2010年12月15日水曜日

四十九日法要

またまた更新が休止しておりました.
すみません.
(と,誰に謝っているのか...)

先週の土曜日は,パワーエレクトロニクス学会の
定例研究会で立命館大学へ.
(この話はまた別途)
その懇親会を失礼して,そのままバスで新潟に帰省.
父の四十九日法要に参加する.

父が亡くなってあっという間に6週間が
経ったことになる.
本当に時間が過ぎ去るのは速い.
父のことは亡くなってからこそ,
よく思うようになった.
やっぱり,なぜ生きているうちに
そうしなかったのか,悔やむことになっている.

うちは浄土真宗なので,法要のあとに
住職のお説教がある.
四十九日の意味についてのもので,
まずは一般的なお話であった.
(その他の話がそのあとに続く)

すなわち,人は死んでから7日ごとに
閻魔大王の裁きを受けることになる.
閻魔大王の鏡に生前の行い,
身口意の三業について質され,
(つまりは,五悪をしていないか.
五悪とは,殺生,偸盗,邪淫,妄語,飲酒のこと)
それにもとづいて裁きが下る.
そして49日目に次に生まれ変わる世界が
決定するというのである.

それは別にパラレルワールドではなくて,
六道輪廻の話で,
地獄,餓鬼,畜生,修羅,人間,天上,の6つ.
あるいは,仏の世界である極楽.
どれかに生まれ変わることが決定するのである.

少しでも亡き人が良い世界に生まれ変わることが
できるようにするのが追善供養.
四十九日法要も,そのひとつにあたる.

しかし,実際には,その日にまた家族・親戚が
集まって,故人を偲び,思い出を語らうことが
重要なのだと私は思う.
故人を思い,悔やむこと,反省すべきことを知り,
明日からの生活に活かす.
それこそが故人の導きなのだろう.

仏教でいうところのお布施とは,故人から受けた恩を
誰かに返すことだと思う.
私は父から受けた恩を,また誰かに施したいと思う.
そういう,少しは殊勝な気持ちになれたのも
四十九日法要のおかげなのだろう.
まずは父に感謝である.

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