2010年11月17日水曜日

老人らしい老人になる

う~ん,忙しい.
どーなっているんだか.
神様は私に試練をお与えになっている.

さて,先日ある方と話していたのだけれど,
最近は,お年寄りらしいお年寄りを
見かけない,ということが話題になった.

一昔前は,老人といえば,
腰が曲がって,みるからにお年寄りと
いった風だったけれど,
このごろは,元気そうな方ばかりで,
年齢がどのくらいなのか,
ちょっと見,よくわからない人が増えてきている.

体力的に若さを保つことは素晴らしく,
いつまでも長生きして欲しいとは思うのだけれど,
私は,老人らしい老人になりたいと思う.

この話は,小林秀雄の講演集を収めたCD
(確か第4巻の「現代思想について」,新潮社)に
含まれていたと思うのだけれど,
歳をとっても若者に媚びたような,
そんな考えをしている老人にはならず,
歳をとったら歳をとったなりの考え方の違いを
身につけた老人にならなければならない,と
私も思うのである.

小林秀雄の講演では,ユングがアフリカで出会った
老人の話が紹介されている.
ユングは,見るからに老人らしい老人に
遭遇したらしい.
老人は,智恵と思慮の象徴である.
ユングが感心したくらいだから,
たぶんそんな雰囲気に溢れていたのだろう.

小林秀雄は一方で,「隠居」の話を出す.
これは英語には無い言葉で,
田舎ではなく,
(Country Gentlemanではない)
市井の中に身を沈め,
隠居として,長屋の人たちにバカにされ,
あるときは尊敬されて生きていく.
これを陸沈というらしい.
私もそうした生き方に憧れる.

芸術家の横尾忠則も「隠居宣言」という本
(平凡社新書)を書いている.
彼も小林秀雄のこの講演の録音を聞いて,
隠居しようと思い立ったそうである.
彼の最近の行動を見ると,思うがまま,
自由自在であり,私はうらやましくてしょうがない.

老人らしい老人になるのはよいが,
今はまだ早い.
亡くなった父は私に,よく,

「枯れるな」

と言っていた.
枯淡の境地は,80歳を越えてからでよい.

以前,薬師寺の安田前管主のご講演で,
人生は120年で考えるのがよい,という話を聞いた.
30歳までが春,60歳までは働き盛りの夏,
そして90歳までは人生の収穫時期の秋,
120歳までは静かに過ごす冬.
そのような考え方でいけば,60歳を過ぎて,
人生の収穫時期をいかに迎えるか.
そのための準備をそれまでに十分できているか.
そんなことを考えながら,
立派な老人への道を歩んでいきたいと思う.

目標は,池波正太郎の「剣客商売」
秋山小兵衛かな.
まずはとりあえず,「立派なオジサン」になることが
近々の目標なのだけれど.

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