時代劇といえば,最近個人的に見直しているのは,三船敏郎の殺陣である.といっても,彼が出演している映画は,「七人の侍」,「用心棒」,「椿三十郎」くらいしか観ていないのだけれど.
「七人の侍」における三船敏郎は百姓上がりの役だから,戦闘のシーンの迫力はすごいのだけれど,彼自身が華麗な技を見せるということはほとんどない.だから私の印象に残っているのは,「用心棒」と「椿三十郎」における彼の殺陣なのである.
この二作での彼の殺陣の特徴は,技の荒々しさである.洗練された技術というのではない,まさに抜身の刀がギラギラとしているような,彼の配役そのものの剣さばきなのである(大俳優 三船敏郎のことだから,技にあわせて刀を扱ったにちがいないが).悪党たちを,ザック,ザックと斬っていく.観ていてスカッとするのである.
役に沿った荒々しい剣ということで,あまり武術的に論じるのもどうかという話なのだけれど,この2本の映画の武術指導にあたったのは,天真正伝香取神道流 杉野嘉男氏だったはずである.雑誌「秘伝 古流武術」(現 「秘伝」)で昔読んだ気がする.だからなのだろう,「用心棒」においては,三船敏郎は香取神道流に伝えられている「逆手抜き」の居合術を披露している.冒頭,有名な「棺桶の数」を棺屋に指示したあと,悪漢を斬り殺すシーンである.ここで彼は通常と逆の向きに手を柄にかけ,一気に刀を肩の方に抜きあげて,そこで持ち替えてそのまま相手に斬り下ろしている(説明が難しいので,詳細は映画を見るか,香取神道流の動画で確認してください).あっという間に,それも少しも不自然なところもなく,この技を繰り出しているから,三船敏郎もずいぶん練習したのだろうと推測している.こっそり私も練習してみたりした.かっこいい技なのである.
一方,彼が使った特殊な技といえば,もちろん「椿三十郎」のラスト,仲代達矢との決闘シーンで用いた逆手抜きを話題にしないわけにはいかない.数十秒間向き合う三船敏郎と仲代達矢.不意に仲代が刀を抜いて上段から振り下ろそうとした刹那,三船はいち早く刀を抜いて仲代の右胴を斬っているのである.仲代の胸あたりからどっと吹き出す血が印象的だ.仲代もあんなに血が吹き出すとは思っていなかったのではないだろうか.明らかに彼の目は驚いている.
さて,技術的に見るとこの技も逆手抜きなのだけれど,こちらの逆手はなんと左手で抜いている.右手を柄にかけることもなく,左手でそのまま刀を抜き,右手は刀の中程の峰に添えて仲代の脇を斬り上げているのである.確かにこれならば,仲代が上段から斬り下ろしてくるよりも早く抜刀し,胴を抜くことができる.しかし,まず本当にそれで抜けるのだろうか.刀は刃を上にして脇に差しているから,刀を斬り上げるように抜ききるには柄にかけた手で刀を抜くと同時に,刀をひねりながら相手に刃をむくようにしなければならないのである.これを一瞬で行う.そんなことができるのだろうか.まぁ,動画サイトを見ると挑戦して抜いている動画も上がっているのだけれど.
次に,左手で抜いて右手を添えるだけで,相手を斬り上げることができるのだろうか.こちらは全く予想がつかない.私は試し斬りもしたこともないし,まして人を斬ったこともないのだから.ただこの抜き方で刃筋を立てて,相手を斬り上げることが容易でないことはすぐに想像がつく.やはりここは時代劇としての演出なのだろうと思う.アイデアとしては面白い.そこには杉野氏のアドバイスがあったに違いないとは思う.
黒澤組でカメラマンだった木村大作氏は,この「用心棒」という映画について三船敏郎という役者がいなければ成立し得なかったとまで言っている(木村氏は,「用心棒」でカメラのピント送りという役だったらしい).三船敏郎は十秒の間に6人を全部二の太刀で斬っている.そんなスピード感を持っている役者は他にいないのだという.
「用心棒」,「椿三十郎」は,いまでも十分に楽しめる映画である.ストーリー,配役,カッコよさ,すべてが素晴らしいのだ.そして,それらは三船敏郎の殺陣がなければ,ずいぶんその魅力を失ってしまうだろう.それだけ彼の殺陣はすごいのだ.そして,その裏付けとして古流武術の技がちゃんと存在していたのである(だからこそ織田裕二の「椿」は魅力に欠けるのだろう).
この記事を書いているだけで,また「用心棒」を観たくなってくる.あれだけゾクゾクする映画はなかなか他に思いつかない.そしてまた稽古であの技を練習したくなるのである.
#「用心棒」は,時代劇で初めて人を斬る効果音が付いた映画だったりする.それだけでも偉大だ.
#「椿三十郎」の仲代達矢は最後のシーンで,三船がどのような技を使うか知らされていなかったという話を聞いたことがある.もしも本当だったら,よくあんなシーンを一発でうまく撮れたなあとその奇跡を思う.
#座頭市対用心棒という映画もあるのだけれど,怖くて観ることができない...(ちゃんと勝新と三船が出演しているらしいけど)
2015年3月8日日曜日
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