2022年8月14日日曜日

ドラマの特殊記憶力の設定をみてリヒテルを思い出す

最近の映画やドラマをみると,突出した記憶力を持っている設定が多いような気がする。今期のTVドラマだと,「競争の番人」の坂口健太郎演じる公正取引委員会の男。彼は検査に入った企業の帳簿などを一度見ただけで覚えてしまうという驚異的な記憶力を有している。また「石子と羽男」の中村倫也演じる弁護士。彼も一度見ただけで覚えてしまうフォトグラフィックメモリーを持っているという設定である。実際にないという能力ではないのでファンタジーではないのだけれど,ちょっと都合が良すぎるような気がする。

しかし,この特殊な記憶力という設定を聞いて思い出す現実の人物がいる。それは,ピアニストのスヴャトスラフ・リヒテル。彼は異常なほど記憶力がよく,小さな頃からいろいろなエピソードを詳細に覚えていた。「リヒテル<謎エニグマ>」という彼の伝記的なドキュメンタリー映画で彼自身が述懐している。そして「記憶力が良すぎてそれが苦痛だ」とも言っている。本当にそうなのだろうと思う。

もしも,なにもかも忘れることができないのであれば,私の人生は後悔で満たされてしまうだろう。忘れることができるからこそ,なんとか明日に希望が持てるのだ。絶望のエピソードを何度も何度もループしてプレイバックする。そんな毎日には私の心は耐えられないだろう。

リヒテルは晩年,演奏会において「暗譜」することをやめている。記憶力が衰えたのだろうか。いやもっと違う理由があったに違いない。なぜならば,映画「リヒテル...」でつらそうに「苦痛だ」と話していた頃には彼はすでに暗譜をやめていたはずだから。

彼は,ソ連の時代を生き抜いたが,父親が処刑されるなどその人生は過酷だった。そうしたつらい経験を克明に記憶して生きていかなければならなかったと思うと,彼はどのような気持ちで演奏会に臨んでいたのかと思う。ひとつでも多くの演奏会が彼の心を晴れやかにできていたのであればうれしい。リヒテルのシューベルトがまた聴きたくなった。

#主人公がすぐに忘れてしまうという設定の映画やドラマ,小説の方がずっと数が多いけど(「掟上今日子の備忘録」とか「博士の愛した数式」とか「メメント」とか)

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