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タンクトップのマッチョ男子学生をみると身体がむずがゆくなる

 夏になった。大学のキャンパスでもタンクトップを着ている男子をよく見かけるようになった。みんな発達した三角筋や上腕二頭筋を見せびらかすように歩いている(僧帽筋を発達している人はあまり見かけない)。私はそうした男子たちを見ると身体がムズムズしてくる。見ているこっちが恥ずかしくなるのだ。 私も大学時代,トレーニングに集中していた頃がある。大学のトレーニングセンターに毎日のように通って,今日は上半身の日,明日は下半身を鍛える日などと,フリーウェイトのトレーニングを続けていた。そしてちょっとナルシズムに浸っていた。たとえばスタンディングローで僧帽筋を鍛えていて,最後の回が終わるとバーベルをそっと床に置くのではなく,少し上から落として「ドン」という音をさせたりしていた(もちろん床には厚いゴムマットが敷かれていて床面は保護されていましたがあまり許される行為ではありません)。そして,バーベルが置いてあるスペースの前には大きな鏡が設置されているから,そこに肥大した筋肉を映して悦に入るのである。そして忘れずに牛乳でシェイクしたプロテインを喉に注ぎこむ。その頃のプロティンは牛乳に実に溶けにくく,ダマになったプロテインの粉を舌でつぶしながら飲んでいた。本当にまずかった... 大学で着ている服もノースリーブのTシャツを着たりして,肥大した筋肉が見えるような恰好をしていた。今思い出すと本当に恥ずかしい...私の黒歴史である。トレーニングをしていると自分の身体に自信を持つようになり,そうした筋肉を見せる服装をしがちであるけれど,若さゆえの自己顕示欲でしかない。その忘れ去りたい思い出がたぶん現在のマッチョな男子を見るときにむずがゆさを引き起こしているのだろう。 そんな私の筋トレライフはある日突然終わりを迎える。修士の頃,合氣道の師範に「三浦君,ウェイトトレーニングとかしているの?馬鹿になるからやめるように」と言われて,それ以来サンドバッグトレーニングと少々の自重トレーニングしかしなくなった。そして私はデブになった。

オフィスでハーフパンツを履けない、もう一つの理由

 夏の暑さが酷いので,オフィスでもハーフパンツを履いてはどうかという話がでてきている。おじさん(おじいさん)がハーフパンツを履くのは気持ち悪いという議論が持ち上がるのも仕方がないことだと私も思う。 ハーフパンツはどうもお子様っぽく見えてしまう。家では私も短パンやステテコを履いているけれど,さすがに職場では履く勇気がない。半袖のカッターシャツでさえ私は着るのを躊躇するのにハーフパンツとなると相当ハードルが高い。そもそも履きたいとも思わない。 そのうえ,私の場合はハーフパンツを履くために,エチケットとしてスネ毛の処理が必要だろう。学生時代,ローキック強化のためだといってビール瓶でスネを叩いて鍛えていたころはスネがツルツルになっていたけれど,今は毛を剃るか脱毛が必要だろう。その手間を考えるとちょっと遠慮しておきたい。 私のスネ毛はそれなりに生えていて長さもある。そのことを実感したのは,大学院生の頃。原子力学会の「若手夏の学校」で五島列島に合宿に行ったときのこと。そこでは講義の間に海を楽しむ休み時間が設けられていて,研究室のみんなと一緒にハーフパンツを履いて海へと繰り出した。海の水は本当に透き通っていて,誰もが青い海を満喫していた。私はふとスネをトントンと軽く叩くものがいることに気づいた。足元をみると小魚が波に揺らぐ私のスネ毛を海草と間違えて足の周りに集まってきていた。思いがけないスネ毛の訪問者に思わず笑ってしまった。それ以来,人前でスネをさらすのがますます恥ずかしくなってしまった。 ということで私はこの夏もハーフパンツをはいて人前に出ることは遠慮しておきたいと思っている。

一澤信三郎帆布の手さげかばんを新調する

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 最近,かばんを新調した。手提げのトートバッグである。これまで6年以上愛用してきたトートバッグの持ち手がボロボロになってしまったためにこのたび買い直した。 新調したのは 一澤信三郎帆布 の 手提げかばん (大)H-04である。この手提げかばん(トートバッグ)の良さは,構造がシンプルで,いろいろなモノをカバンのなかに「 ガフガフ 」気にせず放り込むことができることである。この「ガフガフ」という形容が私の感覚にはピッタリで,以前にかばん屋さんに行って,「なんでもガフガフ入れることができるかばんが欲しい」と店員さんに尋ねたくらいなのだけど,もちろん店員さんは理解できず,その後一生懸命説明した。毎日,着替えやペットボトル,その他,PCアクセサリ,A4書類など,なんでも放り込んで使っている。トートバッグは上部の口が開いているので,収納にジッパーを開けるなど頭や手を煩わせることがない。そこが気に入っている。 トートバッグといえばやっぱりL.L.Beanの製品に憧れていて,学生時代などは「メンズクラブ」や「BE-PAL」なんて読んでいたから,あのザックリと縫い合わされた生成りの白い帆布に青や赤の持ち手がついているバッグにタオルなどを詰め込んで,海やアウトドアに行くのが夢だった(実はインドア派なのでカッコだけに憧れていた)。氷や水をバケツのように運ぶことができるという機能性がカッコいいと思っていた。 一方,私が6年間使っていた一澤信三郎帆布の手提げかばんは,L.L.Beanのトートのように帆布でできているけれど白ではなく黒色であった。私はこのかばんを現在の大学に赴任する際に以前の大学の研究室の学生たちから記念品としてもらったものである。もちろん私はこのブランドは知っていたから,わざわざそれを選んでくれたことが本当にうれしかった。そして今回新調するにあたっても同じ型を選ぶことにした。 このかばんは、トートバッグとしての長所はもちろん、以下の4点ですこぶる使い勝手がいいのだ。 上部のハトメとひも: 開口部を閉めることができる(数回しか使っていないが便利)。 A4書類が縦に入る: クリアファイルを縦に突っ込める絶妙なサイズ感。 驚くほどの軽さ: しっかりした構造なのに思いのほか軽い。「かばんにおいて軽さは正義」である。 底鋲(びょう)による自立: 床に置いても自立するので...

「軽く説明します」にモヤッとする理由。言葉の『軽さ』と品のなさ

 最近気になる言葉遣いに, 「軽く説明します」 というフレーズがある。学生たちのプレゼンなどを聴いていると,このフレーズがあたり前のように使われているのだけれど,私はそのたびに少し「イラッ」とするのである。 もちろん意味がわからないわけではない。「軽く」という形容詞は,たぶん「簡単に」とか「短く」などという意味で使われているのだろうけれど,「説明」の内容自体が「軽い」ようにも意味が受け取れて好ましくないように思っている。どうも「 品がない 」ように感じてしまう。 同じように「品がない」と感じてしまうのが,「パーセント」を「パー」と短縮して説明することである。こちらもかなりの頻度で聞く。たとえば,"6%"を「ロッパー」などと読むのである。学会でもそのように話す人がほんとうに多いから,今では違和感を感じる人が少ないのかもしれない。でも,私の個人的な感覚ではやはりこの短縮は「下品」に感じられるのである。 研究室の研究進捗報告会などで,学生が「軽く説明します」などというと,「軽く?」と嫌味っぽく,たしなめることも多いのだけれど,あまりピンときていないようである。そもそもそうした話し方に上品も下品も感じないのだろう。 以前にも この題材で記事を書いた ことを思い出したのだけれど,それはもう17年も前らしい。17年経った今も、私の感覚は変わっていないらしい。

新潟における人身御供の話(3)~地すべりを止める「人柱供養塔」~

  妖怪研究所の総会で聴いた人身御供の話の続き。 最後の三つ目の話は,上越にある「 人柱供養堂 」の話。 ひとりの旅の僧が山の中で,大蛇が何匹も集まって村に地すべりを起こす悪だくみの相談をしているところを聞いてしまった。その地すべりを阻止するためには,四十八叩きの秘法(杭かなにかの地すべり対策?)と人柱が必要だという。そしてなんと僧は大蛇たちに見つかってしまい,このことを話したら殺すと口止めをされたとのこと。もちろん僧は村に行ってこの話をした。地すべりを阻止するために,四十八叩きの秘法は行うことができたが,人柱が見つからない。そこで僧はどうせ大蛇に口止めされていたのを破ったので殺されるだろうとのことで自身が御供になることを決心した。そして僧は土中に埋められ,村は地すべりの被害から救われたのだという。 ここまでの話だとよくある伝説で終わるのだけれど,昭和になって田んぼから大きな素焼きのカメが蓋のように穴をふさいでいるのが見つかり,掘り起こしてみると中には座禅を組んだ人骨が本当に見つかったのだという。そこで村人たちは伝説は本当のことだったと知り,現在の供養堂が建てられたのだという。 こちらも怖い話である。その地方に地すべりが多かったのは事実らしく,いろいろと対策がとられていたのは当然のことである。そしてその中の手段のひとつに「人柱」があったとしても,時代が時代なだけに不自然なことではないと思われる。ただし,この対策の問題は,誰が人柱となるかということである。村人の中から候補を選ぶのはたいへんに難しい。当然, 「おさき地蔵」 同様に「よそ者」にその役を押し付けることになるのは想像に難くない。 旅の僧侶というのは,本当にそうだったのだろうか?単に諸国を旅している男にその役を押し付けたのではないだろうか?自分たちのそうした犯罪的な行為を正当化するために,前述のような伝説をでっちあげ,すべてを大蛇のせいにしたということではないのだろうか? 人身御供の3つの話を聴いて,こうしたことを思ってしまった。それぞれが本当に美談なのかもしれないのに,こうした裏事情を想像してしまうのは私の心が清らかではないからに違いない。自分で勝手に想像して,勝手に怖がっているのである。 #「人柱供養堂」では,そのカメと人骨(頭蓋骨も!)が展示されているらしい #ちなみに,「人柱供養堂」は現在,「ス...

新潟における人身御供の話(2)~おさき地蔵と「恩返し」の裏側~

新潟妖怪研究所の総会で聴いた3つの人身御供の話のつづき 。  二つ目は,おさき地蔵。諸国巡礼をしていた「おさき」という女性が,新潟のある村に来た際に行倒れになったのだそう。それを村の人たちが介抱してあげて,おさきは再び元気を取り戻しまた巡礼に出かけたとのこと。数年後,おさきがその村に戻ってくると,村は川の堤防工事をしていたのだけれど,最後に堤防を閉じることができず困っていた。その状況を知ったおさきは村から受けた恩を返すために自ら人柱となったらしい。その後川から遺体があがって供養されたのが,おさき地蔵なのだとか。 私は講演を聴いていて,この話がもっとも怖かった。おさきが人柱となったのは本心からなのだろうか?そこには村人たちからの 「同調圧力」 的なものは存在しなかったのだろうか? もしも,「過去に一度命を助けてやった。今度は恩返しをすべきだ」という村人たちの無言の(あるいは有言の)プレッシャーがあって,おさきは村から逃げるに逃げれず人柱となったということであったら,なんと怖い話であろう。。。幽霊や妖怪が出てくる怪談よりもずっと背筋が凍る話である。私はそのときのおさきの心情を思うと怖くて怖くて仕方がないのである。 ただし,おさき地蔵は事情を知る村の方々のご努力によって維持されているとのこと。今回の私の記事はその方々のご先祖に失礼にあたる話となるので,あくまでもその可能性がなきにしもあらず,という私の想像ということでご容赦願いたい。

新潟における人身御供の話(1)〜大円寺の即身仏と『水曜スペシャル』の謎〜

 先日, 新潟妖怪研究所 の総会に参加してきた。数年前に「新潟妖怪研究所」なる団体があることを知り,会員になった。オカルトというよりも民俗学的な活動をしている団体で,年に2回ほど会誌が送られてくる。最近では, 新潟の妖怪番付 を決めるなどの活動をしている。 総会では 高橋郁丸 所長から「人身御供」に関するたいへん恐ろしい講演があり,今も背筋が凍る思いをしている。所長からは新潟で「本当にあった」と思われる3件の人身御供について紹介があったのだけれど,それぞれが「遺骨が見つかった」とか「遺体があがった」などの証拠があり,本当に犠牲(?)になった方がいたのだと推測されるものだった。 一つ目は,新潟 「大円寺」のお骨 。明治に入定された僧侶のものだという。即身仏になるために土中に入られたそうだが,当時としてはそれは自殺行為であり,7年後に発掘してほしいとの遺言(?)も,お墓を暴くことが犯罪行為となっていることから,昭和の時代までそのままであったという。残念ながら湿気の多い環境のためか即身仏の形を保つことはできず,お骨が見つかったそうである。昭和の時代に掘り起こされたというきっかけがテレビ番組「水曜スペシャル」だったらしい。昭和になって,掘り起こすことが認められたのはどういった経緯だったのだろう? また,入定された僧侶は,明治の時代にどのような思いで即身仏を目指したのだろう?現在では「上人」と呼ばれるようになったけれど,そんな名声だけのために即身仏を目指したわけではあるまい。即身仏となることによって救世できると信じていたのだろうか。大円寺は真言宗だというから,修行の究極として即身仏となり空海上人を目指したのかもしれない。即身仏を目指す考えに至った僧侶の思考の経緯こそが恐ろしく感じられる。。。