2010年5月11日火曜日

キース・ジャレットのゴルトベルク変奏曲

今朝,通勤の車中で聴いたのが
J.S.バッハのゴルトベルク変奏曲.
今日は,キース・ジャレットの演奏に
よるものを聴いた.

キース・ジャレットといえば,まずはジャスの
キーボード奏者として有名だから,
クラシック音楽の録音があることを
知らない人も多いにちがいない.
(そう思っているのは私だけ?)

このゴルトベルクの録音は,
ハープシコードによって演奏されている.
(このハープシコードは日本の職人の手による
ものらしい.実は録音場所も八ヶ岳の音楽堂だったりする)

ゴルトベルク変奏曲といえば,
なにはともあれ,グレン・グールドの手による
二つの録音が有名で,最初の録音のビビッドさと,
二度目の録音の深遠さが,
後を追う演奏者への呪縛となっていると思われるけど,
この録音はそうした呪縛から離れて,
非常に素直な,そして優雅な演奏となっている.

なんというか,演奏者の色があまりついていない.
純粋な,ジャケットの色である白というイメージ.
ジャズ奏者というと,即興演奏が持ち味だから
(キース・ジャレットのケルンコンサートとか)
「スゴイ」バッハを想像してしまうのだけれど,
全くそんなことはない.
装飾音も慎ましく,素直という言葉が一番しっくりとくる.
聴いているだけで,幸せになるような,
そんな演奏である.

また録音の素晴らしさか,ハープシコードの音が
本当に美しく,目の前で鳴っているような臨場感がある.
これは実は名盤なのである.

実際,私が一年で最もプレーヤーに載せる
回数の多いゴルトベルクのCDはこれである.
グールドは素晴らしいけれど,
ちょっと今までに多数回聴きすぎてしまった感がある.

また,たとえば武久源造の録音なんて,
収録された音の生々しさがあって,それはそれで
感動するのだけれど,演奏で表現されている
内容がちょっと深すぎる.
気楽に聴くことができない.
自然,聴く回数が減る.

その他,ヒューイット,高橋悠治,レオンハルト,
リヒター,スコット・ロスなどの録音も所有しているけれど,
やっぱりキース・ジャレットのCDを聴くことが多い.
飽きない,というのも優れた音楽のひとつの指標では
ないかと思う.
(同じ基準ではスコット・ロスの録音も捨てがたい)

彼のジャズの録音の良さは実は
よく理解できないのだけれど,
(「ケルンコンサート」を聴いてもピンとこなかった...)
この録音のバッハへのリスペクトは十分に感じられた.
そう,それこそがこの録音を名盤たらしめているのだと思う.

キース・ジャレットは90年代後半から,
慢性疲労症候群に悩まされ,演奏がほとんどできない
状態であったらしい.
それから,なんとか復活して現在は演奏活動を
精力的に展開しているという.
復活後,彼はクラシック音楽の録音は行ったのだろうか.
もしあるならばぜひ聴いてみたいと思う.


#1
キース・ジャレットの録音には,その他にも
バッハの平均律やフランス組曲の他,
ヘンデル,モーツァルトのp協奏曲,
そして,ショスタコまである.
どれも未聴である.
いつかゆっくりと楽しみたい...

#2
最近,「ゴルトベルク変奏曲 バッハ 音のよろこび」という
絵本を見つけた.
これがなかなかに秀作.
不眠症のカイザーリンク伯爵のために,
バッハの弟子のゴルトベルクがこの曲を演奏したという
エピソードが紹介されている.
こちらもぜひオススメ.

#3
そういえば,映画「羊たちの沈黙」の中で,
レクター博士がオリの中で聴いている曲が
「ゴルトベルク」だった.
レクター博士はハープシコードを弾くらしいけれど
(すみません.原作読んでいません)
映画ではピアノによる演奏だった.
あれはグールドらしい...

0 件のコメント:

コメントを投稿

言葉が世界を単純化することの副作用

 人間がこれだけの文明を持つに至った理由のひとつは「言葉」を用いることであることは間違いないと思う。「言葉」があれば正確なコミュニケーションができるし、それを表す文字があれば知識を記録として残すことも可能である。また言葉を使えば現実世界には存在しない抽象的な概念(たとえば「民主主...