2010年10月4日月曜日

研究や勉強を強制する必要はないはず

大学,合氣道部の主将時代,
(主将はくじ引きで選んだと覚えているが)
部員の出席管理なんてほとんどしていなかった.
合氣道なんてものは団体競技でもないし,
そもそも競技でもないので,
誰が来ようが,来まいが,
その活動に関係がなかったからである.

しかし,稽古には部員は大勢参加した.
強制はしていなくとも,みな強くなりたくて
練習をしに道場にやってくるのだ.
これは町道場と同じ感覚である.

その稽古も適当にやるというのではなく,
1時間半の稽古時間が終わっても,
さらにもう1時間半,自主練習にあてる
後輩が多くて,正直閉口していたくらいである.
こちら(上級生)は早く飲みに行きたいのに,
夜の8時になってもまだ技の練習をしようとする.
こちらもある程度つきあう訳なのだけれど,
そのうち,もうやめてくれ,と頼んで
引き上げさせてもらうこともしばしばだった.
とにかく,練習の虫が多かったのである.

なぜこんなことを思い出したのかというと,
大学の研究や講義もこうあるべきなのではないか,
と思ったからである.

そもそも大学に入学した時点で,
本来,勉強をすることが目的のはずである.
その目的にしたがって,各自強制されなくても,
自主的に勉強を進めるのが自然ではないのか.
講義の出席点なんてものもおかしい.
試験で理解さえしていればいいのだから.

しかし,現在の学生は勉強することが
大学に入る目的ではないらしい.
大学を卒業することが目的であって,
単位を取ることが目の前の目標となる.
したがって,勉強をすることが目的ではなく,
「ズル」をしてでも単位を最短距離で取得することが
大切となっている.

勉強をなんのためにするのか,と問われたら,
「大学を卒業するため」と答えるのだろう.

しかし,勉強は本来自分の能力を向上させるために
行うものである.
そして,その効果はすぐに現れるわけではない.

大学の講義をほったらかして,
就職活動をする学生を見て,
その理由を大学の講義に魅力がないからだ,と
言う人を多く見かける.
確かにそうかもしれないけれど,
就職と大学の講義を天秤にかけたら,
それは就職の方を選ぶだろう.
まして,現在の状況では就職を失敗すれば,
将来がずいぶん危ういと言われているのだから.

大学における教育が本当に不要だと思っているのであれば,
高卒で優秀な人をどんどん採用すればいいのに,と思う.
大学での4年間ないし6年間が無駄になるのであれば,
その時点で,ある大学に入るだけの能力があった,という
証明書となる合格通知さえ持っていれば良いではないか.
それで企業は採用すればいい.

大学で教える内容は,昔から変わっていない.
即戦力の知識などがメインではない.
あくまでも基礎学力が重要である.
それで私は良いと思う.

それなのに,企業からは大学の知識は使えないとか,
即戦力の知識を身につけろ,という声が
学生の耳に聞こえてくる.
(一部,基礎学力が大切だ,とはっきり言っている
理工系企業もありますが)
そうした状況の中で,学生はどう考えるだろうか.
ますます大学における勉強を軽んじていくだろう.
本当にそれでいいと思っているのだろうか...

勉強の効果は,すぐには出にくい.
そしてそれを実感するにしても事後的である.
勉強しているときには,それを感じることができない.
だからこそ,大学における時間は貴重なのである.
実効性を実感できなくても,学問に集中できる時間なのだ.

その意味さえ理解してもらえれば,
誰に強制されるでもなく,学生たちは勉強し,
企業もその貴重な時間を就活に浪費させないよう,
学校のスケジュールを配慮するだろう.
また新卒にこだわらない採用をしてくれるだろう.

なんのために勉強しているのか.
それを誤っていては,今の状況は変わらない.

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