2015年3月28日土曜日

TRICERATOPSがやっぱりいいんだよ

TRICERATOPSがやっぱりいいんだよなぁ.最近このバンドばかり聴いている.昨年末に4年以上ぶりに新しいアルバムを出したということもあり,その活躍がうれしくてたまらない.

私が彼らを知ったのは1990年代も終わりの頃,"Fever"という曲だった.そして,"Going to the Moon"がCMで使われて彼らは一度メジャーになるのだけど,その後だんだんヒットチャートで彼らのことが話題にのぼらなくなってきて,いつの間にか若い人たちの間であまり聴かれないバンドになってしまっているような気がする.それがこのオジサンには残念でたまらないのである.

私が大好きな"Fever".この作品はいまでも魅力が色褪せないロックのスタンダードだと私は思っているのだけれど,彼らが標榜している「踊れるロック」という色が強く出ていて中毒になる曲である.まぁ,あとで知ったデビュー曲"Raspberry"からしてそうなのだけれど,最近彼らが出したシングル「スターライト スターライト」でもその軸は全くぶれていない.シリアスな内容であっても明るさを失なっていない.そして踊れる.そのちょうどいい塩梅が私の趣味にぴったりということらしい.オアシスやU2みたいに暗いロックもいいけれど,トライセラトップスくらいがちょうどいい.若い人にもきっと魅力的に違いない.ただ彼らの音楽に触れる機会が少ないだけなのだと思うのである.それがこのアラフィフのオジサンには残念でたまらないのである.

2015年3月10日火曜日

自由が丘は学生時代の思い出の街

最近,TRICERATOPSの曲を突然思い出したように聴き出しているのだけれど,いろいろなことがつらつらと思いつくので,それらを備忘録的に書いてみる.

トライセラトップスのボーカルといえば,和田唱.彼は私のひとつの理想的なカッコよさ(私には絶対進めない方向のカッコよさ)を体現している人のひとりなのだけれど,今回は彼の話ではなく,彼の父親からとりとめもなく続く話.

彼の父親は和田誠で,私の好きなイラストレータであり,そのイラストは数々の本の表紙や挿絵,そしてポスターなどで有名だったけれど(一方,彼の母親が平野レミだとは,つい最近まで知らなかった),実は映画監督でもあった.作品としては,「麻雀放浪記」が有名で受賞歴も素晴らしいのだけれど,私が好きなのは「快盗ルビィ」.小泉今日子が謎の怪盗ルビィで主演し,その相手が冴えない真面目なサラリーマン役の真田広之.真田扮する青年が,小泉のルビィに振り回される青春恋愛コメディで,なんというか,当時とてもおしゃれに感じた映画である.

映画の内容もとてもオススメなのだけれど,その映画のロケ地が私が当時住んでいた自由が丘で,それもたいへんお洒落に感じられた.たとえば,「アルテリーベ」.赤レンガ造りのドイツ料理のレストランで,そこでもロケがなされていた.アルテリーベは何度もその前を通ったことはあるのだけれど,学生だった当時はとても中に入るお金も勇気もなく,とうとう入らずじまいに東京を離れてしまった.後年,自由が丘を訪れた時に,アルテリーベに行ってみたのだけれどびっくり仰天.なんと真っ白なレンガ造りの建物になっていた(現在はどうも違うお店になっているらしい).自分が住んでいた時代とは変わったのだとつくづく思った.

さて自由が丘といえば,他にも私の好きなお店がいろいろなドラマのロケ地になっていたのを思い出す.たとえば,とんねるずのドラマ「お坊っチャマにはわかるまい!」の舞台となっていたのは,チルドレンタワーという子どもデパートだったけれど,あれはサンタが建物に登っているので有名だった「チルドレンミュージアム」(津川雅彦のお店もあった)だし,田村正和の「パパはニュースキャスター」では絵本の専門店「アリスの部屋」の上の喫茶店「カフェラミル」で浅野温子と待ち合わせをするという話になっていた.

私は当時から絵本が大好きで,「アリスの部屋」も何度も足を運んだのだけど,その割には取り扱っている絵本が高価過ぎてとても手が出なかった覚えがある.「ニーベルングの指輪」の絵本シリーズ全4巻が欲しくて欲しくてたまらなかったけれど,全て揃えると優に一万円を越えるので泣く泣く諦めたことをいまでも覚えている.

ということで,トライセラトップスの曲からなぜか自由が丘の店をいろいろと思い出すことになった.学生時代,最寄り駅は自由が丘といっても,私が住んでいた住所は等々力六丁目だった.そこにあったおしゃれな店もお金がなくて,だいたい外から眺めているだけ.いろいろ複雑な思い出がある街なのだ.もう離れて20年もたつ.またいつかふらりと街を訪れてみたいような,そうでないような...

2015年3月8日日曜日

三船敏郎の殺陣のすごさ,香取神道流の技

時代劇といえば,最近個人的に見直しているのは,三船敏郎の殺陣である.といっても,彼が出演している映画は,「七人の侍」,「用心棒」,「椿三十郎」くらいしか観ていないのだけれど.

「七人の侍」における三船敏郎は百姓上がりの役だから,戦闘のシーンの迫力はすごいのだけれど,彼自身が華麗な技を見せるということはほとんどない.だから私の印象に残っているのは,「用心棒」と「椿三十郎」における彼の殺陣なのである.

この二作での彼の殺陣の特徴は,技の荒々しさである.洗練された技術というのではない,まさに抜身の刀がギラギラとしているような,彼の配役そのものの剣さばきなのである(大俳優 三船敏郎のことだから,技にあわせて刀を扱ったにちがいないが).悪党たちを,ザック,ザックと斬っていく.観ていてスカッとするのである.

役に沿った荒々しい剣ということで,あまり武術的に論じるのもどうかという話なのだけれど,この2本の映画の武術指導にあたったのは,天真正伝香取神道流 杉野嘉男氏だったはずである.雑誌「秘伝 古流武術」(現 「秘伝」)で昔読んだ気がする.だからなのだろう,「用心棒」においては,三船敏郎は香取神道流に伝えられている「逆手抜き」の居合術を披露している.冒頭,有名な「棺桶の数」を棺屋に指示したあと,悪漢を斬り殺すシーンである.ここで彼は通常と逆の向きに手を柄にかけ,一気に刀を肩の方に抜きあげて,そこで持ち替えてそのまま相手に斬り下ろしている(説明が難しいので,詳細は映画を見るか,香取神道流の動画で確認してください).あっという間に,それも少しも不自然なところもなく,この技を繰り出しているから,三船敏郎もずいぶん練習したのだろうと推測している.こっそり私も練習してみたりした.かっこいい技なのである.

一方,彼が使った特殊な技といえば,もちろん「椿三十郎」のラスト,仲代達矢との決闘シーンで用いた逆手抜きを話題にしないわけにはいかない.数十秒間向き合う三船敏郎と仲代達矢.不意に仲代が刀を抜いて上段から振り下ろそうとした刹那,三船はいち早く刀を抜いて仲代の右胴を斬っているのである.仲代の胸あたりからどっと吹き出す血が印象的だ.仲代もあんなに血が吹き出すとは思っていなかったのではないだろうか.明らかに彼の目は驚いている.

さて,技術的に見るとこの技も逆手抜きなのだけれど,こちらの逆手はなんと左手で抜いている.右手を柄にかけることもなく,左手でそのまま刀を抜き,右手は刀の中程の峰に添えて仲代の脇を斬り上げているのである.確かにこれならば,仲代が上段から斬り下ろしてくるよりも早く抜刀し,胴を抜くことができる.しかし,まず本当にそれで抜けるのだろうか.刀は刃を上にして脇に差しているから,刀を斬り上げるように抜ききるには柄にかけた手で刀を抜くと同時に,刀をひねりながら相手に刃をむくようにしなければならないのである.これを一瞬で行う.そんなことができるのだろうか.まぁ,動画サイトを見ると挑戦して抜いている動画も上がっているのだけれど.

次に,左手で抜いて右手を添えるだけで,相手を斬り上げることができるのだろうか.こちらは全く予想がつかない.私は試し斬りもしたこともないし,まして人を斬ったこともないのだから.ただこの抜き方で刃筋を立てて,相手を斬り上げることが容易でないことはすぐに想像がつく.やはりここは時代劇としての演出なのだろうと思う.アイデアとしては面白い.そこには杉野氏のアドバイスがあったに違いないとは思う.

黒澤組でカメラマンだった木村大作氏は,この「用心棒」という映画について三船敏郎という役者がいなければ成立し得なかったとまで言っている(木村氏は,「用心棒」でカメラのピント送りという役だったらしい).三船敏郎は十秒の間に6人を全部二の太刀で斬っている.そんなスピード感を持っている役者は他にいないのだという.

「用心棒」,「椿三十郎」は,いまでも十分に楽しめる映画である.ストーリー,配役,カッコよさ,すべてが素晴らしいのだ.そして,それらは三船敏郎の殺陣がなければ,ずいぶんその魅力を失ってしまうだろう.それだけ彼の殺陣はすごいのだ.そして,その裏付けとして古流武術の技がちゃんと存在していたのである(だからこそ織田裕二の「椿」は魅力に欠けるのだろう).

この記事を書いているだけで,また「用心棒」を観たくなってくる.あれだけゾクゾクする映画はなかなか他に思いつかない.そしてまた稽古であの技を練習したくなるのである.

#「用心棒」は,時代劇で初めて人を斬る効果音が付いた映画だったりする.それだけでも偉大だ.

#「椿三十郎」の仲代達矢は最後のシーンで,三船がどのような技を使うか知らされていなかったという話を聞いたことがある.もしも本当だったら,よくあんなシーンを一発でうまく撮れたなあとその奇跡を思う.

#座頭市対用心棒という映画もあるのだけれど,怖くて観ることができない...(ちゃんと勝新と三船が出演しているらしいけど)

2015年3月4日水曜日

勝新太郎,座頭市の殺陣のすごさ,美しさ

時代劇の殺陣の豪快さといったら,若山富三郎だろう,という記事を以前に書いた.その考えは今も変わらないけれど,最近は弟の方の,勝新太郎の座頭市シリーズの殺陣に今更ながらに惚れ惚れとしている.こんなに華麗な殺陣をできる人はいまはどこにもいないのではないか.

勝新太郎がどれだけ天才だったかは,「天才 勝新太郎」(春日太一著,文春新書)を読んでもらえばわかる.本当に役者として異常な才能があったのだろう.芸事を含め,何事にもその才能を表した人だったから,殺陣の才能があっても全然おかしくない.最後には,座頭市が斬りかかってくる敵の中で踊っているように見えてくる.それほど美しいのである.

映画の中では,座頭市の曲斬りの技が毎回披露される.火が灯ったロウソクを斬るなんてお手の物(盲目なのにどうやってロウソクの位置を把握しているのだろう,なんて野暮なことは言わない).博打場では,ツボに入ったサイコロを2つとも見事真っ二つにしてイカサマを暴いたり,それどころかサイコロを人が持っている酒のトックリの中に投げ入れ,トックリごとサイコロまで真ん中を斬り裂いたりしてしまう.どうもシリーズ作品が続いた分だけ,この曲斬りの難易度も上がっていったようで,最後の方は思わず笑ってしまうほどの曲技になっている.しかし,そんな曲斬りにおいても,彼の刀さばきは素晴らしい.どうやって撮影したのだろうか.刀は不意に抜かれていつの間にか杖の中に納められるのである.

もちろん対人の殺陣こそが見どころである.先に踊るように人を斬ると書いたけれども,座頭市は決して剣術の型通りに構えたり守ったりするわけではないから,脚もガニ股に開き気味で本当に右,左と踏み替えて人を斬る.カッコ悪くなりそうだけれど,それは勝新.それがかっこ良く,そして舞うように美しく見えるのだからすごい.北野武がなぜ座頭市を撮りたかったのかわかるような気がする.

勝新太郎は座頭市の殺陣のヒントを得るために,合気道の開祖 植芝盛平先生を家に招いて話を聞いたのだという.私の記憶では,「目が見えないのだから,相手が自分の間合いに入るまでは動くことができないはずだ」,というようなアドバイスをもらったとのことで,それが座頭市の殺陣に活きたという話だったはずである.武道家のアドバイスを聞いて,それが実際に役に立てることができるのだから,やはり勝新はすごいと思わせるエピソードである.

「天才 勝新太郎」によれば,晩年,勝新は自分と座頭市の区別ができないくらい,役柄に没頭していたそうである.彼は座頭市によって,彼の生き方の理想を具現化していたのではないだろうか.そして座頭市という役を通してこそ,これこそが自分だと思える生き方ができていたのだと思う.それは彼にとって幸せなことだったのかどうかは疑問だけれど,彼がそこまでなりきっていた役だからこそ,現在もその到達した高みを映像の中に私たちは見ることができるのだ.それは私たちにとっては幸せというべきことなのは間違いはない.

2015年3月3日火曜日

いかさまに身はくだくとも 心はゆたに

ずいぶんと昔のこと,東京の明治神宮を訪れた際におみくじを引いてみた.知っている人は知っているのだけれど,明治神宮のおみくじには吉凶がない.その代わりに歌が書いてある.「大御心」として,明治天皇と昭憲皇太后の詠まれた歌がおみくじには載せられているのだ.

どうも明治天皇は93,000首を,そして皇太后は27,000首を越える歌を生涯にわたって詠まれたとのことであるから,おみくじはその中からの抜粋数十首ということだろうけれど,それでもおみくじに書かれた歌は他の占いと同様なにかしらのヒントを与えてくれる(こんなことを書くと不敬なのかもしれないけれど).

私がその時に引いたおみくじに書かれていたのは皇太后の御歌(ちなみに天皇の詠まれた歌は御製というらしい).

いかさまに身はくだくともむらぎもの心はゆたにあるべかりけり

というものであった.ネットで調べてみると,どうもこの御歌は御年25歳,「弗蘭克林の十二徳をよませたまへる十二首」のなかの一首らしい.

十二徳というのは,
節制,清潔,勤労,沈黙,確志,誠実,温和,謙遜,順序,節倹,寧静,公義.

弗蘭克林というのは,フランクリン.どうもアメリカのベンジャミン・フランクリンのことらしい.
(彼は大政治家でもあったけれど,発明家でもあり,雷が電気であることを調べた科学者でもある)

彼の成功は十三徳を重んじたからといわれているが,それに皇太后は感銘を受け,「純潔」を除いた十二徳について歌を詠んだということらしい(皇太后さまには「純潔」の項目は少し似合わないと私も思う.興味のある人は調べてみて欲しい).

この御歌は,十二徳のうちの寧静に関するものである.どんなに忙しい状況に置かれても,余裕を失わず,心豊かにいなければならないことを教えてくれる.おみくじは,しばらくは私の財布の中に入れていたのだけれど(今思うとそれをお尻にしいて座っていたのだから全くの不敬にあたるなぁ),いつのまにかどこかに無くしてしまった.しかし,いまでもその御歌は忘れず,ことにふれて思い出すことがある.

#どうも以前にもこのブログでこの御歌について記事をかいていたらしい.でも少し御歌が違っている.どうも記憶が曖昧だ.

2015年3月2日月曜日

時間泥棒が盗んだものは

久しぶりのブログの更新となりました.とにかく時間がなかったのです.まぁ,いろいろとあって,そしてそれはまだまだ続いているのですが,それでもこうしてブログを書いて自分の考えを整理する時間を少しは確保しようかなどと思えるようになってきました.はじめは,できると思った時に更新をすればいいかなと思っています.

「忙しい」ときに思い出す話があります.それは,ミヒャエル・エンデの「モモ」という子供向けの作品です.これはモモというちょっと変わった女の子が,人々から灰色の男たちが盗んだ時間を取り戻す,というお話なのですが,実は男たちが人々から盗んだものは,測ることができる「時間」ではなくて,時間を奪われたことによって人々が無くしてしまうことになる「心の余裕」なのです.ここにエンデがこの物語で伝えたかったテーマがあるのだと思います.

ここしばらく私も時間が取れませんでした.しかし,そんな状況でもちょっとした掃除や整理整頓,ブログの更新などを行う時間が取れなかったというわけではありませんでした.でもそれができなかった.結局,「短くとも時間を確保する」ことができなかったのではなく,「行動しよう」とする心の余裕がなかったからなのです.忙しさのために「行動」への心理的なハードルが高くなってしまったことが原因だったのです.

どんなに時間的に忙しくとも,心に余裕があれば,いろいろなことをひとつずつ処理することができ,結局多くのことをこなすことができるのでしょう.大事なのは時間の多寡ではなく,どんな状況でも心の余裕を失わないことなのです.では,どうすればその心の余裕を維持することができるのでしょうか.残念ながら,私にはその答えはわかりません.ずっと求め続けてはいますが.

作品「モモ」においては,主人公のモモが人々の話にじっくりと耳を傾けることによって,人々は心に余裕を取り戻していきます.そんなところにヒントがあるのではないかと思います.忙しい時こそ心をスローダウンし,集中を高める.一日に多く仕事を詰め込まず,余裕をもって物事にあたる.そうした態度こそが,逆説的に作業効率をあげることになるのかもしれません.

今後も忙しさは続くのですが,こうした理由からブログはポツリポツリと更新していこうかと思っています.また,スローダウンを実現するための具体的な方策についても,いろいろ試してはご報告できたらと思います.皆様,今後ともよろしくお願いします.

※こうした状況に対応するために武道を稽古しているはずなのですが,なかなか思うようにはいかないものです.心の修行もまだまだですね...