2011年1月12日水曜日

プロフェッショナルたる矜持

私も武道を稽古している,といっても
もちろんそれで飯を食っているわけではなく,
あくまでもアマチュアである.

とても自分は,プロ,すなわち職業武道家になんて
なれそうもないと思う.

もちろん,私も下手の横好きではあるけれど,
ちょっとは長めに稽古をしているから,
私よりも稽古期間が短いプロの人もいる.
しかし,私はやっぱりその人には敵わないと
思うのである.


その決定的な差は心構えにあると思う.


職業武道家は,もちろんその技量が
卓越したものでなければならない.
この点で,私はもちろん未熟なこと甚だしい.
しかし,学び,稽古する厳しさが,
プロには必要となるのである.

私の先生は,たとえば剣の構える動作を
ひとつとっても,常人の何倍も稽古を行う.
私は,正眼に構える動作を稽古したとしても
たかだか1日に100回程度だろう.
(それだって,そのくらいするかどうかは
甚だ疑問だけれど)
しかし,私の先生は,1クールが500回とか
1000回のオーダで,何クールも
練習するのである.
図抜けた技量とは,そうした研鑽から
生まれるのだと心底敬服した思い出がある.
人を圧倒する実力をもつということは,
やっぱりたいへんなことなのだ.

もちろん,アマチュアの良さもあると
私は思っている.
まずは,技がまだ未熟であれば,
「まだ未熟です」と他の人に弁解が容易にきく.
これが人からお金をとって教えているのであれば,
そうは簡単に弁解できない.
こうした甘さがプロとアマの差となるのだけれど,
私はやっぱり無理して教えることはできないのだ.

次に,道場・教室経営を考えなくて済み,
自分の技の研鑽だけに集中できる.
(もちろん,他の人と一緒に学びあうことによって,
研鑽されるのだけれど)
会員数に悩む必要もないし,
地域への配慮もなくていい.
一番たいへんな「安全管理」の問題も軽い.

結局,アマチュアには逃げ道があり,
プロにはそれがない.
その背水の陣の心構えこそが,
プロとアマを峻別する分水嶺であり,
長年の技量の差となって現れてくるのだろうと思う.

もちろん,これは武道の話だけではない.
どの分野においてもプロフェッショナルになろうとするならば,
その心構えが必要なのだろう.
妥協を決して許さない背水の陣の心構え.
それこそが,プロたる矜持なのだと思う.

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