2019年3月28日木曜日

松原みき「真夜中のドア」にハマる

昨年の秋,アメリカに出張に行ったときに,ホテルのテレビをつけるとそれはネットにつながっていて,YouTubeを表示することができた.音楽でも聞こうかとするとYouTubeのおすすめ曲の第1番目に竹内まりやの「Plastic Love」が表示されていたのにびっくりした.だってホテルはアメリカなのに…一番のおすすめが日本の曲だなんて…そしてそれが30年以上も前の曲なのだ.

この「Plastic Love」が収録されていた「Variety」は私も大好きなアルバムで一時期はたいへん良く聴いていた.もちろん今聴いても素敵な曲なのだけれど,どうも調べてみると昨年くらいから世界的にヒットしていたらしい.シティポップと呼ばれる分野に位置づけられている.確かにあのころ(80年代)のニューミュージックはおしゃれだった.山下達郎をはじめとして,大滝詠一,角松敏生,林哲司あたりは今聴いても古びていない感じがする.

実は私もシティポップというジャンルで最近ずっと聴き込んでいた曲がある.それは松原みきの「真夜中のドア」である.彼女は境遇的にあまり恵まれていなくて,確かこの曲でデビューしたのではないかと思うのだけど,それもどこかのバーで飛び入りで歌ったのをスカウトされたということだ.それ以前はずいぶん苦労したらしい.この曲はヒットしたのだけれど,彼女は夭折してしまった.彼女は私より少し年上だったと思う.彼女の動画を見ると,もっともっと活躍してくれればよかったのにと思わずにはいられない魅力を感じる.

「真夜中のドア」も魅力的な歌である.確かにちょっと古く感じるところもあるけれど,何度も何度も脳内再生されてしまう中毒性がある.なんとなく,その当時のオシャレ感が漂っている.少しノスタルジックに感じられるからか,私には親しみやすいメロディなのである.今の若い人が聴いても,そんなに魅力を感じないかもしれないとも思うけど.

80年代,90年代の歌をたまに聴くのも楽しいものである.わたせせいぞうのイラストを見ながらワインを飲む.若い頃はそんな暮らしに憧れていた


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