2011年7月12日火曜日

人の話をただ「聞く」という技術

自分が苦手だと思うことに,
人の話を聞く,というものがある.
最近,特にそう思う.
そろそろ反省すべき時期に
なったのではないかと思い始めている.

人が話そうとする物語を
理解することは私は得意な方だと思う.
人の意図を理解し,それに応じた
答えを用意する.
まぁ,周囲の人たちは私の能力に不満が
あるだろうけれど,私自身としては,
結構そうしたところは得意だと思っている.

では,私が足りないと思う「聞く」という行為は
どういったものか.
それは,「相手の心に寄り添って」話を聞く,
ということである.

私は,感情的になって議論する人を軽蔑する.
議論の場において,怒ったり,泣いたり,
そうした感情をあらわにする人を私は相手にしたくない.
議論においては,そうした時間は無駄となる.
私には,「ガス抜き」につきあっている暇も
我慢もないのである.

しかし,世の中には議論を目的とせず,
ただ話を聞いて欲しい,というためだけに
話すということがあるようである.
私は,人とコミュニケーションをとるのは,
自分の考えを相手に伝えるという目的があるからだと
思うのだけれど,相手のリアクションを求める要求は薄く,
ただ話を聞いてもらうだけで良いということもあるようなのだ.
一般的には,「悩みを聞いてもらう」というようなことだろうか.
「話を聞いてもらって,すっきりした」などというセリフが
聞こえてきそうなシチュエーションである.
(もちろん,そこには自分がこれだけ苦労していることを
知って欲しい,という要望があり,ちゃんとした
コミュニケーションの目的はあるのだけれど,
相手の反応をあまり期待していない状況)
私は残念ながら,これまでそうした「聞く」という行為に
重きを置いてこなかった.
目的もなく人の話をただ聞くなんて,まっぴらご免だった.
(だから,女の子にもてなかった?(笑))

実は,私は幸いというか,薄っぺらな人生だからというか,
悩みを人にただ聞いて欲しい,と思うようなことはない.
少なくとも記憶にはない.
もちろん,そうした状況もあってしかるべきだろうけれど,
悩みをただ聞いて欲しいということは今後も私には
なさそうな気がする.
私だったら,そのような場合,
相手にアクションをしてもらうことを目的として話をするだろうから.

しかし,最近,ただ聞くという行為も,
相手の負担を軽くするという目的において,
やはり重要なのではないかと思うようになってきたのである.

ひとつには,浄土真宗の影響がある.
私の父が亡くなって,少しだけ浄土真宗が身近になった.
宗教が現代に果たすべき役割ということには,私は
懐疑的ではあるのだけれど,浄土真宗ではこの「聞く」ということを
重要視しているようである.
(そこがいかにも大乗的だと思う.
もう少し修行重視の宗派(たとえば曹洞宗とか真言宗とか)だと,
自らの実現の方が先に来るような気がする.
衆生の救済は,まず自分が悟りに近づいてからの話,という
印象がある)
話し終わった相手が「救われた」と思うような
話の聞き方とはどのようなものか.
興味がある.
(余談ではあるけれど,現在「考える人」に連載中の
「親鸞と日本主義」は面白いなぁ)

村上春樹の小説にも,村上氏自身が
人の話を良く人であっただろうと感じさせる文章が
ところどころに見られる.
子供時代の回想で,失語症のようになってしまった主人公に,
言葉を話さなければ,なにも存在しないなどと
医者に言われた話は,どの小説だったろうか.
また別の小説では,大学時代,いろいろな人の話を聞いたという
ことが書かれている.

また,「聞く」ということで真っ先に思い出すのは,
村上春樹氏と一緒に本を出したこともある
「河合隼雄」氏である.
彼に会った人たちは,みな彼を「聞く」ことのプロだという.
彼の「聞く」技術とは,一体どんなものだったのか.

たぶん,それで救われたような気持ちになるのだから,
少なくとも話している人の気持ちに寄り添っているような
聞き方なのだろうと想像がつく.
しかし,私は人に話をただ聞いてもらうという経験が無いために,
どうすればよいのか,ということがわからない,ということに
あらためて気づきもする.

それでもこれまでの人生,自分はしゃべりすぎて生きてきたような気がする.
もう少し無口に,人の話にただ耳を傾けるというようなことも
良いのではないかと思っているのである.


2 件のコメント:

  1. 男女差もあるし人によって違うと思います。
    人から「相談」されて、答えたら怒り出したことがありますので、聞くことの大切さは身に染みています。
    中には、集まりで「話せない」ことを悩んでいる方もいらっしゃいますが、そういった方は、たぶん聞くプロなのかもしれません。

    今度悩んだときは、ぜひ、次なるアクションの相談をさせてください!(私も聞いてはほしいですが、解決第一ですので)

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  2. Asanoさん,コメントどうも有難うございます.

    私は,考えてみるとあまり人に話を聞いてもらおうと思わないらしいのです.自分ながら,なんてさみしい人間だろうと思うことがあります.

    せめて人の話に耳を傾けることは,誠心で行おうと思うのですが,思えば,人に話を聞いてもらおうと思わない人間には,それは難しいのかもしれません.

    それでも,人の話を良く聞こうと思っているところなのです.

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