私は,レイモンド・チャンドラーのハードボイル小説の主人公フィリップ・マーロウが大好きなのだけれど,なぜ彼にこんなにも惹かれるのかと少し考えてみた.
残念ながら,私は彼ほどタフではないし,女性に優しくもなく,モテもしない.彼と私との共通点はほとんどないのだけれど,唯一「皮肉屋」であることが似ているといえばいえなくもないのだと気付く.
ただ彼の皮肉は,非常にカッコ良く響くのだけれど,私の皮肉はたんなる嫌みにしか聞こえないというのが大きな違いらしい.私はマーロウばりに気の利いたことを言っているつもりなのだけれど,みんなは決まって嫌な顔をする....どこかが違うらしい.そこがわからない限り,ハードボイルドの道は遠いのだろう.まだまだマーロウにはなれない.
フィリップ・マーロウの他にも大好きな皮肉屋がいる.それは幕末の英傑 勝海舟である.彼が皮肉屋であるというと,少し違和感を感じる人も多いのかもしれないけれど,彼は明治時代にはすでに隠居をしていて,教えを請いにやってくる人たちに対していろいろな話をいていたのだけれど,ところどころに辛辣な皮肉を吐いている.「氷川清話」などを読むと,勝海舟の一筋縄でいかない彼の人物像が浮かび上がってきて,本当に面白い.
幕末の三舟といえば,勝海舟,山岡鉄舟,高橋泥舟だけれども,剣術の達人でもなく,槍術の達人でもない勝海舟が一番好きだ(海舟も直心影流の皆伝だけど).どうも山岡鉄舟,高橋泥舟はどちらも誠意と忠誠の人であり,それはそれで素晴らしくてまぶしい人物なのだけれど,私が親近感を持つかといわれるとちょっと違う.一方,勝海舟は幕末にあれだけ活躍したのに明治以降は一線から外されて,世の中を少し斜に見ているところが妙に身近に感じる.そうした境遇から生まれる皮肉には,彼の無念さが少しのぞいて見えるような気がする.ただ私の皮肉と違って,彼の皮肉には人生経験に基づいた深みがあるのがうらやましい.
フィリップ・マーロウ,勝海舟,いずれにしろ皮肉屋であるところが,好きな理由のひとつであるらしい.ただ私の皮肉と彼らのものとは大きな隔たりがあるのも事実である.
彼らのような大人の皮肉をつぶやけるようになるのはいつのことだろうか.
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