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グレムリン2とトランプ氏

トランプ氏が次期大統領になることが決まって,それを映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」が予言していたなどという話が少し盛り上がっているけれど,それをいうなら私は「グレムリン2」をぜひみんなに紹介したい。そこにはトランプ氏ならぬ不動産王クランプ氏が登場し,グレムリンが暴れまくるビルは,トランプ・タワー,いやクランプ・センターなのである。 残念ながらそもそも「グレムリン2」を覚えている人はあまり多くないようだ(少なくとも私の周りには)。しかし,この映画は,パロディにつぐパロディ,それもいい大人がここまでやるかというくらい容赦のない筋金入りのパロディ作品なのである。 まず始まりからして,バックス・バニー(映画が始まる前に,映画館の禁止事項を説明するあのアニメキャラ)が出てきて観客をおちょくる。途中だって,(映画を観ているわれわれの!)映画フィルムは焼き切れ,グレムリンは映画館を占拠して,スクリーンをメチャクチャにしてしまう。ハルクホーガンが出てきて叫んで映画は元の話にもどるのだけれど,観ている私たちは一瞬何が怒ったのかわからなくなるのだ。最後のエンドロールでさえ,バックス・バニーがおちょくりにくる。一体この映画はなんだったのだろうと映画の最後には首をかしげてしまうのだ。 監督は,1作目についでジョー・ダンテ。彼は登場人物の口を借りて,言いたい放題言わせている。評論家もコケにしているし,自らの映画だって笑っている。好き放題作ったのだろう。 制作は1990年。驚くのは,すでにこのときトランプ氏は不動産王として名を馳せ,パロディにされるほど有名人だったということだ。映画の中では,クランプ氏はどこかぬけた憎めないヤツに描かれている。彼が大統領になるなんて,映画を観ていた誰も思わなかったに違いない。

2016年の映画鑑賞録 (2)

一年間に50本映画を観ようとする(個人的な)プロジェクト。第一弾に続き,2回目のツイートのまとめ。ツイートで短くても感想を書いてしまうと,以前のようにブログ記事にまとめようという気があまり起こらないから不思議。(記した日付はツイートした日時であり,必ずしも鑑賞した日ではない)とくかく鑑賞のまとめとなっている。さあ,いってみよう! 25. スペクター 2016年5月28日 「スペクター」を観た。壮大なオープニングから始まる物語。今回はMI6チームの中で007が一番落ち着いている。MもQも良かったけれどボンド・ガールのレア・セドゥが一番いい。CのA.スコットはシャーロックのモリアティ役の人。D.クレイグのシリーズの中で最もスパイ映画らしいかも。 26. ミッション・インポッシブル/ローグ・ネイション 2016年5月28日 「ミッション・インポッシブル/ローグ・ネイション」を観た。最後までスリリングな展開で楽しめた。トム・クルーズは相変わらず全力でアクションしている。そして役のイーサンは相変わらず女に甘い。J.レナーの存在が話に広がりを与えている。A.ボールドウィンは頭の堅いCIA長官役にぴったり。 27. キングスマン 2016年5月29日 「Kingsman」2回目鑑賞。強烈な社会批判。上流階級だけでなく下流に対しても厳しい。そして感違いしている正義への冷笑。全てを笑い、スノッブは皆死んでしまう。残酷な殺戮がロックにのって行われるのが印象的。音楽も素晴らしい。真のKingsmanとは何か考えさせらせる大傑作! 28. ボーン・アルティメイタム 2016年6月8日 「ボーン・アルティメイタム」を観た。シリーズの中で一番スタイリッシュな印象。ボーンの超人ぶりが少し気になったけれど、とにかくカッコいいので許す。CIAの女性パメラも別の意味でカッコいい。まあ、私には他のCIAのダメ男達の方が魅力的なのだけど。次回作が待ち遠しい。 29. エクソシスト 2016年6月8日 「エクソシスト」を観た。ホラーの古典。実話がもとで、当事者の神父に見せたところ、演出が過ぎているところもあるけれど、よくできていると言ったとか。特殊効果も古いのでそうしたシーンは怖くないけど、最初に娘が病院をたらいまわしにされて、匙を投げられるのが一番怖かった...

iPhoneを修理する (実は本体交換)

iPhoneが新品になった。 新製品を購入したわけではない。古いiPhone6が新品のiPhone6になっただけである。つまりは,修理による本体交換になったという次第。 先々週,iPhoneを玄関のセラミックタイルの床に落としてしまい,ディスプレイのガラスに一部ヒビが入ってしまった。痛恨である。歳をとってから,モノをよく落とすようになった。あきらかに老化である。iPhoneもその犠牲者になってしまった。 ヒビは下部の一部で,画面が見づらい,あるは操作ができないということはなかったのだけれど,やはりそのうちにガラスが剥がれてくることが予想され,いつ使えなくなってしまうか,不安を抱えながら使うのは嫌なので,仕方なく修理をすることにした。 ネットで調べると,ディスプレイだけの交換ならば税別で14000円程度とのことだったし,安心パックみたいなものに入っていたので8割をキャリアが負担してくれて実質はその2割程度の負担で済む(すなわち3000円はかからない)ということなので,安心して修理することを選択した。 早速,修理先を探してみた。正規の代理店で修理しないとキャリアが修理費を負担しないとのことだったのでAppleのWebページから該当する店の予約を試みる。ディスプレイの交換となると,店によって当日修理できるところとできないところがあると判明したので,できそうな心斎橋Apple Storeをまずチェック。Webから予約できるのは良いのだけれど,こちらは土日くらいしか店に出向けないのに土日の予約は一杯らしく,表示がされなかった。また1週間以上先の予約はできない。ずいぶん使い勝手が悪い。 そこで,別の正規の代理店を探してみる。すると吹田のエキスポシティのキタムラがそうであることが判明。予約を試みる。こちらはちゃんと一週間以上先の土日も予約できたので,早速次の次の土曜日の予約をとる。これで9月半ばの海外出張の前には修理が完了しそうだと,まずは一安心した。 さて,土曜日。エキスポシティの混雑を気にしながらもスムーズに店舗まで辿り着くことができた。予約を入れてあるのですぐに対応してもらえる。最初に店頭のカウンターで男性が対応してくれた。まずは故障の状況を話し,本体を渡す(店に着く前に,バックアップ,「iPhoneを探す」を切る,カバーを外すなどの作業が必要)。...

最近のラップがいいかんじ。

ラップが最近流行っているらしい。たしかにテレビのCMでもラップが多い。息子からも話を聞いていたのだけれど,若者の間でフリースタイルラップを中心に盛り上がっているとのこと。ということなので,流行りのそれを少し聞いてみた。そして,おぉ,これが現代のラップなのかと感心した。 私のラップに対するイメージは,RUN DMCのWalk This Way,いやもっというと佐野元春のコンプリケーションシェイクダウンくらいのものだから,ずいぶんと時代の隔たりを感じた。しかし,現代のラップを聞いていると流行る理由が少しわかるような気がしてきた。それをちょっと書いてみる。 一昔前のヒット曲が私はあまり好きではなかった。どこが嫌いって,とにかく歌詞が陳腐。永遠,世界,愛,涙,夢といったワードを並べているだけで,なんの共感も湧いてこない。特に「作詞家」というプロではなく,バンドやシンガーソングライターの作品がひどかった。安易にそういった言葉に頼った歌詞で,聴いていると腹が立ってくるほどだった(誰の作品とはいわない)。 しかし,現代のラップは少し違うようだ。自分たちの言葉で,自分たちの感情を,自由に表現している。「愛」とか「永遠」とか遠くにある理想を建前で語るのではなく,身近な題材・メッセージを平易な言葉で伝えようとしている。だからこそ私たちも素直に耳を傾けることができるのだ。 もう「愛」だの「夢」だのといった言葉はマヤカシのようにしか聞こえない。本当はあるのだと信じてはいるのだけど簡単には手に入らないとあきらめている。安易に口にすると逆にウソにしか聞こえない。そんな風になってしまったのが現代なのだ。だから陳腐な表現を排したラップが今若い人たちに流行っているのも当たり前のような気がする。

三毒

今日,自分の感情が自分を壊してしまうという話を聞いた。 仏教では,この心身を壊す煩悩として,貪,瞋,癡,すなわち貪欲,怒り,愚かさの3つをあげ,これらを三毒と呼んでいる。蛇の毒のように私たちの心と体をむしばむと教えられるとのことである。 これは単に頭の中の話だけにとどまらず,この世界,すなわち身体にも確かに具現化している。私が実感するのは「怒り」である。「怒り」は身体にすぐに具体的な反応を起こさせる。上気して血が頭にのぼったり,胃が痛くなったり,私の場合は背中がむずむずする。明らかにマイナスの反応である。 確かにこれらの毒は身体の奥深くに染みこんでいて,容易には抜くことができない。それでも少しずつはデトックスして,良くなってきていると思いたい。仏教の教えはよく知らないけれど,身体の信号をフィードバックして心を制御することはできそうだと実感している。そして心を制御できれば,身体に良い影響を与えることができるのである。 人間の心身はよくできている。このしくみが大変面白くてたまらない。

2016年の映画鑑賞録 (1)

この1年の間に50本以上の映画を観ようと思った。「そんな時間よくあるなぁ」,とおっしゃる人もいて申し訳ないのだけれど,まぁ,とりあえずやってみようと決意してみた。そして作品を観たらツイッターで感想をつぶやくようにした。2016年のつぶやきをここにまとめることにする。(記した日付はツイートした日時であり,必ずしも鑑賞した日ではない) 1. グレムリン2 2016年1月9日 「グレムリン2」を観た。パロディに次ぐパロディ。メタパロもある。このダークさは家族向けではないし、大人に対してだってかなりブラック。でも、すべてのパロディを理解できるのはかなりの映画マニアだろう。P.B.ケイツが少しぽっちゃりしていて田舎臭く可愛かった。C.リー出演が微笑ましい。 2.  フロム・ダスク・ティル・ドーン 2016年1月24日 「フロム・ダスク・ティル・ドーン」を先日観た.強盗に吸血鬼.なんというオバカ映画.こういう活劇は大好き.監督のロバート・ロドリゲスってこういう娯楽作品が好きなんだろうな.タランティーノは脚本だけでなく俳優としても活躍.異常者を見事に演じている.G.クルーニーが若くてクール. 3. アウトロー 2016年1月24日 「アウトロー」を先週観た.トム・クルーズが好きそうなストイックで強いヒーロー物.ヒロインのロザムンド・パイクが大変魅力的.また射撃場のおじいさんがカッコいい.昔ながらのアクションをしっかりと撮ったという映画.シリーズということで続編に期待. 「アウトロー」でトム・クルーズが披露していた格闘技はキーシ・ファイティング・メソッドだとすぐにわかった.「バットマン」で使われていて初めて知った格闘技なのだけれど,アメリカのセレブで流行しているのかな.特徴は肘を中心とした攻撃と前腕部を利用した受けかな.今度じっくり調べてみよう. 4. ドラゴン・タトゥーの女 2016年1月24日 「ドラゴン・タトゥーの女」を観た.主人公はダニエル・クレイグではなくて,タトゥーをした若い女の子の方だった(と思う).彼女の苦難と再生,そして失恋のお話だった.話としては重いのだけれど面白かった.彼女の魅力が映画の魅力.一族がみんな酷い人という設定で「犬神家」を思い出した. 5. World war Z 2016年1月31日 ...

2016年のエイプリルフール

以前は毎年4月1日のエイプリルフールに,ホラ話をブログに書いていたのだけれど,2011年を最後にしばらく書いていなかった。どうも年度始まりは余裕がなく,気づいた時には4月1日が過ぎてしまっていたということがここ数年続いていたからである。 今年は奮起して久しぶりにホラを書いてみたのだけれど,我ながらイマイチな出来栄え。もっと大げさなホラが吹ければよかった。ということで, 昨日の記事 はウソです。すみません。もう少し本当のこととウソの境界が微妙なうまい話が書ければよかったです。来年はもっとウソ道に精進いたします。 これまでのエイプリルフールのウソ 2011年4月1日  パワエレの系統 2010年4月1日  電力の産地指定購入 2009年4月1日  人間の共振現象 2008年4月1日  夜中の台所にて,パワーエレクトロニクスの音色に耳を澄ます

地球を利用した無線電力伝送システム

新しい電力伝送のお話。 電気回路の素子といえば,「抵抗」,「キャパシタ」(コンデンサ),「インダクタ」(コイル)の3つしかない。基本的にこの3つの素子があれば,電気回路の現象は表現できることになる。そして電圧と電流が決まれば,(電圧✕電流)で電力が計算できる。電力というのは,ある時間の間に(一般には1秒間に)伝送できるエネルギーの量を示す指標である。これが大きければ大きいほど大きなエネルギーを使うことができることになる。 電力は現在,電線を用いて遠くの発電所から私たちの家まで伝送されているのはご存知の通りである。これを電気回路的に表すと,抵抗,キャパシタ,インダクタで表される電線に電圧をかけて,電流を流すことによって,電力を送っていることになる。 この電気回路で表現される電力の伝送方法としては,基本的に3つの素子の組み合わせになるので, (抵抗+キャパシタ) , (抵抗+インダクタ) , (キャパシタ+インダクタ) の組み合わせが考えられる。電力は一定時間に伝送できるエネルギーの大きさだから,エネルギーの変化が短時間で大きい方が大きな電力を送ることができることになる。 先ほどの3つの組み合わせでいくと,(抵抗+キャパシタ),(抵抗+インダクタ)は,組み合わせの中に「抵抗」が存在する。この抵抗がクセモノで,抵抗は電力を消費する(消費を表す)唯一の素子であり,その値はエネルギーの変化の大きさに大きな影響を与える。すなわち,(抵抗+キャパシタ)の組み合わせでは(抵抗✕キャパシタンス)で決まる時間(時定数)で,(抵抗+インダクタ)の組み合わせでは(インダクタ÷抵抗)で決まる時間で,電圧と電流が変化し,それによってエネルギーが送られる時間が決まることになる。そしてその時定数の値は一般的に長いものになってしまう。また流れる電流と抵抗の大きさによって,(抵抗✕電流✕電流)で決まる電力が損失として消費されてしまうという大きな欠点もある。 では,最後の組み合わせの (キャパシタ+インダクタ) はどうだろう。電圧と電流の変化は,キャパシタンス(静電容量)とインダクタンスによって決定されることになるが,抵抗を含む2つの組み合わせでは指数関数的に変化するのに対し,この組み合わせではただ振動するだけである。この振動は共振と呼ばれ,その周波数はキャパシタンスとインダクタンス...

ルーシー

スカーレット・ヨハンソンという女優は,なんとなく気になる存在だけれど,綺麗だからというわけでもない。なにかしら心に引っかかるものがあるのだけど,それがなにかよくわからなかった。しかし,この映画を観て,彼女は綺麗だというばかりでなく,人間の嫌なところを感じさせる女優だから気になるのだとわかった。 「ルーシー」(2014年)(監督:リュック・ベッソン) --- Twitter --- 先日、映画「ルーシー」を観た。人間は脳の能力のほんの一部しか使っていないという都市伝説(?)に基づいたファンタジー。最後のオチも予想がついた。L.ベッソンらしいクサイ脚本という印象。S.ヨハンソンの魅力だけでもっている映画かな。 -------- 人間の脳は本当に少ししか使われていないのだろうか。 昔,「Night Head」という深夜ドラマがあって,そこでは確か脳の30%しか使われておらず,残りの70%はNight Headと呼ばれて,そこが開発されれば超人的な能力(超能力)を発揮できるという設定だった。たいへん面白いドラマだったと記憶しているけれど,この「ルーシー」も同じような設定が前提である。しかし,現在では,やはり脳はそのほとんどが活動していて,殆どの部位がなにかしらの役目を担っているという方が定説だと聞いている。脳が使用する酸素の量を考えてみてもそのような説の方が納得できる。 映画の最後のオチも想像できた。100%覚醒した脳をもつ人間は,人間として存在できなくなるに違いない。そして普遍的な存在に昇華する。ここらへんもありふれたSFのオチのように思える。 ルーシーという名前は,もちろん人間の祖先であるアウストラロピテクスの名前である。そこらへんもクサイ。最近,リュック・ベッソンの映画はちょっとコテコテの(使い古された)設定が多すぎるのではないか。もっと斬新な話の展開を期待したいなあ。 脳の本来の能力は,結局通常時どのくらい使われているのかわからないけれど,人間の身体,特に筋肉はその100%の能力は使われていないのははっきりしている。なぜなら,筋肉が100%の力を出したら筋肉が壊れてしまうから。だから心理的な限界があって,そこまで筋肉を使わないようにしているのである。それを越えるのが「火事場の馬鹿力」だなどと言われているけれど,...

パワーエレクトロニクスはどこへ行くのか

パワーエレクトロニクスは,William E. Newellの1974年の著名な論文"Power Electronics---Emerging from Limbo"によれば,「エレクトロニクス」,「パワー」そして「コントロール」といった技術の境界に存在する工学と述べられている.そしてそれは,パワーをコントロールできるエレクトロニクス素子,すなわち半導体素子によって支えられてきた. 1947年のトランジスタの発明以来,パワーエレクトロニクスに適用される半導体素子はサイリスタ,GTO,MOSFET,IGBT,IGCT,IEGTなどが次々と出現してきたが,現在はこれまでのSiに代わる次世代のSiC,あるいはGaNを用いた次世代の素子が市場に投入され,パワーエレクトロニクスは新しい展開を迎えていると言われている. しかし,パワーエレクトロニクスへの要望・期待は産業界からは高まっているものの,残念ながら一般社会からの関心は低いままにとどまっている.それは,まず「パワーエレクトロニクス」という言葉を知っている人はそもそも少ないことや,「インバータ」などという単語でさえも耳にしたことがある人はかなり少ないことをみてもよくわかる.これではパワーエレクトロニクスに興味をもってくれる高校生も少なくなるのも仕方ないだろうと思う.しかし,それではこの分野の人材不足を招いてしまう.問題なのである. 数年前,ある教授の最終講義において,産業界において重要視されているのに大学ではそうではない分野というのが紹介されていて,そのリストの一番上にパワーエレクトロニクスが書かれていたのを見て腰を抜かしたことを覚えている.そうなのか,私の分野は大学では軽視されているのか.その現実を知ってショックを受けた.まぁ,大学でさえそうなのだから,一般では認知されていないのもやむをえない. そもそも,パワーエレクトロニクスはいくつかの工学のすりあわせ,システム工学であり,応用分野である.基礎学問ではないから軽視されるだろうし,ノーベル賞にも縁がないだろう.そして関心がもたれない一番の理由は,私たちの周囲において,パワーエレクトロニクスは「技術」として姿が見えにくいからではないだろうかと思われるのである. でもそれも仕方がない,とも思う.なぜなら,パワーエレクトロニクスの目標は...