2012年3月5日月曜日

偽りの物語によっても,心は癒される

先週の金,土曜日は,奈良県の信貴山に行って研修.グローバルCOEの総括を行うということだった.二日目の午前中は,心理学のお話.私たち教員や学生の能力発揮のために心理学的なアプローチを活かそうという試みが大阪大学でされていて,中心となっている先生とカウンセラーの方からご講演があった.

私の理解の範囲で内容を簡単にまとめると,私達の能力の発揮をさまたげているもののひとつにトラウマがあり,そのトラウマをなくすことによってその心理的バリアを越えることができるようになる.というもの.ここでいうトラウマというのは,私がこれまで思ってきたような,「現在の状況に重大な影響を及ぼす,精神的外傷を与えた過去の体験」という特殊なものだけではなく,現在の私達の心に影響を及ぼすさまざまな心理的経験といった広い定義であるような印象を受けた.親に虐待を受けたとか,目の前で大きな事故や事件が起った,などの経験だけではなく,親にひどく叱られたこと,あるいは過去の失敗経験,そうしたものすべてがトラウマと呼ばれてもおかしくないようである.

現在の私は,過去の経験の上に成り立っているのであって,その経験には良いものも悪いものも当然ある.そのどちらも現在の私が私であることの理由なのだが,そのすべてが必要であったかどうかは確かに別である.現在の私の活躍のバリアとなっているような経験(すなわち,トラウマ)が存在するのであれば,できればそうした経験は無かった方が有り難い.

例えば,会話をしていても相手の発言についつい腹が立つようなことがある.これはその内容について,私のトラウマが影響している可能性があるのだという.私もそう思う.あるいはなにかプロジェクトを始めようというときに,過去の経験がブレーキをかけることが確かにある.これもトラウマなのだという.こうしたトラウマはなんらかの形で解消するのが良いのだろう.

しかし,すべての悪い経験がトラウマとして解消すべきものだとは限らないのだろうと思う.ストレスは人間が生きていくためには不可欠なものだからである.どこまでが適度なストレスで,どこからが過剰なストレス,トラウマなのか,線引きは難しいのではないのかと思う.現在の私に過剰な反応を引き起こすものがトラウマなのだろうけれど,どこからが「過剰」なのか,という線引きもあいまいだからである.

とはいえ,トラウマが解消されて能力がより発揮できるようになるのであれば,それは素晴らしいことである.その講演のスライドにおいては,トラウマである経験を見つけ,リフレーミングを行うことによって解消するとあった.その手法として,Process Oriented Memory Resolution, POMRというアプローチを行うというのが,そのカウンセラーの方のお話だった.POMRという手法に限らず,こうした手法はいくつも提案されていると思われ,NLPや心身統一法など,その教えには共通するところもあると感じた.

リフレーミングというのは,過去の経験を新しい価値観によって捉え直すことであると思っているけど,それは新しい「物語」の創出なのではないかと思っている.過去の事実は変えることはできない.しかし,その捉え方は個人で変えることができる.過去の事実に関わる物語(つまり,その事実が自分与える意味づけ)を,現在の自分に影響を与えないように,あるいは都合の良いように作りかえることなのではないかと思うのである.

それは偽りの物語でも構わないのだと思う.つまりは今の自分が共感し,納得できる物語であれば,それは私の心にとっての真実となり,それによってトラウマが解消されていく.もともと記憶だって曖昧なものであるから,正確さというのはあまり重要でないのではないか.共感,納得.それらさえあれば,私の心は新しく創造された物語を真実として捉えるのだろう.

小説の物語で癒されるということも,こうした共感と納得が得られるからだと思う.登場人物と共感し,そこで展開される話をともに経験する.そこで得られた経験は,現在の私達の経験に新しい意味付けを与え,価値観の変化を引き起こす(それを自分の経験にフォーカスして行うのが,カウンセリングではないのかと思われる).そして私達は少しずつ変わっていく.

カウンセリングの効果というのは,劇的なものでないかぎり客観的な評価は難しく,またそこで行われる内容は前述の通り,客観的なものである必要は無い.ウソも方便の世界と思われる.だからこそ「うさんくささ」も確かにある(カウンセラーの方もそうおっしゃっていたが).しかし,それが私達の心の世界であり,心の中はフィクションノベルで溢れているのだ(それをマインドマップと呼ぶことも可能かもしれない).ならば,新しい物語を創出することによって,また新しい生活を手に入れることも可能なのだろう.そんなことを思った.

#心身統一合氣道との関連についてはまた別途.「心と身体はひとつ」というお話です.

0 件のコメント:

コメントを投稿