2011年8月31日水曜日

光車よ,まわれ!: 同じ時代を共有した人は


ブログをしばらくお休みしていましたが,
再開したいと思います.
しばらくは毎日ではなくて,ときどきの
更新になると思いますが.

今回は,久しぶりに本の話.
紹介するのは,

光車よ,まわれ!」(天沢退二郎,ポプラ社ピュアフル文庫).

児童文学である.
私は小中学生時代,結構な数の児童文学を読んだような気がする.
それも,ファンタジーとかSF,怪奇ものなどばかりで,
「古典」はほとんど読まなかった.
(まぁ,「西遊記」や各国の神話は読んだけれど)
だから図書館にいっても,「時をかける少女」や
時間砲計画」,「夕映え作戦」,「なぞの転校生」などなど,
NHK少年ドラマシリーズに出てきたような作品ばかり好んで,
こっそり(なぜかこっそり(笑))読んでいたような気がする.
(その他,推理小説も読んでいたかな)

そんな私なのだけれど,この名作と呼ばれる作品は未読だった.
読むと怖くてトラウマになるなんていわれていて,
食指が動かなかったわけではないのだけれど,
いつのまにか廃刊になっていて,読む機会がなかったのである.

それが最近,ポプラ社から文庫になっていることを知った.
早速,購入し読んでみた.
やっぱり面白い.期待に応える面白さだった.

いきなりの「つかみ」からしていい.
小学6年生の主人公の教室に遅刻してやってきた3人の友達が,
いきなり化け物なのである.
息を止めて見つめてしまう主人公.
しかし,気づくと彼らはもとの友達の姿になっている.
でも,それが怪異の始まりだった...

かなりのダークファンタジーである.
救いも少ない.
人も死ぬ.
多くの謎は,謎のままに残される.
私は村上春樹の小説を思った.
児童小説にしては,あまりに暗い.
確かに描写はあふれるほどの詩情に満ちた
イメージで満たされている.
美しいといえば,美しい.
しかし,どこか黒き闇が忍び寄っている.
これをもし私が小学生時代に読んでいたら,
この恐ろしい世界観に耐えることができたろうか.
(読んでおけばよかったと後悔はしているけれど)

実は,息子にも読んでもらった.
彼には少しピンと来なかったらしい.
Web上の感想を見ても,絶賛する人と,
それほどでもなかったという人に2分されるようである.
そして,それほどでもない,という人たちは,
「子供の頃に読めば」という意見を述べていることが多い.
どうも共感できない人は,
私と育ってきた環境が違うような気がするのだ.

この作品には,まだ舗装されていない道にある水たまりや,
電話を借りに大家さんのところへ行く,
あるいは親が働いている間に子供が食事を準備するなど,
私が小さい頃の時代が描かれてる.
そう,この作品が書かれたのは1973年.
その時代が描かれているのである.

子供たちには,秘密基地とよばれる隠れ家がある.
そして商店街の長屋と狭いアパートの家族生活.
それらに郷愁を感じ得ない人たちには,
この作品の持つ影の濃さを感じ取れないのではないかと思う.
それが共感できるかどうかの分かれ目なのだろう.
私の息子も,そこらへんには全く共感できなかったに違いない.
私は主人公の一郎(母子家庭らしい)の生活だけでなく,
男勝りの女の子の主人公龍子にも,
あーいたよな,こんな子,と思わずうなづいてしまいつつ
本を読み進めていた.

私にも秘密基地があったし(家出したときはそこに隠れていた),
女の子と男の子も,別に分け隔て無く遊んでいた.
あのころの自分に戻って,もう一度冒険できる小説なのだ.

果たしてこの小説はハッピーエンドなのだろうか?と思う.
いややっぱり違う.
児童小説ではあるけれど,世界は不条理にあふれていて,
闇が私たちのすぐそばにあるという存在感を
強く残した結末となっている.
だからこそ傑作となり得ているのだろう.

1960年から1970年代前半に生まれた人たちに
ぜひおすすめしたい一冊である.
残念ながら,今の子供たちには感動は
その大人たちの20~30%だろう.

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