2011年6月30日木曜日

夏休みの小中学生向けの電気教室のオススメ!

子供たちに科学技術のリテラシーを,という記事を書きましたが,
この夏休み,子供たちが電気に興味を持ってもらえるような
電気工作,ロボットの実演,そして先生のための理科教室が
電気学会 関西支部の主催で開催されます.

参加費は無料,または1000円です.
実際に行う工作では,ずっと参加費より高価なものが作れます.
そんなことからもお得感満載.
夏休みの小中学生のみなさん,そして教員の皆様に
ぜひオススメの教室となっております!!!

■オススメ第1弾!
小・中学生のための電気教室「さわってつくって楽しもう!なぜなにでんき?」



日時 2011年08月10日 9時45分~ 15時30分
会場 大阪市立科学館
午前の部: 9時45分~12時00分(集合  9時30分)
午後の部:13時15分~15時30分(集合 13時00分)



対象 小学生(4~6年生)および中学生
(小学校3年生以下の方はご遠慮ください。)
募集人数 午前・午後の部 各50名(定員になり次第、締切ります。)
参加費 1,000円(当日、受付で申し受けます。)


スケジュール   (午前の部)    /  (午後の部)
 9:45~10:15/13:15~13:45 電気の説明、ビデオ上映
10:15~11:40/13:45~15:10 ロボット実演と太陽電池で
                        動く模型の製作
11:40~12:00/15:10~15:30 模型の試運転、まとめ


#ソーラーカーを作る予定です.
その他,ロボコンで全国大会準優勝の和歌山高専のロボットの実演もあります!
定員残りわずかです.希望する人はお早めに.


詳細とお申し込みはこちらから(電気学会のウェブページにジャンプします)






■オススメ第2弾!
「小・中学生のための見学会と手づくり教室 in Panasonic Center



日時 2011年08月02日 10時00分~ 12時45分
会場 パナソニックセンター 大阪
住所 大阪府大阪市中央区城見2丁目1番61号
(地図はパナソニックセンター大阪のホームページをご覧ください)
地図 Link http://panasonic.co.jp/center/osaka/access/index.html



対象 小学生(4年生~6年生)および中学生
(ただし、保護者と一緒に参加できる人に限ります)


人数 先着24名(保護者を含め48名)
参加費用 無料
スケジュール 10:00       集合(パナソニックセンター大阪 2階入口)
10:10~11:00 ショウルーム見学
11:00~12:00 手づくり乾電池教室
12:00~12:45 手づくりモータ教室


#パナソニック様のご協力で,乾電池とモータを手作りします.
パナソニックセンターも最新の家電が見学できて,オススメです!



>詳細とお申し込みはこちらから(電気学会のウェブページにジャンプします)


■オススメ第3弾!
電気学会関西支部 基礎技術講座
「小学校・中学校教員のための理科教室」



日時 2011年07月23日 13時30分~ 17時00分
会場 中央電気倶楽部  513号会議室
住所 〒530-0004 大阪市北区堂島浜2-1-25
地図 Link http://www.chuodenki-club.or.jp/


内容
1)永久磁石を使った面白実験
2)電磁誘導と何でもスピーカー 
3)超かんたんモーターからクリップモーター
会費 1,000円
定員 30名(定員になり次第、締め切らせていただきます)


#この企画は対象は大人の方です.
理科を教えていらっしゃる教員の方,
おもしろ理科実験のネタを探している方,
ぜひ参加してみませんか?







以上,オススメの教室でした.
(実は私,電気学会関西支部で委員を務めておりまして,
宣伝させていただきました...)

小中学生のうちから科学技術のリテラシーを

今回の原子力や放射能の問題,
そして再生可能エネルギーに関する話題などを
見ていると,科学技術に対するリテラシーが
低い人が多いのではないかと気になっている.

それは,原子力推進,反原発にかかわらず,
感情的に話を進めているのだけれど,
データの見方や論理的な考え方のスキルが
足りない人が多いような気がする.

それはあくまでもリテラシーというか,
考え方のイロハであって,
別に原子力や電力の難しい知識の有無は関係ない.
まずは,事実にそって考えるという基本的な技術が
足りないような気がする.

どうしてこんなことになってしまったのだろうか.

難しい単位(SvとかmSvとか)が出てきたらもう考えるのを止める,
あるいは少し科学的な話題になったら,
もう頭が働かなくなる,そんな人が多いようであったら
(ネット上を見ているとそんな人が少なからずいる)
それでは今のような状況においては,
どのように行動・判断したらよいのか,
わからないだろう.

どこかでそうした人たちはスポイルされてきたのである.

理科の知識などは中学校までで十分だと思う.
しかし,そこにまでも至っていない.
小中学校において,「理科嫌い」が形成され,
一生,理科とは縁なく過ごしたいと思う人が
作られてしまっているのではないだろうか.

最近の子供たちの「理科離れ」の原因は
そうした「理科嫌い」を増やしてしまう学校に
あるのではないかと思ってしまうのである.

まず,小学校の教員になる人に,どれだけ
理科が好きな人がいるのだろうか.
基本的に文系出身で,理科は苦手だった人が
多いのではないだろうか.
そうした人たちが理科を生徒に熱心に教えてくれて
いるのだろうか.
生徒というのは,先生のやる気を本当に良く
察するものだということは,この私も実感している.
理科が嫌いな先生が教える理科を,
生徒たちは一体好きになってくれるのだろうか.

次に,そうした教員の人たちの思想に
バイアスがかかっているのではないかと,
危惧している.
すなわち,科学技術への不信を必要以上に
強調して教えているのではないかと思うのである.
私の周りの子供たちに聞いても,科学は人を幸福にするとは
思っていないらしい.

確かに,科学技術には公害や今回の事故のように
負の面が存在し,時にゆきすぎた科学技術は人に
災いをもたらす.

しかし,それ以上に私たちは莫大な恩恵を科学技術から
受けていることを忘れている.
この20~30年間においても,どれだけ科学技術が
進展したおかげで,私たちが安全,安心に暮らすことが
できるようになったか,考えてみればすぐにわかる.
どれだけ多くの病気が治るようになったか.
どれだけ多くの情報に触れることができるようになったか.
そうした自分たちに都合の良い便利さは忘れて,
負の面ばかり強調する.

もちろん,負の面は限りなくなくすよう,
努力しつづけなければならない.
だが,科学技術を悪者にして,その解決手段を
敬遠するのであっては,これまでの人類の発展は
どういうことになるのか.

私が若い頃は,やはり科学技術への不信が
社会にずいぶん広がっていて,
科学技術を悪者にすることが,「知識人」の条件である
ような風潮があった.
社会の実情を知らずに教員になった人たちには,
そうした理想主義者が少なからずいるのではないだろうか.

最後に,教員の仕事が忙しくて手間のかかる理科教育に
まわす時間が少なくなっていることもあるのかもしれない.
子供たちがもっとも興味を示すのはやはり実験,実演だろう.
だが,それには準備が少なからず必要で,
現在のような学校の雑務の多さを考えると,
その準備に時間を割くことが難しいのだろうと想像する.
なんたって,大学の教員でさえ,雑務につぶされているのだから.

しかし,なんとか小中学校の先生には
ぜひとも頑張っていただいて,
理科好きな生徒を増やしていただきたいと思う.
また,そんなに理科好きでなくとも,
データの見方,科学的原理にそった考え方,
そうしたリテラシーをぜひ生徒たちに
身につけさせていただきたいと思う.

私は,まだ夢を見続けていて,
日本は今後も科学技術が核となって,
世界で活躍する国であって欲しいと思っている.
そうした国民の科学技術のリテラシーは
高いものでなければならないと思う.
なんとか,なんとか小中学校で頑張って欲しい.
残念ながら大学生では遅すぎるのである.

2011年6月29日水曜日

どんぶりくらい箸で食え

学食でのこと.
レジに並ぶと,先に男子学生が焼肉丼かなにかの
どんぶりメニューを持って並んでいた.

ふとみると,どんぶりの上にスプーンが.
箸ではない,スプーンが置いてあった.

トレイを見ても箸は見当たらない.
そう,この男子学生はどんぶり飯をスプーンで
食べるのである.

少しショック.
女子学生が,どんぶり飯をかき込むのが
恥ずかしいということで,スプーンを使うというのであれば,
まだ許す(私の偏見入ってます?).

しかし,大の男が,どんぶりをスプーンで食べるとは...
もうなんというか,悲しい.
彼は,箸で食べることに抵抗があるのだろう.
汚く見えるからだろうか?
それとも箸の使い方がうまくないから?
いずれの理由にしても,イヤだな.

もしも私の娘が彼氏を連れてきて,
そんなやつだったら,絶対に交際は認めないな.
あぁ,いやだ,いやだ.
やっぱり男ならどんぶり飯くらい豪快に食べて欲しい.
あるいは,美味しそうに,品よく(別におしとやかに,
というわけではないが)食べて欲しい.
これは,私の個人的な趣味なのだろうけれど.

2011年6月27日月曜日

遠のく関西復活の夢

連日,国内企業の海外移転の話題が
ニュースで取り上げられている.

電力不足を口実に,いままでなんとか
日本に留め置けていた企業が
一斉に海外シフトへ向かっている.

この状況は今回の電力不足だけが原因では
無いかもしれないが,きっかけになったことは
間違いないと思う.

海外シフトしていくのは,現在の経済の構造上
仕方がないのだ,というのは簡単だけど,
そこで雇用されている人たちの問題,
ひいては景気の後退について思うと,
悲しくなってしまう.
私は全然経済の専門家ではないけれど,
今回の企業移転が大きな影響を与えることくらいは
容易に想像がつく.

実は,今回の関東の電力不足の問題で,
密かに思っていたことがある.
関東,東北の電気料金が増加するだろうから
企業の海外へのシフトが始まるだろうとは思っていたけれど,
それでも国内工場への魅力をまだ持っている企業も
あるに違いない.
そうなれば,電力がそれなりの電力料金で潤沢に使用できる
関西エリアへの移転も進むだろうと思っていたのである.

やはり関西の景気はこれまであまり良くないようである.
それが今回のことをきっかけに,関西工業地帯が
復興するのではないかと思っていたのである.

しかし,関西電力も同様に15%の節電を
呼びかける状況に至っては,
この関西復活の夢は残念ながら大きく遠のいてしまったようだ.
関西にわざわざ移転してこようという企業はないだろう.

みんながこの道を選んだのであれば仕方がない.
しかし,学生や私の子供の将来を思うと,
ずいぶんと心が暗くなる.
若い世代は今後どのような世界を夢見るのだろうか.

2011年6月24日金曜日

脱原発・日独伊三国同盟

エネルギーは,経済的観点から決定されるのがよく,
政府等の介入はあまりよろしくないのではというのが,
私の考えなのだけれど,実際はそのようにならないらしい.

脱原発の方向性はいいけれど,
現在稼働している原発は使えるだけ使って,
それから止めればよく,
脱原発は20~30年のスパンで行えば進めていけば良いと
思うのだけれど,そうはならないかもしれないと思えてきた.
一時の感情によって決断を誤る拙速は避けたいものである.
(孫子には,「拙速はあっても,巧久はない」とあるけれど,
それは戦争についての話であって,
ここでは拙速はさけるべきだと思う)

もう少し,感情的な議論から離れて,
現実的な方向に,世論が向かわないかと思う.
世の中の人たちは,この夏の電気代の上昇に
納得したのだろうか?そしてこの夏の暑さにも?
一般人も企業も?

ちょっと今は感情的になりすぎているような気がする.
これは国民性なのかも.

まず,脱原発を打ち出したのはドイツであった.
次は,イタリア.
そして,日本というわけで,三国同盟を思い出す.
このように世論が感情的に大きく揺れ動く国民性というのは,
戦前から変わらないのかもしれない.

しかし,他国から安定な電力を購入できる
欧州とは日本は違う.
日本は,ひとつ間違えば停電が待っている.
経済の後退が目に見えている.
もっと現実的な方向に進んで欲しいと思う.

#まずは夏にエアコンを十分に動かしたい.
高層ビルなどは,個人の我慢でなんとかできる
暑さではなくなるのではないだろうか.

2011年6月23日木曜日

最近の電力関係の話題から

最近,私の考えをブログ記事にまとめるだけの
余裕が無いので,下記のとおり少しずつ書いておきます.
個別の話は,またあらためて書きたいと思います.

【復興住宅への太陽光発電】
復興住宅に優先的に設置するというニュースがあった.
太陽光発電が,集中的に大量に設置されると,
まずは配電線の電圧上昇を招くという問題が引き起こされる.
(もちろん,その後はもっと他の問題も大きくなるが)
解決策が示されていないと思うのだが(学会でも
研究発表がされている段階),一体どうするつもりなのだろう.
電力会社はそれを受け入れたのだろうか.
太陽光発電に投入するお金があったら,
もっと別の復興目的に使ったら良いと思うのだけれど...

【再生可能エネルギー全量買取り】
新エネ法が本当に可決されたら,メガソーラでもうけようと人と,
電機メーカ,施工業者などは,喜ぶだろう.
太陽光発電設備を導入できない人たちは
黙って電気料金の値上げを受け入れるしかない.
しかし,固定価格買取り制度が
本当に新エネ導入の解決策なのか,疑問に思う.

【太陽光発電による配電系統の電圧上昇と全量買取り制度】
太陽光発電が集中的に配電系統に導入されると,
その系統の電圧が上昇して問題をきたす.
したがって,戸別に導入された太陽光発電システムは
電圧がそれ以上上昇しないように,発電量を
抑制することになる.
そうすると,変電所からの距離や負荷の状況によって
他の家に比べて,太陽光発電の発電量を
抑制してばかりいる家が出てくる.
発電した電力を電力会社が買い取ることによって,
発電システムへの投資を回収するのだから,
この発電を抑制しがちな家にとっては,
この状況は大きな不利益である.
これをどう解決するのか?

【原発停止】
新エネはまだ代替にならないから,火力で頑張るしかない.
CO2削減目標の達成は難しくなるだろう.
燃料代が高くなるし,電気料金が高くなるのは避けられない.
そして何より電力の安定供給が確保されなければ,
企業は海外に逃げていくだろう(昨日も日本電産が海外に
シフトしていくというニュースがあった).
これからまた経済がシュリンクしていく.
これがみんなが望んだ結果なのかと思う.

【節電】
ピークは節電しないといけないと思うけれど,
総量はそんなに厳しくしなくてもいいのではないかと思う.
大学も節電に乗り出したけれど...

【送配電分離】
送配電分離によって,電気料金が安くなるというロジックがよくわからない.
ただでさえ,電力会社の送電部門は,電力の安定供給のために,
設備拡大の指向がある.
設備投資が加速していくときに,これを誰が止めるのだろうか?
そして,その投資はどこで回収されるのだろうか(もちろん,電気料金だけど)
発電所の計画とだれが,どのように整合性をとっていくのだろうか.

そして誰が発電部門に参入するのだろう?
工場などのIPPは参入するとしても,その発電量はたかがしれている.
例え彼らが安価な電力を供給できるとしても,それは一部に限られるだろう.
その他は,メガソーラだろうか?
そもそも日本の電力市場は,今の節電の状況でなくとも,
人口減少,そして景気の後退(これは今後加速しそうだけれど)によって,
どんどん縮小していくことが予想されている.
この市場に参入しようとする企業は誰なのだろう.
疑問に思う.

【電力の選択購入について】
もう原発はイヤ.
少しくらい高くても新エネルギーで発電された電力を使いたい,
という要望も理解できる.
それができたら理想的だ.

技術的には,同じ送配電線を使用する限り,
電力を区別することはたいへんに難しいが
(含まれている成分の割合はわかるだろうけれど),
別個の送配電線(自営線)を独立に
新エネルギーに割り当てれば可能となるだろう.
まぁ,送配電線設備は巨額のコストがかかるだろうし,
(したがって,発電,送配電ともにコストが高くなるので,
電気代はずいぶん高くなるだろう)
電力品質はずいぶんと悪くなるだろうけれど,
それを希望して購入するのだから問題ないと思う.

そうした電力にこだわる人は,
雇用先も新エネルギーで発電された電力を使って
いなければ,気が済まないはず.
だから,その雇用先の企業も,値段の高い電力を使用するので,
経営は苦しいだろうけれど,そうした企業の製品を選択して購入する
人たちによって支えられるだろう.

その他,インターネットも交通・運輸も切り離して
考えることになるだろう.
これらは相当量の電力を消費しているけれど,
彼らの電力も原発由来は許せないだろうから.

電力の発電由来を選択できる世界.
まさに理想郷である.


ということで,結構ブルーになっているのでした.

2011年6月22日水曜日

「走る」のに,カッコから入って何が悪い

今日は夏至であった.
そんな日の長い夕方,また40分ほど
ジョギングをすることができた.
すこぶる気分が良い.

関東は,今日の気温はたいへんなことに
なっていたようだけれど,
関西はどんよりとした曇り空.
気温は,それなりに上昇して,
走り出した夕方になっても,もぁっとした
蒸し暑さが路上に残っていた.
それでも,こうして季節を感じて
走ることがうれしい.

私が走るのは,マラソンなどの
長距離走を指向した「ラン」ではまったくない.
あくまでも健康(それもそこそこの健康)を
目指した「ジョギング」である.
したがって,「速く」とか,「遠く,長く」とか,
そうした高尚な目標は最初から掲げていない.

ではなにが指標かというと,
「かっこよく走る」ということに尽きる.
見苦しくなく,颯爽と走っていればいいのである.
顔にも余裕の表情を浮かべながら走る.
これが大切.
そもそも私のようなむさ苦しい顔の男が,
汗をだらだらとかきながら走っているだけで,
ずいぶん見苦しいのである.
そこに,さらにスピードを上げてゼイゼイと
苦しそうな表情をしながら走ったり,
ピッチ走法やストライド走法をおこなって,
いかにも速く走ることが目的です,という感じで
余裕無く走るのがいやなのである.
こんな記事は書いていましたが

あくまでも笑みを浮かべながら(実際走っているときは
笑ってませんが),余裕の表情で
軽やかな足取りで走るということが大切なのである.
自然と,気持ちも楽になって,
楽しく走ることができるのである.
だから,季節を楽しむ余裕がある.

私はつねづね,カッコから入ることの大切さを
声を大にして言ってきた.
そういうと,みんなは笑うけれど,
礼法も,武道も,型を通じて大事なことを
習得するのである.
そして,そのモチベーションも高めているのである.

「走る」ことだって同じである.
カッコから入ったっていいじゃないか.
だから私もシューズを新調することから始めたのである.

しかし,いかにも「走ります」という格好はダメ.
サングラスや特殊なシャツやランニングパンツは
生理的に受け付けることができない.
そこらへんは,好みの問題なのだろうけれど,
自分がそうしたウェアを身につけて
スカして走っている姿を想像するだけで,
身の毛がよだつ(笑).

2011年6月21日火曜日

文章には「速度感」が必要だ

ブログの記事は基本的に一日一テーマとしているけれど,
自分の考えを説明するのに,あるいは技術的事柄を
説明するのに,長きにわたる文章が必要な場合もある.
そしてそれらは,なかなかブログの記事にしにくいということになる.

数日にわたり,同じテーマについて
連続して分けて記事を書いていってもよいかとも思うが,
どうも記事に勢いがなくなるような気がして,気が進まない.

やはり文章には,内容の流れの「速度感」が必要なのだと思う.
その展開を適切にドライブすることによって,
読む人が「速度」を感じるような書き物にすることができるのだ.
一種のグルーブ感というべきか,
私はその感覚が好きである.
内容がないから,グルーブ感で読ませるということなのだけれど.

もちろん,一日一テーマで,たいへん長い記事を
書くことも可能ではある.
でも,(1)読む人の負担が増える(ただでさえ,駄文なのに
申し訳ない!),そして何より(2)書くのに要する時間が
長くなる,などの問題が生じてしまう.

やっぱり,記事を分割して書いていくのが,
多少文章の流れが悪くなったとしても,
良いのだろう.

現在書きたくても,上記の問題でなかなか
書き出すことのできない話としては,

「太陽光発電の問題」
「再生可能エネルギー特別措置法案」
「仏教と科学」

などがある.
まぁ,今後,気が向いたら日を分けて書いてみようと思います.

2011年6月20日月曜日

梅棹忠夫という巨人:「知的生産の技術」

梅棹忠夫といえば,知の巨人であり,
大学近くの万博公園にある国立民族学博物館(民博)の
初代館長でもあることは知っていたけれど,
彼の代表作である「知的生産の技術」(岩波新書)は
これまで目を通したことはなかった.
(彼の著作の中でも最も売れているものではないだろうか?)

これは,GTD (Getting Things Done)の信奉者である私としては,
たいへん恥ずかしいことであった.
この3月からウメサオタダオ展が,
民博で開催されていたことを知り,
この機会に読まねば,と思い,本書を手に取ったのである.

これは,よく言われていることなのだけれど,
本書は1969年の著作であるにもかかわらず,
内容の大事なところはまったく色あせていない.
それどころか40年以上も前に,
現在の状況を見通していたかのように感じられる
著者の先見の明には,ほんとうに驚かされる.
彼は,間違いなく未来を見据えていた知の巨人なのである.

彼は,生態学者,民俗学者として分類され,
確かにフィールドワークで世界を飛び回っていたけれど,
GTDの観点からみれば,日本で仕事術に言及した
初期の賢人のひとりであると言える.

梅棹氏の知り合いでもあった川喜多二郎のKJ法は
発想法として有名であるが,梅棹氏も「こざね法」とよぶ
カードによる知識の整理法を用いていたらしい.

もちろん,カードと言えば,発想法などに関心を持つ人であれば,
一度は聞いたことがある「京大式カード」の発明者でもあり,
それだけでも彼は歴史に名を残す人なのではないかと思っている.

彼は,これからは国語は国文学科ではなく情報科にシフトすると
予言しているが,情報を縦横に駆使することによって
あらたな価値をもつ情報を創造していくという現代の仕事は
まさに情報学というにふさわしいと思われる.

しかし,1969年という時代も確かに感じさせる.
ひらがなを中心とした日本語タイプライターの話や,
カードを持ち歩いて常にメモをする話,
そしてメモのインデックスを作って情報を系統立てて整理する話.
こうした話は現在では,すでにコンピュータによって実現されている.
ワープロは,我々の周囲に難しい漢字の出現頻度を増やしたし,
スマートフォンは,いつでもどこでもメモをとり,
そして情報にアクセスできるという理想的な状況を生み出した.
Evernoteなどのメモソフトを使えば,クラウドでいつでもどこでも
メモの書き込み,アクセスが可能だし,
写真も同時にメモることができる.
その上,タグをつけることによって複数の検索軸によって
メモにアクセスすることが可能となっているのである.

スマートフォンにクラウド.
この最強のツールが使用可能な私たちの時代を
彼が見たら,どんなにうらやましがるだろうと思った.
(残念ながら私はスマートフォンではなく,未だに旧式のガラケーだけど)
私たちは幸せに感じなくてはならないだろう.

しかし,手段は便利に変わっても底辺に流れている考え方は
実に変わらないままである.
むしろそうした考え方が整理されていなければ,
いくらスマートフォンにクラウドという最強の武器を手に入れても
それを使いこなすことはできないだろう.
そんなことを考えた.

GTDの著者は,GTDという仕事術によって
「武道家の心」を手に入れることが目的だとしていた.
それは,静まった水面のように穏やかで
クリアな心の状態を保つために,GTDを行うのだと.

梅棹氏も奇しくも同様のことを言っている.
彼は,心を「層流」にするという.
「層流」とは,流体力学などで言及される液体の流れの状態で,
止まって見えるほど乱れることなく
静かに水が流れている様子などをいう.

また「忘れるためにメモをとる」という観点も同じである.
結局,「知的生産の技術」を極めていくと,
同じところにたどり着くと言うことなのだろう.
また新たな気持ちでGTDを行っていきたいと思った.

残念ながら,民博の「ウメサオタダオ展」はすでに終了しているが,
次号の「考える人」(新潮社)は梅棹忠夫特集であるらしい.
いつも楽しみにしている「考える人」がどのような切り口で
「ウメサオタダオ」にアプローチするのか楽しみである.

2011年6月16日木曜日

この夏,祇園囃子が仙台に流れるという話

先に参加したパワーエレクトロニクス学会の帰りに,
四条烏丸で途中下車した.
自宅へのおみやげを買うためだったのだけれど,
街を歩いていると,心地よいお囃子が聞こえてきた.
音楽の聞こえる方に近づいていくと,
ある家屋の2階の窓が開け放たれていて,
そこで浴衣(?)を着ている方々がお囃子の練習を
している光景が見えた.
たぶん建物の看板には「月鉾保存会」と書いてあったと思う.
祇園祭にむけて,練習をされているのだ.
私はしばらく,その音に耳を傾け,ぼうっとしていた.

お囃子の稽古が行われている建物は
木造2階建てではあったけれど,
その周囲の街は,京都といっても烏丸だから,
鉄骨のビルが建ち並んでいる.
しかし,そうした街の中で聞いても
そのお囃子には,まったく違和感がなかった.
京都という街の力なのか.

でも私は,どこでそのお囃子を耳にしても,
親近感を持ったのではないかと思う.
私たちが生きているこの日本に,
暗黙のうちに存在する文化の流れ.
その流れに私たちは知らず知らずのうちに影響され,
日本人としての文化的背景を持つことになる.
そうした人であれば誰でも,
お囃子の音色が身体に優しく感じられるのではないだろうか.

自分がそうした文化背景をもつとは,
日頃思いもしないけれど,
今回たまたま耳にすることになった祇園祭のお囃子は,
思いもよらず,自分が日本人であることを再認識させてくれた.
そんなに素敵な旋律があるというわけではない音楽なのだけれど,
なぜかほっとするのだなぁ.
西洋音楽とは異なる優しさがそこにある.

今年の夏,祇園囃子が特別に
仙台の七夕祭りで披露されるとのニュースがあった.
もともと祇園祭の始まりは,平安時代に東北で起きた地震も
契機になっているという話もあるらしい.

私が短時間でもお囃子で素敵な時間を過ごせたのと同じように,
東北の方々も少しでも楽しい時間が過ごせますように.

2011年6月15日水曜日

核融合で宇宙へ進出する/計画停電の意味

最近,ブログやTwitterにいただいたコメントで
ご質問があったので,私のわかる範囲で
お答えしたいと思います.

1) Twitterから
質問なのですが、自分は将来人類が宇宙に進出し、
遠い宇宙を旅するようになった時、
宇宙船のエンジンに原発が必要になると考えるのですが、
どう思われますか

この方はご参考に,「マクロス7」を
紹介していただきました.
私の趣味をご存じなのでしょう(笑).
しかし,私は「マクロス」は
見たことがないのです.
すみません.

さて,ご質問ですが,
これまでも,宇宙船に動力装置として
原子力発電装置が積載された例があります.
アポロ13号の燃料プルトニウムはどこかの海に
落下して,今も眠っているはずです.

しかし,すぐにわかるように,
飛行機や宇宙船のように墜落の危険性があるものに,
原子炉を積むのはリスクが高すぎます.
たぶん核分裂炉を宇宙船にするのは,
なるべく避けようとすると思われます.

では,遠い宇宙まで人類が進出しようとする場合の
宇宙船のエネルギー源は何になるのでしょうか.
このあたりになると,すでにSFの世界になり,
私もそっち方面は全然詳しくないのですが,昔から
核融合がその一候補としてあげられています.

一般的に,核融合は核分裂よりもクリーンだと
いわれていますが,もっとも有望なDT反応
(重水素と三重水素の核融合反応)では,
高エネルギーの中性子(14MeV)が発生し,
その遮蔽がおおきな課題となっています.
空間が小さいであろう宇宙船で,
遮蔽をよくとることは大変困難であると予想されます.

そこで,話題に取り上げられるのが
D-He3核融合(重水素とヘリウム3の反応)です.
この反応では,中性子は発生しません.
発生するのはHe4と陽子(14.7MeV)です.
陽子は中性子と違って電荷を持っているので,
磁場で閉じ込めることも容易で,
夢の核融合といわれています.

しかし,DはHe3とだけ反応するわけでなく,
DD同士も当然核融合反応を起こし,
中性子を発生することになります.
(DD反応は2種類ありますが)
その遮蔽は同様に難しいわけですが,
発生する中性子量は少ないと期待できます.

問題は,He3が地球上に無いことです.
しかし,月面には多く存在し,
外宇宙への飛行には,まず月へ立ち寄って
燃料を補給していく,なんて話があります.

またエンジン自体も核融合で推力を得ようとする
核融合エンジンなるものも研究されているようです.

ということで,外宇宙に人類が進出する場合には,
やはり原子力なのだろうと私も思いますが,
それは核分裂ではなく核融合ではないかと思っております.

2) ブログにいただいたコメントです.
ある地域で需要が増え,どうしても対応できないようになったら,
その地域であらかじめ定めておいた数%の地域を系統から切り離し,
変電所の維持を図る(それでも足りなくなれば、更に次の数%を)と
いうような対応は考えられないのでしょうか.
突然の停電であっても,どうせ停電してしまうわけで,
全体が停電してしまうよりましだと思います. 
計画停電がそれに対応すると言われればそれまでですが・・・

おっしゃるように,それが計画停電になるのだと思います.
需要家に節電に協力してもらう契約も電力会社には
あるのですが,1シーズンに数回お願いするだけだということです.

停電が始まったら全体が停電する前に,
系統を部分的に切り離すような操作は
たぶん緊急に行われるのだと思いますが,
(そして,それは内緒で,切り離される系統の順番が
決められているのだと想像しますが)
それは本当に最後の手段だと思われます.

停電が発生し始めると,
非常に短時間で大停電に発展する可能性もあり,
停電が開始してから,電力需要にあわせて
系統を選択して切り離していくことは
短時間では困難であろうと推測します.
だから,あらかじめある程度の安全率をもって,
計画的に広い地域の停電を行っているのだと思います.
(すみません,詳細は機会があったら関係者に聞いておきます)

それでも日本は樹枝状の送配電系統を持っているので,
部分的な停電が行い易いはずです.
もしも,欧州や米国のようにメッシュ構造の系統ですと,
どこの遮断器を切ったら停電が起こるのか,
そしてその後,どのような電力の流れ(電力潮流)に
なるのか予測が難しいと思われます.
だから欧米では大規模停電の発生の可能性が高いと
いわれているのです.
電力が不足する場合,
計画停電は仕方ないのかと思います...

ということで,また機会があったら
いただいた質問にお答えできたらと思います.

2011年6月14日火曜日

子供は体内で化学反応が起こり続けている

風邪を引いたらしく,身体がだるい.
今週に入って,ダイエットのための
ランニングも休んでいる.
走ると気持ちよさそうなのに...と
恨めしそうに外を見る.
早く風邪が治らないかな...

実は家の子供たちも,
次々とドミノ倒しのように熱を出している.
う~ん,参った.
うちの奥さんへの負担が増えるばかり.
子供たちの風邪も早く治らないかな,と思う.

しかし,子供たちの発熱への強さは
目を見張るものがある.
たとえ39度の熱が出ても,
そうそうぐったりとはしない.
食欲もある.

私だったら絶対こうはいかない.
そもそも平熱が36度程度だから,
38度を越えると,もうフラフラな状況になる.
本当に熱に弱いのだ.

子供たちは,常に発熱している,
ということなのだろう.
たぶん急速に成長していくということは,
まるで化学反応が体内で継続しているということに
近いのであるに違いない.
だから身体の中でいつも発熱しているのだ.

残念ながら私のようなオジサンは
すでに反応も終わり.
燃え尽きそうな線香花火のように
弱々しく光っているのと同じなのだろう.
体内も冷え切ってしまったのだ.
(心の中もそうだが)

子供たちは,弱いところがある反面,
こうしたところは意外に強い.
これからも強く強く育って欲しい.
勉強は二の次でいいから(笑)

2011年6月13日月曜日

パイレーツ・オブ・カリビアンに「怒りの日」が流れる

先日,1~2年ぶりに映画館に行った.
この数年は,映画を観るのはほとんど
海外出張中の飛行機内か,
テレビで放映されるものばかりだったので,
少しワクワクする.

子供たちを連れて観たのは,

「パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉」.

子供たちのために吹き替え版を観たのだけれど,
観に行った映画館では,吹き替え版は3D版しか
用意されておらず,結局眼鏡も購入して,
ひとり400円増しの料金で観ることになった.

とはいっても,映画自体は3Dである必要は
ほとんど無く(こちらに向かって剣を突き出す
シーンは何回かあったけれど),
これだったら,2Dで安く観ることができたらと
少々残念だった.

映画の内容自体は...
まぁ,パイレーツ・オブ・カリビアンのファンであれば
許容される面白さだったのではないかと思う.

私としては,バルボッサの格好良さにも惹かれたけれど,
なんといっても,ペネロペ・クルスの美しさが
魅力の映画だと思う.
このヒロインの力で映画を最後まで観ることができた.
(確か彼女は,撮影中に妊娠が発覚したのではなかったかと
思うのだけれど,アクションもよかった)

その他は,最初に出てきた人魚.
確かスーパーモデルだったはず.
人間離れしている美しさ,だった.

あと,私が気がついたのは,
物語のクライマックス.
主人公たちの運命が決定されるそのときに
BGMで流れていたのは,あの「怒りの日」の旋律だった.

「怒りの日」というのは聖書に出てくる最後の審判を
表した旋律で,もともとはグレゴリオ聖歌らしい.
ベルリオーズの「幻想交響曲」やオネゲルの交響曲でも
用いられるほど有名なので,耳にすれば,
あぁ,あの曲か,と思われる人も多いだろう.

そして,この映画においても,
運命が決定されるとき,後ろでこの音楽が
流れていたのである.
やっぱりキリスト教の文化なのである.
(ちなみに音楽監督は,Hans Zimmerらしい)

ということで,思わぬところにニヤリとして
映画を観ていたわけであるけれど,
少し疲れたというのも正直な感想.

どうも私は映画館で映画を長時間観るには,
少し歳をとりすぎたらしい...

採点は,
★ x 3.5 (5個が満点)

2011年6月9日木曜日

逢魔が時に走る

本日も時間が無いために,他愛のない話を.

ダイエットのために,ジョギングを始めたのだけれど,
走るのは主に夕方.
夕方に雨が降りそうなときや用事があるときは,
仕方なく昼休みに走るけれど,昼休みだと知り合いに
走っているところを見られて恥ずかしい.
それはなるべく避けたいのである.
自分でいうのもなんだけれど,
走っている姿はほんとうにかっこわるいのです.

そこで夕方に走ることが多いのだけれど,
これは涼風に身体をさらして走るので,
本当に気持ちが良い.
こうした気持ちよさがなければ,
ジョギングも長くは続けれらないだろうと思う.
これから夏,ただでさえ暑くなるのだから,
やはり昼間に走るのだけは,なんとか避けたいものである.

さて,夕方といっても,最近はずいぶん日が長いので,
19:00頃に走っても,まだまだ薄暗い程度の街である.
だから歩道のでこぼこなどはまだ判別できるから
安心して走ることができるのだけれど,
残念ながらその他は世界が霞んでよく見えなくなる.

「誰そ彼」どき,とは良くいったものである.
すれ違う人の顔もぼんやりとして,
よくわからなくなる.
こうして誰なのかよくわからない時間帯なので,
「たそがれ」どきは,「誰そ彼」どきであり,
それが人であるとも限らず,魔がすれ違うこともある.
だからその時間は「逢魔が時」とも呼ばれるのである.

今夕も走っていて,本当にすれ違う人が
よくわからないと実感した.
実は,男性か女性かも判別できなかった.
私の場合は,目の老化のせいも多々あるだろうが,
電灯もなかった時代では,
この時間帯は,やはり魔モノとすれちがう
特別な刻だったに違いない.

しかし,正直にいって,すれ違う複数の人たちの
男女の区別がつかなかったのは,本当にショックだった.
すっかり,オジサンなのだと実感する.
視力はもう二度と回復しないのだろうか...


#さらに雑談ですが,
昔,物の怪は,二度同じ言葉を繰り返すことができないと
信じられていたらしい.
だから,逢魔が時,人に声をかけるには,
「もしもし」と二度繰り返したそうな.
そして,電話の「もしもし」の語源である「申す,申す」も,
相手に見えないけれど私は怪しいモノではありません,
という意味だったとか,
そんな都市伝説が語り継がれている...

2011年6月8日水曜日

ランニングとレコーディングでダイエット

ブログに書きたいもっと真面目なネタは
たくさんあるのだけれど,いかんせん時間が無い.
ということで,今日はダイエットの経過についての話.

ダイエットを始めて3週間くらいだろうか.
ピークで74kg弱だった私の体重は
現在68kg台になっている.

毎日の食事を,基礎代謝程度の
1500~1600kcalに抑え,
週に2~3回,30~40分程度のジョギングをしているだけである.
(カロリーを抑えるのは,岡田氏の「レコーディングダイエット」)

全然ダイエットがつらいという気持ちにならない.
むしろ走ることによって気分も良いし,
身体もしまってきて,体調は良いようだ.
あっさりと体重が落ちて,自分でも驚いているくらいである.

しかし,体重減少のペースが少し速すぎる.
そこで,今では,もう少し食事の量を
増やすように気をつけている.
食べるものを増やすのも,
それはそれで大変なのだけれど.

あと1~2ヶ月で,66~68kgの体重に落ちつけばよいと
考えている.
歳をとってやせているのは,私はあまり好まない.
おじさんはやはり小太りでないと(笑).

しかし,ジョギングがこんなに気持ちが良く感じられるとは...
最近のTarzanの特集,Numberの特集,
そして村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」
これらの読み物が私のモチベーションになっていることは
間違いないのだけれど(単純ですみません)
今がランニングブームであることの理由が少しわかったような気がする.

2011年6月7日火曜日

パワーエレクトロニクスに追い風が吹いている: パワーエレクトロニクス学会定例研究会@同志社大学

先週の土曜日は,パワーエレクトロニクス学会の定例研究会.
同志社大学今出川キャンパス近くの継志館で開催された.

たいへんに驚いたのが,参加人数.
例年,6月の研究会の参加者は60~70人程度.
昨年は50名ちょっとだった.
それが今回は参加者が110名を越えたのだという.

「パワーエレクトロニクスに追い風が吹いている」ようだ.

3.11の震災以来,パワーエレクトロニクスに
期待される役割は,ますます大きなものになっている.
太陽光,風力などの分散電源もそうだが,
無停電電源(UPS),ガスエンジン,ガスタービン発電機,
果ては電気自動車のバッテリまで,
すべてに高効率,高機能な電力変換器が要求される.
すなわちそれらは,半導体素子を用いた
パワーエレクトロニクス機器なのである.

省エネ家電だって,パワーエレクトロニクス技術なくしては,
ほとんど実現できないだろう.
これまで,縁の下の力持ちであった,
パワーエレクトロニクスがとうとう注目されるときが
やってきた.
震災において,パワーエレクトロニクスが頑張らずして
どうするのかと思う.
我々がやれるべきことを一生懸命やろう,
そんな機運がこの業界に起こっているように思う.
その結果が,110名を越える研究会の参加者に
現われているのだ.

最近は,高校生の電気工学への人気が
ずいぶんと低く,問題になっていた.
日本で電気工学が低調になったら,
いったいどうするというのだろう?
ぜひとも,やるきのある学生に電気工学への
道を進んでいただきたいと思う.

いま,電気工学の道へ進むのは,
世界を変えるチャンスが与えられることなのだ.
(昨年のパワーエレクトロニクスの国際会議
ECCE2010における招待された講演者の言葉にもあった.
もちろん「世界」というわけではなく,今の「日本」も
変えるチャンスがある)

高校生のみなさんに,こうした話を届けたいなぁ.

#少しECCEの講演者の言葉の引用を修正しました(6/8)

2011年6月3日金曜日

1000万戸の太陽光発電導入計画に,ブルーになる

1000万戸の太陽光発電を導入するとの
菅首相の声明や最近の再生可能エネルギーを
原子力の代替にしようという話題の盛り上がりを見ていて,
かなりブルーになっている.

太陽光発電の1000万戸の導入を考えてみる.
これはぜひとも補助金なし,固定買取り制度無しで
実現していただきたいと心から思う.
そうでなければ,日本の電気料金がはねあがるか,
税金として徴収されるか,どちらかになるからである.

電気料金が上がれば,経済界は大打撃を受けることは
明白なのに,どうしてそれを声を大にして
マスコミはいわないのだろうか?

日本からメーカは逃げていくことになり,
(ただでさえ,法人税は高く,電気代ももともと高いのに)
雇用状況は悪化し,経済はますます不況になるだろう.
電気料金があがったところで,政府は
悪者になるのは電力会社だから,関係ないと思っているのだろう.
(現在もそういうところが多々あるし)

太陽光発電の全量買取りが実現しようとすれば,
一体どれだけのコストがかかるというのか?

現在,太陽光で発電された電力のうち,家庭で消費しきれない
余剰電力は電力系統に戻され(これを逆潮流という),
電力会社が1 kWあたり42円という,通常の電力料金の
約2倍の価格で各家庭から購入することになっている.
このように買取り価格を法的に決定して行う方法を
固定価格買取り制度(フィードインタリフ制度)と呼ぶ.

その費用はどこからでているのか?ということになるが,
もちろん,電力会社は赤字になるわけにはいかないから,
その分を,電力を使用している需要家全体で負担しているのである.
すなわち,太陽光発電を導入した家庭の電力料金を
われわれがシェアして負担しているのである.
当然,太陽光発電の導入量が高まれば,
電力料金への上乗せ額も増加する.
(太陽光発電装置購入時の補助金は政府から出ている?)

本来は,導入量に従って買取り価格を下げることになっているが,
将来買取り価格が下がるならば,需要家はメリットがなくなるので,
導入しようというインセンティブを維持するためには,
ある程度の高価格で買取りが行われるという前提が必要となる.

さて,現在は,余剰電力だけを購入しているが,
検討されているのが,太陽光発電で発電した全量を
電力会社が買い取るという「全量買取り制度」である.

この場合,投資の回収時間が短くなり,ペイバックされたあとは
利潤を生むわけだから,導入する需要家は多くなるだろう.
そして太陽光発電の導入量は増加することが期待できる.
しかし,電力料金も上がることは間違いない.
太陽光発電を導入できるほど家計に余裕がない家庭が
損をすることになるだろう.
(まぁ,我が家なのだけれど)

すでに政府の中で,「全量買取り制度」については
検討が進められており,「再生可能エネルギー全量買取PT」の
報告がされていて,3月号の雑誌「OHM」(そういう雑誌があるのです)にも,
太陽光発電2800万kW導入の際に必要となるコストの
ケーススタディの結果が掲載されている.

太陽光発電の出力の不安定さ(天候が変われば発電量が
大きく変化する)を補償するために,蓄電池が必要なことは
このブログでも何度も取り上げているが,
コストが少なくて済む電力会社が系統側に
蓄電池を一括して導入するというケースで,蓄電池コストは
15兆円必要だと試算されている.
(1000万kW以上導入されたとき以降,蓄電池が必要)
需要家側で蓄電池を備える場合には,
45.4~56.7兆円の蓄電池コストがかかることになっている.

さすがに,これではコストが大きすぎるので,
太陽光発電の装置に,電力が余剰する時間帯においては
出力を抑制する機能を付加することが考えられている.

年間14日間だけカレンダー機能などをつけて
太陽光発電装置が出力抑制をすれば,
必要な蓄電池コストは2.8兆円程度に収まると試算されている.
しかし,こうした機能を本当に各装置に付加できるのだろうか?

さらに,この試算は2800万kW導入の場合であることも忘れてはいけない.
1000万戸に導入するとの場合,一戸あたり標準的に4kW
だとすれば,4000万kWの導入量となり,上記試算よりも
ずっとコストが必要となることが予想される.

そして,そのコストは,電力料金や税金となって,
私たちの生活に影響を与えるのである.
(少なくとも各家庭にもうひとつずつは電力計が必要になる)

ふぅ~.
またブルーになってきた.
私の考えでは,もう少し技術の進展を待ってから
再生可能エネルギーへのシフトを進めたらよいのではないかと思う.
拙速な政策にならないよう,祈っている.


#実は,電気料金の話には限らず,
太陽光発電の大量導入には,まだ数々の問題が残されている.
技術的な問題についてはいずれ日をあらためて.

#蓄電池ではなく,火力で調整力を持たせることも可能だろうけれど,
CO2の問題と燃料費の問題,そして燃料の安定確保の問題などが
大きい.しかし,現状は火力でしのぐしかないのだ.
今年の夏,原発が止まっていたとしたら,
電気料金がまた上がるのだろうなぁ.ふぅ...

2011年6月1日水曜日

シャーロック・ホームズの柔術バリツとは

先週の名探偵コナンの放送を子供たちが
見ているのを横目でちらりと見ると,
コナンご一行はロンドンへ旅行している様子.

ちょうど,毛利小五郎が英国の紳士淑女の前で,
自分の探偵の活躍ぶりを説明しているシーンで,
英国紳士を柔道の一本背負いで投げていた.

そこで,ホスト役の淑女が,

"Oh, Baritsu!"

みたいな感嘆の声を上げていた.
(字幕で「バリツ」と書いてあった)

しかし,これを見てどれだけの人がわかるのだろうかと,
私は少し呆れた.
わかるのは,シャーロキアンだけであり,
普通の小中学生には,「バリツ」の意味さえ
わからないのではないだろうか.

「バリツ」というのは,シャーロック・ホームズが
たしなんでいた東洋柔術であり,
宿敵,モリアティー教授と戦ったときに
使ったということになっている.
(「最後の事件」で,ふたりとも滝に落ちたことになっていたが,
実はバリツのおかげでホームズは助かったのである.
因みに,横尾忠則氏の作品に滝の上からふたりが
落ちていくシーンを描いたものがある)

このバリツは,シャーロック・ホームズの作品にしか
出てこない武術らしいのだが(オマージュ作品には出てくるが),
その中身はあまりわかっていないらしい.

Wikipediaを見ると,「武術(bujutsu)」の誤記だとか,
「バートン流柔術」のbartituの誤記だとかの説が書いてある.
ここで私は,私がずいぶんと長い間信じてきた説を述べたい.

これは,プロレスラーのマサ斎藤氏が,
ブラジリアン柔術(ヒクソンやホイスのグレイシー柔術)の解説を
しているときに話していたのだと覚えているのだけれど,
「なんでもあり」というルールを表す「バーリトゥード」を,
「バリツ」と昔は呼んでいたというのである.
ただし,その際に,マサ斎藤氏はホームズの柔術については
言及していなかったように思う.
しかし,私はそれを聞いて,シャーロック・ホームズの柔術とは,
「バーリトゥード」の柔術なのだと思ったのである.
私はずっとこう思ってきた.
だって,シャーロック・ホームズが,
バーリトゥードが得意だったなんて,すごい話なんだもの.

しかし,あるとき「バーリトゥード」の原語である
ポルトガル語では, "Vale Tudo"と表記され,
「バーリ」は "B"ではなく,"V"から始まるのだと知ったのである.
英国でこの発音の間違いはないだろうと,私の
「バリツ」 = 「バーリトゥード」の説が消えた.
夢が消え,はなはだガッカリしたのである.

しかし,「バリツ」と聞いてわかる人は
一体どれだけいたのだろう?
シャーロキアンは最近増えているのだろうか?
私もまたシリーズを読みたくなってきた...