2011年11月29日火曜日

宝くじの期待値

年末ジャンボ宝くじが発売された.
実は,私はほとんど宝くじを買ったことがない.

しかし,公務員の給料減額というニュースを聞くと,
買いたくなる気持ちにもなる.
はぁ...

先日も,同じ専攻の先生とこの宝くじの話をしたのだけれど,
結局二人とも「期待値」を計算しようとしてしまい,
買うのをあきらめた.
期待値」が低すぎるのだ.

「期待値」というのは...と説明すると長くなってしまう.
詳細は「確率・統計」の教科書を見てもらえばいいのだけれど,
簡単にいうと確率変数と確率の積をとったものの和なのである.

宝くじでいえば,確率変数は当選金額になり,
期待値は,「平均的に」得られる見込みの金額ということなる.
これはあくまでも「見込み」の値であり,
自分が得ることができる金額ではない.
ただ,どれだけ期待できるかという指標であり,
期待値が高いほど,自分が得られる「見込み」金額が
高いということになる.

では,実際の宝くじはというと...
それもネットで検索すればいろいろと計算された結果を
見ることができるから,そちらを参照してもらえばいいけど,
まずは,宝くじ1枚,300円として10枚連番で買えば,
10%の確率で300円は当たるから,
これで,30円 (= 10% * 300円).
その他,1等までを各金額と確率を足しても,
だいたい150円までには届かない.
つまりは,期待値はおよそ50%の金額なのである.

こんな計算してみたら,やっぱり宝くじは買えなくなってしまうのだ.

これに対して,競馬はどうか.
競馬は,たしか利益率が25%程度だから,
75%は賞金として分配されることになる.
宝くじよりはずっとマシということなる.

しかし,こんな風に計算してみても始まらない.
宝くじを買う人に,いくら確率の話をしても仕方がないのだ.
宝くじを買う人は,別の理由で買っているのだから.

ただ,私はやっぱり買えない,ということなのである.
でもやっぱり夢を見たい...と思うのも正直なところなのだけれど,
10枚買う金額,3000円があったら別のことに使ってしまうのだ(笑)

2011年11月28日月曜日

「エンジェル・ウォーズ」:この後味の悪さをどうしたらよいのだろう?

「エンジェル・ウォーズ」("Sucker Punch")を観た.

期待して観たのだけれど,途中で一緒に観ていた
子供たちは飽きてしまった.

そして,後味がすこぶる悪い映画だった.
う~ん,まだ気分の悪さが残っている.

観るべきものは戦闘シーン.
子供たちが言っていたのだけれど,
まさに「ゲームの世界」としか言いようがない
幻想の世界で戦いが繰り返される.

女の子たちが銃を構え,
オークと呼ばれるゾンビをひたすら
打ち倒していく.
あるいは日本刀を振るい,切り倒していく.
それがCGの世界で繰り広げられる.
(たぶん監督は日本アニメのオタクに違いない)
すごいは,すごいのだけれど,
話自体が暗く,観ていて辛いものなので,
どうも吹っ切れない.
そしてどう考えてもハッピーエンドではない最後.
女の子が活躍する単純なおバカ映画ではなかったらしい.

また,インセプションのように夢と現実の
世界の相克という話でもなかった.
この消化不良の気持ちをどうしたらよいのだろう?

唯一の救いは,Emily Browningが
微妙な感じで役柄にぴったりあっていたことだろうか.
美人という感じでもないし,今回もすごい化粧である.
しかし,彼女があってこそ成立した映画なのは間違いない.
(Castingした人は慧眼だ)

ということで,彼女の魅力が点数の理由ということで,
恒例の評価は...

★★☆☆☆(星二つ.五つが満点)

子供たちは,"X-MEN"や"The Sixth Sense",
"007 悲しみの報酬"なども観ていた.
たぶん私より息子の方がずっと映画を観ている...

2011年11月25日金曜日

ハーモニー,伊藤計劃: 善意に満ちあふれたディストピア

「もし聖人ばかりの世界がこの世にあるとしたら
そこは「地獄」という名で呼ばれるだろう」

という銀河鉄道999の言葉を
この本を読み終えたとき思い出した.
(どこの星での言葉だったか忘れたけれど)

「ハーモニー」(伊藤計劃,ハヤカワ文庫)

それは善意で満ちあふれた閉塞しきった世界.
伊藤計劃が描いた世界はまさにそうしたものだった.
健康であることが要求される近未来.
自分たちはリソースなのである.
その世界では,医療分子を体内に入れることにより,
病気のほとんどを予防できることが実現している.

しかし,異端はどの世界にも存在し,
主人公の親友だった少女は,
その閉塞しきった世界を変える存在となっていく.

伊藤計劃の前作「虐殺器官」がたいへん素晴らしい作品だったので,
この第2作であり,最後のオリジナル作品も期待して読んだ.
しかし,正直にいうと期待を持ちすぎて読み過ぎたせいか,
ちょっと「甘い」という印象が残った.

まずは主人公が女性というのが,
感情移入できない理由のひとつだったのかもしれない.
3人の女性の友人関係がこの作品のキーとなるのだが,
いまひとつ共感できなかった.
また,そこから導き出される結末も
もっとハードボイルドなものがよかったような気がする.

しかし,さすがに日本SF大賞受賞作品.
また,フィリップ・K・ディック審査員特別賞をとるだけのことはある.
いろいろと考え抜かれた設定が興味深い.

人間の尊厳とはなにか.
意識とはなにか.
そうした問いに対する答えが
設定された異常な世界で展開していく.
SFというジャンルでなければ,
このような特殊な状況下での
テーマは書けないのだ.
この作品は,ちゃんとそうしたSF文学たる要求に応えている.

私としては,もっと圭角のある「虐殺器官」の方を好むが,
この作品自体の面白さは,やはり否定しようがない.
つくづく伊藤計劃という作家の才能と,
その早すぎる死を思う.

#しばらく前に読んだ作品なのだけれど,
ようやく感想が書けた.
「虐殺器官」からおよそ半年後に読んだことになる.

2011年11月24日木曜日

クイズ王はいまの時代モテない

しばらく体力,気力が消耗していて,
ブログの更新が滞っていました.

少しずつ復活しつつあります.
このブログの更新ももう少し頻繁に行われると思います.

さて,いろいろと書きたいことはあるのだけれど,
今日は昨日見たクイズ番組の話.

TBSでクイズ王を決めるという番組を放送していた.
同局の昔の番組,筋肉番付を思い出す.
クイズを格闘技のように演出することで,
スターをまた生み出そうとしている.
そうした演出の薄っぺらさは見えるのだけれど,
実際に出演している人たちが,私もよく知っている
クイズ界の伝説の人たちばかりだったので,
子供たちと一緒に,結局最後まで手に汗を握って
見てしまった.

私は,石野まゆみさんを応援していた.
そう,私も20代の頃,彼女も当然20代で,
クイズ界のクイーンとして彼女は君臨していた.

昨日驚いたのは,いまだに
その頃の実力を(往時の何%かは知らないが)
維持し続けていたことである.
テレビの紹介で,クイズで有名な人たちの
サークルがあって,いまもなお,知識と
クイズの技術を磨いているのだという.
本当に素晴らしい.

残念ながら,彼女は20歳の京大生に
決勝戦で負けてしまったのだけれど,
彼女の活躍は,なぜか知らないけれど,
私も元気にしてくれたように思う.
(おじさんだって,やればできるかも)

ただ昨日思ったのは,クイズはこれから
流行るかどうかは疑問だということ.
ゲストの石坂浩二さんは,これをTBSの
看板番組にして欲しい,とコメントしていたけれど,
今の時代,いわゆる「物知り」の価値が
どんどん低くなっているだけに,それほどクイズに
人気は出ないのではないかと思うのである.

なぜって,わからないことがあっても
すぐにネットで検索できるから.
時間は少しかかるかもしれないが,
パソコンやスマートフォンさえ使えば,
昨日番組で出されたクイズにほとんど
正解できるはず.

雑学でモテるというのは,私たちが学生時代,
すなわちバブルの時代で終わったのではないか,
と思う(残念ながら).
私も当時,頭に詰め込んだくだらない雑学も,
いまやほとんどお役ご免だし...

いや,まてまて.
こんな時代だからこそ,そうした情報端末に
頼らず,あそこまで回答できる人たちに
尊敬が集まるのかもしれない.
そうだったらいいな.

実は私も,石坂浩二さんと同じように,
クイズ番組の人気が復活して欲しいと
思っている一人なのだから.
なにはともあれ知識は人生を楽しくしてくれるのは
間違いないことだし.

2011年11月8日火曜日

夢で稽古も夢でない

昨日,久しぶりにはっきりとした夢を見た.

合氣道の藤平光一先生が夢の中でほほえんでいらっしゃった.
目が覚めたあとで,あまりの生々しさに驚いたほどである.

なぜこんな夢を見ることができるのか,
人間の意識は本当に不思議である.

ただ夢で体験したことと,実際に体験したこととの
区別は身体はできないらしい.

夢だと分かっていても,
身体は先生にお会いするときのように準備していた.

夢で稽古するということも可能なのかもしれない.

2011年11月7日月曜日

天人五衰

仏教によれば,死後に六つの世界があって,
その最上界が「天上界(天道)」である.
(ちなみにその他は,「人間道」,「修羅道」,「畜生道」,
「餓鬼道」,「地獄道」)

天上界というのは,いわゆる天国で,
そこには天人(天女)が住んでいる.
もちろん,苦しみが無い世界で,
毎日楽しく暮らしているのだという.

しかし,そんな彼らにも悩みがある.
彼らも「老い」,「死」からは逃れることができないのだという.
そして,「死」の前兆として,5つの変化が
訪れるのだといわれている.

「衣服が垢で汚れる」
「髪飾りの生花が枯れる」
「身体が汚れてにおうようになる」
「腋の下から汗が流れる」
「自分の席に戻るのをいやがる」

これらを天人五衰と呼ぶ.
いくら天上界に住んでいても,
こうした苦しみ(煩悩)から逃れることができない.
なんと悲しい話だろう.
結局悲嘆に暮れて死にいたり,
また別の世界に生まれ変わらなければならないのである.

この話でまず思い出すのは,三島由紀夫の
「豊穣の海」の第4巻ではないだろうか.
残念ながら私は未読なのだが...
いつか読んでみたいと思っている.

次に,この話が強烈に印象に残っているのが,
京極夏彦の「魍魎の匣」である.
素敵な女の子もいつか衰えていく.

女の子が美しさの絶頂にあるときに殺してくれる
死神(ブギーポップ)の話もそんな苦しみから生まれたに違いない.

天人五衰の話は,天国に生まれても,
また別の世界に輪廻することを示している.
この輪廻転生のリンクから外れるためには,
「悟る」ことが必要であり,それができるのは
悲喜こもごも経験できる「人間界」だけである,というのが
仏の教えということらしい.
(だからこの世に生まれてきたことを感謝する)

日本には,昔から諸行無常という考えがある.
こうした天人五衰の話もそんなところから
日本人に受け入れられ易いのだろうと思う.

先日,父の一周忌のときに住職が天人五衰の話を
されたのを聞いて,いくらか思い出したので,
少し文章を書いてみた.




2011年11月2日水曜日

キコリとキツネ

イソップ物語.

狩人に追われたキツネが,
キコリに出会ってかくまってくれと懇願する.
キコリは,キツネを自分の家にかくまうけれど,
狩人がやってくると,口では「知らない」と言いながら,
キツネは家にいると,こっそりと合図で示していた.
しかし,狩人は慌てていたのでその合図に気づかず
行ってしまった.
キツネは,キコリの家から挨拶もせずに立ち去ろうとすると
キコリはキツネに「お礼もないのか」という.
そしてキツネはキコリに対して,
「こころと態度が同じであればお礼もしたでしょう」と
捨てゼリフを吐いて行ってしまった.


最近,こんな話を思い出した.
いくら恩を受けても,心が異なっていれば,
それは礼をするに値しない.

少なくとも私はそうでないようにありたい.

2011年11月1日火曜日

父の一周忌

父の一周忌で新潟に帰省していた.
あっという間の一年だった.

父の不在は,まるで地面に口を開けた穴のように,
時間と共に強く感じられるようになった.

父はよく二階で寝ている私を起こすのに,
階段の下から私の名前を呼んでいた.

父が倒れて介護が必要になったあとも,
私のことを階段の下で呼んでいた.

その声をふと想い出す.
階段の吹き抜けに響く父の声が聞こえる.

父は倒れてからも,洒脱で笑顔を絶やさなかった.
その姿がいまでもその声とともに想い出される.

父には本当に親不孝だったと思う.
父がいなくなった今,すでにそれをつぐなうことはできない.
穴は開いたままなのである.