2017年3月21日火曜日

バレエ ボレロ

テレビで,赤いドレスを着たタレントの渡辺直美さんが,赤いZというマークの描かれたステージの上で男性ダンサーに囲まれて踊るCMを見た.もちろん流れるのはラベルのボレロ.制汗剤のCMらしい.しかし,この元ネタを知らない人も多いのではないかなどと思ってしまった(もちろん,知らなくとも汗を飛び散らせて踊る渡辺直美さんのインパクトは凄いので問題ないのだけれど)

ラベルのボレロという曲はクラシックの中でも,もちろん有名中の有名曲だけれども,それにモーリス・ベジャールが振り付けをつけたバレエもとてもとても有名なのだ.でもなにか最近は目にする機会が少ないような気がする.私はこのバレエが大好きなのに.

赤い円形のステージの上で「メロディ」と呼ばれるダンサーが一人,ボレロに合わせて最初から最後まで約15分踊り続ける.最初は照明があたった腕だけがゆっくりと動き始め,そしてその動きは次第に大きくなっていく.その後照明が明るくなり,ボレロのメロディが繰り返されるにつれて,肩,腰,足が大きく踊り始める。音楽がだんだんクレッシェンドしていくのに合わせて,どんどん「メロディ」は踊りの中に没入していく.周囲の男性ダンサーたちもステージの下で「メロディ」を囲んで称えるように踊りに加わっていく.そして音楽が最高潮に達する頃には,踊りがただただ弾けるように一体となって,音楽の幕切れとともに終わりを迎える.ボレロはこの最後の瞬間にむけてただただ盛り上がっていく曲だから,終わり方がハンパなくドラマチックなのである.

残念ながら生の舞台に触れたことはないのだけれど,私が初めてこのバレエを観たときのことは忘れない.それは映画「愛と哀しみのボレロ」の最後にかけてのシーンである.映画の内容はすっかり忘れてしまった.ただ登場人物の一人がカラヤンがモデルだということで観たのだったかもしれない.でもとにかく,映画の終盤,ボレロが野外で公演されるのだ.このときメロディを踊ったのはジョルジュ・ドン.このバレエを初めて観て,ゾクゾクして寒気がするくらいだった.色気があるなんてもんじゃない.妖しい.とにかく妖しい踊りだった.振り付けも斬新に思えて,借りてきたビデオをそこだけ巻き戻して見直したことを覚えている.

メロディは基本的には女性が踊ることになっていたらしいが,ジョルジュ・ドンが初めて男性で踊ったということらしい.そして踊ることができるのは世界でも限られた人数のダンサーだけで,つまりは実力を認められた一握りの人のメロディしか観ることができないのである.私の趣味でいえば,カッコよさではシルヴィ・ギエム,そして正確さを感じさせるという意味ではマイヤ・プリセツカヤ,という感じなのだけれど,やっぱり一番すごいと感じさせるのはジョルジュ・ドンの踊りである.迫力が違う.妖しい雰囲気がすごい.終盤には彼はあちらの世界にいってしまっているのだ.私が「愛と哀しみのボレロ」のストーリーをすっかり忘れたとしても,彼の踊りだけははっきりと覚えている.それが彼のダンスが別格だということを示しているのだと思う.

ジョルジュ・ドンも早々に亡くなり,プリセツカヤも逝ってしまった.ギエムももうボレロは踊らないという.では,私はこれから誰のボレロを観ればよいのだろう?彼らに伍するダンサーが踊る,ゾクゾクするようなボレロをもう観ることはできないのだろうか.次のボレロを探さなければ...

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