2024年2月25日日曜日

不適切にもほどがある

 最近,宮藤官九郎のドラマや映画にあまり興味を惹かれず,しばらく離れていたのだけれど,彼の脚本による今期のTVドラマ「不適切にもほどがある」はかなり面白くて,毎週放映を楽しみにしている。

1986年,昭和の時代から2024年の現代にタイムスリップしたオジサン(阿部サダヲ)のカルチャーショックをもとに,行き過ぎたハラスメント対策やコンプライアンスなどの現代の問題を浮き彫りにするコメディ・ドラマである。ところどころにミュージカル風な演出があったりして(これが実に本格的で感心させられる),クドカン節全開の作品となっている。

1986年,私は大学1年生で上京したばかりだったから,ドラマで描かれている昭和の時代を実際に経験している(これもリアタイというのだろうか?)。バスや列車の中でもタバコは吸われていたし,部活動は熱血指導という名のハラスメントし放題だったし,深夜テレビでは「11PM」や「トゥナイト」,そして「オールナイトフジ」なんかが放送されていた時代である(とんねるず全盛期)。だからこのドラマの「昭和あるある」はほんとに共感できるし,懐かしく感じる。

しかし,このドラマで一番感心しているのは,その「昭和あるある」を単に笑いのネタとして使うのではなく,昭和の価値観を否定しないで,その昭和の視点から現代を見つめ直す(否定しているわけではない)ことを試みていることである。単なるコメディドラマでないところが,人気の秘密なのだろう。

とはいえ,私も阿部サダヲ演じる主人公をついつい応援してしまう。現代のコンプライアンスに縛られた生活に対して,主人公が「気持ち悪っ」って言い放つところに共感してしまうところが,私もこの現代の様式に適応てきていない証拠なのだろう。

このドラマは笑いながら,現代の価値観の新シい味方を与えてくれる素敵な作品だと思う。クドカンも久しぶりに(?)いい仕事している,って思う。


#阿部サダヲって,初めて私が認識したのは「私立探偵 濱マイク」だったと思う(木更津キャッツアイを見ていないので)。すでに20年以上も前になるのか。大河ドラマの主役を張れるような役者さんなのだなぁ,としみじみ。(映画「リボルバー・リリー」では,山本五十六を演じていたけれど)

2024年2月24日土曜日

誠実に機嫌よく生きる

 今年の目標のひとつに,

「誠実に機嫌よく生きる」

とあげた。今年はまずは機嫌よく(自分の心身の機嫌をとりながら)生活していこうというのが目標である。具体的には,

  • ダイエットはするけれど,無理をせず機嫌よく行う(たまには美味しいものを食べる)
  • 仕事は頑張るけれど,心身の健康を崩さない程度に機嫌よく行う。
  • 部屋の清掃,身の回りの整理整頓をして機嫌をたもつ。
  • 機嫌をたもつために,読書,映画鑑賞などの時間をケズらない。
  • 合氣道は...これはいつも機嫌よく行うので問題なし。

という感じである。仕事に関して上機嫌でいるというのがやっぱり難しいのだけれど,やっぱり,仕事量的にやり過ぎ,限界はある。そこで仕事の進め方で必要なのが「誠実さ」なのである。自分に対してその仕事の進め方で,後ろめたさ・心苦しさがあるかどうか,それがなければその仕事を「誠実に」行っていることになる。これが「誠実に」の意味である。

実際は本当に難しい。現在だって,どれだけ心にやましさを抱えて仕事をしていることか。これを心スッキリと仕事できるようになることが私の今年の目標なのである。そのためには,仕事も整理整頓しなければならないとは思っている。

終活を始めるのも,後顧の憂いをなくして毎日を上機嫌で過ごすためである。今後は自分をあまりいじめず,どうやって機嫌良く生きるかを指標にしたいと思う。

#天理教でいうところの「陽気ぐらし」に相通づる考え方なのかもしれない

2024年2月23日金曜日

文章の書き方:私のブログ記事の文章がひどい理由

 実は今日が祝日だということに昨日気づいた。最近は土日,祝日にブログ記事をアップロードするようにしているので,今日は記事を落とさないよう慌ててブログを書いている。

私のブログというのは,たいへん申し訳ないけれど人に読んでもらうことを第一目的としていないので,長い間書いているけれど文章が全然うまくなっていないし,またそう心がけてもいないのだけれど,私のブログ記事にも私なりの書き方・構成があるのだという話を今回は少し書いてみたい。

まず小学校で習う物語の構成によくあるのが「起承転結」である。「起」ではじまりを記し,「承」でそれを受けて内容を展開する。そして「転」で思いがけない展開で読者を引き付け,「結」でオチをつけるというものである。映画だってそんな感じである。

しかし論文の書き方というのはちょっと違う。よく言われるのが「序論」「本論」「結論」である。ただ私はもう少し細かくて,「序論1(背景・動機)」,「序論2(先行研究・課題・目的)」,「本論(方法論+結果)」,「議論(反論,考察)」,「結論」の5つの部分から構成されるように思う。「議論(反論,考察)」の吟味が大切なのだと思っている。

一方で,技術仕事文は,「平易な言葉で誤解なく」「簡潔に」「読みやすく」「事実と主張を区別して」などの要件を満たして書くことが求められる。ここが,理系文章と文系文章との違いである。理系文章には著者の感想など不要だし,主語がはっきりしない修辞学的な長文などあってはならない。最近はAIによる英語翻訳がその基準になるだろう。機械翻訳が間違わないようにできているのであればそれは技術仕事文として十分な日本語文章だろうし,一方,英語翻訳されたら主語が代わっていたり,趣旨が間違っていたりするならばそれは不十分な文章だといえるだろう。

さて,このブログだけれど,まず文系的文章というのは私は書けない。使い古された「陳腐な」表現を自分が書くのが大嫌いなのである。「心の琴線に触れた言葉」とか「雷に打たれたような衝撃」とか,「鍋の底が抜けたような大雨」など,書きたくもない。平凡な文章の方がずっといいと思ってしまうのだ。だから小学生の作文のように,文章をベタ書きしている。また修辞学的に凝った文章といのは,あきらかに「狙っている」感が出ていて,恥ずかしいものである(村上春樹的比喩までいくとある意味芸術になるのだろうけれど)。

次にブログ記事も「起承転結」であるべきだとは思うけれど,最近私はこの「結」でオチを書くのが嫌になっているので,このところの記事は「結文」の一文で終わることが多い。「時計の話だけに,一刻も早く解決したい」とか,「核融合方式で議論が過熱しつつあるが,加熱するのはプラズマだけにして欲しい」みたいな,コテコテなオチをつけるのは嫌いなのである。オヤジギャクでしかない。

ということで,私のブログは読みにくい構成で,思いついたまま話し言葉を書いているような文章となっていて,読む人には極めて不親切なものになっている。だからビュー数もかなり低いのも納得なのだ。自己満足な文章を公衆に垂れ流しているといえば,その通りで申し訳ないのだけれど。

2024年2月18日日曜日

最近の流行曲の魅力に舌を巻く

 Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」をきっかけに,先日Youtubeが提供する「私向け」のミックスという連続動画を少し集中して聴いてみた。そういえば最近どんなアーティストが人気なのかよくわかっていなかった。

最初に驚いたのはYOASOBI。紅白歌合戦を観ているから,「夜に駆ける」や「アイドル」などの楽曲は知っていたけれど,オススメに出てきた「アイドル」のライブの動画は凄かった(日本で歌っていたもの)。舞台演出も会場の雰囲気も凄かったのだけれど,一番驚いたのはikuraの歌唱力。録音かと思うくらいに正確で,それでいてライブの勢いがある。振り付けも良くて,今はこんな人がいるんだ,と心から感心した。これは世界で売れるのもよくわかる。

次に驚いたのはAdo。これもライブ映像だったのだけれど,彼女はとにかく歌がうまい(私が今更言うことではないのだろうけれど)。最近は歌がうまいアーティストがこれでもか,というくらい売り出されているけれど,Adoは別格なのだなと思わされた。私は歌手がみんなに長く愛されるかどうかは,最終的には声質だと思っているのだけれど,Adoの声は素晴らしく魅力的。ついつい耳が引き寄せられてしまう。この人が売れているのもよく理解できた(ikuraの声質も特殊で素晴らしく魅力的だ)。

声質という点では,米津玄師の声も惹きつけられる。歌もうまいし,楽曲もこれまでに無い展開が多くて,やはり好きになってしまう。曲の作りは,私のような素人にはよくわからないけれど,転調に次ぐ転調がされていることはよくわかる。そうなのだ。YOASOBIの「アイドル」も米津玄師の「Kick Back」もそうだけれど,何度転調するのだろうかと思うくらいに転調している。曲の歌詞と連動して転調していたりするのだけれど,非常にそれが細かい。そして早口で譜割りも独特だから,印象に強く残る。

その他,この動画のミックスでは,羊文学,緑黄色社会,King Gnuなどが流れてきて,それぞれの歌の巧さ,声質の特徴と魅力,楽曲の工夫などを知ることができたのだけれど,ずいぶん時間を費やしてしまった。でもその時間の経過を感じさせないほど,魅力的な楽曲たちだった。そして私は最近あまりPOPSを聴かなかったことを少し反省した。たまにはいろいろな流行曲を聴いて,私の中のライブラリを更新したいと思った。


#King Gnuをグラフソフトではないの?と思ってしまうのはおじいさんの証拠である。

2024年2月17日土曜日

長岡の星,DJ松永

 私はカラオケなど行かないから,レパートリーは「世界にひとつだけの花」以降更新されていないような気がする。決してPOPSが嫌いで聴かないわけではなく,ラジオやテレビでよく耳にはするのだけれど,じっくりと最初から最後まで,そして歌詞などを考えて聴くことがほとんどない。まぁ,その必要もないからなのだけれど。

それが最近Creepy Nutsの新曲である「Bling-Bang-Bang-Born」を聴く機会があって(Youtubeで流れてきた),おーっと思ったのである。Creepy Nutsは越後長岡の生んだスーパーヒーローDJ松永とR-指定のユニットということもあって,以前から興味があった。

DJ.松永は,自分の夢を叶えてきたすごい人で,DJになるために高校を中退し,長い下積み時代を過ごしたあとにDJの世界チャンピオンまで昇りつめている。夢に向かって行動を起こし,下積み時代でも努力を続け,その夢を実現しているという,本当に尊敬できる人だと思う。オリンピックの閉会式にも出ていた。ただこの数年,バラエティー番組にでてその魅力的なキャラクターで人気になっていてテレビに消費されてしまうのではないかと少し心配だったのだけれど,ここ最近はどうもテレビやラジオなどの出演をセーブして音楽活動に集中していたらしい。

そしてこの「Bling-Bang-Bang-Born」の大ヒットである。世界的に売れているらしい。音楽に集中するといって,それで結果を出している。またもやDJ松永の有言実行である。これが実現できたというのは,もちろん彼の音楽の才能もあると思うけれど,その夢や決意に向かって努力ができるという素晴らしい才能が彼にはあるのだろう。もちろん,R-指定のような才能とユニットを組むことができたというような幸運もあるけれど,その運だって努力で引き寄せたに違いない。彼のキャラクターを考えると,この大ヒットで天狗になってぜひいろいろと放言してまた注目を浴びて欲しい。私は応援したい。

今期,最も面白いと思っているテレビドラマ「不適切にもほどがある」の主題歌の「二度寝」もいい感じの曲である。やっぱり二人は才能に恵まれているんだなぁ,と感じる。

2024年2月12日月曜日

世界のオザワ

 というわけで,小澤征爾指揮,ボストン交響楽団の演奏を聴くことができたのでけれど,その後は彼の演奏を生で聴いたのはたぶん一度あったかないか,記憶が定かでない。

「たぶん」,なのだけれど,水戸芸術館で吉田秀和が館長を務めていたときに水戸室内管弦楽団を小澤が指揮したのを聴いたような気がする。演奏曲目は,ストラヴィンスキーのプルチネルラだったような...この記憶が妄想だとするとずいぶん具体的な内容だなぁと思うけれど,他の演奏曲目がなんであったかも覚えていないし。自信は全くない。

私が持っている小澤征爾の指揮に対する印象は,純音楽的な非常にきれいな演奏になるというものである。ベートーベンやブラームスの交響曲でさえ,感情控えめに美しく磨き抜かれた純音楽的な響きをもって演奏される。彼の演奏は,ちょうどジャパニーズウィスキーに例えられると思う。磨きに磨き抜かれた精妙な美しさ。たしか彼がまだ壮年の頃のインタビューで「日本人が西洋のクラシック音楽を理解できるのか」と尋ねられて,ずいぶんナーバスになっていた映像を見た記憶がある(ついでにいうと,別のヨーヨーマのインタビューで同じ質問をされていたのを見たことがあって,マは動揺して席を立っていたような記憶がある)。そのとき小澤が何を答えたのかもう覚えていないのだけれど,結局,西洋音楽がグローバル化することの意味を理解して彼が導き出した答えがこの純化された演奏なのだと思う。

さて,ここで小澤の録音で私のオススメを紹介したい。まずはサイトウ・キネン・オーケストラを指揮したブラームスの4つの交響曲とハンガリー舞曲の録音が好きである。初めて聴いたときに日本人のオーケストラなのに世界レベルな感じがした(よくわからないけれど,あくまでも印象で)。第1番交響曲は重厚というよりも淀みない美しい音楽という印象がするし,お涙頂戴の第4番交響曲でさえも綺麗さ,純粋さが感じられる演奏である。まさにジャパニーズウイスキー。また同録されているハンガリー舞曲1番のノリノリ感がいい。

次にオススメしたいのは,ベルリン・フィルとの録音によるオルフの「カルミナ・ブラーナ」。小澤征爾のほとばしるエネルギーが感じられる演奏になっている。彼の熱い演奏も魅力的なのだ。合唱団が晋友会というのも珍しい。

別な形でオススメしたいのは,村上春樹が小澤にインタビューした「小澤征爾さんと、音楽について話をする」という本。村上春樹はクラシック音楽に造詣が深く(少なくとも私より),ファンとしての立場の話もあるし,同じ芸術家としての話もある素敵な本である。

これは,出典不明なエピソードなのだけれど,同年代の指揮者である山本直純が若い頃に小澤に,自分は国内で底辺を広げる仕事をするから、小澤は海外へ行って頂点を目指せと言ったという話が好きである。山本は「オーケストラがやって来た」を続け,寅さんのテーマなどを作った。そして小澤はウィーン国立歌劇場の音楽監督まで昇りつめ世界のオザワとなった。お互い,その言葉を果たしている。そんな二人の人生が(どちらも)素敵だと思っている。

2024年2月11日日曜日

小澤征爾とボストン交響楽団の思い出(2)

 私は国際会議に参加するためアメリカを旅していた1993年,旅の途中で小澤がまだ音楽監督をつとめていたボストン交響楽団のそのシーズン(10月から始まる)の最初の演奏会を幸運にも聴くことができた

プログラムは,ツィマーマンとのバルトーク ピアノ協奏曲第1番と,マーラー 交響曲第4番。シーズンのオープニングということで相当華やかなプログラム。ワクワクせずにはいられなかった。

まず昼に一般公開されるゲネプロのチケットをホールのチケットブースで購入して,そこに参加した。ゲネプロのチケットは相当に安価なのである(たぶん2~3千円だった?)。小澤,ツィマーマン,オーケストラの団員はカジュアルな服装だけれど,ほぼ最初から通しで曲を演奏してくれる。そして演奏の前には楽団の方がステージに立って,演奏曲目の解説もしてくれるからお得なのである(残念ながら私の英語能力ではほとんど説明内容を聞き取ることはできなかったけれど。まぁ,バルトークではピアノが打楽器のように使用されているというくだりはわかったかな...)。

ゲネプロが終わったあと,小澤がステージ上に少し残っていて,私と一緒にゲネプロを聴いていた日本人に,江戸弁みたいな訛りで「東京から来たのかい」みたいに話しかけていて,ずいぶん気さくな人だな,と思ったのを覚えている。

さて,ゲネプロで曲目を予習したあとは,本番の夜の演奏会である。これがシーズン最初ということで,交響楽団のパトロンたちが集まるらしく,ホール前にはリムジンが次々と到着し,中から着飾った紳士・淑女たちが赤い絨毯の上に降り立っていくのを見た。自分は,学会発表用に持っていった普通のスーツを着ていたけれど(ボストンのクリーニング屋にスターチ強めでとお願いしたワイシャツを着ていたけれど),やはりタキシードとドレスの間ではみすぼらしさは隠せなかった。

演奏の詳細はすっかり忘れてしまったけれど,一曲目のバルトークのピアノコンチェルトにはひどく興奮してしまい,隣りに座っていた夫婦から「どこがよかったの?」などと訊かれたほどである。英語でうまく答えられなかったことが今でも悔しい。

バルトークのあと少しの休憩。そのとき,ホールのバーでは聴衆全員にシャンパンが無料で振る舞われた。私はもうびっくり!独りだったから話し合う相手もいなかったけれど,独りでホワイエの端の方でじっくりと味を楽しんだ。

そしてマーラーの第4交響曲。少年合唱団も加わって,それはそれは豪華な演奏会だった(ような記憶がある)。演奏会後には小澤征爾が日本が生んだマエストロだということがやっぱり誇りに思えた。その年の国際会議で何を発表したのか,今はさっぱり覚えていないけれど,この小澤征爾&ボストン交響楽団のシーズンオープニングコンサートの記憶はいまだ(それほど)薄れていない。私のクラシック音楽ファン人生のささやかな自慢となっている。

私に素晴らしい青春のひとつの思い出をくれた小澤征爾さんに深く感謝し,ご冥福をお祈りいたします。



#この演奏会でバルトークのピアノコンチェルトが大変気に入って,その後1,2,3番のピアノコンチェルトが好きな曲目になった。そして次にバイオリン協奏曲も。バルトークは民族音楽研究で有名だけれど,しっかり現代音楽にも近い作曲家だと思う。

2024年2月10日土曜日

小澤征爾とボストン交響楽団の思い出(1)

 小澤征爾逝去の知らせを聞く。最近はめっきりメディア露出の機会も減っていたし,たまに表に出てきた彼の姿を見ても少しつらそうだったから,とうとうその時が来てしまったという感じである。

さて,私は学生時代に,1ヶ月ほどカナダとアメリカを旅したことがある。その旅はそれぞれの国で国際会議に参加するためだったけれど,最初にカナダのビクトリアからロスに移動したところで指導教員と別れて,その後は独りでスーツケースを抱えて,ほぼ放浪するようなものだった。行った先々の町でホテルを探し(当時はインターネットがなかったから「地球の歩き方」を見ながら数十ドルで泊まれる地元のホテルに公衆電話から電話をして予約をしていた),その上旅の途中で学生の上限額を超えてカードが使えなくなかったから現金とT/Cを握りしめて,なんとか宿泊代と食事代を支払いながらロスからケープコッドまで(西海岸から東海岸まで)を旅行した。

ケープコッドの国際会議の前にはボストンで数泊した。街では遠い昔にイギリスからの移民船がアメリカに着いた日(?)とかいうお祭りが開かれていて,町は人で溢れていた。そのためYMCAにすでに数日宿泊していた私は宿を追い出されてしまい,仕方ないのでそこで声をかけた英国人男女2名と一緒に部屋をシェアしたりしたのだった。

そのYMCAの宿からボストンのシンフォニーホールまではそれほど離れていなくて,私はそこに足を運んで,小澤&ボストン交響楽団の演奏を聴いたことあるのが自慢である。小澤はその頃まだボストン交響楽団で音楽監督をつとめていた。私は幸運にも1993年のシーズンのオープニングの演奏会を聴くことができたのだった。>>その(2)につづく。


2024年2月4日日曜日

広上淳一,そして「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」

 金沢駅で見かけたポップ。

「この人は誰だろう? 確かめに音楽堂へ行こう」とある。もちろん,私はすぐに指揮者の広上淳一であるとわかったけれど(ポップは指揮棒も持っているし),でも知っている人はまだ少ないだろうなぁ,と思った。

ただ,彼が現在オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音楽監督?に就任していたのを私は知らなかった。私が知っているOEKは,まだ岩城宏之が立ち上げたばかりの頃のもので,それ以来情報はアップデートされていない。

そういえば,最近「広上淳一」の名前を見ることが多いような気がする。NHK大河ドラマ「光る君へ」のテーマ曲(これがピアノコンチェルトっぽくて驚いたのだけど)の演奏指揮者として毎回オープニングに名前を目にしているし,今期のTVドラマ「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」でも音楽監修しているらしいから,毎回タイトルバックに名前が表示されている(そもそもこのドラマは東京音楽大学が協力しているから,教授である広上淳一が監修していても全然不思議はない)。

広上淳一はその軽妙な語り口で,クラシック音楽を身近なものとして解説してくれるので,私は大好きである。ときどきラジオの特集番組でMCを務めることもあったりして,まるで落語家のように紹介されるエピソードはとても楽しいモノばかりだった。

そういえば「さよならマエストロ」でマエストロ役の西島秀俊は,ベートーベンを「ベートーベン先生」と呼んでいる。これは広上淳一がモデルなのだと今気づいた。広上はベートーベン先生と言っていたように覚えている。面白いからたぶんそれを制作側が取り入れたのだろう。もしかするとドラマ内の西島の指揮スタイルも広上淳一の影響を受けているのかもしれない。

残念なことに私はこの10年以上,クラシック音楽の新たな録音を購入したことがないから,広上淳一の指揮の演奏を聴いたことがほとんどない。今度,ぜひ聴いてみたいと思う。作品はやっぱり彼が「先生」と呼ぶベートーベンのものがいいかなと思っている。

2024年2月3日土曜日

おみくじの意味 ~生活の中のチャンス・オペレーション~

 占いについては私はあまり信じていない。特に「血液型」とか「動物」などはエンターテイメントとして楽しむのは良いけれど,その占いの言葉によって自分の考えや行動が縛られるようになるのは決して良くないと思っている。

一方,おみくじは神社に参拝した際によくひく。私の考えでは,おみくじというのは一種の運試しであり,日々の生活の中の「ランダムインプット」なのである。

私のいうところの,「ランダムインプット」とは何かというと,それは日々の退屈なルーティンから抜け出すための予想を越えたインプットなのである。仕事でも趣味でも,ある程度の長い時間そ関わっていると,残念ながら同じことを繰り返すだけになっていく。

(この段落は読み飛ばしてください)ちょっと理工学的にいうと,制御対象であるシステムがある時間の過渡現象を経て定常状態に達することに似ている。あるいはシステムが線形であり,同じ入力をすれば同じ出力が繰り返されるということにも似ている。とにかくシステムが安定ならば,時間が立てば定常状態になるし,同じ入力であれば同じ出力になる,それが自然の摂理なのである。

このマンネリから脱するために,不確定な入力をわざと生活の中に取り入れる。そのひとつがおみくじなのである。以前にも書いたのだけれど,おみくじは自分の生活を省みる,そして変化させるきっかけとして使えばよいと思っているのである。不確定な入力がなければ予想外の変化は起こらず,また同じような朝を迎えることになる。

辻占もそうだ。全く関係のない誰かの言葉をインプットとして,自分の生活を変えるきっかけを作る。そうした機会として,古来おみくじはひかれてきたのだと思う。

マンネリから抜け出すために不確定入力を用いるという手法といえば,現代作曲家のジョン・ケージを思い出す。彼は偶然性の音楽を目指し,傾倒していた「易」を用いて作曲を行う「チャンス・オペレーション」という手法を用いたと言われている。「易」で音楽を作曲するなんて…と私は思っていたけれど,彼がチャンス・オペレーションで作曲しているところを近くで見た高橋アキ(だったと記憶しているのだけれど)は,易の結果が,ケージが気に入らなかった音だった場合には易をひき直していたとどこかで話していた。そうなのである。易で神様の言葉を聞いて作曲するのではなく,マンネリから脱却するための不確定入力のために易を用いていたのだと思う。

私の場合のおみくじはまさにその生活の「チャンス・オペレーション」である。大きな変化ではないけれど,心がけやちょっとした行動を変えることが日々の幸せの質を向上させるきっかけになりうるのだと思う。だからこれからも私はおみくじをひき続けることになるのだろう。

ネットの書き込みは年寄りばかり

SNSというのは大変面白い。たとえば、テレビでは番組に対する視聴者の反応がわからなかったものが、今ではコメントが書き込まれることによって反応をいくぶん知ることができる。あるいはXなどへの書き込みによって、リアルタイムで感想がタイムラインにあふれることになる。そうした双方向性、即時...