国師三喚
無門関の「国師三喚」という禅の公案がある. 詳細は無門関の原文を参照していただくとして, だいたいの話の内容は次のとおりである. 高僧が侍者を三度呼んだ.侍者は三度返事を返したという. そこで高僧は「自分がおまえに背いていたと思っていたけれど, おまえが私に背いていたのか」と言ったという. これだけの話である. しかし解釈はさまざまで,私もどう考えるのが良いのかわからない. ただ,侍者は三度返事を返したということなのだけれど, その三度の返事に違いはあるのか,という議論がある. 当然2度目の返事は1度目と違うはずで,侍者の心のありようが 変わっているはずである,と. そして当然3度目はさらに心が変わっているはずだと考え, その侍者の心の変化について,いろいろな解釈が示されている. しかし,私はこう思う. 3度の返事はすべて同じではないか,と. 2度目の返事においても,3度目の返事においても, 心をまっさらにして応えた一度目の返事と同様に, 侍者は変な考えをもたずに応じるというのが理想ではないだろうか. 常に初心に戻って,100%の心持ちで対応する. 同じ稽古をなんど繰り返しても,心を新たにして臨む. これこそが武道における心の在り方ではないのかと思うのである. 合氣道の講習会に参加し,この話を思い出した. 同じことを繰り返すにしても常に心新たに 100%の集中でことにあたるようにしたいと思う.