2010年11月19日金曜日

エントリーシートの陳腐な表現に吐きたくなった

研究室に転がっていた
就活の本を手に取ってみた.
「エントリーシートの書き方」に関わる本で,
中身をみると,これでもかというくらいの文例が
ぎっしりと挙げられている.

その内容を見ていて,
だんだん吐き気がするほど腹が立ってきた.
結局,こんな本をみてエントリーシートを書いて,
なにがわかるというのか.

エントリーシートの本質的な議論は
また別の機会に譲ることにして
(別の機会って一体いつだ?)
今回呆れたのは,その文例でしばしば
見受けられる「陳腐な表現」である.

本に出ていた具体的な例を挙げるのは
ここでは避けるけれど,
「陳腐な表現」というのは,ときどき
目にする,こういった表現である.

「衝撃が走った」
「心の琴線に触れた」
「一気呵成にたたみ込む」

こうした表現は,自分で書くと
たいへんな違和感を感じるので,
私はたぶん使わない.
(「たぶん」というのは,どこかで
使っている可能性もあるから)
なにか嫌な感じがする.

なぜ嫌なのか,と考えてみると,
こうした表現はあまりにも定型化しているからこそ
その裏側にある心理状態を表していないと
感じるからだと思う.
そうした定型表現を使うことによって,
使った人は安心できるのだろう.
また,素直にそれらの表現を受け入れることができる
読者もいるのだろう.
でも,私は違うのである.

とはいえ,私ももう悲しくなるくらい嫌になる文章を
書くことがある.
たとえば,学会誌に載るような国際会議や
見学会の報告記事.

「活発な議論が交わされた」
「会場の熱気が伝わる」

などの陳腐な表現に頼らざるをえないのである.
他に言葉が見つからない...
まぁ,こうした記事で大切なのは,
場所,日時,人数などの情報であって,
上記のようなどうでもよい表現は,
読者には実際問題,無視されるのだけれど,
それでも書いていて悲しくなった.
もっとまともな文章を書きたい...

エントリーシートを何枚も読まなければならない
企業の人事には決してなりたくない.
私だったら,腹を立てて一日で倒れてしまうだろう.

そして一方で,陳腐な表現から離れた
文章を書きたい.
「筆舌に尽くせない」事柄を
平易な表現で書きたい.
いつかそんな文章が書けるようになれるだろうか.

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