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パスポートを更新した

今日で5月も終わりである.もう今年度も2ヶ月が過ぎ,平成最後の年度もあと10ヶ月となった. いつも思うのだけど,時間の進み方が異常なのは私だけなのだろうか.世界中の人達が私と同じ時間の進み方を感じているとするならば,よく世界はこの状態を維持できているものだと感心する. 最近,パスポートを更新した.10年前に取得したパスポートの中の私の写真はやはり若い.今回のものと比べてみるとその違いは明らかである.老けた.そして太った.別に若さにこだわることはないけれど,もう少しマシな年のとりかたをしたいと思う. 毎日がこのように急かされているように過ぎていくならば,10年後はさらに老け方がひどいことになっているだろう.最近考えている時間の進み方をゆっくりとする方法を実践してみることにしよう,とパスポートの中の太ったおじいさんの写真を見て思ったのである.

ブログを書く言い訳

ブログを書くことからしばらく離れていた. いくつも締め切りを抱えているのにも関わらず,ブログを書いている暇などあるのかとあちらこちらからお叱りを受けるのを恐れていたから,ということも理由のひとつである. しかし,ブログなんてだいたい20分もあれば十分の長さの文章を書けるのでそれはあまり理由にならないのかもしれない,と思い,また書き始めようかとこうして投稿画面に向かっているのである. まぁ,書くためには心の余裕が必要であることは間違いなく,それが不足していたから書けなかったというのが本当の大きな理由なのだろうとは思うのだけど. どんなに忙しくとも,心になんらかの余裕,楽しみが必要なのだ,と最近もあらためて思った.ちょっと忙しかったのだけれど,久しぶりにテレビでドラマを観たら思いのほか心の状態が変わった感じがする.そして私は楽になった.私が観ているドラマについてはまたあらためて感想を書きたいと思う. DVDで「ジェイソン・ボーン」を観た.気ままに観ることができるアクション映画だけど,観れば観たなりに心に何かが残る.心がわずかに,それは1センチかもしれないけれど確かに動く.それが意外に心と身体に大きな影響を与えている.それを実感した. いいなぁ.映画もテレビも.そして音楽や本もきっとそうなのだろう. 人には息抜きをするエンターテイメントが必要なのだ.確かに多くの締切を抱えている中で,こうしたことを楽しむことは後ろめたい気持ちがするのだけど,結局のところ気分を変えたほうが効率も上がり,私も楽なのである. という言い訳をして,またブログを書く機会を増やすことにする.

準備がすべて

私が稽古している合氣道から学んでいることは技に限らず数多くあり,それは人生に関する大きなことから,日常全般に通じる非常に身近なものまであるのだけれど,今日は私が特に大切にしている言葉について書いてみたいと思います. 合氣道の師範から教えていただいたのは 「段取り八分」 という言葉です.つまり物事がうまくいくかどうかは準備をどれだけ万全にしているかによる,ということです.別の言い方をすれば, 「成功は準備がすべて」 ということになります.この言葉は日本ラグビーでワールドカップで奇跡の南アフリカ戦勝利を導いたエディ・ジョーンズ氏も述べています. 私はこの言葉を座右の銘としたいと考えているのです. 準備の大切さについては,いろいろな人が言い及んでいて,たとえば楽界の帝王であったヘルベルト・フォン・カラヤンも, 「リハーサルが十分にできない演奏会ほど苦痛なものはない」 と述べているし,プロ野球選手のイチローは「 準備は言い訳をしないために行う」 というような意味の言葉を残しています.結果について言い訳をしないために,100%の努力をするわけです.これができる人がプロフェッショナルということなのでしょう. シェイクスピアも実は同じことを戯曲「ハムレット」の中でハムレットに言わせているらしいです. "The readiness is all" (Hamlet) 400年以上も前から真理は不変なのです.なにに対しても準備を怠らず,言い訳することなく生きていきたいものですね.

2018年のエイプリルフール

昨日(4月1日)に書いた内容 は, かなりしょっぱかったですが,エイプリルフールの冗談です.THDで髪の縮れ具合を話す女の子なんていくらなんでもいません. 来年こそもっと素敵なウソがつけるよう「ウソ道」に邁進いたします. これまでのエイプリルフールのウソ 2018年4月1日 髪の毛のTHD 2017年4月1日  パワーエレクトロニクス・ソフトスイッチング技術に関わる二法則 2016年4月1日  地球を利用した無線電力伝送システム 2011年4月1日  パワエレの系統 2010年4月1日  電力の産地指定購入 2009年4月1日  人間の共振現象 2008年4月1日  夜中の台所にて,パワーエレクトロニクスの音色に耳を澄ます

髪の毛のTHD

ある一部の専門分野の特別な用語が一般で使用されるようになった例はいくつもある. たとえば,刀剣に関わる言葉だけれども「反りがあわない」とか,「切羽詰まる」なんて普通の人も使っている.「鎬を削る」なんて言葉ももはや一般化していると思われる. 同様に,電気の世界の専門用語が一般化されていくこともあるかもしれないと思う出来事があった. ついこの間のこと.ある電気の学会で女の子同士の会話が耳に入ってきた. 「朝から髪のTHDが高くって...」 THD? それって,電圧や電流の波形が正弦波からどれだけひずんでいるかを示す指標のことか?とピンと耳をそばだてた. THDとは,Total Harmonic Distortionの略語で,総合ひずみ率のこと である.パワーエレクトロニクスなどの分野では普通に使われる指標で,この値が低ければ低いほどなめらかな正弦波に近いということを示す. すなわち,その女の子は自分の髪の毛が朝から思い通りに真っ直ぐにならず,ちょっと縮れていたということを言いたかったのだろうと思われる.たぶん外を歩くには,THDは5%以下が望ましいのだろう. とにもかくにも珍しい言葉の使い方だなぁとは思ったのだけれど,同時にこの専門用語が一般化することはあるまいとも思ったのである. #つづきはこちらへ

ブリット: S.マックイーンの着こなしのカッコよさ

中高生の頃,雑誌メンズクラブではジェームス・ディーンがカッコいい男として紹介されていることが多かったように思う.白いTシャツとジーンズとか.しかし,たまにスティーブ・マックイーンの着こなしが紹介されることがあった.当時私は,S.マックイーンをそれほどカッコいいと思ったことはなく,どうしてこんな俳優をもち上げるのだろうかと思っていたのだけれど,今回この映画を観て考えをすっかり改めた. 「ブリット」(Bullitt)(1968年) とにかく,S.マックイーンがカッコいい.昔はなぜカッコいいと思わなかったのだろう.そういえば,父親が彼を褒めていたっけ.父親のほうが男をみる目があったということだ. 警部補であるブリットは上院議員から依頼された裁判の重要証言者ロスの保護に失敗し,彼を殺し屋に殺されてしまう.しかし,殺されたロスの不可解な行動に疑問を持ったブリットは事件の真相に迫っていくという話.主人公は全く笑わない.ハードボイルドの極北ともいうべき男の映画である. 有名なのは,サンフランシスコ(坂の街で有名だ)の坂を利用したフォード・マスタングとダッジ・チャージャーとのカーチェイス.車の運転手目線で映像が撮られているために,斜面の揺れで車酔いになってしまいそうな迫力である.カースタントとS.マックイーンが運転しているのだけど(マックイーンはカーレーサーでもあったから),これをCGなしで撮影しているのだから,たいへんなものである.一度みたら忘れられないシーンになる. ブリットの着ているものも確かにカッコいい.ブルーのシャツに茶色のスーツ,そしてカーキのステンカラーコートなんて定番中の定番だけれど,彼が着ると一ランク上のものになる.私が好きなのは,最後の空港での追跡シーンで黒のタートルに,拳銃のホルスターをつけて走るところである.彼はこのとき38歳くらいで,そろそろ男の渋さが漂っているころなのだけれど,黒のタートルが若々しくて素敵である. マックイーンのクールさは評判通り.他の映画は観ていないけれど,この一本は彼のかっこよさの頂点だと言われている.そういわれても全く疑いをもつことはない.それくらい素晴らしい. ラスト,ブリットは事件にケリをつけて愛する人のもとに帰る.途中で喧嘩をしたけれど彼女はちゃんとブリットの部屋に戻っていた.それがこの作品の救いで...

ジェネレーションに横たわる深い淵

「ブレードランナー2049」が,ぜひ観たくてたまらない. この連休中に観に行きたいくらい. なぜって,あの前作「ブレードランナー」の続編なんだし.デッカードとレイチェルが,あのあとどうなったか知りたくないの? などと,学生に言ったら,「ブレードランナー」ってなんですか?と訊かれた.私の驚いた顔を見て,その学生は「す,すみません.僕はそっち方面苦手なんです」という. いやいや,そんなことは責めていない.私が驚いたのは,私と同世代にとって「ブレードランナー」なんて,たとえ映画は観ていないくてもレプリカントが出て来る近未来SF映画だと常識的に知っていたものである. 公開よりはずっとあとだけれど,私が大学に入ったばかりのころの86年,87年あたりは「ブレードランナー」の世界が若者たち・文化人たちにかっこいいと思われていた.私もデッカードのハードボイルドさにはずいぶんと影響されていた. カフェバーに行けば無国籍風の暗い店内で,ディスプレイからはなにかしらビデオが流れていたし(そのビデオがたまに「ブレードランナー」だったりする),時代の最先端の流行には「サイバーパンク」があり,ディズニーの「トゥモローランド」のような夢の未来像はもう古臭くなっていた.そして間違いなく「ブレードランナー」がそれらの流行のオリジンのひとつとしてあったし,それは若者文化の常識だった. 「攻殻機動隊」だって,「トータル・リコール(2本目の方)」だって,みんな新しいんだか,古いんだかわからない,あやしい街の風景だったでしょ.あれって,「ブレードランナー」以降の未来観だよね. 的なことをいっても,いまの若者相手には通じない.それがいまでは普通だからだ.手塚治虫的な未来こそがめずらしく思えるのだろう(それまでの私たちにとっての未来の街はそびえ立つビルの間をチューブの中を車が走っているものだった.あるいは核戦争で荒廃した世界だった) 前作の公開が82年だというから35年も前の作品だ.35年も経てば私たちの常識だったことも,そうでなくなることもあるだろう.いまの学生と私の間には深い深い溝があるのも仕方ない.