2023年9月30日土曜日

禁断のホラーミステリー 怪異TV

 オカルトが好きな私は昔からいろいろと恐怖・不思議系TV番組を観ている。たとえば,新倉イワオの「あなたの知らない世界」(ワイドショーの特集)とか,深夜の心霊取材番組とか,昔はインターネットなどなかったから,紹介される話により信憑性を感じて,深夜寝る前にドキドキするのが好きだった。

そんなオカルトマニアの私だけれど,これまでのオカルト番組とは違って,「おっ」と思うTV番組があった。それが,

「禁断のホラーミステリー 怪異TV」(NHK BS,山中崇 出演,2015)(全3回)

である。これは怪談話を再現ドラマ化したものとは違い,「幽霊画」や「呪い」などの対象に対し,架空の番組である「怪異TV」のレポーター役である山中崇を中心にスタッフが専門家や大学教授にインタビューなどをしてその背景を深掘りするというテイで進められる,ホラーミステリーのフィクションとドキュメンタリーをミックスした日本では珍しいテイストの番組であった。

私の記憶ももはや曖昧なのだけれど,番組は民俗学の専門家に真面目な取材をし,「不思議な現象」の真相についてよりも,その文化的・歴史的な背景を深掘りするという,ある意味学術的な番組だったように覚えている。だから怖さよりも知的好奇心によって惹きつけられる番組だった。

山中崇は変わらずいい味をだした演技をしていて,真面目そうなレポーターを好演している。半信半疑で,でも誠実に取材を進めていく感じがよかった。

こうした心霊現象自体よりも,その文化的背景,歴史的背景を探る番組こそ私の興味をそそるものだ。別にエンターテイメント化した恐怖に魅力を感じているわけではない。幽霊画や呪いなどの背後にうごめく人間の暗い部分にこそ,オカルトの意味が存在しているのではないかと思うのである。

しかし,どうも評判は悪かったのか,その後続編はつくられていない。こんなオカルト好奇心を満足する番組,他にはなかったのに...

2023年9月23日土曜日

呪術廻戦でオカルトが流行ってほしい

 アニメや漫画の影響で特定のスポーツが流行るという話はよく聞く。

一昔前は「巨人の星」,「ドカベン」で野球が流行り,その後「スラムダンク」でバスケットボールが流行った。「キャプテン翼」に至っては,世界的な影響を及ぼし,少し前だと(今もそうかもしれないが)世界的に活躍しているサッカープレーヤーが「キャプ翼」に影響を受けたと語っている。

スポーツアニメはこうしてファンを増やし,この国のスポーツを支えている。「あしたのジョー」,「はじめの一歩」でボクシング(「リングにかけろ」の影響とはあまり聞かないけど),「アタックNo.1」で女子バレー(これはバレー人気が先立ったかも),「プロゴルファー猿」でゴルフと枚挙にいとまがない。

スポーツでなくとも,将棋や碁,麻雀だって漫画の影響を受けた人は多いだろう。職業だってそうである。キムタクがドラマで演じた職業は人気となっているから,漫画に限らないとも言えるだろう。

細かいところでいうと,日本における八極拳の人気の高さは「拳児」や「男闘呼組」という漫画だけでなく,ゲームである「ストリートファイター」の影響が大きいだろう。

ということで,「呪術廻戦」である。これで職業として「呪術師」は流行るのかと私は疑問に思うのだけれど,たぶんそんなことはない。(決して,「黒い呪術師」アブドラ・ザ・ブッチャーが流行ってほしいと言っているわけではない)。でも,オカルトブームが少しは盛り上がって欲しいと私は期待しているのである。

コンプライアンスをうるさくいうせいか,最近オカルト関係のテレビ番組が少なくなって面白くない。もっとグレーゾーンをせめるオカルト番組がほしいのだ。怪談でさえテレビではめっきり見なくなってしまった。超能力番組もない。そんなに世の中潔白である必要があるのだろうか。

呪術廻戦に興味をもつことによって,人間の文明創生と同時に誕生し古代から続く呪術を通して人間の闇について知ることは意外に大切なのではないかなぁ,と思う。人間の文化は,祈念,呪い,祓い,といったものから発生しているのだろうと思うから。また平安時代のような魑魅魍魎が跋扈する世界とまではいわないけれど,戦前のようにお化けが同居する世界の方が住みやすくはないだろうか。呪術廻戦のブームでもっとみんながオカルトに寛容になって欲しいと思う。

#「VIVANT」の人気で,「公安」や「別班」が流行ることはないのだろうけど...

2023年9月18日月曜日

ローストンカツはなぜ左が太く右が細いように盛り付けられるのか?

 私はトンカツが好物で,月に何度も食す(だから私は痩せない)。特にローストンカツが大好物で,サラっと油であげられたジューシーなローストンカツを塩で食べるのがたまらない。良いトンカツには塩がよく合うのである。

さて,このローストンカツを食べるにあたって,ずっと前から不思議に思っていたことがある。ローストンカツは左側に太い部分が配置され,右側に向かって細くなっていくように盛り付けられ提供される。この法則に従っていないローストンカツ定食はいままでに食べたことがない。これがなぜなのか,私はずっと不思議に思っているのである。

そこで思いついたのが,「このトンカツの形は,魚の形に似ている」ということ。そう,この「トンカツの向き問題」は,「魚はなぜ左向きで描かれるか問題」と根が一緒なのではないか,と思うのである。

なぜ魚は左向きで描かれることがほとんどなのか。この謎はNHKの「チコちゃんに叱られる」で取り上げられるほどの疑問であり,ネットで調べてみても,「人は右利きが多いから」,「日本文化では左上位だから」,「文章は横書きでは左から右に書くから」などと理由が解説されていることが多いのだけれど,はっきりとした理由はわかっていないようだ。

特に,「左を上位とする日本文化の影響」という理由については,私は納得できない。日本文化の影響を受けていない海外の図鑑や絵を見ても,やはり魚は左向きである。「文章の向き」が影響を与えているという理由も納得できない。アラビア語圏では右向きに魚を描く人の割合が多いといっても,5割程度らしい。日本だって,昔は縦書きで右から左に書き進めていたのだから,明治時代程度までは右向きに魚を描いていておかしくないのだけれど,そんなはっきりとした違いは無いようだ。たぶん右利きが多い人間の脳の働きの影響などの全人類に普遍的なことが理由なのではないかと私は思っている。実際,右利きの場合,手を動かす特性上,流線型は左から右に流れを考えた方が書きやすいし。

そしてローストンカツの向きも同じ理由なのではないだろうか。あの流線型のトンカツは魚が左向きに描かれるのと同じ理由で,脳のなんらかの働きによって左が太く,右が細くなるように盛り付けされるのではないかと思うのである。

くだらない話のように思うけど,ローストンカツの向きが逆に盛り付けられていたら,やっぱり違和感を感じてしまう。そこには実は深い理由があるような気がする。



#パワーエレクトロニクスの回路図においても,電源を右に描くか,左に描くか,迷ってしまう。電力では左にソース(発電機など),右にシンク(無限大母線)を描き,電力の向きは左から右であることが多い(電力の向きが逆に描いてある回路図には私は少し違和感を感じる)。

2023年9月16日土曜日

コーヒー,最初の一杯の最高のうまさ

 一日の最初に飲む一杯のコーヒーは,なぜあんなにうまいのだろう。

私はインスタントコーヒーで満足できるくらいコーヒーマニアでもなく(インスタントで十分!),まして自分でコーヒーを淹れるようなことは全く無い。そんな私でさえ,日々,一日の最初に飲むコーヒーの美味しさには感動する。それがコーヒー専門店で飲む一杯だったりするとさらにうまい。最高である。日々,高価な美味しい食べ物,飲み物をいただく贅沢はできないけれど,週末のコーヒーだけならば少しの贅沢で最高の幸せを味わえる。富裕でない人のささやかな楽しみである。

しかし,その日に飲むコーヒーの二杯目以降は一杯目ほどの美味しさをなぜか感じられないのだ。ビールの最初の一口と同じである。二杯目の味は最初の一杯の美味しさには到底及ばないのである。

週末,私はコーヒー専門店でハンドドリップコーヒーを飲み,このブログを書くことが多い。そのときに飲むコーヒーの味は最高である。私は苦くて酸味が強いコーヒーが特に好みなのだけれど,ガツンと脳みそにくる最初の一口は本当に美味しい。私は少しでもこの美味しさの新鮮味を逃さないために,コーヒーとともにお水をいただき,一杯のコーヒーを飲む間に何度か水を飲むことによって口の中をリフレッシュする工夫をしているのだけれど,それでもやはりコーヒーの美味しさは二口目から薄れていくような気がする。それが少し悲しい。

なぜこの最初の一杯がこんなにもうまいのか。似たような話は愛煙家から聞いたことがある。海外出張だと7~8時間,アメリカなどだと12時間以上も航空機に乗っていなければならない。もちろんその間は禁煙である。タバコは吸えない。あるとき愛煙家の同僚とヨーロッパ出張に出かけたのだけれど,途中の乗り換えのフランクフルト空港で,まるでなにかと競争をしているかのようにその同僚がタバコを何本も連続して吸っているのを見て呆れたことがある。彼は,「最初の一本が脳にガツンとくるんだよ」と目を細めて話していた。

そうすると,同じようにうまさを感じる私はすでにコーヒー中毒なのか?と疑いたくもなる。私はコーヒーはほぼ一日一杯しか飲まないのに。平日は,「違いのわかる」あのインスタントコーヒー一杯だけだし,週末はコーヒー専門店で飲む一杯だけである。それでもコーヒー中毒になってしまったのだろうか。でも,「脳にがツンとくるうまさ」の表現は共通しているような気がする...

しかし,たとえ中毒であってもいい。このコーヒーのうまさは日々の生活の中の捨てがたい,そしてささやかな幸福,小確幸なのだ。せめてそんな幸せがなければ日々やっていけないのだし。

#誰かの名言で,「美味しいと思って二度目に食べたピーチシャーベットの味は,最初に食べたときの味には及ばない」というものがあったような気がする。人間の特性なのだろう。




2023年9月10日日曜日

長岡城と稲荷神社の話

 先日のNHKの「ブラタモリ」は,長岡が訪問場所だった。長岡はなぜ花火の町になったのか,そしてなぜ市のマークが不死鳥なのか,それらがわかりやすく解説されていた。戊辰戦争,大空襲,そして中越地震と多くの困難を乗り越えてきたからこそ,不死鳥なのである。

さて,その中で長岡城跡に駅が建っているというのは全国的にも珍しい,という話が出てきた。長岡駅を出ると,城跡の碑が建っている。らしい…(私は未確認)。

長岡城は戊辰戦争のときに焼失してしまっているので,どのような城だったのか私はよくわからないのだけれど,その城は「苧引形兜城(おびきがたかぶとじょう)」と呼ばれていたらしい。ただ,その名前の由来については,民話・伝説で知っていた。

長岡城の築城責任者が,主君からよい城を築城しろと命じられて悩んでいたときに,ある雪が降った朝に狐を見つけた。その狐は長い「苧」の枝をくわえていたのだけれど,それを雪が降った地面にさして線を引き始めたという。それが城の区画を示していて,その築城責任者は狐が引いた線にしたがって設計図面を引いて築城したのだという。それで「苧引形」と呼ばれるようになったということである。(ちなみに兜城と呼ばれるのはその城の構えが兜のクワガタに似ていたかららしい)

ということで,城内にはその狐を祭る「稲荷神社」があり,今は市役所であるアオーレ長岡の敷地内にそれがある。

城内稲荷神社


#どうも全国的に城内では稲荷社があることが多いらしい


2023年9月9日土曜日

名古屋に三度足を運ぶ

 今年は名古屋に行くことが多かった。

電気学会の全国大会が3月に名古屋大学で開催され,8月には産業応用部門大会が名古屋工業大学で,そして9月には電力・エネルギー部門大会が愛知工業大学八草キャンパスで開催された。実は,基礎・材料・共通部門大会も愛知工業大学自由が丘キャンパスで開催されたのだけれど,こちらは私は参加していない。

なぜこんな事態になったのか理由や事情はしらないけれど,もう少し開催場所が散らばった方がいいな,とは正直思う。

でも学生は名古屋の魅力にすっかりはまっていたようである。まぁ,長岡の田舎から名古屋にいくと,そのきらびやかさに圧倒されるのもよくわかる。街並みがまずおしゃれだし,素敵なお店がいくつも目を惹く。みちゆく人のファッション,スタイルも長岡とも全然違う。学生が言っていたけれど,「長岡で育った人と名古屋で育った人は,性格が大きくちがうに違いない」。私もそう思う。

天候が人の気分や性格に大きな影響を及ぼすことは間違いない。進学のため新潟から東京に出て行ったときに私はそのことを実感した。冬に晴れが続くなんて想像もできなかったし,晴れが続くと新潟で毎日曇りや雨で沈みがちだった気分がうそのように晴れやかになる。やっぱり性格は変わる!と私もそのときに思った。

街行く人のファッションが田舎と違うことも素晴らしい。一生懸命オシャレしていることがわかる。長岡とはかなり違う。ファッションの楽しみ方が違うのだろう。「自分」を持っている人が多い気がする。

こうした街を経験すると,長岡を出て都会で就職しようとする学生が増えるのも仕方ないと思う。若いうちは刺激が欲しいものだし,人が多い方がいろんな人と出会える確率も高いし,いろんな経験ができるのは間違いないし。

たぶん名古屋も人口や予算で厳しいのだろうとは思うけれど,新潟県に比べればまだまだ勢いがある。私も住みたいなぁと思う街である。

いつの間にか名称がテレビ塔から中部電力ミライタワーになっていた


2023年9月2日土曜日

警部補ダイマジンの最終回は...

 テレビ番組「警部補ダイマジン」を今期観ていた。最終回を観て,がっかり。その前まではかなりハードボイルドな話だったのに,最終回はコメディだった。そして,解決までにはたどり着けないし,テレビの最終回とは別に「完全版」というものが存在し,それはまた異なる結末なのだという。ちょっとそれはひどいんじゃない?って正直思う。

前回までは,たしかにハードボイルドだった。主演の生田斗真が良い味を出していて,重くならないダークヒーローを好演していた。彼は芸達者だけれど,今回も新しい役どころが似合っていたように思えて,たいへん良かった。アクションもキレていたし,人を殺すにも躊躇がないところなんて,かっこよかった。

共演の向井理も私は大好きで,彼の清潔感が最大の魅力だと思っているのだけれど,正義とは言い切れない役を演じる上で,その清潔感によって役が救われていた。知的でずる賢くてスマート,そんな役にピッタリだった。

今回見直したのが土屋太鳳。たいへんに美人。シリアスな演技が魅力的で,コメディ作品に出演していたばかりの彼女を見ていた私にはとても新鮮だった。シシド・カフカもますます美人に磨きがかかっている。

さらに魅力的な脇役といえば,浜野謙太。「どうする家康」でも情けない織田信雄を好演していたけれど,今回も気の弱い主人公たちの同僚を演じていてポイントかなり高し。最後は殺されてしまったのだけれど,印象に残る良い死に方だった。

小澤征悦も安定の悪役ぶり(最近ずっと悪役ばかりのような気がする)だったけれど,その部下の殺し屋を演じた矢柴俊博の壊れ具合がとても素晴らしかった。彼は脇役には不可欠な素晴らしい役者だけれど,今回の役は役者冥利につきるのではないか。狂気の殺し屋がとても似合っていた。

といことで,その他にも高橋克典(最後のコメディはいただけなかった。最後までかっこよいほうが良かった)や松平健(すごく怪しかった),桐山漣,片岡鶴太郎なども脇を固めていて,キャスティングは良かったのだけれど...

どうしたの監督,三池崇史!また裏切られたよ。テレビの都合もあるのだろうけれど,もっともっとダークな終わり方でもよかったんではないの?と私は最終回をみて思ったのである。そして,完全版はテルサ(オンライン)で,というテレビ局の態度が許せない。そういえば,続きは映画で,と終わった仮面ライダーディケイドもこの局だっけ?

許せない!(菊池風磨風)

ネットの書き込みは年寄りばかり

SNSというのは大変面白い。たとえば、テレビでは番組に対する視聴者の反応がわからなかったものが、今ではコメントが書き込まれることによって反応をいくぶん知ることができる。あるいはXなどへの書き込みによって、リアルタイムで感想がタイムラインにあふれることになる。そうした双方向性、即時...