2026年5月23日土曜日

It tells time.

 最近,スーツを着る機会が続いたので,腕時計もそれにあわせていつも着けているGarminのスマートウォッチではなく,3針のものを着けることが多かった。さすがにGarminのInstinctでは,ごついだけでなくおもちゃのように見えて,ちょっと見栄えが悪い。そもそもワイシャツの袖にも隠れないし。映画「コントラクター」で主演のクリス・パインが演じる退役軍人が身に着けていたと思うけれど,ビジネスシーンにはやっぱり似合わない。

同じくごつい腕時計といえばG-shockであるけれど,私が持っているMAD MASTERはごつすぎて論外。たとえ人類が滅んでも動き続けていそうなくらい無駄にタフネス。この腕時計は重すぎて,大きすぎて,まったくスーツの合わない。

同じG-shockでは,映画「スピード」でキアヌ・リーヴスが着けていた四角い形をしたスタンダードなモデルならば,まだ許される気がする。映画「SP」で岡田准一や堤真一が,SPのスーツ姿に着用していたように,カッコいい感じがする。

以前,憧れたのは,Hamiltonのカーキフィールドチタニウム。これは,映画「エージェント:ライアン」で主演のクリス・パインが着用していた。主人公のジャック・ライアンは経済アナリストのエリートで,かつCIA捜査官というエリート。そのエリートが着用しているのだから,間違いない,と思っていた。しかし,機械式だったのであきらめた。

もしも本当にフォーマルなシーンであれば,黒革のベルトの腕時計がふさわしい。私も一本黒革ベルトのDufaの青い3針のものを持っているけれど,ビジネスの場ではちょっと違う気がする。もちろん問題ないとは思うのだけれど,少し重い感じがする。また夏場はベルトが汗を吸ってしまいそうで,着けるのを避けている。映画「ジョン・ウィック」ではキアヌがカール・F・ブヘラの黒革ベルトのものを着用していたけれど,それはジョン・ウィックだからであって,私が着けても何の意味もない。

結局,ビジネスシーンではやっぱり金属ベルトのアナログ腕時計が無難でいい。とりあえず銀色のブレスレットに2針,あるいは3針のものを着けていれば問題ないように思う。その腕時計に目をとめて,モデルを探るのはマニアだけであり,普通の人はそんなことには構わないはずである。

スーツのカッコいい着こなしといえば,007のジェームスボンドが私の憧れである。彼の着用する腕時計は特殊な機能がついているのだけれど(笑),ダニエル・クレイグのシリーズになってからは,ずっとオメガのシーマスターになっている(各作品で型は異なっているけれど)。007は海軍将校出身という設定だから,このシリーズになっているのだろう。ただ私には手が届かない価格である。またやはり機械式が中心である。

腕時計に関わるいろいろ話は尽きないけれど,結局私はCITIZENの普通のアナログ式腕時計を使っている。私が必要としている機能は,アナログ,3針,デイト機能,クオーツ式で電波時計,銀のブレスレットである。

機械式なんてもってのほかである。なぜならば,共通テストの監督をするときに時間がずれてしまっては困るからである。だからクオーツ式は必須である。

あとは個人的な趣味で黒い腕時計は外している。最近はオールブラックの外観をしたものも多いけれど,どうも銀色のものに比べて,一段階カジュアルな気がしてしまう。やっぱり金属の銀色がいい。

腕時計にまつわる私が007の映画の中で好きなセリフがある。映画「スペクター」の中で,Qがボンドに腕時計を渡すシーン。ボンドがこの腕時計の(特殊)機能についてQに尋ねると,彼は,

"It tells time."

とそっけなく答えるのである。そう,腕時計とは本来それだけの機能さえ備えていればよいのである(実際は爆弾機能がついているけれど)。これをQが答えるのがいい。

やはりシンプルイズベストである。

2026年5月16日土曜日

物語の世界のリアリティは文体によって創られる

最近,どうもYoutubeの動画を見ることが多くなって,本を読む機会がめっきり減ってしまった。もちろん,「本」というのは,教科書やノウハウ本ではなく,小説を指す。もちろん忙しくて読書の時間がうまく確保できないこともその理由のひとつだけれど,加齢と過労で長時間本を読む集中力が損なわれてしまっていることも大きな理由のひとつである。もう本を開いてじっとページに集中することができなくなっているのだ。

次々と紹介されるYoutubeのショート動画やXの動画は自分で選択することのハードルが 低く,私は見ているうちに刺激の垂れ流しに慣れきってしまった。自ら意欲をもってコンテンツに集中することの訓練ができていないから,長時間の動画を見ることも億劫になってくる。まして読書などに意欲をもって取り組むことは,脳の負担が増えるためか無意識に避けるようになってしまった。

しかし最近,本を読まなくなって心がやせ細ってしまったような感覚が確かにある。自分で文章を書こうとしても事務的な,あるいは理系的な文章しか書けず,以前のようにこのブログのような内容を書くことが難しくなりつつあるのだ。小説を読んで思うのは,ストーリーだけが大事ではなく,作者の文体(語り口)がその世界をつくる大きな要素となっているということである。その文体によって描かれる雰囲気によって包まれた世界の中で,登場人物たちが活躍するのである。その語り口が感じられないショート動画では,その世界に触れることができないのだ。そうした文体を感じる機会が少なくなってしまった現在,私の創造力が欠乏し,心がやせ細ったのである。

作者が創造した物語の世界を感じることこそが読書という行為の醍醐味であり,たとえストーリーが単純であっても,その世界に没入できれば私たちの心は変容することできる。その世界を構築するのは,ストーリーやその設定だけでなく,作者の描く登場人物たちの何気ない会話や行動,そしてその雰囲気を醸し出す文体なのだと思う。また,こうした世界は作者によって構築されるけれど,実はそれだけでは不十分で,読者の想像力によって心の中に再創造される。すなわち,受け取り手である読者の能力によってその世界のリアリティと緻密さが変わるのである。私は忙しさに心が枯れ,このような能力が失われてしまった...どんなに短い時間でもそうした創造世界に没入できる時間を作りたい。

2026年5月10日日曜日

財布を新調する

 ゴールデンウイークにメガネだけでなく,財布も新調した。これまでの財布は10年以上使っていて,さすがに痛みが目立つようになってしまった。実際私にお金はないけれど,ボロくなった財布は私の貧乏感をさらに加速させるような感じだったので,とうとう新調することにした。

財布を購入する際に,まず決めなければいけないのは長財布か折り畳み財布かということである。今回も折り畳み財布を選んだ。長財布がズボンの後ろのポケットからはみ出しているのはどうも好きではないからである。一方,折り畳み財布を後ろのポケットに入れるのは,ポケットが膨らんでみっともないことも知っている。しかし,それでも折り畳みの方がマシだと思っている。

また,最近の財布は,カード重視のものであることが多い。小銭入れがないタイプも増えてきた。実際,キャッシュレスが増えてくると,硬貨なんて使わなくなってきているのは事実である。まぁ,私は神社のさい銭のために小銭は必要なので,小銭入れは必須なのだけれど。これまで使っていた財布もカードが10枚以上ささるものだったけれど,今回も10枚程度を収納することができる。またいろいろなポケットがついているのがうれしい。

そして財布の色は緑がお金がたまるとか,黄色が金運が良いとか,いろいろと聞くけれど,やっぱり黒に決めた。地味だけれど,ビジネスの場で財布を取り出すときに,周囲の人がギョッとすることがない。人生,目立たないことをモットーとする私としては,黒色がよい感じである。

ということで,黒皮の財布を購入した。今回はなるべくお尻のポケットには入れないようにして,大事に使っていきたいと思っている。少なくとも引退まではこの財布で頑張ろう。

2026年5月9日土曜日

サングラスが似合わない

 メガネは人の印象を変えることができる。だからこそこれからの季節,サングラスに憧れる。トップガンのトム・クルーズやグランメゾン東京の木村拓哉みたいにカッコよくなってみたいと思う。

しかし,私は残念ながらサングラスをほとんどかけない。これまでの人生で2,3本購入したこともあるけれど,ほとんどかけなくなってしまった。

そのうちの一本は,イタリアのベネチア・マルコポーロ空港で購入したことを覚えている。ベネチアに到着して,あまりの日差しの強さにサングラスを購入しようと決心した。当時はユニクロや中国製の安いサングラスなんて売っていなかったし,空港の免税店で購入することになったから,それなりの値段がするブランド品を購入することにした。ベネチアのおみやげにもなるし,日本に帰ってからも使えるし,と自分の欲望を正当化して思い切って購入することにしたのである。

さて,店内で並んでいるサングラスを見てもどれが良いのかなんて全然わからない。さまざまな形のサングラスがあり,いろいろな価格帯のものが並んでいた。結局,どの形が自分に似合っているかさえ判断できなかったので,店員さんに相談してみた。彼女が推すサングラスをいくつか試してみて最終的に買ったサングラスは,グラスが少しオーバル形の黒いものだった。そのときは自分でもイケている!と思ったのだけれど...帰国してからかけてみると,どうみてもアジア系マフィアにしか見えない。まぁ良く言って,映画「マトリックス2」に出てくるセラフみたいな感じだった。店員さんからみると,アジア人の私にはそうした形が似合っていると思われたのだろう。そんな自分がイヤになって,以来そのサングラスはかけなくなった。

トム・クルーズや木村拓哉のレイバンも全然私には似合わないし,かといってグラスが丸くなるとマフィアか芸人にしか見えなくなってしまう。うーん,この人生,サングラスには縁がないのかなとあきらめている。夏にサングラスをかけて車を運転している人をみると,少し嫉妬してしまう。


#実際は,私の瞳は真っ黒なせいか,日本にいる限りサングラスが必要になったということはほとんどない。ビーチであっても困らない。スキー場にもこの数十年足を運んだこともないし。

2026年5月6日水曜日

メガネを新調する

 メガネを新調した。実はこれまで使っていたメガネは結構お気に入りだったのだけれど,先日誤って踏んづけてしまって,それ以来,どうもかけたときのフィット感がイマイチになってしまったのである。使えないことはないのだけれど,ゴールデンウイークを機に新調することにしたのである。

メガネは顔の印象を変えるので慎重に選びたいと思っている。以前から私は人相が悪いと言っているけれど,少し丸みを帯びたメガネをかけていると周りの人が少し私に対して優しくしてくれる気がする。もちろん,メガネのおかげで目を細めて人を見ることが少なくなるので,表情がちょっとはマシになるからということもあるけれど,メガネが私の印象を「丸く」変えているからということが大きな理由だろう。

芸能人にも印象をコントロールするためにフレームだけのメガネ,いわゆる伊達メガネをかけている人が多い。例えば,さま~ずの大竹さん,宮川大輔さん,キャイ~ンの天野さん,山里亮太さん,古いところでは大橋巨泉さんとか。こうした人たちはメガネをアイキャッチとして使っている。

私はもちろん伊達ではなく,近視,乱視,老眼のためにメガネをかける。だからこそ日常の印象を決めるフレーム選びが重要なのだと思う。

私の趣味としては,銀の細いメタルフレームが好きだ。自分が繊細そうな文学青年に見えるようなメガネに憧れている。いつだったかテレビドラマで反町隆史さんが神経質そうな役を演じる時に,そのようなメガネをかけていて,か弱い男こそ理想と思っている私としてはぜひ同じものが欲しいと思っているのである。実はそのとき,すぐに眼鏡屋に行って探した。店員さんに「ひ弱そう,繊細そうに見える銀の細いメタルフレームのものを探してください」と頼んだら,店員さんに鼻で笑われた。実際かけてみると,全然あわない。どうも顔がいかつくて,とても「繊細」という雰囲気はでないらしい。

ということで今回はセルフレームのものを選んだ。私の怖いと言われる印象が少しでもメガネのおかげで和らぐことを祈っている。

2026年5月4日月曜日

理想的なプロポーズの言葉

 男性が女性に告白するときに,「幸せにしてやる」「俺の女になれ」などという無責任な言葉を好きな人には言えないという話の続き。

私はこんな無責任な言葉を愛する人に言うなんてとても信じられないのだけれど,「あなたを幸せにします」という言葉は,告白の場面で定番のセリフになっている。これと同じようなことだけれど,男性が女性の両親に挨拶する場面で,「娘さんを幸せにします」というセリフも定番である。もしも私の娘の彼氏が私にそんな言葉をいうのであれば,とてもその彼氏を信じられない。まぁ,娘を幸せにする実現可能なプランを具体的に説明できるのであれば,聞いてやらなくもないけれど。適当にそんなセリフを吐いているような彼氏ならば私の評価では失格である(まぁ,私の考えなど娘の決断には関係ないだろうけれど)。

では,どんな言葉ならば許せるのか。

「愛と誠」という漫画に登場する岩清水は,「きみのためなら死ねる!」とまで言っていたけれど,ちょっと重すぎる。たぶんそんなセリフを言われたら,ドン引きするだろう。

そんな私にとっての理想のプロポーズのひとつが,「釣りバカ日誌」のハマちゃんのものである。

「僕はあなたを幸せにする自信はありません。でも僕が幸せになる自信はあります。」(釣りバカ日誌)

他人を幸せにするというのは,自分ではコントロールできない相手の心についての努力を言っている。一方,このハマちゃんのプロポーズは,少なくともコントロールできる自分の心について言っている。なんて素晴らしいプロポーズなのだろう。たしか学生時代,スキーツアーのバスの中で,この映画を見ていて感動したのを覚えている。

他人が幸せに感じるように自分は最大限の努力はできるけれど,その結果,相手が幸せを感じるかどうかは自分で責任は取れないと思っている。私は,こんなことを言っているから女性にもてないのだろうけれど。。。


#私の娘の彼氏に求める条件は,私に「勝つ」こと。文武どちらでもよいけれど,私に勝てる男でなければ娘を任せられない。。。

2026年5月3日日曜日

若いカップルに対する私の対応

 もうこの年齢になると若いカップルを見ると,子供を見ているように微笑ましく感じる。しかし,見ていると恥ずかしくなって,こちらの身体がかゆくなるようなカップルも結構見かける。どうも私はそのようなカップルに偏見があるのだろう。たとえば,そのようなふたりの間では,男性が女性に,「幸せにする」とか「俺の女になれ」とかそんな言葉を簡単に言ってそうに思ってしまう。私にはとてもそんな責任を持てないことは言えない(もちろん,そういう男の人が好きな女性が多いことも知っているけど,そうした無責任な言葉をいう人を基本的に私は信じることができない)。

中高生や大学生のそうした雰囲気のカップルには,街を歩いていると,ときどき敵意ある視線を男性側から向けられることがある。たぶん私が汚らしい老人で人相も悪いからだろう。そしてイキっている男性がそのことによって女性を守っていると感じることができるからだろうと思っている。

そうしたときに,私は弱そうにスゴスゴと距離をとることにしている。男性は良い気分になれるだろう。私は心の中で,「今回は私に感謝しろよ」と思って離れるのだ。

It tells time.

 最近,スーツを着る機会が続いたので,腕時計もそれにあわせていつも着けているGarminのスマートウォッチではなく,3針のものを着けることが多かった。さすがに GarminのInstinct では,ごついだけでなくおもちゃのように見えて,ちょっと見栄えが悪い。そもそもワイシャツの...