2015年5月7日木曜日

ご先祖様はやっぱり偉い

ご先祖様を大事にする,というのは日本人の基本的な宗教的な気持ちのような気がするけれど,あまり信心深くない私にとってそれを意識するのはお盆の時くらいで,常々にはあまり気にしていない.

家系的にみれば,本家の方で言えば私は十二代目あたりに当たるらしいのだけれど,父の代に分家となったので私は二代目ということで(父の墓も新調したし),これまたご先祖様はあまりピンとこなかった.祖父は面識があるので身近な感じがするけれど,それ以上先代となると全然想像もつかない.

しかし,先日,ふと自分の存在について考えてみた.

私が現在生きているということは,これまで私につながるご先祖様は皆,私につながる子供を生むまでは生き延びたという事実を示しているのだ.それって意外にすごいことではないかと思ったのである.

江戸時代,たぶん百姓だったと思うのだけれど(いや,帯刀が許されていたとの話もあるのでご先祖様の身分はさだかでないけれど),たびたびの飢饉の際にも生き延びてきたのである.

もっとさかのぼって室町時代,戦乱の時代も生き延びたはずである.そして更に鎌倉時代,平安時代と,私につながるご先祖様はずっと生き抜いて子孫を作ってきているのだ.

弥生時代だって,縄文時代だって,もっといえば生命誕生の時から脈々と私につながっている一本のラインがあるわけで,その血脈をつないできた時間の長さを考え,そして生き延びてきたご先祖様を考えると,自然に手を合わせたくなるのもわかるような気がする.

もちろん昔になればなるほど,そのご先祖様の遺伝子(血)は薄まっているわけで,例えばよく(?)「七代まで呪う」などというけれど,結婚して子供が生まれるとするとそのご先祖の血は二分の一になるわけで,これを七代続けると,2の7乗,すなわち128分の1,七代前のご先祖様の血を1%以下の血しか受け継いでいないことになる.ずいぶん血が薄まるので,それ以上の子孫は呪う甲斐が無いということなのかもしれない(もちろん,子孫の数も膨大になるので,全員追っかけて呪うのも大変だからという理由もあるのかもしれない).だから,生命誕生からのご先祖様の遺伝子を引き継いでいるといっても,ずいぶんと薄く,薄くなっているわけで,その点ではあまり縁がないといえるかもしれない.

でも,しかしである.どの時代のご先祖様も子供を作るまでは生き抜いてきたというすごい事実は私の存在を証拠としてあるわけで,血は薄くなっていてもご先祖様への感謝の念はやはり抱かずにはいられない.

先祖崇拝というのは,もっとも原始的な宗教の形のひとつだと思うけれど,こう考えてくると自然発生するのも当然のような気がする.室町時代や江戸時代の戦乱や飢饉にあっても,時には戦い(そして時には逃げて),なんとか何かを食べつないで,生き抜いてきたご先祖様はやっぱり偉いと思うのだ.

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