ベートーベン,交響曲第3番「英雄」: ベートーベンの交響曲にも「癒し」は存在する
毎日,祈るように原発のニュースを見ている. 現場で命がけで働いている人の苦労が 早く報われますように. こうした状況だから,聴く音楽も どんなジャンルでも,というわけにはいかない. 事実,ラジオからは,ヘビメタ系の音楽が 震災以降,聞こえてくることが少なくなった. 音楽くらい自粛する必要はないかと思うけれど, やっぱりヘビメタは,今は聴きたくないな. クラシック音楽であっても, 今現在,心にあう曲をさがすのは, なかなか難しい. 日曜日にモーツァルトのレクイエムを聴いた. そういう状況にいる自分が嫌になった. そして手に取ったのが, ベートーベン,交響曲第3番「英雄」 1960年代(?)のカラヤン&ベルリンフィルの録音である. 実は,父が5年前に脳内出血で倒れて 生死をさまよったときに,聴いて力づけられた曲である. それは,勇壮な第1楽章や,葬送行進曲の第2楽章ではなく, 第3楽章であった. この曲にあって,一番地味なこの楽章なのだけれど, シンプルな構造が浮かび上がってきて, それがなにかしら私を勇気づけてくれる. あのときも,自分の中のなにかを埋めてくれるような 気がしたけれど,今回も心の状態が 少し回復できたような気がする. 強く励ましてくれる曲ではないけれど, (だから今聴けるのだけれど) 優しく私の横にいて,安心させてくれる音楽である. そして第4楽章. シンプルな構造の力強さがますます表に現われて, それが私を癒していく. ベートーベンの交響曲には,「癒し」も存在するのだ, とあらためて気づく. ただ激情の音楽というわけではないのだ. こんな時期だからこそ,ベートーベンが 求められるのかもしれない. 今朝は,アルヴォ・ペルトを聴きながら出勤. 少し穏やかすぎたようだ. 今はまた,ベートーベンが聴きたくなっている.