時代劇の殺陣の豪快さといったら,若山富三郎だろう,という記事を以前に書いた.その考えは今も変わらないけれど,最近は弟の方の,勝新太郎の座頭市シリーズの殺陣に今更ながらに惚れ惚れとしている.こんなに華麗な殺陣をできる人はいまはどこにもいないのではないか.
勝新太郎がどれだけ天才だったかは,「天才 勝新太郎」(春日太一著,文春新書)を読んでもらえばわかる.本当に役者として異常な才能があったのだろう.芸事を含め,何事にもその才能を表した人だったから,殺陣の才能があっても全然おかしくない.最後には,座頭市が斬りかかってくる敵の中で踊っているように見えてくる.それほど美しいのである.
映画の中では,座頭市の曲斬りの技が毎回披露される.火が灯ったロウソクを斬るなんてお手の物(盲目なのにどうやってロウソクの位置を把握しているのだろう,なんて野暮なことは言わない).博打場では,ツボに入ったサイコロを2つとも見事真っ二つにしてイカサマを暴いたり,それどころかサイコロを人が持っている酒のトックリの中に投げ入れ,トックリごとサイコロまで真ん中を斬り裂いたりしてしまう.どうもシリーズ作品が続いた分だけ,この曲斬りの難易度も上がっていったようで,最後の方は思わず笑ってしまうほどの曲技になっている.しかし,そんな曲斬りにおいても,彼の刀さばきは素晴らしい.どうやって撮影したのだろうか.刀は不意に抜かれていつの間にか杖の中に納められるのである.
もちろん対人の殺陣こそが見どころである.先に踊るように人を斬ると書いたけれども,座頭市は決して剣術の型通りに構えたり守ったりするわけではないから,脚もガニ股に開き気味で本当に右,左と踏み替えて人を斬る.カッコ悪くなりそうだけれど,それは勝新.それがかっこ良く,そして舞うように美しく見えるのだからすごい.北野武がなぜ座頭市を撮りたかったのかわかるような気がする.
勝新太郎は座頭市の殺陣のヒントを得るために,合気道の開祖 植芝盛平先生を家に招いて話を聞いたのだという.私の記憶では,「目が見えないのだから,相手が自分の間合いに入るまでは動くことができないはずだ」,というようなアドバイスをもらったとのことで,それが座頭市の殺陣に活きたという話だったはずである.武道家のアドバイスを聞いて,それが実際に役に立てることができるのだから,やはり勝新はすごいと思わせるエピソードである.
「天才 勝新太郎」によれば,晩年,勝新は自分と座頭市の区別ができないくらい,役柄に没頭していたそうである.彼は座頭市によって,彼の生き方の理想を具現化していたのではないだろうか.そして座頭市という役を通してこそ,これこそが自分だと思える生き方ができていたのだと思う.それは彼にとって幸せなことだったのかどうかは疑問だけれど,彼がそこまでなりきっていた役だからこそ,現在もその到達した高みを映像の中に私たちは見ることができるのだ.それは私たちにとっては幸せというべきことなのは間違いはない.
2015年3月4日水曜日
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