思う.

なぜ録画をしなかったのというと,
武道の稽古は,身体の内部感覚を頼りに行うべきものであり,
昔日の武道家たちもそのように行ってきたはずだからである.
(江戸時代には,ビデオも大きな姿見の鏡もなかった)
そしてそれで十分なはずなのである.

しかし,昨年末に,
「心の状態は身体に現れるのか」
ということを知りたくて,自分の剣の構えた姿の
横と後ろからの写真を撮ってもらったのである.
心の状態を変えると,
身体の形は変わらなくても,雰囲気は変わる.
それを確かめたのであるが,それよりも,
自分の構えが不満足なものであり,
そのことがかなりショックだったのである.
それからずっと工夫を続けているのだが,
これが動画であればどのようになるのか,
勇気をもって(自分の本当の姿を目にするのは辛いものである),
今回チャレンジしたのである.

結果は...
技の形はまだしも(といっても直すべきところは山ほどあるが),
なんといっても,その姿から感じられる雰囲気が
「ぬるい」のである.
「鈍い」,「ゆるい」,「浮いている」,「静まっていない」
そんな形容がふさわしい演武だった.
正直,もう少しマシかと思っていたので,
かなりショックだった.
心を入れ替える必要がある.

私の演武をすれば,場が静まるようなものでなければならない.
心の状態が,その周囲に影響を与えるものでなければならない.
私の先生の演武はそうしたものであった.

心法がこれからのテーマである.
そして,いつかまた演武の動画を撮ろう.
そのときは,少しはマシな剣を遣えるようでありたい.

後ろ姿

2010年3月26日金曜日

「でんきの礎」JT-60 受賞

もう一週間も経ってしまったのだけれど
先週は,電気学会全国大会に参加した.
シンポジウムで,「新しい配電系統を構築する
パワーエレクトロニクス技術調査専門委員会」の
調査報告を1件する.

その後は恩師のS先生と昼食をご一緒した.
久しぶりにお会いする先生は相変わらずお元気で,
最近のご活躍をお伺いして,驚かされるとともに,
私のアクティビティの低さを心より反省した.
本当に出来の悪い弟子である.
年度が変わるこの時期にこの反省の機会が
訪れたことに感謝しよう...

さて,最近電気学会では,IEEEのMilestones
相当する「でんきの礎」という顕彰を行っている.
これまで,「新幹線システム」や「電気釜」,
電子レンジに使われている「分割陽極
マグネトロン」などが既に顕彰されているが,
今回第4回の選考には,ソニーの「ウォークマン」,
「ノンラッチ形IGBT」などとともに,
「臨界プラズマ試験装置JT-60」が顕彰された.
私も,この電源装置に(少しだけど)関わっていただけに
大変うれしい.
実は,恩師のS先生はこの設計・建設に大きく貢献された方で,,
ふたりで授賞式に参加される日本原子力開発機構の方に
お祝いを述べに参った次第である.

S先生が,

「20年以上にわたり,事故一つなく電源を運転できたことが
ほんとに素晴らしい」

とおっしゃっていた.
(もちろん,設計・建設に携わった方も素晴らしいのだけど)
巨大な電源設備が,過酷な運転条件のもと,
その役割を20年以上を果たすということが
どれほど難しいことか,
こうした設備を管理している人であれば,
理解してもらえるだろう.
私もその仕事に携わることができたので,
少し理解できる.
本当に運転を継続している方々の努力こそ,
賞賛されるべきものであろうと思う.
そうした意味で,この顕彰は本当にうれしいことである.

またなにかを始めることができる,
そんなことを思いながら,新幹線で帰阪した.

2010年3月25日木曜日

キーボードをかえてみた

キーボードを変えてみた.
これまでのものから,マイクロソフト純正の
キーボードに変えたのである.

なかなかに調子がいい.
キーストロークがそれなりに深く,
キーを「打っている感」が心地よい.

これまでのものは,キーを打つたび,
カチャカチャと音がしたのだけれど,
新しいものは,比較的静かである.

このキーボードの心地よさが
仕事を加速してくれるような気がする.
(あくまでも「気がする」だけかも)

マイクロソフトという会社は,
もちろんソフトウェア開発・販売がメインであるけれど,
実は,マウスなどのこうしたPC周りのアクセサリも
その作り込みに定評があるのである.

使っていて,安心感があり,
負担なく気持ちがいいというのは,
毎日の作業において案外に大きな意味を
もつのではないかと常々思っている.

万年筆やボールペンにこだわる人は多いけれど,
一日のうち最も多くお世話になっているキーボードについて
無頓着な人が多いのではないか.
無意識のうちに何かを消耗してしまっているような気がする.

今回購入したのは,マイクロソフトの製品ラインナップの
中で2,000円もしないの最も安価なものである.
(本当は,エルゴノミクスやアーク形のカッコいい
キーボードもいいかなぁと思うのだけれど,
予算の都合上断念...)
それでもこんなにフィーリングが異なるのである.
もっと人は,キーボードに気を配るべきなのではないだろうか.

いつかは今回は手がでなかった,アーク形やカーブ形,
あるいはメンブレンではないパンタグラフ方式などの
キーボードを入手したいものである.

夢は,HHKeyboad Professionalあたりかな.
25,000円もするのだけれど...

2010年3月24日水曜日

家事をして休日を過ごす

先週末は久しぶりに休日らしく過ごせた.
ようやく仕事も行く末が見え始めたからである.
(決して終結したわけでないけど)

休日らしく過ごす,といってもなんのことはない,
家事をして過ごすのである.
しばらく,腰を据えて家事をする機会が
なかったので,家族に申し訳ないと思いつつ,
その罪ほろぼしに掃除などをした.

ところで,家事をすると,気分がすっきりする.
家事のつらさが先立つと気が重くなるものだが,
まずは心を空っぽにして,とりあえず手を付ける.
そして家事に集中してくると自然に心は空っぽになる.
これが良いのだと思う.
適度な運動と相まって,ストレス解消になるのだ.

最近,「幸せはすべて脳の中にある」という本を読んだ.
(朝日選書,酒井雄哉,茂木健一郎)
著者の酒井雄哉という人は,比叡山の山を千日間
歩くという千日回峰行を2度も満行したというお坊さんだけれど,
この人の話でも「心を空っぽにする」という言葉が
キーワードのように何度も語られる.

その仕事を始めるにあたり,それに付随する
困難さを始め前から心配していては,
最初の一歩を踏み出すことはできない.
心を空っぽにして,あれこれ思案せず,
とにかく始める.
そのうちに,自然に心は空っぽになる.
まさに家事と一緒である.
もちろんその困難さは比べるまでもなく大きく違うけれど,
心のあり方には共通点があるのではないかと思う.

村上春樹の小説の主人公もよく家事を行う.
混乱しているときに,シャツにアイロンをかけたりする.
あるいは料理をしたりする.
家事をすることで心が静まるという,
経験者にはよく分かる話である.
単純だが,ちょっとした工夫を要求する作業,
そうしたものが心を落ち着けるのに丁度いいのだろう.

無門関」に「国師三喚」という公案がある.
偉いお坊さんが従者を三回呼んだところ
そのたびに「はい」と答えた.
お坊さんは「私のせいでお前が悟れないと思っていたけれど,
お前が私に背いて悟れなかったのか」と行ったという話である.

これについては,「剣と禅」の著者である大森曹玄氏が
解説をしていたと思うのだけれど,
一回一回呼ばれる度に従者は「なんだろう」と思案をしてから
答えていたのではないか,というのである.
呼ばれる度に,前後のつながりは断ち切って,
「はい」と答えるべきだったのだ.

この話は,武道的に大変興味深く感じ,
今でもよく覚えている.
そして,心を空っぽにするということと
何か通じ合っているのではないかと思うのである.

というわけで,また機会があれば
私は家事を行う.
前後のしがらみを断ち切って.

2010年3月23日火曜日

卒業するみなさんへ

今日は,卒業式,謝恩会である.
またあっという間に,一年が過ぎ去ってしまった.
研究室からもごっそりと学生がいなくなる.
やっぱり寂しく感じるものである.

卒業する学生のみなさんは,
4月からの新生活への期待と不安に
胸苦しくされていることだと思う.
新しいステージに進むときは,
たぶんそんなものなのである.
不安なき「新生活」は「新」ではないのである.

さて,大学に入学するときに,
既に自分がなろうと思う職業を決めていた人は
むしろ少なかったのではないかと思う.特に,工学部は.

だいたい将来自分はどうしたいのか,
それを考えるために,それを決めるために,
4年間ないし6年間(ないし9年間)を大学で学ぶのである.
知識がなければ,自分が何をしたいのかさえ
決めることができない.
自分の能力や志を推し量るために,
その尺度となる大学教育が必要なのである.

しかし,卒業式の今日,自分が本当にやりたいものが
わかっている人も,また少ないのではないかと思う.
確かに就職先も決定していて,
4月からの新生活が待っている.
しかし,その選択が良かったのかどうかなど,
現時点でわかるはずもない.
それが本当に自分のやりたいことだったのか,と
またしばらくは不安をもつことになるのだろうと思う.

4年間(ないし6年間)の大学教育の結果,
4月以降の自分の人生をとりあえず決めることができた.
しかし,この選択が最良のものであったかどうかは,
実は今後の過ごし方にかかっているのである.
自分は,この選択が最良のものであったと
後悔しないように努力するしかないのである.
(あるいは,数年後にあらためて選択をしなおすか)
判断基準は「あとづけ」なのである

結局,いつの時点になっても,
自分の将来をすべて見通すことができることなんて
ありえない.
ただ,その時その時に後悔しないように
(後悔を最小化するように)
努力することしかできないのである.
そして,そのためには卒業しても学び続けることが
大切なのではないかと,私は思っている.
いつのときも,不安に打ち勝つための手段,
それはやっぱり「学び」なのである.

卒業されたみなさん,おめでとうございます.
この先も,学び続けれられることを!

2010年3月16日火曜日

名槍「日本号」,国宝「日光一文字」

少し前の話になるけれど,3月4, 5日は
電気学会 半導体電力変換研究会
(電力技術・電力系統技術研究会と合同開催)に
参加するため,福岡工業大学に出張した.

研究会の終了後,少し時間がとれたので,
福岡市立博物館に出かけた.
博多駅からバスで30分程度.
バスの中は,福岡ドームで行われる
オープン戦へ行く人と,
韓国からの観光客で一杯だった.
途中,韓国の人から道を尋ねられたりして,
プチ・コミュニケーションをとる.

私が福岡市立博物館に足を運んだ理由は,
国宝「日光一文字」を見るためである.
日光一文字といえば,名刀の誉れ高き太刀で,
丁子乱れの刃紋美しく,
たしかに見るからに豪快な姿であった.
見ていることこちらの姿勢まで
スッとしてくるような真っ直ぐさが感じられ,
いくら見ていても飽きない.
ただただ,ため息をつくばかりだった.

もちろん,この博物館は「金印」の所蔵で有名で,
当日私もその姿を拝んできた.
志賀島から掘り出されたとされるその金印は,
いまだに煌々と光っていて,
鏡に映されて見ることができる印字も
はっきりとしている.
これが2000年近くも前にできたものとは思えない.
(だが2000年近くも前の人工物なのだ...)
思わず,おみやげの金印グッズを買おうとしたくらい.
(結局,おみやげ品のあまりのチープさに断念)

しかし,この日最も印象に残ったのは,「日本号」であった.
日本号といえば,「酒はのめのめ,呑むならば」という
黒田節で有名な名槍である.
穂先は三角で鋭く,片側の樋には
不動明王の剣に巻き付く龍が刻まれている.
柄は,長方形に細かく刻まれた螺鈿で美しく飾られて,
中央部に向かって緩やかに膨らみ,
その持ちやすさが見ていても伝わるようである.
芸術品としか思えない美しさ.
これが人の命を奪うための器具なのかと思う.

この槍を呑みとった母里は,福島正則の再三の返却の
依頼を断りつづけ,しかし,合戦のときには
必ず携えて出ていったという.

武将は合戦の場で命をなくすことを
常に覚悟していただろう.
たとえ命を落すことがあっても,
合戦は「ハレ」の場なのである.
鎧や槍などの武具は,武将にとっては
自分の散り際を飾る「ハレ」の衣装だったのである.
そして,死に装束でもあるのである.
そう思いついて,螺鈿に輝く日本号を見ると,
これを握って馬を駆っていた母里の心が思いやられる.
本当の意味での「勝負服」だったのだ.

翌週帰阪して,研究室の学生に「日本号」の話をする.
しかし,彼らは「黒田節」さえも知らないという.
ハァとため息.

#志賀島にあったという文殊菩薩像も素晴らしかった.
志賀島は文殊信仰の島である.

2010年3月15日月曜日

薬師温泉

ブログの更新が滞っている.
忙しかったためである.
ブログに書きたいことは山ほどある.
しかし,その時間がない.
その結果,思考のあしあとは時間の経過の波に
打ち消されていく.
もう一週間前のことをうまく思い出すことができない.

昨日は,家族とともに温泉にでかけることができた.
疲れも溜まっているせいか,まだ咳が抜けない.
医者の言う事には,一度喉が荒れると,
特にアレルギー体質(花粉症など)の人は,
長く咳が続くのだという.
夜寝るときなどの咳はもう治まったが,
話したり,息を深く吸い込んだりすると,
発作のように咳が続く.
周りの人には申し訳ない.
まぁ,自分はいつも口数が多いので,
無言の行だと思えば全然苦にもならなのだけれど.

さて,出かけた温泉は「こんだ薬師温泉 ぬくもりの郷」という.
源泉かけ流しであるけれど,入浴料は700円という,
大変良心的な温泉施設である.
車でおよそ1時間.
これくらいの距離を町から離れると,転地療法の効果もあるかな.

子どもたちはあまり温泉といっても良い顔をしないのだけれど,
(まぁ,子どもたちは長く温泉に入ることはできないし,
そもそも温泉自体に興味がないから仕方がない)
昨日は,私の顔を立てて付き合ってくれた.

私はずっと露天の岩風呂に浸かっていた.
1時間半のおおよその時間を露天風呂で費やした.
もちろん,首まで浸かっていてはとても身体がもたないから,
半身浴というか腰湯,いや正確にいうと「尻湯」というべきか(笑),
岩に座り,尻まで使っておよそ1時間,
なにもしないでぼーっとしていた.
外はまだ春の肌寒さがあったけれど,
身体はポカポカとそれで暖まった.

露天風呂と内風呂の決定的な違いは,
やはり,青い空を見て,鳥の声を聞いて,
風を頬に感じて風呂に入ることである.
銭湯でいくら壁に富士山の絵が描かれていたとしても,
それらのことはできない.

風呂にはいると心と体がゆるんできて,
非日常のモードが立ち上がってくる.
そして敏感になった五感に,自然のリアリティが
身近に感じられるようになるのである.
その別モードが立ち上がることによって,
日常で機能しているモードが休まるのではないだろうか.
また自然につながっている自分の存在を確認することで,
なんらかの充足感が得られる.

帰路はさすがに身体が疲れていたけれど,
精神的にはずいぶんと角がとれたような気分になった.
身体の疲れだって,この数カ月背中に強ばって
張り付いていた憑き物のような疲れではなく,
なんとも心地よいものであったし.

今日はちょっと湯あたり的に身体がダルいのだけれど,
忙しさの中でも,まだ落ち着いていられる.
温泉によって静められた心の効果はまだ続いているようだ.



2010年3月8日月曜日

小確幸の積み重ねで

自分がこれから行わなければならない
作業の多さを思うとき,なかなか最初の一歩が
踏み出せなくなる.
仕事を先延ばしにしてしまう原因である.

これを乗り越えていくには,
小さなゴールをこまめに設定して,
それをクリアすることによって
小さな幸せを得られるようにする.
最初から最終ゴールを考えると,
そこまでの道のりの長さに押しつぶされてしまう.

小確幸の積み重ねが,
ダウナー系に陥りがちな気分を
なんとか少しアッパーに維持して
仕事への意欲を継続させる努力が必要だ...

というボヤキはここまでにして,
先週の木曜日,金曜日は,福岡工大で開催された
電気学会の電力技術・電力系統技術・
半導体電力変換研究会に参加してきた.
土曜日は,また別の報告書作成.

相変わらずの状況であるので,
福岡の話はまた明日に.

2010年3月3日水曜日

研究のスキルを身につけて社会に出ていく

とにかく忙しいのである.
先週の金曜日に,卒業研究の発表会を終え,
その後は,研究室で打ち上げ.
土日は報告書書きで,研究室でお仕事.
月火はそれぞれ出張であった.
そして,今日,ようやく机にいる時間を確保して
仕事を遅々としてではあるけれど,なんとか進める.
山積する仕事にため息をつきたくなるけれど,
ここは少し自分の心をコントロールして,
明るくやっていきましょう!

先週は月曜日に修士論文の試問会,
火曜日と金曜日に卒業研究の発表会.
これでひとつの山を越えたことになる.
学生の皆さんにとっては,これで一安心というところ.
実は,教員も一安心なのである.

苦労して論文を仕上げた皆さんは,
自分の能力・スキルがひとつ(あるいは二つ)
レベルアップしたことを実感していることだろう.
それこそが,卒業論文,修士論文の意義である.
(博士論文はまた少し違うけれど)

自分の研究のストーリーをたて,
シミュレーションを行い,実験を行い,
そしてその結果を比較・評価する.
あるいは別の見方で整理しなおす.
そしてその成果を人に説明できるように
ロジックを組み立てて文章にする.
これができて,ようやく社会に出て行くための
最低のスキルを身につけたということになるのである.

このように卒業研究に一生懸命集中することが,
自分の能力を伸ばすことになる.
いつかそれは成長して花開くことになるだろう.
(立ち枯れするものもあるかもしれないけれど)

なにはともあれ,まずは,研究者,技術者としての
第一歩を踏み出したことになる.
君たちは,そこにいたる技術をとりあえず身につけた
わけだから,そのことについては
少し自信を持ってもいい.
最初は,小さくてもいい.
自信をもつことも大切だと思う.
いつか振り返ったときに,あのときが始まりだった,
そう思えるような研究室生活となるように,
私たちも毎年努力しているのである.