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The Rite: エクソシストとの対話,島村奈津

最近,全く映画館に足を運ぶことができず, 専ら観るのは海外出張の飛行機の中,という 映画ファンにあるまじき生活を送っているけれど, 私はいまだに自分が映画ファンであると思っている. そんな私が最近注目している映画が "The Rite" アメリカで現在公開している映画である. 監督は,ミカエル・ハフストローム(って読むのか?) 主演は,アンソニー・ホプキンス. "rite"というのは,儀式. この映画でいうのは,悪魔祓いの儀式であり, アンソニー・ホプキンスは悪魔祓い師, すなわちエクソシストの神父を演じている. (ちなみに,ストラビンスキーの「春の祭典」は "The rite of spring") どうも事実をもとにした小説が原作とのことだが, 若い神父が,アンソニー・ホプキンス演じる神父に ついて,エクソシストの儀式を学ぶとともに, そこで体験する恐怖を描いた映画らしい. 「エクソシスト」というと,映画や小説の中だけの 話と勘違いされそうだけれど, れっきとして,バチカンに認められているものだったりする. 現在は200名を越えるエクソシストがいるとか. エクソシスト自体は,想像の話ではないのである. そこでぜひ紹介したいのが,次の本. 「エクソシストとの対話」,島村奈津 21世紀国際ノンフィクション優秀賞受賞(1998)の傑作である. 決して,オカルトではなく,あくまでも 「ノンフィクション」である. 私は当時購入して,たいへん興味深く読んだ覚えがある. 今ももちろん手元に置いてあるが, 記憶が薄れ,内容の詳細はあいまいなところがある. しかし,現代のエクソシズムを考えるにあたり, 参考になるところが多いのではないだろうか. この本が書かれた当時は,「エクソシスト」はまだ バチカンで公式に認められていなかったのではないだろうか.※注 しかし,聖人にも列席されようかというカンディド神父の 生涯をたずね,エクソシストとしての足跡を追ううちに, 「悪魔祓い」の意味について深く考えさせられる. 同書には,心理学者の見解もあわせて インタビューとしてまとめられており, それがまた興味深い. 「悪魔祓い」の儀式とは,それもまた 心理療法のひとつとしてあり得るような 話だったと思う. イタリアにおいても,悪魔憑きと...

鶏肋,鶏肋

生協で鶏肉を食べていて (とり天ぶっかけうどん,なるもの) ふと,「鶏肋,鶏肋」とつぶやきを思い出した. なんの脈絡もなく,ふと思いついたのだけれど, 久しぶりにこの言葉について考えてみたので, 少し話を. 「鶏肋(けいろく)」というのは, 鶏のあばら骨(肋骨)のことで,この部位は 食べるに肉は少ないが, 味は良くて,ダシなどをとるのに 使用される. 転じて,「大して重要ではないけれど, 捨てるには惜しい」という意味で使われる. (でも,使っている人を見たことがないけど) これには,三国志のヒーローのひとり, 曹操のエピソードがあって, たしか横山光輝版の「三国志」にも描かれていたと 思うのだけれど,詳細は忘れていたので, 少しウェブで調べてみた. 漢中に陣取った劉備を曹操が攻めあぐねていて, あるとき,曹操は食べていた鶏の料理の肋骨をみて, 「鶏肋,鶏肋」とつぶやいていたのを 有能な部下のひとりである楊修が聞きつけ, その後,撤退の準備をし始めた. すなわち,楊修は, 「丞相(曹操)は漢中は捨てるには惜しけれど それほど重要というわけでもない, まるで鶏肋のようだと考えている. よって撤退をだろう」と推測したらしい. 横山版三国志では,このあと 自分の本心を言い当てられた曹操が激怒して 楊修を殺したことになっている. 実際にも楊修は処刑されたらしいが, その理由は不明らしい. この話を聞いて思うのは, 才能も,適切に使わなければ 自分の身を滅ぼすということ. 鶏肋が原因だとは思わないが, いずれにしろ曹操のもとで処刑されたのだから, 楊修にはなんらかの配慮が欠けていたのだろう. そんなことをなぜかうどんを食べながら思った. そして,まぁ自分にはそんな才もないから, 心配する必要もないか,とも思って 苦笑いしたのである.

スマートハウスへの遠く長き道

昨日は,パナソニックの方の 宅内エネルギーマネージメントシステムの ご講演を聴く機会があった. 宅内エネルギーマネージメントシステムというのは, HEMS(Home Energy Management System)のことである. 簡単にいうと家庭内の電力消費機器(つまり家電)を IT技術を駆使することによって, より効率的に電力を使おう,というシステムである. たとえば人がいなかったらエアコンの出力を減らすとか, 電力を使いすぎる傾向があれば, 家のシステムが警告を出すとか, アメリカだったら電力料金がリアルタイムで変わることが あるので,料金が安いときに洗濯機を回すとか, そんな便利で効率的な使い方ができるようになる. (もちろん,自宅外から通信でON/OFF制御することも) さらに太陽光発電や宅内に充電池, あるいは電気自動車の充電設備などが導入されて いたりすると,その制御法は複雑になっていく. 最も購入電力を少なくするにはどう制御したら良いのか? こうした課題を解決していこうというのがHEMSであり, 日本でもあちらこちらで実証試験が 行われていたりする. もちろん,これは,はやりのスマートグリッドの 一要素となるわけで, HEMS(スマートハウス)がまとめた情報は, 上位の地域コミュニティのEMS(CEMS)に 挙げられ(スマートメータとか使って), さらに上位のスマートグリッドの制御単位によって 熱なども含めた総合的なエネルギーマネージメントが 行われることになる. スマートグリッドという言葉が話題になり始めた頃, パワーエレクトロニクスの研究者,技術者は 「何をいまさら」という感想を持ったものが多い. 系統と宅内を結ぶ双方向の電力変換器をはじめとして, 高機能な分散電源(太陽光発電とか燃料電池とか)の パワーコンディショナとか,蓄電池用の直流変換器とか, そんな要素技術など,これまでさんざんに研究開発 されてきている. では,なぜスマートハウスが実現できていないのか. それは,私の思うに,機器間の通信システム, EMSの制御アルゴリズム,電力会社との取り合い,などが 障害となっているからだと思う. この中で技術的な問題は制御アルゴリズムくらいなもので, 結局は社会的な要素,通信の規格とか 電力会社との責任分担などの問題が大きいと思う. 一方,個々の要...

美しく清々しいブルックナー交響曲第5番

ブルックナーの交響曲といえば, 長大でメロディーが美しいとはあまりいえないから, 敬遠する人も多いのだけれど, 私は意外に好き,いやかなり好きなのである. といっても,交響曲をすべて聴いたわけではなく, 聴いたことがあるのは3番以降なのだけれど. (0番から2番は聴いたことがない) 最もポピュラーなのは4番なのだと思うけれど, 私は3,5,7,8,9番が好きである. 最も好きなのは9番で,何枚か(10枚くらい?)CDも 所有しているけれど,聴くのに覚悟がいる曲である. 最後の第3楽章で少し救いの光が見えるけれど, それまではとてもとても厳しい音楽で, 聴き終わった後にぐったりとしてしまう. (もちろん,素晴らしい余韻には浸れる) 8番は同様に心地よい疲労感が得られる 素晴らしい曲なのだけれど,ちょっと長い. いや,ずいぶんと長い. それがあの重大な音の厚みでやられるのだから, 聴いている時は楽しいのだけれど, やっぱり疲れる. 7番が一番メロディーが美しい. 第1楽章,第2楽章の美しさは際立っている. これを教会のような残響時間が長い会場で 聴いたならばどんなに素敵だろうと思う. (CD録音では音のでディテイルが失われて あまり良くはないと思うけれど) 第3楽章のスケルツオも耳に残る. ショルティがどこかのインタビューで答えていたけれど, 7番の演奏会に出かけて, この第3楽章のあまりの反復の多さに 辟易し居眠りをしてしまったらしい. しかし,目が覚めたのに,また同じメロディーが 演奏されていて,たいへん呆れたとか. 確かに念を押しすぎのような構成である. ただ7番は第4楽章が軽すぎる. この楽章で,この交響曲の魅力は台無しになっていると 私は思っている. もう少し,重大で華々しい終わり方であったならば... そう思うと残念至極なのである. で,3番. 3番は初期の交響曲だけれど, 改訂に改訂を重ねて,最終版の完成は たぶん晩年のころではなかったかな. 第1楽章の深遠な雰囲気もいいけれど, 私はなんといっても第4楽章が好き. あの加速感がたまらない. 世界が輝き始める気がする. ということで,やっと今日の本題の 第5番交響曲. 昨晩,帰宅する際に車の中で聴いた. クリストフ・フォン・ドボナーニ&クリーブランド管による録音. 第一楽章. まるで目前にそびえ立つ高山のよ...

Zoneに入るためには睡眠時間が重要だ

睡眠時間を6時間はとろうと決意したのに, もう今日からダメそう... 老化のせいか,頭の働きが悪くなってきたので, やっぱり睡眠時間はちゃんととろうかと思っていたのに... 集中力は体力である. そう思うのだけれど,睡眠時間が充足しているか どうかも大きく関係している. 体力があれば,無理矢理 意識をねじまげて仕事に集中することが できるような気がするけれど, "Zone"に入ることが少ないような気がする. "Zone"に入るためには,無意識の状態が 大事なような気がする. 無意識というのは,ここでは潜在意識と 同様に考えていて,無意識は顕在意識から 影響を与えることはできるけれど, 基本的に制御が難しい. それを暗示やら自己催眠やらで 誘導するわけなのだけれど, 無意識にストレスがかかっている状態では, Zoneは遠い. 無意識こそリラックスさせることが大切なのである. 手っ取り早いのは,睡眠をたっぷりとることである. 身体に負担をかけないことが肝要だ. ということで,睡眠時間をたっぷりとろう. そして,頭脳のクロックをアップしよう. そう思っていたのに... 今日はもう帰ろう.........

学会の歴史は夜つくられる,か?

先週の金曜日,土曜日は,神戸ユニティ(学園都市駅)で 開催された,電気学会半導体変換研究会(SPC)に参加. パワーエレクトロニクス学会とも共催であるので, 受付などの裏方もしなければならなかったのだが, 担当していただいた神戸高専のM先生の周到な準備により, 私もほとんど研究会の方に参加することが出来た. 心より御礼申し上げます. 関西で一年に一回開催されるこのSPC研究会は, 神戸,大阪,京都と年ごとに開催場所が変わり, 昨年は京都の同志社大学,今年は神戸となっている. このSPCは毎年参加者が多くて, 今年は50件を越える発表があった. この分野が活況であることを示しているのかな... 内容も,回路や制御の基本的な研究から, 新しいモータやその制御, 電気自動車を見据えた充電回路や 非接触給電に関する研究, そして新エネルギー,分散電源のための研究など, 時代を反映していてたいへん面白い. またいろいろと考えることがあり, 次回に活かしたいと思う. 金曜日の夜には,懇親会が開かれた. 通常,こうした研究会のあとの懇親会は 立食パーティが多いのだけれど, なんと今回は座敷で40名程度の参加者が 座布団に座っての鍋パーティだった. これが好評で,片手にビール瓶を持って, 席から席へと渡り歩き,大いに 懇親を深めていただいたようである. (ご提案していただいたM先生, どうも有難うございました) 「 歴史は夜つくられる 」というけれど, 学会や研究活動もこうした夜の活動によって 実はいくぶんかは進められているのでは ないかと思う. 飲み会の席のホラ話がいつのまにか 次の研究のネタになっていたり, 学会の新しい活動になっていたりする. 最近の若い人は,こうした懇親会を敬遠する 傾向があるように見受けられるけれど, このくらいの規模であるならば, いろいろとじっくりとお話ができて, 得るものが大きいのではないかと思う. 特に学生は就職活動もちゃっかりしていたようだし. 昼の活動も夜の活動も大切なのである. 元電気学会会長の仁田先生は, 昼の活動は有効電力, 夜の活動は無効電力, どちらも電力の安定供給には必要です, と話されていたっけ. たしかに,と思うのである.

完璧主義者は仕事を先延ばしする

完璧主義な人は,仕事を先延ばしにする. そんな風に私は思う. 仕事を始めたら最後, その完成度にこだわり,きっちりと 細部まで仕上げてしまう. (神は細部に宿るのだ!) 自分がそれを行う,ということは, その仕事に自分という刻印を押すことであり, それは妥協を許さないことであるべきだと思っている. そうした態度で仕事を成し遂げる. それは完璧主義者なのだろう. しかし,仕事は楽かといえば, 決してそうではない. やはり適当に仕事をこなすより, はるかに労力が大きくなる. 時間もそれなりにかかってしまう. 完璧主義者は,やはり疲労するのだ. (好きな仕事ならば,そうではないかもしれないが, そんな仕事は5%にも満たないのが世の常である) そうなると,完璧主義者は 仕事を始める前に,すでに自分が費やす労力と 時間を大きさにゲンナリとし始めてしまう. 仕事に取りかかったら,彼のポリシーとして 全力を尽くさずにいられないから, 仕事を始めることをためらってしまうのである. (だって,苦労するのは目に見えてるし) その結果,仕事を先延ばしにしてしまう. 仕事に誠実だからこそ,優秀だからこそ, 仕事を始めることに腰が重くなり, ついつい先延ばしにしてしまうのだ. なんという悲劇. 真面目なばっかりに,仕事が進まず, 先延ばしにされた仕事は ますます彼を憂鬱にさせる. まさに負のスパイラルである. 私が完璧主義だというつもりはないが, 私も以前は同様の傾向があった. しかし,いまではずいぶんといい加減になった. (歳をとったからだろうか) だから,その分,先延ばしの仕事は減ったように思う. まずは仕事にとりかかる. 中途半端で,一旦中止しておいてもよい. とにかく仕事にとりかかることが, 心のハードルを低くするのだ. それには,中途半端な結果で中止していても良いと 考えるマインドの転換が必要だ. 一方,逆に,仕事を始めれば,たとえその仕事を 休止していても,頭は働き続けるものである. そのトリガーを頭脳に与えることが重要なのだ. 仕事を一気に完璧にやり遂げる,という 欲求を抑えて,とりあえず仕事を始めるということ, そうしたことを心がけ始めてから, 冒頭に書いた...