ギトリスが演奏するシャコンヌに人生の苦渋を感じる
数あるバイオリン曲の中でも,バッハの「シャコンヌ」はその最高峰に位置する作品の一つだということに同意しない人は数少ないだろうと思う.決して華やかな曲ではない.むしろ人生の深淵を表すなどといわれるように重苦しく,厳しさを感じる作品となっている.しかし,だからこそ何度でも聴いてみたいと思わせる名曲になっている. 名曲であるがゆえに,数多くの演奏の録音が存在する.以前にどこかのサイトで,個人でこのバッハのシャコンヌの録音だけで数百曲のCDを所有しているのが紹介されていた.少なくとも数百曲の録音があることは確からしい. クラシック音楽を聴かない人からよく訊かれることのひとつに,なぜ同じ曲のCDを何枚も持っているのか,というものがある.でもロックだってポップスだって,同じ人の同じ曲の録音が複数あってそれを収集する人がいるわけだし,またジャズだって何年のどこどこでのライブ演奏が最高だなどというのだから,それと変わりがないのだ.ただクラシックの場合,演奏者によって同じ楽譜の同じ曲であっても大きく曲の印象が異なるのだから(たとえ同じ人,あるいは同じ指揮者&オーケストラの演奏であってもである),同曲異録音を収集しようという意欲は他の種類の音楽よりも強いのかもしれない. シャコンヌで私が好きなのは,ギドン・クレーメルの新旧の録音が一番であって,長らくこれは変わらなかった.旧作は氷のように冴え渡った演奏だし, 新作 はパウゼの暖かさがたまらないという魅力がある.しかし,Youtubeなどの動画サイトでいろいろな演奏家のシャコンヌを聴くことができるようになって,ますます好きな演奏が増えている.ヒラリー・ハーンや庄司紗矢香などの若手もいいし, ハイフェッツ や スターン の巨匠たちの演奏もやっぱりいい(ここでもハイフェッツのカッコよさは抜きん出ている).でも,全然魅力的でない演奏も多いのも事実だ.途中で聴いていて再生を止めてしまう...一体,この差はなんなのだろうとよく思う. しかし,とっても陳腐な言い方だけれども,演奏には演奏家そのものの人間性が現れていて,その魅力の差であるとしかいいようがないのも本当のことなんじゃないだろうか.音の強弱,フレーズの流れ方,そしてパウゼの取り方.それら音の扱い方に「その人」が現れる.その人の経験,もっというと生き方みたいなものが,演奏となっ...