2015年12月31日木曜日

ギトリスが演奏するシャコンヌに人生の苦渋を感じる

数あるバイオリン曲の中でも,バッハの「シャコンヌ」はその最高峰に位置する作品の一つだということに同意しない人は数少ないだろうと思う.決して華やかな曲ではない.むしろ人生の深淵を表すなどといわれるように重苦しく,厳しさを感じる作品となっている.しかし,だからこそ何度でも聴いてみたいと思わせる名曲になっている.

名曲であるがゆえに,数多くの演奏の録音が存在する.以前にどこかのサイトで,個人でこのバッハのシャコンヌの録音だけで数百曲のCDを所有しているのが紹介されていた.少なくとも数百曲の録音があることは確からしい.

クラシック音楽を聴かない人からよく訊かれることのひとつに,なぜ同じ曲のCDを何枚も持っているのか,というものがある.でもロックだってポップスだって,同じ人の同じ曲の録音が複数あってそれを収集する人がいるわけだし,またジャズだって何年のどこどこでのライブ演奏が最高だなどというのだから,それと変わりがないのだ.ただクラシックの場合,演奏者によって同じ楽譜の同じ曲であっても大きく曲の印象が異なるのだから(たとえ同じ人,あるいは同じ指揮者&オーケストラの演奏であってもである),同曲異録音を収集しようという意欲は他の種類の音楽よりも強いのかもしれない.

シャコンヌで私が好きなのは,ギドン・クレーメルの新旧の録音が一番であって,長らくこれは変わらなかった.旧作は氷のように冴え渡った演奏だし,新作はパウゼの暖かさがたまらないという魅力がある.しかし,Youtubeなどの動画サイトでいろいろな演奏家のシャコンヌを聴くことができるようになって,ますます好きな演奏が増えている.ヒラリー・ハーンや庄司紗矢香などの若手もいいし,ハイフェッツスターンの巨匠たちの演奏もやっぱりいい(ここでもハイフェッツのカッコよさは抜きん出ている).でも,全然魅力的でない演奏も多いのも事実だ.途中で聴いていて再生を止めてしまう...一体,この差はなんなのだろうとよく思う.

しかし,とっても陳腐な言い方だけれども,演奏には演奏家そのものの人間性が現れていて,その魅力の差であるとしかいいようがないのも本当のことなんじゃないだろうか.音の強弱,フレーズの流れ方,そしてパウゼの取り方.それら音の扱い方に「その人」が現れる.その人の経験,もっというと生き方みたいなものが,演奏となって表現されている.というか,そうしたものを糧としてしか演奏ってできないんじゃないかと思う.若い人には若い人なりの解釈があって,巨匠には巨匠なりの演奏となる.音楽を聴くのだけれど,実は演奏者の「在り方」(平たく言うと「人生観」みたいなもの)に感動しているのではないだろうか.

最近の私のお気に入りは,ギトリスの演奏である.なんというか,人生の苦渋というか,諦念というか,ままならない「生」を感じさせてくれる.演奏を聴いた後,「そうだ,そうなんだよ」という言葉しかでてこない.これを文章で表すには,どんなに才能のある文筆家であっても言葉が足りないだろう.音楽でしか表せない「生」の本質があるということをこの演奏は示している.そして,表現者であるギトリスのこれまでの生を思う.

もしも,人生に「重さ」というものがあるのだとしたら,それを人に伝えるには「物語」か「音楽」しかないのかもしれなくて,それらを表現する人には十分な才能と経験が必要になるのだろう.だとしたら,それは私たちが本を多く読み,音楽をたくさん聴くことの理由になるのかもしれない.

2015年11月9日月曜日

「飽きる」って素晴らしい

今朝,腕時計をつけようとして,いままでしばらくの間つけていたアナログ時計ではなくて,デジタル時計を選んだ.いつのまにかそのアナログ時計に飽きてしまったようだ.昨日まであれだけ好んでつけていたというのに.

その時計に「飽きた」とははっきり意識したわけではないけれど,感知できない心の深いところでその時計への「飽き」は発生し,それが表層上の判断に影響を及ぼしていた.そのことに気づいて,私はこの人がもつ仕組みが素晴らしいと思った.

どうも人間というのは飽きるようにできているようで,何に対してもそれを繰り返していると「飽き」が発生し,それがその人の行動を変えていく.それは新しいことへの挑戦となって,結果,人は変わっていく.「飽きる」という感情は,思いの外,人間の成長に不可欠なのだと気づいた.

なのに,どうして私は同じ失敗を繰り返してしまうのだろう.もうその失敗には飽き飽きしているというのに.

2015年10月8日木曜日

羊たちの沈黙

お盆というので,怖いサスペンス映画が観たくなり,迷った挙句「羊たちの沈黙」を借りて観た.大学生の頃に観て以来だから20年以上ぶりに観たことになる.

「羊たちの沈黙」(1991)(監督:ジョナサン・デミ)

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「羊たちの沈黙」を観る。1991年公開とのこと。たぶん観るのは20年ぶりくらい。やっぱりドキドキする。そしてジョディ・フォスターが美しい。気づいたことはいろいろあったのだけど、一つ挙げるとすれば、レクター博士のシーンで流れるゴルトベルク・ピアノ版はツィマーマンの演奏のものだった。

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まず素晴らしかったのはストーリーの進め方.映画を観ているものに,いろいろな不安を味あわせながら,中だるみなくクライマックスまで緊張を味わえる.いや~な雰囲気の中,ずっと何もすっきりさせず,主人公のジョディ・フォスターとともに謎に取り組んでいく.

そして,なんといってもクラリスを演じるジョディ・フォスターが美しい.もちろんそれはアメリカン・ビューティー的なゴージャスなものではなく,田舎から出てきた優等生が自分の嫌な部分に向き合うことを要求されて屈折した表情を浮かべていくときに感じられる美しさだ.と,自分で書いていてもうまく説明できない.ただ,他の男の捜査官たちからも美人ということで奇異の目で見られることに対しての感情や,レクター博士に嫌なことを指摘されて生じる怒りなどが,ジョディ・フォスターの表情にうまく表れていて,そこに強く惹かれた.彼女がアカデミー賞をとったことも納得する.

一方,レクター博士を演じたアンソニー・ホプキンスも言うまでもなく素晴らしい.ただ画面を見てその若さに最初驚いた.でも,知性と狂気を共存させたレクター博士とは,さぞかしこんな感じなのだろうと納得させるだけの雰囲気を漂わせていた.彼もアカデミー賞をとった.それも納得である.

レクター博士は,世界的に見ても最も人気のある悪役の一人で,彼の関連映画・テレビ番組が何本も撮影されている.才能ある精神科医であり,芸術を愛し,ユーモアを理解する男.ただし人肉を食する猟奇殺人鬼.作中,彼はケージに入れられ,監視下に置かれている際にもバッハのゴルトベルク変奏曲を聴いている.あぁ,なんと優雅な殺人鬼.羊たちの沈黙は彼の設定無くしては成り立たない映画なのだ.

途中,クラリスの幼いころの羊を助けられず悲鳴を聞いたというトラウマとなったエピソードが挿入される.この猟奇殺人事件は,クラリスのトラウマ克服といった一面も持っている.
そして最後にレクター博士がクラリスにかけた電話で,羊たちの悲鳴はまだ聞こえるかと尋ねるシーンがある.クラリスは本当に羊たちの悲鳴を聞くことがなくなったのだろうか.私にはまだよくわからない.

#作中のゴルトベルクはピアノ版で,長らくグレン・グールド版かと思っていたが,今回確認してみるとツィマーマンの演奏によるものだった.

評点(★5つが満点)
★★★★★

2015.8.14鑑賞

2015年10月7日水曜日

ジュラシック・ワールド

思い出したように,映画(DVD)を観た備忘録を書いていく.Twitterで感想はつぶやいているので,このブログは整理目的で.

「ジュラシック・ワールド」(2015)(監督:コリン・トレボロウ)

--- Twitter ---
娘と一緒に「ジュラシック・ワールド」を観た。何年かぶりに映画館で、それも3Dで観た。いやあ、単純だけど楽しかったなあ。大画面、大音響というだけで、こういう映画は興奮する。ヒットするのもよくわかる。吹替版は玉木宏と木村佳乃。玉木宏のスカした二枚目ぶりが意外に良かったという感じ。
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久しぶりに映画館で観た.それも3Dで.
大画面でみるべき映画のひとつ.

ストーリーは単純.この映画がラジオで紹介されていた際に,ある人が「ジュラシック・パーク」(1993)と変わらない,といっていたけれど,全くその通り.恐竜が逃げ出してパークがパニックになる.そして,子どもがピンチに陥る.同じ展開だった.ただ恐竜がグレードアップされていることが違いである.

今回は映画館で観たので,音響もすごいし,やはり3Dは迫力がある.主要だと思われた人物があっさりと恐竜にパクリと食べられるところなんて,目の前で行われたような気がして息を飲んでしまった.アミューズメントパークに自分たちがそのままいる感じだった.

子どもと観たので,吹き替え版だったのだけれど,主人公の女性と野性的な男性の声優が木村佳乃と玉木宏だった.正直,合っていないと苦情がでるだろうなと思ったけれど(ネットを見てもそんな意見が見られるけど),ワタシ的には意外に玉木宏のスカした二枚目ぶりの声の感じが良かった.玉木宏はなぜかしら気になっている.

本作はドキドキするところが満載で,映画料金分は十分に楽しませてもらった.USJに行って遊ぶよりは楽だし,涼しいし,安いし,これで2時間ならば全く許せる.ただ次作はもうネタ切れで作るとしたら苦しいだろうなぁとは思った.

評点(★5つが満点)
★★★★☆

2015.8.9鑑賞

2015年10月1日木曜日

G-Shockは最強のミリタリーウォッチのひとつだと思うのだけれど

スイスに行って,いろいろと腕時計について考えてみたのだけれど,よく考えてみたらこの私,今年に入って腕時計を3つ買っていることにあらためて気づいた.おや,まあ.

しかし,私は腕時計は実用性を重視するものだと思ってきたので,購入したものは当然高価な時計ではない.そしてこだわりもほとんど無いので,本当に実用本位なものにしか興味が無かった.

そこで,実用本位といえばミリタリーウォッチなのである.
ミリタリーというぐらいなのだからもともとは軍用であるのだろうけれど,私が街中で使う分にはそんな本格的なスペックである必要はもちろん無く,あくまでも「ミリタリー風」な時計のことを指している.

そもそもミリタリーである条件とは何かと少し考えると,「視認性の良さ(暗所も含めて)」,「壊れにくさ」,「「防水性」,「操作性の良さ」,「安価」などがすぐに思いつく.その他のスペックとしては「耐磁性」などがあるだろう.しかし,日常で使用する分にはそこまでは要求されないはずである(私が超電導コイルの試験をしていたころは,確かに必要ではあったけれど...).

「安価」というのは,軍用時計の成り立ちを考えればわかることで,大量に兵士に供給しなければならず,また戦場で故障してしまったら直すことができないので,捨てて新しいものに取り替える必要があったからである.だから高額なミリタリーウォッチは本来ありえないはずなのである.

昔は機械式時計しかなかったから,ミリタリーウォッチも手動・自動巻きなどが主流だっただろうけど,クォーツ式が出てきてからは,やっぱり正確性,頑健性においては敵わず,クォーツ式こそがミリタリーウォッチにふさわしいといえるのではないだろうか.電池が切れることが心配だが,それは管理でなんとかなる.今ではソーラー式のものもあるくらいだし,電池が切れて困る可能性は自動巻きの時計が壊れる確率よりもずっと低いのではないかと思われるのである.

こうして考えると結局,ミリタリーウォッチとしてはG-Shockが最高ではないかと思うわけで,それを裏付けるように,以前から世界中の兵士に愛用されているとの記事を多くの雑誌で目にしてきた.確かに,壊れにくく,防水性が高く,比較的安価である.そして私が工学系だからなのか,時刻の精度が気になるのだけれど,電池式のものであっても十分な精度のに,現在ではその上ソーラーで電波なのである.電池切れ,時刻合わせの問題も無い.デジタル表示に不満を持つ人もいるかとは思うが,現在ではアナログ表示のG-Shockも大変多くの種類が発売されているのである.さらに,防塵性,防泥性を高めたモデルや,方位計,温度計なども付属しているモデルもあって,まさにコンバットCasioなのである.

というわけで,私も今年久しぶりにG-shockを購入した.ソーラーで電波なやつである.そして,デザインは四角い形をしたオリジナルなもの.いわゆるスピードモデルなどと呼ばれているものである.なぜって,軽くて,薄くて,必要な情報が一目で確認しやすいから.息子などに言わせると,面白みが無くてかっこ良くはないとのことだが,私はこのモデルが好きなのだ.以前に超電導コイルの試験に携わっていた時も多少の磁場中でも全然問題なく動いていたし(その頃は電池式のものだったけれど),腕時計をはめたまま太い電線ケーブルをさばいていても気にならず,思うように作業することができた.つまり,使い勝手が最高なのである.他のG-Shockのモデルは少しカジュアルすぎるところがあるし,とにかく街中づかいにおいてはオーバースペックすぎるところが気になる(これも工学系の感覚かも).またスーツ姿においてもそんなに違和感がないところがいいのである(映画「SP」でも,堤真一や岡田准一もスーツ姿につけていたけど).

今回のスイス出張においてもそれは大活躍してくれた.ヨーロッパでも電波を拾って時刻合わせが行われていて安心(サマータイムもちゃんと対応していたし).スイスでも,飛行機乗り継ぎのドバイでも時刻の変更が本当に楽だった.実は,私が持っている他のアナログ時計は,G-shockを使っていつも時刻合わせしているのだし.

久しぶりにG-shockを購入したのだけれど,大学時代に購入したころから(見た目)はほとんど変わっていない.1000円程度のデジタル時計と大差ないデザインなのだけれど,それもまた魅力の一つなのかもしれないと思う.ひとつ欠点をあげるとすれば,この歳になってG-Shockをつけていると少々馬鹿にされることが時々あることかもね.


#そもそも腕時計は,戦争中砲兵が懐中時計を腕に巻きつけたのが始まり,などという説もあるくらいだから,ミリタリーとの相性は良いのである

2015年9月28日月曜日

ジュネーブでは,オシャレな腕時計をしている人が多かった

スイス ジュネーブで腕時計を見て考えたこと.その2.

まず,スイスで時計を買えば安いのか,と思って町中をブラブラとウィンドウをのぞきながら歩いてみた.その結果わかったことは,10万円以下の時計では,値段は日本で購入するのとほとんど変わらないということである.たぶん,数百万円もする時計であれば,関税の分安く買うことができるかもしれないけれど,10万円程度ではその効果は値引きの中に埋もれてしまうからではないかと思われる.その上,スイスで購入して並行輸入扱いされてしまうと,保証についても不安が残るので,結局のところ,私が買える範囲の腕時計については日本で買えば良いということにした.

それでも,いろいろな時計がウィンドウに並んでいるわけで,それを見て歩きまわるだけでもたいへん楽しむことができる.最近,気になっていた時計は,HamiltonのKhaki TitaniumやTraser H3 MILあたりのミリタリーウォッチなのだけれど,実物を見てみると意外に魅力がなく興味が随分と下がってしまった.腕時計はやはり現物を見て,そして腕につけてみて買うべきだとあらためて思う.ネットで購入するのはちょっぴり怖い.

夜は,ジュネーブの市街でレストランに入って食事をしたのだけれど,そこで給仕をする人でさえオシャレな腕時計をしていることに感心した.また,ある夕方はピザレストランに入ったのだけれど,ウェイターがしていた時計はMIDOのダイアルがオレンジに光るカッコいいものだった.ウィンドウで見た価格は確か10万円くらい.それに気づいた時,「おおぅっ,やるな兄ちゃん」と心の中でつぶやいてしまった.

ウェイターの兄ちゃんだけでなく,やはり町中にもオシャレな時計をしている人が多かった.いかにもビジネスウォッチというタイプの腕時計をしている人は少ない.それがたとえ地元のおじいちゃん達であっても,洒落た時計をつけている.それは文化なのだろう.さすがジュネーブは違うと思った次第...


2015年9月27日日曜日

パテックフィリップ美術館 (ジュネーブ)を訪れて

今年の国際会議は,EPE'15 ECCE-Europeに参加ということで,スイスのジュネーブに行ってきた.

ジュネーブを訪れたのは実は2回め.2001年にコイルに関する国際会議Magnet Technology 17thに参加したときに,同じ会場ICCG(International Conference Centre Geneva)で発表したのだった.研究所の同僚と一緒にホテルに泊まったはずなのだけれど,どこに泊まったかは定かでない.そしてどこで食事をしたのかも.ただその後,スイス エアーが倒産してロンドンに行ってからバッゲージがロストしたのを覚えている...それはまた別の機会に.

さて,今回は少し観光もできた.空き時間にパテックフィリップ美術館を1時間だけ見ることができたのである.パテックフィリップといえば,腕時計に興味がない私でさえ高級時計であることを知っているほどのメーカであるけれど,私はその実力を少し甘く見ていたと反省.美術館には想像を越える超高級時計がこれでもかと並んでいて,ただただ,ため息をつくばかり.あっという間に時間が過ぎていってしまった.

美術館は4階構成で,1階と4階は資料的な意味合いが強い展示(時計職人の実演もある)なのだけれど,2階と3階は宝物殿そのものである.3階はアンティーク時計が並んでいるのだけれど,そもそも当時時計を持つことが許されたのは貴族階級であったわけで,当然のように金銀,宝石で飾り立てられた懐中時計や,女性用の扇子の親骨に埋め込まれた超薄型時計など,贅と技術の限りを尽くされた16世紀からの芸術品がケースの中に肩を押し合うようにして並べられていた.あまりにキラキラしすぎて,途中からもう価値がわからなくなるくらい.

2階の現代までの作品のコレクションにしても同じこと.スキのない高級感が見ているこちらを緊張させる.ただ男性用の腕時計というのは近代から作られるようになったものであって,それなりに実用性を兼備した製品は少しだけ身近に感じられて幾分ホッとした.しかし,パテックフィリップの腕時計というのは,最初のモデルからひとつの完成形をしていて,ここをもうちょっと変えたらいいと思うようなところが少しもない.たとえそれが昔のモデルで,その時代を強く反映したデザインといえども,古めかしいところが全然ない.近代に書かれた名画であっても古くさく感じないのと同じ理由なのだろう.つまりは,腕時計は工業的デザインの範疇にあるものではなく,芸術作品として存在しているものなのである.その点が印象的だった.

美術館を回って思ったことは,腕時計,特に機械式の腕時計は,芸術品として,あるいは精巧な機構を内蔵している精密機械として,それを所有するという欲望を満たすものであって,実用品ではないということである.少なくとも私はこれまで腕時計は実用品だと思ってきたのだけれど,そうではない世界が確かにあって,それをここで体験することができた.少しばかり世界が広がった.確かに高級時計を所有するのも悪くない.

私が当日身につけていたのは実用本位のアナログ腕時計.それがちょっぴり恥ずかしくなった.もうちょっと洒落た時計を持つのもいいなと思い始めた.


*美術館について
外から見て,美術館には思えない普通のビルの中にある.だから探すのに苦労するかも.
受付には,少々無愛想な綺麗な女性が2名並んでいて,場内の注意と地下のコインロッカーを案内してくれる.入場料は10スイスフラン.コインロッカーを使用するためには別途コインが必要なので小銭の用意が必要(もちろん,荷物を出すときに戻ってくる).

2015年7月15日水曜日

デイパックを買う: The North Face Shuttle Daypack

私はずいぶんと以前よりカバンとしてデイパックを愛用し,ビジネスでもプライベートでも使うことが多かったのだけれど,この2年ほどはユニクロで買った2000円のトートバッグを使っていた.もともとの定価も4000円ほどなので,ぜんぜん高級感やおしゃれ感はなかったけれど,機能的には十分だったので,不満足ということではなかった.

しかし,先日大阪市内に所用があった際に,ちょっと書類を多くトートバッグに詰めて出かけたところ,これが腰にきた.トートバッグには肩に斜めがけできるベルトがついていて,もちろんそれを使用していたのだけれど,歩いているうちに腰に負担がかかったようで,翌日の朝,「あイタタタ」と腰をさすって床から起きるハメになってしまった.

これはイカン,と身体を鍛え直すことを決意したのだけれど(以前はこんなことはなかった),長時間歩く場合にはトートバッグは向いていなかったとも反省し,こうした場合には腰への負担が少ないデイパックを使うことにしようと思ったのである.

私がこれまで愛用していたのは,ビジネスでも使用できると選んだ吉田カバンのDRIVEのデイパックなのだけれど,さすがに少しくたびれてきているし,そしてなによりも息子に貸したら返ってこなく困っていたこともあって,この機会に自分へのご褒美とばかりに新調することにした.

いろいろとネットをサーベイしたり,かばん屋さんをいくつか回ったりして,結局選んだのは,North FaceのShuttle Daypackというもの.色は黒を購入した.定価は16000円程度なので,カバンとしてはそんなに高価なものではない.しかし,ネットでの評判通りよく出来ているカバンなのである.

良い所は,

  • 見た目が四角くてシンプル,黒を購入すればそこそこ地味なのでビジネスで使用するのも問題ないこと(アウトドアしていない)
  • 20リットルというちょうど良い大きさであること
  • 大きく分けて4つの室があって,モノを整理して収納しやすいこと.ネオブレーンを使用したPCを入れる場所もあり(17インチのNOTE PCもOK),特にPCを持ち運ぶ人にとってはポケットも多くて使いやすい
  • 背負った感じがとても良く,重さを感じさせないこと
  • 横にすればキャリーバッグのハンドルを通す部分があって,スーツケースを使う海外旅行などにも重宝しそうなこと
  • あまり使用している人をみたことがないこと


で,とにかく機能的なところが気にいっている.

一方,気にいらないところは,

  • ジッパーが防水のもののためか固いこと
  • ペットボトルを入れるポケットが両側にないこと(すなわち濡れた折り畳み傘も入れる場所がない)
  • メインの室に小物を整理するためのポケットがないこと
  • あと,ジッパーの金具が少しチャラチャラ音を出すこと

などである.特にペットボトルの入れる場所が無いのは困る.仕方がないのでデイパックに取り付けることができるペットボトルホルダーを探そうと思っている.でもそれ以外は合格点.価格から言えば大変よく出来ている.

カバンは,やっぱり素敵なものを選びたいと思う.価格が高ければ高いほど良いものが買えるのは間違いないのだけれど,そこは予算の制限があって,それがあるから悩む.予算の範囲内で納得できるものを買うのが楽しいのだ.今回は,納得できる買い物だったといえるかな.

2015年7月14日火曜日

TKの曲のおかげで,ダンスミュージックにお腹いっぱい

最近,なぜかTRFの曲を聞く機会が何度かあり,それ以来,脳内ヘビロテ.ついつい口ずさんでしまう.「EZ DO DANCE」とか,「BOY MEETS GIRL」とか,「Survival Dance」とか.いま聞いてもいい感じ.まぁ,私の感覚が古いままだけなのかもしれないけど.

しかし,あの頃の小室哲哉の楽曲ってすごいと今更ながらに思う.特にダンスミュージックの世界で果たしていた役割というのは,相当大きかったことは間違いない.あの頃,どれだけ彼の関係したCDが売れていたか.小室哲哉という人は,確かにいろいろ問題があったのだろうけれど,才能は才能としてあったことは間違いないと思う(もちろん,現在もあるのかもしれないけど).

そこで,ふと思ったのだけれど,2000年代後半から日本でK-POPのようなダンスナンバーがあまり生まれてこなかったのは,小室哲哉のせいだったかもしれないなぁ.

1990年台,私のような年代の若者は,クラブでパラパラからユーロビート,ハウスやレイブまで,それこそ浴びるように彼の楽曲に代表される音楽を聞いていたわけで,あの時代を過ごしてしまった人は,ダンスミュージックにある意味,「お腹いっぱい」という状態になってしまったのではないかと思うのである.そうすると,その後その年代の人たち(2000年台に30~40歳代の人たち)が音楽の現場に立つようになったときに,あらためてダンスミュージックをやろうなんて思わなかったに違いない.まだ日本の音楽界は,ダンスミュージックに飽きていたのではないだろうか.

もちろん,それはその年代の人たちだけであり,それより年下の若者たちは新たなダンスミュージックを必要としたわけで,そこにK-POPが入ってきたということなのではないだろうか.逆に私の年代の人たちがK-POPを聞いても,ことさらなにかを感じるわけではないということも同じ理由なのかと思う.

音楽の嗜好はこれからますます細かくなっていき,いわゆるビッグヒットは生まれにくく,難しい状況になっていくのは間違いないけれど,いつの時代もダンスミュージックは若者たちに必要とされるわけで,そのときに小室哲哉がまた,もう少し見直されることになるに違いない,なんて思ったのである.

#ダイエットのためのTRFのダンスDVD買ってみようかなどと,少し思ってしまったり...
ボーカルのYu-kiが私より年上であることを知ってびっくり

2015年6月7日日曜日

ファインプレーは要らない

ゲームにファインプレーは要らない.
万全の準備と確実な実行さえ伴えば.

チャンピオンにラッキーパンチは要らない.
当たり前のことを,当たり前にできれば.

つまり,ファインプレーやラッキーパンチに頼らなければならなかったということは,それだけ勝ちが危うかったということである.それは勝利の中でも最も低級な勝ち方である.

戦う前に廟算し,勝つことを確信してから勝負に臨みたいものである.

しかし,これさえも孫子に言わせれば,まだ勝ちの中である(ちなみに戦って勝つのが勝ちの下,戦う前に勝利を確実なものにしてから勝つのが,勝ちの中).百戦百勝であっても善の善にはならず.すなわち,戦わずして勝つことが勝ちの上である.試合という勝負のない毎日の生活においてこそ,戦わずして勝つことが最上なのだろう.そしてそのためには,万全の準備(廟算)と確実な実行が不可欠ということなのだ.

#実は最近,具志堅用高の世界戦,そしてデュラン,ハーンズ,レナード,ハグラーたちがいた時代のライト級黄金時代の試合を動画で見た.彼らにラッキーパンチは不要だった.当たり前の努力と各自当たり前の戦術が実行できていたということなのだろう.だがそれを確実に行うことができることが才能なのだと思った.

#デュランはガッツ石松とも戦っていたのだと驚いた.しかし,デュランは50歳まで現役だったと知りさらに驚いた.

2015年6月5日金曜日

マインドフルネス,玉簾不断

ある方との会話の中で"Mindfulness"という言葉が出てきた.最近,たまに耳にする言葉である.

私はその単語を聞いて,「玉簾不断」という言葉を思い出した.私の解釈によれば,この2つの言葉ん意味はほぼ同じである.すなわち,「即今,即今」,「今,目の前で起きていることに集中し,十分にそれを味わうこと.過去は既に過ぎ去ってしまったものだから,心を引きずられずにいよう.そして,未来はいまだ来たらず,ということなのだから,不要な不安を抱かぬようにしよう」ということである.

過ぎていく時間の中で,「なんとなく」ではなく,常に自分で意識をもってことに対応する.現在起きていることに心を集中する.これがMindfulnessということかと思う.

一方,「玉簾」とは滝のことである.滝は遠くからみれば連続して水が流れているように見えるが,近くでみるとそれは一滴,一滴断続した水玉の集合でしかない.しかし,その水滴が途切れることなく落ちているからこそ,滝は不断の滝として成り立っているのである.この一つ一つの水滴の積み重ね,すなわちこの瞬間,瞬間と離散的に続ける不断の努力こそが実現の鍵であるということである.

結局のところ,人間が働きかけることができるのは「現在」だけであり,「過去」や「未来」には直接手をかけることができない.ならば,この現在を十分に生きることしか,私たちにできることはないのではないか.

また「連続する」という概念は人間の努力の継続を邪魔する.時間は,現在という点の離散的な,しかし不断の連続体であると思うからこそ,人は努力を継続できるのである.

「今日だけは,この努力をしてみよう」と朝,決意する.「今日からずっと努力しよう」と思うと,つい,これから続く年月の長さのつらさを思い,決意が揺らいでしまう.毎朝,「今日だけは」と思うことが努力を継続させるコツである.

私の記憶が確かならば,「玉簾不断」という言葉は,母校の武道場の入り口に掲げてあったように思う(いや違ったかな...).そのころにもこの言葉の意味を考えたけれど,今またその言葉の重さについて思う.





2015年5月9日土曜日

春の歌を思い出す

今日は娘の授業参観があって,見学した授業は国語だったのだけれど,そこでは「春」に関する詩,歌を生徒たちが暗記して,みんなの前で発表するというようなことが行われていた.

ひとつめの詩は草野心平の「春の歌」.繰り返される「ケルルン クック。」という言葉が特徴的で,生徒たちにとっては暗記しやすかったようだ.私も詩の言葉は定かではないけれど,やはり「ケルルン クック。」は耳に残ってしまって,草野心平の詩だとすぐに覚えてしまった.いい詩だなと素直に思う.

次は,短歌で百人一首から二首.

春過ぎて 夏来たるらし 白妙の衣干したり 天の香具山 (持統天皇)

人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける (紀貫之)

そして最後は在原業平の歌.

世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし (在原業平)

この歌三首には,生徒たちも苦戦していたようで,なかなかスラスラと暗唱できる人は少なかった.

実は私も歌は覚えていたけれど,誰の歌かはすっかり忘れていた.こう見えても高校時代,百人一首のクラス選抜に選ばれるくらい一応歌は覚えたのだけど(その頃は全然百人一首なんて流行っていなかったし...でも,今はすっかり「決まり字」なんて忘れてしまった),今では誰が詠んだのか全く覚えていない.今日も「人はいさ...」の歌が在原業平のものだと思っていたくらいである.子供たちにも全然自慢できない.

しかし,若いころに覚えた歌というのはいいものだ.こんなオジサンになってもまだ忘れず,春になればこうして桜や新緑をみて素敵な気持ちに変えてくれる.一生懸命覚えている中学生にはそんな余裕は無いのだろうけど...



#私は,持統天皇の歌は百人一首で覚えたので以下の通りだった.どうも万葉集に採録されているものは上記のものらしい.

春過ぎて 夏来にけらし 白妙の衣干してふ 天の香具山


##先日,テレビからヨハン・シュトラウスの「春の声」(ソプラノ付)が聞こえてきた.こちらもいいね.



2015年5月8日金曜日

ご先祖様の血は薄まっているわけで

昨日と同じご先祖様の話をする.

2000年ほど前,つまり紀元の頃,日本は弥生時代だと思うのだけれど,その頃にも今の私につながるご先祖様がいたはずである.どこかで何かを食べて生き抜いていたに違いない.それから現代まで二千年.何代くらい世代が変わったのだろうか.

昔は人生五十年と言っていたので,おおまかにその半分の25歳で子供を設けたとする(古代になればなるほど,もっと若くに子供を作り,もっと早々に死んでいたと思うけれど...).そうすると,約25年で親の世代が交代すると考えられる.

さて,2000年間に何代世代が代わったかというと,1世代あたり25年だから2000/25 = 80代ということになる.すなわち,紀元の頃から約80世代のご先祖様がリレーバトンをつなげて私にまで至ったということになる.

ご先祖様の血は子供に受け継がれるたびに1/2になるとすると,紀元の頃のご先祖様の血は2の80乗分の1,すなわち約1.2 ✕ 10^24分の1という天文学的な数字に薄められていることになる.世代が受け継がれているといっても,少々心許ない印象は否めない.

とはいっても現代に生きている人は誰でも皆,それくらい薄い血しか受け継いでいないのだから仕方がない.こう考えてくると,ご先祖様は近くて遠い存在なのだなぁ...と思う.

2015年5月7日木曜日

ご先祖様はやっぱり偉い

ご先祖様を大事にする,というのは日本人の基本的な宗教的な気持ちのような気がするけれど,あまり信心深くない私にとってそれを意識するのはお盆の時くらいで,常々にはあまり気にしていない.

家系的にみれば,本家の方で言えば私は十二代目あたりに当たるらしいのだけれど,父の代に分家となったので私は二代目ということで(父の墓も新調したし),これまたご先祖様はあまりピンとこなかった.祖父は面識があるので身近な感じがするけれど,それ以上先代となると全然想像もつかない.

しかし,先日,ふと自分の存在について考えてみた.

私が現在生きているということは,これまで私につながるご先祖様は皆,私につながる子供を生むまでは生き延びたという事実を示しているのだ.それって意外にすごいことではないかと思ったのである.

江戸時代,たぶん百姓だったと思うのだけれど(いや,帯刀が許されていたとの話もあるのでご先祖様の身分はさだかでないけれど),たびたびの飢饉の際にも生き延びてきたのである.

もっとさかのぼって室町時代,戦乱の時代も生き延びたはずである.そして更に鎌倉時代,平安時代と,私につながるご先祖様はずっと生き抜いて子孫を作ってきているのだ.

弥生時代だって,縄文時代だって,もっといえば生命誕生の時から脈々と私につながっている一本のラインがあるわけで,その血脈をつないできた時間の長さを考え,そして生き延びてきたご先祖様を考えると,自然に手を合わせたくなるのもわかるような気がする.

もちろん昔になればなるほど,そのご先祖様の遺伝子(血)は薄まっているわけで,例えばよく(?)「七代まで呪う」などというけれど,結婚して子供が生まれるとするとそのご先祖の血は二分の一になるわけで,これを七代続けると,2の7乗,すなわち128分の1,七代前のご先祖様の血を1%以下の血しか受け継いでいないことになる.ずいぶん血が薄まるので,それ以上の子孫は呪う甲斐が無いということなのかもしれない(もちろん,子孫の数も膨大になるので,全員追っかけて呪うのも大変だからという理由もあるのかもしれない).だから,生命誕生からのご先祖様の遺伝子を引き継いでいるといっても,ずいぶんと薄く,薄くなっているわけで,その点ではあまり縁がないといえるかもしれない.

でも,しかしである.どの時代のご先祖様も子供を作るまでは生き抜いてきたというすごい事実は私の存在を証拠としてあるわけで,血は薄くなっていてもご先祖様への感謝の念はやはり抱かずにはいられない.

先祖崇拝というのは,もっとも原始的な宗教の形のひとつだと思うけれど,こう考えてくると自然発生するのも当然のような気がする.室町時代や江戸時代の戦乱や飢饉にあっても,時には戦い(そして時には逃げて),なんとか何かを食べつないで,生き抜いてきたご先祖様はやっぱり偉いと思うのだ.

2015年4月27日月曜日

兵法,武術,武道

戦争の三要素といえば,戦略,戦術,兵站である.

これを私の考えではあるけれど(というか誰でも言っていることなのだろうけれど),武道の観点から考えてみたいと思う.

まず,戦略と戦術との違いはなにかということなのだけれど,これははっきりとした線引は難しい.ただ戦略というのはどちらかというと大局的な見方寄りで,一方,戦術というのは局所的で勝つためのスキルということができるように思う.つまり,戦略は長期的に勝利を得るためのの策略であり,戦術はその戦いで勝利するための技術であるように思う.

これを武道の観点から見ると,戦術というのは武術,戦略というのは兵法といえるのではないかと思う.武術とは戦いに勝利するための技術であり,兵法とは自分あるいは自分が所属する組織が生き抜くための戦略である.また兵法というのは,一対多の戦い,あるいは複数対複数の戦いにおいて勝利するための知略を指すことが多い.兵法は戦略を練るものなのである.

次に,武術と武道の違いはなにかということになるのだけれど,これもまた区別が難しい.しかし,武術は基本的には戦闘のための技術を指すことが多いのに対し,武道という言葉はその技術に付随してある哲学ともいうべき背景を含んでいるように思われる.まぁ,そもそも武道という言葉は新しいもので,江戸時代には一般的でなかったらしいけど.また,「武術」というより「武芸」.江戸時代,「芸」といえば芸者の芸を指すのではなく,武芸者の芸を指していたという.つまり,「武」というものが,もともと思想を含めたものであって,わざわざ「道」などということを言う必要がなかったのだろう.

しかし,その「武」と「兵法」との区別も実は曖昧である.戦国時代の後,いくつかの武術の流派は存在したけれど,その流派の名前に「兵法」とつくもののあるのである.たとえば,白井亨の「天真伝兵法」とか,松山主水の「二階堂平法」とか,剣術の枠にはまらない流派といえるだろう.これらは,兵法の中に武術が含まれているというのが正しいのかもしれない.一人を相手にすることから始まり,次に多人数を相手にする技術に発展,最後には自分が所属する組織が勝利を得る知略に拡大するならば,「兵法」に辿り着くのは自然なことなのだろう.

結局,「武」の観点から簡単にいえば,「戦略,戦術」は「兵法,武術」といえるのだろう.

では,もう一つの要素である「兵站」は?
う~ん...
やはり,「兵法」とは「戦略,戦術,兵站」を考えるものであって,武術は兵法に含まれるということなのか.どうもまだすっきりしない.

2015年4月26日日曜日

君は真剣と竹光との違いもわからないのかい?

私がずっとご指導いただいている合氣道の先生と酒席をご一緒させていただいたときの話.

2時間ほど楽しいお話をさせていただき,そろそろお開きの頃合いとなった.そこで,お店の方がシメのお茶をもってきてくれることになった.

バイトの女の子がお茶を2つお盆に載せて持ってきてくれる.先生はじっと茶碗をみつめていらっしゃった.そして,女の子が手渡してくれる指先を見つつ茶碗を受け取って女の子に質問.

「君は指の皮が厚いのかい?」

私は先生の質問の意味を理解できないまま,私も女の子から茶碗を受け取った.

「うぉっ,この茶碗,木で出来ているんですかね?」

と驚きながら,茶碗に口をつけた.

「アッつ---!」

思わず声に出してしまったほど,お茶が熱かったのである.
先生を見てみると,ニヤニヤされながら平気でお茶を飲まれている.そして一言.

「三浦君は,鞘に入っているのが真剣か竹光かもわからないのかい?

私は笑い出してしまった.ひとつは自分の情けなさにがっかりして.
そして先生のユーモアに感激して.

そうなのだ.先生はお茶がやけどするほど熱いことを,女の子が持ってきたときから,その湯気の立ち方を見てわかっていらっしゃったのだ.だから平気で茶碗を手渡ししてくる女の子に,指は熱くないのか?とお尋ねになり,自分は気をつけて少しずつお茶を飲まれていたのだ(茶碗が木製だったので,私は気づかなかったのだ).

一方,私はそんなことには気づかず,ぐぐっとお茶を飲んで舌をやけどしてしまった.結局,私には油断があったということなのだ.反省...

しかし,先生のユーモアのあるご指摘は一体どうだろう.私にはあんな気の利いた言葉は思いもつかない.そのユーモアが素敵で私は笑いが止まらなくなってしまったのだ.

その日は,本当に楽しい気分で家路についた.今でもその時のことを思い出すとニコニコしてしまう.こうした出来事が少しずつ私というものを作っていくのだろう.そして,こうした素敵なエピソードを与えていただける先生に出会うことの縁の有り難さを思うのである.


2015年4月3日金曜日

25年前の自分の姿に驚く

もう4月になってしまった.1年の4分の1が終了したことになる.なんという加速感.日々の出来事はそんなに変わらないのに,歯車が回るように確実に時間だけは過ぎていく.そして私たちもゆっくりとゆっくりと変化を続けているのだ.

私が大学生時代いただいていた奨学金の事務局から文集が届いた.毎年,奨学金の卒業生,現役生が寄稿して作られる一冊である.私は一度も寄稿をしたことがなく,たいへん申し訳なく思っているのだけれど,他の方々の文章は毎年読むのを楽しみにしている.

今年は私と年代が近い卒業生が,当時の写真を掲載していたのに目を惹かれた.当時は奨学生が集まってスキー場や登山に出かけるというイベントが年に数回開かれていたのだけれど,その際のスナップ写真が何枚か文集に紹介されていたのである.

実を言うと,私はその頃のことはほとんど覚えていない.当時の写真は10枚以上紹介されていたけれど,自分がどのイベントに参加して,どのイベントに不参加だったのか,全然わからないのである.もう25年くらい前のことになる.すっかり忘れてしまった.そこで,娘たちに私のことを探して欲しいと頼んだ.娘たちはワイワイと写真と私を見比べて早速探してくれたのだけれど,指差し示された(若いころの)私の姿には本当にびっくりした.自分の想像を越えた自分がそこに写っていたのである.

まず,私は痩せている.これはしょうがない.当時はトレーニングをして,プロティンを飲んで,筋肉をつけて太ろう太ろうと努力していたのだけれど,体重は決して70kgを超えることはなかった.68kgに達して胸囲が90cmを越えた頃は本当にうれしかったくらいである.現在の下腹が出て,70kgを優に超える体型がうらめしい...あのころの6つに割れた腹筋は今は熱い皮下脂肪の下である.

次に,写真の中の私は髪の毛がフサフサしていて4:6の比率で分けられている.現在の短髪の姿を見慣れている私にはそれが衝撃的だった.娘たちは,「昔はこんな髪型が流行っていたんだよね~」と笑っていたけれど,我ながらなんとダサい髪型なのだろうと思った.当時もモテなかったのも仕方がない.どうしてこんな髪型だったのだろう.竹の子族時代の沖田浩之のようだ...

そして服装もダサい.いまもダサいけれど,当時からダサい.本当に嫌になる...もう少し自分磨きにリソースを投入していれば現在の自分は少しはマシだったろうに,と思う.

ただ今回のことであらためて知ったのは,やはり毎日毎日私は変わってきたのだという動かしようのない事実である.日々の変化はあまりにも小さいために,そのことをつい忘れて毎日を過ごしている.しかし,現在の自分は,その変化の積分によってできていることを痛感したのだ.毎日のちょっとした心がけ,ちょっとした行動が10年後,20年後の自分を作るのである.

残念ながら今の私は,25年前の私が考えていた未来とは大きく違うところに来てしまっているようだ.しかし,いまさらこの25年の自分のあり方を後悔しても仕方がないということも知っている.もう取り返しがつかないのだ.ただ私にできるのは,これから残された少しの時間,ちょっとでもマシになるように,そして10年後に後悔しないように,毎日の変化を心がけることだけなのだ.

10年後に現在の私の写真を見るときには驚かず,そして現在からの変化を素直に受け入れるようになりたいものなのである.

2015年3月28日土曜日

TRICERATOPSがやっぱりいいんだよ

TRICERATOPSがやっぱりいいんだよなぁ.最近このバンドばかり聴いている.昨年末に4年以上ぶりに新しいアルバムを出したということもあり,その活躍がうれしくてたまらない.

私が彼らを知ったのは1990年代も終わりの頃,"Fever"という曲だった.そして,"Going to the Moon"がCMで使われて彼らは一度メジャーになるのだけど,その後だんだんヒットチャートで彼らのことが話題にのぼらなくなってきて,いつの間にか若い人たちの間であまり聴かれないバンドになってしまっているような気がする.それがこのオジサンには残念でたまらないのである.

私が大好きな"Fever".この作品はいまでも魅力が色褪せないロックのスタンダードだと私は思っているのだけれど,彼らが標榜している「踊れるロック」という色が強く出ていて中毒になる曲である.まぁ,あとで知ったデビュー曲"Raspberry"からしてそうなのだけれど,最近彼らが出したシングル「スターライト スターライト」でもその軸は全くぶれていない.シリアスな内容であっても明るさを失なっていない.そして踊れる.そのちょうどいい塩梅が私の趣味にぴったりということらしい.オアシスやU2みたいに暗いロックもいいけれど,トライセラトップスくらいがちょうどいい.若い人にもきっと魅力的に違いない.ただ彼らの音楽に触れる機会が少ないだけなのだと思うのである.それがこのアラフィフのオジサンには残念でたまらないのである.

2015年3月10日火曜日

自由が丘は学生時代の思い出の街

最近,TRICERATOPSの曲を突然思い出したように聴き出しているのだけれど,いろいろなことがつらつらと思いつくので,それらを備忘録的に書いてみる.

トライセラトップスのボーカルといえば,和田唱.彼は私のひとつの理想的なカッコよさ(私には絶対進めない方向のカッコよさ)を体現している人のひとりなのだけれど,今回は彼の話ではなく,彼の父親からとりとめもなく続く話.

彼の父親は和田誠で,私の好きなイラストレータであり,そのイラストは数々の本の表紙や挿絵,そしてポスターなどで有名だったけれど(一方,彼の母親が平野レミだとは,つい最近まで知らなかった),実は映画監督でもあった.作品としては,「麻雀放浪記」が有名で受賞歴も素晴らしいのだけれど,私が好きなのは「快盗ルビィ」.小泉今日子が謎の怪盗ルビィで主演し,その相手が冴えない真面目なサラリーマン役の真田広之.真田扮する青年が,小泉のルビィに振り回される青春恋愛コメディで,なんというか,当時とてもおしゃれに感じた映画である.

映画の内容もとてもオススメなのだけれど,その映画のロケ地が私が当時住んでいた自由が丘で,それもたいへんお洒落に感じられた.たとえば,「アルテリーベ」.赤レンガ造りのドイツ料理のレストランで,そこでもロケがなされていた.アルテリーベは何度もその前を通ったことはあるのだけれど,学生だった当時はとても中に入るお金も勇気もなく,とうとう入らずじまいに東京を離れてしまった.後年,自由が丘を訪れた時に,アルテリーベに行ってみたのだけれどびっくり仰天.なんと真っ白なレンガ造りの建物になっていた(現在はどうも違うお店になっているらしい).自分が住んでいた時代とは変わったのだとつくづく思った.

さて自由が丘といえば,他にも私の好きなお店がいろいろなドラマのロケ地になっていたのを思い出す.たとえば,とんねるずのドラマ「お坊っチャマにはわかるまい!」の舞台となっていたのは,チルドレンタワーという子どもデパートだったけれど,あれはサンタが建物に登っているので有名だった「チルドレンミュージアム」(津川雅彦のお店もあった)だし,田村正和の「パパはニュースキャスター」では絵本の専門店「アリスの部屋」の上の喫茶店「カフェラミル」で浅野温子と待ち合わせをするという話になっていた.

私は当時から絵本が大好きで,「アリスの部屋」も何度も足を運んだのだけど,その割には取り扱っている絵本が高価過ぎてとても手が出なかった覚えがある.「ニーベルングの指輪」の絵本シリーズ全4巻が欲しくて欲しくてたまらなかったけれど,全て揃えると優に一万円を越えるので泣く泣く諦めたことをいまでも覚えている.

ということで,トライセラトップスの曲からなぜか自由が丘の店をいろいろと思い出すことになった.学生時代,最寄り駅は自由が丘といっても,私が住んでいた住所は等々力六丁目だった.そこにあったおしゃれな店もお金がなくて,だいたい外から眺めているだけ.いろいろ複雑な思い出がある街なのだ.もう離れて20年もたつ.またいつかふらりと街を訪れてみたいような,そうでないような...

2015年3月8日日曜日

三船敏郎の殺陣のすごさ,香取神道流の技

時代劇といえば,最近個人的に見直しているのは,三船敏郎の殺陣である.といっても,彼が出演している映画は,「七人の侍」,「用心棒」,「椿三十郎」くらいしか観ていないのだけれど.

「七人の侍」における三船敏郎は百姓上がりの役だから,戦闘のシーンの迫力はすごいのだけれど,彼自身が華麗な技を見せるということはほとんどない.だから私の印象に残っているのは,「用心棒」と「椿三十郎」における彼の殺陣なのである.

この二作での彼の殺陣の特徴は,技の荒々しさである.洗練された技術というのではない,まさに抜身の刀がギラギラとしているような,彼の配役そのものの剣さばきなのである(大俳優 三船敏郎のことだから,技にあわせて刀を扱ったにちがいないが).悪党たちを,ザック,ザックと斬っていく.観ていてスカッとするのである.

役に沿った荒々しい剣ということで,あまり武術的に論じるのもどうかという話なのだけれど,この2本の映画の武術指導にあたったのは,天真正伝香取神道流 杉野嘉男氏だったはずである.雑誌「秘伝 古流武術」(現 「秘伝」)で昔読んだ気がする.だからなのだろう,「用心棒」においては,三船敏郎は香取神道流に伝えられている「逆手抜き」の居合術を披露している.冒頭,有名な「棺桶の数」を棺屋に指示したあと,悪漢を斬り殺すシーンである.ここで彼は通常と逆の向きに手を柄にかけ,一気に刀を肩の方に抜きあげて,そこで持ち替えてそのまま相手に斬り下ろしている(説明が難しいので,詳細は映画を見るか,香取神道流の動画で確認してください).あっという間に,それも少しも不自然なところもなく,この技を繰り出しているから,三船敏郎もずいぶん練習したのだろうと推測している.こっそり私も練習してみたりした.かっこいい技なのである.

一方,彼が使った特殊な技といえば,もちろん「椿三十郎」のラスト,仲代達矢との決闘シーンで用いた逆手抜きを話題にしないわけにはいかない.数十秒間向き合う三船敏郎と仲代達矢.不意に仲代が刀を抜いて上段から振り下ろそうとした刹那,三船はいち早く刀を抜いて仲代の右胴を斬っているのである.仲代の胸あたりからどっと吹き出す血が印象的だ.仲代もあんなに血が吹き出すとは思っていなかったのではないだろうか.明らかに彼の目は驚いている.

さて,技術的に見るとこの技も逆手抜きなのだけれど,こちらの逆手はなんと左手で抜いている.右手を柄にかけることもなく,左手でそのまま刀を抜き,右手は刀の中程の峰に添えて仲代の脇を斬り上げているのである.確かにこれならば,仲代が上段から斬り下ろしてくるよりも早く抜刀し,胴を抜くことができる.しかし,まず本当にそれで抜けるのだろうか.刀は刃を上にして脇に差しているから,刀を斬り上げるように抜ききるには柄にかけた手で刀を抜くと同時に,刀をひねりながら相手に刃をむくようにしなければならないのである.これを一瞬で行う.そんなことができるのだろうか.まぁ,動画サイトを見ると挑戦して抜いている動画も上がっているのだけれど.

次に,左手で抜いて右手を添えるだけで,相手を斬り上げることができるのだろうか.こちらは全く予想がつかない.私は試し斬りもしたこともないし,まして人を斬ったこともないのだから.ただこの抜き方で刃筋を立てて,相手を斬り上げることが容易でないことはすぐに想像がつく.やはりここは時代劇としての演出なのだろうと思う.アイデアとしては面白い.そこには杉野氏のアドバイスがあったに違いないとは思う.

黒澤組でカメラマンだった木村大作氏は,この「用心棒」という映画について三船敏郎という役者がいなければ成立し得なかったとまで言っている(木村氏は,「用心棒」でカメラのピント送りという役だったらしい).三船敏郎は十秒の間に6人を全部二の太刀で斬っている.そんなスピード感を持っている役者は他にいないのだという.

「用心棒」,「椿三十郎」は,いまでも十分に楽しめる映画である.ストーリー,配役,カッコよさ,すべてが素晴らしいのだ.そして,それらは三船敏郎の殺陣がなければ,ずいぶんその魅力を失ってしまうだろう.それだけ彼の殺陣はすごいのだ.そして,その裏付けとして古流武術の技がちゃんと存在していたのである(だからこそ織田裕二の「椿」は魅力に欠けるのだろう).

この記事を書いているだけで,また「用心棒」を観たくなってくる.あれだけゾクゾクする映画はなかなか他に思いつかない.そしてまた稽古であの技を練習したくなるのである.

#「用心棒」は,時代劇で初めて人を斬る効果音が付いた映画だったりする.それだけでも偉大だ.

#「椿三十郎」の仲代達矢は最後のシーンで,三船がどのような技を使うか知らされていなかったという話を聞いたことがある.もしも本当だったら,よくあんなシーンを一発でうまく撮れたなあとその奇跡を思う.

#座頭市対用心棒という映画もあるのだけれど,怖くて観ることができない...(ちゃんと勝新と三船が出演しているらしいけど)

2015年3月4日水曜日

勝新太郎,座頭市の殺陣のすごさ,美しさ

時代劇の殺陣の豪快さといったら,若山富三郎だろう,という記事を以前に書いた.その考えは今も変わらないけれど,最近は弟の方の,勝新太郎の座頭市シリーズの殺陣に今更ながらに惚れ惚れとしている.こんなに華麗な殺陣をできる人はいまはどこにもいないのではないか.

勝新太郎がどれだけ天才だったかは,「天才 勝新太郎」(春日太一著,文春新書)を読んでもらえばわかる.本当に役者として異常な才能があったのだろう.芸事を含め,何事にもその才能を表した人だったから,殺陣の才能があっても全然おかしくない.最後には,座頭市が斬りかかってくる敵の中で踊っているように見えてくる.それほど美しいのである.

映画の中では,座頭市の曲斬りの技が毎回披露される.火が灯ったロウソクを斬るなんてお手の物(盲目なのにどうやってロウソクの位置を把握しているのだろう,なんて野暮なことは言わない).博打場では,ツボに入ったサイコロを2つとも見事真っ二つにしてイカサマを暴いたり,それどころかサイコロを人が持っている酒のトックリの中に投げ入れ,トックリごとサイコロまで真ん中を斬り裂いたりしてしまう.どうもシリーズ作品が続いた分だけ,この曲斬りの難易度も上がっていったようで,最後の方は思わず笑ってしまうほどの曲技になっている.しかし,そんな曲斬りにおいても,彼の刀さばきは素晴らしい.どうやって撮影したのだろうか.刀は不意に抜かれていつの間にか杖の中に納められるのである.

もちろん対人の殺陣こそが見どころである.先に踊るように人を斬ると書いたけれども,座頭市は決して剣術の型通りに構えたり守ったりするわけではないから,脚もガニ股に開き気味で本当に右,左と踏み替えて人を斬る.カッコ悪くなりそうだけれど,それは勝新.それがかっこ良く,そして舞うように美しく見えるのだからすごい.北野武がなぜ座頭市を撮りたかったのかわかるような気がする.

勝新太郎は座頭市の殺陣のヒントを得るために,合気道の開祖 植芝盛平先生を家に招いて話を聞いたのだという.私の記憶では,「目が見えないのだから,相手が自分の間合いに入るまでは動くことができないはずだ」,というようなアドバイスをもらったとのことで,それが座頭市の殺陣に活きたという話だったはずである.武道家のアドバイスを聞いて,それが実際に役に立てることができるのだから,やはり勝新はすごいと思わせるエピソードである.

「天才 勝新太郎」によれば,晩年,勝新は自分と座頭市の区別ができないくらい,役柄に没頭していたそうである.彼は座頭市によって,彼の生き方の理想を具現化していたのではないだろうか.そして座頭市という役を通してこそ,これこそが自分だと思える生き方ができていたのだと思う.それは彼にとって幸せなことだったのかどうかは疑問だけれど,彼がそこまでなりきっていた役だからこそ,現在もその到達した高みを映像の中に私たちは見ることができるのだ.それは私たちにとっては幸せというべきことなのは間違いはない.

2015年3月3日火曜日

いかさまに身はくだくとも 心はゆたに

ずいぶんと昔のこと,東京の明治神宮を訪れた際におみくじを引いてみた.知っている人は知っているのだけれど,明治神宮のおみくじには吉凶がない.その代わりに歌が書いてある.「大御心」として,明治天皇と昭憲皇太后の詠まれた歌がおみくじには載せられているのだ.

どうも明治天皇は93,000首を,そして皇太后は27,000首を越える歌を生涯にわたって詠まれたとのことであるから,おみくじはその中からの抜粋数十首ということだろうけれど,それでもおみくじに書かれた歌は他の占いと同様なにかしらのヒントを与えてくれる(こんなことを書くと不敬なのかもしれないけれど).

私がその時に引いたおみくじに書かれていたのは皇太后の御歌(ちなみに天皇の詠まれた歌は御製というらしい).

いかさまに身はくだくともむらぎもの心はゆたにあるべかりけり

というものであった.ネットで調べてみると,どうもこの御歌は御年25歳,「弗蘭克林の十二徳をよませたまへる十二首」のなかの一首らしい.

十二徳というのは,
節制,清潔,勤労,沈黙,確志,誠実,温和,謙遜,順序,節倹,寧静,公義.

弗蘭克林というのは,フランクリン.どうもアメリカのベンジャミン・フランクリンのことらしい.
(彼は大政治家でもあったけれど,発明家でもあり,雷が電気であることを調べた科学者でもある)

彼の成功は十三徳を重んじたからといわれているが,それに皇太后は感銘を受け,「純潔」を除いた十二徳について歌を詠んだということらしい(皇太后さまには「純潔」の項目は少し似合わないと私も思う.興味のある人は調べてみて欲しい).

この御歌は,十二徳のうちの寧静に関するものである.どんなに忙しい状況に置かれても,余裕を失わず,心豊かにいなければならないことを教えてくれる.おみくじは,しばらくは私の財布の中に入れていたのだけれど(今思うとそれをお尻にしいて座っていたのだから全くの不敬にあたるなぁ),いつのまにかどこかに無くしてしまった.しかし,いまでもその御歌は忘れず,ことにふれて思い出すことがある.

#どうも以前にもこのブログでこの御歌について記事をかいていたらしい.でも少し御歌が違っている.どうも記憶が曖昧だ.

2015年3月2日月曜日

時間泥棒が盗んだものは

久しぶりのブログの更新となりました.とにかく時間がなかったのです.まぁ,いろいろとあって,そしてそれはまだまだ続いているのですが,それでもこうしてブログを書いて自分の考えを整理する時間を少しは確保しようかなどと思えるようになってきました.はじめは,できると思った時に更新をすればいいかなと思っています.

「忙しい」ときに思い出す話があります.それは,ミヒャエル・エンデの「モモ」という子供向けの作品です.これはモモというちょっと変わった女の子が,人々から灰色の男たちが盗んだ時間を取り戻す,というお話なのですが,実は男たちが人々から盗んだものは,測ることができる「時間」ではなくて,時間を奪われたことによって人々が無くしてしまうことになる「心の余裕」なのです.ここにエンデがこの物語で伝えたかったテーマがあるのだと思います.

ここしばらく私も時間が取れませんでした.しかし,そんな状況でもちょっとした掃除や整理整頓,ブログの更新などを行う時間が取れなかったというわけではありませんでした.でもそれができなかった.結局,「短くとも時間を確保する」ことができなかったのではなく,「行動しよう」とする心の余裕がなかったからなのです.忙しさのために「行動」への心理的なハードルが高くなってしまったことが原因だったのです.

どんなに時間的に忙しくとも,心に余裕があれば,いろいろなことをひとつずつ処理することができ,結局多くのことをこなすことができるのでしょう.大事なのは時間の多寡ではなく,どんな状況でも心の余裕を失わないことなのです.では,どうすればその心の余裕を維持することができるのでしょうか.残念ながら,私にはその答えはわかりません.ずっと求め続けてはいますが.

作品「モモ」においては,主人公のモモが人々の話にじっくりと耳を傾けることによって,人々は心に余裕を取り戻していきます.そんなところにヒントがあるのではないかと思います.忙しい時こそ心をスローダウンし,集中を高める.一日に多く仕事を詰め込まず,余裕をもって物事にあたる.そうした態度こそが,逆説的に作業効率をあげることになるのかもしれません.

今後も忙しさは続くのですが,こうした理由からブログはポツリポツリと更新していこうかと思っています.また,スローダウンを実現するための具体的な方策についても,いろいろ試してはご報告できたらと思います.皆様,今後ともよろしくお願いします.

※こうした状況に対応するために武道を稽古しているはずなのですが,なかなか思うようにはいかないものです.心の修行もまだまだですね...




2015年1月3日土曜日

今年は,「鍛錬」をテーマとする

今年の私のテーマは「鍛錬」としたいと思います.

すなわち,心技体すべてを鍛えるということです.

身体を鍛えることの重要性は昔から言われています.身体に適切な負荷を与え続けることにより能力は向上し,健康になっていきます.これはトレーニングを行うことによって実現できます.長年の課題であるダイエットもこれによって実行できるはずです.

次は,技を磨くことです.仕事でいうと,これはスキルにあたります.やはり歳を重ねるにつれて新しいスキルの習得に時間がかかるようになり,挑戦するのが億劫になってきます.私も確かに時間を確保するのも難しくなり,細かいことに時間をかける余裕がなくなってきたように思います.これをぜひ克服したい.そして,さらにこれまで習得してきたスキルの速さと精度をあげていきたい.そうした努力をしたいと思っています.

また技といえば芸ごとです.池波正太郎の小説によれば,その昔「芸」といえば「武芸」を指していたそうで,その芸を磨くことを目標にしたいと思います.実は,武術にはそれほど力は必要なく(力が必要な技は私の目標とするところではありません),むしろ心の状態が肝要となってきます.すなわち技を磨くということは心のあり方を磨くことであり,それは日々の稽古からしか実現できません.とはいえ,道場に毎日通うわけではありません.昨年,私が長年ご指導をうけている師範から「道場に来ている時間は,たかだか2時間しかない.しかし一日は24時間.残りの22時間でも工夫をしなければ,絶対に技は身につかない」との教えをいただきました.すなわち道場の畳の上だけの稽古では全く足りず,日常において心のあり方を稽古せよとのことです.これを今年のテーマとしたいと思います.

さて,最後は心です.感情などの心のあり方は技の稽古において鍛えることができます.私がここで目標としたいのは「脳」の鍛錬です.脳にも適切なトレーニングが必要なのだと思います.脳のトレーニングは明確な(例えば数値的な)目標を挙げて,努力し成果を測ることが難しい.だからこそいままで疎かになっていたと考えています.集中力も,雑務処理能力も,そして研究に必要な発想力でさえも,地道で基礎的な脳へのトレーニングがあってこそなのだと最近考えるようになったのです.年齢とともに明らかに脳の働きは落ちていますが,脳に適切かつ明確な負荷を与えて鍛えていきたいと思っています.

鍛錬を継続するには,時間を確保することがなにより肝心です.それを実行するのに必要なのは「覚悟」なのだと思います.そのうえ,身体のトレーニングはともかく,技と脳のトレーニングには時間の確保は不必要です.「覚悟」さえあれば,いますぐにでも実現できることです.

千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす

この言葉を忘れぬよう精進していきたいと思います.

#今回はカタいなぁ...