2011年9月30日金曜日

時代劇,殺陣の豪快さといったら若山富三郎ではないだろうか

父は時代劇が好きだった.
その影響なのか,私も時代劇が大好きである.
とはいえ,最近はテレビも映画も全然観ていないが.

時代劇と言えば殺陣である.
これについては,誰の殺陣が一番すごいか,
などという話題が,時代劇ファンの間では
必ずといっていいほど出てくる.

私も多くの時代劇を見たというわけでもないから,
どれが一番だと断言することはできないのだけれど,
現役の時代劇俳優で,まず殺陣がかっこいいと思うのは
暴れん坊将軍こと松平健である.
スマートでかっこいいのに,気持ちがちゃんと斬っている.
また刀さばきの正確さ.
ここがまた魅力的である.

一方,本格的だなぁと感じるのは,
なんといっても榎本孝明.
ひとつひとつの技が本当らしく感じられる.
そして重い.

そして,最近残念ながら殺陣を見る機会が少ないけれど,
滝田栄.実は剛剣の使い手である.

榎本孝明,滝田栄に共通するのは,
私生活においても武道を稽古し,熟達の腕の持ち主だと
いうことである.

しかし,映画の殺陣は,「本格的」というだけではいけない.
やっぱり華がなければ.
ケレンミが必要だ.

昔で言うと,三船敏郎.
やっぱり豪快な殺陣である.
(香取神道流とか指導を受けていたとか)

次に,勝新太郎.
座頭市は,もう芸術の域である.
あの呼吸といい,太刀さばきといい,
そしてわざとみせるかっこ悪さといい,
すべてがスクリーンに栄えている.
(座頭市では,合氣道の開祖 植芝盛平先生に
指導を受けていたとか)

そしてなんといっても,若山富三郎.
初めて若山富三郎の殺陣を見たのは,
沢田研二主演の「魔界転生」だったろうか.
なんという豪剣.そして鋭さ.
あの体格にして,軽やかな体裁き.
聞くところによると,若山富三郎は
かなりの武術の遣い手だったらしいけれど,
あまり話題になっていない.
こっそりと稽古していたらしいのだ.
子連れ狼も萬屋錦之介よりも前に主演しており,
その殺陣も本当に素晴らしい.
とにかく強い,強い.
まだその殺陣を見たことがない方には
ぜひ見て欲しい.
きっとその凄さに驚き,ファンになってしまうだろう.

それにしても,今の時代劇の少なさは悲しいかぎりである.
その上,時代劇俳優という人が少なくなってしまった.
水戸黄門も終わってしまったし,
なにか,また時代劇ブームは起こらないだろうか...

#石橋蓮司の殺陣も地味だけれど素晴らしいんだなぁ.
(彼は居合道なのかな)
最近の若い俳優では...
名前が思いつかないのが悲しい.



2011年9月29日木曜日

PDAの時代がやってきた.iPHONE5はまだか.

昨日,梅田駅のOSAKA CENTRAL CITYを歩いていて
思ったのだけれど,携帯電話を片手に
画面を見ながら歩いている人がなんと多いことか.
みなメールを見たり,情報を検索したり,
情報端末として活用しながら歩いているのだろう.

6,7年前まで私は電子手帳を愛用していた.
実際には電子手帳ではなく,
PDA(Personal Digital Assistant )と呼ばれていたが.
SONYのCLIEで,SONYが日本のPDA市場を席巻したあと,
「SONYにはPDAの市場は狭すぎた」と行って
撤退してしまい,日本市場は急速にしぼんでいった.

以来,私は紙の手帳に逆戻りした.
携帯電話のスケジュール管理機能も,
メール機能も全然使い物にならなかった.

逆に,PDA利用者としては,いつ日本で
PDAに通話機能が付くのか,楽しみにしていたのだ.
(米国でTREOが出たときはうらやましかったなぁ)

そして今.そのときは来た.
スマートフォンこそ,私が求めていた端末なのだろう.
私のこの旧携帯電話を早く替えたい.
はやく次のiPHONEよ,発売されろ.
今はそれだけが楽しみだったりする.

2011年9月28日水曜日

スマートグリッド,現場と世間の温度差

今日から3日間にわたって開催される
電気学会 電力技術・電力システム技術合同研究会に
参加するために,梅田に行く.

私が今日聴いたのは,蓄電池応用のセッション.
もちろん,風力・太陽光発電のために蓄電池を
使って電力の変動を抑えたり,電力のピークを削ったり,と
今後スマートグリッドを進めていく上で,
必要不可欠な研究なのだけれど,
ちょっとマスコミでの取り上げられ方とは温度差がある.

マスコミや,ネットでよく見かける自然エネルギー推進派の
議論の勢いでは,今日か明日にでも,
そうしたスマートグリッドの技術が実現しそうだけれど,
実際には技術的課題は山積しているのである.

現場はそれを分かっている.
期待をされているのは分かっているのだけれど,
解決しなければならないことはまだまだたくさんあるのだ.
もちろん研究者としては粛々と研究を進めるしか
できることはなく,鋭意努力を続けているわけだけれど,
世間との温度差は少し悲しい.

まぁ,自然エネルギー推進派の方々は技術的には
非常に楽観的な見通しを持つ人が多いので,
今後,予算が投入されれば近いうちに解決されると
いうのだろう.
ちょっと無責任な感じもする.

とにかく,電力は今もっとも期待されている技術分野の
ひとつであることは間違いなく,追い風も吹いている.
世間の風当たりが強くなる前に,どこまで研究開発を
進めておけるか.
それが私たちが今覚悟しておかなければならないことだろう.
いずれ返りの風が吹く.

2011年9月27日火曜日

百歩神拳

先日,ある人に武術の稽古の秘訣だと
思われることを書いた紙一枚をいただいた.

その内容については,いろいろと考えるところも
あるのだけれど,その書き付けの最後には,
「百歩神拳」の文字があった.
思わず絶句.
久しぶりにこの言葉を見て,うれしくなった.

私の記憶が確かならば,
私が初めてこの言葉を知ったのは,

「マカロニほうれん荘」(鴨川つばめ,秋田書店)

の登場人物である膝方歳三(「トシちゃん」)が
実は中国憲法の使い手で,彼が
離れた敵(つまりは,総司か,きんどーさん)に
対して使うギャグである.
そう,これは手を触れずに
相手を倒す技なのである.

伝説によれば,深い井戸の水面に向かって
突きの稽古をしていると,
いずれ水面に波が立つようになり,
その後威力が増していくと,
相手が離れていても突きで倒すことが
できるようになるのだという.

気功の一種であると思われるが,
この伝説は確か「闘将!ラーメンマン」,いや
「キン肉マン」にも紹介されていたかもしれない.

現実にはどうか,といえば,
新体道の青木氏が以前「遠当て」と呼ばれる
離れた相手に影響を及ぼす技法を公開したことがあるが,
それは,物理的な威力ではなく,
どうも意識の同調を利用して倒すような技のようであった.

やってみればわかるのだけれど,
実際には,拳の直前に置かれたろうそくの火を
消すことさえも相当に難しい.
それが百歩離れたところなど,とてもとても...

しかし,いただいた武術の秘訣には
その言葉があった.
実はまだよく読んでいないのだけれど,
「百歩神拳」の言葉に懐かしさを感じ,
うれしくなってしまったのである.
しかし,今はめっきりこの言葉を使う人は
少なくなったよなぁ.
(というか,この技自体知っている人が少ないし)

2011年9月26日月曜日

スチームパンクSF萌え,電力システム研究交流会@川越火力発電所

9月22日,23日は電力システム研究交流会に参加する.

電力システム研究交流会とは,大阪大学の2研究室の他,
北海道大学,横浜国立大学2研究室,広島大学の合計6つの
電力システムを研究している大学研究室を中心として
開かれている学生たちの交流を目的とした会である.
2年ぶりの参加である.

もともとは,FRIENDS (Flexible, Reliable and Intelligent Electric
eNergy Delivery System)という現在で言うところの
Smart Gridを先取りした高機能な電力システムの研究会を
始まりとしており,今回の開催で10回を数え,今年は
三重の川越火力発電所の見学,そして名古屋の会場で
研究発表会,討論会が行われた.

22日は,世界最大級の出力を誇る(日本では2番目の大きさ)
中部電力 川越火力発電所を見学させていただいた.
こちらはLNG火力発電で,1,2号機で700MWが2機,
3,4号系列で1701MWが2系列,総出力4802MWということに
なっている.

そのうち,高効率コンバインドサイクル発電方式を
採用した3号機系列を見学させていただいた.
資料によれば発電機効率は53.9%にも達するとのことである.
3号機系列は7軸の原動機-発電機で構成されていて,
当日は6番目の原動機-発電機が定期点検中となっており,
タービン部が解体されているのを見ることができた.

発電所というと,電気屋の範疇に思われそうだけれど,
それは,発電機や変圧器以降の範囲のみ.
基本的には,ボイラやタービンが主役である.
すなわち機械系の現場なのである.

発電所内には燃焼器(撮影不可)やタービンブレードなども
設置されていて,日頃,電気系の私たちは
目にすることの機会が少ない機器を
細かく見学することができた.


スチームパンクというSFの分野がある.
蒸気機関で動くのに,高度な科学技術が実用化されて
いるという,アンバランスな世界を舞台にしたSFで,
たとえば,「鋼の錬金術師」とか「スチームボーイ
(大友克洋監督のアニメ映画)」などが代表的なものだと思う.

今回の見学で,燃焼器やタービンを目の前にして,
スチームパンクSFのファンだったら,
たいへん"萌え"そうだなぁ(死語)と思っていた.
きれな曲線を描いた配管を見ていると,
いまにもスチームが噴き出しそうだし(ウソ),
ガフン,ガフンとなにか音を立てそうである.
(実際にはタービンは内燃機関だけど.
そしてその音は,建物に吸音器,吸音壁を
採用しなければならないほどうるさい.
作業をされる方は耳栓をするというが,
それでも一日いたらたいへんだろうと思われる.
ちなみにタービンおよび発電機の回転速度は3600 rpm,
したがって発電機は2極機(1極対)である(笑))

自分も見学で大いに盛り上がった.
ちょっと興奮しすぎたらしく,続いて見学した電力館では,
疲れてほとんど動かなかった.
意外に私もスチームパンクSF萌えらしい.

2011年9月21日水曜日

台風,休校.困るのは親なのだ.

今日も台風である.
大阪は既に雨が上がっているけれど,
夕方から関東はたいへんなことになっているらしい.
被害を受けていらっしゃる方々にはお見舞い申し上げます.

さて,うちはといえば,昨日に引き続いて,
気象警報が発令されているために,
小学校はお休み.
なんと3連休に続いて2連休,
トータルで5連休となってしまった.
家でだらけているに違いない(笑).

しかし,こうした状況で困るのは
共働きなどの家庭で,いつもだったら子供が
学校に行ってくれているからいいのだけれど,
家にずっといるとなると,昼食の心配や
小さい子供の場合は,面倒を見てくれる人が
必要となる.

以前の新型インフルエンザによる休校のときも
同様の問題が起こっていたけれど,
なんとかできないものかと思う.
シングルの子持ちの親なんて,
本当に台風がうらめしく思っているに違いない.

むしろこういうときは,職場に臨時の
子供を預ける場を作って,
親が子供を職場に連れてくればいいのに,と思う.
もちろん,そうした対応ができない職場もあるだろう.
それでも,それなりの数の職場で
子供を連れてくることができるならば,
ずいぶんと多くの親が助かるのではないかと思う.
あとは社会全体で子供の面倒をみる,という価値観が
どれだけ私たちの間に根付くか,ということだろう.

子供たちにとっては,学校が休みになって
天国なのだろうけれど,親たちにはそうでない,というお話.
本当になんとかならないのだろうか.


2011年9月20日火曜日

台風ふたたび

台風である.
前回の台風は,関西に上陸するといいながら,
和歌山や奈良などの近畿の方にそれていった.
今回は名古屋がたいへんらしい.
被害が少しでも少なければいいのだけれど,と思う.

子供たちは,気象警報のおかげで
小学校がお休みだった.
3連休のあとのお休みなので,つごう4連休.
大喜びなのである.

私はといえば,大阪はあまり雨が降っていないので
(それでも降っているけど,名古屋などに比べれば
普通の雨である) いつも通りの仕事.
まぁ,道路は渋滞していて,いつもは朝,50分くらいの
通勤時間が,1時間30分以上かかったけれど.

ただ,明日は伊瀬研究室恒例の
見学旅行が計画されていたのだけれど,
それが台風で中止になってしまった.
兵庫の山奥の揚水発電所が見学先だったのだから,
仕方がないか.
(もうひとつ加西市の三洋電機 グリーンエナジーパークも
見学する予定だったけど)

今回は名古屋がたいへんなことになっている
ということだけれど,実は明後日は名古屋に行く
予定なのである.
すべておさまってくれているといいのだけれどと思う.

合氣道をともに学んでいる学生が,
ボランティアで和歌山に行ってきた話を聞いた.
民家にも土砂が流れて込んで
たいへんなことになっているらしい.
土砂をかき出して家の中を洗おうにも,
上水道がストップしているために,水が使えない.
その学生は,川までバケツで何度も水を
汲みにいったのだという.
おかげで腕がパンパンに張った,と,その彼は,
日焼けした顔で(しかし,眼鏡のツルの跡が白く残った顔で)
笑いながら話してくれたのだけれど,
本当に彼のような人を素晴らしいと思った.

こうした天災は人々に試練をもたらす.
でもそれでも天を恨まず,
もくもくと自分のできることを行う人たちがいる.
そうした人を私は尊敬する.

2011年9月19日月曜日

チャンドラーの小説がある世界:さよなら,愛しい人


聴き始めたら,聴くことを止めることができない
音楽がある,ということを記事に書いたけれど,
当然のように,読書にもそうした本がある.
そう,読むのを止めようにもやめられず,
ついつい次のページをめくってしまう,
そんな魅力的な本が.

最近もそうした本にめぐり合うことができた.

「さよなら,愛しい人」(R.チャンドラー,村上春樹訳)

原題は,"Farewell, My Lovely"であり,
長い間親しまれてきた清水俊二の旧訳では,
さらば愛しき女よ」というタイトルであった.
これは2009年の村上春樹の手による新訳である.

私は,確か清水訳をもうずいぶん昔,
大学時代に読んだはずなのだけれど,
もう詳細などすっかり覚えていない.

しかし,先行して出版された同じく村上春樹の手による
新訳「ロング・グッドバイ("The Long Goodbye")」が
あまりにも素晴らしいものだったから,
今回もかなり期待して(しかし文庫化を待って),
本を手にしたのである.
(「ロング・グッドバイ」については,
村上春樹がいうように,本当に夢のような作品で,
これについては,いつか記事を書きたいと思うのだけれど,
自分の思いのたけがありすぎて,なかなか筆が進まない)

村上春樹があとがきで述べているように,
この作品のフィリップ・マーロウは,
「ロング・グッドバイ」に描かれてる彼より,
明らかに若さを感じさせる.
本作は1940年に,「ロング・グッドバイ」は1954年に
書かれていて,その間の14年間の年月は,
やはりマーロウを熟成させているらしい.

とはいえ,若いから魅力がないというわけでもなく,
それはそれで無茶をやるマーロウは素敵だし,
(今回は,特にマーロウの冒険譚となっている),
チャンドラーの筆も冴え渡り,出てくる登場人物,
すべてに奥深さが与えられ(それが小さな虫であっても!),
その陰影がまた物語を魅力的にしている.
確かにチャンドラーの人物や風景の描写は,
ときに執拗なくらいなのだけれど,
村上春樹の文体とあいまって,全然くどく感じられない.
詳細がしっかり書きこまれていても,
そこに嫌味を感じられない,そうした文章が
チャンドラーの筆力によって成立している.
それがこの物語の最大の魅力なのではないかと思う.


個人的に思ったのは(感想などみな個人的なものだが),
本作のマーロウのセリフも皮肉だらけなのだけれど,
そしてそれは若さも手伝って
しばしば饒舌になっているのだけど,
それでもやはり洒脱な会話として成立している.

彼に憧れる私も皮肉屋であることは
変わりがないのだけれど,洒脱さに欠け,
嫌味だけが残ってしまうようだ.

この違いは,やはり男としての魅力の欠如が
原因となっているらしい.
マーロウ,やはり君は男なのだ...

それともう一つ,言わせていただくならば,
洒脱な会話として成り立つためには,
会話の相手も,皮肉を理解し,
当意即妙な受け答えをしてもらわなければならない.
しかし,そんな人,小説の中にしか
見当たらないのが,現実なのである.
マーロウが現代に生きていたとしても,
私の生活環境では,ずいぶんとやりにくいに違いない.
(そんな風に私は自分を弁護するのであるが)

文庫本のオビには,訳者あとがきから,
次の言葉が引かれている.

「チャンドラーの小説のある人生と,
チャンドラーの小説のない人生とでは,
確実にいろんなものごとが変わってくるはずだ.
そう思いませんか?」

さすが村上春樹.
私もまったくそう思う.
あなたがチャンドラーの小説に触れたら,
なにかが変わることは間違いないのである.
それは,チャンドラーの小説がある世界なのである.


2011年9月15日木曜日

聴くことを止めることができない音楽

音楽評論家である岡田暁生氏の

「音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉」(中公新書)

の中には,音楽の好ましい聴き方として,
耳を傾けるのをやめることができない,という状態が
紹介されている.

私もこの状態がよくわかる.
ラジオを切ろうとしようにも,
音楽が気になってスイッチに手を伸ばすのを
ためらってしまう.
そういう状態にあるとき,自分は音楽を
真剣に聴いていると思えるのである.

いつだったか,車中でNHK-FMを聴いていて,
たぶん「現代の音楽」という番組だったと思うのだけれど,
ゲストが作曲家の原田敬子氏で,
彼女の作品を取り上げて流していた.

"wa-ta-ri I"(原田敬子,演奏 アンサンブル・モデルン)

の演奏に運転中ではあるけれど,
耳が離れなくなった.
響きを大事にする音作りで,曲が進むにつれ
空間が広がっていくような感覚を覚えた.
あぁ,自動車の中ではなく,
今,ひとりの部屋で聴くことができていたなら...と
そう思わずにはいられない音楽だった.
書店に寄る用事があったのだけれど,
曲が終わるまでしばらく駐車場で車の中にいたくらいである.

その際の,司会の西村朗氏との会話で原田氏は,

「音の残響を聴くのではなく,
予兆(予聴?)を聴くような音楽」

と発言されていた.
これには西村氏もまったく感心されていて,
それには高度な作曲技法が要求されるだろうと
コメントしていた.
さらに西村氏は,音楽の中に,なにかの「気配」を
感じることができることの可能性について発言されていた.

「予兆を聴くような音楽」.
私もこの言葉にはすっかり参ってしまった.


だいたい人間というものは,
問題が提示されるとその答えを求めてしまう特性をもつ.
音楽における「ドミナント解決」なども,そのひとつの表れだと思う.

しかし,それは常に音が鳴って,その後の話である.
一方,彼女は音が鳴る前に,
その予兆に耳を澄ますような音楽を作りたいと言っているのだ.
逆の発想というべきか.

確かに,解決を無意識に求めてしまう人間ではあるが,
音が鳴る前にその予兆を無意識に求めてしまうような
音作りも可能なのかもしれない.

結局,私はその後原田氏の作品集のCDを購入して,

彼女が求める音楽とはどういうものかを確かめてしまったのであった.




2011年9月14日水曜日

ハードボイルドは遠くなりにけり

昨日は,午後から出張したのだけれど,
その移動中の電車の中での話.

学生と読書の話になって,
私が再び読んでいる

"The Long Goodbye" (レイモンド・チャンドラー,村上春樹訳)

を紹介したところ,どうも学生の返事があいまいだった.
彼は,フィリップ・マーロウを知らなかった.

そこで,私はフィリップ・マーロウは
有名なハードボイルド小説の探偵であることを彼に説明し,

"If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."

「タフでなければ生きていけない.
優しくなければ生きている資格がない」


という有名な言葉を紹介した.
そしたら,学生と反対側の私の隣に座っていたおばさんが,

「ハハハ」

と笑い出した.私はびっくりして,

「どうしたんですか?」

と尋ねると,おばさんは,

「いまどき,そんなことをいう男の人がいるなんて.
ハハハ」

と笑う.私は,それは小説の主人公のセリフだと説明し,
本の中の"The Long Goodbye"が書かれた年をさがしてみた.
それは1953年だった.

おばさんは,そのころの男の人は,
そんなことをいったものだ,とまだ笑いながら言っていた.

私は,いまだに60年近く前に書かれた小説の
主人公に憧れているのだ.
そして,時代はずいぶんと変わり,
彼のセリフはもう笑い事にしか聞こえないらしい.

ハードボイルドも絶滅危機種に認定は確実である.

あぁ,昭和は遠くになりにけり.

2011年9月12日月曜日

中秋の満月に憑かれる

中秋の満月である.
大阪でも雲の切れ間に,まんまるな月が
のぞいて見えた.
今日の月は,名月なのだ.

満ち欠けする月は,不死の象徴であった.
新月は生命の終わりとともに,
玄い空間から新しい命が生まれる
始まりでもある.

一方,満月は,人の最盛期を思わせる.

この世をば わが世とぞ思ふ
望月の 欠けたることも なしと思へば

と詠んだのは,藤原道長.
残念ながら,彼の満月も欠けることを
避けることはできなかった.

かぐや姫も,月に帰る際に,
帝に不老不死の薬を残したといわれている.
しかし,かぐや姫なきこの世では,
不老不死も意味がないと,
最も高い山の頂上で燃やしてくれと頼んだ.
その山が富士であり,その薬を燃やした煙は,
天に向かって立ち上り,尽きることがなかったという.
(不尽の山,すなわちフジ)
やはり,月と不老不死は関係が深いのだ.

#ちなみに,かぐや姫を月に帰らせないために,
帝は侍をその山に沢山登らせたともいわれている.
すなわち,士が富む山,富士山という話.
もちろん,不死の山で,フジという話もあるけど.

さて,こんな月夜に聴きたいのは,

シェーンベルクの

月に憑かれたピエロ

なかなか前衛的な歌曲なのだけれど,
先日,初音ミクが唄うバージョンを聴いて,
その秀逸さに驚いた.
いやいやこうした雰囲気も思いがけず良い.

月はやっぱり少し壊れている人間にふさわしい.
人の狂気を誘うものなのだ.




#初音ミクのバージョンでは,第7曲もいい
(ネギ吹いているし)

2011年9月10日土曜日

てんさぐの花

那覇のホテルで泊まっていた晩に,
部屋でテレビを見ていると,
NHKの「SONGS」という番組はちょうど
沖縄特集だった.
夏川りみx玉城千春という組合せで,
そこにヴァイオリニストの宮本笑里も加わって,
沖縄の唄を特集していた.

そこで,二人が唄ったのが,

「てんさぐの花」

だった.
私の大好きな唄である.

この唄を初めて知ったのは,
たしか小学校の音楽の時間.
教科書に載っていた歌である.

てんさぐの花は爪先に染めて
親のいうことは心に染めなさい

という印象的な歌詞が,せつなげな美しい沖縄音階の
メロディーに乗って唄われる.

あぁ,いいなぁ.
ベッドの上でうっとりした.
このときは,沖縄に来ている実感を持った.
(いや,番組は大阪でも見ることはできるのだけど(笑))

てんさぐの花はホウセンカのこと.
親の教えを心にとめよという
ちょっと説教的な歌詞なのだけれど,
その続きがあったのを初めて知った.
(番組の字幕をさらに意訳してあります)

天の星は数えるなら数えられるけど
親のいうことは数えられない(ほど多い)

夜に走らす舟は天の星を見るけれど
親はいつでも私をみている

本当に素朴な歌詞である.
ますますこの唄が好きになった.
この唄を「ちむにすみり」

2011年9月9日金曜日

電気学会 産業応用部門大会@沖縄 那覇

昨日まで,電気学会 産業応用部門大会に参加するため,
沖縄 那覇に行っていた.
月曜日からの滞在だから3泊4日ということになる.

家族のものにも,「いいなぁ」といわれるのだけれど,
実際は,朝から夕方まで会場の琉球大学にずっといるわけで,
観光などできるはずもない.

夕食は少し学生たちと飲んだりしたけれど,
昼食は琉球大学の学生食堂でラーメンやカレーだったので,
どうも那覇に行っていたという実感がない.

私にとって沖縄は,空手発祥の地で,
憧れの場所であった.

空手は中国から渡ってきたと思っている人も
多いと思うけれど,影響はたいへん強く受けていても,
沖縄にはもともと「手(ティー)」と呼ばれる武術があって,
それが長い間に進化を遂げてきたものといわれている.

しかし,「ティー」と空手はやはり違い,
「ティー」のすべてが沖縄空手として普及しているわけではない.
また,沖縄空手のすべてが本土に伝わったわけではない.
やはり秘伝は存在し,伝えられていない技術は存在する,
といわれている.
また,そのため「ティー」は幻の武術と呼ばれ,
いまだに研究している人も多い.

沖縄空手にも,土地土地のスタイルがあって,
首里,那覇,泊などにそれぞれ独自の型が残されている.
現代において,ようやく「ムチミ」,「チンクチ」,「ガマク」などの
空手の技術用語が書籍等に見られるようになったけど,
まだまだその詳細はつまびらかにされていないように思われる.

...ということで,私もそうした技術をいつか調べてみたいとは
思っているけれど,今回調査したのはもちろん
パワーエレクトロニクスである.

今回の大会は参加者が1100人を越え,
たいへんに盛況なものであった.
パワーエレクトロニクス,モータ,電車,スマートグリッドなど,
現代の社会が必要とする技術が,すべてそこに
そろっているような状況である.
(まぁ,社会のニーズがあるから,研究しているわけなのだけれど)

初めて参加した学生たちも,
ずいぶんと刺激を受けたようである.
私もそうだった.
かたや「同じようなことをやっている」と安心し,
その一方で「先に進まれている」と悔しく思う.
そうした刺激が,次の研究への駆動力になるのである.

しかし,パワエレもいいけれど,
空手も研究したいなぁ...

#ちなみに,私は空手の専門家ではありません

2011年9月2日金曜日

台風が来ると

台風直撃である.
どうも関西地方の頭上を越えて
日本海に抜けていくことになるらしい.
大阪ももう雨が降っていて,
風もずいぶん強い.

台風になると,不謹慎なことだけれど,
なぜか興奮してしまわないだろうか.
これは,気圧が低くなって
その影響を受けるから,なのかもしれない.

しかし,興奮するのは私だけではなさそうなのは,

台風クラブ」(相米慎二監督,1985)

という映画があることからも知れる.
(実は,私は未見なのだが)
これは台風の直撃とともに,中学生が学校に閉じ込められ,
らんちき騒ぎをするという内容らしい.
若き日の工藤夕貴や大西結花が出演している
名作とのことである.

しかし,気分が変わるのは気圧のせいだけではないと思う.
私たちはときどき破壊的な出来事を心の
どこかで期待してしまうのではないだろうか.
これまでの自分が接続されていた世界が破壊され,
あらたに再生される世界で,
自分はすべてのしがらみから解放されて新しい心でやり直す.
そんな願いが,どこかに存在しているのではないかと思う.
ちょうど,リセットボタンを押すような願いが.

もちろん,そんなことはあり得ず,
台風が来ようが来まいが,
私たちは昨日までの世界を引きずって,
明日も生活していかなければならない.
社会的存在ありえずして自分はあり得ず,
すべてのしがらみから解放されるというのは,
決して叶わぬ夢なのだと思い知らされる.

それでも私たちは,この平凡な世界から
抜け出したいと思ってしまう.
こうした破壊と再生への願望は
古代から誰もが抱いていたに違いない.
そうでなければ,シヴァ神のような破壊の神は
生まれなかったに違いないから.

2011年9月1日木曜日

息子のゲルマニウムラジオ

昨日で楽しかった夏休みも終わり,
今日から子供たちは学校に行った.
(ちなみに,大学教員は8月が最も忙しい時期で,
ほんとうにたいへんでした)

息子は,夏休みの自由工作ということで,
ゲルマニウムラジオを作ってもっていった.
一度,学校で理科の時間に作ったらしいのだけれど,
あまりよく聞こえなくて,そのうえイヤホンを
もらえなくて,結局あまり感動無く終わってしまったらしい.

そこで,この夏は私と一緒にラジオを作ったのである.
ゲルマニウムラジオで一番の問題は,
クリスタルイヤホンである.
なかなかこれが売っていない.
今回は,日本橋の電気街に行った際に,
パーツ屋をさがして,ようやく入手したのである.

クリスタルイヤホンは,以前は圧電効果をもつ
結晶(通称:ロシェル塩)を使用していたのだけれど,
最近ではそうしたものはほとんど入手できないらしく,
私も結局代替品として,セラミックイヤホンを使用した.
(それでも1個400円位して高い!)

もっとも単純な構成として,330uFのインダクタンス,
中波用のポリバリコン(これがまた400円位して高い!),
ゲルマニウムダイオード,セラミックイヤホン,
およびビニール線でラジオを製作した.
基盤の代りに,板の端切れを用い,
はんだは使わずに,画鋲で端子同士を接続した.
アンテナは,ビニール傘に20mほど導線を巻き付けて
製作したループアンテナとした.

まず,第1日目.
息子がやっとのことで製作したラジオを
家の庭で試してみる.
...全然鳴らなかった.

2日目.
接続が悪い,あるいは部品が悪いのかと思い,
大学にもってきて,試してみる.
少し聞こえた.
NHKの第1と第2の2局だった.
自宅のある兵庫の山奥では電波が弱く,
聞こえなかったということか.

3日目.
枚方市のある駐車場で,息子とともに試す.
少し聞こえることを確認.
傘アンテナの方向を変えたり,向ける方角を変えて,
電波の強いところを探してみる.
駐車場のガードレールの止め金具にアース線を
接続した瞬間,息子が「よく聞こえる!」と叫んだ.
結局のところ,アンテナとアースの大きさが
ゲルマニウムラジオでは一番大切ということか...
ようやく息子も安心する.

4日目.
再び自宅で息子がラジオを試したとのこと.
2階のベランダで,ベランダの手すりに金属部に
アースをつけたところ,やはり2局を受信することができたという.
私が夜に帰宅すると,喜んで話してくれた.

よかった,よかった.
これで,息子も自信をもってくれたようだ.
もしもあのままラジオが鳴らないまま終わったら,
電気工学に悪い印象をもったままになったかもしれない.
それはなんとかかろうじて防ぐことができた.

私の経験では,クリスタルイヤホンから音が漏れるほど
よく聞こえたものだったけれど,最近はどうもラジオ局も
出力を弱くしたのか,それともビルなどの影響で
聞こえづらくなったのか,どこで聞いても音が小さい.

以前にも書いたけれど,いつか

「ぼくらの鉱石ラジオ」

に紹介されているような素敵なラジオを私も
製作したいものである.
まずはアンテナをもう少し工夫しよう.
また実は今回うまく行かなかったのだけれど,
単なるインダクタンスの代りに,
バーアンテナのコイルを使って,Q値の高い
ラジオにしたいものである.

しかし,ゲルマニウムラジオって,やっぱり
夢があるなぁと,今回あらためて思った.
なんといっても,すべてがPassive素子なのだ.
この空中に行き交う電波のエネルギーだけで
音が鳴るというラジオなのである.
いいなぁ.
今度はLEDもチカチカ光らせる,
かっこいいラジオを作ろう.
(もちろんLEDもPassiveで光る)

はんだごてを自宅でも買おうかな...