誠実で素敵である理想的な会話とは
理想的な会話とはどのようなものか?と私はずっと考え続けている。残念ながら私はテレパシストではないので,誰かと意思疎通をするためにはなんらかのコミュニケーションを必要としていて,もっとも身近で人間的なコミュニケーションはやはりアドリブで行われる日常の会話であると思う。だから言語的そして非言語的な情報をやりとりして行う会話を改善する方法について日頃から興味をもって情報を集めている。 こうしたコミュニケーションに関する本などを見ると,ラポールを築くための方法について解説されていて,たとえば「相手の言うことを否定しない」とか,「相づちをタイミングよく打つ」とか,あるいは「話すスピードを相手に合わせて変える」,果ては相手の動作を真似する「ミラーリング」などのテクニックが紹介されている。 確かにそうしたテクニックはコミュニケーションを職業とするような人たちには大切なのだろうけれど,そんなテクニックを常に頭に置いて行う会話が本当に私の求めるものなのかと疑問に思う。相手が話しているというのに,次に話すことやその発声について考えていることが本当に誠実なコミュニケーションといえるのだろうか。あるいは話している相手の動作に注目し,思考を読み取ろうとすることが,敬意ある態度といえるのだろうか。 私の理想的なコミュニケーションとは,相手の話を,否定もせず肯定もせず全身で聴き,その反応としてどんどんと広がっていく考えや感情を素直に相手に伝えることであると思っている。でもこれは今思いつく要件のひとつで,その他にも満足したい要件はたくさんある。次にどうしたらいいのかなんて考えずに,相手の話をそのまま受け止めて自然に反応する。カフェで時間も気にせず,次から次へと話題が出てくる会話。そんな会話ができたらどんなに素晴らしいだろう。 ミラーリングのテクニックだって,本来,話が盛り上がっているふたりの動作や話し方が同期してくるという特性を逆に利用しているわけであって,素敵な会話ができればおのずと実現されるものである。わざわざミラーリングなんてしなくてもよいはずなのである。 また信頼する関係性があるならば,相手の言葉や動作の癖や視線に注意して心の中を探る必要もない。またこちらも手の内を隠す必要なんてないし,相手を誘導する必要もない。そんな立場が対等で相手を尊敬しあう会話ができたらどんなにいいだろう。...