2013年2月6日水曜日

シベリウスの第5交響曲とStrawberry Switchblade

最近,またグールドカラヤン&BPOによるベートーベンのピアノ協奏曲3番シベリウスの交響曲5番が聴きたくなって,通勤の車中でヘビロテだった.なんど聴いても,グールドのピアノが清冽で気持ちが良いのだけれど,カップリングのシベリウスがこれまた名演奏なのである.グールドがカラヤンと共演したことを自慢していたことを,どこかで書いていたと覚えているのだけれど,そのとき楽屋か幕裏かで聴いたこのシベリウスが名演だったと書いてもいたはずである.モノラル録音ではあるけれど,確かに素晴らしい演奏である.

この曲では,金管のの旋律がたいへん印象的に使われている.私が金管奏者だったら,このファンファーレを思いっきり吹けたらどんなに気持ちがよいことだろうといつも思うのである(村上春樹の"1Q84"で有名になったヤナーチェクのシンフォニエッタの金管よりもよほどわかりやすい音楽である).

先日,車のラジオからStrawberry Switchbladeの80年台のヒット曲"Since Yesterday"が流れてきた.その冒頭,聞き覚えのあるファンファーレが.そう,シベリウスの第5交響曲のあの旋律が使われていたのである.30年くらいたって,初めて気づいた.自分はなんて鈍感なのだろうと思った.

肝心のこの曲は,サイケで水玉ファッションの可愛い女の子二人が歌ったスマッシュヒットで,私は女の子のモヤモヤ感がよく出ているので,結構お気に入りの曲なのである.しかし,そんな曲にシベリウスが使われていたとは...全く違和感なく聞こえる.このアレンジャーはいい腕をしていたのだなぁと今更ながらに思う.

思わぬ所でクラシック音楽が使われていることも多いけれど,それが耳に馴染んだ音楽であればあるほど,自然に感じられて気づくことが少なさそうである.まぁ,それだけクラシックの名曲は完成されているということなのだけれど.

2013年2月5日火曜日

自分の心を制御するために,合氣道を稽古する

私の合氣道の先生が,藤平光一先生にこのような質問をされたそうである.

「先生は何のために合氣道を稽古されているのですか?」

藤平先生は,

「自分の心をコントロールするためだよ」

と即座に答えられたそうである.

心と身体はひとつであるので,心の状態が身体に現れる.完全にリラックスして臨機応変に対応できる状態が理想ならば,心も柔軟に保たなければならない.

まして合氣道は,相手の心を知り,氣を導く武道である.相手の氣を導くためには,まずは己の心が制御できていないければならない.

ほんの少しの心のさざ波が,身体に大きな影響を及ぼす.
心を静め,落ち着けること.
これを今年の目標としたい.

#昨日今日と,ちょっと引くような話題ですみません...

2013年2月4日月曜日

「慈眼温容」: 心は身体を動かしている

今年はこれまでと違ってもう少し精妙に合氣道を稽古してみようと思っていて,自分の身体の感覚に鋭敏になろうと思っているのだけれど,しばらく気をつけていると今更ながらに心と身体の関係は密接であることに気づく.

私が稽古している合氣道においては,「全身の力を完全に抜く」と習うのだけれど,今年はより一層精妙に力を抜くことを目標としている.注意し始めてみると今までの力の抜き方がいかに中途半端であったのか,これまで何を稽古してきたのかと,自分の修行の至らなさに悲しくなるほどである.

そして,心の状態が全身の筋肉にいかに大きな影響を及ぼしているのかということに気づいた.それは,眉間にほんの少しシワがよるだけであっても,身体の筋肉が緊張し始めるくらい微妙なのである.

ちょっと何かに意識がとどまって(執着,怒り等で),心が固くなってその柔軟さが失われたとする.その瞬間,身体のどこかが緊張し始めるのである.自分が良い状態であると感じる完全にリラックスした状態から明らかに変化するのである.そのあまりの微妙さに,そして心の状態に対する身体の感度の良さに,呆れるほど感心してしまうとともに,自分の心のコントロールの難しさを実感するのである.

まして武道において,敵が自分に襲いかかってきたときに,心が止まってしまっていては,身体が臨機応変に動くことなど望むべくもないだろう.まったく修行が役に立っていないことにがっかりしてしまったのである.

私の合氣道の先生はお若い頃,眉間にシワを寄せるクセがあったとのこと.そこで藤平光一先生は「慈眼温容」と色紙に書かれて,私の先生に渡された.その後,私の先生はその色紙を見て自分のそのクセを直すよう努力をされたのだという.そのお話は以前よりうかがっていたのだけれど,実はたった眉間に少しのシワを寄せるだけで,こんなに大きく影響を及ぼすとはこれまでとても思わなかったのである.

千代の富士が,藤平先生の著書を読んで,相撲の立合の際に相手をにらむのをやめたという話がある.にらむことによって,氣が止まるからだということなのだけれど,それが最近よくわかるような気がするのだ.もっと以前から,この話を真剣に受け止めておけばよかったと反省することしきりなのだ.

心の状態は,表情,姿勢に明らかに反映され,それは身体に緊張をもたらす.やはり心と身体は一つなのだ.なんと単純で明らかな原理.あとは真剣にそれを修行するかどうかだけなのだ.最近,本当に最近,そんなことがやっとわかってきた.今年は少しマシな稽古ができるだろうか.