2010年10月13日水曜日

最適解・最短距離を求める若者たち

最近の若者を見て思うこと,第2弾.

(2)「すぐに最適解・最短距離を求める」


最近の学生は,なにか行動を起こす前に,
最適解・最短距離を求めることが多いような
気がする.

「最適解・最短距離」と書くと,
なにか良いことのようだが,実際は,
「安易で楽な方法を選ぶ」ということである.

なにかを実現するために,
そのプロセスは問題にしない.
結果が得られるかどうかだけが大切で,
その結果もなるべく労少なくして
得ることを望む.

工学者としては,この考え方は
確かに理にかなっているのだけれど,
これが学習や研究など,
人間の成長に関わってくることになると
いささか問題を生じる.

最初から得られる結果が見えていなければ
努力もしないのだ.
だから,「やってみなければわからない」という
課題については,非常にやる気をなくすのである.

研究なんて,解が初めから求まっているわけが
ないのだから,彼らのモチベーションは全く上がらない.
やればできることしか行わない.
なんと貧しい人生...

解決しない問題を,なんとかして
乗り越えていこうという努力,工夫こそが
研究,いや人生全般の醍醐味ではないのか.
それを放棄しているのだ.
なんと悲しい人生...

たぶん子供の頃から,
与えられた問題をいかに早く正確に解くかだけを
練習させられてきたのではないだろうか.
テストを与えられた時間内にすべて解くためには,
迷っている暇はないのである.

(最近の私立中学,高校等の入試問題をみると,
本当に呆れてしまう.
問題量がすこぶる多い.
あれを時間内に解くためには,
寄り道をしている暇など無いのだ.
さらに付け加えると,算数の応用問題などをみると
それで何をはかろうとしているのか
疑問に思うようなものが多い.
そこまで緻密で高級な論理展開を
小学校6年生に求めるのか?と
首をかしげるような問題も多いのである.
正直,小学校6年でそんな問題が解けるような
子供には「のびしろ」を感じることが少ない.
そうした子供は一体,将来なにになるというのか???)

だから彼らは問題を解くための「やり方」を重視する.
私の子供も,そうしたことを口にする.

「この問題のやり方は...」

私はこうした言葉を聞くと,
すぐに怒ってしまうのだけれど,
学校や塾でそうやって習っているのだから,
彼にとっても仕方がないのである.
問題の意味なんて関係ない.
とにかく,「やり方」を適用して
最短距離で解に達することだけが重要なのだ.

本当に,かわいそうに...
そして,彼らは「僕たちがこうなったのは
大人せいだ,社会のせいだ」というのだろう.
そういうことによって,なにかが解決されると
思っているのだろうか.

研究などの楽しみは,寄り道にある.
言ってしまえば,失敗にこそその意味がある.
失敗無しで成功を安易に求める学生たちは
この先,どうするというのだろうか,
本当に心配である.

しかし,大学に入ってからそうした学生を
こうした道に導くのはなかなか難しい.
そのような若者たちは,
大学に入るまでにすでに
すっかりスポイルされているのだから.

第1弾 「将来に大きな希望を持っていない若者たち」はこちら

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