2011年6月20日月曜日

梅棹忠夫という巨人:「知的生産の技術」

梅棹忠夫といえば,知の巨人であり,
大学近くの万博公園にある国立民族学博物館(民博)の
初代館長でもあることは知っていたけれど,
彼の代表作である「知的生産の技術」(岩波新書)は
これまで目を通したことはなかった.
(彼の著作の中でも最も売れているものではないだろうか?)

これは,GTD (Getting Things Done)の信奉者である私としては,
たいへん恥ずかしいことであった.
この3月からウメサオタダオ展が,
民博で開催されていたことを知り,
この機会に読まねば,と思い,本書を手に取ったのである.

これは,よく言われていることなのだけれど,
本書は1969年の著作であるにもかかわらず,
内容の大事なところはまったく色あせていない.
それどころか40年以上も前に,
現在の状況を見通していたかのように感じられる
著者の先見の明には,ほんとうに驚かされる.
彼は,間違いなく未来を見据えていた知の巨人なのである.

彼は,生態学者,民俗学者として分類され,
確かにフィールドワークで世界を飛び回っていたけれど,
GTDの観点からみれば,日本で仕事術に言及した
初期の賢人のひとりであると言える.

梅棹氏の知り合いでもあった川喜多二郎のKJ法は
発想法として有名であるが,梅棹氏も「こざね法」とよぶ
カードによる知識の整理法を用いていたらしい.

もちろん,カードと言えば,発想法などに関心を持つ人であれば,
一度は聞いたことがある「京大式カード」の発明者でもあり,
それだけでも彼は歴史に名を残す人なのではないかと思っている.

彼は,これからは国語は国文学科ではなく情報科にシフトすると
予言しているが,情報を縦横に駆使することによって
あらたな価値をもつ情報を創造していくという現代の仕事は
まさに情報学というにふさわしいと思われる.

しかし,1969年という時代も確かに感じさせる.
ひらがなを中心とした日本語タイプライターの話や,
カードを持ち歩いて常にメモをする話,
そしてメモのインデックスを作って情報を系統立てて整理する話.
こうした話は現在では,すでにコンピュータによって実現されている.
ワープロは,我々の周囲に難しい漢字の出現頻度を増やしたし,
スマートフォンは,いつでもどこでもメモをとり,
そして情報にアクセスできるという理想的な状況を生み出した.
Evernoteなどのメモソフトを使えば,クラウドでいつでもどこでも
メモの書き込み,アクセスが可能だし,
写真も同時にメモることができる.
その上,タグをつけることによって複数の検索軸によって
メモにアクセスすることが可能となっているのである.

スマートフォンにクラウド.
この最強のツールが使用可能な私たちの時代を
彼が見たら,どんなにうらやましがるだろうと思った.
(残念ながら私はスマートフォンではなく,未だに旧式のガラケーだけど)
私たちは幸せに感じなくてはならないだろう.

しかし,手段は便利に変わっても底辺に流れている考え方は
実に変わらないままである.
むしろそうした考え方が整理されていなければ,
いくらスマートフォンにクラウドという最強の武器を手に入れても
それを使いこなすことはできないだろう.
そんなことを考えた.

GTDの著者は,GTDという仕事術によって
「武道家の心」を手に入れることが目的だとしていた.
それは,静まった水面のように穏やかで
クリアな心の状態を保つために,GTDを行うのだと.

梅棹氏も奇しくも同様のことを言っている.
彼は,心を「層流」にするという.
「層流」とは,流体力学などで言及される液体の流れの状態で,
止まって見えるほど乱れることなく
静かに水が流れている様子などをいう.

また「忘れるためにメモをとる」という観点も同じである.
結局,「知的生産の技術」を極めていくと,
同じところにたどり着くと言うことなのだろう.
また新たな気持ちでGTDを行っていきたいと思った.

残念ながら,民博の「ウメサオタダオ展」はすでに終了しているが,
次号の「考える人」(新潮社)は梅棹忠夫特集であるらしい.
いつも楽しみにしている「考える人」がどのような切り口で
「ウメサオタダオ」にアプローチするのか楽しみである.

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