2010年12月28日火曜日

静かなレクイエムが似合う小説:「虐殺器官」(伊藤計劃)

年末はずっと忙しい状態が続いた
(いや,まだ続いている)のだけど,
そんな私をずいぶん悩ませ続けたことがある.

それは,この

「虐殺器官」(伊藤計劃 著,早川文庫)

という一冊が面白すぎたこと.
仕事が忙しくても,合間を見つけては
読み続けてしまった.
就寝前,入浴中,通勤電車の中,
とにかくページを開くのが待ち遠しかった.
それほど面白かったのである.

個人的には,「リング」以来のヒット作.
久しぶりに面白いSFを読んだと
しみじみ思わせてくれた.

ポスト9.11の世界.
世界は情報技術の進展によって,
異常なほど管理されたものになっている.
それはテロ対策でもあった.
また医療の世界も,ナノマシンによる治療技術,
脳機能を直接制御することによる感情支配,
そんなことが当然に行われるものになっていた.

主人公はアメリカ軍の若い兵士.
彼も感情をコントロールし,暗殺部隊として
最適化されて,日々任務をこなしている.
テロは激減したが,その代わり
世界では虐殺が頻繁に発生していた.
主人公はその虐殺の首謀者を暗殺して回る.
だが,共通する虐殺の陰に
ひとりのアメリカ人の存在が浮かび上がってきて...

と,少しだけあらすじを紹介したけれど,
あらすじだけでは全然面白くない.
近未来を彩る種々のテクノロジーの描写が
非常にリアルで,それを読まなければ
この小説の面白さは伝わってこない.
まさに,神は細部に宿る,のである.

こうしたディテールの上に構築された
この物語は,SFでなければ描けない問題,
しかし現在の私たちの世界から地続きである
世界の問題を取り扱っている.
この着想といい,ディテールを支える博識といい,
そしてそれを描ききった筆力すべてが,
著者の並外れた実力を示している.

タイトルの通り,描かれる情景は,
もちろん虐殺の現場で,凄惨極まりないのだけれど,
その描写はなぜか詩情にあふれ,時には美しさまでも
感じてしまうほどなのである.
事実,この小説を読んでいるときに私が聞きたくなったのは,
フォーレのレクイエムと,バッハのミサ曲ロ短調,
ブルックナー交響曲第9番なのである.
これが作者の狙いだとしたら,
私はこの著者の感性と筆力に全くもって
(しかし喜んで)敗北するのである.

SFがSFである必要性を感じるのは,
このようにSFでなければ描くことのできない,
世界とその問題を取り扱う場合のみである.
そしてそれが達成できたときに,
その作品は名作と呼ばれるのである.

実は,この作品はいくつかの賞を受賞していて,
ゼロ年代1位とまでいわれているのである.
私がこんな風に言わなくとも,
世間的にはすでに名作なのだ.

「伊藤計劃」という名前も何度も目にしていたけれど,
あまりに絶賛されているので,
敬遠していたところがある.
こればかりは自分の不明を恥じる.

しかし,ご存じのとおり著者は1年ほど前に
すでに亡くなっている.
残した長編は、この虐殺器官を含め
わずか3作しかない.

私は残されたあと2作を,
愛おしく読むことだろう.

そして彼の短編やブログを含めた
他の著作をまた探すことになるのだろう.
「伊藤計劃」は,それほど私にとって
大きな鉱脈なのである.

#今年中にこの記事が書けて良かった...

2010年12月27日月曜日

「打ち合わせ会」に研究室のあるべき姿を見た

先週の金曜日は,研究室の忘年会で,
とりあえず一年の締め.
夜は梅田で楽しく過ごした.

忘年会は金曜日だったけれど,先週は
月曜日からは「打ち合わせ会」と呼ばれる,
学生からの進捗状況報告会が続いたのだった.

一人一人,10~15分程度自分の研究の
進捗状況を報告し,その内容について
15分程度議論するのだけど,
これが修士論文,卒業論文を見越したもので
なければならないから,当然議論(というか,教員からの質問)は
厳しいものになるわけで,学生たちは戦々恐々として準備する.

一ヶ月くらい前からは,研究室の雰囲気も
ずいぶん盛り上がってきて,あぁ,卒業が
近づいているのだなぁと,この時期になると実感する.

総発表人数は,なんと31名.
平均30分としても,15時間以上,
学生の皆さんの報告を聞くことになる.
実際には4日間に分けて聞いたのだけど,
やっぱりそれなりに疲労する.
学生の皆さんも大変だけれど,
教員だって大変なんだってば,と言いたい.

しかし,感激したのは,この打ち合わせ会が終わってからも,
学生の皆さんが各自,同僚や先輩,後輩と
個別に議論していること.
みな自分の研究を少しでも良くしようと
真剣なのである.

...素晴らしいよ.
これこそが研究室のあるべき姿なのだと,
私はヨヨと涙したくらいである(涙はウソ).
いいなぁ,本当に感激しました.

しかし,これが正月を過ぎると,
またなにかが落ちてしまうんだよなぁ.
(というか,ネジがゆるむというか)

まぁ,私も正月,脳みそが奈良漬け状態になるだろうから,
人のこといえないのだけれど,
新しい年は,研究意欲に満ちあふれた状態で
ぜひ迎えていただきたいなぁ,と思うのである.

2010年12月22日水曜日

ひとりで過ごす時間を持とう

明日が休みだったなんて!
夕方,打ち合わせの途中であらためて認識した.
もちろん,23日が休みであることは
前々から承知していたけれど,
それが明日だったとは!
なんどもメモ帳を見ているはずなのに,
恥ずかしい...
つまりは,心に余裕が無いのだ.

しかし,明日が休みだと大変困る(参った...)
やろうと思っていた仕事が
全然終わらない.
年内に今年やろうと思っていた仕事は
終了するのだろうか.
本当に心配になってきた.
明日は家で仕事をしよう...

しかし,家にいるときくらいは
子供と遊んだり,音楽を聴いたり,
本を読んだりしたいんだよなぁ.
もちろんそしてゆっくりと酒を飲む.
そうして過ごす休日ほど,今は
うれしいことはない.

学生の頃,休日になると
ひとりで過ごすのが大好きで,
下宿近くの駒沢公園で芝生に寝っ転がって
本を読んでいたり,
部屋に戻って,ワインを片手に
フライドチキンと食パンを食べたり,
なんと贅沢な時間を過ごしていたのだろうと思う.

五島美術館にも出かけたし,
神田で書店巡りも大好きだった.
もちろん映画も何本も観た.

すべて「ひとり」というところがミソで,
(別に恋人がいなかった,ということではなくて)
誰にも気を遣わずに過ごす時間が
本当に大切だった.


誰ともしゃべらないで済むならば,
一週間くらい全然しゃべらないでもいられた.
(まぁ,銭湯のおじさんに挨拶くらいはしたけれど)



私が一番長くひとりでいた時間,
それは学生の頃,3週間くらいアメリカを旅していたときかな.
ひとりで移動し,次の町でホテルをとって,
ひとりで泊まった.
途中友達にあったり,ユースホステルに
泊まったりしたけれど,基本的に独りで過ごした.
その時間がなんとノビノビできていたことか!
人のしがらみから遠く離れていた.
(旅のはじめと終わりは国際学会に参加したのだけれど)


ダライ・ラマも一日のうち,ひとりで過ごす時間を
持ちなさい,と言っているが,
現在となってはそれが大変贅沢な望みで
あることを思い知る.
家庭を持てば仕方ないとは思うけれど,
それでもひとりの時間は必要だ.
私などは毎日の通勤時間,車中で
独りでいられるけれど,うちの奥さんなどは
本当に気の毒だと思う...

学生の中には,ひとりで時間を過ごす,ということを
恥ずかしく思う人も多くいるようだけれど,
そんなことは全然無い.
むしろ若いときほど,ひとりで過ごす時間を
多くもった方が良いと心から思う.
年をとってからでは,遅すぎる.

#山に籠もることが若い頃からの夢なんだけれどなぁ.
でもシャワートイレが無いといやなんだよなぁ.

2010年12月21日火曜日

「グレート・ギャツビー」(S. フィッツジェラルド)

大学に来て,予想と違っていたことに,
読書の時間がなかなかとれないということがある.
もっと毎晩ゆっくりと本を開いて...というのが
あまり実現できていない.
今年も20冊くらいしか読めていないのではないか.

そんな数少ない本の中でも,いくつか印象に
残ったものがある.
そのひとつが,

「グレート・ギャツビー」(S. フィッツジェラルド,村上春樹訳)

であった.
実は大学時代に,野崎孝訳を読んでいるのだが,
村上春樹の新訳と聞いて,購入して読んだのである.
とはいうものの,野崎孝訳の描写など覚えているはずもなく,
(最後の一文は覚えているけれど)
あらすじはわかっているものの,
初めて読むような感覚で,ページを繰ることができた.

年を取ったからかもしれないが,
かげりゆく青春のきらめき,という感じで,
かなり切ない気持ちになった.
登場人物たちはまだ二十代か三十代前半で,
行動もそれにふさわしく若々しいのだ.
まずそれを感じた.
今の私には到底できないような行動をするのだ.
逆にそれがうらやましい.
若さゆえの行動が,悲劇につながっていくのだけれど,
もうギャツビーの哀れさにぐっときてしまう.
しかし,それがうらやましくもある.
私には,そうした若さは二度と戻ってこないのだと,
再確認しながら読むことになった.

華麗なるギャツビー」はロバート・レッドフォードが
ギャツビーを演じて既に映画化されている.
確かビデオで観たはずなのだけれど,
レッドフォードのかっこよさだけが記憶にあって,
その他のことを覚えていない.
しかし,レッドフォードははまり役だったのは確かだ.

それが,レオナルド・ディカプリオ主演で
リメイクされることになっているらしい.
語りのニックは,トビー・マグアイア,
そしてデイジーが,キャリー・マリガンという
配役とのこと.
う~ん,ディカプリオのギャツビーは気になるなぁ...

結局,物語の最後,ギャツビーには悲劇は訪れ,
彼に見向きをする人は誰もいなくなる.

物語,最後の一文は,

So we beat on, boats against the current,
borne back ceaselessly into the past.


(そう,私たちは,絶えず過去へと押し戻されながらも
流れに逆らってボートをこぎ続ける)

今読んでも切ない終わり方である.

2010年12月17日金曜日

表紙に惹かれて本を買う:「グレン・グールドは語る」

CDのジャケットの写真に惹かれて
CDを購入することをよく「ジャケ買い」などというけれど,
今回は,「表紙買い」.
表紙の写真に惹かれて,本を購入してしまった.

「グレン・グールドは語る」
(グレン・グールド,ジョナサン・コット,
ちくま学芸文庫)

表紙には赤いセーターを着た若い頃の
グールドの写真.
目が繊細でなにか惹きつけられる.
ついつい手に取ってしまったのである.
(本の中に,日本での訳者がわざわざ
この写真を選んだという話が載っている.
まんまと制作者側の策略に載ってしまったわけだ)

薄い本で,内容は主に2つのグールドへの
電話インタビューをまとめたもので,
その他,コットによるグールドとのインタビューの
経緯が紹介されている.

以前にも書いたように,私は(も)グールドが大好きで,
彼の難解な著作も少しだけ読んだりする.
(内容はわからないけれど)
もちろん評伝なども読んだりする.
変人,かつ天才と言われた人物像は
やはり魅力的なのだ.

今回もさまざまな事柄に関する彼の意見が
述べられていて面白いのだけれど,
グールドの伝説として有名な
指揮者ジョージ・セルとのエピソードの
真相が述べられていて大変興味深かった.

セルがコンサートのリハーサル中に,
グールドが彼特有の低い椅子の足の高さを
長時間かけて調節していたら,
セルが「君のおしりをスライスすればいいのに」と
いって怒ってしまい,以来共演はしなかった.
しかし,その後もセルは彼をセルの手兵である
クリーブランド交響楽団には客演として
呼び続けたのだという.
そして,グールドの演奏を聴いてセルが,
「彼は変人だが,天才だ」
という有名な言葉を残した,という話である.

まぁ,話に尾ひれがついて広がっていく顛末は
本を読んでいただくことにして,
こうした芸術家らしいエピソードが
語られていた時代がうらやましい,とつくづく思う.
最近の演奏家たちは皆スマートで,
こうした話をあまり聞かなくなったような気がする.
(単に私が,レコ芸とか音友とか読まなくなった
だけかも...)
でも,こうした話は芸術家の人となりがわかって,
面白いんだよなぁ...

人にもぜひおすすめしたい本なのだけれど,
欠点がひとつ.
大変薄い本であるにもかかわらず,
価格は1100円.
レジで値段を聞いて驚いた.
なんとかなりませんか,出版社様...

2010年12月16日木曜日

パワーエレクトロニクス学会第186回定例研究会:若手研究者のための発表会@立命館大学,12/11

先週の土曜日は,パワーエレクトロニクス学会
第186回定例研究会であった.
立命館大学で開催されたので,
少々参加人数を心配したのだけれど,
終わってみれば159名という大盛会.
本当に嬉しいことである.

さて,何度かこのブログでも話題にしているけれど,
この研究会は若手研究者が中心となって,
企画・運営を行っている.
(大学,高専の学生と企業の若手研究者)
学会の幹事団とはほとんど独立して
業務が進められている.
本当に素晴らしい.
今年は,学会庶務幹事である私も
ほとんど何も仕事をしなくて済んだ.
それでも緻密に練り上げられたプランに沿って,
会は無事成功裏に終わったのである.
幹事の皆様,そして担当評議員の方々,
本当に有難うございました.

講演の企画,講演のやり方,会場の手配と設営,
会計管理から講師の対応,懇親会まで,
すべてがうまく行っていた.
若手幹事の皆さんの実力をあらためて思い知る.
毎年,この会のあとには,若手幹事の能力,
畏るべし,と思わずにはいられないのだけれど,
今年は例年にまして特にきっちりと
運営がされており,
いくつかの問題も発生したけれど,それらを
乗り越えて成功に導かれている.
私たちも見習わなければと思う.

さて,当日は特別講演として,
JAXAの西山先生より小惑星探査機「はやぶさ」に
関するお話をしていただいた.
やっぱり宇宙は大変なのである.
そして,その技術はすごいのである.
日常生活からは想像ができない過酷な条件で
動くことが機器や回路に求められる.
ひとつの電気機器の究極の環境といえるだろう.
会場の学生たちも強く興味を持ったのではないかな.

その後はポスター発表が42件.
パワーエレクトロニクス学会の特徴として,
とにかく議論が深い.
発表者が学生だからといって,だれも手加減しない.
細かいところまで,あるいは全体のコンセプトを
しっかりと尋ねられる.
発表者は,1時間半,ずっと対応しっぱなしである.
良い刺激になったのではないだろうか.
質問もだいたいは,建設的なものが多いから,
今後の研究にも参考になったことでしょう.

私は懇親会は失礼したのだけれど,
100名程度の参加者を得て,大変盛況だったと
聞いている.

いいなぁ.
活気がある研究会が開かれるうちは,
パワーエレクトロニクス学会も安泰だろう.
課題は,このクオリティを維持,向上させていく
ことかと思う.
規模が大きくなるとそれが難しくなる.
この規模で開催し続けるのであれば,
応募の時点で,発表を断る必要が出てくる.
それはそれで大変である...
まぁ,こうした問題もある意味幸せな悩みである.
来年からも会の発展を期待したいと思う.

#今回は,かたい話ですみません.

2010年12月15日水曜日

四十九日法要

またまた更新が休止しておりました.
すみません.
(と,誰に謝っているのか...)

先週の土曜日は,パワーエレクトロニクス学会の
定例研究会で立命館大学へ.
(この話はまた別途)
その懇親会を失礼して,そのままバスで新潟に帰省.
父の四十九日法要に参加する.

父が亡くなってあっという間に6週間が
経ったことになる.
本当に時間が過ぎ去るのは速い.
父のことは亡くなってからこそ,
よく思うようになった.
やっぱり,なぜ生きているうちに
そうしなかったのか,悔やむことになっている.

うちは浄土真宗なので,法要のあとに
住職のお説教がある.
四十九日の意味についてのもので,
まずは一般的なお話であった.
(その他の話がそのあとに続く)

すなわち,人は死んでから7日ごとに
閻魔大王の裁きを受けることになる.
閻魔大王の鏡に生前の行い,
身口意の三業について質され,
(つまりは,五悪をしていないか.
五悪とは,殺生,偸盗,邪淫,妄語,飲酒のこと)
それにもとづいて裁きが下る.
そして49日目に次に生まれ変わる世界が
決定するというのである.

それは別にパラレルワールドではなくて,
六道輪廻の話で,
地獄,餓鬼,畜生,修羅,人間,天上,の6つ.
あるいは,仏の世界である極楽.
どれかに生まれ変わることが決定するのである.

少しでも亡き人が良い世界に生まれ変わることが
できるようにするのが追善供養.
四十九日法要も,そのひとつにあたる.

しかし,実際には,その日にまた家族・親戚が
集まって,故人を偲び,思い出を語らうことが
重要なのだと私は思う.
故人を思い,悔やむこと,反省すべきことを知り,
明日からの生活に活かす.
それこそが故人の導きなのだろう.

仏教でいうところのお布施とは,故人から受けた恩を
誰かに返すことだと思う.
私は父から受けた恩を,また誰かに施したいと思う.
そういう,少しは殊勝な気持ちになれたのも
四十九日法要のおかげなのだろう.
まずは父に感謝である.

2010年12月10日金曜日

瞬低で停まった工場のUPSは,どこのメーカの製品か?

すみません.
ちょっと時間がとれず,ブログ更新が
できませんでした.

昨日も東京で,電気学会の産業応用フォーラムで
お話しさせていただく.
なんとか自分の役割を果たせたと思う...
ブログに書けなかった出来事については,
来週以降,おいおいと書くことにいたします.

さて,本日,研究室の学生たちが何かしら
ワイワイと話していた.
尋ねてみると,瞬時電圧低下のニュースに
ついての話題.

新聞によれば,12/8未明に中部電力管内で
発電所附設の変電所の開閉設備の不具合のために,
瞬時電圧低下瞬低と呼ばれる)が発生し,
その影響で東芝の半導体工場の操業が停止したとのこと.
来年度の1~2ヶ月間の半導体の出荷が最大2割程度
減少するとの見通しらしい...

私も昨晩の帰りの新幹線の中で,このニュースを見た.
瞬低が話題になるなんて珍しい,と思ったのだけれど,
(落雷等でそれなりの頻度で発生しているので)
学生たちは別の話題で盛り上がっていた.

すなわち,東芝の工場に設置されている
無停電電源装置(UPS)は,どのメーカのものなのだろう,
ということである.

半導体工場のような,瞬低や停電に弱い設備では,
通常,UPSが設置される.
電力系統で今回のように事故があった場合に,
電池やコンデンサに貯めておいた電力を用いて
電圧の不足分を補う装置である.
このUPSがあれば,なにか系統事故があっても,
工場の機械から見れば,瞬低や停電は無かったように
運転を継続できるのである.


新聞記事によれば,原因となった瞬低は,
電圧低下率50%, 瞬低継続時間70ms程度の
決して珍しくはないものだったという.

今回がシビアな事故だったらわかるけれど,
50%,70msの瞬低は,結構頻繁にあり得るもので,
当然UPSは補償しなければならないレベルのものである.
それが,カバーできなかったのだから,
UPSメーカに対して工場は損害賠償を請求するのでは
ないか,と学生たちは話していた.
そして,それがA社なのか,B社なのか,
いや,B社ブランドだけれど中身はA社のものではないか,
などという話題で盛り上がっているのである.

私は少しうれしい.
一般の人だったら,当然中部電力だけが悪いと考えるだろう.
(確かに,人為的な事故であったのであれば,
当然追及されるべきものである)
しかし,研究室の学生は,(一応(笑))勉強しているだけあって,
UPSのメーカにまで考えが広がる.
それがうれしいのである.

まぁ,学生にとってみれば,
自分たちもそういうメーカに就職するわけだから,
恐怖におののいている訳なのだけれど...

しかし,近辺では操業がストップした工場がいくつかあったという.
どの工場もUPSが設置されていたとしたら,
今回は,ちょっと普通ではない
UPSが動作しにくい瞬低だった可能性もあり得る.
続報を待ちたいと思う.

(とはいえ,新聞には載らないだろうから,
知り合いに後で顛末を尋ねてみよう...)

2010年12月6日月曜日

出る前に負けること考えるバカいるかよ!

先日,ある学習塾の前を通りかかったら,

「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」

という言葉が今月の標語(?)として
張り出されていた.
思わずニヤリとする.

これはもちろん,アントニオ猪木の言葉である.

ある大会で「もし負けた場合はどうしますか」と
アナウンサーに聞かれて答えた言葉.
そしてこのアナウンサーはビンタを食らったのである.
(これが猪木のビンタの始まりとされている)

これは一部の人には有名な話なのだが,
これが学習塾に貼られているとは...

確かに最近の若い人の中には(また出ましたこのフレーズ),
やる前から,これがダメだったらどうしようと,
グダグダと考えて一歩を踏み出せない人が,
見受けられる.
たぶん失敗や間違いの無い人生を歩んできたんでしょう.

私なんて,人生過ちだらけだから,
少しぐらい失敗したって,そんなものだと思っている.
失敗や間違いを恐れたって,なにも手に入れられない.
知識・経験は身銭を切って得る必要があるのだ.

それよりも一歩を踏み出す勇気を持とう.
やるだけやって,それでダメだったら,
それから負けることを考えてもいいではないだろうか.
私の合氣道の先生もそのように教えておられた.
やる前に負けることを考えていては,
勝てるものも勝てなくなってしまうのだ.

アントニオ猪木はこうも言っている.


「この道を行けばどうなるものか,危ぶむなかれ.
危ぶめば道はなし.
踏み出せばその一足が道となり,その一足が道となる.
迷わず行けよ.行けばわかるさ」

いいなぁ,アントン.

睡眠時間を十分にとる

今日は少し暖かいからだろうか,
強烈に眠い.
週末はそれなりに寝たのに,
まだ眠い.
心身ともに疲れているのだろうか.

睡眠時間はとれているからか,
頭のクロックは高く動いているように思える.
判断が速い.

こうして考えると,日頃の睡眠時間の
短さ(4.5時間程度)はまずいなぁと思う.
睡眠時間を削って,なにかをすることは,
結局その行動の効率を下げている
可能性があるのかもしれないのだ.

睡眠時間もとれて,仕事も短時間で終わる.
そんなハッピーな生活は成立するのだろうか.
少し,そんな生活を目指してみようか.
一年が終わろうとしているこの季節,
いろいろと反省するのにふさわしい.

2010年12月3日金曜日

「はやぶさ」の話が聞きたい

今年の流行語大賞は,
「ゲゲゲの~」
だったとのことだけれど,
科学技術系の私としては,
「はやぶさ」
と言いたいところである.

7年間の旅を,遠隔操作で無事に終えるという,
工学的に見ると本当に素晴らしい快挙である.
数々のトラブルを乗り越えて帰還し,
小惑星の微粒子を持ち帰ったというのだから,
本当に関わった研究者,技術者の方々は
感無量であろうと思う.
工学者として,もしも自分がその立場だったら,と
思うと胸が熱くなる.
(たぶん,その前は胃が痛くなって
眠れない日々が続いただろうけれど)

そもそも7年間,メンテナンス無しで運転するのである.
自動車のエンジンだったらあり得ない.
イオンエンジンだからこそできたのだろうか.
(停止してしまったけれど)
それも7年前の技術なのである.
(この7年間にどれだけ技術の進歩があったか
考えてみると,ずいぶん前のことであることがわかる)

センシングもままならず,コマンドも時間遅れでしか送れない.
それでも地球にたどり着いたのである.
電子回路だって,真空,高温,低温,その温度差,
宇宙線による劣化,とにかく厳しい条件で
動作しつづけなければならないのに,である.
(まぁ,トラブルがあってもそれなりに検討する時間が
あったということが幸いなのだろう)

今年は,「はやぶさ」のニュースで夏は持ちきりだった.
(そのうち酷暑の話題に打ち消され気味だったけれど)
カプセルが公開されたときには,多くの人が見学に行った.
しかし,今はちょっと話題から遠ざかりつつある気がする.

これではいけない.
私たち,科学技術に心をときめかす人間は,
もっと人々に興味を持ってもらえるよう努力しよう!
理工学系の学生であれば,ますます興味を持って欲しい.

ということで,宣伝です(笑).

ローム記念館で,パワーエレクトロニクス学会主催の
ポスター発表(42件)の研究会が開かれます.
学生や企業の若手研究者による発表です.
(そしてこの研究会の運営も,
学会の若手幹事(学生,企業の若手)によってされています)

毎年,この研究会では特別講演が行われます.
今年のテーマは,なんと,「はやぶさ」です.

「はやぶさ」のイオンエンジンの開発に携われた
JAXA 西山和孝先生に,下記の要領でご講演いただく予定です.

【特別講演】 12:10~13:35 ローム記念館 5階大会議室
テーマ: 「小惑星探査機「はやぶさ」 
~システムとミッションの全貌~」

講師: 独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)
    宇宙科学研究所(ISAS)
    宇宙輸送工学研究系
    准教授 西山和孝 先生

(1) 講演前半「プロジェクトの概要」
(5分間休憩)
(2) 講演後半「システム構成・イオンエンジンの仕組みと制御」
(3) 質疑応答(15分間)

どーです!?
関西の学生・研究者・技術者のみなさんには,
ぜひこの機会に研究会に足を運んでいただきたく存じます.
そして,若手研究者の発表にも耳を傾けてください.
参加費は無料です(懇親会は有料ですが).

詳細は以下のURLをご覧ください.
(他のプログラム他,交通アクセスについても掲載されています)
皆様のご参加,お待ちしております.

パワーエレクトロニクス学会
 「第186回 定例研究会 ~若手のための研究会~」 


2010年12月2日木曜日

甘いものでも食べずにやってられるか!

全然仕事が終わらない...
身体を動かす時間が無い.
そして,ストレスがたまる.
すると,

「甘いものでも食べずに,やっていけるか!」

ということになり,
チョコレートやビスケットなどを
仕事の間にほおばることになる.

砂糖というのは怖いもので,
食べたあとに満足感をすぐに得ることができる.
しかし,それが中毒になり,
なにかストレスがたまるたびに,
すぐに甘いものが欲しくなる.
禁断症状が生じる.

白砂糖を摂ることをやめた人が
よく言うことは,白砂糖を摂ることによって,
身体の調子がよくなり,
逆にストレスを感じなくて済むようになる,
というものである.
身体の新陳代謝も高くなり,
すぐにキレなくなるという.

あぁ,私はやっぱり砂糖中毒なのだろう.
身体の調子も悪いし,
(特に太ってきたし(笑))
短気であることきわまりない.
そしてまたストレスがたまるのである.

この負のスパイラルをなんとか
断ち切らねば...

まずは運動をして,耐ストレス性を
高めていこう.
明日は稽古に行こう...

2010年12月1日水曜日

新しい手帳に予定を書き込むことは,未来をけずること

新しい手帳を使い始めた.
この5年程度,「ほぼ日手帳」を使っていたのだけれど,
今年は「ほぼ日手帳2011 Weeks」に変更.
最近は,ほぼ日手帳のように1日1ページの
分量を書き込むということが無くなって,
スケジュールの確認だけになってしまったので,
「Weeks」で十分なのである.

この「Weeks」は今年発売になったものなので,
使い勝手がどのようになるのか,
未知数なところがあるけれど,
とりあえず,クリーム色の紙がいい感じ.
ほぼ日手帳シリーズは紙が薄いし,
書きやすいし,それがこのWeeksでも踏襲されている.
ここがまず気に入っている.
またレビューも書く機会がいつかあるかも.

しかし,新しい手帳は気持ちがいい.
自分の未来が白紙であるかの
錯覚を起こさせてくれるからだろう.

養老孟司氏が,予定が書き込まれた未来は,
もはや未来ではない,と言っていたそうだけれど,
全くその通り.
すでに,12月,1月,2月...と次々と
月間スケジュール表にイベントが書き込まれて,
その多さにうんざりとする.
私に空白の未来は,すでに無いのだ.

予定を書き込んでいくたびに,
自分の未来を削り込んでいく.
悲しくなってくる.

ハッピーなイベントは見当たらない.
あぁ,来年も暗い一年になりそうだなぁ.