2019年5月14日火曜日

日本では昔から左側通行が一般的だった

今日,学内の廊下を歩いて気づいたのだけれど,学生たちは右側通行に従っている.このルールがいつものことなのかどうか,しばらくちょっと気をつけて観察してみたいと思うのだけれど,関西のマナーに馴染んだ私にとっては,この右側通行になにか歩きにくい感じがした.

関西は逆のような気がする.たとえば,関西の地下鉄などの通路においては左側通行が普通である.左側に寄ってセカセカと歩く.そのことに慣れてしまっているから,右側をだべりながらゆっくりと歩いていたりすると,少しイライラし始めてしまう.私は短気なのである.

しかし,どちらが一般的なのかと考えると,どうも少なくとも昔は左側通行が普通だったらしい.それは江戸時代に描かれた街道の浮世絵などを見てもわかる.人々が左側を歩いているのが描かれている.江戸時代の街道など場所によっては狭いところもあっただろうから,やはりルールがそれなりに決まったのだろうと思う.

では,なぜ左側通行になったのだろうか.その理由としてまことしやかに言われているのは,武士が左側に刀を差しているからというものである.すなわち左に刀を差して右側通行だとすると,刀の鞘と鞘がぶつかってしまい(いわゆるサヤアテ),喧嘩になってしまうというのだ.だから左側通行になったのだという.

確かにこの説はもっともらしいと思うけれど,私はちょっと怪しいと思っている.そもそも侍なんて人口の5%程度しかいなかったのだ.その少数派の彼らのためにルールが本当に決まるのだろうか.また鞘があたったくらいで侍同士が喧嘩なんてしようものなら,その上刀なんて抜こうものなら,捕まって厳罰に処せられるのである.喧嘩なんて本当におこっていたのだろうか.まぁ,どちらかに決めるとしたら,鞘が当たるよりは当たらないほうがいいから左側通行の方が良いには良いとは思うけれど.

近代になって,自動車がイギリス風に左側を走るようになってから歩行者は右側を通行するように指導されるようになったと思われる.それが通路の中でも適用されるようになって,右側通行も増えてきたのかもしれない.

しかし,とにかく左側通行に慣れた私にとっては,右側はなんとなく歩きにくい.身体の中に「関西」がまだ残っているのだ.

#エレベータのどちら側に立つか問題もある.そのことについてはまた別の機会に.


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